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はてなキーワード: 独裁者とは

2026-05-03

独裁者高市早苗を許すな😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡😡

平和民主主義を守レ🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬🤬

anond:20260503021839

歴史物の暗君の振る舞いを高市がやっているからじゃないか

最大の貿易相手無意味に争い、

宗主国の前では道化師を演じる親米独裁者あるあるをして、

イラン戦争では法の支配という建前すらダブスタにしてしまったし。

これは暗君では?

2026-05-01

なんで自称リベラルって振る舞いが独裁者チックになるんだろうな

言ってることとやってることがまるで真逆やんけ

2026-04-30

anond:20260430135724

イラン独裁者を殺したんだからイラン国民はワイのこといい人って思うやろみたいなノリなんやろなあ

2026-04-28

肉屋応援する豚さんだから

どうして左翼って自民党独裁者かいうのに

民主集中制とかほざきながらトップの言うことに異を唱えることすら許さな共産党には何も言わないの?

anond:20260428155604

左翼っていうならずっと自民党与党やんけ

それは、独裁者政権とるとって話やろ

2026-04-22

anond:20260419185833

ロシア中国北朝鮮と違って

公共空間に集まって声を荒げ、権力者批判し、為政者を笑いものにできるか?」

それが、国際社会においてその国家民主主義健全に保たれているかどうかの証拠になるのだから

多数派デモを抑圧し、政府デモ制圧し始めたらその国は独裁国家への第一歩を踏み出したとみなされる。

そんなことに日本はなっていないので、いまは「独裁国家じゃなくて、よし。めちゃくちゃに民主主義!」という証拠

本当に一番わかりやすバロメーターかもしれん。

バカ選挙で騙されてと独裁者独裁政権を生みやすいと思っているなら本当にバカ

2026-04-21

Appleティム・クックという人は、前漢の蕭何のような人だと言えるだろう。

アップルティム・クックという人は、前漢の蕭何のような人だと言えるだろう。

そう書き出すと、いささか気取っているようにも聞こえるが、比喩としてはかなりしっくり来るものがある。

蕭何は、漢の高祖・劉邦を支えた「漢の三傑」の一人だが、韓信張良のような劇的な武功・奇策で名を残したタイプではない。

彼が担ったのは、むしろ地味で、しか国家の存亡に直結する「裏方」の仕事だった。兵站の整備、徴税戸籍管理郡県制運用、法や制度の整備――つまり、天下取りの「あと」で帝国を長持ちさせるための骨組みを作った人物である戦場で剣を振るうのではなく、紙と印と法律帝国を動かした、とでも言えばいいだろう。


ティム・クックもまた、その意味で徹底した「裏方」から出発した。彼はスティーブ・ジョブズのように新製品発表会カリスマ的なプレゼンテーション披露する「表舞台の王」ではなかった。

彼の本領は、サプライチェーン在庫管理製造最適化といった、プロダクトが「ちゃん世界中に届き、継続的に売れ続ける」ための仕組みを組み上げることにあった。ジョブズが「これは売れる」と確信した製品を、実際に何千万単位世界へ送り出せるかどうかは、クックのような男がいるかどうかにかかっていた。

蕭何が劉邦の天下を「制度」で支えたように、クックはジョブズAppleを「オペレーション」で支えた。

蕭何は劉邦戦場に出ているあいだ、後方の長安を守り、兵糧と人員を切らさぬよう気を配った。クックもまた、ジョブズが新しい製品のコンセプトや体験を語っているその裏で、部品調達から工場ライン物流販売戦略に至るまでを見直し、徹底的に磨き上げていった。

カリスマの輝きはどうしても「表」に集中するが、その光が帝国全体に行き渡るかどうかは、こうした裏方の腕次第である


では、そんな「蕭何的」な人物を、なぜジョブズ自分後継者として指名したのか。

ここにこそ、ジョブズ人物眼の鋭さがあるように思える。


ジョブズには、しばしば独裁者めいたイメージがつきまとう。猛烈な完璧主義者で、容赦のないフィードバック飛ばし、気に入らなければ平気でひっくり返す男。

その一方で、彼は自分にないものを持っている人間を見抜き、その能力を最大限に活かす配置をする才能があった。自分一人のカリスマ永遠に会社を引っ張れるとは(表向きどう言おうと)本気では思っていなかったはずだ。

からこそ、彼は「ジョブズらしさ」を継いでくれそうなミニジョブズを探すのではなく、「ジョブズがいなくなったあとも会社を回し続け、さらに強くしてくれそうな人」を探したのだろう。


もしジョブズにこう問うことができたなら――

「なぜ、より“クリエイティブ”なタイプではなく、オペレーション出身のクックを選んだのか」と。

彼は、おそらくこう答えるのではないか。「帝国を守るには、武将ではなく宰相がいる」と。

自分がやったのは、プロダクトと体験世界を驚かせる「天下取り」だ。だが天下を取ったあとの帝国運営は、別種の才能を要する。

現代の蕭何のような男をトップに据えれば、自分が立て直したAppleを守り、さらに成長させてくれる――そう読んだのだと考えると、ジョブズの人を見る目の確かさが、妙にしっくりと胸に落ちてくる。

そして、ここから面白いところだ。

ジョブズが見込んだ「現代の蕭何」は、ただ期待に応えただけでなく、その期待をはるかに超えてしまった。

Appleはクックの時代に、サービス事業を強化し、ヘルスケアサブスクリプションへと手を広げ、売上も時価総額も、ジョブズ存命時には想像しづらかった規模へと膨らんでいった。

