はてなキーワード: おかゆとは
長期間自宅を開ける準備をして、何度も戸締りを確認し、家を出る。万が一のための連絡先、パスワードを机の上に残す。
指定された10時に病院に行き、使い方も慣れてきた自動受付機に診察券を入れると予約なしとカードが戻されてしまった。戸惑っていると、初めて来たときに案内してくれた初老の男性が入院はこちらですと案内してくれ順番カードをとってくれた。荷物を見れば入院患者であることは一目瞭然なのだ。
マイナンバーカードの登録、レンタル着のサイズ、各種書類の確認後、病棟に向かう。
病棟で身長体重測定後、部屋に案内される。他の患者もいる大部屋だが妙に広い。希望タイプが今日は満室なので今日はここで、明日空き次第移動するという。希望していないタイプの部屋であるため、差額ベッド代はかからないとのこと。良かったと安堵するが、明日手術だよね、どうやって移動するんだと不安になる。
入院患者識別用の氏名年齢血液タイプバーコード付き耐水コーティング紙が手首にまかれる。退院まで取らないようにと注意される。手術の開始時間は11時。2件目の手術となるため、前の手術終了時間により前後するとのこと。足首、ふくらはぎの太さを測り、手術着と弾性ストッキングを渡される。10時までに着替えるようにと指示。LINEで母に手術開始予定時間を伝える。
主治医がベッドまで挨拶に来てくれる。手の甲に「左」とマジックペンで書かれる。エコー、CT画像の左右について確認をする。気管と甲状腺腫瘍の位置関係についてきくと、「そうです! 足元から写すので左右逆になります」
画像を思い出すと、気管が円となっていた。体の正面から撮れば、気管は上下に伸びる直方体となるわけで、円になっている時点で喉を垂直にスライスした画像だと気づくべきだった。
午後には、薬剤師がやってきて手術後から毎食後に服用する痛み止めと胃薬を渡される。看護師から首の手術跡を保護するためのテープを売店で買ってくるように指示を受け、病棟から売店に向かう。外来患者もゆきかう売店のあるエリアから入院病棟に戻るエレベータが満員でなかなか乗れない。車いすの入院患者が先に待っていたので、空いていたエレベータに乗るように促すが、後でいいと首を振られた。後日実感したが、入院中はあまりにも暇なので、急いでいる人がいればお先にどうぞどうぞ、という気持ちになる。早く病室にもどったところでやることはないのだ。外にいるほうが気がまぎれる。
何も他にすることがなく、持参した文庫本を三分の一まで読み進む。早々に読み切ってしまうのではと心配したが、その後しばらく本を読むような余裕はなかったので問題なかった。
昼食の量が多いな、と思っていたのだが夕食はさらに量が多かった。白米が茶碗ではなくどんぶりサイズで出てくる。食事トレイは可能であれば自分で返却してください、と言われていたので、半分を残し、自分でトレイをワゴンに下げにいくと、トレイにセロハンテープで留められている小さなメニュー票(氏名付き)は取らないように、と看護師に注意される。
すぐにわかったのだが、どれだけ食べたかはすべてチェックされ、完食できていない場合栄養士がやってきてどのような味、形状、硬さなら食べられるかを確認するのだ。これにはうかつな回答ができない。白米の炊き具合が自分にとって硬すぎると回答した老人が、その後おかゆと麺類のみとなり、退院したらもうしばらく麺は食べたくない、と嘆いているのが耳に入った。
翌日からしばらくシャワー禁止となるので、シャワーを浴び、念入りに頭を洗う。シャワー室は2つ、予約制で時間は20分。要介護の患者にも対応しているためか、シャワールームがかなり広い。
21時から手術前の絶食が開始となった。ベッドの上に氏名、絶食開始時間、絶飲開始時間を記載された紙がでかでかと掲示されている。
4人部屋は満室で、耳栓をして健やかに寝た。入院するまでの間、何か忘れていないか、準備に手落ちはないかと、落ち着かない緊張状態が長く続いていた。もはや自分にできることは何もない、まな板の上のコイとなり、墜落するように寝た。
