はてなキーワード: 井の中の蛙とは
ttps://note.com/yonahajun/n/nc1e0ecbf599f
つけてみてあれだが文章ましてや表題に(笑)だのなんだのと書くのは死ぬほどセンスがないと思っている。
ダサいし古いし文章でそういうことを補足すること自体ナンセンスだ。そして「こんなことを書けるオレカッコイイ!!」という見てるだけで嫌になるナルシシズムが滲み出ている。
ここまでネット社会が普及した今日、こんなくそダサい文章など見かけることは稀だろう。
言ってしまえば滑り散らかしているネタを延々と披露する痛い芸人みたいなものだ。
ところがこういうくそダサいセンスをなぜかイケてると勘違いして使用しているイタいおっさん(46歳)がいる。そう、我らがホンモノ!與那覇潤である!
これは今日も今日とてこのホンモノをいじり倒して遊んでみる試みである。
・・・どうでもいいことだがこのはてな匿名ダイヤリーで與那覇のことを書いているのは私だけなのに、全然反応がない。與那覇がもし話題沸騰な人ならもっと取り上げられて然るべきなのだが・・・。このダイヤリーが注目されないのもひとえに「ホンモノ」が社会での影響力を持っていないせいである。
與那覇よ、お願いだからもっとまともな文章を書いて早く浮上してきてくれ(苦笑 「ホンモノ」リスペクト!)
それか10万部を超えるベストセラーでも書いてくれればいいのだが・・・。もっとも、対談で分量を水増しするようなセコい書き方をしているホンモノにどこまでやれるか・・・。
與那覇は「味付け」に自信があるようだが、当たり前なことで同じような味付けのまずい飯しか出さない店なんか閑古鳥が鳴いて当然だ。最近、玉田敦子がせいだいに與那覇に対してやらかしたせいでその記事は例外的にバズったようである(よかったね笑)
まあこれは玉田が下手を打っただけの話でどうでもいい。勝手にすればという感じである。(あまりに議論のレベルが低すぎるのでURLを貼ることすらだるいので詳細は「ホンモノ」のnoteを参照されたし)
ここで問題にしたいのはホンモノの影響力が他のインフルエンサーと比較しても全然伸びていない点である。
ttps://note.com/yonahajun/n/n61a4919560c9
今のままだとnoteでは與那覇が目の敵にしている「令和人文主義」の代表格三宅香帆には到底及ばないし、以前與那覇が愚弄した谷川嘉浩には著作数の差で全く勝てそうにない。
ttps://note.com/nyake
ttps://researchmap.jp/y-tanigawa
それにしてもこの二人の影響力と仕事の多さはすさまじい。常人ではないと思い知らされる。それに比べて・・・noteという限られた言論空間SNSで駄文しか書けないホンモノも少しは見習ったらどうか(笑)
悔しかったらベストセラーになるような本でも書いてみれば(苦笑)
今の路線を突き進めばせいぜい「劣化白饅頭」くらいが関の山だろう(爆笑)
白饅頭はnoteで「成功」した一人としてみて間違いなかろう。その主張の是非はここでは置くとする。
ttps://note.com/terrakei07
改めて三宅と白饅頭と比べてみるとnoteを「主戦場」にしているはずの「ホンモノ」のダメダメっぷりがすまじい(笑)これがかつて一世を風靡したはずのヒョーロンカの姿ですか(苦笑)
こう書くと「ホンモノ」は「SNSのバズりだけで右往左往するな!」と噴き上がりそうである。