蕭何が漢帝国の骨組みを整えたように、クックはApple事業構造のものを「帝国仕様」に作り替えていったのである

その結果として、今、きっと天国ジョブズはこう思っているに違いない。

――あいつは本当によくやってくれた。

自分がこだわり抜いて復活させたAppleを、ここまで巨大で、しか収益性の高い企業に育て上げてくれたのだから、「ティム、お前は本当にすごい」と素直に称賛しているだろう。

少なくとも「後継者選びは間違っていなかった」と、ほっと胸をなでおろしている姿は容易に想像できる。

…ただ、その一方で、ジョブズは少し苦笑いを浮かべているかもしれない。

「え? お前、15年もCEO続けたの!?」と。

ジョブズの頭の中にあったであろうシナリオは、もっと短期のものだった気がする。

ティムには、立て直したApple軌道に乗せ、次の世代にうまくバトンタッチしてもらう」――せいぜいそんなイメージだったのではないか

「まあ、7年くらいかな。どんなに長くても10年は行かないだろう」と、コーヒーを飲みながらさらっと言っていそうである

経営の安定と次世代育成、そこまでやってくれれば十分。あとはまた、新しい時代の新しいリーダーが出てくるさ、と。

ところがフタを開けてみれば、ティム・クック淡々と、しかし着実に役割をこなしていく。

株主市場も、従業員顧客も、「このままでいい」と言い続けた結果、気づけば在任期間は15年の大台に乗ってしまった。

「いや、ティムちょっと待て。俺、そんなに長く頼んだ覚えは…」

天国ジョブズの半分あきれ顔でそうぼやきながらも、どこか誇らしげな様子が目に浮かぶ

2026-04-19

デモ選挙より重要

ロシアだって中国だって北朝鮮だって選挙はやってるからな。

ナチ党ヒトラーの例に限らず、選挙という仕組みはどうやっても不完全で独裁者独裁政権を生みやすい。

選挙だけやっていれば民主主義が保たれるなんてのはまともに歴史を学んだことの無いバカ戯言

では、国が民主主義から逸脱し独裁政権と傾き始めているかをどうやって測るか?

その一番わかりやすバロメーターデモ

多数派デモを抑圧し、政府デモ制圧し始めたらその国は独裁国家への第一歩を踏み出したとみなされる。

からデモ重要なんだよ。

公共空間に集まって声を荒げ、権力者批判し、為政者を笑いものにできるか?」それが、国際社会においてその国家民主主義健全に保たれているかどうかの証拠になるのだから

2026-04-12

狂死郎2030 全20巻 一気読みする。

人間欲望とは何なのか?を描いた漫画

登場人物たちの多くは欲望に突き動かされて行動し、結果悲惨な結末を迎える。

またエログロ狂言回しのように出てくるので、そういった展開ばかりが続く本作を、短時間読破すると流石に頭が重くなる。

何かとネットミームに登場することが多いし、連載中にところどころつまみ読みした話数などで面白さは理解しており、いつかは読破したいと思っていた作品だったがようやく願望を叶えることが出来た。

博士タイムマシン伏線は流石に作品世界観の中で突拍子感が過ぎたのか活かされることはなかった。

王道的展開としては、主人公過去に戻って独裁者になったのでは?という疑念を読者に抱かせる方法論などもあったろうが)

(あるいは単に二人がエスケープする先として時代が異なる場所へと向かうなどというラストもあり得た)

その他、何かと未消化感を抱かないわけではないが、二人が出会うまでを描くのがこの物語の本筋であるという作者の考えや、では最終回を迎えさせないためにイタズラに母をたずねて三千里のようなことをするのも違う、というのも同感だ。

ただ、いつか作者は、続きを書いてくれるんじゃないか?と期待してしまうのもまた本音だ。

2026-04-11

ポピュリズム戦争ニュータイプ 富野監督ガンダムにこめた思い 2025年11月11日 10時00分 聞き手武田啓亮

 「戦場リアリズムを描いた」――。富野由悠季監督(84)が手がけたアニメ機動戦士ガンダム」がテレビ放映されてから46年。これまで70以上のシリーズ作品が生み出され、その原典として今なお、愛され続けています戦争体験から遠ざかった世代が大多数となった戦後80年、アニメなどフィクションを通して描かれる戦争はどう変わったのか。視聴者意識は。〝最初ガンダム〟にこめた思いとともに、語りました。

 ――今年も、最新作「機動戦士ガンダム ジークアクス」が大きな話題を呼びました。富野さん以外が監督したものも含め、映像化されたものだけで70作品以上になります時代ごとの新しいガンダムシリーズから入ったファンが、1979年放送の初代ガンダムを見るという流れができています

 

 本当に嫌な言い方なのですが、僕以降のガンダム作品は一切見ていません。作り手が違えば、他人が口をはさむのはよくないからです。ガンダムという作品商品になってしまい、作家立場からは何も言えなくなったのです。

 

 ちょっと違うなと思う作品もあるし、逆に、ああ僕には作れないよねと思った作品もある。だからガンダム人気を支えてくれるための新作というのは認めるんだけれども、元の作品とは一緒にしてもらっちゃ困るというプライドもあります

 

 ガンダムは発表当時、人気がなくって、めちゃめちゃにへこんだ時期もあります。それが今、こうして親しまれているのはうれしいものです。

 

 昔は「子どものもの」「絵空事」でしかなかったアニメという媒体を、考える材料として見てくれているというのは、うれしいですよ。だけど、困ったこともある。40年、50年経って、ガンダムというタイトルは残っても、原作者名前というのは消えていくのも宿命なのです。そういう歴史的なところに足を踏み込んでしまった、というのはちょっと寂しいなとも思います

 

 ――ガンダムで描かれた戦争描写には、どんな思いを込めましたか

 

 ものすごく簡単です。子どもたちに、戦闘行為というのは乱暴行為からやってはいけませんよっていうことを分からせるということしかないですね。

 

