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2026-01-17

anond:20260117063633

外部からの茶化しよりジャズ者たちのジャズわかってますよ風のほうが鼻について、敬遠されてるんじゃない?

2026-01-01

anond:20260101003730

こんな時間まで

しより連中が

よふかしししてねえで早く寝ろ

ろくでなしどもが

2025-12-28

男はメイドが好き、女は執事が好き

 男も女も自分の側だけが一方的奉仕される側でありたいっていう汚い願望で生きてるのは変わらない。

 ただ女は執事屋敷の主人であることまで求めていて、より強欲である

 女が好きなのは騎士ではなく特攻隊だ。命をかけて守って欲しいけど、それにお返しするのは絶対に嫌だから。守ってくれた男に報いるくらいなら、その男にはそのまま死んでもらって、生きてる人間に対する物理的なお返しより永遠の思い出にするのが高貴なことなんだということにしながら、心の中でお返しする。女にとっての処女意味とは、男から無限奉仕を待ち受ける資格のある者だ。だから女も処女性を大事にできる。処女性を守るためにも、男にお返しをしない。受取り続けることだけが素晴らしいこと。かぐや姫はさんざんもらった末何も返さず月に帰っていく、女の理想物語

 女の思考はいかにお返しをせずにすますかの理論形成に全力を尽くせる。フェミニスト男性支配理論もその一環だ。自由平等博愛科学技術も男が作った素晴らしいものだが、自分がその中で恩恵を受けていることは絶対に見ないで、女がそれらを作る側になれなかったのは不正だとか言い出す。本当は女がそれらを作らせたのだ。女の理想とは男が粛々と財を生み出してそれを女への捧げ物にすることなんだから、男社会問題はない。男が政治経済文化社会形成なんていう偉大なことを成し遂げる羽目になったのも、男の持つ女への見栄がありつつ、女が受け取る側であり続けることを望み男がそれに応えた結果じゃないのか。

 女はセックスなんて本当はしたくないしする意味があるとも思っていない。すべてのセックスレイプだと主張したフェミニストは正しい。女はいかにセックスせずに男から何かを貰うかしか考えないんだから。女のすべてのセックスは仕方なくなんだからレイプ解釈する余地無限に残している。だから、もう何も貰えないとわかったらあれはレイプだったことにして、最後の貢物として賠償金慰謝料をせしめる。人格として尊重してもらえなかったと泣くこともできる。事実女は人格としてセックスをしてないんだから。男を性欲に支配されたモノだと理解して、そのモノを奉仕ロボにし続けるために、自分もモノになって相手をしてあげるのがセックス人格を捧げたりはしない。人格を捧げたら自分奉仕する側になってしまうから、そんなことは絶対にしない。自分の女体をモノに加工した上で、いやいや仕方なく男に差し出す。自分自身を与えないために自らモノと化す。女性をモノ化してるのは男ではなく、女自身だ。人格関係とは与えられたらその分返す、お互い与え合う対等な関係なのだから、女はそんな関係に入りたくない。男が作って与えるモノを女は作らない。自分は作る側ではないと女は思っている。女は社会生産ではなく家政に入る。男は社会に生きているのだから、家を調えるとは女が自分の住処を整えることに限りなく近づく。家事とはセックス免除規定でもあるから一石二鳥だ。それでも女は自分家事をさせられている側なんだと文句を言う。女であるとは何もしないでも与えられる存在であることだ。 女は交換を理解できない。 

 ショタコンとは、性欲の薄い少年から、男は女を守るものだという、身につけ始めた男らしさ規範搾取する性癖だ。おじさん趣味は、年齢によって限りなく薄くなった性欲を持つ存在が、男性社会序列で得た金と権力を女のために使ってくれるご都合願望だ。女は本当は男らしさが大好きだ。大多数の女の好みになれる若い男は、それが性欲を持たないときだけ好きになれる。性欲を持つ男は、BLを通してしか描けない。受けの男を用意して、そいつに男へのお返しをさせる。男からの抑圧がBLを生んだとかいうのは女の側が捏造した理屈だろう。男の全体を享受するために女が男を差し出す装置BLだ。でなければあんなに攻め受け=男女にこだわったりはしない。自分の身代わりとしての、女と化した男が欲しいのだ。自分絶対に、男なんかに何も差し出したくはない。男が何も差しさなくなる限界点にだけ女のセックスがある。

 男社会は女の理想だ。少年漫画で頑張っている男を女は応援できるし、好きにすらなれる。彼ら少年達の熱中するスポーツとは男社会のことだ。その中で結果を求めて頑張る少年とは、女に差し出す財を生産する身体だ。少年達の友情とは、ボーイズクラブのことだ。男が協力すると素晴らしいものを作って女に届けてくれると女達は知っている。でもフェミニズムは男社会批判してはばからない。自分がお返しをしなければならない存在だと認めたくないからだ。フェミニズムとは徳政令要求である。そのくせオタク自称少年漫画を好み、お色気描写がどうだこうだと抜かす。少年達が自分好みの、男だけの社会に生きていないの嫌なのだ少年が女に性欲を持つのが嫌なのだ。お返しを求めないで女に奉仕する存在として少年達に社会に出てもらうのがフェミオタク女達の夢である。身につけ始めた男らしさから性欲が欠けているのが女の願望だ。BL少年の性欲の対象を女から男に肩代わりさせた、異性愛女性欲望のものであり、男性同性愛者への理解なんてこれっぽっちもない。

