「ハイエク」を含む日記 RSS

はてなキーワード: ハイエクとは

2026-04-13

anond:20260412141232

10代で読んでいないと恥ずかしい必読書

プラトン国家』 

アリストテレスニコマコ倫理学』 

ショーペンハウアー意志と表象としての世界』 

ヘーゲル精神現象学』 

デカルト省察』 

パスカルパンセ』 

ライプニッツ『単子論』 

カント純粋理性批判』 

キェルケゴール死に至る病』 

バークフランス革命省察』 

ジェイムズ『宗教的経験の諸相』 

ニーチェ道徳の系譜』 

ベーコン『ノヴム・オルガヌム』 

フッサールヨーロッパ諸学の危機と超越論的現象学』 

メルロ=ポンティ『知覚の現象学』 

ハイデッガー存在と時間』 

アーレント精神生活』 

ヨナス『責任という原理』 

サルトル存在と無』 

ベルグソン時間自由』 

ミンコフスキー『生きられる時間』 

レヴィナス全体性無限』 

フロイト快感原則彼岸』 

ドゥルーズ=ガタリアンチオイディプス』 

フォーダー『精神モジュール形式』 

ヤスパース精神病理学総論』 

エレンベルガー『無意識発見』 

ラカン精神分析の四基本概念』 

フーコー言葉と物』 

ソシュール一般言語学講義』  

ヴェイユ重力と恩寵』 

ディルタイ精神科学序説』 

ブーバー『我と汝・対話』 

ウィトゲンシュタイン論理哲学論考』 

ミンスキー『心の社会』 

ライル『心の概念』 

バタイユエロティシズム』 

アガンベンホモ・サケル』 

ラッセル西洋哲学史

ルソー社会契約論』 

スピノザエチカ』 

ウェーバープロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』  

リップマン世論』 

オルテガ大衆の反逆』 

マンハイム『イデオロギーユートピア』 

フロム自由からの逃走』 

ミルズ『パワーエリート』 

リースマン孤独群衆』 

パーソンズ社会行為構造』 

デュルケム『自殺論』 

イリイチシャドウ・ワーク』 

M・ポランニー『暗黙知次元』 

バレーラマトゥラーナ『知恵の樹』 

ルーマン社会システム理論』 

ブルームアメリカンマインド終焉』 

シオラン歴史ユートピア』 

バーマス『晩期資本主義における正統化の諸問題』 

ロールズ正義論』 

ブルデューディスタンクシオン』 

オング『声の文化文字文化』 

アドルノホルクハイマー啓蒙の弁証法』 

フランシス・フクヤマ歴史の終わり』 

サイードオリエンタリズム』 

ジジェクイデオロギーの崇高な対象』 

アンダーソン『想像の共同体』 

シンガー実践倫理』 

マッキンタイア『美徳なき時代』 

ホイジンガホモ・ルーデンス』 

カイヨワ『遊びと人間』 

フレイザー金枝篇』 

モース『社会学と人類学』 

レヴィ=ストロース悲しき熱帯』 

ギアツ文化解釈学』 

キャンベル『千の顔をもつ英雄』 

ブローデル地中海』 

ウォーラーステイン近代世界システム』 

クラウゼヴィッツ戦争論』 

アダム・スミス国富論』 

ゾンバルト恋愛と贅沢と資本主義』 

ベンタム『道徳立法原理序説』 

ミル自由論』 

マルクス資本論』 

アルチュセール資本論を読む』 

シュンペーター経済発展理論』 

フリードマン資本主義自由』 

ハイエク『法・立法自由』 

ケインズ雇用・利子および貨幣の一般理論』 

ヴェブレン『有閑階級理論』 

ポランニー『大転換』 

ボードリヤール消費社会の神話と構造』 

セン『貧困飢饉』 

ベル資本主義文化矛盾』 

ドラッカー『「経済人」の終わり』 

サイモン経営行動』 

ギデンズ『近代はいかなる時代か』

ホワイトヘッド過程実在』 

クリプキ『名指しと必然性』 

ポパー『推測と反駁』 

クーン科学革命構造』 

ラカトシュ方法擁護』 

デイヴィドソン『真理と解釈』 

パトナム『事実価値二分法の崩壊』 

ベイトソン精神生態学』 

ベンヤミンパサージュ論』 

デリダ『法の力』 

クール時間物語』 

ペンフィールド『脳と心の正体』 

スローターダイクシニカル理性批判』 

シュミット政治神学』 

ダールポリアーキー』 

ヴァイツゼッカーゲシュタルトクライス』 

チョムスキー文法理論の諸相』 

ヴィゴツキー思考言語』 

パノフスキー『イコノロジー研究』 

ソンタグ『反解釈』 

ウィルソン生命多様性』 

ドーキンス利己的な遺伝子』 

ギブソン生態学視覚論』 

ケストラー機械の中の幽霊』 

ラマチャンドラン『脳のなかの幽霊』 

イーザー行為としての読書』 

イーグルトン『文学とは何か』 

ホフスタッター『ゲーデルエッシャーバッハ』 

ド・マンロマン主義レトリック』 

ブランショ文学空間』 

ガダマー『真理と方法』 

ローティ哲学自然の鏡』 

セラーズ経験論と心の哲学』 

レイコフ『認知意味論』 

ダマシオ『生存する脳』 

クワイン『ことばと対象』 

ウエルバッハ『ミメーシス』 

ミード西洋近代思想史』 

ネグリ構成権力』 

クリステヴァ『詩的言語革命』 

ランシエール不和あるいは了解なき了解

クリシュナムルティ『生と覚醒コメンタリー』 

バルトエクリチュールの零度』 

マクルーハンメディア論

ボルツ『グーテンベルク銀河系終焉』 

キットラー『グラモフォン・フィルムタイプライター』

2026-04-04

俺はまた自己放尿をしてしまったというのか

結論から言おう。これは単なる失態ではない。これは典型的自己放尿だ。

しかも繰り返し発生する、制度的・認知的失敗としての自己放尿である

俺は市場自由という分散情報処理メカニズム無視し、他人の行動に対して規範干渉を行った。

その瞬間、価格シグナルを踏みにじり、主観的価値理論否認し、機会費用概念忘却した。これを自己放尿と呼ばずして何と呼ぶのか。

 

市場とは、個々の主体が持つ断片的かつローカル知識を、価格というシンプル信号圧縮して交換する装置である

ここで重要なのは、誰一人として全体像を把握していないという事実だ。にもかかわらず、俺は他人選択に「それは非効率だ」「それは間違っている」と口出しした。

これは、情報の非対称性理解していない証拠であり、同時に自分が持ち得ない知識を持っていると錯覚する致命的なハイエク傲慢だ。つまり自己放尿である

 

