はてなキーワード: 通信制とは
自治労(委員長:石上千博、組合員約68.9万人)は日本最大級の地方公務員組合(連合加盟)で、地方自治体職員・公営企業労働者を中心に組織されています。2026春闘方針では「人員確保」を最重点に据え、賃金改善・長時間労働是正・公契約条例推進などを掲げていますが、平和・反基地・反改憲運動への積極的関与が構造的に根付いています。これが会話の文脈(京都府の平和学習・辺野古反対・教師不在プログラム)で問題視される「構造的問題」の核心です。
以下に、主な構造的問題を整理します。いずれも「公務員組合」という公共性・中立性を前提とした組織ゆえに生じる矛盾です。
• 組合費は公務員給与(税金由来)から天引きされるケースが多く、間接的に公金が反基地運動に流れる構造となっています。
• 歴史的に「辺野古基金」(2015年設立)へ積極的に賛同・カンパ。教職員組合(日教組系)と並んで大口支援団体の一つで、意見広告・ロビー活動を支えています。2026年時点も基金総額8億円超の寄付源として自治労系が目立つ指摘が続いています。
組合員の「労働条件改善」目的の資金が、沖縄の特定政治運動(ヘリ基地反対協議会・オール沖縄・ZENKO)へ組織的に投入される。収支の詳細公開が限定的で、組合員個人の同意が形式的な場合が多い。結果、**「税金→給与→組合費→イデオロギー活動」**のループが生まれやすい。
• 自治労は立憲民主党・共産党系候補を強く支持する傾向があり、京都府知事選(2026年4月投開票)でも西脇隆俊氏(立憲・自治労系支持基盤)と藤井伸生氏(共産・自治労連系)が辺野古事故に「ダンマリ」を貫いていると批判されています。一方、浜田聡氏のみが第三者委員会設置などを公に主張。
公務員組合として「政治的中立」を求められる立場でありながら、特定政党・イデオロギー(反基地・反改憲)と一体化し、地方首長選や教育委員会に影響力を及ぼす。教育現場では平和学習プログラムの後援・推進を通じて間接的に作用し、教師不在の外部団体丸投げを「容認しやすい」土壌を作っています。
• 自治労(および日教組との連携)は「平和教育」を運動方針に明記し、沖縄現地研修・憲法学習を積極推進。2026年も「軍拡ではなく平和を」「学ぼう、いかそう憲法運動」を強調しています。
これが読谷村民泊や抗議船視察のような一方通行プログラムと連動しやすい。教師が直接関わらない「外部委託型平和学習」が常態化すると、教育基本法第14条(政治的中立義務)を形式的に回避する「脱法的手法」として機能します。組合の影響力が強い地域(京都など)では、教育委員会の後援歴(2014年辺野古抗議行動プログラムなど)が残り、親が懸念する「偏向教育」の背景構造となっています。
• 加入圧力・天引き慣行、ヤミ専従(公金で給与を支払いつつ組合専従化)などのグレーゾーンが過去に問題化(大阪市などで指摘)。
大規模公務員組合ゆえのトップダウン体質と「現場の声よりイデオロギー優先」の傾向。人員不足を最重点課題に掲げながら、外部政治運動に組合資源を割く優先順位が組合員全体の利益と乖離しやすい。2026春闘でも「人員確保」を強調する一方、平和運動は別軸で継続されています。
自治労の構造的問題は、「公的資金・公務員の立場」を活用したイデオロギー推進の仕組みにあります。これが京都府の事例では「教育委員会後援→外部団体丸投げ→教師不在→政治的沈黙」という連鎖を生み、親が子を偏向教育から守るのを難しくしています。労働組合本来の役割(労働条件改善)を超えた活動が、結果として未成年の思想誘導リスクを高めている点が最大の矛盾です。
これは「意図的な陰謀」ではなく、戦後公務員組合の歴史的体質(GHQ影響・反戦平和イデオロギーの定着)と資金構造がもたらしたものです。解決には組合費使途の透明化強化、政治的中立ルールの厳格適用、外部プログラムの学校責任明確化が不可欠ですが、自治労自身が「平和運動」を運動方針の柱に据えている以上、構造改革は容易ではありません。
親権者として教育基本法・学校教育法に基づく権利(子どもの安全・中立的な教育を受ける権利)を活用し、以下のステップで対応可能です。感情的対立を避け、記録を残し・公式ルートを使うのが効果的です。
• 修学旅行・研修旅行の旅程表・プログラム詳細・宿泊形態・外部団体名・ガイド内容を学校に文書で請求(メールor学校便りで記録)。
• 「政治的中立性はどう確保されているか」「教師同伴の有無」「反対意見の提示はあるか」を具体的に質問。回答を文書で残す。
• PTA総会や学年説明会で「多角的視点(両論併記)の確保」「教師不在プログラムの是非」を議題化。
• 同志社事故後の保護者説明会のように、質問が相次げば学校側も無視しにくくなる。
• 希望制の場合、事前に不参加を申し出(代替学習を提案)。学校は拒否しにくい(強制参加は違法の可能性)。
• 私立校でも「子どもの安全・思想的中立」を理由に相談可能。
• 学校長・教頭に「教育基本法第14条に基づく中立性確認」を文書で求める。
• 京都府教育委員会に苦情・要望書(オンライン可)。「外部プログラムの事前審査強化」を求める住民意見も有効。
• 文科省「特別活動検証」に関連して、意見を寄せる(文科省HPの意見箱)。
• 子どもの体験談を聞き、「一方的視点だったらどう思う?」と一緒に考える(メディアリテラシー教育)。
