はてなキーワード: 再利用とは
「おーい でてこーい」のオチは最後に入れたものが空から降ってくるというものだが
このしっぺ返しのオチが無い場合でも何か不都合は生じるのだろうか、とふと思う
ぱっと思いつくものは「資源の再利用が難しい(っていうかできない)」だけれど
超長期的には資源不足に困るかもだけれど
マインクラフトで土ブロックが尽きないか心配するようなものかもしれない
「低コストに使えるブラックホールゴミ箱」を考えているのと類似なのだろうか(無用な喩えを使うと話がややこしくなるので避けた方がいいけれど)
勘だが、熱収支でなにか面倒事起きるかも 起きないかも どうだろう 知らんけど 結局超長期的な話
日記終わり
SCP-280-JPの話はしていない
ギャル文化に限らず、若さ依存の自己表現文化には、極めて残酷な論理が潜んでいる。以下に、 「語る権利」が時間とともに確実に失われていく構造を説明する。
ギャル文化は、特定のファッションを固定化することを拒否してきた。 竹の子族の派手な色使いからアムラーのルーズソックス、ガングロの極端日焼け、白ギャルの美白、量産型のふんわりガーリー、令和のY2K回帰まで——スタイルは常に更新され続けた。
この拒否こそが、文化を多様で混沌としたまま存続させてきた強みだった。 しかし、その代償は極めて残酷だ。 かつての当事者が「私の時代こそ本物だ」と語れば語るほど、その言葉は過去の記録に変わる。
さらに、商業主義と若さの特権が結びつくことで、新しい自己表現は永久的に「過去」に封じ込められる。
• 商業(雑誌、ブランド、SNSアルゴリズム)は常に「次の最新」を求め、過去のスタイルを消費・再利用する。
これは、固定化を拒否したことの、残酷な帰結である。 自由を選んだ代償として、永続的な自己更新を強制され、更新できなくなった瞬間に「語る権利」すら失う。
かつての当事者が熱心に語る細部——まつ毛の束感、盛り髪、ギャルサーの縦社会——は、体験を共有した者だけに本当の重みを持つ。 「細部を正確に再現すれば本質がわかる」と考えるのは幻想に過ぎない。 細部を積み重ねれば積み重ねるほど、その行為は懐古趣味に傾き、当事者性を失う。
この構造は、ギャル文化に特有のものではない。 商業主義が「新しい表現」を次々と消費し、若さの特権がそれを加速させる中で、語り手はいつか必ず「過去を語る者」になる。
かつ短時間でその目的を達成するためには、実際の業務に取りかかる前に
適切な段取りが不可欠です。
しかし、社員のなかには段取りが苦手でいつも途中で業務手順の変更をせざるを得なくし
てしまう人や、まったくの段取りなしに動き出し、すぐに途方にくれてしまう人もいるのを
見聞きします。
逆に段取りが苦手な人はそのいずれにも問題があるという結果になってしまいがちです。
仕事の事前準備の大切さを表す格言として、「段取り8分(ぶ)、仕事2分」があります。
事前にきちんとした段取りさえしておけば、仕事の8割方は完了したということです。
仕事に取りかかる前に、具体的に仕事を進める手順をきっちりと決めておけば、それだけ
もちろん実際に仕事に取りかかると予想外のことがたくさん起こります。
途中で段取りを見直す必要もあるでしょうが、何の段取りもなしに仕事に取りかかるのは
余りに非効率です。
そして必要な資材を準備し、工程表も作成したうえで、実際に家を建てる仕事に取りかか
ります。
段取りを十分に行わずに仕事に着手することは、設計図なしで家を建てることと同じで、
ありえないことです。
段取りに使う時間は決して無駄、余分といったことではなく、その後の仕事をスムーズに進
めるための大切な準備プロセスなのです。
段取りは「教える」のではなく「考えさせる」ことです。
ロープレなどを通して、段取りの仕方そのものを身につけさせるのです。
また、営業マンとして「独り立ち」するためには、段取り力の習得が不可欠という認識をも
たせることです。
さらに自分自身で段取りするということは、与えられた仕事を自らが主体性をもって遂行す
ることでもあります
若手社員に対してはできるだけ早い時期から正しい段取りができるように訓練することで、
□段取りの基本
段取りの基本は自分がこれからやろうとしている仕事の目的をはっきりさせること
です。