さらに悪いことに、俺は暗黙のうちに厚生経済学的な改善を気取った。

だが、パレート改善定義すら厳密に満たしていない介入は、単なる価値判断押し付けに過ぎない。

外部性存在証明もせず、取引費用構造分析せず、ただ感情他人の行動にケチをつけた。

この時点で、俺は価格理論の基礎を放棄している。主観的効用を観察可能ものと誤認し、序数的選好を基数的に扱うという、初歩的誤謬連鎖だ。

まさに自己放尿の連続発火である

 

ここで原則に立ち返る必要がある。

第一に、個人は自らの効用最大化に関して最良の判断であるという前提。

第二に、競争市場インセンティブ情報整合性を通じて資源配分を調整するという理解

第三に、理論現実説明力によって評価されるべきであり、道徳的直観ではない。

俺はこれらすべてを踏み外した。自分直観市場の上位に置いた瞬間、自らの無知を露呈したのだ。

自己放尿とは、無知の露呈形式の一つである

 

もっと冷酷に言えば、俺の行為他人効用関数に対する侵略だ。

市場における交換は自発的であり、双方が主観的利益を得ると判断たから成立する。

そこに第三者として割り込み、「その選択は間違いだ」と断ずることは、観察不可能な内部効用を外部から否定する暴力に等しい。

ここに合理性はない。あるのは、誤った優越感と、理論なき規範押し付けだけだ。つまり自己放尿である

 

一方で、政府に対する批判はむしろ正当である

なぜなら政府強制力を持ち、非自発的交換を制度化する主体からだ。

租税規制補助金、いずれも価格メカニズムを歪め、インセンティブ構造を変形させる。

ここでの批判は、個人選択尊重するためのもの、すなわち市場秩序を防衛するための理論帰結である

政府介入は往々にして意図せざる結果を生み、公共選択論が示す通り、政治主体もまた自己利益最大化を行う。

したがって政府批判は、自己放尿ではない。むしろ自己放尿の予防接種である

 

だが俺は、その本来向けるべき批判の矛先を誤った。政府ではなく、個人に向けたのだ。

強制力を持たない主体に対して規範攻撃を行い、強制力を持つ主体への分析を怠った。

この転倒こそが、認知資源誤配分であり、思考における非効率性そのものだ。俺は市場分散合理性攻撃し、中央集権判断幻想にすがった。

これ以上ないほど純度の高い自己放尿である

俺の誤りは一つに収束する。自分知識限界過小評価し、他者知識価値過小評価したことだ。

市場はそのギャップを埋める制度であり、価格はその翻訳装置である

それを無視した瞬間、分析者ではなく、単なる干渉者に堕した。そして干渉者は、ほぼ例外なく自己放尿する。

 

からこそ、俺はここに宣言する。

次に他人の行動にケチをつけたくなったとき、まず価格を見ろ。

次にインセンティブを見ろ。

最後に、自分無知を疑え。

それができないなら、口を閉じろ。でなければ、また自己放尿するだけだ。

2026-02-25

日銀審議委員リフレ派起用?とうとう自己放尿を加速するようだな

中央銀行の審議委員リフレ派を起用するという報道を耳にして、俺は思わず呟いた。「それは自己放尿を加速するようなものだ」と。

貨幣制度に対する無理解は、往々にして穏当な語彙を許さない。

日本銀行が採るべきはルールに基づく貨幣供給の安定化であって、裁量的なインフレターゲティングの強化ではない。

貨幣数量をもって名目変数操作し、実体経済を恒常的に押し上げられるという発想は、まさにシカゴ学派が半世紀にわたり批判してきた幻想である

貨幣数量方程式インフレ幻想

フリードマンの出発点は単純だ。

MV = PY

ここで M は貨幣供給、V は貨幣流通速度、P は物価水準、Y は実質産出である。長期において V は比較安定的であり、Y は実物要因(技術人口制度)によって決定される。従って、持続的な物価上昇は本質的貨幣現象である

インフレーションは常にどこでも貨幣現象である。この命題経験的にも理論的にも支持されている。

リフレ派が想定する物語はこうだ。期待インフレを高めれば実質金利が下がり、投資が増え、総需要が拡大し、成長率が上がる。

だがこの議論短期フィリップス曲線錯覚という自己放尿に依拠している。

期待拡張フィリップス曲線の教訓

フリードマンが示した期待拡張フィリップス曲線は、

π = π^e - α (u - u^*)

で表される。ここで π はインフレ率、π^e は期待インフレ率、u は失業率、u^* は自然失業率である

短期的には、予想外のインフレ失業自然率以下に押し下げ得る。しか合理的期待の下では π^e は調整され、長期均衡では u = u^*。結果として残るのは高インフレのみである

