パリを想う

DSC_0260 small


10月最後の日。空が綺麗に晴れた。数日、雨雲に覆われていたから、この晴天はとても嬉しい。秋が随分深まって、街路樹の葉が落ち始めた。椛や楓のような紅色に染まった葉は少なく、この辺りの街路樹は目の覚めるような濃い黄色。ボローニャに暮らし始めた頃は紅葉を懐かしく思ってばかりで、黄色い葉の美しさに気づくこともできなかったけれど、今はこんな黄色の秋が大好きだ。冬の一瞬手前の秋。湿気が多くて鬱陶しいけれど、其の湿気すらも秋の風物詩と思えば何とか共存していける。長い年月をかけて、少しづつ少しづつ、ボローニャの四季を受け入れられるようになった。旧市街の背の高い銀杏の木の下は、銀杏の実が踏みつけられて大変臭い。銀杏の実の美味しさを知らないこの辺りの人達は、それを喜んで拾い集める習慣も勿論ない。臭いなあ、と呟きながら銀杏木の下を歩く。フライパンで軽く炒ったあの熱々の美味しい銀杏を思い浮かべて、思わず笑みが零れた。

水曜日の夕方、仕事帰りに旧市街に立ち寄った。何か素適なもの、素敵なことを探しに。エルメスのショーウィンドウを眺める。美しいスカーフ。絹の質もそうだけど、図柄と発色が素晴らしく、エルメスのスカーフを求める女性が多いのが頷ける。それにしても男物の絹の襟巻が美しい。この美しいピンク色の襟巻を身に着けるのはどんな人なのだろう。そんなことを考えていたら、中からすらりと背の高い男性が出てきた。店の女性が扉のところで奥さんとお姫様に宜しく、と言った。お姫様とは、恐らく彼の小さな娘だろう。この店の常連客に違いなく、男性はじゃあ、また、近いうちに、と手を上げて店から離れた。こんな男性がピンク色の襟巻をするのかもしれない。そんなことを思って、私も店の前から離れた。その後、食料品市場でトルテッリーニを買って、さあて、そろそろ帰るかなと思ったところで、フランス屋の店主に呼び止められた。彼は店の前に立って、常連客の女性とシャンパンを飲んでいたのだ。店主と常連客の、こんばんは、パリの話を聞かせてほしいな、という誘いで店に入った。赤ワインを頂きながら、パリはとても寒かったこと、白い息を吐きながら存分に散歩をしたこと、街が広すぎて方向感覚を失ったこと、毎日誰かに助けて貰ったこと、美味しいワインとチーズを食べたこと。其処で店主が目を輝かせた。チーズ? そう、チーズ。
借りたアパートメントから歩いて2分もかからぬところに2軒チーズ屋さんがあった。ひとつはチーズだけを専門に置いている親子で営む店。多分、代々続いている店だと。もうひとつはワインとチーズの店。ワインを置いているけれど、其処で頂くことは出来ない。あくまでも販売する店なのだ。どちらにしようかと迷った挙句、店主の感じが良い方に決めた。それがワインとチーズの店だった。其の店で、滞在中に頂くワインとチーズを買った。そして帰る前日に家に、持ち帰るチーズをふたつ買ったのだ。それも恐ろしく美味しい、コンテとトリュフのチーズ。コンテと言っても、40ヶ月寝かせた驚くべきものなである。あっという間に食べ終えてしまって、これを買いにまたパリに行きたいくらいなのだ。
ワインを頂きながらだと、話しが進む。それにしても店主の顔と言ったらば、40ヶ月のコンテと聞いて開いた口が塞がらないようだった。此処にもそういうのを置いてくれたら、高くても毎週買いに来ると言う私に、店主は首を振った。置きたくたって置けないのさ。そんなチーズはなかなか手に入らないんだよ。君、いったいどこで手に入れたんだい? それで私達はインターネットで店を探した。店の写真を見ると、店主が声を上げた。この店の前は何十回も歩いているけれど、まさかそんなものを置いている店だとは夢にも思っていなかったそうだ。チーズの話で思いがけず店主に火をつけてしまった。直ぐにでもパリに行きたくなってしまったらしい。このチーズを求めて。美味しいもの好きとはそういうものなのだろう。うちの近所にも居る。美味しい生牡蠣を食べたくなると、ボローニャから車を飛ばしてニースのレストランへ行く人。良いものを求めて、どんな遠くにだって飛んでいく。