 ただ、当時の観客がそれを理解しているかと言ったら、ほとんど理解していないんです。それはもう仕方ないことで、理解してもらうのに20年、30年、かかるんだという覚悟はしていました。


独裁者をどう止められるのか

 

 ――長年のガンダムファンの一人として、かつては「ジオンにもジオン正義がある」という捉え方が少なくなかったように思います。今、SNSなどを見ると、ジオン公国の独裁や大量殺戮(さつりく)に対して、批判的な見方が増えているように感じます

 

 僕の立場としては、良かったなと思っています視聴者の年齢が上がってきて、みんなが勉強してきたんですよ。だってガンダムなんて46年前の話ですよ。かつてのアニメファンが成長して、大人になっていく中での理解が広まっていったのだと思います

 

 むしろ、僕が今、困ったなと思っているのは、実際問題として想像したときギレン・ザビジオン公国総帥)のような独裁者をどうすれば止められるのか、ということ。

 

 作中ではザビ家内権力闘争の結果、妹(キシリア)の手によってギレンが殺され、独裁体制崩壊しましたが、現実はそう簡単はいっていないでしょう?

 

 暴力によらない、政治的手段独裁者を止めるにはどうすればいいか。その難しさを考えさせられているのが、ガンダム真骨頂なのです。

 

 

  ――作中で描かれるジオンの設定を見ると、ドイツなど第2次世界大戦枢軸国イメージが重なります。設定の意図は?

 

 明確に敵というのは分かりやすく作らなければいけないのですから、皆さんが知っている独裁体制を利用しただけです。

 

 増えすぎた人口を移したスペースコロニーの中で、独裁国家を作る。自分たちは「棄民である地球には帰れないらしいという境遇になれば、やはり「反地球」の行動を起こすだろうという設定は見事にできたと思っています

 

 そうしてフィクションを描いたつもりが、20、30年もしないうちに、次の独裁者誕生現実になってしまいました。

 

 ロシアアメリカの現状や、中南米アフリカ中東各国の事例を見ても、今の国際政治は、アニメ以下でしょう。このまま、行き着く先まで問題のある政治家たちを是認していったらどうなるのか。

 

 独裁者のような人間大国を動かしている21世紀って、すごく変な時代でしょう。まさにポピュリズムが生み出したものだろうと思っています

  

 

 

 ――今の世界情勢と、かつての大戦前夜を重ねてみる人もいるようです。

 

 80年前を振り返った時に、ナチスヒトラーという人も選挙で選ばれたんだという事はよく知るべきです。政治哲学者で思想家ハンナ・アーレントは著書「全体主義の起源」で、一般大衆のことを「群衆」「モッブ」と呼んでいます独裁というのは、独裁者が1人で起こすわけではないのです。まず、独裁者を生み出す群衆がいて、その上に立って旗振り役ができるやつがトップに立つ。

 

 日本場合真珠湾攻撃で開戦したとき著名人を含めて、かなりの人が「これで気が晴れた」みたいな言い方をしている。勢いにのって、国民までもが軍国主義化していた。僕は、これは新興宗教と同じだと思っています

 

 ――朝日新聞を始め当時の新聞も、婦人会在郷軍人会などの不買運動に屈して、筆を曲げてしまった。そして、戦争を賛美する論調になった新聞はよく売れ、新聞軍部と一体化してしまったという負の歴史があります

 

 軍だけでなく、コモンセンスとしてものをしゃべることができるメディアでなくなったのです。昭和16(1941)年の段階で、すでにそうではなくなっていましたよね。一番汚いと思ったのは全滅を「玉砕」と言い換えるような、負け戦だと思わせない言葉かいですね。戦艦大和を沈められても「世界最大の戦艦だった」と誇るような言葉かいは、戦後もずーっと残っているのです。

 

 

軍事技術者だった父

 ――富野さんは終戦時3歳。父親軍事技術者だったそうですね。

 

 化学技師でした。戦闘機の与圧服の開発などもしたみたいですが、一番は、ゴムを使った雨がっぱみたいなものを作らされていた。風船爆弾気球を作る仕事もやらされていたようです。

 

 父が戦後、何度か僕に言った言葉があります。国に裏切られた、と。あの戦争にもどこかで光明があるんじゃないかと思っていたらしい。きっと日本は勝つ、とすり込まれていたんですね。

 

 働いていた神奈川県小田原市工場の近くにも焼夷(しょうい)弾が落ちたことがあったのに、なんで日本が勝てると思ったんだろうか。不思議しょうがないんだけど、その時代日本を考えると、父が特別軽率だったとは思えないですね。

 

 戦争を「かっこいい」と思ってしまうのは

 

 ――戦争のものへの忌避感は持ちながらも、兵器アニメ戦闘描写をかっこいいと感じるという人は少なくないと思います私自身もそうです。この矛盾について考えていました。

 

 矛盾しているとは思いませんし、おかしいことでもないですね。

 

 民衆支援で軍は成立しているんです。軍装の兵士が正しく起立している姿を見るとかっこいいじゃないですか。「死に装束」なのにかっこいい。戦死という悲劇すら美しく見せるためには、戦死者に対しては、礼を尽くさなければならない。「兵隊さんたちありがとう」と思わせる、そしていざとなった時に民衆が戦力になっていく構造は、有史以前からあったんですよね。

 

 ガンダムでは、地球降下作戦を指揮したジオン軍のガルマ・ザビ戦死を、ギレンが国威発揚に利用するという描写を入れました。だから僕には痛切に分かることなんだけれども、平和時の一般国民にはなかなか通じません。どうしてか。「アニメの話でしょう?」。それでおしまいなんですが、この感覚もまた当然のことだと思っています平和なら、ね。

  

 