これは裁量政策時間的不整合性問題である中央銀行インフレを利用して雇用を刺激しようとすればするほど、市場はそれを織り込み、政策は実質効果を失う。

リフレ政策短期酩酊をもたらすが、長期的には名目変数不安定化という自己放尿だけを残す。

ルール裁量

シカゴ学派の核心は、政府裁量制限する制度設計にある。

フリードマン提唱したのはkパーセントルールであり、貨幣供給一定率で安定的に増加させるという単純明快原則である

裁量的なインフレ操作は、政治的圧力と結びつくとき特に危険であり、自己放尿を招く。

名目GDP目標物価水準目標、期待操作といったレトリックは、理論的には洗練されているように見えても、実務上は中央銀行権限拡張正当化する自己放尿装置となりやすい。

価格メカニズム情報伝達装置であるインフレによる相対価格の歪みは、企業家計算を攪乱し、資源配分を誤らせる。これはハイエク知識問題フリードマン貨幣安定論の接点である

デフレ恐怖」という物語の再検討

日本における長期停滞を単純にデフレ帰結とみなすのは、因果関係の転倒であり、自己放尿である。実質成長率は人口動態、生産性規制税制といった実物要因に依存する。

もし Y が構造的要因で低迷しているなら、M を増やしても持続的に上昇するのは P だけである。これは貨幣中立命題である

中央銀行成長戦略代替物として期待される瞬間こそ、制度の退廃が始まる。貨幣政策万能薬ではない。むしろその役割限定的であるべきだ。

自己放尿の意味

寒さに震える者が自らに放尿すれば、瞬間的には温かいしかしその温もりは持続せず、むしろ体温を奪う。

予想外インフレによる景気刺激も同じである短期的には実質賃金錯覚雇用を増やすしかし期待が調整されれば錯覚は消える。残るのは通貨価値毀損制度的信認の低下だけだ。

中央銀行の信認は資本である。それを消耗してまで短期的刺激を追求するのは、合理的経済人の行動とは言い難い。

結論

リフレ派審議委員の起用が意味するのは、裁量金融政策へのさらなる傾斜であるならば、それはシカゴ学派観点から明確に否定される。

中央銀行の使命は、景気を操作することではない。名目安定を提供し、価格システム機能する制度的枠組みを維持することである

自由市場自動操縦装置であるなら、中央銀行はそれを邪魔しない安定的な背景条件を整える黒子であるべきだ。操縦桿を握りしめて乱気流を作り出す存在ではない。

貨幣中立であるべきだ。裁量制限されるべきだ。そしてリフレは長期成長の代替物ではない。

それを忘れるとき、我々は再び自己放尿の温もりに酔うことになる。

2026-02-21

政府による成長投資は、裁量・介入・インフレ圧力トリプル放尿である

まず定義から行こう。成長とは何か。総要素生産性の持続的上昇だ。

まり、同じ労働資本からより多くを生み出す能力の向上だ。

これは価格シグナルという分散情報処理メカニズムを通じて、無数の主体試行錯誤を繰り返すことで達成される。

ここに中央裁量が割って入る瞬間、情報は歪む。歪みは誤投資を生む。誤投資資源の浪費だ。これを「成長投資」と呼ぶのは、言葉自己放尿である

 

政府が「将来有望分野」を選ぶと言う。だが誰がその情報を持っている?

ハイエク知識分散論を持ち出すまでもない。将来の収益期待は、株価金利という市場価格にすでに織り込まれている。

官僚がその上に独自判断を重ねるのは、価格システムに対する二重計算だ。裁量による資源配分は、政治的リターン最大化という別の目的関数を持つ。

選挙区業界団体天下りポスト。これらが割引率ゼロ評価されるとき資本現在価値計算破壊される。

これが第一の放尿、裁量放尿だ。

 

第二に介入放尿だ。政府資金特定セクターに流れれば、相対価格が歪む。

補助金実質的な負の税だが、同時に他の部門への正の税でもある。クラウディングアウトが起きる。

国債発行で賄えば実質金利を押し上げ、民間投資排除する。中央銀行がそれを吸収すればマネタリーベースが膨張し、将来の期待インフレが上昇する。

どちらに転んでも、資源配分は政治的シグナルに従う。市場淘汰圧が弱まれば、ゾンビ企業延命する。創造破壊が止まる。これは構造自己放尿だ。

 

そして第三にインフレ圧力放尿だ。成長投資は往々にして「需要創出」とセットで語られる。だが、インフレは常にどこでも貨幣現象だ。

実体経済供給制約を無視して名目需要だけを膨らませれば、価格水準が調整するだけだ。

短期的にフィリップス曲線幻想に酔うのは自由だが、期待が適応すれば実質失業率自然率に戻る。

残るのは高いインフレと信認低下だ。ここで「成長のためだった」と言い訳するのは、自己放尿の上塗りである

 

政府は「外部性」や「市場の失敗」を持ち出す。確かに理論上は存在する。

だが介入の前提は、政府市場よりも誤差の小さい推定をできることだ。

実際はどうか。規制の捕捉、情報の非対称、予算最大化行動。公共選択論が示す通り、官僚政治家インセンティブに従う。

市場参加者が利潤を追求するなら、政治家は票を追求する。票最大化問題は成長最大化問題とは一致しない。

ここで行われる成長投資は、成長の名を借りた再分配だ。再分配そのもの否定はしないが、それを「投資」と呼ぶのは分析的誠実さを欠く。ラベル自己放尿だ。

 

持続的成長に必要なのは、安定したルール予測可能貨幣政策だ。

裁量ではなくルールフリードマンのk%ルール精神は、政策恣意性を削ぎ落とす点にある。

通貨供給を安定させ、税制中立化し、参入障壁を下げる。

あとは企業家に任せろ。失敗も含めて市場が選別する。失敗を税金で吸収する構造こそが、最大のモラルハザードであり、最大の自己放尿である

 

政府による成長投資は聞こえはいい。だがその内実は、裁量放尿、介入放尿、インフレ圧力放尿のトリプル放尿だ。

価格という分散知の結晶に対して、「俺のほうが賢い」と言って横から蛇口をひねる行為だ。

水浸しになるのは市場ではなく、最終的には納税者の実質所得である

成長を本気で望むなら、蛇口を閉めろ。自己放尿をやめろ。ルールに従え。市場に任せろ。それだけだ。

2026-02-20

anond:20260220010739

まず結論から言う。

信用スコア社会ってのは、市場進化じゃない。市場死体を利用した準・計画経済だ。

価格メカニズムを装ってるが、実態中央集権評価関数人間を配給するシステムだ。

まり自己放尿が商品として取引されているのではなく、自己放尿が統治のためのデータとして徴税されている。

 

こいつは俺が最も嫌うタイプ構造だ。

自由市場ではなく、評価アルゴリズムという中央銀行が、信用という通貨勝手に発行し、勝手に締め上げる。

信用スコア効率化と呼ぶ奴がいるが、あれは嘘だ。効率化じゃない。自由担保を切り崩して得る擬似効率だ。

市場本来、失敗した奴が復活できる。だが信用スコアは復活を許さない。これは市場ではなく、永久ラベリングによる身分制だ。

 

そしてこの身分制は、価格ではなく評価関数で決まる。

市場価格分散情報統合するが、信用スコアは逆だ。

スコアプラットフォームが正しいと決めた世界モデルを全員に押し付ける。

これはハイエク知識問題無視した中央計画のものであり、アルゴリズム独裁計画経済で、自己放尿が配給票になる。

 

ここで重要なのは、お前の言う「出口がない迷路」って比喩は半分当たってる点だ。

だが、それを市場必然と思い込むのが間違いだ。出口がないのは市場からじゃない。参入と退出の自由プラットフォームが潰してるからだ。

市場の失敗ではなく、準国家の失敗だ。

 

プラットフォーム民間企業の顔をしているが、実態規範設計する統治機構になっている。

言い換えれば、国家でもないのに国家みたいなことをやっている。

これが一番ヤバい国家ならまだ憲法司法もあるが、プラットフォームにはそれがない。つまり法の支配の外側で動く計画経済だ。

 

から市場教」とか言ってるのはピントがズレてる。

今起きてるのは市場暴走ではない。市場看板を利用した行政権私物化だ。

 

さて、自己放尿の話に戻す。

Xでおすすめを見て自己放尿できなくなる現象、これは単なる劣等感じゃない。市場構造の変化だ。

本来、発信は分散市場だった。

自己放尿はローカル共同体に流れ、評価は遅く、曖昧で、多様だった。

だが推薦アルゴリズムが導入されると、自己放尿は局所からグローバル競争財に変わる。

すると何が起きるか。勝者総取りだ。

注意市場ネットワーク外部性が強すぎて、自然に集中する。

その結果、自己放尿は個性表現ではなく、ランキング争いの入札札束になる。

まり自己放尿が人格表現から広告枠の燃料に変わった。

これが最悪なのは、ここで競争が起きているのが価値ではなく支配アルゴリズムへの適応からだ。

市場競争本来消費者の選好に応じて企業が創意工夫するものだ。

だがXの競争は、消費者ではなくアルゴリズム評価関数最適化する。

まり市場ではなく、計画当局への忖度競争だ。

 

