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はてなキーワード: 母性とは

2026-05-12

会田誠さん!

作家で胸を描かない人がいるのはエロガキみたいな変態男が気持ちいからですよ!

キモいから性的目線を受けたくないからですよ!

母性とか関係ないっす!!

自分の大きな胸をコンプレックスに感じる女性も、変態男が気持ちいからですよ!

変態男がマスかくようなエロ絵がその辺に転がってて、女性はそれを見てるんですよ?

全部男が気持ちいからです!

女性作家で胸を描かなくなる人がいるのは子供時代に気づかなかった男の性的眼差し大人になって気づいて全部キモく見えるからです!

2026-05-11

女児母性を求めるマジキチペドおじさんなんてそんないるわけねーよ

と思ったら大間違いできっしょ

幼児ボクちゃんおじさんズ早くママから卒業して社会から退場して。マトモな男も迷惑してるんだよね

2026-05-08

母性父性って性欲の一種だよね

性に関する欲だもんね

そして母性父性、性欲、全てに共通するのは「それを求めていない他者一方的に向ける姿が気持ち悪い」こと

一方通行だとどうしても気持ち悪いんだよ、性欲も母性父性

ぬい活女性のぬい活姿が気持ち悪いのもぬいぐるみという無機物、つまり確実に母性など求めていない対象一方的母性を向けているか

オタク男性二次元キャラクターという架空存在に性欲を向けている姿と同種なんだよね、気持ち悪さが

赤の他人赤ちゃん母性を向ける老婆も、若い女アイドルに性欲を向ける中年男性も、ホストに性欲を向ける容姿の劣った女性も、Vtuber父性を向ける弱者男性も、全て同種の気持ち悪さを持っている 欲を向けられている対象がそれを求めていないであろうことが想像できるから

相手が求めてさえいれば問題ないんだよね

例えば母性でも自分の子供はもちろん関係性の近しい子供、愛を渇望している孤独子供犬猫鳥などの家族的な感情交流のあるペットに向けている姿は気持ち悪くない でもハムスターなどの感情交流が極端に少ないペットに強い母性を向けている姿は正直気持ち悪い 明らかに一方的自己満足の欲だから

ただ、ぬいぐるみ架空キャラクターは生きてないし人権もないので、法律公式や店が提示したルールに従っている限りは何にどんな欲望を向けようが別に無害なんだよね ただ気持ち悪いだけで

ただ気持ち悪いだけの無害な人間関係のない第三者が叩いて潰そうとするのって普通にいじめから本当に良くない ぬい活女性萌え絵オタク無機物一方的に性欲の一種を向けていて気持ち悪い 気持ち悪いけど、気持ち悪いことは罪ではない ぬい活女性をお店が出禁にするのは当然自由だけど、迷惑を被ってない第三者が他の店でもやる権利がないと断言するのは理不尽だ 人には気持ち悪いまま生きる権利がある

2026-05-07

リョウ、大好きだったなあ…😟

ツンデレツンデレツンデレ

もう、ツンデレ、絵に描いたようなツンデレ

ってアニメから絵なんだけどさ…😟

そして、徹底的に悪い人がいない、

悪い大人がいない、みんな基本的にいい人、

から物語パンチがない、でも、それがいい、

どこまでも牧歌的、どこまでもほのぼの、

危機的なイベントが起こっても、結局は丸く収まる、

どこまでも安全で、ある意味気味が悪いぐらい、

でも、それがいい、

完全にウシジマくんとかの正反対にいる、

なんというか、自分身体をこの自然とか宇宙に預けてしまっても大丈夫なんだ、

みたいな、完全に安全母性に包まれ安心感みたいなのがある、

そしてムリョウという主人公?が神さま、

ラーゼフォンみたいに積極的活動して世界を創り変えたりはしない、

徹底的に観察者、

から基本的にずっと遠くからのほほんと眺めてる、

それが神さま、ムリョウ

制服着てても加速して宇宙離脱して応援したりする…😟

2026-05-02

anond:20260501110959

気が休まる人に限りいてほしいな

女は母性

2026-05-01

トランスカルト教祖バトラーさん、ボコボコにされてしま

https://www.counterfire.org/article/what-the-butler-didnt-see-book-review/

バトラーが見なかったもの――書評

リンジージャーマンは、ジュディス・バトラーの新著『Who’s Afraid of Gender?』における議論概念的混乱を検討している。

 

1. 導入:性とジェンダーをめぐる古くて新しい論争

著者はまず、1970年代女性解放運動期に、米国マルクス主義人類学イヴリンリードが書いた「生物学女性運命か」という問いを引く。リードは、女性母親であることを理由に、社会的役割限定されるべきではないと論じた。同時に、資本主義社会における生物学人類学は、性役割女性劣等視に関する社会的前提を多く含んでいるとも批判していた。

今日、性とジェンダーをめぐる論争、とりわけトランスジェンダーをめぐる論争は、自然文化生物学社会的態度、性とジェンダー関係を再び問い直している。バトラーは、いわゆるジェンダーアイデンティティ運動における中心的な学術人物であり、ノンバイナリーを自認し they/them 代名詞を用いている、と著者は紹介する。

ただし、著者はバトラーの新著について、以前の著作よりは読みやすいとしながらも、「読みやすい」といっても相対的ものにすぎないと述べる。中心概念はしばしば曖昧で、「phantasm」という語が100回以上出てくる一方、バトラーが反対する立場への批判は十分ではない、という評価である

著者の基本的批判は、バトラーが「ジェンダー」も「性」も明確に定義していないという点にある。バトラーは、自分が性の存在否定しているわけではないと言うが、実際には性とジェンダーの「共構築」を語り、両者をほとんど完全に絡み合ったものとして扱っている、と批判される。

2. 極右文化戦争、反ジェンダー運動

書評は次に、バトラーの本の多くが「容易な標的」に向けられていると述べる。ジェンダー文化戦争の一部となっており、バトラー右派極右による「ジェンダー理論攻撃を大きく扱っている。取り上げられるのは、ドナルド・トランプイタリア首相ジョルジャ・メローニ、ハンガリーヴィクトル・オルバーンローマ教皇などである

バトラーは、反ジェンダー運動が各国の選挙で強い影響を持っていると指摘する。ブラジルコスタリカコロンビアフランススイス英国スコットランドエクアドルドイツハンガリースペインなどが例に挙げられている。スペイン極右政党 Vox は「ジェンダージハード」や「フェミナチ」といった表現を用いている、と紹介される。

著者は、こうした反動的勢力個人的性的平等を求める人々にとって脅威であることは疑いない、と認める。彼らは、法律を制定し、国家差別執行できる権力を持っているかである。彼らが守ろうとするのは、キリスト教的・異性愛家族を中心に据えた、国家と結びついた保守的な性・生殖家族モデルである

しかし著者は、バトラー分析が「なぜ今このような反動が起きているのか」を十分に説明していないと批判する。バトラーは「反 woke」の感情を、家父長制・異性愛規範白人至上主義的秩序の喪失に対する心理社会的幻想として説明する。しかし著者は、これでは新自由主義資本主義危機、脱工業化生活水準の低下、反移民感情人種差別政治的動員、米国社会軍事化暴力化などの物質的条件が抜け落ちると述べる。

