はてなキーワード: 差別とは
pixivという、男オタの努力と金によって作られたインフラに、腐女子が後からフリーライドしようと大挙して押し寄せる。
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更に、先に住んでいた人たちの文化やマナーを一切無視して荒らしに荒らす。注意されても無視。
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特に、それまで男オタしか使ってなかったタグに、突如エロBL絵を大量投降する荒らしじみたマナー違反行為を繰り返す。
どんだけ注意されても無視。
自分の「見たくないものを見ない権利」は声高に主張する癖に、他人のその権利は平気で踏みにじるのが腐女子の本性らしい。
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自分らのマナー違反を批判されたら、「腐女子差別がー!」「排他主義がー!」というレッテル張りで攻撃。
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アファーマティブアクションとして反撃した男オタの行動だけを切り抜き、まとめブログなどで拡散し、被害者ムーブ。(一部に、偽旗作戦めいた、露悪的な、自作自演くさい行為があったのも事実だが)
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なお、タグ荒らしなどのマナー違反行為を、「サイトの利用規約に反してない!」を理由に正当化しているが、ならサイトの利用規約に反してなければ、どんなマナー違反や荒らし行為も正当化されるという主張なわけだ。
もちろん、腐女子どもは、自分らは、運営の利用規則には一切ない、異常な自治マナーを新規に強制し、自分たちの「嫌なものを見ない権利」だけは確保しようとしている。
未だにこの件で、男オタを批判している連中も、自分たちの文化圏が新参に荒らされたら、それが利用規約に一切反しておらず、無知から来る行動で、悪意がなかったとしても、無自覚荒らしの汚名で叩くだろう。
腐女子たちは、どんだけ批判されても、自分たちの迷惑行為を反省することもなかったわけで、無自覚荒らしよりも遥かに質が悪かったのに。
特に、今のネットは、それが定型化されたマナー違反行為に形式上該当するなら、指示厨みたいに、特に実害がなくても糾弾するくせに、この時の実害を受けまくった男オタに対しては、非常に悪辣なダブルスタンダードで平気で叩く。
もちろん、指示厨みたいな、ただの勝手に作られたマナー違反行為を、利用規約で禁止している動画サイトなんて、存在するわけもないのにである。
腐女子たちのやったことは、新参が、先に居た人たちの文化やマナーを無視し、注意されても荒らしまくり、あまつさえ、被害を受けた先住民に対して、マナー違反が嫌なら出てけと吐き捨て、その成果物だけを横取りして乗っ取ろうとしたわけである。
こんなの、加害者がマスゴミに持ち上げられてる腐女子で(存在も人気も捏造くさい連中)、被害者が、そのマスゴミに差別され、ネガキャンされてる男オタじゃなかったら、どっちが悪いかなんて、一目瞭然だ。
侵略と呼ばれたことに被害者ぶっているが、実際に、彼女らのやったことは、侵略行為以外の何物でもなく、侵略した側が、侵略された方を排他主義だと言ってバッシングした、最悪の事例以外の何物でもない。
「運営の方針が嫌なら出てけ!」という理屈も、もちろん、連中は恣意的に使っているだけ。
実際、その運営が直々に掲載するエロ広告には対しては、ダブスタで怒り狂い、自分らは踏みにじりまくったゾーニングを都合よく強要する。
嫌いな物への耐性が高いんじゃなくって、お前らが男オタに対してだけ、pixivとかにずかずか上がり込んで、そこの常連だった人たちのマナーや文化を一切無視してBLエロ絵を、何の検索避けもなくタグに大量投降したんだろうが。
それを批判されたら、「利用規約に反してないから良いんだー! 腐女子への差別だー!」とか喚いて、男オタ叩きを扇動し、未だに被害者の男オタの方が悪いとか言われてる。
そのくせ自分らは、検索避けだのゾーニングだの内輪マナーだのを他人に要求して、見たくない物は見せんなとほざいてる。