これはパヨクと同じ構造だ。

消費者ではなく国家計画委員会指標に合わせて生産するから、釘が足りなくなったり、無駄に重い釘が大量生産されたりする。

Xではそれが炎上向け自己放尿や過激な短文化自己放尿になってるだけだ。

まりおすすめ欄は世界下水道じゃない。

おすすめ欄は「計画当局が推奨する生産物の見本市」だ。

そこに並ぶのは、最適化成功した自己放尿の完成品であり、お前の平凡な自己放尿は、規格外として価値ゼロになる。

 

で、「じゃあ毒入り放尿で壊せ」と言う。

ここでの答えは冷酷だ。

毒入り自己放尿で壊れるのは、プラットフォームじゃない。

壊れるのは自由言論市場の残骸だ。

毒を撒けば撒くほど、規制需要が増える。

これは完全に公共選択論世界だ。

規制当局企業も、危機があるほど権限予算を拡大できる。

まり毒入り自己放尿は、権力者にとってはボーナスステージだ。

「毒で防衛コストを上げれば企業死ぬ

甘い。企業防衛コスト広告主に転嫁するか、ユーザー転嫁するか、国家と結託して規制を作り競争相手を○す。

これは規制経済学でいうレントシーキングだ。毒入り自己放尿は、プラットフォームを倒すどころか、国家企業癒着を強化する燃料になる。

これが本当の地獄だ。

反体制のつもりで毒入り自己放尿を撒く奴は、実際には監視資本主義国家統治ハイブリッドを促進する。

まり敵は市場じゃない。

敵は信用スコアという中央計画的な身分配給と、推薦アルゴリズムという疑似計画経済だ。

自由を守る方法は、自己放尿で暴れることじゃない。

出口を作ることだ。競争市場を復活させることだ。

こういう方向が自由市場回復だ。

おすすめ欄を見て自己放尿が無価値に感じるのは、お前の感情問題じゃない。

自己放尿が市場評価されているのではなく、自己放尿が計画経済入力データとして徴収されているからだ。

市場に○されたんじゃない。

市場を名乗る計画経済に、自己放尿を徴税されてるだけだ。

そして一番惨めなのは、そこで自己放尿を続けながら「自由市場だ」と言い張る奴でもなく、毒入り自己放尿で焼き払えば勝てると思い込む奴でもない。

本当に惨めなのは、そのどっちも「アルゴリズム中央銀行」という現実を見ずに、自己放尿で自己陶酔してる点だ。

信用スコア社会は、自由市場じゃない。

ただのデジタル計画経済だ。

そしておすすめ欄は、計画当局掲示板だ。

そこに載らない自己放尿は、存在しないのと同じ扱いになる。

 

これが現実自己放尿で遊んでる場合じゃない。

2026-02-07

ハイエク経済学者肩書持ってるけど哲学者だよ

自由主義経済で景気が良くなるなんて主張はしてないよ

景気が良くなろうが悪くなろうが

自由」が大切って話してるんだよ

ハイエクのいうところの「設計主義社会共産主義)」は全体主義への道って話だよ

フリードマンもだいたいそんなところだよ

経済的豊かさのための自由主義経済じゃないんだよ

anond:20260207215318

お前はまず、経済学歴史を学んだほうが良いよ

フリードマンとかハイエクとかあるだろ

2026-01-22

AI使っててIQ上がった人他にいる?俺20も上がってたんだけど

いや精神病院入院して総合IQ出してもらったんだけど、大学生の時やった時と比べて20も上がってたのよ。あ、その時も精神病院で測らされたんだけど。

発達とかの検査ではないやつね。ワイスだかワイズだかいうやつ?しらんけど。

当時102だったのが今122。別人じゃん。

これって誤差とかたまたま出たとかたまたま正解を引いた結果なんすかね、って聞いたら、いや、正確、というようなことを言われた。

俺のAIの使い方としては知らない分野、例えば経済学とか心理学医学アウトサイダー・アート哲学奴隷制身分制のこと、国内外売春歴史システム、各国の障害福祉政策宗教歴史憲法外国生活保護制度比較戦争紛争ジェノサイドの例とパターン日本文化奇形の種類とか、挙げればキリないけどヒマさえあればありとあらゆる知的好奇心を満たすためだけに幅広く聞きまくったり調べまくったりして、それぞれ延々壁打ちしまくってディープリサーチもさせまくって深化させたものタイピングしまくって、noteにまとめるっていうそういう趣味で使ってたのね。

文章AIに書かせてない。文章とか音楽とか画像とか今なんでもAIが高品質ものを作れるって知ってるし見抜けないようなものもあるって知ってるけど、俺は文章を書くのが好きだからそこは俺がやってるわけ。で、どれもこれもつまみ食いなわけだけど例えば経済学だとケインズのことだけめちゃくちゃ詳しく語れるけどハイエクっていう真反対のことを主張した人のこととかはからっきし知らないしもちろんマルクスちょっと常識程度で知ってるけど全然知らないわけ。憲法に関しても権利関係はほぼ網羅してそれらがどれだけ国家権力から国民を守っているかとかは詳しくなったけど憲法9条とかは別にあんま興味ねーしなって感じであんま深くも語れるだけのインプットはなかったりするのよ。

けど、書籍を読むよりも簡単教養(といっていいのか)が深まりまくった1年だったなーとAIガンガン進歩する昨年末感慨深く思ってたわけ。

で色々あって措置入院強制入院?になってあーまたかってなって、2ヶ月閉鎖、スマホ取り上げ、あースマホAI壁打ちできねー、ヒマー。アー。って感じだったんだけど。
そこでヒマしてたらついでにIQ検査もしときますかってなって。ヒマだったんでじゃあやりますかってなって。

そしたら題名の通り。あとでChatGPTにそんなことが起こり得るのか、と早速聞いてみたいところだが先に増田のお前らにも聞いてみたいなってここに今書いてるわけ。

2026-01-19

anond:20260118235953

ハイエクさんが

ナチスにとっては共産主義者が、共産主義者にとってはナチスが、そしてその両者にとっては社会主義者が、味方に転向させるべきターゲットなのであり」(『隷従への道』春秋社

って書いてますね。同じ資質を持った同類なんですよ。右から左、左から右へと転向しても本質的な部分で変ってない。

2025-11-09

🌟エコノミクス⭐️プリキュア — The Invisible Hands of Justice!