 ――戦後80年が経ち、「はだしのゲン」など、実際の戦争被害を題材にした作品描写が「残酷だ」と敬遠されることが増えていますガンダムシリーズなどのフィクション作品でも「人が死ぬ描写が重い」と感じる人も多いようです。

 

 ガンダムでは戦場リアリズムを描きましたから、当然の感想だと思います

 

 作り手である自身も、敵だろうが味方だろうが、人が死ぬカットを作るのはものすごくつらいのです。絵空事からって、笑っていられない。登場人物が命を落とす場面では、担当する声優の顔が見えるんです。

 

 今のバトル漫画なんかを見ていると、リアリズムでは戦闘していないですよね。死ぬ寸前までいっても絶対死なないような。そういうものを見慣れている世代にとっては、リアル戦争を描いた作品を見る気にはならないのでしょうね。

 

 ――戦争を知る世代がいなくなったとき映像作品で今までと同じような戦争の描き方はできると思いますか。

 

 架空戦争としての物語はあるでしょう。でも、リアリズムで作るというきめの細かさを持った作品は出てこないでしょう。戦っているらしくしているだけで、それは戦争ではありません。

 

 エンターテインメントでなければ客を呼べないと考えたときリアリズムを持って問いかけることは難しいだろうし、そういう視点を持った映画人がどれだけいるだろうかと。現に、飛んでくる弾丸ミサイルをかわすといった、シューティングゲームアクション映画のような作品になっているでしょ?

 

 

 

 

ニュータイプとは何か」今も

 ――ガンダムでは、優れた洞察力を持つ人類を指す「ニュータイプ」という概念提示し、人が分かり合えるかもしれないという希望も描かれました。ファンの間では今でも、「ニュータイプとは何なのか」という話題で盛り上がります

 

 僕自身、ずっと考え続けています

 

 ニュータイプは、ガンダム物語をきれいにまとめるための「方便」だったけれど、僕が一番困ったのは、ニュータイプになるための方法を、子どもたちにきちんと示すことができなかったこと。その意味では、敗北感がとても強い。それはまだ続いています

 

 新しいガンダムを作る気がまだあるかといえば、それは、ある。これだけ気にいらないガンダムがいっぱいあるんだから(笑)

 

 世界中の人間が一気にニュータイプになるかもしれないという楽しい作品が作れたらいいなと思っているけれど、それはアニメの中で考えるしかないことです。そう簡単に作れるとも思えない。やっぱり、アニメは難しいよ。

 

 

 

 https://digital.asahi.com/articles/ASTBR2C33TBRPITB00JM.html

2026-04-09

anond:20260409183750

独裁者がいいってこと?

演じた役柄じゃなくてチャールズ・チャップリンその人そのもののことを言っているなら俺は彼の政治的手腕を知らないか説明してくれないか

2026-04-08

『猫のゆりかご』は、

👉 猫のゆりかご(原題 Cat’s Cradle)で、

👉 カート・ヴォネガット代表作のひとつです。

どんな話?

ざっくりいうと:

👉「世界簡単に終わらせてしま物質」と、それを巡る人間バカさを描いた物語

主人公は「原爆の父」を調べている作家

• その過程で「アイスナイン」という危険すぎる物質に関わる

宗教科学政治がぐちゃぐちゃに絡み合っていく

テーマ(ここが重要

この作品キモストーリーよりも👇

人間の愚かさ

科学無責任

宗教ボコノン教)の皮肉

• 「意味なんてないのに人は意味を求める」

みたいな、かなりブラック風刺です。

タイトル意味

「猫のゆりかご(Cat’s Cradle)」は、糸で作る遊びのことなんですが、

👉実際には猫もいないし、ゆりかごでもない

👉なのに人は「意味がある形」だと思い込む

人間勝手意味を作り出すことの象徴

になっています

———

『猫のゆりかご』の文脈での “smart aleck” は、ただの「生意気なやつ」より少し深いニュアンスになります

■ この作品での意味合い

この小説では、

👉 皮肉っぽくて、何でも分かったように語る人間

👉 世界を冷めた目で見て、ひねくれたことを言うやつ

というニュアンスが強いです。

■ なぜそうなるのか

作者の カート・ヴォネガット は、

人間の愚かさ

科学無責任

• 「意味なんてないのに分かった気になる態度」

を強く皮肉っています

なので “smart aleck” は👇

👉「わかった気になってるけど、結局は浅い人間

👉「皮肉ばかりで本質は何も変えられないやつ」

みたいな、ちょっと哲学的批判にもなっています

キャラ的に当てはまるタイプ

この作品だと例えば:

• 冷めた視点で語る人物

皮肉ジョークごまかす人物

世界不条理を“分かった風”に扱う人

に当てはまります

一言でいうと

普通の訳

👉「知ったか生意気なやつ」

この作品でのニュアンス

👉「分かった気になって皮肉を言うだけの人間

この小説って、実は読者自身にも

👉「お前もsmart aleckじゃないの?」

って突きつけてくる感じがあるんですよ。

——

では、『猫のゆりかご』の登場人物ごとに、“smart aleck” 的な言動性格を整理して解説します。

1. ジョン(語り手)

• 特徴:作家ナレーター皮肉屋で、世界人間の愚かさを冷めた目で語る。

• “smart aleck” な点:

• 「人間は愚かで無意味なことばかりしている」と分かった気でコメント

• 読者に向かって皮肉を飛ばす場面が多く、知ったかぶりの口調。

• 例:ホーニッカーの科学者としての行動を観察しながら、「この愚か者たちめ」と語る場面。

2. フェリックス・ホーニッカー

• 特徴:原爆開発に関わった天才科学者。無責任自己中心的

• “smart aleck” な点:

自分科学知識絶対の自信を持ち、他人意見を全く聞かない。

• 「自分世界理解している」と思い込み危険アイスナインを作る。

ポイント知識はあるが、倫理責任感が欠けており、まさに「知ったかぶりで危険な人」。

3. ニュート(ホーニッカーの子ども)

• 特徴:小柄で芸術家気質。観察力があり皮肉屋。

• “smart aleck” な点:

• 冷静で分かっている風に振る舞う

他者の愚かさを小さな皮肉あざ笑う場面がある。

ポイント:表面的にはおとなしいが、ジョーク皮肉で賢ぶる典型的smart aleck”。

4. ボコノン

• 特徴:架空宗教ボコノン教」の創始者人生不条理を説く。

• “smart aleck” な点:

宗教的な教えで、人生意味を分かった風に語る。

しかし、その言葉真実というより、皮肉ユーモアが混ざった哲学

ポイント世界本質理解しているように見えるが、実際は読者に皮肉を伝える装置

5. フランク・ホーニッカー & アンジェラ・ホーニッカー

• 特徴:子どもたち。権力利己的な行動に走る。

• “smart aleck” な点:

フランク:ずる賢く、自分利益のために理屈を振り回す。

アンジェラ理屈っぽく家族や状況をコントロールしようとする。

ポイント:分かっている風に振る舞うが、結局は自己中心的で浅い判断しかできない。

■ まとめ

『猫のゆりかご』では、“smart aleck” は単なる生意気キャラではなく:

• 分かった気で世界を語る

皮肉理屈自分の優位を示す

• でも実際は無力か愚かさに巻き込まれ

というタイプ人物を指します。

物語全体の皮肉ブラックユーモア象徴として機能しているのです。

——

『猫のゆりかご』のあらすじを、流れが分かるようにシンプルにまとめます

作者は カート・ヴォネガット です。

あらすじ(ざっくり)

物語は、作家である主人公ジョンが

👉「原爆の父」と呼ばれる科学

👉 フェリックス・ホーニッカー

について本を書くために調査を始めるところからまります

調査でわかってくること

ホーニッカーは天才だけど、

人間社会にまったく無関心

• 遊び感覚危険研究をする

というかなりヤバい人物でした。

そして彼は、水を一瞬で凍らせてしまう恐ろしい物質

👉 「アイスナイン

を作っていたことがわかります

子どもたちと“危険遺産

ホーニッカーの死後、

フランク

アンジェラ

• ニュート

の3人の子どもが、その「アイスナイン」をそれぞれ持ってしまっています

👉つまり世界を終わらせる力」がバラバラ存在している状態

舞台は謎の国へ

主人公調査の途中で、カリブ海小国

👉サン・ロレンゾ

に行くことになります

そこでは:

独裁者支配

• 表向きは禁止されている宗教

👉 ボコノン教

が人々の心の支えになっている

という奇妙な社会が広がっています

■ そして起きる最悪の出来事

あるきっかけで「アイスナイン」が使われてしまい、

👉水が次々と凍り始める

👉地球規模の大災害に発展

結果的に、

👉世界はほぼ終わってしま

というとんでもない展開になります

ラストニュアンス

生き残った人々は、

無意味世界

崩壊した文明

の中で、どう生きるかを考えることになります

■ この作品本質

これは単なる終末SFではなくて👇

科学は本当に正しいのか?

人間責任を持てるのか?

宗教意味って結局なんなのか?

という強烈な皮肉ブラックユーモア)の小説です。

リベラル反省しろって言うけどさ

トランプメディケイドをカットして貧乏から医療を取り上げる方針なのは初めから明言してたし、議事堂占拠肯定するような暴力的支配を辞さな人間なのもわかってたし、プーチンとかと親しい独裁者的なパーソナリティなこともわかってたし、発言支離滅裂なこともわかってたし、レイプ疑惑があることもわかってたわけじゃん。

それに対して、ハリスイスラエル批判ができなかったこと(これは確かに問題だが)や、応援会にビヨンセとか呼んで庶民感覚とズレていることが槍玉に上がってたんだぜ。

この小さな罪でトランプの方が良いとされる風潮のなかで、リベラルが勝てるわけなくない?ビヨンセ呼ぶより国民保険カットしたり議事堂占拠肯定したりする方が罪が軽いんだぞ?どうしたらええねん。

でもDEIがーとか言うかもしれんけど、そこで右によると現支持者は一気に離れるぞ。

2026-04-06

anond:20260406030303

それな

アラブの春以前のイスラエル周辺諸国独裁者ガッチリ握ってたしイランもそうだった

イスラーム民主化以降は周辺国が軒並み反イスラエル転向して、それを背景に支持を拡大したネタニヤフが大暴走して現在の狂犬ムーブに発展しただけで、

昔はイランイスラエルはそこまでだった。むしろイラクサウジトルコとの軋轢の方が重大事項だった

アメリカはとにかく戦争できる相手を探してるだけで、とはいえイラン大国から躊躇ってたところを、トランプ軍部を「粛清したことで発動しちゃった感じ

パウエルとかシンセキがいた時代なら絶対こんなことになってない。もう誰もトランプ皇帝を止められない

2026-04-04

ヤバいのはトランプじゃなくて、トランプのあとに出てくる人なんだよな。

古代ローマを例にして説明してみる。

1. ローマの「共和国」ってそもそも何だったのか

まず、ざっくり舞台説明から

ローマ最初から皇帝がいたわけではない。

・長いあいだ、「共和国」という仕組みで動いていた。

共和国というのは、王様を置かず、いくつもの政治機関権力を分け合う仕組みだ。

イメージとしては、「大統領首相もいなくて、議会といろんな役職で分担している国」くらいで考えてもらえばいい。

ローマでは、主にこんなプレイヤーがいた。

ポイントは、「権力は分けておくから、誰か1人が王様みたいにならないようにしようぜ」という思想だ。

まりローマの人たちは「王様はもうコリゴリ」という前提からスタートしている。

2. でも、格差と不満がたまり始める

ところが、時間が経つにつれて、問題が積み上がっていく。

戦争領土が増え、エリート層(貴族・大地主)がどんどん豊かになる。
一方で、兵役に駆り出される一般市民や小さな農民は、家を空けている間に生活悪化する。
戦争から戻ったら借金まみれ、土地も失っている、というケースが増えていく。

