はてなキーワード: 福祉センターとは
「みいちゃんと山田さん」のムカつく所って、徹頭徹尾自己責任論で描かれてる所だよ。
この漫画の中では、障害を認めようとしない当事者や家族が徹底して悪者として描かれる。
みいちゃんの障害を認めようとしない祖母が悪い、母が悪い、むうちゃんに言われても福祉センターに行かない当人が悪い。
でもみいちゃんが福祉センターに行っていようが、世の中には児童に性加害する職員なんてのが存在する訳で、そこで幸せになれた保障なんて何処にもない。
https://www.asahi.com/sp/articles/AST932DZ1T93OXIE03CM.html
https://dot.asahi.com/articles/-/268894?page=1
大人になってからも就労支援施設では最低賃金にも満たない小遣いレベルの工賃しか貰えず、困難な人生を歩む事はほぼ確定していただろう。なのに障害を否定する当事者や親に問題があるとして、制度の問題に切り込まない。そこがあまりに自己責任論で吐き気がする。
作者は「ケーキが切れない非行少年たち」の作者の宮口幸治氏と対談していたが、宮口氏は自己責任論を助長させるようなこの漫画の内容に疑問は抱かなかったのか。まあ、対談を読む限りではあまり深く読んでいないように見られたが。
むうちゃんの件だってむうちゃんの母はみいちゃんばかりを恨んでいたが、一番に恨むべき相手は見るからに知的障害のある少女相手に乱暴な性行為を強いた男の方だろう?なのにそこが透明化されている。
脱法風俗の経営者や客、DV彼氏、中学時代にみいちゃんを強姦した男子生徒達。みいちゃんなんかよりも責めるべき人間は大勢いるにもかかわらず、作者(=山田)の批判の目はそれらに向かわず、まるで自然現象かのようにスルーされる。
何ならそもそもみいちゃんが知的障害ないしは発達障害だというのも作中でははっきりさせてはいない訳で
福祉センターに行ったところで、「ただの無能な健常者」として追い返されるだけかもしれない。
ブラック企業で使い潰されるかもしれないし、そこで性被害に遭うかもしれない。
社会制度や加害者の罪を問わず、ひたすら自己責任論の観点から被害者を責めて被害者を断罪して気持ち良くなる。ポルノというならばこれほど悪質な「ポルノ」はないよ。
何が問題視されたのか、広告の引用リツイートの中で、いいねが多いツイートを雑にピックアップしてみた。
女版
https://x.com/toyosuisan_jp/status/1887410904540848485?t=0AEyybdJVKur3jiQhY_gLg&s=19
普通に赤いきつねは美味いんだから、夜一人で食うなら受験生でも仕事終わりで疲れてる会社員でも育児してる親でも夜中に小腹が空いたおじいおばあでもええやん。そうやって全年齢に寄り添う商品ですよとアピールすりゃいいのに、何でこんな頬を赤らめた女がクネクネするCM作っちゃうんだよ。
5.4万いいね
描写と画角のあまりの違いに、女性キャラクターに対してではなく、それを作った人の意図や長年染みついた癖が見えてしまって「キモっ!」って感じた事ない?
4.5万いいね
きっしょ!!!!
女性を赤面させるなら男側もキッチリ赤面させろや どんだけキモいCMか分かるから
2.5万いいね
さすがにこれ炎上させるのはもう無茶苦茶やろ。カップ麺食べるキャラの頬を紅潮させることさえ性的で我慢出来ないというのは病気。企業はそういう「繊細お化け」に配慮して、彼らを付け上がらせてはいけない。謝罪や修正などせず、毅然としていることが企業の社会的責任でさえある。
2.4万いいね
エロ記号はもう日本の社会病やしな……って思って同情してたけど男バージョンのアニメがまともすぎて同情の気持ちも失せてしもたわろた。
1.8万いいね
みんな過剰に反応しすぎかと思ったら本当に気持ち悪かった
1.4万いいね
1.1万いいね
1万いいね
男版
https://x.com/toyosuisan_jp/status/1887773298450485696?t=_e3tT-4umo3CjJi5K_T7JQ&s=19
男のほうは残業代出ない教員に晩ごはん食べる時間まで残業させてるし
コンプラって難しいよなぁ
7057いいね
男バージョンの方がおいしそうに見えるって聞いてそんなことあるか?と思って見たら変な間とかなくふつうにズルズル食っててマジでおいしそうだった
5418いいね
例えばこれには、伸びをしてゆがむ表情と首筋、湯気を浴びて緊張がほぐれ頬が赤らむ表情の微妙な変化、邪魔な前髪を払う指先と耳元、かき揚げを噛む口元とこぼれ落ちるかき揚げの質感の描写がなぜないのか。商品の訴求においてこれらが余計な要素であるなら、女性版でのこの種の描写も同じです。
5009いいね
男性も頬染めろよ。
市ノ瀬さんのバージョンは「男性向け」に作られたCMとして、これが女性向けに作られているともさほど思わんけどな。
4645いいね
男バージョンがこれか。
男は残業、口元アップは2回、目元は1回。方や女は部屋着で恋愛映画?を見て涙を流し、目元口元のアップ複数回、髪を耳にかける仕草、赤らむ頬。
なぜ男女で表現の差を付けたのか、そこにジェンダーロールの刷り込みがないか考えるべきでは?