たとえば、若手社員のA君とB君が自社の新製品を売り出すための販促企画書の
販促企画書作成の本来の目的は、「自社の新商品(製品)を売り出す」ことにあり
ます。
上司はそのための手段のひとつとして販促企画書作成を命じたに過ぎません。
しかし、A君は目的そのものを「販促企画書を仕上げる」と捉え、B君は上司の意
図通り「販売促進という目的達成のための手段として企画書を作成する」と捉えま
した。
この場合、A君の関心は「上司から指示された仕様通りに作成すること」のみなの
に対して、B君はその販促企画書を使って、誰をどう説得するかという点にまで踏
み込んで考えます。
上司から指示された以外のデータを使うアイデアを思いつくこともあるでしょう。
社員には、自分が行っている仕事の本来の目的についてつねに考えさせることが
大切です。
本来的な目的である「状況目標」を達成するために、当面目指すべき成果が「行
これは、「状況目標」のために、何をすべきか、具体的な行動で目標を立てること
を言います。
行動目標とはその名前のとおり、販促企画書をとにかく仕上げるという「行動」そ
一方「状況目標」とは、行動目標が達成された結果、どのような状態になっている
べきかという目標です。
たとえば、販促企画書作成の状況目標としては、「上司の承認を得ている」、
「企画会議で承認されて、具体的な行動に移る準備ができている」、「プロジェクト
メンバー全員に情報が共有され、同意を得ている」といったことが考えられます。
膨大な販促企画書を書き上げて、行動目標を達成したとしても、それによって状況
が進展しないのであれば、まったく意味がありません。
状況目標は最終的なゴールで、そこへ向かっていくための具体的な目標が行動目
標といえます。
言い方を変えれば、行動目標は、状況目標を達成するための「やるべき事項リス
ト」ということになります。
段取りが苦手な人は「行動目標」と「状況目標」を混同してしまいます。
「やるべき事項リスト(To Doリスト)」である行動目標をもう一度確認すると、そ
の社員がゼロから始めなくてはならない仕事はほとんどないことが普通です。
前述の例をとれば、販促企画書の作成にしろ、小売店への説明会にしろ、過去に
誰かが同様のことを行っているはずです。
先輩や同僚社員に声をかければ、過去に似たような業務をした人がいることも多
いでしょう。
これを利用しない手はありません。
たとえ直接的に再利用できる資料がなくても、過去の経験から効率的に業務を行
あらかじめベテラン社員のノウハウをマニュアル化しておくことで、効率はさらに高
そして、どうしてもその社員自身がやらなければならない行動目標を並べて、「自
次にそれをどのような手順で、いつまでに行うかというスケジューリングを行って、段
段取りが習慣化していくと、「これまでよりもさらに短時間で効率的に成果にたどり
たとえば、営業マンは、今営業をかけているAという顧客だけに目が行きがちです。
適切な段取りを行って営業に成功したとしても、状況のまったく違う次のBという顧
ではどうすればよいかというと、営業活動を標準化させ、凡人営業マンであっても
優秀な家業マンと同程度の品質にすることで、「誰にでも売れるスタイル」に変えて
そして、仕組みをつくるとは、仕事をできるだけマニュアル(標準)化することです。
その際にはプロセス化とパターン化という考え方が重要になります
営業活動を「集客(見込み客の開拓)」、「見込み客のニーズ把握」、「見込み客の
信頼獲得」、「具体的提案」、「受注」といった具合なプロセスに分けて考えること
です。
そして、それぞれのプロセスを通過するために必要な条件を設定します。
たとえば、どういう状態になったら見込み客の信頼を獲得したといえるのかについ
このチェック表が埋まれば具体的提案に進んでよいというわけです。
次にパターン化ですが、これは顧客のタイプごとにいくつかの営業活動パターンを
用意することです。
たとえば、先方企業の社内手続きがネックになって、なかなか話が進まないとい
うことがあり、先方が社内稟議を通しやすいような資料を作成して乗り切ったとし
ます。
おそらくこのようなパターンは今後もあるはずです。
パターンごとにどうやって成功したかをきちんと記録し整理すること、つまり自分の