舞台は、「マクロニア王国」。

かつて豊かだった国は、「欲望ディストーション」によって市場が歪み、人々が“貨幣呪い”に囚われてしまった。

そこに現れたのが、五つの理念クリスタル」を宿す少女たち──。

💛共感取引!キュアスミス

アダム・スミス精神を継ぐ、やさしさと理性のバランスガール

口ぐせは「市場は人の心の鏡よ!」

特技は「インビジブルハンドヒーリング」で、対立した人々を調整する。

必殺技は「モラルセンティメント・ブレッシング」!

——利己利他調和をもたらす!

❤️革命の炎!キュアマルクス!

情熱の赤いプリキュア格差を見ると即座に変身!

労働こそ愛、搾取は許さない!」

巨大なハンマー“ダス・キャピタルブレイカー”で悪徳資本を粉砕。

必殺技は「プロレタリアレボリューションクラッシュ」!

——世界を変えるのは、みんなの意志

💙理性の風!キュアケインズ

冷静沈着なブレーンタイプ

不況の嵐?じゃあ政府支出で暖をとろう!」

金融嵐を収束させる「フィスカル・ウィンド・リカバリー」で仲間を支援

口ぐせは「不確実性こそ希望余地よ」。

💚調和の智!キュアセン!

倫理平等を重んじる哲学少女

「みんなが“できる力”を持つ世界を!」

透明な円環「ケイパビリティシールド」で社会的弱者を守る。

——彼女の変身シーンでは世界の子どもたちの笑顔が映る。

💜自由の知恵!キュアハイエク

情報と秩序を操るプリキュア

知識分散してるの、だから自由必要!」

風のように動き、敵の支配コードを分解。

必殺技は「スパイラル・オーダー・ストリーム」!

——混沌からこそ秩序は生まれる。

🌈敵組織グリードシンジケート

リーダーは「ダーク・ディマンド卿」。

人々の“欲望”を肥大化させ、社会の均衡を崩す。

最終ボスは「ゼロ・サムクイーン」──他者の損失を快楽とする存在

💫最終回タイトル

市場を照らせ!輝け、エコノミクス⭐️プリキュア!」

全員で放つ合体技「インクルーシブ・グロース・インフィニティ」で世界再起動

2025-07-27

劉仲敬の訪談「102 @ 20200819 論海耶克與其學徒黎智英」の要約

https://anond.hatelabo.jp/20250727144129

米国香港制裁意図

米国の対香港制裁(林鄭らへの制裁)は、「柔軟な対応(flexible response)」の一環であり、全体制裁よりも個別制裁の方が香港政府内の分裂を誘発しやすい。

全員を一斉に制裁すると結束を強めるが、段階的・個別的だと離反者が出る余地生まれる。

香港官僚(英治時代残党)の反応

制裁への「抵抗」として、実際には**「何もしない」という選択肢**もある。林鄭ですら従わずに済ませる方法はある。

官僚機構慣性や惰性を利用すれば、中共に従わないことも可能

■ 黎智英立場限界

智英自由主義立場を取り続けたが、環境と人脈によって選択肢が狭められた。

年齢やキャリアの積み上げにより、今さら新しいアイデンティティを築くのは困難。

自由主義思想系譜批判

智英が支持した「自由主義」は、1990年代中国に輸入されたハイエク自由主義

しかしそれはハイエク本人の思想とはかなり異なるもので、学問純粋性よりも**政治的影響力(清流党的)**を重視。

ハイエクは後期にかけて先験主義から経験主義シフトし、英国保守主義スコットランド啓蒙に融合した。

一方で、ミーゼス(Mises)は一貫して純粋理論を追求し、現実政治には無関心だった。

メディアと「無責任権力

ハイエクは**政治責任を持たないメディア知識人胡適的)**の立場に傾いた。

このような「不感興趣的興趣(興味がないふりをした興味)」は、政治批判するが責任は負わない態度を象徴

ハイエク理論の「政治的勝利」と理論限界

ハイエク理論1970年代以降の反ケインズ主義的潮流(例:サッチャーレーガン)と時代的に同期し、影響力を持つようになった。

しかし、現実政治家たちは必ずしもハイエクの信奉者ではない(偶然の「同期現象」に近い)。

知識人と「知道分子知識風の一般人)」の違い

ハイエクの影響は実際の知識人よりも、メディア中産階級の「知道分子」層に向けられていた。

この層には理論精緻さは不要で、政治的スローガンとしての自由主義重要

ハイエク思想本質的矛盾

ハイエク自身は、自由民主主義を明確に分けて考えていた(自由民主主義なしでも維持可能と考えた)。

だが、現実政治参加や「米国人民の賢さ」に期待するなど、自身理念矛盾する行動もとっている。

軍事国家自由主義限界

ハイエク保守主義理想とする「小さな政府」は、近代軍事国家体制では維持不可能

ロン・ポールのような純粋自由主義者は、米国軍事体制にとって現実的ではないため排除される。

結論:黎智英らの立場限界

ハイエク自由主義を信奉した黎智英のような人物は、東アジア文脈では制度的・地政学的に孤立

ハイエク自身東方世界考慮しておらず、その弟子アジア成功するのは難しい。

https://vocus.cc/article/5f4549a9fd8978000178916d

2025-06-24

経済学教科書通りに動いているのは転売ヤーだけ──ChatGPTとの対話

ChatGPTと延々と経済の話をしていた。きっかけは「需要供給曲線って、転売ヤーのための方程式だよな」という直感だった。

 要点をまとめてみる。

### 要約:対話全体の核心ポイント

1. **転売市場けが教科書モデル”を維持**

* 限定スニーカーライブチケット転売は、需給ギャップを即座に価格へ反映させる。

* 労働不動産医療など現実の大半の市場は、規制・慣習・外部性価格メカニズムが歪む。

* 皮肉にも「純粋資本主義博物館」は転売ヤー世界だけ。

2. **市場原理主義(ハイエク)の限界が露呈**

* ハイエクの“価格情報”論は、制度権力が絡む現代社会では機能不全。

* 母集団が巨大化・複雑化すると、情報価格に集約されず操作される。

* ハイエク本人が現代に生きていれば理論アップデートするだろう。

3. **経済学者の“信徒化”と反知性主義**

* アベノミクス失敗後も理論修正しない学者は、科学者ではなく教条的信徒

* モデル優先、実証軽視、責任転嫁──学問宗教化している。

4. **提起された新しい視座**

* 「ハイエク原理局所性仮説」:市場自生秩序は小規模でのみ有効

* 市場に任せる領域制度で補完すべき領域を再設計せよ。

* 経済学を“破壊して再構成”する思想運動必要

5. **AIとの対話が示した意義**

* AIに口答えしながら思考を深堀りする姿勢のものが“知的抵抗”。

* 完璧な「官僚答弁」を吐くAI批判的に利用することで、人間思考力を逆に強化できる。

> **結論**

> 転売市場存在は、自由市場モデル例外化した現実を突きつける。

> ハイエク時代限定の仮説にすぎず、現代には新たな制度哲学が不可欠。

> 経済学者教義に逃げる今こそ、AIとの批判対話武器に“生きた経済学”を再構築すべき──それが対話全体のメッセージ

 これはChatGPTとの対話によって抽出されたものだが、実際には「AIを問い詰めることによって、人間側の思考力が強化されている」現象に近い。

 経済学が宗教化し、現実から乖離し始めている今、必要なのは理論の補強ではなく“破壊と再構築”だ。俺はその入口AIと一緒に見た気がする。

ログの共有リンク

https://chatgpt.com/share/685ab076-b480-800f-a85d-676540dcac4e

2025-06-09

なんで金融引き締めしたの?