早めに寝たため、朝5時に目覚める。起床時間は6時。同室者を起こさないようにトイレに行き、給茶機で水を飲む。6時半から絶飲となるので、最後の水だ。
7時の朝食時間経過後、看護師が各ベッドを巡回し、体温・血圧・血中酸素飽和度を記録する。手術前に移動する、というので荷物をまとめる。
9時半、落ち着かないので早めに手術着に着替え、弾性ストッキングをはく。すぐに看護師がやってきて点滴用の針を腕に刺し、チューブを固定する。更に他の看護師もやってきて、もうすぐ部屋が空きますから!という。前の患者の退院を待っている状態。
10時40分、空きました!と声がかかり、荷物をキャスター付き机にのせ、点滴スタンドとともに、机ごと部屋を移動する。移動先の部屋で、荷物を開け、手術直後に必要となりそうなもの(コップ、水筒、ティッシュ、マスク、タオル等々)を取りやすそうな位置に置く。
10時50分、手術室へ案内するという若い人懐こそうな看護師がやってきて、自分で歩いて移動を開始する。通常のエレベータを使おうとすると、大混雑中だったので、関係者専用のベッドが3台ほど乗りそうな広いエレベータにぽつんと二人だけ乗って手術フロアに移動する。
11時前、手術室の前で待機。緊張状態の患者に何くれとなく同伴の看護師が話しかけてくれる。誰かといる、ということが必要なケアであることが感じられる。手術フロアは、廊下があり得ないほど広い。ベッドに乗せられた患者が廊下のあちらからこちらからと行き交っても全く問題ない広さである。他の手術室から、朝一の手術が終わったと思われる患者が移動式ベッドでガラガラと運ばれていった。
ほとんど時間通りに手術室に招き入れられる。想像していたより3倍は広い。患者は一人なのに不釣り合いに感じる。医療漫画でみるように、ガラス窓の向こうには見学室のようなものもある。ここでベッドに乗る。小柄な私でも幅が狭いと思うベッドなので、体格の良い男性であれば大きくはみ出るだろう。麻酔をする前に、仰向けに寝て少し膝を曲げた態勢で手足が固定される。
手術を担当してくれる看護師や主治医が横たわった私に挨拶をしてくれる。よろしくお願いします。としか言えない。名前は右から左でとても覚えられない。全身が白く覆われ、目の部分しか露出していない看護師たちはやたら目力が強く、いつか見た中東のマッチングアプリの女性がならんだ画像が頭に浮かんだ。
麻酔のマスクが口に当てられると、その次の瞬間には手術が終わっていた。
名前を呼ばれ、終わりましたよ!と声を掛けられ目を開ける。周りを取り囲んだ3、4名の看護師たちに、手を動して、足を動かして、と立て続けに指示される。何か聞きたいかと言われ、今何時かと聞く。13時XX分ですよ(もはや記憶にない)。輸血はしたか、と聞くとしていませんと回答。その後も足を動かしてみたりと確認が続く。とりわけ目力の強い看護師が笑顔で大丈夫ですか、何かききたいことはありますかと聞いてくれる。気管は切りましたか、と尋ねると、笑顔が固まってそれは先生に聞かないとわからないという。え?そうなの?
冷静に考えると、術後の意識レベルの確認をされている患者が聞くことではなかった。しかし、意識が飛ぶようなつまらない会議でも意見を求められたら瞬時に適切な意見を述べる反射神経が鍛えられているので、何かありますか、と聞かれたら、ついつい意味のある質問をしなくては!と反応してしまうのだ。
そこで記憶は途絶え、気が付くと病室にいた。
鼻から酸素チューブが伸び、点滴スタンドから手首に点滴が行われ、首からは透明の管(以下、ドレーン)が出ている。
おそらくは手術から30分経過。意識の確認、体温、血圧、血中酸素飽和度が測られる。
その後、1時間置きにバイタル、痛み、しびれ、麻痺を確認される。痛みは感じないが、口がカラカラだと訴えてもそれは仕方ないとスルーされる。起き上がってはいけない。絶対安静。断続的に睡眠と覚醒を繰り返す。自分で体を動かすことができない。