まり、「国としては勝ってるけど、庶民的には全然勝ってない」という状態が長く続く。

この不満が、ゆっくりと爆発のタネになっていく。

そこに登場するのが、「グラックス兄弟」という改革派政治家たちだ。

3. グラックス兄弟と、最初の「壊し屋」の登場

彼らはざっくり言うと、「富の偏りをなんとかしたい」と考えた人たちだ。

地主が独占している土地を、上限を決めて取り上げ、貧しい市民に再分配しようとした。
まり、「エリートたちが持ちすぎてるものを削って、下に回そう」という政策を打ち出した。

当然、エリートたち=元老院多数派は猛反発する。

そして、彼らはグラックス兄弟政治的・暴力的に潰してしまう(暗殺暴動の形で消されていく)。

ここで重要なのは、「政治対立が、議論投票ではなく、物理的な排除に踏み込んだ」という点だ。

これによって、

「気に入らない政治家は、議会ではなく暴力で消す」という前例ができてしまう。
そして、「エリート vs 民衆」という分断が、はっきりとした溝として認識されるようになる。

この時点で、ローマ共和国はすでに「ひびの入ったグラス」になっている。

見た目はまだグラスだけれど、一度ついたヒビは、後から圧力いくらでも大きくなる。

4. マリウス兵士の「心の紐付け先」を変えた人

次の大きなターニングポイントは、「軍隊ルール」が変わったことだ。

もともとのローマ軍は、

自分土地を持つ市民兵士になる
彼らは、市民であると同時に兵士であり、「国家」そのものを守る感覚を持つ

という仕組みだった。

しかし、貧困格差が広がると、「土地を持たない人」が増えていく。

そこで出てくるのが、将軍ガイウスマリウス

彼はこういう発想をする。

土地持ちだけじゃ兵が足りない。土地のない貧しい人たちも、兵士として募集しよう」
「その代わり、戦争で得た戦利品土地を、俺が彼らに分けてやる」

これによって、兵士たちの「忠誠の向き」が変化する。

以前:ローマという国家共和国という制度
以後:自分採用してくれてメシを食わせてくれる、特定将軍マリウス本人など)

これは、「軍隊私物化」の種になる。

今までは国家のものだった軍事力が、「特定個人に忠誠を誓う集団」に変わり始める。

ここで生まれるのは、「強いカリスマ軍隊を握れば、その人は国そのものを動かせてしまう」という可能性だ。

まだ帝政ではないが、「帝政可能にする設計変更」が静かに行われた瞬間と言える。

5. スッラ禁じ手を「前例」にしてしまった人

続いて登場するのが、ルキウス・スッラという将軍だ。

彼はマリウス対立する立場にいて、政治的にも軍事的にも激しく争う。

スッラがやった、決定的にヤバいことは何か。

一言でいうと、「自分軍隊を連れてローマ市内になだれ込んだ」ことである

これは、それまでのローマ常識からすると完全な禁じ手だった。

軍隊は外敵と戦うためのものであって、首都に持ち込んではいけない。
それをやるということは、「国の外」ではなく、「自分政敵」を軍隊ねじ伏せる、という宣言になる。

スッラはまさにそれをやった。

その結果、

自分政敵追放したり殺したりし
自分に都合のいいように制度を変えようとした

このときローマは、形式上はまだ「共和国」だ。

憲法機関も、名前としては残っている。

しかし、「軍事力を背景にした個人独裁」は、一度実物として実行されてしまった。

重要なのはスッラ成功してしまたことだ。

その後どうなろうと、

軍隊を率いて首都に入れば、政敵排除して権力を握れる」
「やってはいけない」とされていたことが、「やっても一応は通ることがある」と証明されてしまった

という事実だけは消えない。

禁じ手が「検証済み戦術」になった瞬間である

6. ここまでが、「カエサルの前の下準備」

まとめると、カエサルが登場する前の時点で、すでにローマには、こんな「地ならし」が済んでいた。

格差と不満が拡大し、「エリート vs 民衆」の対立構図が固定されていた。
政治家同士の争いが、暴力暗殺を含む「物理排除」を伴うようになっていた。
軍隊国家ではなく、特定将軍に忠誠を誓うような仕組みに変更されていた。
将軍軍隊を連れて首都に入り、政治力ずくで乗っ取るという禁じ手が、一度実際に成功していた。

まりシステムとしてのローマ共和国は、見た目だけ残して中身がかなり壊れていた。

あとは、「それをうまく利用して、自分権力安定的に築ける人」が現れるのを待っている状態だったと言える。

ここでやっと、カエサルが登場する。

7. カエサル:壊れたシステムを「使いこなした人」

カエサルはよく「共和政をぶっ壊した独裁者」として語られる。

でも、彼がやったことのかなりの部分は、「すでに誰かがやってしまたことの、もっと洗練されたバージョン」だった。

マリウススッラ世代を見て、軍隊民衆の動かし方を学んでいる。
ポピュリズム大衆迎合)」的な手法で人気を集める技術も、前の世代から積み上がっている。
スッラがやったように、軍を率いてローマに戻り、政敵対峙することが「完全な空想」ではなく、既に前例として頭に入っている。

カエサルは、この「壊れた共和国」の隙間を、天才的な政治感覚で走り抜けた人物だ。

そして、彼が最後に「終身独裁官」という立場を手に入れたとき、人々の多くは、もはやそれを完全に想像の外の出来事だとは思えなくなっていた。

しろ、「ここまでいろいろ壊れたなら、強いリーダーが出てきてまとめてもらうしかないのでは」と感じていた人も少なくなかった。

問題は、カエサル暗殺されてしまたことだ。

彼は、自分の作り出した権力構造を、長期的に安定させるところまでは到達できなかった。

8. アウグストゥス:前任者たちの失敗から「完成形」を作った人

そして、カエサルのあとに登場するのが、彼の養子アウグストゥスオクタウィアヌス)だ。

この人こそ、「ヤバいのはそのあとに出てくる人」の典型だと言える。

アウグストゥスは、

グラックス兄弟のように、正面からエリート喧嘩を売りすぎると潰される
マリウスのように、無制限民衆の期待を煽ると、コントロールできなくなる
スッラのように、露骨恐怖政治復讐に走ると、反発が強まり、長く続かない
カエサルのように、あまりに「王様感」を出すと、暗殺される

という、「やりすぎライン」を熟知していた。

から彼は、「皇帝です」とは名乗らない。

形式上は、共和国制度を残し、自分は「第一人者」「一番尊敬される市民」というポーズを取り続ける。

しかし裏では、

軍事指揮権自分の手に集中させる
財政役人の人事を握って、実務のコントロール自分に集める
反対勢力を少しずつ弱体化させ、あからさま過ぎない形で排除する

ということを長い時間をかけて行い、結果として「帝政ローマ」を完成させる。

こうして、ローマは見た目は「昔のままの共和国っぽい」殻をかぶったまま、中身だけ完全に帝国へと変わっていった。

グラスは元の形をしているけれど、中身の液体は完全に別物になってしまったわけだ。

9. ここから見える、「トランプのあとに出てくる人」の怖さ

このローマの話を、現代アメリカ政治――とくにトランプ現象――に重ねてみると、かなり不気味な共通点が見えてくる。

グラックス兄弟的な「格差政治不信の爆発」は、すでに長い時間をかけて進行してきた。

産業構造の変化、地方疲弊エリートへの不信、など)

マリウス的な「構造変化」は、たとえば

 メディア環境の変化(テレビからインターネットSNSへ)

 政党より個人ブランドに忠誠を誓う支持層の登場

 みたいなかたちで起きていると考えられる。

スッラ的な「禁じ手の実行」は、

 選挙制度民主主義の前提を、あからさまに疑う発言や行動

 暴力圧力を、直接的・間接的に政治の道具にしてしま行為

 などとして、すでに何度か「実例」が示されてしまっている。

その上で、トランプという人物は、「それまでのタブーをかなり壊してしまった人」として位置づけられる。

しかし同時に、彼自身は、

衝動的で、場当たり的な部分も大きく
長期的な制度設計や、緻密な支配の構築という意味では、決して完璧ではない

という、ある種「粗削りな破壊者」でもある。

からこそ、「彼がすべてを決定的に作り変えてしまった」というよりは、

「ここまでやっても、こういう反応が返ってくるのか」という実験データ世界に公開してしまった人、とも言える。

問題は、そのデータを見ている「次の人」だ。

どの表現は支持者にウケて、どの発言は本当に致命的なラインを越えるのか。
どこまで制度を揺さぶっても、ぎりぎりで許されるのか。
どんなポジショントークをすれば、「エリートへの怒り」を自分の支持に変えられるのか。

そうしたことを、冷静に学習し、かつ倫理的ブレーキが薄く、しかも知性と戦略性を備えた人物が登場したとき、状況は一気にローマの「アウグストゥス期」に近づいてしまう。

…というところだ。

10. 「完成させる人」は、むしろ安心感をくれる?

ここで一番怖いのは、「アウグストゥス型」の人物は、むしろ多くの人にとって安心できるリーダーに見える、という点だ。

カエサルトランプのようなタイプは、乱暴で、スキャンダルまみれで、敵も味方も疲れさせる。

だが、彼らの後に出てくる人は、もっと静かで、もっと穏やかで、「常識人」に見える可能性が高い。

その人はおそらく、こう言うだろう。

「もう対立や混乱はたくさんだ。私たちには安定が必要だ」
制度の不備は、現実に合わせて調整しないと立ちゆかない」
「皆さんの安全繁栄を守るために、必要権限を、一時的に私に預けてほしい」

ここで重要なのは、「一時的に」という言葉が、どこまで本気か、ということだ。

ローマでも、アウグストゥス最初から永遠皇帝」を名乗ったわけではない。

あくまで「共和政の再建」「秩序回復のための特別役割」として権限を集め、その状態を少しずつ「常態」にしていった。

人々のほうも、疲れ切っている。

長い対立と混乱を経験し、もうこれ以上の不安定さには耐えられないと感じている。

から、「ちょっとくらい強い権限を持つ人が出てきても仕方ない」と、自分たちを説得し始める。

こうして、「主権を手放すプロセス」は、暴力ではなく、安堵と引き換えに進行していく。

11. 「ヤバい」の正体は、“慣れ”と“疲労

ここまでのローマ史と現代政治を重ねると、「本当にヤバいもの」の正体が見えてくる。

それは、

ある一人の独裁者のカリスマ

ではなく、

社会全体の「異常への慣れ」と「混乱への疲労

だ。

最初はみんな、「そんなことはありえない」「それは民主主義否定だ」と拒否する。

けれど、何度もタブーが破られ、何度もスキャンダルが起き、何度も「これは前代未聞だ」と叫んでいるうちに、その「前代未聞」が日常BGMになっていく。

そしてある段階で、人々はこう考え始める。

「もう何が正常か、よくわからない」
完璧民主主義なんて幻想なんだから、多少の歪みは仕方ない」
「とにかく、今日明日が安定してくれればいい」

この心理状態こそが、「アウグストゥス型のリーダー」が最も入り込みやすい隙間だ。

彼(あるいは彼女)は、壊れた世界の中で、いちおう秩序と繁栄提供してくれる。

見た目の安定が続くかぎり、多くの人は「何かを根本から取り戻す」という発想を忘れていく。

ローマでいえば、「もう共和政時代に戻ろう」と本気で考える政治エリートは、世代を重ねるごとに少なくなっていった。

気がつけば、「皇帝のもとでの政治」があたりまえの前提になり、かつての共和国は「歴史の授業で覚える古い言葉」に変わってしまう。

12. なぜ「トランプその人」より「そのあと」が怖いのか

ここまでを踏まえて、「ヤバいのはトランプじゃなくて、トランプのあとに出てくる人なんだよな」という直感を言い換えると、こうなる。

トランプは、「このくらいまでは壊しても、社会は一応動き続ける」というラインを見せてしまった。
それによって、政治言論の“想定外”の範囲が、心理的に広がってしまった。
制度のほうも、一度大きく揺さぶられたことで、「緊急時例外」や「グレーゾーン」の運用が拡大した。

この「拡張された許容範囲」を、冷静に計算して使う人こそが、本当に危険な「次の人」だ。

トランプ本人は、敵も味方も巻き込みながら暴れ回る分、その危険性が視覚的・感覚にわかやすい。

「これはヤバい」と直感できるからこそ、反対運動組織されるし、メディアも警戒する。

しかし、「そのあとに出てくる人」は、もっと滑らかにもっと言葉巧みに、似たような力を使うだろう。

表情も穏やかで、スーツもよく似合い、言葉遣いも洗練されているかもしれない。

ただし、参照しているマニュアルは、トランプ時代に書かれた「ここまではやっても大丈夫だったリストなのだ

そのとき私たちローマ人と同じ問いに直面する。

「この安定を得るためなら、どこまで権力を集中させてよいのか?」
「一度渡した権限を、あとから本当に取り戻せるのか?」
「前よりマシ”という理由だけで、構造的な劣化を飲み込んでいないか?」

13. じゃあ、どうしたらいいのか(未完のままにしておく問い)

ここで、「だからこうすべきだ」ときれいに言い切るのは簡単だ。

市民ひとりひとりが政治に関心を持ち、権力監視し続けなければならない」とか、「メディアリテラシーを高めよう」とか、教科書的な結論はいくらでも書ける。

けれど正直に言えば、ローマの例を前にすると、人間社会がそこまで賢く振る舞えるのか、かなり心もとない。

疲れと慣れと、目の前の安定への欲求

それらは、どんな高尚な原則よりも、短期的には強い力を持つ。

から、このエッセイでは「答え」を出さないまま終わるのが筋だと思う。

ただ一つだけ言えるとすれば、

トランプ的な人物が現れたとき、その人だけを異常値として消費してしまう」のではなく、

「そのあとに出てくる、もっと静かで整った“次の人”を想像すること」自体が、最低限の予防線になる、ということだ。

古代ローマ物語は、もう二度と繰り返されない“昔話”ではなく、

権力社会出会とき、だいたいこういう順番で壊れていく」という、一種テンプレートとして読み直すべきなのかもしれない。

ヤバいのは、トランプじゃなくて、

トランプみたいな人が一度通過したあとの世界で、まともそうな顔をして現れる誰か」のほうなんだよな。

その誰かの名前を、まだ知らないうちに。

2026-04-03

理想ビジョンを持たずに変化だけを求めると、独裁者詐欺師が台頭することになるだけだから、やはり「社会はどのようにあるべきか」の議論を地道に積み重ねて、進むべき方向性に歩いていくしかないんだよね、というお気持ち

anond:20260403095316

この手の独裁者学術とか嫌いそうじゃん。学者学問の自由言論の自由を重視するわけで、独裁者との相性は最悪だ。

したがって、核開発をやろうとしても、学術の方からNOを突き付けられたり、もめたりして、なかなかうまくいかないと思う。

人種差別とかの右翼価値観共感し、且つ学術にも秀でている人で、さら自分を崇拝していうことを聞いてくれる人を探さないといけないわけで、人材獲得が大変そう。

2026-04-02

日本共産党田村智子パワハラした大山県議に離党される

大山県議パワハラではなかったと言わせた独裁者田村智子共産党結集することはできるのか。

労働者を捨てて、中年フェミニスト暴走で2度の国政に大敗

次回「日本共産党オタクに媚びを売る」

2026-03-31

本物の独裁政治ってどんなもんだろうかと調べたら、Twitter高市批判してる奴らの文言がただの妄想日記なんだなと思えるほど、凄惨だった

世界史触ったくらいじゃ覚えないからだめだな…有史蔓延った数多の独裁者はやってきたことのレベルが桁違いすぎる

2026-03-28

anond:20260328173804

アラブの春までは周辺の独裁者と仲良くやってたけど、民主化してから相当厳しい

特に終盤ではリビア政府軍支援してたりするし、各国の民主勢力からは毛嫌いされてる

アメリカサウジトルコという暴力装置機能してるから大人しくしてるだけで、行けると踏んだらたぶん中東戦争になる

2026-03-27

anond:20260327025428

独裁者による独裁国家に見えて以前から革命防衛隊への軍事政治移管が進んでいたらしい。多分こう言う事態になる事を見越してたんだろうな。

この事については、イラン現代史と言う戦争前の本でも示唆されていたかアメリカ調査不足や過信が失敗の根本原因と言えるかもしれん

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