パリの話を聞かせて欲しいと言われて、久しぶりにパリのことを思い出した。忙しい生活の波にのまれて、パリのことはもう1年も前の事のように感じていたから。


人気ブログランキングへ 

Pagination

Comment

つばめ

こんにちは、yspringmindさん。
コンテ。
どんなチーズだろう。インターネットで見たけど、ナッティな風味で栗のようなホクホク感らしいですね。
yspringmindさんが入った店の前を店主さんが何回も行き来してたのはおもしろいですね。そこに珍しいチーズがあっただなんて。そういうもんですかね。
yspringmindさんは見つけるのが上手なのでしょう。
フランスのクリーミーなカマンベールチーズを食べただけでも、こんなにおいしいものがあるのかと思うのに、yspringmindさんがいくら高くても買いたくなったり、店主さんがパリに行かなくてはと思わせるコンテというチーズはいったいどんな味なのでしょう。
あと、てっきりイタリアの人はある程度時間に余裕を持って仕事をされてるのかと思いましたが、今はどこもかしこもいそがしいのでしょうかね。日本は無料の残業当たり前ですが。
  • URL
  • 2015/11/01 04:41

yspringmind

つばめさん、こんにちは。私にとっては栗のような美味しさです。私が借りたアパートメントはパリのサンルイ島にありました。あの島はとても面白いので、パリに行く人は一度と言わず何度も足を運ぶのではないでしょうか。それにあのチーズ屋さんの2軒隣だかに美味しいレストランがあるのだそうです。フランス屋の夫婦は一年に数回パリに行くそうなので、この島については良く知っているそうですよ。でも、外観が外観だけに、そんな良いチーズがあるとは夢にも思っていなかったそうです。私がその店に行ったのは、もうひとつの店の息子が感じ悪そうに見えたからなのです。全く偶然の選択でしたが、結果的に良い選択だったようですね。
私が忙しいのは、決して仕事ではないのですよ。仕事は、残業は基本的にしません。残業代は出ますけれど、仕事の時間内に業務を終えるのがイタリアの基本なのです。残業しなくてはいけない、イコール、仕事を時間内に終えることが出来ない、というイタリア的考えです。私は忙しいと感じますが、他の人にとってみれば大して忙しくないのではないかと思います。最近、時間の使い方がうまく行きません。自分でももどかしいくらいなのです。
  • URL
  • 2015/11/01 22:37

つばめ

そうですね。時間がうまく回らないときは、まわるようになるまで待ちたいところだけど、それも待っていられないようなら、少しばたばたしてみるのもいいかもしれません。開かない扉が開くこともあるのではないでしょうか。

仕事のことでは、ずいぶん日本と考え方が違って、うらやましいような、きびしいようなですね。こちら、日本では大きな会社だと夜中の1時に家に帰るのが当然というところもたくさんあるようです。
世間を動かそうと思ったら、そこまでしないと動かないのかなとびっくりします。
テレビを見た母が言っていたのですが、60年、70年前では、家庭で布団の綿を干したりたたいたりしてふっくらと家庭で仕立て直していたそうです。昔の人はいろんなことに手をかけてたんだなと思うと、今は便利になったけど忙しすぎて、大事なことをおとしていってるような気がします。
なんでも買えばすんでしまうと片付けるんだなと思うところがあります。
なんだか根本的なところで違和感を感じるのです。角が立つから口を閉ざすとか、最近よく聞くのです。角がたつまえに何も立ってないと思ってしまいます。
その点、イタリアでは思ったことを口に出しても人目を過剰に気にしたりしないと聞いたことがあり、だから、前に進むのかなと思うのですが。
  • URL
  • 2015/11/02 14:37

yspringmind

つばめさん、こんにちは。ヨーロッパでは仕事に持つ哲学は、日本のそれとは随分違います。残業のこともそうですが、仕事を休むことに関しても随分と違います。それから仕事は仕事。大切だけれど、でも家族より大切なものではないと割り切っているところもあります。職場での発言もストレートで面食らうことも多いですが、はっきりしていて言葉の裏を読まなくて良いので楽です。以心伝心も存在しません。だから日本から仕事のために来る人達は、びっくり仰天なようですよ。郷に入れば郷に従え、と言う言葉があるように、此処は日本ではないので其れで良いのですよ。
イタリアは言葉を発する文化なのです。黙っていたら発言もできないのかと思われたりするくらい。ボローニャに暮らし始めた頃は何処へ行っても喧嘩をしているように見えたのですが、喧嘩ではなくて意見を交換している、多少感情を込め過ぎの感あり、ということでした。老若男女問わず、皆が自分の意見を持っているこの国が私は案外気に入っているようです。
  • URL
  • 2015/11/06 00:21

このコメントは管理人のみ閲覧できます
  • 2015/11/28 12:08

yspringmind

鍵コメさん、こんにちは。もう一年が経とうとしているんですね。驚きです。今年も素敵なプランがあるそうで、羨ましい、全く羨ましい次第です。チーズ屋さん、気になりますでしょう?一見、特別な店ではありませんが、特別なものがありました。メールにて後程お知らせしますね。
今年のボローニャは温暖でしたが急に寒くなって昼間も5度です。雪が降るかどうかはまだだれにもわからず、出来れば降らないで頑張ってほしいと、多分誰もが願っています。
元気なうちに人生を楽しむ、食にしても旅にしても。最近私はそう思っているのですよ。
  • URL
  • 2015/11/28 20:16

Post Your Comment

コメント:登録フォーム
公開設定

Utility

プロフィール

yspringmind

Author:yspringmind
ボローニャで考えたこと。

雑記帖の連絡先は
こちら。
[email protected] 

月別アーカイブ

QRコード

QR