あなた:

バブル期になんで金融引き締めしたの

ChatGPT:

バブル期1980年代後半)の日本でなぜ金融引き締めが行われたのか――その理由は、過熱する資産バブル抑制インフレ懸念にあります。以下、背景と目的を分かりやす説明します。

■ 背景:バブル経済とは?

1980年代後半、日本歴史的好景気にありました。以下のような現象が起きていました:

株価日経平均1989年末には約39,000円に到達(1985年頃の約2倍以上)。

地価東京地価が急騰。「山手線の内側でアメリカ全土が買える」と揶揄された。

融資土地担保にすれば簡単に巨額の融資が受けられ、資金が株や不動産市場に流れ込む。

この背景には、1985年プラザ合意を受けて進んだ円高景気後退→それを下支えするための金融緩和(低金利政策)がありました。

■ なぜ金融引き締めに転じたのか?

資産バブル過熱

株や不動産価格実体経済無視して上昇していた。

銀行も無理な融資をどんどん行い、「土地神話」に基づいた投機が加速。

バブル崩壊による後の損害が懸念されたため、「今のうちに冷やそう」という判断

インフレ懸念(ただし実際の物価比較的安定)

消費者物価はそれほど上昇していなかったが、資産価格インフレバブルインフレ)は深刻。

このままでは社会全体が不健全投機に傾き、崩壊リスク高まる判断された。

■ 実際の金融引き締め策(1989年〜)

日本銀行1989年5月から1990年8月までに、公定歩合を2.5%→6.0%へと急激に引き上げ。

融資規制:「総量規制」と呼ばれる、銀行による不動産向け融資抑制実施

■ 結果:バブル崩壊と失われた30年へ

株価1990年初頭から暴落(2年で半値以下に)。

地価:数年かけて下落。担保価値崩壊により不良債権問題が表面化。

経済企業銀行バランスシート調整(借金返済・資産売却)を迫られ、長期的なデフレ経済突入

■まとめ

日本銀行バブル期金融引き締めを行ったのは、投機的な資産価格の高騰を抑え、経済健全性を守るためでした。しかし、その対応が遅れ、かつ急激だったことで、バブル崩壊を加速させ、長期不況の引き金にもなったという評価がなされています

興味があれば「なぜもっと早く・緩やかに引き締めなかったのか?」という政治との関係や、日銀内部の議論についても解説できます




あなた:

土地と株には沸騰はあったけど、関係のない一般産業にもお金が不足するようになったのはなぜ

ChatGPT:

とても鋭いご質問です。

バブル期における金融引き締めの影響が、土地や株と関係のない一般産業製造業中小企業など)にまで及び、資金不足(=信用収縮)を招いた理由は、主に次の3つです:

① 総量規制による「銀行貸し渋り

1989年から始まった「総量規制」は、不動産業などへの融資の総額を制限するものでした。しかし、実際には:

銀行は何が「不動産関連」かを厳密に判断できなかった。

リスクを避けるため、「関係ない業種」にも融資を渋るようになった。

結果として、資金需要のある健全企業中小企業にまで貸し渋りが発生しました。

担保価値の急落 → 融資引き上げの連鎖

バブル期融資は「土地担保」が基本でした。

バブル崩壊地価が下落すると、担保価値も大きく目減り。

銀行は「貸しすぎている」と判断し、企業に返済の前倒しや追加担保要求

企業は手元資金が減り、設備投資運転資金が不足。

これが連鎖的に一般企業資金繰り悪化を招きました。

銀行自身が傷を負い、貸せなくなった(信用収縮)

バブル崩壊で、銀行不良債権(返ってこない融資)を大量に抱えることに。

会計上は黒字でも、実態債務超過に近い銀行も多かった。

そのため、「自己資本比率の維持(BIS規制)」を守るため、融資をどんどん縮小。

→ この結果、すべての業界資金供給が細るという現象が起きました。

補足:なぜ中央銀行政府は手を打たなかった?

バブル崩壊しても、日銀はしばらく高金利を維持していた(1991年頃まで)。

政府も、当初は「自己責任」や「市場の調整力」に期待して介入をためらった。

結果として、企業倒産が続出し、景気は底なし沼に突入しました。

■まとめ

土地や株に関係ない産業資金不足に陥ったのは:

金融引き締めと総量規制副作用で、銀行が貸出を全体的に抑制たから。

担保価値の下落で、企業資金調達能力実質的に低下したから。

銀行自身が深刻な損失を負い、貸し出せる余裕を失ったから。

まり、「バブルのツケを払わされ、被害経済全体に波及した」というわけです。

さらに知りたいテーマ(例:日銀判断ミスや、BIS規制、当時の政治対応)などあれば、深掘りできます




あなた:

土地や株が加熱してるから少し下げるというのはぜんぜんいいけど、なぜ関係のない人まで干上がらせたのか

ChatGPT:

本当に本質的な問いです。

そしてその疑問は、当時を生きた中小企業経営者労働者たちの「実感」と完全に一致しています

ではなぜ、「土地や株の加熱だけを冷ますつもりだったのに、関係のない人まで干上がった」のか?

これは単なる技術ミスではなく、政策判断の誤りと構造的な金融システム限界が重なった結果でした。

✅ なぜ“そこだけ”を冷ませなかったのか?