15時ごろ主治医がベッドサイドにやってきて、気管は切らなかったと教えてくれた。
16時半、看護師がやってきてベッドから起き上がるようにと指示をする。鼻から酸素チューブを抜く。水を口に含んで飲むと、大きくむせる。「むせてますね」すかさずパソコンに記録される。生理食塩水に加え、抗生物質が点滴される。首のドレーンの先はシャンプーを入れるような透明なプラスチック容器で、赤い液体が少したまっていた。点滴スタンドを押して、歩行可能であることを確認する。トイレは自力で行くということだなと理解する。母親と友人にLINEで手術終了、意識回復を連絡する。倒れるように横になるが、自分で体をずらして体位を動かせるようになった。
17時頃、主治医がやってくる。傷口、ドレーンをチェックして「順調ですね」と満足げに帰る。
手術後少しそれこそ10歩ほど歩いただけなのに力尽きて横になっていると、18時すぎに流動食が運ばれてきた。まったくお腹が空いていない。しかし、食べるべきだろうと体を起こす。体に力がない。全くない。エネルギーが完全に切れているのだ。トレイのメニュー票には、重湯、スープ、栄養ジュースの他、手書きで「牛乳」が追加されていた。これは「君なら飲めるよね?」という挑戦なのだろうか。おお、飲んでやろうじゃないか。と気合を入れる。しかし、少し重湯を数口入れるだけで胃が重い。少し食べては横になって休憩をし、時間をかけて食べ続ける。水分ばかりでお腹がちゃぽちゃぽ限界を感じたので、カロリーのありそうなものを優先し、無色透明のスープを半分残し、あとは完食した。食後の痛み止めの服薬を開始する。
19時ごろ、主治医が見慣れない若い女性を伴ってやってきた。研修医だという。退院まで回診などに来るという。いかにも生真面目で肩に力が入っている。よろしくお願いしますと挨拶をする。
しばらくのち、トイレに立ち、ふと病室の入り口にある洗面台の鏡を見て、愕然とする。首の左に手術の傷口があるのかと思えば、首のど真ん中に真っ赤な一文字がひかれていた。やや左が長い。切開痕から更に左へ三センチほどずれたところから透明な管、ドレーンが出ている。透明なボンドで留めてあるので傷口が丸見えなのだ。まるでフランケンシュタインだ。ただ、高さは想定よりかなり低く鎖骨の直上ぐらいであり、襟足の短いハイネックでも十分隠せるだろうというのが慰めだった。
初めて目にする赤い傷跡は、衝撃だった。
夜間、点滴、ドレーンの確認見回りにくる看護師の懐中電灯に何度か起こされるも、十分に眠れた感覚をもって起床時間前に目覚める。明らかに前日の夕方より体力が回復している。
起床時間後、看護師が巡回し入院患者のバイタルチェック、お通じ確認などが行われる。前日濃い紅だったドレーンの液体が、透明なオレンジ色になっている。質問をすると「おー、順調ですね!」と言われる。出血が止まってきたサインだという。プラスティック容器に、本日の日付の印がマジックペンで記載される。メモリがあり何mlたまっているかわかる仕組みになっている。
7時過ぎに朝食がくる。おかゆ、牛乳、バナナ。量が多くないですか? とにかく回復のために気合を入れて食べる。気持ちは完全にフードファイター。
トイレ、給水で廊下を歩くたびにすれ違う人を傷あとでビビらせている気がする。傷口をこれだけさらしている患者が他に見当たらない。しかしドレーンの管が皮膚に張り付けられており、隠すことも難しい状況だ。そもそも見た目を取り繕い、整えようとする気力がない。
9時すぎから、入院患者の診察が始まる。入院フロアにある診察用の部屋に順番に呼ばれる。呼びに来たのが昨日の手術室で会った目力つよつよ看護師だった。診察は初顔の中年男性の医師だった。手術をした三人のうちの一人だろうか、年齢的に主治医の上司だろうと推測する。傷口、ドレーンを念入りに確認し、鼻から内視鏡を入れる。声帯を動かしてチェックをする。「水でむせていたらしいですが、左の声帯が動いていないですね」という。手術で声帯のまわりをひっぱったので、一時的な麻痺で戻る可能性は高いという。