まり、著者の立場では、反ジェンダー運動は単なる「幻想」や「心理不安」ではなく、資本主義危機社会的荒廃のなかで生じている政治現象として分析されるべきだ、ということである

3. バトラーは「ジェンダー」をどう理解しているのか

著者によれば、バトラー実質的に「性/ジェンダー」の区別崩壊させている。性とジェンダーを同じものとして扱い、「性が文化規範の枠内で捉えられるなら、それはすでにジェンダーである」と論じる。

著者はこれを、現実身体カテゴリーイデオロギーへと作り替えてしま議論だと批判する。性や生殖という現実からイデオロギーが生じるのではなく、逆にイデオロギーが性を作るかのように語っている、という批判である

さらに著者は、これは「馬車を馬の前に置く」ようなものだと言う。社会的要因が生物学的要因を完全に上書きできるかのように見えるが、それは経験的に誤りである人間は200年生きることはできないし、食物と水を必要とし、種の再生産は生物学事実である人類の存続は、圧倒的には男女の性的関係依存してきた、というのが著者の主張である

著者は、性とジェンダーについて語る際には、自然事実とそれに付与される社会的構築との関係を論じることができると認める。しかし、自然事実のもの存在しないかのように扱うのは観念論である、と批判する。

また、バトラースポーツをめぐる議論で、男性思春期だけでは偉大なアスリートにはなれず、テニスコートへのアクセス個人トレーナー存在関係すると論じている点について、著者は「それは論理の飛躍だ」と批判する。階級的不平等があることは事実だが、それは身体性差問題を消すものではない、という趣旨である

著者は、社会的構築が幼少期から始まることは認める。子どもが「男の子」「女の子」と告げられた瞬間から服装、興味、教育機会、性格などについて多くの社会的期待が付与される。しかし、それは性という自然事実を消すものではなく、物質的要因とイデオロギー的要因が密接に絡み合っていることを示すだけだ、と述べる。

4. マルクス主義自然文化をどう見るか

著者は、バトラーが『ドイツイデオロギー』のマルクスエンゲルス引用しているにもかかわらず、その要点を誤解していると批判する。マルクスにとって、思想人間物質生活過程から生じる。観念イデオロギー現実を補強することはあるが、現実から切り離されて現実のものを作るわけではない、というのが著者の理解である

著者は、バトラーが「phantasm」とマルクスエンゲルスの「phantoms」を似たものとして扱っているようだが、それは違うと述べる。バトラー議論は、人が自分でそう考えれば何者にでもなれるかのような前提に近づいており、これはマルクス主義唯物論からは遠い、と批判する。

マルクスエンゲルスは、人間自然に働きかけ、食物や住居などの生存手段を獲得する過程を通じて歴史が発展し、観念も変化すると見た。人間自然の一部であり、単なるイデオロギー的構築物ではない。したがって、ポストモダン理論に合わないからといって、この見方時代遅れとして退けるのは、社会発展の理解放棄することだ、と著者は述べる。

著者は続いて、マルクス主義的な家族論を説明する。初期の「原始共産制社会には、性別間に一定の素朴な平等があり、女性母性役割理由とする差別は必ずしも存在しなかった。しかし、余剰富の蓄積、階級の成立、支配階級財産を守る国家装置形成財産継承保証する家族構造の成立によって、女性抑圧が階級社会の特徴となった。エンゲルスはこれを「女性世界史的敗北」と呼んだ、とされる。

資本主義のもとでは、家庭と職場の分離が明確になり、家庭内無償労働有償労働から切り離され、劣ったものと見なされるようになった。資本主義搾取規律は、家庭と職場の分離、個人化、ヒエラルキー同調性に適した家族必要とした。そこには性的同調性も含まれ女性子ども男性従属し、性は結婚内の生殖のためのものとされた。

この観点から著者は、LGBT抑圧の根源は、核家族規範への挑戦と見なされる点にあると説明する。したがって、それは家族制度と女性抑圧に結びついている。著者は、この歴史唯物論的な家族分析は、バトラーに見られるポストモダニズムや多くのジェンダー理論よりも優れており、同時に一部ラディカル・フェミニスト生物学決定論実証主義よりも優れている、と主張する。

5. 家族社会的再生

著者は、女性再生産における役割は中心的だと述べる。女性人類再生産に不可欠であるだけでなく、資本主義体制における労働力再生産、つまり養育・ケア社会化・教育にも深く関わっている。家族次世代労働者比較的低コストで育成するため、経済的社会的役割を果たす。

女性母親であること自体不利益でなければならない自然理由はない。しかし、それが資本家階級利益をもたらす社会的経済的理由は多く存在する、というのが著者の主張である

この過程において、性は現実であり、大多数の人々は生物学的に明確に男性または女性である、と著者は述べる。例外的曖昧なケースはあるが、それは性発達の差異であり、「インターセックス」という連続スペクトラムがあると示唆するのは誤りだ、という立場である

一方で、性が社会的にどう組織されるかは変化しうる。たとえば、2024年英国家族形態は、20世紀初頭の男性稼ぎ主モデルとは異なる。しか共通しているのは、家庭内労働の多くを依然として女性が担い、家庭外のケア料理、清掃などの社会的再生労働も、低賃金女性が多く担っているという点である

著者は、自然文化関係は複雑だが、女性生物学役割に色づけられていると述べる。女性けが出産できるという事実に、女性はより養育的で、自己主張が弱く、特定仕事に向いているといったイデオロギー的前提が付随する。こうした前提は、生物学とは無関係で、社会関係に由来するにもかかわらず、労働市場における女性不利益を補強する。

妊娠授乳更年期月経など、女性抑圧において生物学的要因はなお大きな役割を持つ。社会主義社会であれば、それに伴う圧力不利益の多くを取り除けるかもしれない。しか資本主義のもとでは、女性はそれらの要因に個人的対処することを求められ、その結果として不利益を被る、と著者は論じる。

著者は、バトラーが「子どもを産まない女性もいる」「閉経後の女性もいる」「さまざまな理由子どもを持てない女性もいる」といった例外を挙げることで、女性抑圧に生物学的要素があるという議論無効化しようとしている、と批判する。しかし、それは成り立たない。個々人の状況にかかわらず、家族における女性の中心的役割出産・養育者としての役割が、女性抑圧を規定しているというのが著者の主張である

6. 階級ジェンダー女性の恐怖の軽視

著者は、バトラー議論女性抑圧という特定問題を、より広い「ジェンダー抑圧」の一部として矮小化していると批判する。性差別を禁じる平等法も、バトラーにおいては、本人の性ではなく、ジェンダー社会的前提に関わるものとして扱われる。著者はこれを、現実カテゴリーである性をイデオロギーへと作り替える主観的観念論だと見る。

また著者は、バトラーが、女性専用空間や、レイプ家庭内暴力から逃れるためのシェルターなど、フェミニストが闘ってきた現実問題を軽視していると述べる。バトラーは「TERF」批判の章で、キャスリーン・ストックや J.K.ローリングを中心に攻撃するが、同様の懸念を持つ多様な個人組織を十分に扱っていない、と著者は批判する。