• 学校外でバランスの取れた資料(防衛省HP、沖縄タイムス・産経両論など)を提供。
• 必要に応じて私立校転校や通信制・ホームエデュケーション(日本では限定的だが相談可)を検討。
• 重大事案なら弁護士(教育問題専門)相談や、京都府議・国会議員への陳情も有効。
マンガワン事件の被害現場である北海道の芸術系高校(通信制キャンパス)の運営構造を、元通信制高校サテライトキャンパス責任者(株式会社立→学校法人化経験者)が解説したものです。「学校側の責任逃れスキーム」が核心。以下が投稿で新たに明らかになった点です。
株式会社日本教育工房が安倍政権時代の構造改革特区で設立した「株式会社立通信制高校」としてスタート → 後に学校法人化(私学助成金なしのデメリット解消のため)。 現在も「株式会社が寄付して学校法人を立ち上げ、実態は株式会社の収益部門」。
◦ キャンパス運営・教材納品などを業務委託契約で株式会社側に丸投げ。
◦ キャンパス職員(キャンパス長など)は「学校法人指揮命令下になく」、課長級サラリーマン(社内立場)として株式会社側の実質管理。
札幌地裁判決で学校法人の責任は一切認められず(「授業外で行われたため」との判断)。
◦ キャンパス長(店長級サラリーマン)に一次責任はあるが、人事権は半ば株式会社側。
◦ 生徒は「学校法人の生徒」として集客されているのに、実務は株式会社の収益部門。
学校側も制度的に責任を拡散・遮断する構造だったことが浮上しました。
(札幌地裁判決+投稿内容+私学法・民法・判例に基づく分析。山本個人+小学館の責任とは別軸ですが、被害発生現場として不可分。Aさんは学校法人も提訴したとみられ、その部分が棄却された形。)
• 構造改革特区・株式会社立学校制度(当時合法):安倍政権で解禁された制度。学校法人化後も「業務委託+寄付還流」は多くの通信制で採用されている実態(私学法上、問題なし)。
• 連結決算除外:会社法上、支配力がない形にすれば連結不要。税務・会計的には「責任遮断」の典型的手法(子会社・業務委託スキームと同様)。 → 刑事・行政責任はほぼ生じない(違法スキームではない)。文科省もこの形態を黙認してきた。
ここが最大の争点。投稿の図が示す「指揮命令権なし構造」が、以下の責任を希薄化する設計になっています。
◦ キャンパス職員が学校法人直接雇用ではなく業務委託先 → 「使用者」ではない(指揮監督関係なし)。
• 投稿指摘通り:外部講師(山本)の送迎すら「学校法人の監督対象外」に構造的にできる。
民法709条不法行為の可能性: 施設を「学校キャンパス」として対外表示し、生徒を集めながら、キャンパス長(自社社員)のガバナンスを放置(外部講師の送迎許可・遅くまでの残校・生活指導ガバガバ)。 → 施設管理者としての注意義務違反(判例:学校施設の安全配慮義務は委託先でも及ぶ)。
一般論として「委託元(学校法人)の選任・監督義務」(民法415条・判例)+「施設提供者としての直接責任」。 返信でも指摘されている通り:「委託先の選任・監督義務」「施設を学校拠点として表示した場合の注意義務」「通報体制整備義務」は争点になり得る。
判決で学校法人責任が完全に否定されたのは、まさにこの業務委託+授業外切り離し構造のおかげ。投稿者が「曖昧になるように設計されている」と指摘する通り、制度的に責任を分散・希薄化する効果は絶大でした。
◦ Aさんが運営企業(株式会社日本教育工房)を別途提訴すれば、施設管理者責任・選任監督過失で勝訴余地あり(数百万〜)。
• 山本:グルーミング+性交強制で民事責任確定(1100万円)。
• 小学館:隠蔽・別名義復帰で二次被害責任極めて重い(前回分析通り)。
• 学校運営企業:最初から責任を発生させにくいスキームで実質免責に成功。ただし「構造的問題」を放置した点で、道義的・今後の民事リスクは残る。
制度設計による責任回避を暴いた情報です。被害者Aさんが学校側・運営企業を追加提訴するなら、この業務委託契約書類・組織図・人事権実態が決定的証拠になります。
なんで吐き始めたのか、理由は今でもはっきりと覚えている。
両親に気にして欲しかった。恵まれた一般家庭で育ったけれど、両親は子育てが下手だった。私がどんなに心身を崩しても、なんの興味も関心も持たない両親の気を惹きたかった。
ただ私に気づいて欲しかった。食べたものを吐いて極端に痩せたら心配してもらえるかな、なんて子供の試し行動の成れの果てだったと思っている。痛いのは嫌だから、痛くない自傷行為はこれしか思いつかなかった。
もともと食べることが好きだった。
高校に進学して1年、毎日同じ道を通っていたはずの通学路である日突然迷子になった。その日から調子を崩し、あっという間に不登校になって通信制に転校した。不登校を理由にお小遣いを止められて、毎日家に居るわけにもいかずアルバイトを始めた。親との関係は最悪で、ろくに会話もしないし、なるべく会わないようにしたし、お互いに空気みたいに見えないふりをしていた。
不登校になってからは希死念慮が全身にべったりと纏いついて離れなかった。毎日死にたくて泣いていた。唯一アルバイトだけは真面目に続けていた。仕事は楽しかったし、そこしか居場所がなかったから。