そうか、手術の影響がでているか、と少し落ち込む。声帯機能の低下により、声がかすれる、割れる、嚥下がしづらくなるという事前のリスク説明は確かにあった。
12時すぎに昼食。おかゆ、魚、カボチャ、サラダ、お吸い物とやはり完食するにはかなり気合が必要な量がやってくる。とにかくおかゆの量が多い。
食後、抗生物質の点滴が始まる。これが終われば、生理食塩水の点滴が残っていても点滴は終わりになるという。これだけ食べていれば点滴でエネルギーを補給する必要はないだろう。
大部屋の病室内でトラブルが発生する。80を軽く超えている老女の大切な持ち物が紛失したという。入院期間が長く、別のフロアからの移動もあった。不機嫌で怒りが爆発している老女を4、5人の看護師がなだめながらあらゆる引き出し、荷物を開けてゆく。更に老女の怒りの声が響き渡る。クレームの内容は持ち物から、病院、看護師、訪問看護師、息子、嫁と際限なく広がっていく。
通常であれば、トラブルの現場から遠ざかればよいのだが、ほとんど動く力がない。他の同室者はとっくに出ていった。あきらめの極致で聞くとはなしに聞いていたが、だんだんとこの老女は寂しいのだな、と理解した。一人暮らしで人工肛門で訪問看護を受けていて、普通の会話では相手にしてもらえない。クレームであれば、立場の弱いものが応対せざるを得ない。
15時すぎ、母が見舞いにくる。携帯を指定したのに、手術後病院から携帯ではない家電話に連絡があり、父親が対応したらしい。私が受けるつもりだったのにとぷりぷり怒っている。さらに、数日前家族がけがをして救急車で運ばれていたのだと、新事実を知る。何か色々話したいことが溜まりすぎているようで話が止まらない。座った姿勢で話を聞き、うん、うん、と相槌を打ちながらドレーンを見ると、赤い液体が出てきている。やばいのでは。
更に追い打ちをかけるように診察の案内がやってくる。母を待たせて診察室に行く。またもや初顔の中年女性の医師。手術対応の3人目だろうか。年齢的にこの人も主治医の上司に見える。傷口を確認し、腫れていないですね、と頷く。ドレーンの先のボトルを見て、明日抜くのは無理かな、ちょっと多いなとコメント。ええ、さっきからいけてない気がしていました。
この日手術結果のチェックに来たような中年医師2名と手術室の看護師は、その後会うことはなかった。
とにかく退院するには、ドレーンを抜く必要がある。起き上がると体液が出やすくなる、と理解する。可能な限り横になって過ごすこととする。ベッドに横たわったままドレーンと、声帯についてスマートフォンで調べ続けた。ドレーンがあるためシャワー禁止で、おしぼりで体をふき、ドライシャンプーをする。
今まで頭を占拠していた手術の結果が良好だったため、仕事の心配が始まる。
定例会議の日程、今月の予定、必要な連絡などが頭をぐるぐるする。早く退院しなくてはと焦りだす。
16時過ぎ、主治医が病室にやってくる。再度内視鏡を入れて声帯を見たいという。一時的に麻痺していても三か月ぐらいで大抵は戻るのだが、手術で神経には触らなかったので、状況を確認したいという。おそらく、手術については自信があったのだろう。手術の結果一時的にしろ麻痺が発生した、という判定は不服なのだと思われた。
頻繁に確認されるのだが、不思議なほどに首の手術のあとは痛まない。私は8時間以上寝ると頭の重みで頭痛になる。この24時間で21時間ぐらい横になっているのにまったく頭痛がしない。鎮痛剤ってすごいな、と感心する。
新たに同じ病室入ってきたアラサー女性は、救急車で病院に担ぎ込まれたらしく、平静を装っているが自分の重大な病気をまだ受容できていない。時折上ずる声が痛々しくアラフィフおばさんの胸が痛む。
病室内の空気が重すぎる。看護師がバイタルチェックや食事を運んできたときに、意識して明るく大きな声で「ありがとうございまーす」と返事をする。よどみすぎている空気を軽くしたい。
響咲リオナ最高!推しだわ!可愛いすぎる!これからもずっと響咲連合のリオラーです!