3653いいね
直感的には総合病院とかそこらの道や公園の方がよっぽど遭遇率高いはずだと思うんだよな。
総合病院は色んな病人の来るところだから、障害がある人に遭遇する確率が高くなってもおかしくない。
道や公園は駅と違って改札さえ存在しないからどんな奴でも来れる。これは門前払いを食らうような人間の存在確率が他の空間より高まるということ。
だが、現実は違う。
改札というバリケードが存在しているはずの駅構内に堂々と障害者が乗り込んできて、車掌のアナウンスを復唱している。
親が頑張って教育したことで電車に乗ることまでは出来るようにしたのだろうか?
だが、電車を決められた駅で下りて福祉センターに向かうという複雑な動作は出来ず、ホームや駅を延々と彷徨い、そしてどこかのタイミングで何かをやり遂げたと満足して家に帰るというルーティーンを繰り返しているのではないか?
だから駅構内アナウンスを復唱してる理由だって考えるだけ無駄なんだ。
俺の予想では日頃から「チーちゃん、ママの言ってること繰り返してみて。……コラ!なんで繰り返さない!ちゃんと聞いてないからだろ!舐めてんのか!」と躾けられてきたことによる条件反射なんじゃないだろうか?
自分はちゃんと駅員さんの言ってることをちゃんと聞いていますとアピールすることで、自分がそこに存在していいと証明しているのだろう。実際に起きているのは全く真逆の結果なわけだが。
やはり考えるだけ無駄なんだ。
諦めよう。
ああいうものがこの世界に存在していて、もしも俺達が本当の本当に脅かされた時は、警察に突き出すことで然るべき対応をしてもらえばいいことだけを覚えておけばいいんだ。
「明日突然働けなくなって、職場に戻ってくるのに何年もかかったら」という不安に怯えてないってことなんだろうな。
今してる仕事についていつだって限界を感じているし、かといってまともな条件の転職先が見つけられるとも思えない。
公務員10年目、普通の会社で一度ぶっ壊れそうになって逃げ込んだからもうだいぶいい年だ。
身についたのは親方日の丸の立場で民間企業に泣きついたり脅しをかけたりしながら渡っていく技術だけで、こんなのが使えるのは本当に公務員という肩書があるときだけだろう。
職場で回ってくる人事や給与に関する情報を見ていると、研修で知り合った同期のうち何人かは望まぬ休職をしたのであろうことが見て取れる(公務員はなんでも書類に残すし、何でも共有していく文化があるから形式に慣れると信じられんぐらん大量の情報が公式に筒抜けになる)。
普通の人は、「そういった役立たずのロクデナシと俺は違う。次が自分の番になる可能性?そんなの考えるよりは交通事故を心配すべきだね。だって次の転勤先は北国かも知れないんだもの」と考えるのだろう。
自分は違う。
そうやって信じられる側の人間じゃない。
もし産まれた時代が現代の東京だったら、周囲とうまくやってけないからとひまわり学級や通信教育に送られてた可能性だって低くない側だ。
もしも次に自分の上や下に来た人間が「定型発達がどうこう言われてる人って絶対ただの甘えですよね。本当に大変な人は精神科経由で役所のお世話になって福祉センターから貰った仕事で働くことになるんだから、そうじゃない時点でただの甘えですよ」みたいなメンタリティだったら、殺される可能性を考えないといけないなといつもビビってる。
自分のようないつ社会からドロップアウトするかわからない人間によっては、「貯蓄=なにかあったときの経済的寿命」となる。
いざというときには通院費も含めて250万円あれば1年暮らせると考えれば、「貯蓄÷250万円=経済的寿命」というわけだ。実際には翌年の住民税があるからそこから更に引かれるけど。
およそ「7000円=1日」なので、7000円の買い物をしようとすると「俺は寿命を1日使ってこれを買おうとしている。それを10回繰り返せば10日、100回で100日、金が尽きて死ぬ時、俺はそれを後悔せずに居られるのか?」と考えてしまう。