著者は「TERF」という語を侮辱的かつ誤解を招くものだと述べる。それは、ジェンダーアイデンティティ理論批判的な人を信用失墜させ、議論沈黙させる効果を持つという。著者は、反トランスの人々は存在し、それは間違っているとしつつも、左派社会主義の立場にありながらバトラー流のジェンダー理論に納得していない女性たちがいることを強調する。

そのような人々まで、極右ファシストの側に客観的に立っていると見なすの馬鹿げている、と著者は述べる。人種差別分析にもさまざまな立場があるように、性とジェンダー分析にも複数立場がありうる。トランス権利を支持し、あらゆる差別に反対することと、バトラー理論全体を受け入れることは同じではない、という主張である

著者は、ラディカル・フェミニズムについても、男性暴力男性からの分離を強調しすぎ、女性抑圧への階級対応を弱めていると批判する。しかし同時に、家庭内暴力レイプ女性の客体化と従属化の文化が深刻であることは認める。こうした問題は、女性解放運動によって政治問題化されたが、十分な資源や関心は向けられてこなかった、と述べる。

特に著者が不快に感じた箇所として、バトラー女性刑務所女性専用空間におけるレイプ性的暴行への恐怖を過小評価している点が挙げられる。バトラーは、男性看守による女性囚人へのレイプがすでに存在することや、レイプが必ずしもペニスによるものに限られないことを指摘する。しかし著者は、圧倒的多数暴力男性から女性に向けられており、レイプの大多数は男性ペニスを用いて行うものだと述べる。そのため、多くの女性男性男性身体に恐怖を抱くことには根拠があり、それを見下したり退けたりしてはならない、と主張する。

7. グローバルな女性労働階級

著者は、バトラー理論抽象的で、階級と抑圧の関係を十分に扱っていないと批判する。バトラーは「女性とは何か」を理解するには、グローバルかつ多言語的に考える必要があると述べるが、著者は、文化差異だけでなく、物質生活現実も見なければならないと言う。

たとえば、フィリピンスリランカの女性たちは、自分の子どもを残して海外へ行き、清掃やケア労働従事することがある。こうした女性たちは、受け入れ国の労働者女性男性黒人白人性的指向やジェンダー

2026-04-29

反戦」は、反差別反貧困とセットで主張しないと意味がないと思うよ

単に反戦だけでは金持ち子持ちのパワーカップルという既得権益者が、今のままに貧民を搾取する形だけの平和が続いてほしいという主張にしか見えない

からママ戦争止めてくるわのような、母性を前面に出した反戦平和運動ばかりで幻滅する

2026-04-22

男の論理性のなさは生理嘲笑するのに母性神聖化するところからも明らか

お前のママにも生理あるんだよ。それでお前が産まれたんだ

2026-04-19

anond:20260419123831

産後メンタルケアマタニティブルーガルガル期の違い

産後ホルモンバランスの激変により、誰にでも精神的な不安定さが現れる可能性があります

1. 特徴比較
項目マタニティブルーガルガル期(通称
主な感情涙もろい、不安、落ち込みイライラ攻撃性、独占欲
心の向き内向的自分不安になる)外向적(周囲に怒りを感じる)
主な対象自分自身、将来への漠然とした不安夫、義父母、周囲の人間
発生時期産後3〜10日がピーク(一過性産後すぐ〜数ヶ月(個人差大)
医学定義広く認められた一時的生理反応俗称本能的な警戒状態を指す)
2. マタニティブルーへの向き合い方
3. ガルガル期への向き合い方
4. 専門家への相談目安(産後うつのサイン

以下の状態が2週間以上続く場合は、産婦人科心療内科保健師への相談を推奨します。

[]素敵なお姉さんとして、知らない少年に「少年!」と話しかけるには?

知らない少年に「少年!」と呼びかけるのは、現実世界ではかなり物語登場人物的なムーブです。一歩間違えると事案になりかねないスリルがありますが、演出次第では「ちょっと風変わりで格好いいお姉さん」として成立させることも可能です。

不審者(変質者)認定回避し、その劇的な呼びかけを成功させるためのガイドラインをまとめました。

変質者に見えないための「服装

少年!」という芝居がかったセリフを吐く以上、服装が「普通すぎる」と逆に不気味さが増します。かといって過剰な露出コスプレ感は通報リスクを高めます

適正なシチュエーション

少年!」と呼びかけても許されるのは、そこに明確な理由(口実)がある時だけです。

場所
時間
  • 日中(午前10時〜午後5時頃): 夕暮れ時以降は、どんなに爽やかに声をかけても不審事案として処理されるリスクが跳ね上がります

どのような少年対象とするべきか

小学校高学年〜中学生: あまりに幼い子供(未就学児〜低学年)だと「少年!」という言葉意味ニュアンスが通じず、単に怖がらせて終わる可能性があります

  • 一人でいる、あるいは少人数のグループ: 大集団の中に突っ込んでいくのは不自然です。一人で考え事をしていたり、何かを探しているような少年ベストです。

少年!」と呼びかける正当な理由

いきなり呼びかけるのではなく、以下の状況をセットにしてください。

避けるべき状況(レッドライン

以下の行動は、どれか一つでも当てはまるとアウトです。

  • 物理距離を詰めすぎる: 2メートル以上は離れて声をかけてください。
  • 進路を塞ぐ: 相手が歩いている正面に立ってはいけません。
  • 身体に触れる: 肩を叩く、頭を撫でるなどは厳禁です。
  • 物品(お菓子など)を与える: 現代において、知らない大人から物をもらうのは恐怖でしかありません。
  • ついてくるように促す: 「あっちに面白いものがある」などの誘導は即座に事案化します。

実行してよい(社会的信頼が得られる)パーソナリティ

呼びかけた後の第一声は、少し低めで落ち着いたトーンが望ましいでしょう。アニメ的な「少年!」という華やかな呼びかけと、その後の「大人女性としての理性的で落ち着いた対応」のギャップが、あなたを「変質な大人」ではなく「印象的なお姉さん」へと昇華させます

少年!」という呼びかけは非常にフィクショナルで強烈なキャラクター性を伴います現実世界でこれを実行する場合、「社会的地位」や「目的正当性」を感じさせるパーソナリティであれば受け入れられますが、逆に「情緒的な近さ」を売りにするタイプは、現代社会では即座に警戒対象となります

導き手・メンター

圧倒的な知識スキルを持ち、少年を「一人の未熟な人間」として尊重しているタイプ

毅然としており、言葉数は少ない。90年代SFアニメに登場する女性指揮官や、プロフェッショナル技術者のような雰囲気です。

相手の目を見て、対等な「個」として扱うこと。下に見たり、子供扱いしたりしないのがポイントです。

粋な近所のお姉さん型

世話焼きだが、深入りはしない。サバサバとした江戸っ子のような気質

少年忘れ物だぞ」と声をかけ、届けたらすぐに立ち去る。

執着のなさを演出すること。去り際の潔さが不審者感を払拭します。

探求者・風来坊

自分目的(探し物や研究など)のために動いており、たまたま通りがかった少年に協力を仰ぐタイプ

どこか浮世離れしているが、知的雰囲気を纏う。

自分目的がはっきりしている(例:古い史跡を探しているなど)ことを示すことが成功のカギ。

あきらめるべき(事案になりやすい)パーソナリティ

これらは二次元では人気がありますが、現実では目的不明不審者として通報されるリスクが極めて高いものです。

妖艶・誘惑型(お姉ショタ路線封印

フィクションの中では定番ですが、現実では最も危険です。「知らない年上の女性が色気や親密さを武器に近づいてくる」のは、防犯教育を受けている少年からすれば恐怖以外の何物でもありません。