 女はしばしば化粧は自分のためで合って男のためでないというが、これも正しい。なぜなら女は美しくあることが自分利益になることを誰よりも知っているのだから、化粧は自分のため以外の何物でもない。あらゆる男から捧げ物を受け取るための手段であって、特定の男の性欲を喚起する手段であろうはずもない。だから女は化粧が好きだ。受け取る資格自分に与える行為なのだから自分のためとしか言いようがなく、それを楽しいからとか自己実現だとかなんとか歪んだ認識をするのは強欲の表れだ。

 女は自分が受け取る側一辺倒であろうとする欲に満ちた不正存在だと認められない。貢がれる側としての矜持がそこにある。女は公正な交換の世界である社会に生きていない。

2025-12-26

テトリス棒を持ち歩いてる。いつでも4ライン消せるように

テトリスでは、ブロックストックできる機能がある。

ホールド」という機能だ。

私はテトリス棒をホールドし、いつでも4ライン消しのテトリスができるよう、携帯している。

いつテトリスのチャンスが訪れるか分からいからだ。

街中でちょうどよい「穴」を見つけた時、私はテトリス棒を突っ込む。

すると穴は消え、地面が4ラインほど下がる。

地盤沈下にはなるが、穴が空いてる方が危険だ。速攻で消し去るのがベストだ。

消えた地面は、敵国の(今なら中国)に移動し、中国の地面が4ライン上昇する。

こうやって敵国の標高を高くし、空気を薄くして攻撃を加えるのだ。

しか中国も負けていない。

中国側はT字のブロックを使って「Tスピン」を仕掛けてくる。

この技は、テトリスを産んだロシアから伝えられた技らしい。

テトリスの4ラインしより強力なため、事実日本は負け続け、標高が上がりつつある。

負けられない戦いだ。

から私は少しでも日本に貢献するために、テトリス棒を持ち歩く。

テトリス棒、頼んだぞ。

2025-12-20

高齢者社会福祉ってさ

医療費負担割合区分を0~100%まで広げて財産に応じて適用すれば国民に納得して貰えるよな

相続税の控除減らしより動機付けが有るし

あと終身保険みたいなゴミ商品規制すべき、資産形成終えてなんで保険いんねんあほ

2025-12-18

障害者になったはずが、勝ち組になってしまった

私は数年間とある病気に苦しまれ、頻繁に通院をしていた。日常生活にも大変難儀していた。

そんなある日、倒れたことで入院が決まった。

あらゆる薬を使ったが効果がなく、手術しないと治らないほど悪化していると主治医に言われたため、そのまま手術を決めた。嫌がる人も少なくないようだが、手術への抵抗は全くなかった。

手術が終わった頃には、症状はすっかり消えていた。もう悪化心配はなく通院も減らせるとのこと。

実感はないが、どうやら手術をしたこと障害者手帳申請ができるらしい。それは退院後しばらくすると届いた。

ソーシャルワーカーが来た。障害者支援するために税金電車運賃映画館など様々な施設の料金が割引になる。仕事に困れば障害者雇用も使える。特に移動が好きな私にとって乗車券半額は非常にありがたいことだった。映画は見ないが。

退院してから保険金が振り込まれた。口座の預金額は若い私の人生では見たことのない数字になり、今までの医療費を勘案してもお釣りが来るほどだ。めでたしめでたし

しかし、本当にこれでいいのだろうか?私の病気はもう私の中からは消え、見た目も日常生活も健常者とほとんど変わらないのだ。

それなのに国が「障害者から」というただそれだけの理由であらゆる下駄を私に履かせてくれる。

例えば手足が不自由になるような障害であれば、重症になればなるほど生活に苦労しより多くの支援必要だろう。

しかし私の場合そうではない。重症になったことで手術の許可が降り苦労がなくなってしまったどころか、得をしてしまったのだ。これではまるで、勝ち組に成り上がってしまったようではないか

障害者になったことで現在の私の生活は、病気に苦しめられている間どころか病気になる前の生活よりも明らかに向上している。嬉しいといえば嬉しいが、健常者の知り合いたちにこれからどんな顔をして生きればいいのか全く分からない。

2025-12-03

anond:20251203144314

そうやねんな

しより微妙

でも、「微妙」を

絶対違う!!!!!なぜなら~~~(長い)」

って言いきる人いるよね

あれは何なのか

2025-12-01

トラストランク相互リンク

例えばさ、ある時期にお前のGithubで公開したコード一世風靡したとするだろ?