普通の社会人だったら「新しいモンハンマジで神ゲーっぽいんでゲーム機ごと買いましたわ。7万円もしちゃった。まあゆーてボーナスも入ったし」と趣味に対してのある程度の出費を割り切って生きられるんだろうけど、自分は「10日分の寿命を使うほどの価値があるのか?ゲームを買ってもやる時間を失うなら無意味では?」とモヤモヤしだして動けなくなってしまう。
趣味に金を使える人からすれば、自分のこの感覚は理解できないんだろうな。
そもそものスタート地点である「突然自分が働けなくなる。それも長期的に」という不安自体が理解してもらえなそうだ。
俺からすればいつだって生き延びることが精一杯だし、職場の中でなんとか綱渡りを繰り返しながら生き延びていることに奇跡的な生還をいつも感じている。
そんな状態でダラダラ生き延びて何をしたいのか、自分でもわからない。
きっとある日突然凄い科学技術が全部を解決して、自分が幸せに生きられる日を待っているんだろう。
科学なんて関係なくコロナや震災や政権交代で世の中なんていくらでも変わるんだからと、ただただ世界が変化する瞬間を待っているような。
毎日何を楽しみに生きているんだろう。
やすいメシを食って、適当なサイトで無料で漫画を読んで、気だるさがなくなるまでひたすら寝まくって、こんな毎日の向こうに何も無いのに、それでも寿命を減らすことが怖くて趣味に金を使えない。
俺の中にある漠然とした恐怖を持たずに生きている全ての人が羨ましい。
大阪市在住で20代、一人暮らしをしており、慢性的な体調不良(肉体的、精神的)があり、生活保護を利用している
症例がほとんどない病気の疑いがあり、継続して微熱・アレルギー様症状・筋肉痛・倦怠感・気力の低下がある
症状はコロナ副反応、慢性疲労症候群、LOH症候群などに類似している
二回目の副反応で三日ほど、発熱・倦怠感があり、腕を上げたり、寝返りを打つのが辛いモデルナアームも出ていた
医療扶助があるが生活が厳しく、診察費がかかる場所に行くのは難しい
また、自身から二次感染を発生させるリスク、自身がコロナに感染するリスクを考え
できるだけ公共交通機関を利用せず、無料で診断が受けられる病院を探した
電車移動、自宅で少し話をする
マスク、手洗い、換気はしていた
その後は現在に至るまで一度も外出をしていない
腹痛は良くあるので少し様子を見ることにした
消化器症状が継続していたので、かかりつけ医にて診察を受けたいと伝える
コロナの可能性があるのでまず、コロナの診療を受ける様にと言われる
断続的に数回電話をかけるが繋がらない
その後、#7119、病院に連絡後を含め計七回電話をかけ、一度繋がったが自動音声で混み合っているので後ほどおかけ直しくださいと切断される
#7119
二箇所が近かったので連絡
繋がらない
有料の場所を二箇所案内される
風邪などの症状があり、かつ保健所から医療機関に紹介された場合に限られると案内される
厚労省のページにあり、excelとpdfで見ることができますと案内される
昨日同様、合計九回、断続的に電話をかけたが、一度も繋がらなかった
咳、発熱、消化器症状の(程度を問わない)いずれかの症状がある場合は無料で検査を受けられる対象ではないと案内される
つまり、何の症状も出ていない健康体でないと対象ではないということか?と聞くとその通りですと案内される
慢性的な体調不良が継続している人間が、医療崩壊が進行している中で消化器症状を発症させた場合
コロナの可能性があるため、一般の病院にかかるのを控える様に言われる
複数の窓口に電話してもコロナの症状は具体的に何か?という回答は得られず
詳しくは保健所にと言われるが繋がらない
保健所から診察する指示が出ない場合は行政検査にならず、自費診療になる
費用は概ね3000円から30000円程度であり、比較的安価な検査は梅田・なんばなど人出が多い場所で行っている様だ
症状が出ていれば病院判断でも行政検査が可能な様だが、具体的な症状の記載がなく、医者による判断になる
結果、コロナかどうかが不明確な状態で安価な検査しか受けられない場合
公共交通機関を利用し、コロナの感染拡大に寄与してしまうリスク・自身の感染のリスクを犯して
ただただ症状が収まるのを待機するかの判断を迫られる
私は「うつ病」を患って生活保護を受けています。おまけに貧血気味で三半規管が乱れているため足腰が弱く、よく転びます。
保健福祉課は年度毎に担当が代わるようで、本年(2021年)6月3日に電話がかかってきて、「担当が私“Yまなか”に代わりました。こういうコロナ渦の時期なので、電話で失礼します」とのことでした。「一度お会いしたいな」ともおっしゃってました。
再度同日に電話があり、「通院のタクシー料金をなんとか検討します」との事でしたが、私は「以前駄目でしたよ」と伝えました。
本年(2021年)6月24日.再び電話があり、申請書に事由や氏名を書いてもらうために来てもらわないと行けない、との事でした。
私は、「うつ」が非常に調子悪かったので、それでも早いほうが良いと思い、来週の金曜日(7月2日)を提示しましたが、立て込んでいるとの事で木曜日(7月1日)にされてしまいました。
私は、“Yまなか女氏”と面と向かってお会いするのは初めてなので、軽い面談などがある物と思っていましたが、「お疲れ様でした」で終わりました。
健康福祉局では、私が「うつ病」で「貧血と三半規管の乱れで転けやすい」ということを把握しているものだと思っていました。
また、保健福祉センターはスーパーマーケットに連結した上階なので、どうしても多くの人と接触する事となります。「緊急事態措置」は終わったものの「まん延防止等重点措置」が施行されています。
3行程度を8日間隔で記載するのなら、郵送で済まなかったのでしょうか。郵便代を節約するために、市民を死の危険にさらしたのでしょうか。なぜ職員は感染させないようにするのに、受給者には感染の危機を与えるのでしょうか。
27歳、社会人7年目
最近将来への漠然とした不安が強くなってきたので今の気持ちを書き起こす。
多分地頭はそこまで悪いほうじゃないと思うが、小学中学の成績は数学を除き1や2のオンパレードで悲惨なものだった。母親に児童福祉センター的なところに連れて行かれて、「この子は大丈夫なのか」と心配されるくらいには悲惨だった。そこでADHDということもわかった。
勉強を頑張ることもしてこなかったし、努力をするってことが全く出来ない人間ってのは今も全然変わってない。
勉強するのがいやだったので大学にはいかず、興味があった情報技術系の専門学校で、願書を書けばほんとに誰でも入れるところなので学歴なんて高卒も同然。
年齢=な人見知り陰キャコミュ障の自分でもびっくりするくらいのコミュ障が周りには多かったが、なぜかかなり優秀な人も片手で数えれるくらいはいて、そういう人たちを見て頑張った。
卒業できる程度の勉強をし、掴んだ新卒のチケットは無駄にはしないように就活だけはしっかりやった。学費をだしてくれた親にも申し訳ないので。
結局一社目に受けた一部上場の大手に内定して、こんな自分が採用してくれるのかとびっくりたし嬉しかった感情は今も忘れない。
内定式、周りには専門卒なんてほぼいなかった。
ウェーイ系とまでは言わないが、みんな意識の高い知的な大学生が多かったし人見知りコミュ障なんて自分くらいだった。
今も不安が多いが、気持ちばかりの技術力はあったのでとりあえず今もなんとかなってる。年収も700万くらいにもなった。
入ってくる後輩はマスターが多くドクターの人もいる。めちゃくちゃ優秀な人ばかり。
そのせいか自分の中の劣等感も年々強くなり不安も強くなっていく。
恋人が欲しくなった時期もあった。
半年くらい頑張って計3人くらいの人とお会いして食事やデートぽいことをさせてもらったが、一度も付き合ったことがない自分はリードをしてあげることができるわけでもなく、どれも1〜2回くらいお会いして終わった。
回数を重ねれば上達はしていくのかもしれないが、3人目とのデートが終わったときには自分のコミュ力の無さとその成長のしてなさに絶望した。
デート終わったあとは毎回すごく疲れたし、乗り越えても結局付き合うことはゴールではなくスタートなんだと自覚しそこから恋人を作る活動はやめた。
なにか没頭できる趣味でもあればいいが、それもない。
そんな生活を続ける中で、自分を支えてる芯がなにもないことに気付く。
今のところを辞めて転職したらどのくらい収入は下がるのだろう。自分の市場価値はどれくらいなのだろう。