過保護・慈愛型

あらあら、どうしたの?」といった母性を強調するスタイル血縁関係がない限り、現代では「子供精神的にコントロールしようとしている」と周囲の大人から警戒されます。知り合いでない限り、避けるのが無難です。

自称運命パートナー」型

少年、君に会いに来たよ」といった、根拠のない運命を感じさせるタイプ

完全に不審者です。現実少年は、知らない大人物語性を求めていません。

キャラクター構築の最終チェック

実行してよいパーソナリティ共通するキーワードは脱・プライベート感です。

項目 実行OKプロフェッショナル 実行NGプライベート情緒的)
呼びかけの意図 用件(落とし物、道案内)が先 交流のもの目的
視線 用件が終われば外す じっと見つめ続ける
距離物理的にも心理的にも一線を引く 馴れ馴れしく、心の隙間に踏み込む
声のトー 明快、あるいは冷静 吐息混じり、あるいは甘ったるい

少年!」と呼びかけた瞬間の空気を「日常風景から冒険の始まり」のように変えることができれば、それは一つの演出として成立します。しかし、そこに少しでも「個人的な執着」や「歪んだ親愛」が混じった瞬間に、現実の法とマナーの壁が立ちはだかることを忘れないでください。

少年に与える影響

もしあなたの「少年!」という呼びかけが不審者事案にならず、奇跡的なバランス成功したならば。その少年の一生において、それは単なる「道案内」や「落とし物」の記憶を超え、一種の聖域のような思い出として結晶します。

1. 「世界主人公」に選ばれたという確信

日常を生きる少年は、学校や家庭では「生徒」や「息子」という役割に縛られていますしかし、見知らぬ、それも魅力的な年上の女性から物語記号である少年!」という言葉を投げかけられた瞬間、彼の日常には強烈なスポットライトが当たります

2. 視覚嗅覚に刻まれる「原風景

成功した瞬間、彼の脳内では無意識アニメのオープニングのような高彩度補正がかかります。そのお姉さんの顔そのものよりも、「あの夏の(あるいは秋の)光の中で自分を呼んだ声」が、人生の苦しい時にリプレイされる心のセーブポイントとして永遠に保存されます

 

しかし、この魔法が成立するのは、あなたが去り際に「じゃあね、少年」と一言残して、未練なく、颯爽と人混みに消えていった場合のみです。その「余白」こそが、彼のトキメキを一生モノへと昇華させる最後スパイスとなります。この「成功した記憶」を植え付けられた少年は、20年後、ふとした拍子に空を見上げて「あのお姉さんは、一体何者だったんだろう」と、今もどこかで元気に生きているであろうあなたに思いを馳せることになるでしょう。

2026-04-17

劣等感を逆手に取って我が儘ばかりの弱者男性

隠し持った母性本能キモい

2026-04-15

一人っ子だけど兄弟しかったなーーー!!!

一人っ子だけど兄弟しかった、特に弟。

子どもの頃から溢れ出る母性というか、自分より弱い者を構いたい欲求に溢れる女だった。

異性の方が面白そうやんの理由で弟が欲しかったけど妹でもよかったよ。

とにかく愛してぇ!怪獣は人を愛したいんや!

それに兄弟がいると、上下関係他者との関係性への理解も増すじゃありませんか。

身の回り見てると内向型でも兄弟がいる人間予後がよく、内向型一人っ子予後がよくない(自分含む)


あとさ、うちは教育熱心な家庭だったか一人っ子への集中投資がキツかった

他に子どもがいれば投資先が分散されたり、ヒステリーを起こすオカンへの愚痴を共有できたりしたのかなって思うとちょっとしんどさがある


何はともあれ兄弟しかったなーー!!

そりゃ仲良しになれなかったりとか、相続とか、色んなリスクもあるけどさ

でも自分と同じ両親を持つ人間そばにいる面白みを享受たかったぜ

2026-04-14

映画ラトルスネーク を見た

悪魔のせいなら、無罪?44点。

 

車でテキサスへ向かう母子だったが途中で車がパンクしてしまう。そこはアメリカ女、自分タイヤ交換に乗り出すがそのへんをうろうろしてた娘はガラガラヘビに噛まれて重体に。慌てて娘を抱えて走り回るとトレーラーハウス発見し、そこの老婆に娘を預け、自身は車を急いで修理し病院を目指すことに。老婆から「代金は後払いで」と言われ、適当に流して車の修理に向かいタイヤ交換を終え娘を迎えに行くと老婆はおらず娘からはヘビの噛み跡が消えていた。そして病院で診察を受けるも容態は安定。そこに謎の黒人が現れ「ほな代金いただきます日暮れまでに誰か別人の魂を捧げろ。じゃないとやっぱ娘死ぬ」と言われ証拠も見せられる。果たして主人公は娘のために他人の命を捧げることができるのか。

みたいな話。

 

う~ん。

ある種のミステリとして100回見た展開ではある。例えばちょっと前に見た「DROP」も、娘を人質にとられて知らんやつから娘を生かしてほしかったらデート相手を殺せって指令が来る話だったし。それを今作ではスーパーナチュラル相手から指令が来るという形になっている。

その結果として定期的に取立人がいろんな方法でやってきて、例えば交差点信号待ちしてるとガキが現れて窓を叩いてきて無視してると今度は頭を血まみれにしながら窓に頭突きを始めてぶち割ってくるとか、廃教会の前で黒衣の神父がフィンガーガン売ってくるやんと思ったら化学工場ばりに黒煙をモクモクあげながら炎上したりと、ホラー演出ねじ込むというエンタメ効果を補強しているのは、設定を活かせているという意味でヨシ。

一方で、こういう作品キモであるはずの殺す殺さんの話はなんかかったるい。

取り立てが病院から始まるので偶々見かけた死にかけのジジイ家族接触して病室に潜入。家族が目を離した隙に殺そうとするも、殺せない!ってなってトイレに逃げ込んだら家族が戻ってきてすぐにジジイは死亡。という、もう死ぬんやったら殺しとけばよかった~っていう皮肉な展開はちょっと面白かったけど、その葛藤も地味だしなんかタラタラしてる。

その後、バーDV彼氏とその彼女出会い、せやDV彼氏やったら殺してええやろ!ってなるのもナンカナーって感じだし、ガンショップに銃を買いに行くも地元民じゃないかダメって拒否されるも砂漠レイプされた!ってでっち上げて近所の闇業者を紹介されて銃を買える展開もナンダカナーって感じ。

で、まんまとDV彼氏誘拐砂漠につれていくも逃げられ探すも見つからず途方に暮れた彼女は取り立てに来る悪魔出会いもうダメだぁ、おしまいだぁとなってこの映画を見始めた人100人中96人が考えたであろう結論に達し娘にビデオメッセージ撮影する。はいはい他人指定がないから結局自己犠牲自殺するんでしょと思ってたらなぜか戻ってきたDV彼氏に石を投げられ気絶。そしてなぜか待っていたDV彼氏と再び対峙するも抜いたナイフ自分の首を切ろうとする主人公。フーンと思って見てると、なぜか再びガラガラヘビがやってきてDV彼氏の足をガブリアス

