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2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

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瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-03-09

にわか県民による石川県知事選の所感

増田はよそから引っ越してきて10年ほどになるにわか県民であり、ネイティブ石川県民のことをよく理解しているわけではない。

なんか選挙結果について「加賀人間能登復興をもうどうでもいいと思っている」みたいな意見散見されるが、さすがにそんなわけないだろ。極端すぎるだろ。バカか?東北の方が震災からだいぶ経つけど東北知事に今そんな人いる?

今回の候補も全員復興に向けた何らかの政策を掲げている。「復興必要だけど、その陣頭にいるのが馳である必要はない」くらいだろ常識的に考えて…

保守はもともと分裂していた

4年前の選挙では馳と山野ともう一人自民の人(山田)の三つ巴になっており、山野山田がお互い食い合って馳が勝った。山野山田どちらか一人だったら馳が負けていた可能性がある。今回は山田山野の支持に回ったんだったはず。

今回の選挙に至っても分裂は続いており、「自民党のポスター(馳)が貼ってあるけど山野支持ののぼり旗が立っている」みたいな光景も何カ所かで見られた。

加賀から見た能登解像度が低いのは事実だが

東京の人が埼玉千葉のことにあまり詳しくないのと同じように、金沢の人は能登にあまり詳しくない。実家能登とか親戚が能登にいるとかの人も多いのだがもちろんそうでない人もおり、増田ネイティブ金沢市民が「能登って今どこまで電車通ってるんだっけ?」みたいなことをぬかすのを目の当たりにしたことがある(石川新幹線以外の鉄道をだいぶ軽視している県なのでまあ仕方ないんだが…)

そもそも能登がひどい状態になっても金沢はあまり被害情報がなかったように、能登加賀物理的にかなり離れている。金沢から一部で有名なイカキングまで行こうとすると、地震の前でも車で3時間くらいかかった。マジで遠い。

それだけ離れているし能登にあまり関わりのない人もいれば、たとえ能登で馳が支持されていようが、県政をうまくやっているとは思わないという人がいてもそれは普通のことだろう。ちなみに能登は先日の衆院選で自民と中道の人でかなり激しく競り合っている。

馳は細かいやらかしが多かった

・雨の予報なのに登山しようとして下山できなくなり、山で一夜を明かすハメになる

マスコミに圧かける

金沢市の建物日銀跡地)の取り扱いについて無駄市長喧嘩する

などなど。

あと先月、「県内の多くの地域の水道をまかなっている水源に油が混入し、広い範囲で断水するかも!?」となった事件があった。結局断水はしなかったのだがとにかく県の動きが遅く、22時から断水するのにその情報が出たのが18時過ぎだった。

馳は石川県出身ではないし県内にいないことも多いっぽい。山野自分石川県出身者であることもかなりアピールしていたので、そのへんも効いたのかもしれない。馳が富山出身なので、ネイティブ金沢民が「富山田舎もんに石川首長やらせておけるか」と思った可能性もなくはない。

何もまとまってないけど

震災復興はまだらに進むものであり、「復興した」と「復興してない」はどちらも正しくどちらも正しくない。能登の方が取り沙汰されることが多いが金沢に近い内灘あたりも液状化被害がひどい。新幹線ルートは決まらないし加賀の方も寂れてきている場所は多い。金沢駅前の一等地はかれこれ5年以上更地になっている。

山野山野教科書の採択とか思想が怪しいみたいな話もあるので、次に自民が馳よりマシな候補を立てることができたり、山野がすごいやらかしをしたりしたら4年後もどうなるかわからない感じである

それはそうと、金沢

市長選と市議補選も同時に行われた。市長は現職が再選した(知事に比べると影が薄いが、特に変なこともしていないので)のだが、なぜか立候補してきた旧統一教会の前会長に5000票も入っているし市議参政党の候補に5万票近く入って当選している。どういうことだよ。

2026-02-28

転んで動けなくなってる老人 助ける?放置しておく?

周りに人はおらず、知らない人だとする

山とかでもいい

 

自力で起きあがるか、数時間~数十時間後に通りがかった人が助けるかみたいな状況の時

 

助けず、倒れてるのが嘘ではなく本当だった場合死ぬ可能性があるが、助けた場合ものを集られたり、下山までの介助を頼まれ可能性もあるとする

 

最近の若者はこういうの助けないらしい

知らない人に声をかけてはいけない、自分が助けられた経験がない、人が他者の生死に介入してはいけないなどが重なって知らないフリしてやり過ごすらしい

かに自分が通らなかったらその人は寿命だったとも言えるけどあまりに別の生き物すぎる

2026-02-13

人と関わるのが嫌だから一人暮らししてる

お前らとなんか一緒に居られるか、俺は1人でも下山するぞ! anond:20260213002708

2026-01-17

[]2025年に読んだ本、後編

7月

読書(15冊+α)

円城塔コードブッダ 機械仏教縁起

円城塔「去年、本能寺で」

円城塔「長い豚の話」(日経新聞連載短編

エーリッヒ・フロム「愛するということ」★★★

フィリッパ・ペリー「身近な人間関係が変わる 大切な人に読んでほしい本」

小泉悠、山口亮「2030年戦争

鳥飼将雅「ロシア政治 プーチン権威主義体制の抑圧と懐柔」

宇佐和通「AI時代都市伝説: 世界をザワつかせる最新ネットロア50」

深津貴之、岩元直久「ChatGPTを使い尽くす! 深津式プロンプト読本

廣田龍平「ネット怪談民俗学

大宮冬洋「人は死ぬまで結婚できる 晩婚時代幸せのつかみ方」

佐藤賢一「王の綽名

飯田一史「「若者読書離れ」というウソ: 中高生はどのくらい、どんな本を読んでいるのか」

大田俊寛現代オカルトの根源 霊性進化論の光と闇」★

セス・スティーヴンズ=ダヴィウィッツ「誰もが嘘をついている ビッグデータ分析が暴く人間ヤバい本性」★★

秦正樹「陰謀論 民主主義を揺るがすメカニズム

漫画(4冊+α)