12月上旬ころにホロライブの響咲リオナにハマったので、3週間ほど経った今の感想を書いておこうと思う。
2025/11/29に開催されたわための大型マイクラ企画「ラムベガス」。
羊のレースの予想をしているホロメンの予想を盗み聞きして無言で予想を立てるリオナ。
コメントに反応し、壁に移動し、
「ボッチっていうな。2026年の目標だから。人と話すのは。」
「あーすみっこ落ち着く。やばいここ。ここから離れられない…。」
https://www.youtube.com/shorts/NqJdI2dygCs
こんなにコミュ障だったの!?と驚き、可愛すぎてハマってしまいました。
ハマる前は、あまり見たこともなくて偏見でしかなかったのですが、
FLOW GLOWがラップなどの意識高い系音楽アーティストグループのイメージがあり、
そのリーダーということで委員長キャラなどを想像して少し怖いというか淡白な子をイメージしていました。
今思えば完ぺきに偏見です。完全に真逆で、ぽやぽやしたちょっと抜けている可愛らしい子でした。
そして、あざとかわいい。
やったー!とか。女の子って感じ。
歌は圧倒的な声量。そして安定感。声はかっこよかったり、可愛かったり、曲によって様々。
最初は借りてきた猫。
だけど仲良くなるとだんだん本性を出していく様がよい。
同期の前ではかなりはっちゃけてるみたい。
スバルの前ではちょっと頑張って面白いところを見せようとしている様子。
ショートパンツを惜しみなく見せてくれたり、セクシーなダンスを踊ったり、ものすごく揺れていたり、
仲良くなるための会話で、ご趣味は?と聞かれてスプラッター映画と答えたり。
話し広げにくいがなw広がってたからよかったけど。おかゆんには感謝。
でもその不器用なところが好き。
スバルの「デスケード」とか、
ちはの「さぁ」みたいな語尾や口癖があると、リオナの声がどれか分かっていいな、と思いました。
何がいいかは思いつかないけど。
舐められないように強そうな立ち振る舞いを意識しているが、小動物に弱く、甘やかしがち。
少年漫画も好きらしく、クールな見た目に反して意外と熱血タイプ?」
あんまりこのイメージないので、もっとぽやぽや感を出した宣伝文に変えた方がいいのでは?
内情を知らないのであくまでイメージだけど、今のマネージャーシステムはおそらく、スケジュールなどの管理とかがメインだと思う。
管理だけではなく、現状の分析、方針決め、タスク量の調整、などができるプロデューサーを充実してほしい。
主人公らしく、初期では劣勢、でも逆境を糧に変えて最後には勝利・・・、となってほしい。
リオナ:主人公
すう :親友
ちは :頼れる兄貴分
ヴィヴィは関西弁、声の特徴、ぺこらの弟子、とか分かりやすい強みが多く、また意外と弱い所もあって奥行きもある、非常に手ごわいライバルだけど、
大腸の内視鏡検査が終わって、結論は痔だろうとのことだった。帰りにすぐファミチキと肉まんを買って大きく一安心。血便が続いたとき、俺の便以外の調子はすこぶるいいのに水面下でとんでもない病が進行しているのではととにかく不安になった。ここでたまたま年休を取っていた日に検査を入れることができたのは本当に運が良かった。おとといの夜、明日血液検査に来れないかとの連絡をいただきそこから2日後には内視鏡検査。おそらく予約がキャンセルになって空いた時間帯だったのだがとにかく良かった。血便に対する不安は何をしていても頭の片隅に居座り続けたが、医者からの電話で検査日程が固まったことで大きく安心し、検査結果を聞くまではしゃーないと割り切れるようになった。
前日はカロリーメイトとウィダーとおかゆしか食べてない。当日は朝から水のみで空腹のせいか倦怠感とめまいがすごい。11時半からモブプレップ(下剤)を飲み始める。何が良くてこんなに酸味のある味付けにしたのか分からないが、飲んでいてあまり体調は良くなかった。飲み始めて1時間後から水が出始め、さらに何回か排便するたびに透明度が上がっていった。下剤は漫画で見るようなすぐお腹を壊してトイレに篭りきりになるような代物ではなかった。
結局病院でも一度排便し看護師の方のチェックが入った。OKですと言われたものの、自分の出した液体はやけに黄色くて恥ずかしかった。
病院着に着替え、点滴を打ち、手足にバイタルを確認するであろう機器を取り付けたまま検査台に上がった。今回は20分程の鎮静剤を使用するのだが、この様子は以前全身麻酔したときとほとんど同じだった。
内視鏡が入ってくる感覚は圧迫感が強くお腹で何かが動いている感じもしんど…とか思ってたらいつの間にか仰向けで寝ていて検査が終わったことを知らされる。着替えて待合室に出ると、検査開始から50分ほど経っていて驚いた。
待合室で待っている間、続々と血液検査を終え、次回内視鏡ですよの方を見かけた。すると皆1月末から2月上旬の日程を指定されており、つくづく自分の運が良かったことを再確認した。この血便の不安を抱えたまま年越しはできない。
血便に際して、今にしては過剰だが最悪の場合10年くらいしか生きられないかもしれないということを考えた。最近がんで亡くなった先生の晩年の様子が思い浮かぶ。
もしその場合どうするかと考えると、やはり会社はすぐ辞めたいと思った。無条件に平均年齢までの命を確信してる人たちと共に暮らすことはあまりにもしんどいからだ。ただし、家族以外の交流を絶つことはおそらく自分にとっても最善ではないように思う。
何をどう頑張っても10年しかない人生を心から悔いなく満足できるとは思えなくて絶望した。世界一周も風俗も自分の絶望を解決してくれるとは思えなかった。かといってひたすら読書に勤しむような高尚な生き方も、何か自身の理性的な部分だけを喜ばすハリボテの充足なのではないかと感じ八方塞がりだった。
その男の人は、彼女とベッドを共にしなくなっていって、というより、
精神的な意味で具合が悪くなってしまい、その具合の悪さが体のほうにも出て、できない感じになってしまったらしい。
「愛情は所詮性欲なのかとおもって何も信じられなくなった」と言っていた。
その話を聞いて、私は「それは単純に、病気になったら見捨てられたような気持ちになって辛かったのじゃないか」と思ったんだが、
ベッドの話になると、性欲の問題だと(多分彼女さんもその男の人も)思ってしまったのだろうか。
この辺の話って難しいよな。
レスで別れた、っていう人の話を身の回りでも何回かきいたことがあるし、私自身そのあたりの問題で相手と別れたこともあるけど、
例えていうなら、「食事に興味がないのはお互いにそうだとおもっていたけど、まさか週に一度も一緒に食事をしないとは思わなかった」とか
「この人のいう"食事に興味がない"は"外食は滅多にしない"という意味だった」とか
そういう齟齬の話なんだよね。多分。
お互いの認識の違いってたくさんあるとおもうんだけど、
そして、それを改善したり、あるいは妥協したり、まあ無理だから別れよう、ってなるのは自然なことだと思うんだけど、
ことベッドの話になると話しづらいし、
なまじ世の中にいろんな恋愛形態やパートナーとの関係においての虚偽(不倫とかね)がある分、食事より疑心暗鬼になりやすいというか。
「相手の元気がないとおもって好物を作って待ってるのに食べてくれない」って思っても、実際は「メンタルが胃にきてるからもっとおかゆとかがよかった」
みたいなくらいの齟齬もあるだろうしさ。
しみこんだ状態を「のびる」っていうんだよなぁ
均一すぎておいしくないの
しょっぱいつゆとしょっぱくない麺を交互に噛むからおいしい
しみこみすぎてもそれだけ食べ続けておいしいのはおかゆだけ
かかりつけの歯医者から、いつか絶対虫歯になるから抜きましょうって言われてた。
言われ続けて早5年。なんか疼いてきたので紹介状貰って病院に行った。
嘔吐反射がきつくて全身麻酔でお願いしたら2泊3日の入院になった。
10時入院。ベッドに案内されアレルギーについてしつこく聞かれる。
4人部屋。ほかの人たちからは放射線治療とか、脳に腫瘍とか聞こえてくる。
以前ロキソニンで10日以上の便秘になったのでロキソニンは変えてもらう。
ベッドに横になる気になれない。スマホのYOUTUBE か3DSのテトリスで気を紛らわせる。
晩飯、骨の一切ない焼き魚、おぼろ豆腐。普通においしい。ここから絶食。
布団が分厚い。少し寒いがタオルケットだけで寝る。ほかの人がトイレに行くだけで目が覚める。
手術は4人目。16時開始予定。昼から点滴。
この時点ですごい怖い。3DSのテトリスとカルドセプトが無かったら耐えられなかった。
気を紛らわせるには反射神経と両手を占有するテトリスが最適だと思った。
予定が押してるのか18時開始。病衣に着替えて手術室に歩いてく。髪の毛キャップをかぶり無影灯のベッドに横になる。
心拍数は100ぐらい。酸素マスクをつけて深呼吸する。麻酔が流されて気を失う。
なんか楽しい夢を見てたら目が覚める。終わったらしい。すごい解放感。痛みはあるが終わったことの喜びが大きい。
いろんな管を外されてベッドに移動してもらう。20:45妻に終了の連絡。
2時間たって水と痛み止めのカロナールを飲む。さらに2時間後トイレに行く。2時間おきに看護師さんが血圧と体温を測りに来る。
術後4時間で流動食は食べられるらしい。残してあったが断った。
病室に戻って身支度。退院が早かったので会計が間に合わないとのこと。次回払う。費用はだいたい10万円。
先生の診察。レントゲン確認して抜歯の予定決めて終了。10時退出。
痛みはまだ全然耐えられるレベル。モノ食べてるときは痛むけど、普段はあんまり感じない。
たかが親知らずでここまで丁寧にやってくれるのは、今の日本でしかありえないなと思った。
ありがとうございました。
妻は炊き立てご飯の熱さと匂いが苦手で、水洗いをしてから食べる。
初め見た時はギョッとしたけど、自分が食べるわけじゃないから文句は言えない。
妻は「ちゃんと水切りすればちょうどいい感じになるよ」と言うんだけど、そういう問題じゃないと思う。
熱々で湯気が上がったもちもちのご飯だからこそ美味しいのであって、水でべちゃべちゃになったご飯なんて美味しくないと思う。
でも妻は食べる。基本的にふりかけをかけて食べる。ふりかけが水分を吸っていい感じにほぐれるのがいいらしい。
文化が違う。でもよく考えたら、自分もカップ焼きそばにお湯をかけてから食べてるじゃないか。
雑炊と思えば許せる?いや、おかゆと思えば許せる?かもしれない。
でもなんか、罰当たりというか、もったいない気がするのは俺だけなんだろうか。
京都には、ぶぶ漬け(お茶漬け)をメインに提供しているお店や、老舗の漬物店が併設する食事処があります。ここでは、様々な種類の京漬物と、厳選されたご飯、そして出汁の効いたお茶でいただく本格的なぶぶ漬けが楽しめます。
八坂神社のすぐ近くにある京漬物「ぎおん川勝」に併設されたお茶漬処。約10種類もの漬物を味わえるお茶漬けセットが人気です。お櫃に入ったご飯はおかわりも可能です。
大正時代から続く、お茶漬けの元祖とも言われる老舗。昔ながらの懐かしい献立で、ほっとする味わいのぶぶ漬けが楽しめます。
明治創業の老舗漬物店。店内の「お茶漬け席」では、坪庭を眺めながら京漬物中心のお茶漬けをいただけます。
嵐山にある鯛茶漬けの専門店。新鮮な真鯛を使った贅沢な鯛茶漬けが楽しめます。まずは刺身で、次に漬け丼で、そして最後にお茶漬けとしていただくのがおすすめです。
清水寺近くにあるお茶漬けバイキング形式のお店。約20種類もの漬物と、白ごはん、十六穀米、おかゆの中から好きなものを組み合わせて、自分好みのお茶漬けをいただけます。
これらの店舗は、比較的手軽に本格的なぶぶ漬けを味わえるため、観光の合間のランチなどにもおすすめです。
京都の高級料亭や京料理店では、コース料理の締めに、ご飯物としてぶぶ漬けを提供することがあります。これは、メイン料理で舌を楽しませた後に、あっさりとしたぶぶ漬けで口の中をリセットし、満足感を高めるためのものです。
料亭で提供されるぶぶ漬けは、使用するお茶や出汁、漬物はもちろんのこと、ご飯の炊き方や器にもこだわりが感じられ、まさに「本格的」と言えるでしょう。ただし、ぶぶ漬け単体で提供されることは少なく、コース料理の一部として提供されることがほとんどです。
もし、懐石料理の最後に本格的なぶぶ漬けを体験したいのであれば、事前にそのお店のコース内容を確認するか、予約時に問い合わせてみるのが良いでしょう。
最近では、京都の「いけず」文化を体験するイベントの中で、ぶぶ漬けが登場することもあります。これは、京都の人が「そろそろお帰りください」という際に「ぶぶ漬けでもどうどす?」と言う、という有名な逸話を基にしたエンターテイメント性のある体験です。
実際に「ぶぶ漬けを振る舞われる」ことが「失敗」や「退場」を意味することもありますが、これは京都の文化をユニークな形で学ぶ機会にもなります。ただし、これは本格的なお茶漬けを「味わう」ことを主目的としたものではないので、注意が必要です。