この先定年まで35年くらい虚無感と不安を抱えながら生きてくのだろうか。
番号札システムではなく、誰に声をかけていいかわからず、きょろきょろとしていたら、1番手前の女性職員が「福祉課に御用ですか?」と声をかけてきた。
「はい」と答え、私はそこで着席し詳細を伝えようと思った。
ほんの少しの間があり、着席を促されないので、自ら席に手をかけようとするかしないかぐらいのところで、同じその女性職員に「どういった事ですか?」と聞かれる。
着席を促されないことに少し違和感を持ちつつも、「あ、その、生活に不安があったり、えと、こころの…精神面での」ぐらいのとこで食い気味に「あぁ、精神支援については保健福祉センターが担当なんでそっち行ってください。」と案内書を片手で差し出し言われた。
相談の緊急性は低かったが、気乗りしない中わざわざ出向いたのにという気持ちになり「いや、その精神福祉としての相談になるのか、生活支援の相談なるのかもわからな」と、また言い切らないぐらいで「生活保護の相談でしたらー」とまた、おそらく自分の担当ではないであろうところに誘導してくる。
(人の話を最後まで聞いたらどうなんだ?)と内心思いつつ
「あー、いや、そうですね、そういった話も含めて総合的に相談をしたいので、社会福祉士さんみたいな専門の方はいますか…?」と尋ねると
(社会… 福祉士…?)と疑問のあるような顔しつつ「確認しますのでお待ちください。」とラックを挟んで反対側の席の人に確認をしている様子。ちなみに待たせている状況でも着席は促されず。
確認を終え先程の冊子をもったまま「あのぉ…やはり、精神の話についてのご相談は保健福祉センターが担当となっておりましてー。」といいながら戻ってきた。
「あぁ…じゃぁ…もういいです。」とその場を後にした。
腹立たしさと、悔しさと、惨めさで、立ち去る背中に福祉課の「なんだったんだ?変な客(失笑)」という様な雰囲気すら感じた。
正常な精神で正常な判断ができる状態なら、「まぁ分業なのか。」と思い、そこから車で15分かかる保健福祉センターとやらにむかえるだろう。
しかし、福祉課に出向くような人は大体の人が正常な判断ができないだろう。
(調子がいい時に相談に行けばよいのでは?と言うような意見が聞こえてくるかもしれないが、調子がいい時は不安や相談事は自分の力で解決する事ができるので、相談に行こうという思考にならない。)
最終的には保健福祉センターに誘導するにしても、とりあえず話だけは聞いたらどうだろうか?精神支援案件なのか福祉支援関係なのかの切り分けもままならない状態で他部署案内をするのはどうなのか。
そもそも、"福祉"の看板を掲げておいて生活支援と精神支援の窓口が同じ建物にすらないというのは、政策として疑問を感じる。
人が人ならそのまま帰り道に自殺をはかるような人もいるのでは…?
と、いうか、希望して所属になっていないにしろ、仮にも"福祉"となのつく部署にいるのだから、せめて来訪者ぐらいには親身に丁寧に共感をもって接してもいいのではないだろうか?
また、そんな態度でも同等かそれ以上の給料を税金から支給されていると思うと、税金を支払っているのが馬鹿馬鹿しく思うし腹立たしい。
普段は、人運が悪かったな。と悪質接客に対してなにもモーションしないのだが、今回は納得がいかず、帰ってすぐ人事課にご意見を述べさせていただいた。
知人に話たら、担当した福祉課の女に文章で詫び状を送らせてもいいレベルの話だ。と当人である私よりも怒って言うので、改めて人事課に意見をうけとめた旨と詫びを文章にして送ってもらうよう要求した。本人の反省を知りたいから本人に書いてもらってくださいと伝えたが、あちらの都合で課長からの一筆で勘弁してくれというので応じた。
人事の電話を受けてくれた方は全く関係ないのに、嫌な思いをさせて申し訳ないと思う。
しかし、対応してきた女は、自分の手抜き仕事によって色んな人が嫌な気分になるのを理解することはないだろう。
そう言うことが理解できる人間ならば、はなからそんな対応にはならないと思うからだ。
できる事なら引っ越したいぐらいに腹がたったがそうもいかないので、これからも私の税金の一部はその無能女に払われていくのである。