活動記録を「データべ-ス化」していくことによって今後同様のパターンが発生した
場合には即座に応用が利くことになるわけです。
なお、ここでは営業活動を例にしましたが、会議などすべての仕事にはプロセスと
段取りにおいては目的達成までのプロセスのなかでもっとも難しそうな業務、
これは一般論ではなく、現時点での自分自身の能力に当てはめて考えます。
たとえば、「営業でもっとも重要なのはクロージングである」とよくいわれます。
一般論としてはこれが「要」です。
しかし、実際には、「第一印象をよくすることが苦手だが、いったん信頼してもらえ
この営業マンにとっての「要」は「第一印象をよくすること」ということになります。
このように自分自身の能力も考慮しながら「要」を設定することによって、もっとも
この点については、長期的な取り組み(改革)と短期的な取り組み(改善)に分けて
考えます。
「第一印象がよくない」営業マンであれば、本質的には話し方や態度などの改善で
本当に印象をよくすることが「要」ですが、目の前の成果を出すためには、第一印
象がよくないことを承知のうえで、「とにかくたくさんの飛び込み営業をする」という
また、クロージングが苦手な場合も、その能力を高めることが本当の「要」ですが、
短期的には「クロージングは上司に任せる」と割り切れば、いかに多くの見込み客
をよい状態で上司に引き継ぐかなどが当面の「要」ということになります。
本来であれば自分の弱点を本質的に改善していくほうが好ましいですが、短期的
な成果創出のためには、弱点を踏まえたうえでの段取りが必要な場合もあります。
ベテラン社員は過去の経験の蓄積から、ほとんどの仕事について自分の頭のな
そのなかにはベテラン社員本人は「当たり前」と感じていても、若手社員からみれ
ベテラン社員が実践しているステップとパターンを「見える化」するのです。
マニュアル化は若手社員のためだけではなく、ベテラン社員が自分自身の仕事の
ベテラン社員が長年の経験のなかで培ってきた「勘」などの文字化しにくい部分で
ある暗黙知についても、具体的に記載(形式知化)することが大切です。
マニュアルに盛り込むべき事項としては、
があげられます。
ドゥル天(どぅるてん)は、タイモを使った沖縄県の揚げ物料理。ドゥルワカシーに衣を付けて揚げることで作る[1][2]。ひらがなで「どぅる天」とも書く。沖縄県の郷土料理だが、その歴史は新しい。
ドゥル天とは、ドゥルワカシー(泥沸かし)の天ぷら、という意味である。ただし、通常の天ぷらのように小麦粉と卵を使った衣が使われるわけではない。発祥店のうりずんでは、元々は素揚げをしていたが[3]、その後はコロッケと同様にパン粉を衣に使うようになっている[3]。片栗粉を衣に使う場合[2]など、ほかにも様々なバリエーションがある。
ドゥルワカシーは琉球王国時代からの伝統料理で、南西諸島のタイモ(田芋)や芋茎に、だし汁を加えて煮込み、豚肉やかまぼこ、シイタケを加えて練りつぶして作る、キントンのような食感の料理である。
昭和52年(1977)年ごろのある日、那覇市の琉球料理店「うりずん」で、料理人が、売れ残ったドゥルワカシーをもったいないと思い、これをコロッケのように丸めて油で素揚げにしたところ、店主やスタッフに大好評で、まかないやおやつになった。その後、素揚げではなくパン粉を使った衣揚げに改良。その存在が店の客にも知れ渡り、裏メニューとして提供したところ大好評となったため、「うりずん」の定番メニューに格上げされた。それが広まり、現在では全国各地の沖縄料理店でも提供されるようになった[3]。
https://fun.okinawatimes.co.jp/columns/gourmet/detail/8400
ルーツはどこ
Vol.2 ドゥル天
2回目は、居酒屋の定番メニューとして知られる「ドゥル天」がテーマ。沖縄の伝統料理、「ドゥルワカシー」をルーツに持ち、那覇の老舗居酒屋で誕生したドゥル天の魅力や誕生のきっかけなどを探ります。
ドゥル天の誕生は、那覇市安里の居酒屋「古酒と琉球料理うりずん」(以下、うりずん)が定説となっている。まずは、うりずんについて紹介する。
うりずんは、昭和47(1972)年8月15日那覇市安里で創業。創業者は後に「古酒の番人」とも呼ばれる土屋實幸さん。土屋さんは泡盛にこだわり、当時沖縄にあった57泡盛酒造所の泡盛をすべてそろえて営業を始め、今では東京にも支店を持つなど全国的な知名度を誇っている。