ハミタ「とっても短編漫画集」一巻~三巻

福島聡少年少女」一巻~四巻

一話完結漫画(2冊)

日向あお助「バニー好きだよね」(単話)。

恋紙屋「夜にバニーは(ベッドで)跳ねる」

美術

「黙然たる反骨 安藤照 ―没後・戦後80年 忠犬ハチ公像をつくった彫刻家―」於・松濤美術館

新江ノ島水族館

雑感

 やっぱりエーリッヒ・フロムはいい。たぶん自分特に気に入っている思想家だ。

 このあたりからスピリチュアリズム自己啓発の背景にある思想とその明暗テーマに本を選び始める(陰謀論まで行っちゃったのも含めて)。

 多分最後SF小説を読んだのはこのあたり。SFっぽい漫画は読むことがあっても小説は読んでいない。新人賞を追うのも去年あたりでやめている。

余談だが、自分が好きなSF科学技術それから人間未来を選ぶ力を信頼したものだった。もちろん、社会学的なものや悲観的なものも大好きだが、それらはどちらかと言えばaquired tasteである。一番深く心が動くのは前者だ。

 ところで、わざわざ買った同人誌メモしてもしょうがいかもしれないが、書かないにもなんだか居心地が悪い(記録魔)。

8月

読書(9冊)

奈津子新版賄賂〉のある暮らし 市場経済化後のカザフスタン」★

加地伸行儒教とは何か 増補版」

アナ・カタリーナ・シャフナー「自己啓発教科書 禁欲主義からアドラー引き寄せの法則まで」

ジェイムズ D.スタイン不可能、不確定、不完全―「できない」を証明する数学の力」★★

尾崎俊介アメリカ自己啓発本でできている ベストセラーからひもとく」★★★

井奥陽子近代美学入門」

坂井豊貴「多数決を疑う 社会的選択理論とは何か」

野尻抱影星座のはなし」

野尻抱影「続・星座のはなし」

漫画(9冊)

荒木飛呂彦ジョジョの奇妙な冒険 第9部 ザ・ジョジョランズ」六巻

岩宗治生「ウスズミの果て」一巻~三巻

こるせ「伽藍の姫」一巻~二巻

岩宗治生「ウスズミの果て」 四巻

肋骨凹介「宙に参る」五巻

熊倉隆敏もっけ」一巻

アニメ

フードコートで、また明日。」全話

テレビ

NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプトピラミッド透視ツタンカーメンの謎」

NHKスペシャル 堺雅人が巡る古代エジプト!謎の王ブラックファラオ実像に迫る」

ゲーム

「ニーア・オートマタ End of Yorha edition」(XYエンド以外回収)

美術

彼女たちのアボリジナル・アート オーストラリア現代美術」於・アーティゾン美術館。

コレクション展 第2期 特集:新収蔵作品のご紹介」@岩手県立美術館

小岩井農場まきば園

啄木新婚の家盛岡市内)

雑感

 八月は読んだ本が少ない。普段通勤時間に本を読んでおり、お盆休みがあったためだ。

代わりにというわけではないが、ちょうどゲームクリアした。普段ゲームをしないので難易度を下げて楽しんだ。別にやり込みたいわけではなく、ストーリーを終えればそれでいいと感じている。だが、自分人生ゲーム必須の要素ではない気がする。

 ところで、数年ぶりに(十年近い?)アニメを見たのだが、これはたまたまコロナから避難するために泊まったホテルで視聴した。一話完結だし、青春時代を思い出すし、あまり疲れない。テレビ番組が記載されているのは、自分テレビを見る頻度の少なさを示している。

9月

読書(14冊)

レト・U. シュナイダー「続 狂気科学: 真面目な科学者たちの奇態な実験」★★

トーマス・トウェイツ「人間をお休みしてヤギになってみた結果」

中村圭志「亜宗教 オカルトスピリチュアル疑似科学から陰謀論まで」★★★

徳仁親王「テムズとともに 英国の二年間」★

トルストイ民話集 人はなんで生きるか 他四篇」

トルストイ民話イワンのばか」

ロジャー&チャーリー・モーティマー「定職をもたない息子への手紙

トーマス・トウェイツ「ゼロからトースター作ってみた結果」

監修・訳注 中村啓信「風土記現代語訳付き」

監修・訳注 中村啓信「風土記現代語訳付き」

烏谷昌幸「となりの陰謀論

今井むつみ「「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか? 認知科学が教えるコミュニケーション本質解決策」

岡瑞起、橋本康弘「AI時代質問力 プロンプトリテラシー 「問い」と「指示」が生成AI可能性を最大限に引き出す」

山本栄二、中山雅司「国連入門 ――理念現場からみる平和安全

漫画(6冊)

瀬野反人ヘテロゲニア リンギティコ 〜異種族言語学入門〜」一巻。

熊倉隆敏もっけ」二巻~五巻。

葵井ちづる「イジワルコネクト【DLsite限定特典付き】」

映画

ヤン・シュヴァンクマイエル「蟲」@シアター・イメージフォーラム

大長編ローマン 万博大爆発 TAROMAN」@TOHOシネマズ 渋谷

美術

諏訪敦|きみはうつくしい」於・WHAT MUSEUM

雑感

 皇室文章結構フランク楽しい。あと、著者略歴に「二〇一九年、即位」と書かれていて、何も間違っていないのにレア過ぎてちょっと笑ってしまった。

 僕は超細密画はあまり評価していないのだが、諏訪敦は結構気に入っている。たぶん作品に取り組む姿勢モデルに対する丁寧な態度が好きなんだろう。それから、母を亡くして、具象表現ができなくなったらしい。残酷な言い方が許されるならば、芸術家が傷ついたり何かを学んだり、逆に精神が安定してして作風が変わってしまう瞬間に、とても興味がある(藤田嗣治戦後に人工的な人形のような子供たちばかり書くようになった契機が知りたいし、精神が穏やかになった後のムンク作品にも関心がある・結婚後にシーレ作品良識的になってしまったのにも)。

今月は久しぶりに映画が見られてうれしい。シュヴァンクマイエル作品自分過去作品解体し、評論するような内容だった。

10月

読書(14冊)