から落下した瀕死DV彼氏を見て主人公はこれ幸いと首を掻っ切り娘を迎えに行って街を脱出するのでした。

 

これ前に見たトジコメを思い出すんだよな。スーパーナチュラルの使い(そもそもヘビってのがモチーフ的だし)によって試練が与えられ、その試練の究極の自己犠牲という解答にたどり着けたのでスーパーナチュラルから許されてDV彼氏を殺す権利をもらえた的な。結局、結論として臓器くじじゃないけど功利主義的に自己犠牲精神を見せたから死にかけのDV彼氏を殺したらええやんというのは本当に正しいのか。

もろちん、このDV彼氏の足にガラガラヘビが噛みつくところまでが実は最終試練でここで「殺す」「自殺する」のどちらを選ぶのかで真の倫理観が試されているという捉え方もできなくはないけど崖から大落下してさらガラガラヘビにも噛まれているっていう、主人公自殺したところでこいつも死ぬだけやんって状況だったら、倫理もクソも合理的に考えてこいつを殺すのが正しいってなっちゃうじゃん?

母性による究極の自己犠牲の果てに結局他人を殺して自分も娘も助かりました!相手DV男だしいいよね!

ほんまにか?

まぁ最後最後に車で走ってると娘が殺したはずのDV彼氏を見つけてヒッチハイクしてるオッサンおるなぁって言い出して、つまりどういうこと?ってなる、本当にあの決断解放されたのかというあいまいさを残すエンドになってるけど、残されたところでじゃあどうすればよかったんっていう。さっさと死んどけばよかったんか?

 

まぁそんな感じかな。

主演の黒人女性自身プロデューサーとして噛んでるみたいな話も合って、そういう作品ってだいたい何らかのエンパワーメントを推進しているところがあって、この作品母子シングルマザーDV彼氏に対して並々ならぬ怒りを持っていたり、DVサレ彼女に強い感情移入をしていることから、もしかしたら主人公自身がその被害者だった可能性を示唆していて、DV野郎死ね!という強い思いがあったのかもしれないけど、それが作品ジャンル面白さにうまく反映されていたかは謎。80分しかないのにめっちゃ長く感じた。あんオススメじゃないかも。

2026-04-13

anond:20260412120412

まあ、実子だったら作った責任があるとは思うんだけれど、このパターンでその責任はないよなとは思う。

でも、引き取りを拒否する自由はあったんじゃないんだろうかとも思う。

いくら何かの圧があってそれに負けたりしても、引き取ったからには引き取るという責任があるだろうな。

無理矢理引き取らされたとしたらなんかレイプされてできた子供みたいになっちゃうとは思うし、ハイリスクだとは思うけど。

スパイファミリーのヨルさんは元々は諜報機関マークされないためには「普通」を装った方がよくて、そうすると人妻を装った方がいいからという利己判断だったと思うんだけど。

黄昏に思慕の念を抱く展開や、"連れ子"のアーニャにも感情移入していってしま母性爆発展開には好き嫌いがありそうだけど。

2026-04-03

映画ライトオフ を見た

極めて正しいワンイシューアイデア映画の佳作で69点。

 

セフレと過ごしながらもどこか他人を受け入れきれない主人公。そんなある日、彼女の継父が行方不明になり、弟は暗闇にバケモノが潜んでいると寝不足になり学校で居眠り連発。学校は彼の母親と連絡がつかなかったため、主人公に連絡が来て主人公はその惨状を知る。バケモノに身に覚えがあった主人公は弟とともにうつ状態母親過去と暗闇でだけ姿を現すバケモノとの戦いに挑む。

みたいな話。

 

いや、面白かったね。

今作では「暗闇でだけ存在するバケモノ」というワンイシューをどうやって怖がらせるかに全振りしていて、そのアイデア豊富さや活かし方がスマートで非常に良い。そして当然そんなワンイシューだけで2時間も3時間映画が撮れるわけないのでバケモノの由来と対決だけの的を絞って80分という短い時間にまとめた決断英断

そんな中でもうつ病母親バケモノという重荷を背負いその話をしても誰からも信じられなかったというトラウマから家を出て他人を深くは受け入れないという生活を続けていた主人公が、弟を救うために母親過去を知り、バケモノとの対決という過程を経る中で、靴下の片方だけでも家には残させなかったセフレには箪笥の一段を与え、一度は捨てた弟を受け入れるという受容を果たすという成長ストーリーや、うつ病現実を受け入れられず夫や娘には逃げられバケモノ家族を害していたことを見て見ぬ振りし続けた母親が娘による需要を経て最終的には母性を取り戻し家族を救うために決断する展開も入っていて、人間ドラマにもちゃんと目配せできているのはシンプルにえらい。

 

特に暗闇でだけ存在するバケモノ表現がよくてねぇ。冒頭で大まかなルール説明として継父死亡パートがあって、たぶんアパレル倉庫かどっかで居残りする継父と事務員が襲われるんだけど、スポットライトのむこうの暗闇にぼんやりと”何か”が立っているのが見えて、電気が消えて点くたびに近づいてくるという古典的な怖がらせがある。

じゃあ何で電気が消えちゃうかっていうとその倉庫自動消灯で動作反応点灯という仕組みになっているという倉庫あるあるギミックを配置してるのが憎い。ずっと動いとけばいいじゃんって思うかもしれないけど、むこうの暗闇に"何か"が潜んでる中でバタバタ動き回れないでしょ。俺は動物として正しい行動だと思う。

こんな感じで暗闇でだけ存在するバケモノと戦う中での「そうなる理屈」が割とちゃんと考えられているのが良い。

地下室に閉じ込められた主人公たちを助けるためにセフレが駆けつけるんだけど暗闇の中にバケモノがいる(このためにバケモノは町の一角を全面停電に追い込んでいる。テロリストかよ)。懐中電灯で照らすことで存在を抹消するんだけど、地下室のドアを開けるためにそっちを見てると光が逸れてしまう。一瞬の隙を突かれて懐中電灯を弾き飛ばされて襲われるも、間一髪、スマホの待ち受け画面の明かりで撃退。一度撤退しようとするもスマホの光は弱いため横が照らせずに再び襲われスマホは手から離れ宙づりにされあわやと言うところで、遠隔キーで車を起動しヘッドライト撃退ピンチに陥るロジック脱出ロジックがしっかりしていて非常に良い。

あとは車での脱出成功したセフレ警官を呼んできて警官VSバケモノ戦になるんだけど、マズルフラッシュのせいでバケモノ存在が消えてしまダメージを与えられないというギミックロジックの正しさたるや!よう考えとる。

ホラー表現としても暗闇の中に何かいるというジリジリした怖さから電気が消えて次に点いたらどこにいるんだというドキドキ感、実際に急に襲い掛かってくるジャンプケアといろんなタイプの怖さを取り揃えていて隙が無い。