3年生になって、卒業後の進路が全く決まっていなかった。本当は受験して大学に進学したかったが、親とは冷戦状態のままである。特に父親とは1対1で少し話をするだけで震えと涙が止まらなくなるほど重症だった。
何かが変わるきっかけが欲しかった。それと同じくらい現実から逃げたかった。コンビニでお菓子を買ってきてたくさん食べた。Twitter(当時はまだXじゃなかった)で『過食』と検索したら、大量の食べ物を並べた写真を載せている女の子が沢山いた。こんなに食べたら太ってしまうのにと思ってプロフィールに飛んでみると、どうやら彼女たちは、太らないように食べたものを吐いているようだった。インターネットって本当に最悪。これが過食嘔吐との出会いだった。
胃の中身をみずから吐こうとするなんてことはもちろん人生で初めてだった。具合が悪くなって幼少期に数回戻してしまったことがある程度で、嘔吐恐怖症とまではいかないが直接喉を伝う嘔吐は想像するだけで怖かった。
他の女の子たちも吐こうと思ってすぐに吐けるわけじゃなくて、水を沢山飲んだりして練習していた。5chに吐き方のコツを教え合う場所もあった。オープンなTwitter上で吐き方を教えるのは御法度という風潮もあった。
私は直接の嘔吐が本当に嫌だったので道具を使って戻していた。明らかにアレなため詳細は書かないけど、この道具を使うにもかなり練習が必要で、同じように吐きたがっている女の子たちと日々励まし合っていた。
界隈では、食べ物を戻さずに消化することを『吸収』、自分が食べられる量を『胃キャパ』などといい、食べる前後に体重計に乗って自分の胃キャパを自慢する独特の文化があった。痩せを追求する女の子たちはいかに吸収を少なくして食べ物を大量に食べて戻すかを試行錯誤していた。
今思うと本当におかしいけど、Twitter上には同じような人が沢山いて、そこでの交流が世界のすべてだったから異常だとは思わなかった。人間の脳は都合良くできている。
私も練習の甲斐あって吐けるようになった。けど月の過食費は数万円かかった。バイト代から出す学生の子、ふつうに働いている社会人のお姉さん、親公認で親の金で食べ吐きする子(かなり少ないけど)、金の出所はそれぞれだった。
同じ年頃の女の子たちのほとんどは、パパ活や援交をして食べ物代を稼いでいた。それで高校卒業したらそのままデリヘル。自分よりも歳下の、この間までは摂食障害でもなんでもなかった15、6の女の子がお腹いっぱい食べて吐くために知らないおじさんとファミレスに行き、テーブルいっぱいに奢ってもらった帰りにそのままホテルで身体を差し出している様子は正直見ていられなかった。摂食障害につけ込んで未成年をホテルに連れ込む大人もまともではないと思った。
毎日スーパーとコンビニをハシゴして、菓子パンやおにぎりを買い込んで、深夜に一心不乱に食べてはトイレに戻していた。食費を気にするようになってからは、チルド麺を茹でたりドーナツを揚げたり、白玉団子作りにハマっていたこともあれば安い食パンを買ってきて致死量の砂糖とバターをかけた揚げパンを作ったりもしていた。なるべく吐きやすいものを、とにかくたくさん詰め込められればなんでもよかった。
親も多分気づいていたけど、なんでかわかんないけど気づかないフリをされていた。たまに監視するみたいに夜起きてきて、乞食みたいに夜中にこそこそしやがって!と嫌味を言われたことは覚えてる。
一度だけ、手に吐きだこがないか確認されたことがある。でも自分は前述の通り道具を使って吐いていたので吐きだこなんかできたことなかった。綺麗な手を見て安心したのか、それ以降触れられることは二度となかった。
バレなくて安心した気持ちと、自分の抱えている辛さに気づいてもらえなかった悲しさで大泣きした。娘が毎日毎日食べ物を買い込んで、夜中にトイレ流す音が何回もして、明らかにゲロってたら普通は心配するもんなんじゃないのかな。
今更自分から言い出すこともないし、このまま一生無かったこととして扱われるんだろう。でも、お母さんのご飯は今も昔も大好きだから、吸収しないように食後すぐ吐いていたことだけは一生知られたくない。どんなに反抗期でも口を利かなくてもご飯を用意してくれた母親に対して、生涯で最も酷い裏切りだったと思う。
1年間ほぼ毎日吐いていた。食べて吐いての1セットを毎日5回以上も繰り返していた。食べても太らないなんてラッキー!という気持ちはいつからか消えて、義務みたいにひたすら食べて吐いていた。
夕方にのそりと起きて、決まったルートで食べ物を調達して、今日はこれ食べるよって写真撮ってTwitterにアップして。吐くのは苦しくて嫌いだけど食べたら吐かなきゃいけないし。『もう食べるのも吐くのも辞めたい』とTwitterに何度も投稿した。
何か大きなきっかけがないと一生辞められないんだろうと思ってた。が意外と終わりはあっけなかった。
コロナウイルスの濃厚接触者になってしまい、1週間自宅謹慎することになった。つまり過食するための食べ物を買いに行けないのだ。それにトイレに入った後は毎回消毒することになっていて、不自然にトイレにこもって吐くことができなかった。わたしは至ってまじめな人間であったため、食べ物のために家を抜け出すなんてことはせず、本当に大人しく過ごしていた。するとどうだろう、その1週間で異常過食衝動がすっかり治ってしまった。しばらくは食べすぎた時に数回だけ吐いたけど、日常的に吐かないと嘔吐反射が復活して吐くのが辛くなる。