残念ながら土屋さんは2015年に亡くなっているため、ドゥル天誕生について店長の下地信幸さんに聞いた。
「当時はウイスキーが人気だったので、泡盛を飲む人はごく少数でした。そのため、開店後数年はお客さんがほとんどいなかったようですよ」とのこと。今では考えられないが、実はこのことがドゥル天誕生のきっかけとなった。
昭和50(1975)年から約5年間、うりずんでアルバイトをし、現在、泡盛百年古酒元年理事長を務める知念博さんによると、うりずん初期のメニューは、沖縄料理が6~7品セットになった『うりずん定食』のみ。ジーマーミ豆腐、ラフテー、豆腐ようなどで、その中にドゥルワカシーも入っていたという。
「当時はお客さんが少なかったから料理が余ってしまい、田芋を使ったドゥルワカシーは日持ちしないため廃棄処分になる。ある日、もったいないと思った料理人がコロッケのように丸めて油で揚げたところ、土屋さんやスタッフに大好評で、まかないやおやつに。その存在がお客さんに知れ渡り裏メニューとして提供したところ、次々と売れたため、定番メニューに格上げしました」
昭和52(1977)年頃の出来事という。ドゥルワカシーをてんぷらにしたから「ドゥル天」と名付けられたその料理の人気に火が着くとともに、うりずんも繁盛。今日の礎を築くこととなった。
ドゥル天648円。例えるなら田芋のコロッケだが、ずっしりと重く存在感がある
「180度の温度で約5分ほどで揚がりますよ」と調理を担当する糸洌朝徳さん
ドゥル天の元となったドゥルワカシー540円
糸洌さん(左)と下地信幸さん
もととなるドゥルワカシーは、琉球王国時代から続く伝統料理のひとつ。田芋や芋茎にだし汁を加えて煮込み、豚肉やかまぼこ、シイタケを加えて練りつぶす、手間のかかる一品だ。形状はキントンに似ているが、粘りがとても強く、また田芋のほのかな甘味に加え、シイタケなどの素材の風味が口の中に広がり、酒肴としても十分成立している。
ドゥル天は、かつてはドゥルワカシーをそのまま丸めて揚げていたが、現在ではつなぎにパン粉を使ってフライに。そのため表面はサクッと香ばしく、中はドゥルワカシー同様、田芋特有の密度が濃いモッチリとした食感だ。30年以上にわたり、うりずんで調理を担当する糸洌朝徳さんは「1日11キロ(約60食分)揚げたことがある」と胸を張った。
当時を振り返る知念博さん
098‐885‐2178
無休
もったいない精神から生まれた「ドゥル天」。令和の時代も変わらず愛され続けてほしい(^^♪
・ドラゴンボール(改)
まず主題歌がダメ(ドッカンとやぶれかぶれは好き)。変なBGMだった、そして盗作流用で途中から菊池俊輔の旧BGMになってた。人造人間編でのセル役の若本規夫の著しい劣化と魔人ブウ編のビーデルの声優交代がガッカリ要素。
作画が酷過ぎる。昭和の古典ノリが令和では受け付けなかった。主題歌微妙。声優目的でなら見れた。
表現規制が凄かった。特に乳首券なしセクハラシーンが一部カットなど。声優の多くを旧のまま強行したため一部聴き苦しいのがあった。作画はマシだったがド派手な色彩配色がクソ。主題歌ゴミ。
第1期は実績のある山本秀世監督だったお陰でエロとか殺陣が良くて御庭番衆や雷十太辺りは概ね評価が高いが第2期で素人さんに監督交代した途端作画が陳腐化、演出が酷くなった。特に方治周りが改悪された。肝心の殺陣も最悪。声優も悪くはなかったものの旧作の方が演技してたと思う。
旧作を超える原作話を擁した第2期こそ持ち直した感じだが第1期から表現規制がきつくて原作の良さを全く活かせなかった。作画も手抜きが目立った。あと主題歌がどれもこれも印象に残らない。バリバリ最強NO1が偉大過ぎた。
深夜帯に放送。おそ松さんという最強のリメイクに対して一度たりともオリジナルティの点で勝てなかった。完全に空気。内容も火曜版サザエさんを見てたようなガッカリアニメだった。
・封神演義
旧作がバランの所までだった事もあり最期までフルリメイクし朝アニメながら常にハイクオリティーを維持した。主題歌はOPED共に秀逸。また関係者をしてゲーム版が大失敗だったもののアニメはグッズ売り上げ込みで成功したといわれてる。
こちらもフルリメイク。もはや知らない人はいない位素晴らしいリメイクだった。アニメ円盤売り上げが非常に好調だった事からも作品の成功を物語っている。
第1期が社会現象になるほど。現在は殆ど見る影もないが第1期の成功でいつまでも続編が作られ続けている。
ufotable版。主題歌から脚本声優作画演出劇伴まで全てにおいて最高品質。DEEN版も決してダメだった訳じゃない(特にアーチャー絡み)がモノが違う。公式でDEEN版が黒歴史扱いされたのは記憶に新しい。
旧作で大炎上したロゼ絡みがリメイクでは原作に忠実再現された事で評価が高い。ただ旧作もアニオリ展開が超大作なので甲乙つけがたい。但し主題歌は旧作の圧勝。
原作の井上雄彦氏の意向を押し切ってアニオリエンドにしてしまった旧作に対して原作に忠実にした。声優交代問題こそあったが公開後は概ね評価された。ただ主題歌は残念ながら旧作に軍配が上がる。テレビアニメでのフルリメイクが待たれる。
原作ラストまでやりきり舞台化や新作アニメ化も果たしたリメイクは成功といえるものの、主題歌は旧作に負ける。
声優の交代を断行したのが功を奏した。旧作はアニオリ多めではっきり原型を留めてない分リメイクの評価は高め。主題歌は勿論ry。ポスター関係で盗用が見られ物議を醸した。
キメラアント編までをアニメ化(旧はGI編まで)。声優交代の問題も特になし。ただ主題歌は旧作が強すぎた(特にヨークンシティ編)。
せっかくラストまでフルリメイクしたのに終始空気だった。主題歌は旧作に劣るものの作画はここぞという場面で神作画を連発したので評価は概ね高い。東京スカイツリーの使用許可が下りず東京タワーを再利用した事で話題になった。余談だが藤原ざくろ役の声優がマカ棒で酷過ぎた。
天下のWITだったお陰で作画演出は極めて高品質。声優もヤイバ以外総とっかえだったものの実力派揃い。主題歌は良いけどそれでも旧作のイメージが強い。
「魔法少女ノ魔女裁判」公式と誤解されて徐々に広まってる、非公式のこれな。
魔女裁判 人格診断テスト (https://manosaba-test.asachiri.com/ja/)
メインドメインはこれ (https://asachiri.com) で中国語のブログだが、一番目の記事を翻訳したら冒頭はこうなる。
""" 最近、「魔法少女の魔女裁判」のMOD制作に取り組んでいます。スクリプト作成とMOD制作の他に、主な作業は音声収録です。音声収録には、主にオリジナルの音声で学習させたGPT-SoVITSを使用して推論を行っています。 """
つまり
音声付きのmodを開発していて、その音声はゲームからぶっこ抜いたオリジナルの音声で学習させたAIに生成させているってことだよね?
作者はこの人。診断はサブドメインだが他人が運用している様子もない。
https://x.com/Asa_Chiri/status/2045143478099755041
なお、まのさばは二次創作歓迎だが、ぶっこ抜きは禁止している。
「魔法少女ノ魔女裁判」配信・二次創作ガイドライン (https://manosaba.com/guidelines)
"""ゲーム内の元データ(画像・音声・テキスト等)をデータ解析などにより抽出し、再利用・再配布する行為は禁止します。"""
そんな動画。
え?なんでお前が上げたものってわかるんだ?
いやいやいやいや、そうじゃないんだよ。
でも、音声が同じになるはずがないんだ。
俺の声が使われてる。
声を出したりすると、
ハッと驚いて振り返る人がいるのも、
声色を変えて喋ったりする時もあるくらいだ。
ぶっちゃけ本人の音声よりも、おれの声バージョンのほうが面白さに磨きがかかってると思うほどの自信作だ。
というのも収録にめちゃくちゃ時間をかけた。
それを徹底的に研究して、
おかげで満足のいく仕上がりになったが、
おれはちょっとしたシャレのつもりだったから、上げた動画を見た人たちが本人が喋ってると思って騙されてるのをみたら、それで満足して、しばらくしたら削除したんだよ。
うちは汚れてないならお風呂の後に再利用してるしそれが当たり前だと思ってたから、お風呂の前に履いてたおむつをまた履かせるなんて汚い!虐待!って言ってる人が多くてびっくりした
大人の感覚だと気持ち的にお風呂に入った後は新しいパンツを履きたいってのはわかるけど、赤ちゃんだよ…?
おむつ交換した後にお尻をきれいに拭いてても、洗ってない状態のお尻に一瞬でも触れたおむつは雑菌付いてるから膀胱炎になる可能性あるし汚いとか言うけど、赤ちゃんなんか四六時中おしっこうんちしてるし、おむつ換えた直後以外ほぼ糞尿まみれなのに、風呂上がりの一瞬使い回しのおむつを履かせたら虐待…?
それこそ意味がわからない衛生観念だし、使い回すかどうかは個人の判断の範囲では?
クックパッドのレシピ保存機能が叩かれているのを見て、ああ完全に終わったなと思った。
あれは単なる機能の話ではなくてWebに対する前提の違いが露骨に出ている。
かつては違った。
2010年くらいまではWebに公開されたものは著作権法の範囲であれば自由に利用してよい、という了解があった。
リンクするのも引用するのも保存するのも全部その延長線上にあった。
公開するという行為そのものがある程度の自由な利用を受け入れるという意思表示でもあった。
Evernoteもごく当然に受け入れられた。
誰かの庭ではなく、全員が乗っている共通の地面だった。
だからこそ多少の無断利用や雑な扱いも込みで回っていたし、その代わりに広がりや再利用という恩恵があった。
それが今はどうか。
自分のサービスの外で使われることは損失であり、広告を見せられない行為は悪とみなされる。
コンテンツは囲い込むものになり、ユーザーはトラフィックとしてしか見られない。
理念の話が利益の話に置き換わった。アマチュアリズムは完全に駆逐された。
趣味で公開する人間よりもマネタイズの導線を最適化する仕組みのほうが優先される。
Webという言葉が指していたものはもうほとんど残っていない。
共通の地面は細かく分断され、それぞれが壁を立てている。
保存という行為すら許されないならもはや公開ではない。閲覧の許可を一時的にもらっているだけになる。
ここまで来ると昔の感覚のほうが異物なのだろうと思う。自由に使えるという前提でWebを見ている側が老害に成り下がった。
それでも俺はあの頃のほうが健全だったと信じる。
雑でも荒くても、誰でも参加できて勝手に広がっていくあの感じはもう戻らない。
一般的能力、つまり世間が「地頭」などと雑に呼ぶものが、日常世界の統計構造に対するニューロンのフィッティングだとしよう。
フィッティングとは、環境からサンプリングされたデータに対し、神経回路の重みが誤差最小化的に調整されることだ。
赤ん坊が物を落とせば下に落ちると学習するのも、扉は押せば開くと学習するのも、損失関数が日常物理の範囲で収束しているからだ。
ここで問題が生じる。
ない。少なくとも直接は。
では、非直感的数理認識、例えば、無限次元空間の直観や、非可換代数の振る舞い、あるいは超弦理論におけるモジュライ空間の幾何的構造の把握はどこから来るのか。
仮説を立てる。これは作業仮説だ。検証可能性は今のところ僕の頭の中にしかない。
リンゴが落ちる、物体は連続している、時間は一方向に流れる。これらは環境データの主成分だ。脳は主成分分析装置だ。高次元入力を低次元多様体に射影している。
もしそうなら、数理認識はその射影演算子を別のデータ分布に適用する試みだ。
現実世界ではなく、記号体系に対してだ。脳は物理世界で訓練された圧縮機構を、人工的に生成された抽象構造へ転用する。いわばドメインシフトだ。
問題はここだ。なぜそれがうまくいく?
これはプラトニズムではない。弱い構造実在論だ。物理法則が微分方程式で書けるという事実は、宇宙のダイナミクスが連続対称性や保存則を持つことを示す。
対称性は群論的対象だ。量子状態はヒルベルト空間の元だ。つまり、日常物理にフィットしたニューロンは、すでに群や線形構造の影を学習している。
僕たちはリンゴを見ているつもりで、実は表現論の端っこを見ているのかもしれない。
非直感性とは進化的損失関数に含まれていなかった方向への外挿だ。
進化は捕食者を避け、食料を確保する能力を最適化した。リーマン予想を解く能力は含まれていない。
しかし、損失関数を局所的に最適化したネットワークは、十分な容量があれば、未知の領域にも一般化する。
ディープラーニングでいうオーバーパラメータ化だ。脳は進化的に過剰性能だった可能性がある。
超弦理論を考える。余剰次元はコンパクト化され、カラビヤウ多様体のトポロジーが物理定数を規定する。
もし宇宙の基底構造が高度に幾何学的であるなら、数学を理解することは、宇宙の自己記述能力の一部かもしれない。
意識は宇宙が自分の作用積分を読んでいる状態だ、という大胆な仮説すら立つ。
常識にフィットしたニューロンが、記号という仮想宇宙に再帰的に適用されるとき、そこに非直感が生じる。
非直感とは、直感の適用範囲を超えた地点に立ったときの主観的違和感にすぎない。構造自体は連続している。
僕たちは常識を裏切っているのではない。常識の圧縮アルゴリズムを、宇宙のより深い層に向けて再利用しているだけだ。
「同じ策を何度でも持ち込む男」として知られた人物で、諸侯の陣営を転々としながら、ほぼ同じ内容の進言を何度も繰り返したという伝説を持つ。
そのしつこさから一部では疎まれたが、「大事なことは何度でも言うべきだ」とする信念を貫き、後世には「再投稿先生」の異名で諷刺と共に語り継がれた。
崔東興の出自はよく分かっていないが、豫州あたりの寒門の生まれとされる。
若いころから弁舌に優れ、諸子百家の書を読みあさり、とりわけ法家と兵家の書を好んだという。
郡の小吏を務めた後、「同じことを一度言っただけでは誰にも届かぬ」と言って官職を辞し、各地を遊説してまわる身となったと伝えられる。
董卓の乱以降、群雄割拠の世となると、崔東興は袁紹・曹操・劉表・孫策など、当時の有力者のもとをたびたび訪れた。
しかし彼が持ち込む策は、どこへ行っても同じだったとされる。「税を軽くして民を味方につけよ」「兵は小さく精鋭に絞れ」「名だけの連合より、一人の決断だ」といった内容を、何度も何度も繰り返し説いたという。
ある記録では、同じ主君に対して三度、同じ文言の上疏を出し、書記官に「これは前に見た」と呆れられた逸話も残る。
崔東興は、一見すると空気の読めないしつこい男で、相手があからさまに飽きていても、内容を少しだけ工夫しながら同じ主張を繰り返した。
しかし彼自身には筋の通った信条があり、「一度聞いて忘れられる正論より、何度でも耳に残るうるさい正論のほうが世を動かす」と語っていたと伝えられる。
同時代の人物評では、「才は中くらい、声は大きく、諦めが悪い」「策そのものはまともだが、言い方を変えただけで中身を変えぬ」として、可もなく不可もない評価が多い。
一方、彼の粘り強さに救われた地方もあり、幾度もの進言の末にようやく改革を受け入れた郡では、後に再投稿を顕彰する祠が建てられたという話もある。
後世の史談や講談では、崔東興はしばしば皮肉交じりに描かれる。
「一度当たった策を、何度も別の主君に再利用する」といった姿から、物語作者たちは彼を「古今のスパム弁士」「歩く再放送」と呼んだ。
一方で、現代的な解釈では、「重要なメッセージは一度では届かない」というコミュニケーション論の先駆者として再評価されることもある。
現代の創作作品では、同じ決め台詞をやたら繰り返すギャグキャラ、もしくは「何度でも歴史に同じ警告を投稿し続ける預言者」的な役割で登場することが多い。
あるとき、崔東興はある軍閥の主のもとで、「今こそ税を軽くすべきです」と三度目の進言を行った。
主が怒って「何度同じ事を言うつもりだ」と叱責すると、
崔東興は「あと十五回でございます」と平然と答え、
場を凍らせたという。
また別の説話では、彼が死んだのちも、その言葉を書き留めた文書だけが各地で写され続け、後の世の儒者から
「内容はまともだが、とにかく量が多い」と嘆息されたと伝えられる。