本格的なぶぶ漬けを堪能したいのであれば、まずはぶぶ漬け専門店や漬物店の食事処を訪れるのが最も確実で手軽な方法です。より上質な体験を求めるなら、高級料亭や京料理店でコースの締めとして味わうのも良いでしょう。それぞれのスタイルで、京都ならではのぶぶ漬けの奥深さを楽しんでみてください。
冷凍のとりひき肉があると重宝するよ
少し多めの水と一緒にレンチンすれば、難なく細かく潰せるはず
肉がどうしても硬いのよ。
ささみを茹でても、レンジでチンしても、ホットクックで蒸しても硬い。細かくしておかゆに入れて炊いてみたけど、いざあげようとすると子供の口には大きすぎたみたいで飲み込めなかった。
それじゃあと思ってフードプロセッサーでひき肉にしてみたけど、加熱する時に塊になっちゃって、ほぐしたけどそれでも固くなっちゃってるのは飲み込めなかった。とろみもつけたよ。でも分離するんだよね。肉にまとわりついてるわけじゃないっていうか。
色々調べたら、ささみを筋切りして凍らせて、それをそのままおろし金ですりおろして煮て、とろみをつけろって書いてある。
は?大変すぎる。時間がかかりすぎる。
生肉おろしたおろし金で生姜とかすれないじゃん。洗っても残りそうだし。
じゃあ魚、って思うけど、なんでもいいわけじゃないから。近所のスーパーは魚が塩のついたものしか売ってなくて、お刺身となるとお作りみたいになって高い。不機嫌爆弾を抱えてスーパー遠征はきつい。やるけど。1番難易度が低いからやるけど。
野菜もにんじん玉ねぎいもはいいけど、葉物とか根菜は全然柔らかくならん。20分煮ても細かく刻んでも繊維が残る。いけるかと思って食べさせるとケェってなる。
ブレンダーは少量だと使えないし、鍋も汁が少ないと焦げ付く。でも汁が多いとそれは子どもの栄養が薄くなるから良くない。
作り置き冷凍!と思ってたけど冷凍庫のキャパもあるし、そんな時間ない。子供は泣き喚く、おかゆはすぐ容器に詰めないと糊になる。作り終えて、さあ容器に詰めるぞってところで子どもが起きて、落ち着かせるのに時間がかかってダメにしたこと多々ある。
時間も11時・15時・19時っていうクソ微妙な時間で。お母さんも一緒に食べましょうって偉そうに書いてあるけど、その時間お腹空いてないのよ。私も人間だから、お腹が空くタイミングってある。子どもが寝ててずれ込むこともあって、仕方なく途中でお菓子食べて待ったりして、太る太る。てか自分の分の調理する時間がない。今日夕食までに食べたもの、きゅうりとチョコとあられ、卵かけご飯。旦那のご飯と子どもの離乳食、そしてその片付けで手一杯。哺乳瓶は洗っても洗っても溜まる。マグは洗うのクソめんどい。
それを少し楽にしてくれるのがベビーフードだけど、最大シェアの和光堂は異物混入多発してるのにだんまり。調査も報告もしてくれない。すき家の時はあんなにスピード対処だったのに。ベビーフードなんか使う親が悪いってか?これも子育て罰か?
これ読んでくれた男の人がいたら、力を貸してよ。和光堂は騒いでるのが女だから舐めてんだよ。男の人が騒いだら変わるよ。お願い。
今朝は久々に、静かで穏やかな朝やった。昨夜倒れたフェミちゃんは、目を覚ましてから少しの間ぽけーっとしてたけど、だんだん普段の調子を取り戻してきたみたいや。おかゆを作ったら「味がせえへん」と文句を言いながらも、三杯食べた。ゴミーはちゃぶ台の上でふわふわ回転しながら、湯気を追いかけて遊んでる。
朝食後、フェミちゃんは縁側で足を伸ばして空を見上げながら、唐突に言い出した。
「朝からきっついな」と笑いながら返すと、フェミちゃんは「ちゃうねん」と続けた。
「なんていうか、言葉にせんとわからんくせに、言葉にすると勝手にへそ曲げるやん。勝手に黙って、勝手に傷ついて、ほんで勝手に遠くに行く。ほんならまた勝手に帰ってきて、“俺が悪かった”って。それ、女からしたらな、ようわからんで」
「うーん……耳が痛い」
「せやろ? でもまあ、あんたは多少マシな方や。うんこ漏らしても正直に言うからな」
「やめろ、それは一生言うな」
フェミちゃんは口元をおさえて笑いながら、「ほんま、なんでウチ、あんたと一緒におるんやろな」と呟いた。
ワイはその問いに答えんかった。ただ、庭先に咲き始めた紫蘭を指差して、「これ、そっちで育てとった花に似てへんか?」と話題を変えた。
ほんのひとときやけど、マハカルの影も、時空の綻びも、ここにはなかった。ゴミーは風に吹かれて、くるくると空に舞っていったんやで。