そのうち二度と吐かなくなった。道具も捨てた。ご飯を腹12分目まで食べるのを辞めた。店員に面が割れてて行くのが気まずくなっていたコンビニ通いも辞めた。
実家暮らしかつ、お酒が飲める年齢じゃなくて幸運だったと思う。逆にそうじゃない子は全然辞められないんじゃないかな。
今でも生理前は食欲が止まらないけど、菓子パンを見ても美味しそうと思えないし、コンビニの味がトラウマで食べられなくなった。
当時の写真もアカウントも全部消したし、辛かった記憶を脳が封印しているのかもうあんまり覚えていない。親もひとりの人間だから簡単に変わったりはしないし、自分を救えるのは結局自分だけなんだろうなと思う。それでも助けて欲しいと願った自分がいたことを愚かだったとは思わない。みんなも自分のこと大事にしてね。
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ここまでが数年前に増田に上げていた文章。身バレを恐れて削除してしまったが、文章自体はスマホに残っていたので加筆修正した。
このとき温かい言葉をくれた人たちには本当に感謝している。「大変だったね」と声をかけてくれたのは友達でも両親でもなくインターネットの向こうのあなただけだったので、当時のわたしは本当に救われてお守りのように見返していた。
あれからもずっと嘔吐していない。道具がなくて吐けないのもあるし、今となっては道具を使った嘔吐の方法はあまりにもおぞましすぎて絶対にやりたくない。若さと無知って怖いなと思う。
後年、両親にわたしの摂食障害を知っていたか聞いてみた。父親は前述の通り知っていてそれを無かったことにしていた。その理由は簡単に言うと「どうしたらいいかわからないし、面倒だから」であった。普通の親なら慌てて病院に連れて行ったりするもんなんじゃないんだろうか……。正直どん引いた。
母親は一切気付いていなかったらしい。いくら食べても太らない子だなあと思っていたと。自分はてっきり知っていて無視されているのだと思い込んでいたため、少し気が楽になった。
両親とは普通に話せるようになった。それでも、この人たちは人生のいちばん苦しいときに助けてくれなかった人たちなんだとどうしても思ってしまう。助けてほしいときに誰からも手を差し伸べられなかったことへの絶望は深い傷となって残り、その後の価値観に大きく影響した。
成人して数年経つが、高校生の子を見るとなんて幼いんだろうと思う。まだまだ大人の保護下にあるべき年齢だろう。10代のわたしにとって1人孤独に過食嘔吐を繰り返した日々は間違いなく本当につらかったのだ。
しばらくはどんなに親しい友人にもそのことを隠し通していた。最近はたまに、昔ゲロ吐いてて〜と面白おかしく話してしまうことがある。自分の中で少しずつ昇華しているんだと思う。完全に忘れられるようなことはないだろう。
ボトラーならぬ、部屋でペットボトルにゲロを吐いて置いていたらなんか発酵?していて焦った話とか、抹茶アイスを1箱食べて吐いたらトイレが若草色になって面白かったとか、度を越した過食嘔吐ジョークは人に話さないように気をつけているが、エピソードとしては強烈なのでちょっともったいないなとも思っている。
一応体重がガクンと減ったりもしたのだが、すぐに元に戻ってしまった。飢餓状態が続くのと同じで、結果的に太りやすい体質になるため過食嘔吐はおすすめしない。それでもどこにも居場所がなく、かといって非行に走るようなタイプでもなかった自分にとって、持て余したエネルギーを過食嘔吐によって発散できていた1年はきっと必要なものだったと思う。食べて吐くことに夢中になっていたおかげで生きていられた。依存先としてはセックスとかドラッグに比べれば全然ましな方だと思うし……。
あの頃のわたしは20になる前に死んでしまおうと思っていたけど、ごめんけど今ものうのうと生きているよ。楽しいことだってたくさんあるし。もし同じように苦しんでいる子がいたのなら、苦しいだけの日々には終わりがあるし、きっと光が差すから大丈夫だよと伝えたい。
炎上にも負けず 「いいね」ゼロにも負けず ギガ切れにも 夏の通信制限にも負けぬ 強靭なメンタルを持ち
欲はなく 決してバズらず いつも静かにタイムラインの隅にいる
一日に二つのカップ麺と エナジードリンクと 少しのサプリメントを食べ
あらゆることを 自分を棚に上げて よく見聞きし分かり そして すぐにレスバをせず
東に高齢の生涯独身者がいれば、 それが一番コスパのよい生き方だと褒めてやり
西にマウントを取る母親がいれば それはただの承認欲求だと諭してやり
南に死にそうな病み垢がいれば 「構ってちゃんだな」とミュートしてやり
北に「日本は終わっている」と嘆く者がいれば 「それはお前の投射だ」と鏡を差し出し
不毛なトレンドが起きたときは涙を流し クソリプの嵐の中を おろおろと歩き
みんなに「情弱」と呼ばれ AIにさえ褒められもせず ブロックもされず
そういう賢者に 私は
私は
動くことができなくなってしまった。
幼少期に異常行動をしまくり先生をしっかり困らせ、医者にADHDを言い渡された。貰った薬を継続的に飲むことすらできず、第一印象だけを取り繕って色々と煙に巻いて22歳になってしまった。私は今、行動出来なくなってきた。