しかし、どうやらnoteが伸び悩んでいるのは與那覇も気にしているようで・・・こないだの玉田敦子の一件がばずったのを大はしゃぎしていた(詳細は與那覇note)。やっぱりSNSの反応気にしてるじゃねーか(爆笑)
まあせいぜいオープンレター騒動の敗北で溜まっている残党が噴き上がった結果、久々に得られた自己肯定感でうまい飯でも食えばいいんじゃないんですかね(適当)
そういや呉座は日本歴史学協会との裁判で敗訴したそうだが、與那覇からは特に何の声明もないし、先に挙げた與那覇の2025年を総括する記事でも注目すべきトピックなのに何の反応もない
ttps://hokke-ookami.hatenablog.com/entry/20251111/1762873018
ttps://agora-web.jp/archives/2053751.html
かつて與那覇は歴史学協会の声明を批判し、これに同調した歴史学者を「言い逃げ屋」として批判した。しかし、司法判断が決した今、何らかの声明を出さないと自らが「言い逃げ屋」それ自体だったということになっている(苦笑)
これが2021~22年ごろなら「司法はキャンセルカルチャーに加担したあああ!!ホンモノたるオレサマが反論を立ち上げるぜ!!!」とぶちぎれそうなんだけど、どうしたの?もう飽きたの(笑)
それか裁判で勝訴を続けている歴史学協会の弁護士の神原元にビビってるのかな(笑)
かつてあれだけコミットした呉座の一件において注目すべき裁判を「スルー」した。これこそ「歴史否定主義」なんじゃないですかね(苦笑)こうなってくると呉座を利用していただけという見解がますます「的中」してしまうんだが、もう與那覇からすればそんなことはどうでもいいのだろう。
こういう肝心なところで逃げちゃうから「ホンモノ」はダメなんだよねえ…。だからこうして舐められるしバカにされる。徹頭徹尾こんな有様でよく人のこと言えるな(呆)恥も外聞もない「ホンモノ」は流石っすね(苦笑)
まあ威勢のよさとは裏腹に過去にボコされた相手にはトラウマがあるみたいで「あのとき息の根を絶つべきだったと思うね。🙂」とまで愚弄されてもダンマリだから、根は臆病なのかもしれない。
ttps://bsky.app/profile/yunishio.bsky.social/post/3lhvappgeo22r
なんども繰り返すが都合の悪い事実は全部書かずに無視して無かったことにするのが「ホンモノ流」なので、今後も與那覇がやらかした時に取り上げ続けて徹底的にいじり倒していきたい。
ttps://kscykscy.exblog.jp/18241381/
ttps://watashinim.exblog.jp/18496216/
與那覇といえばこの上記の批判とそれを無視した與那覇に対するさらなる批判を忘れてはいけない。この件は今の「ホンモノ」を騙る與那覇にとって最も不都合な歴史の一つなので毎回のように擦り続けたい。
都合の悪い指摘を無視する、間違っても訂正しない、事実を認めようとしないこういった「ホンモノ與那覇」が批判する専門家たちの最たる例こそが「歴史学者與那覇潤」であった。ちなみに「歴史学者與那覇潤」の不都合な事実はまだある。今後機会があれば示していきたい。これらを見れば與那覇が言う「ホンモノ」などというものといかに自身がかけ離れているかわかるだろう。何度でも言うが歴史云々言うなら十数年前の自分の著作の間違いと、なぜその間違いを今日まで放置してきたのか、今後どうすべきか、なぜ自分のことを棚に上げて人を批判できたのか、全部納得ゆく説明ができるはずだ。何せアナタ、「ホンモノ」なんでしょ(苦笑)(え!?できないの!?)