サイトの利用規約に反してなければ何しても良いとかほざいてたくせに、自分らは、そのサイトが直々に表示してるエロ広告にさえ発狂して叩く。
お前らのあの時の屁理屈を適用したら、サイトの方針は絶対で、「嫌なら出てけ、利用するな!」のはずなんだから、エロ広告をどんなに表示されたって、嫌なら出てけば良いだけだろ。
肌感覚としては、オタクだから差別迫害って経験はなくて、キモいよね~って部分での差別と迫害、今にダイレクトに続くルッキズム清潔感文脈からの「生理的に無理」って差別迫害をオタクであるキモい奴らが受けていたという印象
いまでもオタク迫害論を声高に叫ぶやつらを見れば、この人はオタクが原因で嫌われてたんじゃないんだろうなぁと察することがかなりある
インターネッツの「オタクは迫害されていた(いる)」系の話題になると体験談的なものを話す人が一定数いらっしゃるんたけど
「それはお前がオタクだから迫害されてたんじゃなくてお前が嫌われてたんじゃないか。。」
というのが結構出てくるんだよな。
そのことは男性オタクコミュニティが女性や在日コリアンに向けてきたミソジニーやヘイトを帳消しにしないので、まず被害の層を区別し、自分たちの加害を認めるところから始めるべきだ。
「オタク迫害」なんて言葉は、コミケ会場に毒ガスを撒かれたり焼夷弾を落とされたり、会場に来てた献血車で献血をしたら薬物を注射されて安楽死させられたりするくらいになってから言ってくれ
「人権」だの「迫害」だの「燃やされた」だの、なんでオタクって強い言葉を気軽に使う人達がこうも多いんだ?言葉に対する感覚が鈍感すぎやしないか?
オタク迫害とかいう強い言葉を使っている人達、実際に拷問されたり殺されたりしている共産主義者や反戦論者への迫害は多分認めてないよね
「オタク迫害」というからには、積極的に追い詰めて苦しめられるような事実が伴う必要があると思うんだけど、そんなものが本当にあったのか?
単に白い目で見られたり距離を置かれたりする程度の事を「オタク迫害」と呼ぶのは、あまりに言葉が強過ぎて、他の深刻な迫害を相対化してしまうのでは?
小中学校等での殴る蹴るを伴うようないじめ自体は確かにあっただろうけれど、それは果たして「オタク」を理由とするものなのか?
オタク差別やオタク迫害ではなく、せめて「オタク蔑視」くらいの言い方にできないの?それなら確かにあったねと納得できるんだけど。
「オタク迫害」なるものが仮にあったとしてもせいぜい宮崎事件直後の数年程度なので、
その頃にまだコミケ等での活動をしていなかった1980年代以降の生まれのオタクが迫害を自認するのはどう考えてもおかしいと思うんですけれどね。
「おたく」がいた、おたくとオタクは違う、というと大塚英志になっちゃうが
90年代半ばに大学生だった自分は、当時、岡田斗司夫がオタク学入門を出したりしてたので、
周囲に「君は自分はオタク(おたく)だと思うか?」と先輩後輩問わず聞いてまわった
この場合の周囲はSF研やシミュレーションゲーム研、大学も二か所以上の大学、年齢幅はだいたい18歳から30歳になるのだが、
みな「俺はオタクじゃない」「自分はオタクとは違うと思う」と言っていた
SF大会に参加してようが、ローズトゥロードの発売前テストプレイに参加してようが、PCゲーがっつり遊んでようが、洋ゲー翻訳しながら遊んでようが、プラモ組んでようが、同人誌書いてようが、
誰一人として、オタクではなかったのだ
なお、アニメのファンジンにがっつり参加してるタイプの人はいなかったので、あるいはそちらでは自認おたくはいたかもしれない
ただまあ、そういう狭い領域の「おたく」が、70年代や80年代に差別され攻撃されていたのである、とはならないと思う
というか上の世代の人たちは、
普通にいいとこに就職して結婚して(しない人もそれなりにいたが)、バブル期にちゃんと稼いで、稼いだ金をまんべんなく様々な趣味に投入して、その中でアニメなどの比率が高かった、という感じだと思うし
変な人(イベントで奇声をあげるとか、著名人にしつこく絡むとか、シンプルに常識がないとか)は定期的に見かけたが、
まあ、自分も後日、そういう変人の仲間入りしたので(イベントで変に絡むやつになった、何回かだけ。なのでイベントはいかないようにしている)、
ひとのことは言えないのだが
と、いうことで
いいね?