で、結局このバケモンはなんやったん?っていうのは、どういう人物だったかは明かされるんだけどどういう理屈でこんなことになっているんやというのはかなりぼんやりさせたまま終わっちゃうので解決方法もあれでよかったんか?ってなっちゃうのはややマイナス。あと、あの解決方法だと実際に警官死んでるのどう処理するんやろと言う疑問も。

 

まぁそんな感じかな。

電気が消えるとバケモノが現れて点くと消えるというギミックをどれだけ多様な見せ方ができるかという点に全集中した潔いミニマルホラーの佳作としてホラー映画好きなら全然見てみていいと思う。

2026-03-31

子どもを望まない」女性が65%、初めて男性を上回る

そりゃそうだよなあ

通勤とき毎日自分よりデカ障害男児を連れてどこかに行く母親とすれ違うんだよ

障害児産んだら父親はほぼ何もしないで母親けが責任を負い人生詰む

介護も、ドイツとかじゃ家庭内介護者に介護保険から費用が払われるが、日本じゃ無料奉仕

仕事家事育児義実家とのつきあい女性への負担半端ないんだわ

そもそも妊娠出産すら「痛みを感じないと母性が~」とか言うクソどものせいで地獄の苦しみ

出産した知り合いは、「あれは死闘。気軽に2人目とか言うな。○○○ぞ」と言ってた

つーか、これまで子供いらない男性の方が多かったんだ

じゃあ、今の少子化って男性のせいじゃん?

2026-03-28

先輩の子供を見た感想

先輩二人とかなり仲が良い。

会社の先輩で、私含め3人は同じ部署で働いていた。

私以外のふたり会社を辞め、ひとりは結婚子供を産んだ。もうひとりは、色んな世界を見て回っている。

先輩の子供が生まれ半年が経ち、落ち着いて生活できるようになったので、子供に会いに行くことにした。

子供を産んだ先輩をA、旅回りの先輩をBと呼ぶ。

私はBとK駅で待ち合わせ、Aに当てたプレゼントを購入し、自宅へ向かった。

子供と言っても6ヶ月のベビーサイズ感もわからず、写真を見た感じ、かなり大きいと想像していた。

実際に子供を見て湧いた感情母性のような、不思議感覚

キャッキャと笑う姿が本当に可愛くて、愛おしい。

抱っこさせてもらうと、必死にしがみつこうと服を握る姿がまた可愛い

ミルクを貰い、オムツも変えてもらって、ニコニコ笑うベビーさん。

めちゃくちゃ可愛いである

また、Aがお母さんになっていたことにも驚いた。

会社では厳しかった先輩が、いないいないばあをして、子供のために色々準備する姿が印象だった。

オムツ変えようねとテキパキ準備する姿は仕事の時の姿と重なった。

お母さんとお子さんを見て、私も早く子供を産んで育てたいと思った。

あん幸せの塊を抱き抱えられるなんて…

またベビーさん会いたいなぁ。

幸せ健康に育ちますように!

2026-03-23

映画バース/リバース を見た

生命タブーに挑むべき奴らが生命タブーに挑むサスペンスホラー。51点。

 

シングルマザー看護師主人公は疲れ果てていた。ある朝、目が覚めると娘の具合が悪いが仕事が迫っている。階下の知り合いに娘を預け出社し、トイレスマホを落としてしま帰宅すると娘は死亡。娘の遺体を引き取りに行くもなぜか行方不明になっており、担当した病理医の疲れたおばさんを怪しみ家に押し入るとそこには死亡したはずの娘が。彼女は死についての実験を行うマッドドクターだったのだ。主人公は悩むが病理医に従い娘を活かすために転落の道へと進んでいく。

みたいなお話

 

死体を蘇らせるには胎盤から生成した血清を用意する必要があり、これまでは病理医はその辺のバーオッサンを手コキして集めた精子シリンダーで注入して妊娠し、その胎盤強制排出することで地産地消してたんだけどついには感染症子宮を切除することになってしまう。

一方でそれに巻き込まれ娘を生き永らえさせるため(なお死亡している模様)、病院検査に来た妊婦から胎盤液を盗み出すようになる主人公もその娘は体外受精で設けた子供であることが冒頭で明かされる。ゾンビ状態の娘を献身的介護しながらも、死亡した際には「スマホが壊れても連絡はいくらでも取れたけど私はそうしなかった。ホッとしていたのかもしれない。疲れていたから」と述べたりもする。

どちらも理由は明かされていないが、男性とのまぐわいで生命を成さな人類であるという共通点がある。

そして胎盤液を盗まれ妊婦は冒頭と作品最後事故(実際には主人公によって毒を飲まされて)によって瀕死の重傷で病院に担ぎ込まれる。医師が「大丈夫です。お子さんは助かりますよ」と告げられて、ぽつりと「私は?」と問うもそれには誰も答えずショック症状を起こし、そのままおそらく亡くなってしまう。彼女は作中で人ではなく母体(実際の赤ちゃん胎盤液)として扱われその役割を終える。

生殖」に対する嫌悪感と、「母性」に対する渇望と限界感がこの作品通底しているように見える。

死亡し蘇った主人公の娘は記憶もなく当初母親拒否するが、そのうち記憶がよみがえり生きていたことろの手遊びなどを行うようになる。ここは母性奇跡を起こしたように描かれているが、最終的に血清が底をつきかけた際に、主人公は再び娘を殺害冷凍庫に保存し、胎盤を丸ごと奪うために妊婦の家に押し掛ける。母性による子殺し

そうして事故的に妊婦は死亡するが再び血清を投与された娘が目を覚まし、主人公が「おかえり」と声をかけるところで映画は終了する。男性とまぐわって子を成した妊婦は死亡し、その死亡した妊婦から血清が作り出され新たな命が生まれ直すという構造になっているのがわかる。

みたいな感じでこういうテーマ映画撮りたかったんやと言うのはわかるんだが、別に面白くはなかったかな。

なんかずっと暗いし地味だし、じわじわした怖さはあるけど何かとんでもないことが起きるわけではない。いっこあるとしたら死んで蘇ったサンプル豚をゾンビ娘が刺殺する展開があるくらいだけど、それもなんでそんなことをしたのかというのは特に語られないし、その後、その豚を解体して「せや脊髄からも液取れるわ!」ってちょっとなるくらいの役にしかたたず、深くストーリーには絡んでこないのも不満。

病理医が完全にマッドドクターで尚且つアスペルガー気味で名前で呼ばれたら「ドクター」と返答して、何のことやと思ってたら「私の名前にはドクターと付けろや」という意味ちょっと草生えちゃったりしたし、そういう人間味のないドクター人間味の塊のような主人公コンビはまぁ、悪くはない。

あと音楽めっちゃいい。なんかチョモチョモずっと囁き声みたいなのが入ったオフビート音楽がいっぱい流れるんだけどめっちゃキモくて最高。

 

そんな感じかな。

テーマ自体は興味深いと思うしそのテーマをきちんと論理だてて描かれているとも思うんだけど、そもそもそのテーマに俺があんま興味ないのと、あとはいかんせん地味すぎたな―。まぁじわじわ怖いサイコロジカルボディホラーを見たい人にはオススメ

2026-03-19

「#ママ戦争止めてくるわ」の次は、「#ママ高市止めてくるわ」かよ。相変わらず邪悪まりないミソジニーだな。

14歳の娘」「お母さん」…政策を論じるのには何ら必要のない情緒的な言葉だ。

どうして「平和」にわざわざ、「母性」や「子供」を紐付ける?よりによって子供のいない女性首相名前を挙げて、自己の子供を産んだ女としての特権を振りかざす?