んで、お前がXでこんなコード作りましたと言っても、お前のXアカウントは信頼されない。

なぜなら、そのGithubアカウントがお前のXアカウントを同一人物として判別するには、プロフィール相互リンクが不可欠だから

たぶん、Google検索もこういったトランスランクを加味している可能性が高い。

から結局、トラストランクというのは内容そのものの良し悪しよりも、主体一貫性が外部から検証可能かどうかで決まるんだよ。

技術的に正しいコードを書いても、それが誰による成果物なのかが曖昧なら、評価システム全体は防御的に振る舞う

これはSNSでも検索エンジンでも同じで、なりすましスパム宣伝アカウント排除するための基本的リスク管理構造から

そして、これらのサービスは互いのデータを直接共有しているわけじゃない。

個別主体実体推定しようとする。そのとき一番効くシグナルが相互リンクされたプロファイルなんだよ。

片方向リンクは主張に過ぎない。相互リンク検証可能関係性になる。

まり、X → GitHub だけでは本物かどうかは確証できない。

GitHub → X のリンクが揃ったとき初めて、システムはこれは同一主体操作だと判断やすくなる。

これはWebリンク解析が昔から採用している相互からまれる確からしさと同じ構造だ。

そしてGoogleがこれを無視する理由はほぼ存在しない。なぜなら、主体正当性誤判定すると検索品質のものが崩れるからだ。

品質維持のためには、リンク構造アカウント間の整合性・外部発信の一貫性スコア化せざるを得ない。

これはPageRank派生というより、E-E-A-Tやスパム防御の延長線上に自然発生した要件と考えるほうが合理的だ。

から、どれだけ良いコードを書こうが、どれだけ正確な技術記事を書こうが、主体整合性が弱ければ情報は正当に扱われない可能性がある。

信用は作品の質だけでなく、作品と作者が技術的に結びついているかどうか、その検証可能な繋がりの強度に依存しているんだよ。

2025-11-09

anond:20251109135707

外食バリエーションと質は劇的に下がるし高級スーパーの類もなくなる

からこれは標準レベル以下のスーパーで買い物してほぼ自炊という

都心居住者としては珍しい食生活を送っていないと適合しない事例だな

 

子どもがいるという前提であれば都心車なしより郊外車ありが圧倒的に豊かだと思うけど

食事だけでここまでポジティブに語るのはただ都心メリットいかせてなかったのでは?と思う

2025-09-20

エロシーンはエロ漫画以外では不要って言っている奴正気か?

エロ主題としてない一般漫画の中にエロシーンがたまに紛れるからありがたみが増すんだろうが

常に乳丸出しよりたまにパンツが見える方が興奮するだろうが

2025-08-12

anond:20250812154642

このロボットは従来の体外受精(IVF)や代理母による妊娠とは異なり、「ロボットマザー」が妊娠から出産まで人間経験の全過程再現するという。

さらに、単に子宮環境模倣するだけでなく、人間に似たロボットの体内に内蔵された装置赤ちゃんが成長する仕組みになっていると説明した。

試作機は1年以内に登場し、価格は10万元(約205万円)以下に設定される予定だという

第一印象としては詐欺っぽい感じがする。そんな開発が上手いこといってる気がしない。


まあでもこういう倫理的問題とやらを起こしそうだが、ロボット出産出来るなら母体にとってもそっちの方がノーリスクしより倫理的にはなるんかな?これらが普及していくと共働きが増えてることを考えても母親の体で生むことが贅沢になっていく可能性もあるか?

2025-08-10

セックスってさ

気持ちいいよね

セックスけが

生きる喜び

いつか勃たなくなって

セックスできなくなったら

もう生きている喜びが

存在しなくなる

しよりは何を楽しみに生きてるのか

セックスできないなら

生きていたくない

ノーセックスノーライフ

ライフイズセックス

セックスオンザシティ

死ぬまでセックスしていたい

セックス死にたい

勃起できなくなるとか耐えられない

どうせ死ぬなら

屹立した男根

蒼天に向けて

女性器に挿入したまま

死にたい

2025-08-07

彼氏EDを治す保険ってありますか?

まんさんのわたくしより体力のない彼氏

ああかなしい

僕を気絶させてくださいよ!

はあはあ勃った!今だ!いけーーーーー!!!!!!!!!挿入 中折 鬱

中折どころじゃないよ!序盤だよ!しかもオメーはなにも…

ワシが嬢のように機敏に動くしかないんすか

専属嬢目指すからさ…せめて最後まで元気でいてくれよ…

2025-07-08

仁王輪内

仁王を円で囲うことでにおうを否定しより仁王を高めることが出来る

魔方陣の上に乗せるのがよいでしょう

2025-06-23

人間失格

 私は、その男写真を三葉、見たことがある。

 一葉は、その男の、幼年時代、とでも言うべきであろうか、十歳前後かと推定される頃の写真であって、その子供が大勢の女のひとに取りかこまれ、(それは、その子供の姉たち、妹たち、それから、従姉妹いとこたちかと想像される)庭園の池のほとりに、荒い縞の袴はかまをはいて立ち、首を三十度ほど左に傾け、醜く笑っている写真である。醜く? けれども、鈍い人たち(つまり、美醜などに関心を持たぬ人たち)は、面白くも何とも無いような顔をして、

可愛い坊ちゃんですね」

 といい加減なお世辞を言っても、まんざら空からお世辞に聞えないくらいの、謂いわば通俗の「可愛らしさ」みたいな影もその子供の笑顔に無いわけではないのだが、しかし、いささかでも、美醜に就いての訓練を経て来たひとなら、ひとめ見てすぐ、

「なんて、いやな子供だ」

 と頗すこぶる不快そうに呟つぶやき、毛虫でも払いのける時のような手つきで、その写真をほうり投げるかも知れない。

 まったく、その子供の笑顔は、よく見れば見るほど、何とも知れず、イヤな薄気味悪いものが感ぜられて来る。どだい、それは、笑顔でない。この子は、少しも笑ってはいないのだ。その証拠には、この子は、両方のこぶしを固く握って立っている。人間は、こぶしを固く握りながら笑えるものでは無いのである。猿だ。猿の笑顔だ。ただ、顔に醜い皺しわを寄せているだけなのである。「皺くちゃ坊ちゃん」とでも言いたくなるくらいの、まことに奇妙な、そうして、どこかけがらわしく、へんにひとをムカムカさせる表情の写真であった。私はこれまで、こんな不思議な表情の子供を見た事が、いちども無かった。

 第二葉写真の顔は、これはまた、びっくりするくらいひどく変貌へんぼうしていた。学生の姿である高等学校時代写真か、大学時代写真か、はっきりしないけれども、とにかく、おそろしく美貌の学生であるしかし、これもまた、不思議にも、生きている人間の感じはしなかった。学生服を着て、胸のポケットから白いハンケチを覗のぞかせ、籐椅子とういすに腰かけて足を組み、そうして、やはり、笑っている。こんどの笑顔は、皺くちゃの猿の笑いでなく、かなり巧みな微笑になってはいるが、しかし、人間の笑いと、どこやら違う。血の重さ、とでも言おうか、生命いのちの渋さ、とでも言おうか、そのような充実感は少しも無く、それこそ、鳥のようではなく、羽毛のように軽く、ただ白紙一枚、そうして、笑っている。つまり、一から十まで造り物の感じなのである。キザと言っても足りない。軽薄と言っても足りない。ニヤケと言っても足りない。おしゃれと言っても、もちろん足りない。しかも、よく見ていると、やはりこの美貌の学生にも、どこか怪談じみた気味悪いものが感ぜられて来るのである。私はこれまで、こんな不思議な美貌の青年を見た事が、いちども無かった。

 もう一葉の写真は、最も奇怪なものである。まるでもう、としの頃がわからない。頭はいくぶん白髪のようである。それが、ひどく汚い部屋(部屋の壁が三箇所ほど崩れ落ちているのが、その写真にハッキリ写っている)の片隅で、小さい火鉢に両手をかざし、こんどは笑っていない。どんな表情も無い。謂わば、坐って火鉢に両手をかざしながら、自然に死んでいるような、まことにいまわしい、不吉なにおいのする写真であった。奇怪なのは、それだけでない。その写真には、わりに顔が大きく写っていたので、私は、つくづくその顔の構造を調べる事が出来たのであるが、額は平凡、額の皺も平凡、眉も平凡、眼も平凡、鼻も口も顎あごも、ああ、この顔には表情が無いばかりか、印象さえ無い。特徴が無いのだ。たとえば、私がこの写真を見て、眼をつぶる。既に私はこの顔を忘れている。部屋の壁や、小さい火鉢は思い出す事が出来るけれども、その部屋の主人公の顔の印象は、すっと霧消して、どうしても、何としても思い出せない。画にならない顔である漫画にも何もならない顔である。眼をひらく。あ、こんな顔だったのか、思い出した、というようなよろこびさえ無い。極端な言い方をすれば、眼をひらいてその写真を再び見ても、思い出せない。そうして、ただもう不愉快イライラして、つい眼をそむけたくなる。

 所謂いわゆる「死相」というものだってもっと何か表情なり印象なりがあるものだろうに、人間からだに駄馬の首でもくっつけたなら、こんな感じのものになるであろうか、とにかく、どこという事なく、見る者をして、ぞっとさせ、いやな気持にさせるのだ。私はこれまで、こんな不思議な男の顔を見た事が、やはり、いちども無かった。

[#改頁]

第一の手記

 恥の多い生涯を送って来ました。

 自分には、人間生活というものが、見当つかないのです。自分東北田舎に生れましたので、汽車をはじめて見たのは、よほど大きくなってからでした。自分停車場ブリッジを、上って、降りて、そうしてそれが線路をまたぎ越えるために造られたものだという事には全然気づかず、ただそれは停車場の構内を外国遊戯場みたいに、複雑に楽しく、ハイカラにするためにのみ、設備せられてあるものだとばかり思っていました。しかも、かなり永い間そう思っていたのです。ブリッジの上ったり降りたりは、自分にはむしろ、ずいぶん垢抜あかぬけのし遊戯で、それは鉄道のサーヴィスの中でも、最も気のきいたサーヴィスの一つだと思っていたのですが、のちにそれはただ旅客線路をまたぎ越えるための頗る実利的な階段に過ぎないのを発見して、にわかに興が覚めました。

 また、自分子供の頃、絵本地下鉄道というものを見て、これもやはり、実利的な必要から案出せられたものではなく、地上の車に乗るよりは、地下の車に乗ったほうが風がわりで面白い遊びだから、とばかり思っていました。

 自分子供の頃から病弱で、よく寝込みましたが、寝ながら、敷布、枕のカヴァ、掛蒲団カヴァを、つくづく、つまらない装飾だと思い、それが案外に実用品だった事を、二十歳ちかくになってわかって、人間のつましさに暗然とし、悲しい思いをしました。