意識が追い付く前に脳がパターンを検知する。つまり男性に比べたら圧倒的に危険度の高い人生を生きてるから、その分、他人の言動から違和感や危険要素をうまく察知する
人類の歴史を通じてずっと差別されてきて、しかも危険をよく察知した女性たちだけが生き残ってきたから、今ではもう遺伝子の領域になってるんだろうね
ツラの良いオタクキャラが成立するくらい、2000年代以前はオタクとキモいって不可分だったんだよね
肌感覚としては、オタクだから差別迫害って経験はなくて、キモいよね~って部分での差別と迫害、今にダイレクトに続くルッキズム清潔感文脈からの「生理的に無理」って差別迫害をオタクであるキモい奴らが受けていたという印象
俺って私ってオタクなんだよねーって気軽に公言するツラが良かったり陽キャな奴らのおかげでオタク趣味は救われたが、キモいについては未だ救われずですね
定義: 個人の魅力・能力・選好に基づく「選ばれなさ」であり、特定属性への敵意や制度的排除を伴わないもの。不快ではあっても、差別とは質的に異なる。
この段階のポイント: 本人にとっては深刻な苦痛でありうるが、「属性を理由とした不当な扱い」ではないため、差別の文脈で扱うと議論が混乱する原因になる。「つらさ」と「差別」は別の軸である。
定義: 特定の属性に対する否定的なステレオタイプが社会に流通し、その属性を持つ個人が日常的に偏見にさらされる状態。法的権利は侵害されていないが、尊厳の毀損や心理的負荷が継続的に発生する。
この段階のポイント: 個々の言動は「悪意がない」「冗談」「褒めている」と弁明可能なものが多いが、当事者にとっては累積的に尊厳を削る。可視化されにくいため「大げさ」「被害妄想」と退けられやすい。
定義: 特定の集団・コミュニティにおいて、ある属性を持つ人々への攻撃・蔑視・性的対象化が文化として定着し、組織的・反復的に行われる段階。個人の偏見を超え、集団の規範として加害が正当化される。
この段階のポイント: ②との決定的な違いは、加害が集団の文化・規範として機能している点にある。「ノリ」「ネタ」「ジョーク」として正当化され、批判する側が「空気を読めない」「過剰反応」と攻撃される。脱人間化(dehumanization)の言語が定着すると、より深刻な段階への心理的障壁が下がる。
定義: 法律・制度・政策によって特定の属性を持つ人々が権利を制限され、または不利な立場に置かれる状態。国家権力が差別を正当化・執行する。
この段階のポイント: ②③が「社会の中の差別」であるのに対し、④は「国家による差別」である。法が差別を禁止するのではなく、法そのものが差別を構成する。被害者は法に訴えることができない(法自体が敵であるため)。制度的差別は撤廃後も長期にわたって構造的不平等として残存する。
定義: 特定の属性(人種・性別・性的指向・宗教・民族など)に対する憎悪を動機として、個人または小集団が行う身体的暴力・殺人・テロ行為。法制度は(少なくとも建前上は)これを禁止しているが、実効的に防止できていない、または暗黙に容認されている。
この段階のポイント: ③との違いは、言語的・心理的暴力から身体的暴力・殺人へと移行している点にある。ただし③の脱人間化言語が⑤への「許可」として機能するという連続性がある。加害者は個人でも、その動機は社会に流通する憎悪イデオロギーに根ざしている。国家は禁止しているが、捜査・処罰の不十分さが暗黙の容認として機能することがある。
定義: 国家またはそれに準ずる権力が、特定の属性を持つ集団を組織的に排除・追放・絶滅しようとする行為。④(法制度的差別)と⑤(暴力)が国家権力によって統合され、産業的規模で遂行される。
男性オタクは、ホロコーストや法制度上の差別の被害者だったわけではないが、1989年以降のオタク蔑視のような反復的な侮辱と危険視は、マイクロアグレッションとして理解できる。 ただし、そのことは男性オタクコミュニティが女性や在日コリアンに向けてきたミソジニーやヘイトを帳消しにしないので、まず被害の層を区別し、自分たちの加害を認めるところから始めるべきだ。
90年代のガチ外に出せない感はともかくとして、00年代2ch以降は「キモオタ」は割とアイデンティティとして成立していた
キモオタというインターネット・カラーギャングとして一体感があり、他者からの視線は結束のためのスパイスだった。
なので予後の悪いオタクの残滓は「被差別階級を選択した」という誤った自認を持ったり、他の差別運動を攻撃するようになったのだ。
救いがない!!