そういう無神経さが大嫌いなんだよ。

首相と同じく子供を産めなかった女性として、こういうのが吐き気を催す程に不快なんだけど。

そうやって年齢で人の価値に軽重の差をつけて、「子供」に特別意味を付けようとするから、同じように利用されて、女子高校生が亡くなった事を政治利用されて叩かれるんじゃない?


バーバラ村田

@barbarabbit

14歳の娘がふと漏らした

私たち戦争で死んじゃうかもしれないんだね…」という言葉にショックを受け、娘を連れて傍聴に来たお母さんも居ました。

#ママ高市止めてくるわ

#ママ戦争止めてくるわ‌

https://x.com/barbarabbit/status/2033885759875518735

2026-03-17

anond:20260317021449

わかる

パトロン保護者を選ぶのは理屈はわかるけどでも、それだと先生のはぐちゃんを好きってこの感情自分的に地雷で。

近親相姦っていうか、父性母性恋愛に転じるのが私的にアウトなんですよね。

から当時はすごい最終回が受け入れられず拒否してた。

だが創作活動が出来なくなったら生きていられなくなる、それほど全身全霊捧げてる子だし、あの家庭環境は大きいよね。

2026-03-10

あの日の客へ

30代女、元水商売。あらゆる街で小遣い稼ぎのような働き方をしていたが、何の因果か、今は昼職で土木関係現場職をしている。普通に毎日現場に立っている。都落ちしたと笑う知人も多いが、私からすればむしろ「人前に出られないカス職業から社会的には感謝される職業」へのランクアップだと思っている。

かつての私は、普遍的人間イメージする、普遍的な「水商売女」だった。傲慢かつ怠惰で、それなのにナチュラル自分を選ぶ側の人間だと思い込んでいる。実際、そう思ってしまうような商売ではあった。目の前の男が好みそうな人格を、その場で組み立てて差し出し続ける。長く業界にいると、それくらいのことは誰でもできるようになる。

飲み屋に来る男に比べれば、昼職の男はびっくりするほど簡単だった。欲しい言葉も、欲しい態度も、だいたい同じだからだ。

しかし当時から私は「将来的には心だけで支え合える、完全折半パートナー死にたい」と思っていた。高いプライドが変な方向にねじ曲がっていた。男性を選ぶ視点といえば、「私に金をかけられるか?」というプライドでも、「私を守る強い男であれ」という願望でも、生活を支えるという現実的理想でもなかった。私の理想もっと勝手気持ち悪いもので、「どれだけ強くても一人でこの世を生きていくのは難しい。現代日本では婚姻が最も保障される。私の弱さを理解し、私と同じくらい弱いまま隣で生きてくれるけど、こちらだけに寄りかかってこない男」だった。父性ではなく母性を男に求めていたのだと思う。かなりきしょい願望だが、正直、今もこのねじ曲がりが完治しているとは我ながら思えない。それはさておき。

最近婚活を始めた。上記過去をフルオープンにしている「家事家計完全折半子供産みません女」など市場では煙たがられると思っていたが、意外と男性好意的だった。私が本気で「年収職業学歴身長容姿」をチェック項目にしていないせいもある。精神パートナーというのだろうか。互いにメンタルケアをしながら生きていく関係を望む男性は、多くはないが皆無でもなかった。

そして私に好意的男性は、みな等しく善人だった。本当に眩しいくらいの「良き」人間で、多分、男性社会の荒めなコミュニケーションではやっていけない側なのだろうと思ったりもした。

ただ、彼らには致命的な問題があった。

あらゆる会話が続かない。

優しいのだが、文脈を拾えない。相手の前提を踏まえて話すことができない。他人言葉思想理解しようとする力が弱い。そこから会話を拡張していく語彙力もない。相手に合わせて空気感を変えることもできない。こちらが頑張って盛り上げた空気感を「相手も楽しんでいた」と素直に認識してしまう。つまり認知力がかなり低いのである

……私また、選ぶ側の傲慢思想が出ているな。

こういう時は、決まってあの客を思い出す。当時30代後半くらいだったであろうその客は、正直、見た目が終わっていた。どこで買ったらその組み合わせになるんだという服を着ていたし、見た目のケアもできておらず、とても仕事ができそうには見えなかった。当時の店はそれなりに単価が高い店だったが、確か誰かの枝として来ていたと思う。

しかしその客は、会話だけは違った。女にモテる会話ではなかったが、こちらがまだ言語化できていない感情を、丁寧に真っ先に言葉にした。間髪入れず、かつ肯定のような枕詞も忘れずに「それってこういうこと?」とすぐ仮説を出してくる。私が「ちょっと違う、なんかこういう感じで~」と言うと、「じゃあこういうこと?俺も似たようなことある~」とすぐさま柔らかく修正する。私が肯定を返せば「分かるよ~俺も〇〇な時にこんなことあって~」と共感力の高い会話を拡張していく。

あの頃の私は、それを特別なことだとは思っていなかった。女のコミュニティではこのような会話が当たり前だからだ。ただ、接客中なのに妙に会話が楽だった。そしてこの客はよく言っていた。

「世の中って、思うほどみんな優しくない」

わかる、と当時の私は同意していた。こちらが差し出す優しさを、どうして同等に返してくれないのだと思っていた。こんなこと、人間としてできて当たり前だろう?と。そしてこいつだけは、私をちゃんと一人の人間として扱っているとすら思っていた(当時は傲慢な女だったため)

から私は何回か誘った。

あなたなら店の外で会ってもいいよ!」

恋愛をするつもりなんてなかったし、金銭的な打算がまったくなかったといえば嘘になるが、まぁ少なくとも不愉快ではなかった。

しかそいつは決まって「俺そんな金ないから」と笑って、空気が悪くならないように断った。どれだけそれっぽい営業を掛けても、絶対にうんとは言わなかった。だが時々、思い出したように店には来る。そう、店には来るのだ。この珍しさ、夜職をしていた女なら分かるだろう。私は頻繁に営業をかけていたが、そのうち、そいつにはメールが届かなくなった。当時のジジイ達はまだLINEをやっておらず、連絡手段メールだった。

まだ成人したてで世界が狭かったあの頃の私は、これらのことを大して重視していなかった。でも今なら分かる。あれは多分、あの客なりの誠実さだったのだろう。

店の女が、店の外で会おうと言っている。本音なわけがない。信じる価値もない。でも、このまま無料で会話させるのもどうなんだろう。そういうことを、もしかしたら全部考えていたのではないだろうか。もちろん、私に価値を感じなくなって着信拒否をしただけなのかもしれないが。捨てる前に店外をしなかったあの客は、何を考えていたのだろう。

認知力が高い人間は、夜の店でも素直に楽しめない。状況の構造を見てしまうからだ。だからあいつは、夜の店でさえ生きづらかったのだと思う。でも、今の私はお前のそれを誠実な優しさだと勝手認識しているよ。色んな人間と接して、自分の歪みを指摘されて、まぁ、現場系で働くくらいには「まとも」になったから。

婚活相手の人々は、こんな私にも優しくしてくれる。私が悲しい時に笑ってくれる人。私が困っている時に「そんなことは忘れて星を見よう!?」と言ってくれる人。「大丈夫?」の前に「何かいものある?」と聞いてくれる人。

荒いコミュニケーションかもしれないけど、みな等しく優しかった。心配した上で、自分なりの優しさで歩み寄ろうとしてくれた。私がそれを優しさと認識できなかっただけで、誰もが無神経なわけではない。コミュニケーションの形が合わないだけの、優しさだ。

「世の中って、思うほどみんな優しくない」

でもお前は、優しかったと思うよ。

傲慢になりそうな時は、決まってあの客のことを思い出す。

あの日の客にも、こういう感覚が芽生えて、幸せに暮らせているといいな。

2026-03-04

相変わらず、なんで「#ママ戦争止めてくる」を叩いている=ネトウヨだと決め付けるんだよ。

私は寧ろ左翼から母性戦争反対を結び付けるような母性信仰に基づくあのタグが許せないんだが?