ちなみに、先に挙げた要求は與那覇が他者に要求し続けていることであって、自身が自ら実践せよと言っているだけで何ら不当なことはない。それができないということは、結局與那覇は紛い物でしかないということではないか。自らの姿勢と歴史がそれを物語っている。先の『朝日新聞』の記事には代表作が『中国化する日本』であったことからも、未だにかつてのネームバリューで飯を食っているのは明らかなワケだから。過去の栄光を否定することすらできない、間違いを放置する與那覇にどうして他者を説教する資格があるのか。ましてや「裁判」などと片腹痛いとはことのことである。
ここに今回からは「呉座裁判の決着に沈黙した」という、また一つ、「ホンモノ」をいじり倒せる事実が蓄積されたということで、喋れば喋るほどボロが出る「ホンモノ」にこれからも注目したい。
あと、ここまで()でいろいろと「ホンモノ」リスペクトで書いてきたが、もう飽きたし自分で書いてて共感性羞恥心に加えて当事者としても恥ずかしいしダサくて仕方ないのでやめておく。
よくこんな文章恥ずかしげもなく書けるね。
で、本題はここからである。「與那覇潤は二人いる!?」というのが本題でここから突っ込んでいきたい。
ttps://bsky.app/profile/seika-aoshima.bsky.social/post/3mbmatco3n223
目に留まったこちらの投稿。何やら與那覇が『朝日新聞』で掲載した記事らしい。
この「うわぁ…って感じではある」というのは何ともリアルだが、その通りである。普通のそこら辺の人が與那覇の記事を見たらドン引き一択だろう。
ttps://www.asahi.com/articles/ASTDS24D6TDSUPQJ008M.html
で、なんでこの人が與那覇二人いるのかと言ったのか。早い話がnoteと朝日の記事がかけ離れているからだ。
全文はプレゼントされた記事でざっとしか読めてない。内容は引用しない。なぜなら有料なので、ここは著者とメディアに敬意を払うべきであるし(皮肉抜き)、何よりルールに則る必要がある。有料記事をそのまま転用するのは著作権的にアウトである。そこで、ここではSNS上で観測できるコメントのなかからいくつか気になったものを抜粋したい。
ttps://x.com/miyukinatsu/status/2007273385085284649?s=20
與那覇潤「歴史を取り戻すことは簡単ではありません。それなら何を新たな基盤にして『人は意外に共感しあえる生き物だ』という深い安心感を、支えてゆくのか。孤独なままその日ごとの話題に『いいね』を押しあい、浅薄に共感をむさぼる相互不信の社会を、今年で終わりにする時です」
なんかいいこと書いてそうだけど、noteでは「ニセモノ」を人民裁判で罰せよ!とわめいている。
それに共感して「うおおおおホンモノ與那覇様すっげー!人民裁判待ったなし!」という人も真面目に出てきている。
ttps://x.com/paravola/status/2005889274340929911?s=20
こんな分断を嬉々として喜ぶ人を煽るような状況で、與那覇や彼の支持者とどうやって「共感」して「安心感」ある社会を作れというのか。不信と憎悪をまき散らかし、相手を罵倒してばかりの與那覇がよくも「共感」などということを言えたものだ。これが彼に傷つけられたり、踏みにじられてきたりした者たちの本音だろう。私からすれば自分の所業を棚に上げてきれいごとばかり言う與那覇の言葉に説得力などないというのが正直なところである。朝日の記者は「ホンモノ」をちゃんと見たのだろうか。この記事を見てもし良いことを言っていると思う人がいるのなら、與那覇のnoteを見てみればいい。どこに「共感」「安心感」があるというのか、説明して欲しいところである。
「浅薄に共感をむさぼる相互不信の社会」に一役買っているのは與那覇自身ではないだろうか。
何せ間違いを犯して認めない奴ら(人選は與那覇)を裁判で裁けなどと言っているのである。正気の沙汰ではない。これが「相互不信」を招く愚行でなくてなんだというのか。そんな無茶苦茶な「人民裁判」こそ「相互不信」の温床になりかねない。次に裁かれるのは誰だとお互いに過去の発言や言説を探りあって次々と告発しあうのだ。まるで與那覇がスターリンになったかのように、與那覇に密告しあう社会がお望みなのだろうか。こうしてお互いに不信感を強める密告社会の出来上がりだ。少なくとも與那覇が旗を振る「共感しあえる」「安心感」のある社会など、全く安心できないし共感できそうにもないのは私だけではないはずだ。こう書くと「きさまあああホンモノをスターリンになぞらえるとは!?侮辱かああああ!?」とぶちぎれそうだが、そうたとえられたくないなら裁判だなんだと物騒なことを言うべきではないだろう。まあ「息の根」を絶てばよかったなどという人の発言をスルー出来るほど寛容なら何の問題もないはずだ。