今どきは就活時の、不法だけど実態としてある不当な差別のリスクのせいでSNSに政治思想や自分の宗教なんて書かないのが若者のデフォだろうし
オタクが馬鹿にされ、テレビなどでも気持ち悪いものとして扱われ、
オタクはオタク同士で集まって隅のほうで縮こまって暮らしていた、
という状況は確かにあった。
でも「ホンモノ」が可視化された現在のヘルインターネットを見ると、
迫害はあった派…宮崎勤事件・宅間守事件等を契機にメディアで犯罪者予備軍扱いされた、学校でいじめ・揶揄があった
迫害は誇張派…個人の体験としていじめを受けていない人も多い、エビデンスが乏しく個人のお気持ちに留まる(要は「嘘松」「慰安婦ビジネス」のようなものだという扱い)
人気投票荒らし等の迷惑行為を当時「武勇伝」として記録・共有していた
ケータイ小説・BL・創作男女などネット上の女性作者のコンテンツ晒し上げ、女性文化(タピオカ・パンケーキ等)への異常な罵倒がまとめブログ等で行われていた
ロリコンネタ・ハイエースネタ等、女児への性加害を匂わせるジョークが常態化していた
加害側のエビデンス(Wiki・まとめブログ・アーカイブ)は豊富に残っている
オタクだからいじめられたのではなく、衛生観念・コミュニケーション能力・外見等の個人要因が原因だったのではないか
雑談板・まとめブログ経由で「オタクでもないのに非オタクにハブられてオタクコミュニティに流入した層」が問題行動の主体だった可能性
時代が進むにつれ差別対象はペドフィリア・統合失調症・ASD等の具体的属性にピンポイント化し、「オタク」という曖昧な括りが差別の単位として機能しなくなった
宮崎勤事件(1989年・東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件)当時を知る世代と、平成生まれ以降では体験が根本的に異なる
2019年に発生した京都アニメーション放火殺人事件は、殺人犯の青葉真司は紛れもないアニメオタクであったが、オタクであることよりも統合失調症についての言及が多く、その後のルックバックの炎上事件でも統合失調症への差別が取りざたされていた
平成初期生まれは2000年代の「スイーツ(笑)」「嘘松」叩き等でむしろ被害を受けており「オタクは加害者」という認識を持っているという意見もある
犯罪者の部屋からゲームやアニメDVDが出てくると犯罪助長コンテンツみたいに言われてた事実はあるなぁ。
例えば道行く人に「オタクの絵を描いて」って言えば、ほとんどの人がネルシャツにニキビ、ボサボサ頭のデブメガネ男を描くでしょう。
そういうステレオタイプを生み出されたのはあの時期。
まぁ差別差別と言われれば差別だったけど、それに至る事を考えるとどうしようもないというのはある。
00年代はアキバによく通ってたけど、今とは比べ物にならないくらい気持ちの悪い人間が多かったのは事実。
いい年こいてアニメゲームしか語ることが無い。きちんと仕事をして社会貢献しているわけでもない。