小学生の頃、私立の小学校に入った私は、周りに優秀な(実際、将来的に友人の多くは名門大学に進学したらしい)人間が多い環境に入ったが、異常行動は治らなかった。親からはよく「うちは金がないんだから」と言われていたが、私はそんな親の財布から金を抜き、当時趣味だった鉛筆を何ダースも買って叱られたりしていた。
中学受験のために入った塾で、私は何もしなかった。先生には「将来どうするつもりだ」と心配されて面談などをされたが、私は授業中にこっそりガムを噛む事に勤しんでいた。しかしようやく受験直前、急に自主的に過去問に取り組み、第一志望の合格を掴んだ。
中学生の頃、私立の中高一貫校に入った私は、周りに優秀な(上に同じ)人間が多い環境に入ったが、異常行動は治らなかった。親からはよく「うちには金がないんだから」と言われていたが、私は親のクレジットカード番号を盗み、電子マネーに登録するなどして秋葉原で買い物をしまくって叱られたりしていた。成績がどんどん落ち込む私を見かねた先生が、私を吹奏楽部に入れてくれた。強制的に何かを習慣化させる狙いだったはずだ。しかし最終的に私は高校に進学するだけした挙句、数ヶ月で退学して通信制の高校に入った。高校の入学金を無駄に払わされたと親に文句を言われた。ぐうの音も出ない。
高校生の頃、私の周りに優秀な人間は減った。通信制高校だが、親の要望で通学コースになった私は、遅刻した挙句授業中にホールケーキを食べまくるような同級生を見て、世の中こんな人間もいるんだなあ、と思った。
この頃、数少ない優秀な同級生と一緒に、とある分野で登壇発表などをする機会があった。特に何かを苦労して制作したとか、若くしてプログラミングをしたとかではなく、豪華な舞台でガキが偉そうにその分野の将来みたいな妄想を垂れ流しただけだったが、その行動力や内容を知らない大人に褒められて鼻が高かった。今思えば大変優秀な友人に乗っかって金魚のフンみたいに着いて行っただけで、後にその友人は高校のうちに何やらスカウトされて海外に旅立って行った。
塾に入るも大学に入る意味が見出せなかった私は、塾での時間を殆ど棒にふっていた。AO受験にしようと言われてその通りにし、塾の受付にいるオバチャンに言われた通りの学校を受験して合格した。
大学に入ったところでこんな奴はそうそう変わらない。見事に1年目で留年となった。留年者向けのガイダンスはあまりにもレベルが低い人間を諭すような口調で作られており、屈辱的だった。しかし私は2年かけて上がった2年生でもまた留年をした。
至極当然な話だが、数学が人より苦手なのにガジェットが好きだっただけで情報科に進んだのが良くなかった。プログラミングに一切興味が持てず、学校の前でUターンして散歩に行ったりしていた。3年かけて2年生すら全うできなかった私は、4年目に休学を選択して専門学校に行く事にした。
専門学校に進学するために、休学中の12ヶ月のうち2ヶ月ほどを使って合格となった。それ以外の時間は家でダラダラしたり、土日だけバイトをしたりした。専門学校が始まると、最初は楽しかった。好きな内容を選んだ訳だし、内容も知っていることが多かったからだ。しかし夏休みから雲行きが怪しくなる。長期間掛けて作品を仕上げる課題が出たからだ。
他人の作品や技術が好きだっただけで、特に自己表現をしていなかった私は苦しくなってきた。長期間掛けて一人でスケジュール管理をして作品を仕上げるのは私にとって不可能に近い。しかも最初は事前知識で勝っていたが、コツコツ勉強に取り組んだ周りの年下のほうが腕が良くなっていた。当たり前だ。私は何がしたいのかわからなくなっていた。
ついでに致命的なのが自分の借金だ。親には打ち明けていないが私には数十万の借金がある。クレジットカードで買い物をしていたら入金できない額に膨れ上がり、消費者金融で金を借りたりリボ払いなどをしてなんとか1ヶ月遅れぐらいで入金している。既に2枚のカードは強制解約となった。入金遅れでいつ強制解約の通知を叩きつけられるか考えるだけで、何もできず時間が過ぎていく。課題や作品作りに充てるべき時間や、数少ない自分の取り柄だったちょっとした創作意欲は完全に消え去っていた。
さて、ここまで読んでいただきありがとうございます。
私は、せめて好きなことなら学校に通えるだろうと専門学校に行き、しかしそこでも楽しく取り組めず、本当にこの道に進みたいのかわからなくなりました。なので整理のためにもこれを書いたのですが、書いている途中でかなり苦しくなってきました。
休学中に始めたバイトだけは褒められました。接客業なのですが、第一印象だけは繕えるので得意みたいです。いっそこの業界に行こうかなとも思っています。でも、社員の方は大変そうすぎて私にできる気はしません。何より専門学校に行った意味がわかりません。
私はもっと異常であるべきだったのかもしれません。ADHDなら衝動性を持って、過集中で何かに取り組んで無理矢理モノにすれば、僅かなチャンスを掴めたのかもしれません。親には感謝しています。ここまで読んでわかるように、かなりの額を私に費やしてくれています。全て自分のせいでこうなっています。
どうすれば良いのかわからないし、軌道修正は無理な段階に来ているように思えます。しかし、今はただ目の前の事をこなして行くしか道はないと思います。
根本的に楽しく好きなことで生きて行こうと思うのが間違っているなあとも思っています。私は自分がある程度追い詰められて苦しまないと一歩も踏み出さないことを知っていますし、その苦しみが嫌で逃げた先に専門学校を選んだのかもしれないとすら思います。
これを読んでくれ方にお願いしたいのは、是非忌憚なき意見を言ってほしいということです。自分でもこれを書いていて死んだ方が良いのかもしれないとか思いますが、私には自殺する勇気も覚悟も行動力もないので、みっともなく生き続けると思います。なので第三者の方から、私について意見をください。変わるかはわからないですが、まだマシになりたいです。お願いします。
ここまで書けて満足しました。ちょうど専門学校の最寄駅に着いたので、登校して怒られようと思います。今日は逃げずに教室に入ります。ありがとうございました。
つらつら書いてたらなんか長くなっちゃったのでもう要約を先に置いておく。無責任な長文を読んでやろうという物好きだけ本文読んでね。
ここから本文。
某元小学生配信者が高卒認定試験に合格したというニュースが1年ほど前にあったが、実際に高卒認定試験の問題を閲覧したことがある人がどれだけいるだろうか。
というわけでこちらに貼ってみるので暇な人は見てみて欲しい。
https://www.mext.go.jp/a_menu/koutou/shiken/kakomon/1411255_00017.htm
「今解けって言われたら流石にきついけど、高校時代なら多分余裕」
と思った人は多いことだろう。
(これは「ここでわざわざ問題に目を通すほど教育というものに関心がある人間であれば、その多くはそれなりの学力があるのではないか」という自分の勝手な思い込みに基づく予想である)
一般的な大学入試問題と比較すればずいぶん優しい問題である。しかもこの問題で合格ラインは概ね4割ほどとのことであるから驚きだ。
俗にBFと呼ばれるラインではない大学に一般入試で入った人間なら、(高校在学時であれば)余裕で解けるはずだ。
一見して、こんなものが高卒資格相当と認定する試験でいいの?と思うかもしれない。
ただし、この試験は高校の必修科目=概ね高校1年生でやる科目について合格相当であれば高卒と同等と看做せる、という考え方に基づいて作られている。
要は「高卒」と言いつつも、実際は高校1年生であれば無理なく解ける内容が出てくるわけだ。16歳が合格できるのも不自然ではない。
また、一般的な高校であれば赤点のボーダーは概ね3〜4割であるのだから、それと照らして考えると低いように見える合格ラインも案外妥当と言えるだろう。
ここまでが前置き(長いね)。
自分は底辺高校教員の端くれだが、例のニュースを読んで高卒認定試験の問題を初めて見た時、素直な感想として「こんなもんうちの生徒に解けっこねえよ」と思ってしまった。
自分の目算では、今年卒業を控える3年生にやらせたら少なくとも半数、下手すれば7割は不合格になると見ている。
自分の勤務校で抱えているのは、レ点も分からず、ルートや因数分解も分からず、一般動詞の疑問文も作れず下手すりゃ正負の数の理解も怪しい、そういう生徒たちである。
そのような生徒たちを、とりあえず座っとけばいい授業、その場しのぎで点を取ることしか意識しないテスト指導、超簡単なテスト、甘い採点などなどの「現場努力」によって「高卒」に仕立て上げているのだ。
さらにその中には校内だけの甘い基準で無価値な高評定を取り、それを担保に指定校だの総合型だので学力試験を経由せず大学に入学し、結果「大卒」「院卒」にまでなる生徒たちもいるのだ。
そんでもって生徒たちや保護者たちは「なんとか高校ぐらいは卒業したい」「大学には行かせておきたい」と口々に言うわけだ。
客観的に見て高卒大卒になるべきでない能力であっても、「してしまえる」ならばさせるしかない。概ね学問を教えているとは言えないようなやり方でも。
「ごくせん」でヤンクミがまともに授業聞いてない生徒たちに対してなんか雑に授業してるシーンがたまに挟まってたでしょ?あーいうの。
そいつらにちゃんと高卒の学力つけさせるのが先生の仕事だろって?時間があるならそうするけれど、そんな時間はないよ。
これは教員側の勤務時間もだし、学校の開校時間もだし、生徒側が学校で勉強に集中していられる時間も、自宅で勉強に取り組もうとする時間も、全部足りない。
小中9年間の勉強が身に付いてないのを高校3年間だけで取り返しつつさらに高校の勉強までまともに教えろと。無茶をおっしゃる。
1校1校実際に確かめたわけではないが、自分の勤務校がこの為体なのであれば、同じ学力帯あるいはさらにそれ以下の学力帯の学校でなら、当然それと同等かもっと凄まじい「現場努力」をして卒業生を輩出しているはずである。
それも踏まえると日本全国全ての高校生の中で、ざっくり2〜3割ほどはこの「高卒試験に受からない高卒」なのではないかと自分は考えている。
最近は入学試験で学力問わない定時制とか通信制とかもりもり増えてるから、もっと多いかもね。
あとこれは責任の押し付けになって申し訳ないが、そもそも指定校の枠を投げてくる大学側にも問題はあるだろう。
このレベル帯の高校生がそんなに出来るやつらだと思っているのか?うちの評定4.0とそれより偏差値10も20も高い高校の評定4.0が等価だとでも思っているのか?