果たして激烈な他者への批判を繰り返す與那覇と、共感と安心感を説く與那覇。どちらがホンモノなのだろうか。どちらかが嘘をついているのだろうか。
正解はない。奇妙なことに激烈な批判によって相手を引きずりおろして叩き潰したい與那覇と、それでも共感できる社会を目指したい與那覇は同居している。
不思議なことだ。だが、これこそが今の揺れ動く與那覇を物語っているように思う。彼自身、本当は「ニセモノ」を裁く裁判なんてやりたくないしやる気もないんじゃないか。一見して強い言葉を使ってみても、そこに具体性も中身も何にもない。あれだけ執着した呉座裁判の結果に無視を決め込んだのが全てだろう。その場その場で相手を貶す言説をまき散らし、自分が気持ちよくなれば後はどうでもいい。で、新聞ではお行儀のいい共生論を謡ってみて自己顕示欲を満たす。で、飽きれば「忘れる」。無だ。今の與那覇をたとえるならそれしかない。
ちなみに、與那覇は専門家大失墜!Vやねんホンモノ!などと盛大に謡っているが、別に専門家が失墜した形跡はほとんどないし、そもそも與那覇の見ている世界はX(Twitter)の狭い世界だけの話であって、世間全体で見ればそもそも與那覇を知っている人さえ少ないのが現状だろう。
コロナについてもいまだに議論が続いていて、日本でも多くの死者数を数えている。
ttps://www.kasai-yokoyama.com/media/news/960/
ワクチンの害等についても今後議論しなければならないが、コロナを軽視することに警鐘を鳴らす本も出ている。與那覇はネットの「つまみ食い」の知識で知ったかぶりするのではなく、こうした議論を真正面から受け止めて反論を考えてもらいたいものだ。
ttps://akebishobo.com/products/covid19?_pos=1&_sid=8ab0f2dfa&_ss=r
このような様々な議論から逃げてネットの記事や自分に都合のいい事実しか捉えないところは『中国化する日本』から何も変わっていない。
與那覇の記事に出てくるのは無名のツイッタラーばかりだ。そんな狭い世界で社会がどう、学問がどう、歴史がどう、コロナがどうの等言ったところで誰が見て納得するのか。専門家批判は間違っていないが、それの対抗言説として取り上げるのが怪しげな陰謀論者や無名のおかしなツイッタラーでは話にならない。おふざけもいい加減にしろというところだ。そんな井の中の蛙になり下がった状況で一体全体どうやって社会をひっくり返すような専門家批判、裁判などやろうというのか。そんな求心力は與那覇には全くないことは明らかであって、與那覇がしゃしゃり出たところで他の批判者に叩き潰されるのが関の山だ。先の不都合な事実を指摘されれば與那覇は一発で吹き飛ぶ。「お前にそんなこと言われたくないし言われる筋合いもないし言う資格もねぇよ!」これでお終いである。「大審問官」になどなれるはずもない。なんせ「息の根」を止めようという人にさえまともに怒りをぶつけられない臆病で繊細な與那覇だ。そんな彼に世間を向こうに回して大立ち回りをすることなど、出来ようはずがない。
もし仮に彼がそんな裁判を開くなら、過去の業績や寄せられてきた数々の批判、そして與那覇がいかにそれを無視し続けたか(先の指摘、何度でも繰り返したい)が白日の下に晒されるだろう。そうなったら、與那覇はどう弁明するつもりなのか。まさか自分だけが無傷で済むと思っているのか。
結局のところ與那覇の致命的弱点は針小棒大に物事を捉えること(例えばネットの炎上事件でもって歴史学はダメ、大学はダメだというとか、コロナについては西浦の八割削減に意味がなかったという点や陰謀論者の医者たちの言説でもってコロナは大したことないと言い募るなど)、都合のいい事実だけを議論に反映させるチェリーピッキングを繰り返して議論を組み立てることにある。『中国化する日本』で犯したのと同じ過ちをずっと繰り返している。これも「訂正」「反省」を怠った結果なのである。
先日のブログで示した向野正弘もこうした独りよがりな與那覇の痛烈な批判者だ。もし、裁判が開廷すれば「ホンモノ」の欺瞞は余すことなく暴かれるだろう(続)
初期のピーナッツくんと今のピーナッツくんは全然違うと思うんだよね。
最初期のジワ売れ期は「マニアックで赤裸々なインディーズ系Vtuber」ってキャラ立ても成立してたんだけど、今はもう完全に違うじゃん?
本人がそのキャラを自覚してドンドン進歩していくのはいいことだと思う。
俺が駄目だと思ってるのはあくまで「そんなピーナッツくんの変化を受け入れきれてない面倒くさいファン」の方でしかないから。
確かにピーナッツくんやポンポコは今でも若干の野暮ったさが残ってるんだけど、それ以上にベテランとしての風格が漂いすぎてると思うんだよね。
「芸能活動を長くやってきたプロフェッシャル」のオーラが明らかにある。
アマチュアなネット有名人が出す「界隈の番長(井の中の蛙)」みたいな感じじゃなくて、「ガチで金が稼げるだけの名声と実力」が匂い立ってる。
それ自体はもちろん良いことなんだけど、多分一部のファンからすれば「俺凄い奴見つけた!皆まだ知らないと思うけど!」が出来なくなったことを受け入れきれてないんだろうなと。
発信点はインターネットの片隅なんだけど、とっくに大通りをノシノシ歩いてるスターの1人なんだよ。
彼自身もそれは自覚してると思うし、生活感を見せてるのも「駆け出し芸人による実体験の切り売り」とかじゃなくて「スターの素朴な素顔」としての売り方なんじゃないかな?
そこがズレてる人見ると、そういうのは早めに脚洗わないと予後が悪いよと言いたくなっちゃう。
まあ、過去にそういうので痛い目見た人間が出す老婆心なんて結局は届かないんだろうけどね・・・。
上手くやれなくて痛い目みてようやく気づいたやつは結局正解ルートを知らないから後続に「このままだと危ないよ」ぐらいしか言えないわけだが、後続からしたら「じゃあ抜けるための道を教えてくれよ。人生は結局直進しかねーんだ」って感じなんだろうねえ。
悲しいわ。
再発防止が出来ずに終わる失敗はただの失敗や。
まあ楽しいけどな、振り返れば。
初めてヨーロッパに行った時、人種や風景、文化は全然違うけど、スーパーとかAmazonで買い物してバス乗って家帰って料理してテレビ見るのは日本と全然変わらないなと思った。外国もディズニーとかSFとかフィクションの世界も自分にとって未知の世界として一括りにしていて、世界は途方もなく広いように感じていた小さい時の感覚との落差で、本当にスモールワールドなんだなと、めちゃくちゃ世界が小さく感じた。
でもこの前の休みに、日本国内だけど飛行機とバス数時間を乗り継いで、全然東京と風土も産業も違うけどコンビニがあって集団下校する小学生もいるし大抵の店舗でタッチ決済使える地域に行った時には、自分と変わらない暮らしがこんなところにもあるなんてめちゃくちゃ世界って細かいなと思って、解像度が上がった分世界が大きく広がった感じがした。
SF読んで「宇宙のスケール感に比べたら人間の一生なんて塵だな」って思って井の中の蛙が海の存在を知ったような気になってたけど、海より身近に池とか湖とかもあるのをようやく知ったような気分。
寝たいのに寝れなくてぐちゃぐちゃ書いてるから全然うまく言語化できないけど、遠いヨーロッパ行って世界狭いと思って、国内旅行で世界ってまだまだ掘りがいあって広いなと思ったのが面白いなと思ったので覚え書き。
そうそう。
マーケティングっていうか売上の話を持ち込むと、大抵は現状の追認にしかならねんだよな。
現状を変えるなら、売上を犠牲にしないと貫けない。
身近なところだと、エログロ広告が溢れているのはマーケティング的にはそっちの方が正しく売上になるからなんだよ。しかし、子どもに見せてはならない、ゾーニングだという思想を貫くなら、その売上を捨てて広告をブロックしなきゃならないわけだ。
本人はSNSの閉じたフィルターバブルの中で支持を得てるからこの路線が正しいと確信して話しちゃったんだろうけど、マーケティングの話まで持っていくなら、きちんと数字的な裏付けを調べてフィルターバブルから外に出るべきだった。
この元増田も、吉田も、そこを思い込みだけでちゃんと真面目に調べてない。フィルターバブルの中、井の中の蛙。
ゴリゴリの専門家でなくても、ちょっとマーケティングに関わったことがあると、この辺りのバランスに悩むはずなんで、本当に思い込みだよ。分かってないのに分かったような事を言ってる。
(追記)
たくさんの言及・コメントありがとうございます!