阿刀田高コーランを知っていますか」

遠藤周作「古今百馬鹿 狐狸庵閑話」

彬子女王「赤と青のガウン オックスフォード留学記」★

高野秀行「酒を主食とする人々 エチオピア科学秘境を旅する」

瓜生中、監修「雑学3分ビジュアル図解シリーズ 仏像

浮橋美頭、浮橋啓介「こんにちはトーテム・ポール

内山節「日本人はなぜキツネにだまされなくなったのか」

羽田正冒険商人シャルダン

島本英明もっと知りたいモディリアーニ 生涯と作品 (アートビギナーズコレクション)」

新見隆「もっと知りたいイサム・ノグチ 生涯と作品 (アートビギナーズコレクション)」

高橋敏「江戸教育力」

桜井啓子「シーア派 台頭するイスラーム少数派」★★

末永幸歩「「自分だけの答え」が見つかる 13歳からアート思考」★★★

今泉忠明 (監修)「おもしろい! 進化のふしぎ ざんねんないきもの事典

漫画(4冊)

熊倉隆敏もっけ」六~九巻。

美術

円山応挙 革新者から巨匠へ」於・三井記念美術館

雑感

 高野秀行は定期的に読んでいる。アートビギナーズコレクションも定期的に読みたくなる。次に何を読むか迷ったときに重宝する。ただし、美術館に行く途中で読むと、なんだか美術鑑賞に向けるエネルギーをそこに分けなきゃいけない感じがしてしまう(図書館で借りているので読むタイミング的にそうなることがある)。なお、このシリーズは冊数が多い割には下山観山や英一蝶の巻がない。あと、本によっては作者の思想がすごく偏っている。

11月

読書10冊)

松井文恵、安田茂美「写実絵画とは何か? ホキ美術館名作55選で読み解く」

ジョナサンカラー文学理論 (〈1冊でわかる〉シリーズ)」

加藤徹後宮から唐・五代十国まで」

加藤徹後宮から清末まで」

石井清純「禅問答入門」

秋月龍珉「無門関を読む」

アンドリュー・スチュワート情報セキュリティの敗北史: 脆弱性はどこから来たのか」★

尾崎俊介ホールデン肖像 ペーパーバックからみるアメリカ読書文化」★★

遠藤みどり日本後宮 天皇女性たちの古代史」

野坂昭如エロ事師たち」★★★

漫画(1冊)

こるせ「伽藍の姫【イラスト特典付】」三巻

同人誌(1冊)

六畳「××××の結果で×××する××」(苦手な人がいるだろうと思うので伏字

美術

「カルン・タカール・コレクション インド更紗 世界をめぐる物語」於・東京ステーションギャラリー

CREVIA マチュピチュ展」於・森アーツセンターギャラリー

30周年記念展「ALL OF EVANGELION」於・東京シティビュー

旅行

平等院鳳凰堂、鵬翔館、宇治神社宇治上神社源氏物語ミュージアム

テレビ番組

知的探求フロンティア タモリ山中伸弥の!? ヒトはなぜ音楽を愛するのか」

NHKスペシャル「イゾラド 最後の森の奥で」

雑感

 野坂昭如で久しぶりに文学を読む楽しみを思い出した。

自分欲望コントロールできず、性欲などに負けてしま人間の話が好きだ。現実生活では正しくいるよう求められるのだから、せめて虚構の中では人間ダメさを許してほしい。そうでなければ、現実世界良識を守れない、とまではいわないが、ダメな人をダメなまま表現されていると、それを読むことで、何か許されたような気持ちになれる。

 他には禅問答について読んでいる。

 あと、尾崎俊介ロマンス小説について述べているあたりが面白かった。なんでジェンダー平等が叫ばれる時代に、一見するとあえて古典的に見えるストーリー必要とされているか、一つの知見を得た。

12月

読書和書3冊、洋書1冊)

J. R. R. Tolkien「The Hobbit」Harper Collins Publishers。和書文庫換算二冊。★★★

伊藤盡「指輪物語 エルフ語を読む」

尾崎世界観「祐介・字慰」★

丸谷才一「輝く日の宮」★★

漫画

ファーストコンタクト 窓口基作品集 【電子コミック限定特典付き】」

映画

落下の王国 4Kデジタルリマスター」於・ル・シネ渋谷宮下

雑感

 丸谷才一が相変わらず面白かったので(僕はメタフィクションが好きだ。時にはわざとらしくなってしまったり作者の自分語りに堕したりするリスクもあるが、うまくいくとこれは気持ちがいい)ブコメで進められた全集を手に取ろうとしたら、地元図書館にはなかった(正確には、引っ越す前の自治体のにはあった)。さてどうしよう。

 洋書を読み始めた。あらすじは覚えているが細部はよほど印象的なシーンでないと覚えていない。

 トールキンの場合樹木描写が細かく、いろんな種類の木が出てくるのだが、そもそも僕のほうが樹木知識に乏しく、和訳を読んでも細かくイメージできない(束教授ごめんなさい)。児童文学とは言え、二世代前の英語なので語彙やスペルが違うし、手加減せずに平気で難しい言葉を使う。

ナルニア」を読んだときも、例えば身近でない船舶部品などの語彙で苦労した覚えがある。

落下の王国」では久しぶりに交響曲を聞いたがやっぱりいい。

 窓口基は暴走するテクノロジー世界観の考察を楽しんだ。SFが好きだったもう一つの理由であり、一番ワクワクするところだ。この人はグロゴアも書けるらしいのだが(なんにでも科学的な興味がありすぎて、人体を破壊可能な一つの素材として見てしまっているのかもしれない)、「苦手な人はこの先読まないで」と警告できるので、自分狂気コントロールできるタイプの人であり、そこが好印象。

 ケーブルテレビで「その着せ替え人形は恋をする」をやっていたのだが、感傷マゾ発症しなかったのは、僕の精神が変化したからかもしれない。原作漫画を買おうかとも思ったが、実はそこまでコスプレに興味がないと思い直した。そもそも年末年始に向けて漫画セールで買い込んだが、トールキンを読み続けており、全然手を付けていない。

 漫画小説と同じで、長編を読むには訓練がいる。ご覧の通り短編集や一話完結ものばかり読んでいる。

 来年は「指輪物語」の原書を読み終えたら、国連政治学、第二次世界大戦日本軍、それから依存症のあたりの知識の補足がしたい。あとは意識科学だなあ。

 洋書だとどうしてもペースダウンする。開き直って冊数を気にしないようになれそうだ。あとは、トールキンを読み終えたらドイツ語をやりたい(言うだけならタダ)。

 実際にドイツ語をやるかどうかはともかく、読書記録を始めたのは大学に入ってから二十年、知的な本を読もうと志してからもっと経過している。いたずらに、明確なゴールもなく、知識を得続けようとする行動パターンに変化が欲しい。美術館についても、あまり行かない場所や行ったことのないところに行きたい。(ただしドイツ語をやって何かの原書に挑戦したら一年がかりのプロジェクトになりそうで、そうなると知識習得には多大な遅れが発生する)

追記

カテゴリ[読書]クリックすれば2020年まで読めます。m(__)m

ただし、全てが自分の物ではありません。

2025-11-21

anond:20251121175500

「同行者の姿が見えなくなった」北アルプス剱岳 下山中の女性 滑落か 標高約2060mの雪渓遺体発見、身元の確認進める 富山上市町

これか。。

2025-11-19

人生、結局は「脳内物質」のマネジメントしかない件

最近、「人生どう楽しむか」とかQOLがどうとか、そういうのを考えるのをやめた

結局のところ、幸福感なんてもの脳内神経伝達物質の量で決まる物理現象に過ぎない。

焼肉ホルモンじゃない。アドレナリンドーパミンエンドルフィン。こいつらを意図的にドバドバ出せるシステムを構築した奴が勝つ。それだけの話だ。

俺は転勤族で、東京大阪を行ったり来たりしてるんだが、どこに住もうがやることは変わらない。

まず推奨したいのは、デカバイクを買うこと。

悪いことは言わないから、リッターSSスーパースポーツ)か、最低でも750ccクラスを買え。

東京にいるなら奥多摩周遊道路大阪なら龍神スカイライン月ヶ瀬。このあたりの峠を、タイヤの端まで使って走れるスペック必要だ。中古100万出せば、四輪のスーパーカー並みの加速装置が手に入る。コスパが良すぎる。

次に登山用具。できれば沢登り装備。

バイク登山口まで行って、そこからさら自分の足で標高を稼ぐ。

関東なら両神山の鎖場、関西なら大峰の大普賢岳あたりが最高だ。

おすすめは、早朝の高速ですり抜けして神経を極限まで研ぎ澄ませてから、そのまま山に取り付くルート心拍数限界まで上げて、滑落のリスクを脳の片隅で処理しながら岩を掴む。

安全マージンはもちろん確保するけど、感覚的には「死」を隣に置く。この緊張感が重要

で、下山したら温泉サウナだ。

ここで重要なのは「ととのう」という現象強制発動。

極限の緊張状態(交感神経優位)からサウナと水風呂温度攻撃で、強制的に副交感神経優位へとスイッチさせる。

そうすると、脳内でβ-エンドルフィンやらセロトニンやらオキシトシンやら、快楽と安らぎを司る脳内麻薬カクテルが生成される。理屈で言えば、これで幸福にならないわけがない。

さらダメ押しで、夜の高速道路をかっ飛ばし帰宅する。

体は疲労困憊、でも脳は覚醒状態。この矛盾した状態で1xxキロ出しながら暗闇を切り裂いてると、ドーパミン致死量ギリギリまで分泌される感覚がある。

で、都心に戻ったらその足で風俗に行く。

ここだけは譲れないんだが、行くなら絶対「高級ソープ一択10万握りしめて行け。

最近流行りのタチンボとかマッチングアプリパパ活みたいな素人崩れには絶対手を出さない。病気リスク管理ができてない案件ロシアンルーレットするほど俺は馬鹿じゃない。プロ接客と衛生管理に金を払うんだよ。

そこで性欲中枢をバグらせて、仕上げに鰻か高い肉を胃に詰め込む。

最後、家に着いたらストロングゼロデパスを流し込む。

これが俺流の「強制シャットダウン」。

脳の興奮を化学的に叩き切って、泥のように眠る

「そんなことして何になるんだ」って言われるかもしれないけど、これには実利がある。

週末にこのルーティンで「死のリスク」を脳に叩き込んでおくと、平日の仕事での「リスク許容度」がバグるんだよ。

月曜日上司から鬼詰めされたり、プロジェクトが炎上したりしても、

「まあ、昨日の首都高のすり抜けに比べれば死ぬわけじゃないしな」

「大普賢のあの崖で足滑らせた時の方がよっぽどヤバかったわ」

って感じで、心拍数が全く上がらなくなる。

どうせ死なねえから余裕余裕、という謎の全能感で切り抜けられる。これこそが最大のメリット

あと不思議なもんで、こうやって極限まで身体を痛めつけて賢者タイムに入ると、家にある法華経とかヴィトゲンシュタインが妙にスッと入ってくるんだよな。

以前、会社でやらされた「マインドフルネス研修」とか当時は「宗教かよ、クソが」と思ってたけど、今の状態ならその意味が痛いほど分かる。「今、ここ」に集中する感覚って、結局は脳のバグを利用したハックなんだよ。

「語りえぬものについては、沈黙しなければならない」とか、下山後の脳味噌だと「ああ、それな」って感覚的に理解できる。

まあ、ブコメで「ただの危険運転」「薬物依存乙」って叩かれるのは分かってる。

でも、現代社会の閉塞感を突破するには、これくらい生物としての生存本能をハックしないと無理なんだよな。

そういえば先週、迷い込んだ山奥の店で食った天ぷら死ぬほど美味かった。

コシアブラとかタラノメみたいな山菜も凄かったんだが、太白胡麻油で揚げたハモ天ぷらが異常に旨くて、そこだけ記憶が鮮明に残ってる。

そういう予期せぬ「バグ」みたいな幸福を見つけると、「まあ、このクソみたいな世界も悪くないか」と思える。

今週末もまた、脳内物質を精製しにどこかの峠へ向かう。

いつまで続けられるか分からないけど、止まったら死ぬ回遊魚みたいなもんだから、しばらくはこのまま走り続けるしかない。

ここまで読んだ人、ありがとう

結局、人生なんてヘロヘロになって気絶するように寝る瞬間が一番幸せなのかもしれないな。

2025-11-17

小学六年生友達五百人連れて富士山頂でおにぎりパーティー

登山客新たに百人と友達になるまで下山出来ない

そんな歌なんだろう

六年生になったらライン登録者数六百人超えないとな

2025-08-23

父が闇のねづっちと化している

うちの父は排他主義で、全ての物事外国見出し文句を言っている。

私はそれを心の中で暗黒なぞかけと呼んでいる。

全然なぞかけじゃないんだが、家族の会話全てを外国に繋げる手際にはうんざりすると同時に感心させられるものがある。脳に暗黒ゴリラテープがあって全てを外国人に貼り付けている。

「わあ綺麗な観光地」→外国観光客が全てをめちゃくちゃに

ハンバーグの名店だって」→外国人値段のせいで日本人は食べられない

「この歌好き」→最近外人歌手日本活動している。けしからん

「荒れてる国道のことを酷道って言うらしいよ。面白いね」→外人日本免許取って車を運転するな

「豪華なホテルだ!泊まりたいな~」→外国人値段のせいで(略)、ホテルの住所で免許証を取るのは(略)

「採れたての野菜貰ったよ」→外人が種を盗んで云々

ぶどうおいし~!」→同上

「この(任意食品)おいしい。また買おう」→どこ産?外国のは何が入ってるか分からん

電車旅(バス旅)番組つけてもいい?」→ルールを知らない外国人が料金を踏み倒す

大食い番組おもしろい」→外国フードファイトは汚い。これの激辛版に外国人が出たことがあって~

「この女優さん美人だね」→〇〇人は整形ばかり

日本百名山の特番だ」→軽装で登山して下山できなくなる外国人がいる

「この芸能人だれだっけ」→こいつ外国ルーツそいつ外国ルーツあいつも外(略)

天気予報を見よう」→今、〇〇国は旱魃or洪水(以下暴言

「お給料上がらなくてつら~い」→政府企業外国人に金を使いすぎ

「この企業製品丈夫で良い!」→外国出資企業だorトップ外人だor不祥事おこした企業

「服買ったんだ。見て見て」→どうせ外国製だ。品質が云々

我が家も塗装とかリフォームとか考える時期だね」→外国人が勝手建築物を作った話

「このゲームおもしろい」→外国人の買い占めが横行している

「今、〇〇流行ってるよね~」→買い占め、転売外国人が行っている

ごみだしお願い」→外国人のマナーはだめだ

旅行に来てよかった!ご飯もおいしくて景色も綺麗!楽しいね!」→さっきの店の店員日本人の顔じゃなかったよな。外人と何組もすれ違った。日本侵食されている。

政治話題絶対NG野菜果物話題品種窃盗批判が始まる。ホテル、車、電車道路旅行観光地話題も危ない。芸能人一人一人に「こいつは親が〇〇系」等言い続ける。

安心して見れる番組孤独のグルメとおとな旅歩き旅しかない。孤独のグルメは「臭い小芝居」「わざとらしい」等文句を言いつつもなぜか当社比大人しく見ている。外国に行く回は隠しているけど。

おとな旅は三田村さんがお酒を飲んでふらふらしているのを見るのが嫌いではないらしい。お決まり観光客批判はするけど、割と三田村さんに注目している時間が長い。

ありがとう孤独のグルメ

ありがとうおとな旅歩き旅。

2025-08-11

山で家族を亡くして

増田親族投稿が少ないのはおそらく個人特定につながりやすいからで、現地と居住地新聞テレビに必ず実名報道され、有名な山なら全国放送にも載るから

かにも現地の警察ホームページ登山の重大事故の一覧に載り、匿名ではあるものの見る人には個人特定につながるし、専門雑誌にも事故のまとめが載るので具体的なことを書くほど個人特定につながる。

滑落にしろ遭難しろ、あの時こうすればよかったと思うことは多いけれど、無理のない範囲スケジュールを立てて、スケジュール通りにいかなければ柔軟に下山キャンプ宿泊を考えてほしい。特に後ろのスケジュールがついていると焦りやすいので無理をしないで。登山計画GPS複数人と共有していざというときに一人で抱え込まないで。

日帰りから、数日かけて縦走する経験者には現地の天気と予報をよく確認して再度予定しているルート問題いか確認して。1周回って戻るなら逆方向に変えたほうがよいかとか、縦走なら行きと帰りを逆にして難度の高いルート最初に持ってくるとか安全登山できることを最優先してほしい。ルートを変えたのならもう一度来て最初考えていたルート登山すればよい。

遺体と対面するときドラマでよく見たような警察署の暗い奥にあるようなことはなくて、外の冷蔵庫のある小さな建物で対面し死んでしまったのだと改めて実感した。

家族がいなくなって感じることは一言でまとめる喪失感である。会話の中のいない。着ていた服を着る人はいない。人数分あった食器歯ブラシを使う人はいないなど、今感じる喪失感とこの先話すはずだった将来のこととかもう話すことはできないのだ。

2025-08-07

anond:20250807104710

お前はひっこんでろ、俺は安全出世したいんだよ。

 

出世すりゃあ上から支給される金も多くなるからな。

 

隊は殆ど全滅状態だが、とりあえず俺はそこそこの鬼一匹を倒して下山するぜ

2025-07-22

2025年7月、初夏の信州上田

からここ4ヶ月ほど、仕事が山場を迎えてしまい、月金はほぼ24前後帰宅という状況だった。

で、まだまだあるものの、一山超えて休暇が取れそうだったので、この3連休に1つ足して4連休として、そのうちの3日を二泊三日の旅行に充てることにした。

自分JREバンクに口座を持っており、どこかにビューーーン!の割引優待があるので、行き先はJR東日本に決めてもらう。

どこかにビューーーン!は自分で選んだ4候補の中から最終的にJR任せになるのだけど、東北秋田山形上越北陸のうち、上越北陸候補に当たりやすい配分になっているらしく、今まで2回して新潟長野だった。

なので、今回も新青森秋田盛岡上田候補で応募したとき上田になるかもと思っていたが、果たしてそうだった。

まあでもこの候補も「どれが当たっても観光できそうだ」というところだったので、割引率とかは深く考えずに上田を楽しむことにした。


とはいえ上田に関しては真田幸村別所温泉くらいで自分的に刺さる「コレ」といった目標がなかなか出てこない。

長野の人は真面目だそうだが、新潟の「バスセンターカレー」とか長岡の「松田ペットの謎看板」みたいな、ちょっと変な名所を面白がっていくようなところはあっても良いように思う。

まあともかく、1日目は上田城と柳町見学、2日目は別所温泉、3日目は街ぶらしながらお土産選びでもしようとなった。


東京駅から新幹線に乗り、12時頃に上田駅に到着、7月上田は低温サウナのような蒸し暑さだった。

現地の温度計を見ると36℃。

まり動き回りたくもなくなるようなとんでもない暑さだけど、昼食は上田でとるつもりで駅弁も食べてなったので、当地名物であるあんかけ焼きそばをたべに日昌亭に向かう。

さすが上田山間の街である、遠景には緑の山が聳え立っている。

14:30ランチタイム終了の日昌亭に13:30に到着したのだが、住宅街の中にあるのに、店内は待合が5〜6組ほどいて、「暑すぎで街では人見かけなかったのに、みんなこんなに焼きそば食うために外に出てきたんか」という光景であった。

しばらくして席に着くと、あんかけ焼きそばが出てくる。

柔らかさを残しながら揚げ焼きにしたような麺に、野菜チャーシューが乗った餡がオン。

味は一口食べて「めちゃくちゃうまい!!」という感じではないが、毎日食べても飽きそうにない優しい味であった。

ご当地焼きそばというのは結構面白いので、あったら食べるようにしている。


腹ごしらえもすんで上田城へ。

上田の駅に降りてから至る所で六文銭を見かけるので、上田の人たちにとって真田氏は大きな存在なのだなあと感じる。

まり戦国マニアではないので、楽しみ方がわからなかったのだが、だいたい土足厳禁なことが多いやぐらに靴のまま気軽に上がれるのは良かった。

上田城は戦国時代、城の東に川が流れており、攻撃しずらい立地であるようだった。

上田城内は今は真田神社となっていたので参拝。別に勝負事をしているわけではないが、もしもの時、日本一武士のご加護があるやもしれない。


上田城を見た後は城下町である柳町へ。

日本家屋が並ぶ風流でこぢんまりとした通りなのだが、ここには日本酒ランキングサイトSAKE TIMEで3位に輝く信州亀齢の酒蔵がある。

まり全国に流通しないそうで、安定して買うならここなのだそうだ。

お土産カップ酒でもあれば買いたいところだったのだけど、カップ酒はやめてしまったそう。

自分で瓶を買うほど飲むタイプでもないので、ここは見学だけして帰ることにした。


お土産や兼観光センターのようなところで休んでいたら、見たことあるキャラクターの木彫りが。

そういえばという感じなのだが、上田映画サマーウォーズ舞台となったところらしい。

映画で描かれている日本の夏の原風景のような田舎町ってこの辺りなんだな。


一旦、ホテルルートイン上田グランデにチェックインして、夕食は上田名物の美味だれ焼き鳥にすることにした。

にんにく野菜醤油ベースのタレにドボンと漬けて焼き鳥を食すもので、ネットで調べたら、うまい店は上田駅構内にあるとのこと。

ホテルも近いし良いじゃないかということで素直に上田電鉄脇の焼き鳥屋に。

五本串を頼んだのだが、美味だれという振りかぶったネーミング、駅ナカという立地でありながら、ちゃんうまい

上田の暑さで汗をかいたので、塩味がしっかり効いている鶏肉が舌に嬉しい。

さらにここでは地酒が飲めるので、先ほど見送った亀齢を飲むことに。

甘さがあってしっかりした味わいだけど、不思議と飲み飽きることがなく、優しくバランスの取れた味わいだった。

上田に行ったら是非飲んでみるべきだと思う。

日本酒ずきは買ってもいい。


2日目は上田電鉄に乗り別所温泉へ。

この上田電鉄ホームサマーウォーズバッチリ描かれがれている。

ローカル線の車窓から見える青と緑の光景は「イメージの中の日本田舎」という感じで、これが見れるなら上田に来るなら夏の方が面白いのかもしれない。

本当に暑いが。

別所温泉では北向観音を参拝し、公衆浴場大師湯に浸かる。

昔ながらの温泉という感じでしっかりあつい。

多分43℃以上は確実にある。

あつい中で熱い温泉に浸かって結構タフだったので、日の出食堂馬肉うどんを食べることに。

馬肉の味もしっかりしているし、卓上の七味唐辛子ともよく合う。

この別所温泉では外湯3つを制覇するつもりだったので、日の出食堂すぐ向かいの石湯に直行

ここも熱い。すごくトラディショナル温度設定である

軽く山を登ってゆき安楽寺常楽寺を参拝。

別所温泉をでて温泉町の方を歩いていくと、遠景の山の中に日本家屋の壁が1枚だけ起立しているような不思議構造物が見えるのだが、これは常楽寺隣にある別所神社神楽殿であり、ここから別所温泉の街を一望できる。

都会暮らしではなかなか見ない立派な藁葺き屋根常楽寺を見た後は下山して、最後の外湯である大湯へ。

つの外湯の中では最も大きく、内風呂と露天の2つの湯船があるのだが、果たしてここもしっかり熱湯なのだった。

炎天下で歩き回った上に熱湯に3連続で浸かるのは、かなりの荒業だったようで、筋トレしすぎた時みたく膝の力が抜けたような感じになってきた。

エネルギーの枯渇を感じたので、上田駅に戻ってガッツリしたものを食べて栄養補給をすべく、駅前上田から揚げセンターへ。

ここでもやはり美味だれがバッチリかかった唐揚げ定食をいただいた。

駅前駅ナカ飲食店がしっかり美味いのは助かる。


最終日の3日目は特にやることがないが、お土産探しと、地元スーパーなどを見学すべく街ブラ。

地元スーパーのツルヤはフロアがだだっ広く、キノコの種類が豊富

自然豊かな信州の山の幸とという感じ。

お土産はというと、駅前大正ロマン溢れる門構えのみすず飴本舗でみすずあられと、自分用にジャムをいくつか。

前回、長野に来たときみすず飴は一度買ってきていたので、もう一品気の利いたものがないかと調べると、エトワールという洋菓子店のものが良いらしく、向かってみる。

店内に入ってリーフパイなどを物色していると、マダムアロンディールというくるみアーモンド焼き菓子激推ししてくる。

ちょっと圧倒されながら、そこまでいうならと購入。

マダム曰く「宣伝に余計なお金を使ってないのよ」ということらしく、なので知る人ぞ知るという感じなのかもしれない。

その後、地元銭湯に入ってみたく、街を歩いていると、坂道チャリの脇におっちゃんが警察に囲まれており、「転けたんかな」と思いながらそばを通りすぎるとおっちゃんが警察に囲まれながら「何みてんだメガネ、◯すぞ!」といきなり音を出すなど、不思議アクシデントがあってちょっとびっくりした。

空が少し曇って暑さが和らぐ中、地元銭湯で熱めの湯に浸かり、最後にあまりの美味さに駅ナカの美味だれ焼き鳥リピートして新幹線に乗った。


出発前はどう楽しんだものかと思ったり、暑さにやられたりしたが、目に沁みるような夏の自然と、食べ物の旨さ、上田はなかなか良い街であった。

皆さんも機会があったら夏の日本原風景を見に、ぜひ上田を訪れてみてはいかがでしょう。

以上となります

2025-07-20

おととい、きのうと、登山した。けさは筋肉痛でつらい。

きのう下山しているときは、ひざがいたかった。

しかしけさはももがいたい。

あさだけど食べたい気分がしない

スーパーに売っているプロテインドリンクをのみたい

2025-07-06

派遣おっさん観光地ソフトクリームバニラを選んでてドン引きした…

俺とメガネ先輩と派遣おっさんとお姉さん先輩の3人で那智大社に行ってきた

滝を見て木の中に入った

派遣おっさんは高いからか1人だけ木の中に入らなかった)


ソフトクリームでも食べて下山するかってことになった

そこで俺とメガネ先輩、お姉さん先輩はご当地の黒飴ソフトクリームを食べたんだが

派遣おっさんだけバニラを選んでてドン引きした…

バニラとかどこでも食えるのに

こういう旅の風情を楽しめないからいい歳して派遣なんだろうなあって思った

2025-07-03

ホロライブの余とかい存在

かわいい

・月に数回しか配信しない

配信すると「下山」と言われる

・7年目

登録者は165万で結構人気がある、本気出せばどうなるんだろう

・なんで配信頻度低いのかは謎、5年前にはもう低かったと思う

2025-07-01

登山をしていると、山頂部で食事を楽しんでいる人々をよく見かける。

かくいう私も頂上ですする日清カップヌードル醤油味を楽しみにしながら

山を登っている。

マナーを守れば何処で何を摂取しようが自由だろう。

山頂部でビール日本酒を飲んでいるひとも珍しくない。

個人的には下りの足元がおぼつかなくなりそうで、山行中に

酒を飲もうとは思わないが。

登山道が整備された平易な低山で、下山中に滑落して救助要請しているひと

がよくニュースになっているが、酒でも飲んでたんじゃないかと疑ってしまう。

先日、下山後に立ち寄った麓の温泉で汗を流していたところ、数時間前に山頂で見かけた

男性とすれ違った。彼は山頂部で日本酒の四合瓶をグイグイ飲んでいたはずだ。

一緒にいた女性パートナーもお猪口で酒を口にしていた。

温泉の立地は車でなければ到底来れない場所にある。

どちらが運転していてもアウトだ。

どうせ、山でかいた汗で酒も抜けているなどという身勝手理屈正当化しているのだろう。

飲酒運転常習犯と同じ湯船に浸かっていると思うと気味が悪くなった。

2025-06-03

家族旅行は朝4時出発で車中でコンビニサンドイッチを食べた記憶しかない

両親は山登りガチ勢だった。

家族旅行といえばだいたい山登り。それもハイキング的なやつではなくほとんど2000m超えの日本アルプス槍ヶ岳穂高連峰乗鞍、常念とか。

金曜日の夜8時から両親はでっかい山登りリュックスティックとガスボンベと軍隊みたいな水筒非常食を詰め込んで登山靴を整備して就寝、朝4時に起こされて車で寝ながら山に到着。

その日の夕方までには下山してサービスエリアを立ち寄りながら帰るというもの。(槍ヶ岳穂高とき山荘に泊まる)

旅行先でご飯を楽しむという旅行をあまりしたことがなかった。

白山の帰り道に地元十割蕎麦を食べたのだけが珍しくて記憶に残ってる。

みんなが書いてるようなほっこりするような家族旅行もっとたかった。

2025-03-24

anond:20250323191358

6:30起床。私が起こす

7:00テレビを見ながら出発の準備。朝食の用意をする

8:00ずんだもんの改造マリオ動画を見る…こいつも面白くなくなってきたなあそろそろ切るか。と聞き流しつつ朝食終了出発

8:30箕面に着く。箕面山をハイキングイチャイチャする

10:30最期に滝を見て下山もみじは買わなかったもの記念撮影成功

15:00クラフトビール醸造所に行く。3杯くらい飲んだ(3000円也)私は付き添う楽しい

16:30梅田に移動。本屋で本をチラ見してるので自由行動

17:00新世界の方で串カツを食べに行ったが結構混んでたか動物園の方でホルモンを食べたべ

18:00合流ハルカスで東京フェアをやってたか明日朝ごはんのおかずを買って、あんみつもねだる

19:00来週は花見だね〜と盛り上がる

20:00帰宅風呂に入る

21:00がんばってもらう寝る

2025-03-23

弱者男性だけど週末が孤独で辛い。。。どうすればいいんだよ…

35歳身長153cm年収700万円の底辺弱者男性だけど孤独で狂いそう…どうすればいいんだよ


ワイの週末

6:30起床

7:00テレビを見ながら出発の準備。

8:00出発予定がずんだもんの改造マリオ動画を見る…こいつも面白くなくなってきたなあそろそろ切るか

8:30やっと出発。モーニング南海そばを食べる

10:30箕面に着く。箕面山をハイキング

15:00最期に滝を見て下山もみじは買わなかった

15:30クラフトビール醸造所に行く。3杯くらい飲んだ(3000円也)

17:00梅田に移動。本屋で本をチラ見

18:00新世界の方で串カツを食べに行ったが結構混んでたか動物園の方でホルモンを食べたべ

19:00ハルカスで東京フェアをやってたか明日朝ごはんのおかずを買った

20:00帰宅

21:004521524でマス。そのまま寝落ちした


こんな感じに何もない日が続いてる…助けてよ…

四国めたん…

2025-01-09

山と下山人生の高低差

富士山の八合目で、六十三歳の私は休憩を取っていた。周りを追い抜いていく若者たち見送りながら、人生という山行を思い返す。

二十代は頂上を目指して必死に登った。昇進、結婚マイホーム。全てを手に入れようと、足元も見ずに突き進んでいた。三十代は、自分だけのペースを掴もうともがいた。四十代で、ようやく登山道には複数ルートがあることを知った。

五十代になって気付いた。人生は登頂が全てではないと。時には下山も、違う山に移ることも、大切な選択なのだと。

今、私は自分のペースを守りながら、黙々と高度を稼ぐ。若者たちは遠くなり、山頂は近づく。でも不思議と焦りはない。人生という山行に、正解なんてないのだから

頂上で見る景色は、きっと若い頃に思い描いたものとは違うだろう。それでも、それは私だけの眺めになるはずだ。

2024-12-19

人付き合いをしながらの登山が向いていない

趣味登山を数年続けている。基本的に1人で登っていて、技術相談は親や親戚に聞いたり、山岳雑誌や本を読んで学んでいる。彼らは子供の時からあちこちの山を登っており、私と同じく単独登山を好んでいるからだ。

最近とあるサークルに加入することになった。といっても、100人規模のサークルの中で仲のいい人同士がつるんでいる同好会みたいなもの。1人で登山を楽しんでいたらとある山頂で同好会メンバーと知り合って、このレベルの山に登るなら一緒にやりませんか?と誘われて加入した。加入といってもライングループに混ぜてもらって、不定期に開催されるイベントに参加できたらする、というゆるいもの

同好会メンバーとは休みが合わないのでいつもは不参加だが珍しく休み希望を出せる日があったのでイベントに参加することにして、そのイベント専用のLINEに招待された。

疲れる。

まず行程が遅い。

一人のときは日帰りなら基本的に早朝出発して昼過ぎ、もしくは日暮れまでには絶対下山している。イベントは昼に集合、16:30下山。冬なので日没は早い。ヘッドランプは最悪のために持っているが積極的には使いたくないのでこの時点で合わないな、と思う。しか距離もそんなに長くないので一安心していたら、登り足りないので出発時間そのままでもっと距離を伸ばしました!と言われた。賛同に次ぐ賛同。待て待て、いまのままだと下山17:00を回る。低山とはいえ夏山ならまだしも冬、そしてナイトハイクがメインじゃないだろう。同好会メンバー地元なので勝手知ってる道かもしれないが、さすがに今の行程のままでは色々なリスク高まるので、せめて出発を30分早めれないか?と提案した。

反論されたがなんとか受け入れられ一安心、と思ったら1人が「せっかく集合時間が早くなったので、皆でお昼ご飯を食べ歩きしてから登りましょう」と言い始めた。

一度自分意見を受け入れてもらっているので「いや、ご飯を食べてから集合しましょう。もしくはご飯を食べたいならせめてあと1時間は早く集合しましょう」と提案するのも面倒くさくなり静観を決め込んでいる。が、正直彼らと合わないなと思っている。

私は別の趣味で人付き合いや他人自分を比べてしまって勝手疲れた経験があるので、登山では群れずにストイックに山に登る行為のみを楽しんでいる。一方彼らは休日に仲間達と集う理由が欲しいだけなのだ

もともと仲良しグループで作った同好会なだけあってまるで高校生学園祭の準備を楽しむようなグループだと思っていたが、ようやく自分との温度差に気がついた。彼らを生ぬるい奴らだ、と揶揄するつもりはなくて、登山に対してそういうスタンスを持つ人たちもいるし、私だって今まで独りで登ってきたけれどサークル的なところに籍を置いてみたいと憧れている部分もあったから、やっぱり自分は人付き合いをしながら登山をするのは向いていないな、と分かってよかった。

今回の山行は最後まで付き合うつもりだけれど、次回はどうかな……。どうやってラインを抜けようかなと考え始めている。

ただ、初回の山行も直前まで面倒くさいな…とネガティブ感情だったけれど終わってみればなかなか楽しめた記憶があるので、行ったら案外面白いかもと期待している部分もある。

気持ちの大部分は日が高いうちに下山できるのに、天体観測するわけでもなく、わざわざナイトハイク(笑)したくない〜〜〜!!!!いやだ〜〜〜〜!!!

なんで楽しいはずの登山素人みたいな山行につきあって高校生みたいなノリで会話しないといけないんだ!!!だけれど。

自分で選んだ道だから文句を言っても仕方がないけれど自分の愚かさにイライラする。

あと、話の流れで前回管理人にこんな時間に山を登るのは辞めなさいと注意されたけれど強行突破したよね、と武勇伝のように話しているメンバーがいて、うわわわ!!!!ヤンキー思考!!!!彼らといると同類だと思われる!!!!と自分危機管理センサーが反応しているってのもあります

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