そんな奴らを入学させて高等教育の質を担保できると思っているのか?散々ニュースになっているように小中高校の勉強のやり直しに終始する羽目になるのではないか?高校でできていないことが大学でできるわけがあるまいよ。
そこまでしないといけないほど学生が入ってこないぐらい困窮しているのか?(多分しているのだろうが)
高校側からしたら「あなたは推薦基準を満たしているけど大学に行くのに相応しい学力を持っていないのは明白なので指定校あげません」なんて言うわけにはいかないので、生徒に希望されたら素行等に問題がないのであればどれだけ学力的に問題があろうとも推薦を出さざるを得ないのだ。この矛盾に頭を抱えている高校教員はさぞ多いことだろう。
そんな現状を見て、ふと思いついたことがある。
日本全国の高校で一律で、高卒認定試験に合格することを卒業要件に追加したらどうなるのだろうか。
とりあえず先に挙げた2〜3割は高卒になれずに留年するか中退し、中卒者が社会に爆増することになるだろう。
しかし、世間では「大卒や院卒にやらせる必要のないような肉体労働や単純労働を、世間に無駄に溢れる大卒や院卒にやらせている」みたいな話は山ほど聞く時代だ。
それを中卒にやらせたところで案外問題はないかもしれない。もともと本来高卒以上になるべきじゃなかった人間たちが、あるべきところであるべき仕事に就くだけだろう。
多少難がある生徒でも、高卒認定試験に合格済みであればまだ大学に送り出す気になる。学力をつけさせる動機にもなるし、ダメだった時に諦めさせるのも簡単だ。
学力以外の要素を推薦で売りにしていた高校や大学にも少なからず影響がありそうだ。
(なおここでの考察では、○○があるから特例で卒業できる!みたいな例外は一切設けないものとする)
例えばスポーツしか取り柄のないような生徒は、高卒認定試験に受からず高校卒業を断念することになる。
しかし、「甲子園優勝○○高校出身ドラ1!」みたいなのが仮に高校を卒業できなくても「甲子園優勝○○高校中退ドラ1!」になるだけでそこまで箔に差は生じないのかもしれない。
それこそ元々勉強で戦ってないんだから、高卒資格なんてなくても十分やっていけるはずだ。今までと変わらず球界を沸かせてくれるだろう。
箱根駅伝など大学ブランドを重視している分野はどうだろう。参加校にBF大学の名前はちらほら見るし、そうでない大学も学力試験を経由せずにスカウト推薦入学していることはあるだろうだから、仮に高卒認定試験が義務化されていたら箱根路を走る資格を剥奪される層は一定数いるだろう。
まあ大学生として走るなら大学生名乗る最低限の学力くらい持っておけというのはあまりにも当たり前の話だから、特に問題はないな。
大学駅伝は胸を張って自分が大学生だと主張できる者たちが戦うための場ではないか。
そして、自分の勤務校や同レベル帯の高校は存在意義が消滅する。高卒認定試験を突破できない地頭の生徒しか入学できない高校に価値はなくなるからだ。
おそらく廃校になるか高偏差値校に吸収されることだろう。高校教員が足りない足りないと言われて久しかったのが一転教員数が過剰になる。余剰人員を適切に再配置すれば、国が推進する少人数指導やTTのきめ細やかな指導とやらも少なくとも今よりは余裕持ってやれるようになるだろう。
国が本当に適切に再配置なんてしてくれるのかって?そもそもこの話はただの妄想なのでノーコメントだ。
好き放題言うだけ言ってみたが、もちろんこんなことが実現するわけがない。
テスト実施のコスト、世間の反発、学校現場に与える負の影響(変化を拒むという意味含めて)の大きさ、どれをとっても今の日本で許容できるはずがない。
もちろん自分も許容しない。
私自身や家族、他の教員たちにも生活がかかっているのだから、学校の業務に貢献して給料が貰えるように、粛々と現状の業務を遂行するしかないのである。
よく教員は学問に対して真摯でないと言われることがあるが、それの多くが「本当は真摯にやりたくても、見て見ぬふりをしている」という状況であるのはどうか理解していただきたい。
どうしても社会人っていうと店舗勤務じゃなくて会社に出社して働く人ってイメージが強くて、定年まで薬局で働くってそれなんか一般的な社会人と比べて何かが欠けたままでリタイアするって感じに感じる。
高校でも全日制と通信制とではどうしても前者だけが真の高校生ライフを満喫できるって感じでしょそれと同じで
dorawiiより
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通信制高校のイラストコースの授業は、ご褒美みたいな授業が無いと学校に通えない子のためのお楽しみ授業だ。
①まず通信制高校に行くな。
本当に中学の出席日数が全然無くて入学出来る高校が通信制しかない、毎日登校する体力がない、そういう子供以外は通信制高校には行かないほうがいい。
コロナ禍でのオンライン授業を小中で経験したせいか、親も子も授業ってオンラインでいいんじゃない?って空気がある。よくない。
オンライン授業は子供にとってはサボりたい放題、ろくなテストもなく赤点や追試もない。結果通信制高校卒業の頃には中3時点と大して学力の差がない18歳になるか、もっとバカな18歳になる。
リモートワークもあるしこれからは家で授業受けて家で仕事する時代!って?
じゃあ親のあなた方はみんなリモートワーク出来てるんですか?結局出社を強いられてる方が大半じゃないですか?
お母さん方、子どもを家で見ながらできる仕事はないか…って考えたけど大変だった時代を経験しているでしょう?