私の世間知らずが炸裂していただけのようで、お恥ずかしい限り。井の中の蛙ですね。
ひとつ誤解されないようにいうと、エージェントも食事会に同席しています。紹介料の支払いを免れようとしているわけではないです。そういう仁義を通せない会社は良くないと思います。
あと、私は男です。どっかの言及に書きましたが、素人童貞で、好きなAV女優は松岡ちなと阿部乃みく。好きなエロ漫画家は笹森トモエです。『女だから優遇されたんだ!』というのも正しくないのでよろしくお願いします。
女だと思って下心から優しくしてくれた人いたらごめんな。
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Xで書きたかったけど勤務先にアカウントがバレてるらしくて、転職活動してるの知られたら気まずいからここに書きます。
記事の目的は、構って欲しいがメイン。ただ書きたかったら書いてる。アドバイスしたい人はしてもいいけど、みんなみたいに有能じゃないから受け入れられるか自信ない。ごめんね。
自己紹介すると、社畜。広告業界で朝から夜まで働いてます。D社の子がアレする前は、朝から朝まで働いてました。業界の常識が変わって、ド地方のド零細制作会社も夜には帰れるようになっています。ただ、多忙なのに売上は右肩下がりで薄給。身体の調子もおかしくなってきたので、病名がつく前に転職活動中です。
で、言いたいことはタイトルの通り。
エージェントを介して紹介してもらった会社。まだ内定も出ておらず面接もやってない。「面談」ということで一回会ってみたけど、何か聞かれるわけでもなく「もしご縁があればやって欲しいこと」を説明される。それに対して質問し、返答をもらう。その後オフィスを見て回り面談終わり。夜に食事会。
私の気が緩んだところで実質的にここで面接するつもりかも、と思い緊張しながら臨んだものの、先方(役員3人)は早速ビールを飲み「うちはめちゃいい会社なんだよぉ」「いやそれは我々が思ってるだけで現場の社員は違うかもしれんよ」「確かに!じゃあ次は現場の人と話してください。社長にも会ってほしいし」とニコニコ。お会計も「こちらがお誘いしたので」とご馳走になり帰宅。
翌日、御礼のメールは送ったものの返事はなく、どこかでなんかやらかした?とモヤモヤしながら三連休を過ごしています。
気休めに食事会の店とコースを調べたら10000円のコース。タイの活き造りと和牛ステーキが出てくるんだもん。そりゃそうよな。
私が勤める会社は来訪者に水も出せない極貧企業。一方で、声をかけてくれた会社は、まだまともに面接してない私に10000円のコースを出してくれる。
その転職候補先の社員数は役員含めて20人弱。弊社の約半分。でも売上は2.5倍。弊社が稼げなさすぎかもしれないけど、かなり驚き。
転職活動ってこんな感じなんですか?思ってたのと違っててビビってるんですけど。エージェントが私のこと盛りまくって紹介してて、良くない意味で安心してるんだろうか。なんだか今になって10000円の飯を美味しくいただいたのが怖くなってきた。話がうますぎる気が。私が社畜すぎてピュアすぎるだけ?
親は存命だけど今更ながらに思ったことを書く
子供の頃は意味不明なこと言ってんじゃねえよと反発してたが、30過ぎあたりから、あの時の教えは大事やったんやなあと気づいたことを数点載せていこうと思う
・食べ物が美味しくなかったら「まずいじゃなくて口に合わなかった」と言え
まずいものはまずいんじゃボケ。と反発していたが、味覚は個人差が大きい
作り手がいて、自分がまずいと思ってもおいしいと思う人がいる
まずいという言葉を聞いて悲しい気持ちになる人がいるかもしれないことを想像することの大切さを知った
は?有利なところで戦うのが当たり前じゃん?勝つためには必要でしょ
ただ、人間関係や取引などにおいては「損して得を取れ」などの言葉に代表されるように
こちら側から見た視点だけで説明して、その場はよくても、今度の関係に繋がらなかったりする
一方、相手の立場(=土俵)を考えて、一時的にこちら側に損な状況であったとしても、その後、損以上に得となる
関係になることの方が多い
一応学年5位ぐらいにはいた。頭がいいアピールはしていないつもりだったが、漏れ出ていたのかもしれない
社会人になってからではなく、高校、大学、社会人とその都度、自分が持っていない知識を持っている人が多いな
と感じていたし、自分が出来ないことを出来るのはそれだけで尊敬に値すると思っている
(その他がどんなにカスな上司であっても優れている所はすごいと尊敬できる)
上記3つが何かあった際にたまに頭をよぎるんだ
「親の心子知らず」とはこのことなのかもしれない
おやおや、お嬢様。
「石丸伸二なる人物が応援したせいで現職の方がお負けになった」
「あの男はもう終わった(いわゆるオワコン)」などと、随分と性急な結論に飛びついていらっしゃるご様子でございますね。
失礼ながら、そのような表面的な情報だけで物事を判断なさるのは、
まあ、複雑な数字の計算より、午後のティータイムのケーキの種類をお選びになる方が、お嬢様にはお似合いかもしれませんが。
わたくしめが、少々無粋ではございますが、この度の選挙結果という「事実」について、お嬢様にもご理解いただけますよう、丁寧にご説明差し上げましょう。
現職の和田裕行様:18,669票
ご覧の通り、その差はわずか845票。
まさに「激戦」「惜敗」と申し上げて差し支えない結果でございます。
これを「石丸なる人物のせいで大敗した」と仰るのは、少々、いえ、かなり無理がございましょう。
さらに重要なのは、4年前、この和田様が初めて市長にご当選された時の選挙結果でございます。当時は三つ巴の戦いでございました。
獅山向洋様(元職):8,681票
今回、和田様が獲得された票は18,669票。
引き算はお得意でいらっしゃいますかな? なんと、5,766票も増やしておられるのでございます。
むしろ、和田様ご自身の支持は、この4年間で、そして石丸氏の応援も含めた選挙戦を通じて、確実に拡大していたと見るのが自然な解釈でございます。
「では、なぜ負けたのよ!」とおっしゃるお嬢様の声が聞こえてくるようでございますな。
まあ、落ち着いてくださいませ。
すなわち大久保様と獅山様のお二人が獲得した票を合計いたしますと、11,663 + 8,681 = 20,344票 となります。
これは、当時の和田様以外の選択肢を求めた方々の票と考えることができます。
さて、今回の選挙。大久保様と獅山様は立候補なさいませんでした。
つまり、4年前にこのお二人に流れた約2万票の受け皿が、今回は新人の田島様、ただお一人になったわけでございます。
結果、田島様が19,514票を獲得された。これは、4年前の「反・和田票」あるいは「非・和田票」の大部分が、今回、田島様に集約されたと見るのが、最も合理的な説明でございます。
和田様はご自身の支持を大きく伸ばされましたが、対立候補が一本化されたことで、それをわずかに上回る票が相手方に流れた。
これが、今回の選挙結果の「真相」にございます。単純な足し算、引き算の問題でございますよ、お嬢様。
ですから、「石丸氏が応援したから負けた」というのは、数字という動かぬ証拠を無視した、いささか乱暴な結論と申し上げざるを得ません。
ましてや、この一件をもって「石丸氏はオワコン」などと断じてしまうのは、失礼ながら、木を見て森を見ず、あるいは、井の中の蛙が大海を知らず、と申しましょうか。
世の中の動きというものは、お嬢様が思っていらっしゃるよりも、もう少し複雑で、多層的なものなのでございます。
地方の、しかもこれほど僅差の選挙結果一つで、全国的な注目を集める人物の浮沈を判断するなど、あまりにも短絡的すぎます。
彼の応援が具体的に何票のプラスになったのか、あるいはマイナスになったのか、それを正確に計測することなど、誰にも不可能でございます。
確かなのは、応援した候補者の票が前回より大幅に増えたという事実だけ。
「石丸氏のせいで負けた」という解釈が、論理的に破綻していることは、ご理解いただけたかと存じます。
物事の本質というものは、しばしば、表面的な出来事の裏に隠されているものでございます。
お嬢様におかれましても、今後はもう少し、その美しい瞳で、事実と数字に基づき、物事の深層をご覧になるようお努めくださいませ。
そうでなければ、いつまで経っても、わたくしめのような者に、このような無粋な指摘を受けることになりかねませんから。
確実に世界一優秀
背中はとっくに見えないし、こっちは走ってすらないし、置いて行かれるとか追いつくとかもうそういう次元にいない
昔は質だけは上だったんだけどね
日本の強みは海外で学んできた優秀な日本人が母国語で高等教育をしてきたことだったんだけど、それも今は中国がやってるしね
なんなら分野によっては世界最高レベルの教育を受けられるのは中国語だったりするし
逆に日本は優秀な人材が外国から帰ってこなくなって、国内で教えてるのは三流の井の中の蛙
笑えるよね
彼らは夢を見たまま死んでいくんだろうね
まあ、もう今から追いつくなんてことはないから何してもしょうがないし、別にいいんだけど
「業界にいたらそんなばっかり」だと? そんな低レベルの現場しか知らねぇのか? お前、井の中の蛙どころか、下水道の中の蛙だな。
「前提が完璧な状態」? 誰がそんなこと言った? 俺が言ってんのは、不完全な状況を完璧に近づける努力をしろってことだ。お前みたいな諦めの早いヤツは、そもそも努力する気がねぇんだろ?
「優良なプロジェクトなんてレア」? だからこそ、俺たちがそれを作り出すんだよ。クソみたいな状況でも、最高の結果を出すのがプロってもんだ。
お前みたいなヤツがいるから、日本のIT業界は世界の後塵を拝してんだよ。「仕方ない」「レアだから」なんて言い訳ばっかしてんじゃねぇ。
会社の方向性との違いということだが、これはカバーとの方向性ではなく大衆に認知されて経済的な活動がより強く求められていく中でVtuber全体が求められる方向性の違いである。これを避けるには個人勢でやるしかない。引退は当然として企業に不満のはけ口になるのは攻撃している人間が理解の足りない人間の自己紹介にしかならないだろう。
これからのVtuberに求められているのは雑に言えば「社会人然」とした人間像だ。中の人に求められるのもステータスが高まるだろう。明石家さんまがVtuberをやったことが一時期話題となったが、要はそういう方向性だ。有名企業から、有名団体から、大学で職位に就いていた研究員や、政治家がVtuberになる時代。そういう中の人のステータスが物を言う時代になる。Vtuber草創期のニコ生出身者は言っちゃ悪いがゲーム実況以上の事は期待できない。それで数字が取れているのは今のうちだけだし、Vtuberがゲーム実況しかしないのも業界として健全ではない。
これから方向性の違いはより鮮明になるし、視聴者層も入れ替わっていく。会社だけが方向性を変えているわけではない。その事に気づかない内は演者も囲いも井の中の蛙だろう。
そしてそれはVtuberに限らず人類社会全てに言えることだ。平和は永遠ではなく、国家の存続も恒久的ではない。信条は不朽ではなく思想は常に流動している。