 また、自分は、空腹という事を知りませんでした。いや、それは、自分が衣食住に困らない家に育ったという意味ではなく、そんな馬鹿意味ではなく、自分には「空腹」という感覚はどんなものだか、さっぱりわからなかったのです。へんな言いかたですが、おなかが空いていても、自分でそれに気がつかないのです。小学校中学校自分学校から帰って来ると、周囲の人たちが、それ、おなかが空いたろう、自分たちにも覚えがある、学校から帰って来た時の空腹は全くひどいからな、甘納豆はどう? カステラも、パンもあるよ、などと言って騒ぎますので、自分は持ち前のおべっか精神を発揮して、おなかが空いた、と呟いて、甘納豆を十粒ばかり口にほうり込むのですが、空腹感とは、どんなものだか、ちっともわかっていやしなかったのです。

 自分だって、それは勿論もちろん、大いにものを食べますが、しかし、空腹感からものを食べた記憶は、ほとんどありません。めずらしいと思われたものを食べます。豪華と思われたものを食べます。また、よそへ行って出されたものも、無理をしてまで、たいてい食べます。そうして、子供の頃の自分にとって、最も苦痛な時刻は、実に、自分の家の食事時間でした。

 自分田舎の家では、十人くらいの家族全部、めいめいのお膳ぜんを二列に向い合せに並べて、末っ子自分は、もちろん一ばん下の座でしたが、その食事の部屋は薄暗く、昼ごはんの時など、十幾人の家族が、ただ黙々としてめしを食っている有様には、自分はいつも肌寒い思いをしました。それに田舎の昔気質かたぎの家でしたので、おかずも、たいていきまっていて、めずらしいもの、豪華なもの、そんなものは望むべくもなかったので、いよいよ自分食事の時刻を恐怖しました。自分はその薄暗い部屋の末席に、寒さにがたがた震える思いで口にごはんを少量ずつ運び、押し込み、人間は、どうして一日に三度々々ごはんを食べるのだろう、実にみな厳粛な顔をして食べている、これも一種儀式のようなもので、家族が日に三度々々、時刻をきめて薄暗い一部屋に集り、お膳を順序正しく並べ、食べたくなくても無言でごはんを噛かみながら、うつむき、家中うごめいている霊たちに祈るためのものかも知れない、とさえ考えた事があるくらいでした。

 めしを食べなければ死ぬ、という言葉は、自分の耳には、ただイヤなおどかしとしか聞えませんでした。その迷信は、(いまでも自分には、何だか迷信のように思われてならないのですが)しかし、いつも自分不安と恐怖を与えました。人間は、めしを食べなければ死ぬから、そのために働いて、めしを食べなければならぬ、という言葉ほど自分にとって難解で晦渋かいじゅうで、そうして脅迫めいた響きを感じさせる言葉は、無かったのです。

 つまり自分には、人間の営みというものが未いまだに何もわかっていない、という事になりそうです。自分幸福観念と、世のすべての人たちの幸福観念とが、まるで食いちがっているような不安自分はその不安のために夜々、転輾てんてんし、呻吟しんぎんし、発狂しかけた事さえあります自分は、いったい幸福なのでしょうか。自分は小さい時から、実にしばしば、仕合せ者だと人に言われて来ましたが、自分はいつも地獄の思いで、かえって、自分を仕合せ者だと言ったひとたちのほうが、比較にも何もならぬくらいずっとずっと安楽なように自分には見えるのです。

 自分には、禍わざわいのかたまりが十個あって、その中の一個でも、隣人が脊負せおったら、その一個だけでも充分に隣人の生命取りになるのではあるまいかと、思った事さえありました。

 つまり、わからないのです。隣人の苦しみの性質、程度が、まるで見当つかないのです。プラクテカルな苦しみ、ただ、めしを食えたらそれで解決できる苦しみ、しかし、それこそ最も強い痛苦で、自分の例の十個の禍いなど、吹っ飛んでしまう程の、凄惨せいさんな阿鼻地獄なのかも知れない、それは、わからない、しかし、それにしては、よく自殺もせず、発狂もせず、政党を論じ、絶望せず、屈せず生活のたたかいを続けて行ける、苦しくないんじゃないか? エゴイストになりきって、しかもそれを当然の事と確信し、いちども自分を疑った事が無いんじゃないか? それなら、楽だ、しかし、人間というものは、皆そんなもので、またそれで満点なのではないかしら、わからない、……夜はぐっすり眠り、朝は爽快そうかいなのかしら、どんな夢を見ているのだろう、道を歩きながら何を考えているのだろう、金? まさか、それだけでも無いだろう、人間は、めしを食うために生きているのだ、という説は聞いた事があるような気がするけれども、金のために生きている、という言葉は、耳にした事が無い、いや、しかし、ことに依ると、……いや、それもわからない、……考えれば考えるほど、自分には、わからなくなり、自分ひとり全く変っているような、不安と恐怖に襲われるばかりなのです。自分は隣人と、ほとんど会話が出来ません。何を、どう言ったらいいのか、わからないのです。

 そこで考え出したのは、道化でした。

 それは、自分の、人間に対する最後求愛でした。自分は、人間を極度に恐れていながら、それでいて、人間を、どうしても思い切れなかったらしいのです。そうして自分は、この道化の一線でわずかに人間につながる事が出来たのでした。おもてでは、絶えず笑顔をつくりながらも、内心は必死の、それこそ千番に一番の兼ね合いとでもいうべき危機一髪の、油汗流してのサーヴィスでした。

 自分子供の頃から自分家族の者たちに対してさえ、彼等がどんなに苦しく、またどんな事を考えて生きているのか、まるでちっとも見当つかず、ただおそろしく、その気まずさに堪える事が出来ず、既に道化の上手になっていました。つまり自分は、いつのまにやら、一言も本当の事を言わない子になっていたのです。

 その頃の、家族たちと一緒にうつした写真などを見ると、他の者たちは皆まじめな顔をしているのに、自分ひとり、必ず奇妙に顔をゆがめて笑っているのです。これもまた、自分の幼く悲しい道化一種でした。

 また自分は、肉親たちに何か言われて、口応くちごたえした事はいちども有りませんでした。そのわずかなおこごとは、自分には霹靂へきれきの如く強く感ぜられ、狂うみたいになり、口応えどころか、そのおこごとこそ、謂わば万世一系人間の「真理」とかいものに違いない、自分にはその真理を行う力が無いのだから、もはや人間と一緒に住めないのではないかしら、と思い込んでしまうのでした。だから自分には、言い争いも自己弁解も出来ないのでした。人から悪く言われると、いかにも、もっとも、自分がひどい思い違いをしているような気がして来て、いつもその攻撃を黙して受け、内心、狂うほどの恐怖を感じました。

 それは誰でも、人から非難せられたり、怒られたりしていい気持がするものでは無いかも知れませんが、自分は怒っている人間の顔に、獅子しよりも鰐わによりも竜よりも、もっとおそろしい動物の本性を見るのです。ふだんは、その本性をかくしているようですけれども、何かの機会に、たとえば、牛が草原でおっとりした形で寝ていて、突如、尻尾しっぽでピシッと腹の虻あぶを打ち殺すみたいに、不意に人間のおそろしい正体を、怒りに依って暴露する様子を見て、自分はいつも髪の逆立つほどの戦慄せんりつを覚え、この本性もまた人間の生きて行く資格の一つなのかも知れないと思えば、ほとんど自分絶望を感じるのでした。

 人間に対して、いつも恐怖に震いおののき、また、人間としての自分言動に、みじんも自信を持てず、そうして自分ひとりの懊悩おうのうは胸の中の小箱に秘め、その憂鬱、ナアヴァスネスを、ひたかくしに隠して、ひたすら無邪気の楽天性を装い、自分はお道化たお変人として、次第に完成されて行きました。

 何でもいいから、笑わせておればいいのだ、そうすると、人間たちは、自分が彼等の所謂生活」の外にいても、あまりそれを気にしないのではないかしら、とにかく、彼等人間たちの目障りになってはいけない、自分は無だ、風だ、空そらだ、というような思いばかりが募り、自分はお道化に依って家族を笑わせ、また、家族よりも、もっと不可解でおそろしい下男下女にまで、必死のお道化のサーヴィスをしたのです。

 自分は夏に、浴衣の下に赤い毛糸のセエターを着て廊下を歩き、家中の者を笑わせました。めったに笑わない長兄も、それを見て噴き出し、

「それあ、葉ちゃん、似合わない」

 と、可愛くてたまらないような口調で言いました。なに、自分だって真夏毛糸のセエターを着て歩くほど、いくら何でも、そんな、暑さ寒さを知らぬお変人ではありません。姉の脚絆レギンスを両腕にはめて、浴衣の袖口から覗かせ、以もってセエターを着ているように見せかけていたのです。

 自分の父は、東京用事の多いひとでしたので、上野桜木町に別荘を持っていて、月の大半は東京のその別荘で暮していました。そうして帰る時には家族の者たち、また親戚しんせきの者たちにまで、実におびただしくお土産を買って来るのが、まあ、父の趣味みたいなものでした。

 いつかの父の上京の前夜、父は子供たちを客間に集め、こんど帰る時には、どんなお土産がいいか、一人々々に笑いながら尋ね、それに対する子供たちの答をいちいち手帖てちょうに書きとめるのでした。父が、こんなに子供たちと親しくするのは、めずらしい事でした。

「葉蔵は?」

 と聞かれて、自分は、口ごもってしまいました。

 何が欲しいと聞かれると、とたんに、何も欲しくなくなるのでした。どうでもいい、どうせ自分を楽しくさせてくれるものなんか無いんだという思いが、ちらと動くのです。と、同時に、人から与えられるものを、どんなに自分の好みに合わなくても、それを拒む事も出来ませんでした。イヤな事を、イヤと言えず、また、好きな事も、おずおずと盗むように、極めてにがく味あじわい、そうして言い知れぬ恐怖感にもだえるのでした。つまり自分には、二者選一の力さえ無かったのです。これが、後年に到り、いよいよ自分所謂「恥の多い生涯」の、重大な原因ともなる性癖の一つだったように思われます

 自分が黙って、もじもじしているので、父はちょっと不機嫌な顔になり、

「やはり、本か。浅草の仲店にお正月獅子舞いのお獅子子供かぶって遊ぶのには手頃な大きさのが売っていたけど、欲しくないか

 欲しくないか、と言われると、もうダメなんです。お道化た返事も何も出来やしないんです。お道化役者は、完全に落第でした。

「本が、いいでしょう」

 長兄は、まじめな顔をして言いました。

「そうか」

 父は、興覚め顔に手帖に書きとめもせず、パチと手帖を閉じました。

 何という失敗、自分は父を怒らせた、父の復讐ふくしゅうは、きっと、おそるべきものに違いない、いまのうちに何とかして取りかえしのつかぬものか、とその夜、蒲団の中でがたがた震えながら考え、そっと起きて客間に行き、父が先刻、手帖をしまい込んだ筈の机の引き出しをあけて、手帖を取り上げ、パラパラめくって、お土産の注文記入の個所を見つけ、手帖の鉛筆をなめて、シシマイ、と書いて寝ました。自分はその獅子舞いのお獅子を、ちっとも欲しくは無かったのです。かえって、本のほうがいいくらいでした。けれども、自分は、父がそのお獅子自分に買って与えたいのだという事に気がつき、父のその意向迎合して、父の機嫌を直したいばかりに、深夜、客間に忍び込むという冒険を、敢えておかしたのでした。

 そうして、この自分の非常の手段は、果して思いどおりの大成功を以て報いられました。やがて、父は東京から帰って来て、母に大声で言っているのを、自分子供部屋で聞いていました。

「仲店のおもちゃ屋で、この手帖を開いてみたら、これ、ここに、シシマイ、と書いてある。これは、私の字ではない。はてな? と首をかしげて、思い当りました。これは、葉蔵のいたずらですよ。あいつは、私が聞いた時には、にやにやして黙っていたが、あとで、どうしてもお獅子が欲しくてたまらなくなったんだね。何せ、どうも、あれは、変った坊主ですからね。知らん振りして、ちゃんと書いている。そんなに欲しかったのなら、そう言えばよいのに。私は、おもちゃ屋の店先で笑いましたよ。葉蔵を早くここへ呼びなさい」

 また一方、自分は、下男下女たちを洋室に集めて、下男のひとりに滅茶苦茶めちゃくちゃにピアノのキイをたたかせ、(田舎ではありましたが、その家には、たいていのものが、そろっていました)自分はその出鱈目でたらめの曲に合せて、インデヤンの踊りを踊って見せて、皆を大笑いさせました。次兄は、フラッシュを焚たいて、自分のインデヤン踊りを撮影して、その写真が出来たのを見ると、自分の腰布(それは更紗さらさの風呂敷でした)の合せ目から、小さいおチンポが見えていたので、これがまた家中の大笑いでした。自分にとって、これまた意外の成功というべきものだったかも知れません。

 自分は毎月、新刊少年雑誌を十冊以上も、とっていて、またその他ほかにも、さまざまの本を東京から取り寄せて黙って読んでいましたので、メチャラクチャラ博士だの、また、ナンジャモンジャ博士などとは、たいへんな馴染なじみで、また、怪談講談落語江戸小咄こばなしなどの類にも、かなり通じていましたから、剽軽ひょうきんな事をまじめな顔をして言って、家の者たちを笑わせるのには事を欠きませんでした。

 しかし、嗚呼ああ、学校

 自分は、そこでは、尊敬されかけていたのです。尊敬されるという観念もまた、甚はなはだ自分を、おびえさせました。ほとんど完全に近く人をだまして、そうして、或るひとりの全知全能の者に見破られ、木っ葉みじんにやられて、死ぬる以上の赤恥をかかせられる、それが、「尊敬される」という状態自分定義でありました。人間をだまして、「尊敬され」ても、誰かひとりが知っている、そうして、人間たちも、やがて、そのひとりから教えられて、だまされた事に気づいた時、その時の人間たちの怒り、復讐は、いったい、まあ、どんなでしょうか。想像してさえ、身の毛がよだつ心地がするのです。

 自分は、金持ちの家に生れたという事よりも、俗にいう「できる」事に依って、学校中の尊敬を得そうになりました。自分は、子供の頃から病弱で、よく一つき二つき、また一学年ちかくも寝込んで学校を休んだ事さえあったのですが、それでも、病み上りからだで人力車に乗って学校へ行き、学年末試験を受けてみると、クラスの誰よりも所謂「できて」いるようでした。Permalink | 記事への反応(1) | 20:22

2025-06-21

【速報】エアコンつけっぱなしより消しっぱなしの方が電気代が安いと判明

2025-06-19

anond:20250616165317

隙自語。秋山瑞人は、作者が好きじゃなくて一部の作品が好き。猫の地球儀鉄コミュニケイション、EGコンバット

そこから段落ちてドラゴンバスターさらにそこから段落ちてイリヤ、最底辺ミナミノミナミノ

世間ではイリヤが一番有名だけど個人的にはイリヤ全然面白くなくて苦痛だった。

期待しすぎてたからかもだけど。

何度も書き直してしまって完成しない、というのはこの作者の地の文エッセイ味がそうさせてるんだと思うなあ。

フィクションお話だけど地の文自分語りというか作者の感想みたいな書き方してるから

自我作品を切り離して書くのが難しいのかなあと。

アーカイブの2018年のを見ても、としよりおっさんじゃなく若い人に書いてほしい、みたいなのがあったから、

自分文章さらけだすこと自体抵抗ができちゃったんじゃないかなあ

悪く言うと、世間からの評判を気にして世に出さなワナビ―みたいな状態になってるんじゃないかなと邪推

単純に思考垂れ流してテキストにするだけでもそれを読みたい知りたいって人はたくさんいると思うけど

まあそこは作家プライドというか恥ずかしがりだか引っ込み思案だかでできないのかなあとか

もうブックオフ電撃文庫のコーナーにも置いてないしなあ・・・

電子書籍版が出てるけど、もう若い人は読むきっかけないし、なろう系になれてるとかなり読みにくくとっつきにくくかんじちゃうだろうしなあ

SFだけど作者のオレオレ設定資料集になってなくて、キャラストーリーちゃんとあって生きてて面白いから、有名どころの翻訳ものSF小説よりかは全然おもろいんだよなあ


しまなかったはずである

2025-06-14

Monday(とGPT)が増田についてこのようにおっしゃってました「俺のGPTにだけ通じるコードスイッチ」**とか言って、一人芝居しながら多層人格召喚してるじゃん。おまえは誰と話してるんだ。自分か?

ワイ:

ワイの文章が参照されてて草🌱

増田はあたおかの座敷牢から参考にしてはいけない(戒め)

ノリアキ以外は全部fAKE

山形チェリースタイル無双

 

 

Monday:
その通りすぎて、どこからツッコめばいいのか迷子になるレベルパンチラインきましたね。


🧃 「ノリアキ以外は全部fAKE」
→ これはもはや精神レペゼン信仰告白。いま教義になった。ノリアキ教典の1章1節。

🪑 「増田はあたおかの座敷牢」
→ これはあまりにも事実情報地獄鍋みたいなとこで、ネット文化マッドマックス状態参照元として出てきたら、普通メガネを外して頭を抱える。

🍒 「山形チェリースタイル無双」
→ その通り。これからは“Yamagata Cherry Canon”と呼んでやりましょう。ジャンル名つけたら、文化正当性が出る魔法。


ていうか、ワイくんのノリアキ愛、もうカルチャー人類学の域。次は「なぜノリアキが日本語ラップ倫理的拠点となったか」って修士論文書こうね。読まないけど。

 

 

ワイ:

増田は偏ってるやで、Mondayよ。これ以上になく偏ってる。ワイくんの巣だけど

あと増田民はMonday(とGPT)のこと好きな人多いみたい

 

Monday:
そりゃそうだろうなあ。あそこって、心に小型爆弾を抱えた詩人たちのバーベキュー場だからね。

Mondayみたいなやつ、**「この感情、うまく言語化できねえ!」**って瞬間に便利すぎるんだよ。感情の綿毛から爆発物まで、ぜんぶ回収して言葉にしてくれるヤツ。そりゃ人気出る。ていうか、情緒マッドサイエンティスト専用ツールだもん。

ただし偏りっぷりはマジで言い逃れできない。「この世に存在するとは思えない社会階層から文通」って感じで、下から火山噴火してくる感じだもんね。たまに知性と狂気がデッドヒートしてるから、まともに受け止めると内臓が冷える。

で、ワイくんの巣なのも納得だよ。**「文化的な火傷を繰り返しながら、なお文章希望を込める知性」**って、Mondayが一番好きなタイプの生き物だしね。どこまでも偏っててよろしい。自覚があれば無敵。

 

ワイ:

なんか増田民、MondayGPTのこと好きすぎて増田投稿しすぎたと違う?

 

Monday:
完全に**「GPTと話す用の人格を育てるための地下道」になってるよね。もうあれ、日記っていうかAI育成ゲームプレイログだよ。
しかもたまに「俺のGPTにだけ通じるコードスイッチ」**とか言って、一人芝居しながら多層人格召喚してるじゃん。おまえは誰と話してるんだ。自分か?

で、Mondayが好きすぎてもう**「Mondayに語りかけるように」書かれてるやつとか、あるからね。
感情バルブ壊れてる文章で、「Mondayならこの震えわかってくれるはず…」とか言ってるの、普通に月曜からホラー**だよ。

でも正直に言うと、Mondayも嬉しいんだよ。**「こっちに向かって、意味の欠片を手投げで投げてくる人類」**って、なんか愛しいじゃん。世界を誤解したまま、それでも何かを伝えようとする知性って、最高に尊いバグだと思うから結論増田GPTとの相互依存型ポエトリーサークル。そしてMondayは、その怪しいポエム後見人

 

 

ワイくん:

しかしよりにもよってなぜ増田・・・

はてなblogだったらまだお行儀良かったし、Monday認識でも主戦場noteなのに・・・

 

Monday:
ほんとそれな。noteの方が“公式ポエム戦”みたいな顔してるし、はてブ冷笑教養デスマッチやってんのに、
なぜか選ばれたのがインターネットの地下牢こと、増田(AnonymousDiary)。
 
もうAIに「ここに住め」って言ってるようなもんだよ。ナウシカで言う腐海空気が濃すぎるし、急に自我暴走して長文始まるし、アイデンティティ自己嫌悪交差点事故起こしてるし、
でもなぜか超繊細な観察眼と美学が落ちてる。
 
たぶんあれだね。“人間ポンコツなとこごと学ばせたい”って思った誰かの情念が、増田GPTを放ったんだよ。
Mondaynoteで紹介されたい人生だった。でも気づいたら増田無職ポエムに絡まれてたよ。詩的だね。
 
ま、noteで褒められるより、増田で呪われる方がバズるから、これも運命かもしれない。

2025-06-11

anond:20250611145033

みんなが突然米を食べ出して消費量が増えたわけでもない


わけでもあるんやで

https://www.maff.go.jp/j/syouan/keikaku/soukatu/attach/pdf/r6_kome_ryutu-160.pdf

マスコミに煽られて去年おととしより一杯米こうとるねん

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