戦争反対ならば普通に戦争反対って言えばいいじゃん。

なんで「#ママ戦争止めてくるわ」なんて変な言葉を使う必要があるの?

https://x.com/Iwako_Ganseki/status/2027752108167221408

anond:20260304073956

お前ら昔は〇〇ママ、〇〇ママってアニメゲームキャラママを付けて、母性見出してバブる気色悪いことをしてたのにどうしたんだ?

反抗期でも来たんか?

映画ファイヤーブレイク を見た

絶対公式あらすじ以上の情報仕入れずに見たほうが面白いソ映画。69点。

 

家族引っ越しの準備をしている最中、幼いリデが森の中でこつ然と姿を消す。そこへ追い打ちをかけるように火災が発生。迫りくる炎の中、母は娘を救い出すことができるのか。

Netflixのあらすじ原文ママ

 

ちなみにこのあらすじも実はウソで、娘の失踪から火災は発生しています

で、もうネタバレしていくんだけど、このあらすじからだとディザスター(災害)映画、迫りくる火災の中、主人公が森の中を走り回って炎をかいくぐり知恵を尽くして娘を探しだすハラハラキドキのアクションサバイバル映画を期待すると思うんだけど、実際にはそんな映画じゃ全然ない。

じゃあどんな映画かって言うと「追い詰められた人間疑心暗鬼に陥り判断能力喪失し、いとも簡単他人を傷つけられる」様を延々と描く胸糞キチガイ映画

 

娘を探すために夫の友人でもあった隣人に助けを求めるんだけど、なんかちょっと怪しい。疑念を募らせた主人公と弟は彼を誘拐犯だと決めつけ家宅侵入し隣人を拘束、拷問を行い始める。いろいろあってボコボコにされた隣人は苦し紛れに娘の居場所を知っていると言い出し、燃え上がる森の中に侵入し隙を見て逃げ出す。そうして森を逃げ惑う隣人は遠くで娘の声を聴きそれを追うと道に迷って穴に落っこちて抜け出せずにいた娘を発見。なんとか娘の救出に成功。遅れてやってきた主人公は隣人をライトで何度も殴打し娘を連れて脱出。その後、娘から真相を聞いた主人公は森に戻り隣人を救出し、隣人はすべてを許し主人公は再出発するのだった。

 

俺が一番嫌いな「正義という名の思い込み一方的他者権利を平気で侵害するカス」が前面にフューチャーされたマジのクソ映画だった。

隣人は自然由来の幻覚剤や鎮痛剤も用いた瞑想指導セラピーなどの民間療法を執り行う一種シャーマンのようなことを生業としている一種宗教的マイノリティ主人公は娘を救いたいという一心から彼の行動すべてを怪しみ否定し、全て本当のことを話している隣人の話を嘘だと決めつけ、自白強要する。異常にヒステリック自身は何の証拠も示さず、そんなわけない、怪しい、不自然だと延々と詰問を続ける。

そもそもこの女が父親喪失を悼む娘を怒鳴りつけ傷つけたたことが失踪の引き金なのに、いや、だからこそそれを受け入れられずに私が悪いんじゃなくてこの目の前の怪しい男が悪いんだという自己正当化自己防衛のために善意の隣人を痛めつける様はもう本当に無理。

義妹から根拠のない暴力をふるうお前たちはおかし警察を呼ぼうと提案されるも火災が近いから娘、姪を助けるために必要なんだと暴力正当化する姉弟絶望する義妹というコントラストも効いてる。

そして、実際には娘を穴から救出してくれた隣人を殴り倒し火中に放置して脱出し、娘から「隣人に助けてもらった」と聞いても「言わされてるんでしょ?」「本当はなんかされたんでしょ」「彼がつれていったんでしょ」としつこく聞き返すクズ。そして真実確信した後もとりあえず安全地帯まで娘を連れて行きしばらく悩んだ後にようやく隣人の元に戻るカス

一度疑念に火がついてしまった人間はここまでキチガイになれるのかと本当に鬱々とさせられる。

 

っていうのを「火災」と紐づけるのは比喩としてあまりに直球すぎると思いつつも正しいアプローチだと思う。

オープニングもよくて。電話喧嘩をする音声が遠くから聞こえて、その喧嘩を中継している電波塔の機材がショート火花が地面に落ちてそこからボヤが発生する(ここのCGがクソチープで危うく絶望しかける)という、些細ないから発生した火花が止めようもない巨大な災害に発展するというこの作品のすべてを表しているのが良き。

そして隣人を殴り倒して放置して帰る場所防火帯(ファイヤーブレイク)という、森の中に敢えて木が植わっていない場所を作って火災の時に火が燃え広がらないようにする場所になっていて、左側は大火災、右側はまだ燃えていない森、そしてその真ん中に3人がいるという「冷静と情熱のあいだ」みたいになっているのも象徴的で、なにより絵としてめちゃくちゃ美しくて感動した。そしてその防火帯を管理するのが隣人の仕事だったんだよね……

 

難病で苦しむ夫は余生を静かに暮らそうと森の中に引きこもり自分の好きな熊の彫り物を作って静かに死んでいったことに対しても主人公は「彼を救えなかった自分」と「私に救わせてくれなかった彼」の両方を責めていて、夫の死をうまく消化できていないのは理解できるが、それを何も悪くない娘や隣人に向けるのは俺は許せない。

最終的に隣人と姪は同じ病院収監され助かり、隣人はおそらく主人公通報(自首)してやってきた警官に「小熊を守ろうとした母熊に襲われただけ。刑務所に熊は入れられない(から被害届を出すつもりはない)」と主人公母性暴走を許し、それを見て弟はほっと胸をなでおろし(ジュネーブ条約違反だし)、夫の思い出が詰まった家に戻った主人公は隣人から「灰の中から育つ花」をもらって新たな生活に歩み出すのだった死ね

 

心底胸糞悪いクソ映画だったけど、この映画は間違いなくそれを狙って作られていると思うので俺が好きか嫌いかは別としてこの映画にくらわされたことは事実なのでちょっと高めに点はつけた。倫理的に間違った現象倫理的に間違っていることを自覚して描く映画は俺は正しいとは思うし。母は強し(キチガイ)な映画好きな人にはオススメ

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