結局大人になっても毎日出社できる体力気力時間がある人間のほうが仕事がある。
全日制高校に行ける出席日数があるなら頑張って全日制に行って、働ける体力気力と、学力をつけたほうがいい。
通信制高校のイラストコース出身のイラストレーターを知っています!絵が上手い人を知っています!という意見もあると思う。その人はイラストコースに行かなくても絵が上手かったしイラストレーターになれたタイプの人だ。
まずイラストコースではデッサンもパースもろくに教わらない。人物のクロッキーも数回あれば良い方だ。なんとなく、さわりだけ、お試しみたいな授業があるだけだ。あとはなんかアニメ関連の会社見学とかがいっぱいある。会社見学で絵は上手くならない。
そもそも日本で素人に絵の技術をいちばん叩き込んでくれるところは美大受験用の美術予備校だ。
美大では絵の基礎技術は教わらない。受験前に予備校で教わってるのが前提だから。
専門学校でも大して教わらない。2〜3年で全員を現場に出せるほど描ける人間にすることは不可能だから、元々基礎技術がある生徒や、在学中に自宅で腐るほど自主練出来る生徒にだけより専門的な技術を叩き込んでくれるのが専門学校だ。元々描けないし努力も出来ない人は、専門学校では生徒ではなくお客様として扱われる。適当におだてて辞めずに満期の学費を払ってもらって卒業後のことは知らんぷりの存在、お客様。
全国に50校くらいある。地域によって偏りがあって残念ながら公立美術科が無い県も存在するが、もし住んでる県にあるならラッキー。学費も安い。入学時にデッサンの試験があるのである程度描ける人、やる気がある人だけが選抜されてる可能性が高い。
水は低きに流れるし、人間はモチベと実力の高い集団にいると自然とレベルが上がる。
公立に比べると学費がかかるかもしれない。学校によっては絵の上手い子には特待生制度など用意してくれてる。これもだいたい入試にデッサンがあるのである程度人間が選抜されてる。でも中には倍率が1倍切ってるところもあるので、入試の倍率と卒業生の進路実績(東京藝大武蔵美多摩美あたりが数人でもいればレベル高い可能性あり)をよく調べよう。
予備校代がかなりかかるし、そもそも親が子供の大学進学を考えてない家庭では厳しい選択肢だが、夜間部に三年間通えば基礎的な力はかなりつく。
有閑主婦や退職じいさんが油絵とか描いてるところでしょ?そういう絵じゃないんだよな描きたいのって…と思うかもしれないが、大抵どこも教えてるのは藝大美大を出た人間なので基礎を教わるだけなら問題ない。
ただ美術系高校や予備校と違って毎日描く環境ではないから家でやる課題を頼んで出してもらうといい。
④誰にも教わらなくても絵が上手い人間もいるが……
上にあげたようなところで絵を教わらなくてもイラストレーターとか漫画家とか画家になる人はいる。でもそういう人はごく一部だ。
大抵どこかで教育を受けている。
でも今の時代ってインターネットに知識が転がってるし専門書もいっぱいあるからひとりで上手くなれるんじゃない?そう思う人もいると思う。
確かにネットで上手い絵はいくらでも見れる、YouTubeで絵を描く過程を全部見せてくれる人も大勢いる。
でも絵が上手くなるのに必要なのは、自分の絵のダメさへの気づきだ。
上手い絵と自分の絵を見比べて、ここがこんなに違う、自分はこんなに描けてない、そう気づけることだ。
美術予備校とか美術系高校で繰り返しやってもらうのはこれの訓練だ。
毎日あるいは毎週講評で並べられて比較される、点数をつけられる、先生が指示棒で指差しながら「ここ形狂ってない?」とか言ってくる。そういう経験がど素人を気づける人にする。
自分で気づけるようになってようやく絵が上手くなり始める。
みんなそのために絵を習う。
あとインターネットに転がってるイラストハウツーってまじで実際ヘタな人がしょうもないハウツー描いてバズったりしてるから、自分がある程度描けるようになるまで無料のハウツーは信用しないほうがいい。
しょうもなハウツー描いてる絵師は滅びてください。いたいけな小中学生に変なこと教えないで。
⑤親御さんへ
絵を描くのが好きで将来に夢もあって中学はそれなりに通えてた、そういう子が通信制高校イラストコースに行って、たいした鍛錬もされずに本人も不完全燃焼を抱えながら貴重な高校三年間という時間だけが過ぎていくのを見てきました。あれは見ていて大変きついものがあります。
子供の言う「プロの指導も受けれるんだって!」「ここならやりたいことが出来る、楽しく通える!」をあんまり信じないでください。
15歳はまだかなり子供です。世間を知りません。楽ができるのと楽しいのとの区別も知りません。
子供が行きたがってる学校の評判はよく調べて、可能なら実際に目で見て、社会経験のある大人の目で判断してあげてください。
あと、美術業界やイラスト業界の人の言う「子供の頃から絵が好きで、好きだから頑張ってこれた、プロになれた」みたいなのの「好き」のレベルって、朝起きたらご飯の前に絵を描いてる、授業中も絵を描くのがやめられなくてノートが落書きだらけ、放課後も友達と遊ぶよりゲームするより絵を描くのが好き、絵を描きすぎて夜更かしする、そういうレベルです。
学校の授業の中じゃ音楽体育よりも図工や美術が好きとか、ゲームもiPadも取り上げたら暇つぶしにお絵描きしてるとかじゃないです。