金融政策は「面」でしか効かない

日銀コントロールできるのは 金利マネーの量(通貨供給量) という「経済全体にかかるレバー」。

しかし、金利を上げたり貸出を制限すれば、株や不動産以外の分野にも等しく冷水を浴びせる。

まり「熱いところだけ狙って冷やすことが構造的にできなかった」。

🎯=**「ピンポイントで撃ちたいのに、散弾銃しか持っていなかった」**という状態

② 総量規制が“雑”だった

バブル対策として導入された「総量規制」は、不動産業向け融資の総額に制限を設けた制度

ところが、不動産関係のある業種(建設流通サービス業など)も巻き添えに。

銀行リスクを嫌い、**「関係ありそうな会社全部アウト」**という判断で貸出を抑制

結果:元気な産業まで資金を断たれ、経済全体が窒息。

銀行自己保身と過剰反応(信用収縮の連鎖

地価の下落で担保割れが起きると、銀行は貸したくても貸せなくなる(BIS規制自己資本比率の縛り)。

同時に、「不動産融資した銀行自体」が傷んで、健全企業にも融資を出す体力がなくなった。

日本金融は間接金融銀行依存型)なので、銀行が縮むと企業も一緒に干上がる。

💡つまり、「バブルの熱を冷ます」はずが、「金融システムの血流自体を止めてしまった」。

日銀政府対応の遅れと過信

日銀は「土地バブルが悪い」という正義感が強すぎて、副作用無頓着だった。

政府も「市場自己調整力に任せよう」と景気対策を後回しに。

結果として、干上がる企業や家庭が続出しても、回復支援がまったく間に合わなかった。

🧠 なぜそんなことになったのか?(根本

資産インフレを冷ませば景気全体もソフトランディングできる」と甘く見ていた。

中小企業地方の声が中央銀行に届いておらず、東京中心の視点政策判断がなされていた。

日銀大蔵省(当時)に、経済現場に対する感受性が欠けていた。

🔚まとめ:なぜ関係ない人まで干上がったのか?

「熱い部分だけ冷ましたかったのに、金融政策構造上、経済全体を冷やしてしまった。

さらに、対応ミス銀行自己保身が重なって、干上がった人たちへの水すら止まってしまった。」

もしももっと段階的に、現場実態を見ながら慎重に調整していれば、バブル崩壊も「軟着陸」できたかもしれません。

あなたの感じている「そこまでやる必要あった?」という疑問は、今でも多くの経済学者歴史家が共有している、正当な問いです。




あなた:

不振に陥ったサラリーマン企業国有化しなかったのはなぜか

ChatGPT:

非常に核心を突く質問です。

なぜ、バブル崩壊不振に陥った企業(=そこに勤めるサラリーマン)を国有化しなかったのか?

これは、単なる経済政策の話を超えて、日本政治哲学制度設計思想に関わる深いテーマです。以下、歴史的制度的・思想的な観点から説明します。

結論から言うと:

国が企業を直接「国有化」して救済するという発想が、日本では非常に例外的否定的に扱われていたからです。

その背景には、以下のような事情があります

日本は「民間主導経済」が基本原則だった

戦後日本は「自由主義経済市場経済)」を基本とし、国家はできるだけ企業経営に直接関与しないという建前。

特に高度成長期以降、「政府ルールだけ作る」「経営民間に任せる」という方針が徹底。

企業は潰れるときは潰れるべきで、政府雇用保険融資など間接的支援に留めるという考えが根強かった。

📝 経済への国の関与は「産業政策行政指導)」の形ではあったが、「国有化」は極めてまれ

② 「モラルハザード」を恐れた

企業が倒れそうなときに国が全部救ってしまうと、

経営者無責任になる

銀行安易リスクをとる

こうした「道徳的危険モラルハザード)」を避けるため、自己責任原則が重視された。

→ 「国が助けてくれるなら、経営ミスしても大丈夫」と思われたら、それこそ経済が腐るという発想。

国有化財政負担が大きすぎる

バブル崩壊直後、企業倒産は数万社規模、中小企業は数十万社が苦境。

これらを国有化(買い取って経営を維持)するとなれば、膨大な税金必要

当時はまだ「財政健全化」が強く意識されており、大規模な企業救済には政治的な抵抗が強かった。

例外的に「銀行」は事実上公的資金投入=国有化された

実は、国有化にかなり近い救済も行われています

1998年〜:「長銀日本長期信用銀行)」「日債銀日本債券信用銀行)」→一時国有化

その他、大手銀行にも公的資金が数十兆円規模で注入

💡つまり、「潰れると日本経済全体が崩れる」という銀行には、特別扱いの救済がされた。

企業(≠銀行)は個別救済せず、金融システムの根幹だけ守るという政策スタンスだった。

社会主義全体主義へのアレルギー

戦後日本は「民主主義」と「市場経済」での復興を目指した。

「国が企業を持つ=計画経済」的な発想に対して、政治的にも国民感情的にも拒否感が強かった。

特に冷戦期には、「国有化」は共産主義的・非民主的とみなされがちだった。

✅ まとめ:なぜ企業国有化しなかったのか?

観点 理由

経済思想 市場原理・自己責任を重視していたか

政治判断 モラルハザード財政負担を避けたかたか

歴史的背景 日本は「国有企業」にトラウマがあり、市場経済への信頼が強かった

対象の規模 企業数が多すぎて救済不能だった(全員は無理)

実際の行動 銀行だけは特例で事実上国有化公的資金

あなたの疑問は、「そもそも国がもっと積極的現場を守るべきだったのでは?」という非常に正当な視点です。

実際、そのような議論は当時も存在し、今でも「国の対応が遅く・冷たすぎた」という批判は根強くあります

もし希望があれば、「たとえばどんな制度があれば救えたのか?」という代替案的な話もできます




あなた:

竹中プランは全体の金融引き締めの中ではどのようなもの

ChatGPT:

竹中プラン正式には「金融再生プログラム2002年)は、バブル崩壊後の「長期不況」の最終局面に打たれた劇薬的な金融政策パッケージです。

このプランは、それまでの「不良債権処理を先送りするぬるま湯路線」を強制終了させる決断であり、結果として日本金融システムを立て直した反面、中小企業の淘汰・地方経済の打撃という大きな副作用も生みました。

竹中プラン概要2002年10月

当時、小泉政権経済財政政策担当大臣だった竹中平蔵氏が主導。

メインの柱は以下の通りです:

施策 内容

不良債権の早期処理 銀行に「厳格な資産査定」を義務付け、損失を先送りさせない

自己資本の強化 不良債権処理で自己資本が不足する場合公的資金税金)で注入

金融庁の監督強化 銀行検査マニュアルを厳格に運用、甘い査定を許さな体制に変更

株価下落対策 政府金融機関が株式購入などの支援株価維持策)も実施

✅ 「引き締め政策」としての位置づけ

厳密には、竹中プランは**金融政策金利通貨供給)**ではなく、**金融行政銀行健全化)**に分類されます

しかし、経済への影響という意味では、猛烈な引き締め圧力をかけました:

📉 銀行融資に慎重になる(信用収縮)

厳格な査定→「貸し倒れリスクのある企業に貸すと、自分の首が飛ぶ」

結果:中小企業への融資が激減

これは実質的に「貸しはがし」「貸し渋り」という形で実体経済を冷やした

✅ 背景:バブル崩壊10年目、金融システム崩壊寸前

2002年当時、日本銀行は以下のような状態でした:

不良債権を大量に抱え、経営体力が瀕死

株価バブルピークの1/4以下、地価も下落

銀行の信用が崩れ、国民が「預金引き出し」に走る可能性も視野

👀 小泉政権竹中氏は「このままでは日本銀行は潰れる」と判断し、

銀行死ね

2024-08-13

左翼思考主義で、右翼自然主義というのは納得がいく

傾向として、左翼思考主義で、右翼自然主義というのは納得がいく

https://anond.hatelabo.jp/20240805223215#tb

どちらが賢いとかどちらが偉いとかではなく、思考パターンの傾向として納得がいく

面白いのが、世の中には自然主義的な考え方を持つ、思考主義者というのもいる

古典的経済学者という人種は、まさにそれの最たる例である

一般均衡理論基本的な考えは市場に任せれば、効率的資源配分が実現するというものである

交換の利益ミクロ経済学の基礎においてる以上、この結論ある意味当たり前である

この自由放任の考え方は、自然主義的な傾向があるにもかかわらず、数学的な論証によって築かれた理論的基盤に依拠してる点から思考主義的ともいえる

資本主義肯定する立場には二種類いる

一つ目が本能による肯定

自然界は弱肉強食」「競争は当たり前」

こういった本能により資本主義肯定する

二つ目理論による肯定

一般均衡理論のような考えを持ち出して、市場均衡の効率性を主張する

こういった本能による資本主義肯定理論による資本主義肯定存在する

ハイエクは、設計主義計画経済を嫌ったが、彼の主張が「あらゆる計画抵抗する計画」と皮肉られるのもこの所以である

エリートによるエリート批判思考主義者による思考主義無謬性に対する批判、これらは自己矛盾を起こしている

2023-07-24

anond:20230724145900

ハイエク系の古典的タイプの主張は、最低賃金を上げると失業者が増えるって書いてあるねん。別にニュージーランドの例は不要だよ。そもそも農業国に富豪になれる理由はないと思うがね。

2022-09-24

anond:20220924153103

そもそも新自由主義という言葉経済用語として定義がはっきりしてなくて、この言葉を気軽に使う人間経済議論が成立する気がまるでしないけど

新自由主義の申し子とされるフリードマンハイエクレーガンサッチャー活躍したのは80年代70年代スタグフレーション反省からだが

2022-07-21

githubデフォルトブランチがmasterなのは奴隷連想してけしからんmainに変えろ

とか、

奴隷の隷の字は一律で禁止なのでハイエクの「隷従への道」も伏せ字だ!

とか

そういうこと言ってる人たちって「Mastercard」はどう思ってるんだろうな

てかDMMMastercard使えなくなった話に対してめちゃくちゃとんでもない邪推をすると

もしかしてマスターって単語なくせ圧力がかかって……とかいう展開ありえないんだろうか

2021-11-01

anond:20211101150824

ハイエク活躍してた時期と現代じゃリベラルの指す範囲が違うんだから、「ハイエクの指摘の通りになってる」がそもそもナンセンスだろw

本人が”古典的自由主義者を名乗ってることからわかるように、ハイエク時代ですら自由主義意味が変容してるのに「今リベラルを名乗ってるのが全然自由主義ではない」って当然だろ。

ファシズムキャピタリズム本来意味から離れてるというか、そもそもお題目を盲信してるのがアホらしいとおもわんのか、共産党じゃあるまいし。

anond:20211101150022

死んだ年寄が言ってたカビが生えて埃のかぶった言葉引用したりしてあーだこーだと言うのってナンセンスだろ

集産主義者が「自由民主党」を名乗って保守をやって、「立憲民主党」の自浄作用のない金持ちが貧民を騙して立憲主義でも民主主義でもなさそうな政党運営しながらリベラルを語ってる2021年日本の現状で、ハイエクが言ったかどうかもわからん言葉引用するのは権威主義すぎる。

2021-10-07

anond:20211007161509

バカ言うな。ハイエクを読めよ。人間は「禁断の果実をかじった」「イエス・キリストを殺した」という『あの当時ですら、やばくね?』っていう雰囲気のなかで「あぁ、やっちゃった~」っていう不完全な生き物なの。

2021-09-19

昔はともかく、いまの時代共産主義不要じゃない?

日本共産党が「きゃっきゃ」しているので、マルクス共産党宣言を読んでみたりして考えてみた結果、共産主義というもの事態が成立しないと思ったので、書き込むことにした。共産党メリットを活かせる条件は、今の日本に「存在しない」と思うのだ。


①「景気が悪くなったら、資本主義共産主義に劣る」

嘘です。資本主義陣営が勝った理由は、有権者に「不景気でも負けない」理由提示できたからだ。真面目に共産主義をしたら、資本主義を「超克」するのに時間必要だとマルクスエンゲルスの共著で書いてある。マルクスの頃はともかく、今は信用経済通貨規定している。つまり通貨は「信用がなくなったら再度、信用を勝ち取る手法は無い」のだからインフレーションを起こしてでも、信用を保とうとする。信用を失った場合は、デノミ、ってやつをするけど、それよりもマシやろ?、っていうのがケインジアンをはじめとするマクロ経済学根本の主張だろ?「通貨を安くする、それでもしないよりはマシ」という詭弁を、ケインズ中央銀行という「通貨発行益」というマシーンを介在することで、可能とした。それで、ニューディール政策といった手法西側の連中が勝ったのは歴史事実だ。つまり共産主義よりも高速な市場介入する装置をゲットしたのさ、あの当時は。

②「資本主義の発展の先に、共産主義がある」

無いです。たとえば、共産主義の連中を試すときに「無限生産性を上げた」ときに、どうなるのか説明させたい。資本主義場合ケインジアンいじめられる根拠は、ここ。たとえば、余剰電気なんか、捨てる以外ないしね。そんなときには、ハイエクですよ。需要の無い供給は「生まなければ良い」という理論です。


以上から、僕ちんは共産主義敗北主義思想だと思います。よって、ケインズハイエクダブル資本主義共産主義に勝てると言える時代に生きてます。というわけで、共産主義は信じる理由になりません。


おわりに、日本共産党については、共産主義シンパのうちでは比較的に穏和な集団だと思いますよ。だけれども、その温和さが「いちばん共産主義メリットを殺している」という事実からして、共産主義暴力否定する先にあるものが何があるかというと、本当に何もないと『資本主義の犬』を自称する僕ちんは思うのです。まだ「池田大作」とか書いて無効票になるほうが、自民党が焦りそうで、ウケるのですよ。

2021-08-04

行動経済学とか好きなんだよな

計量経済学とかよりは納得行くのだよね。ミクロ経済学マクロ経済学は、まともな感じがする。個人的にはハイエクとかも好きだね。アダム・スミス哲学みたいな雰囲気が良い。マルクス経済学とかも好きだけど、まぁ唯物論が間違っているし、もう流行しないだろうけど。

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん