OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.300 追憶のデプス・チャージ
OTOTOY編集者の週替わりプレイリスト&コラム(毎週金曜日更新)
追憶のデプス・チャージ
記念すべき300回、なにを書こうかと考えていたところ、UKのアンビエント・テクノの伝道師、ミックスマスター・モリスのXでの投稿にてジョナサン・ソウル・ケインが亡くなったことを知る。享年55歳。思ったよりも若い。
いや、誰だよというツッコミが多そうだが、1990年代から2000年代のアンダーグラウドなUKのダンス・ミュージックにおいて重要なアーティストであることは間違いない。
1980年代末よりボム・ザ・ベース周辺で活動を開始、同名のレコード店〈ヴァイナル・ソリューション〉から、その後、メインの名義ともなるデプス・チャージのプロジェクト名でラフかつ野太いダビーなブレイクビーツを追求。また映画マニアでもあった彼はマカロニ・ウェスタンや (RZAよりも早い時期に) カンフー映画などカルトな映画からリフやセリフなどをサンプリングし、そのビザールな作風で徐々に知名度をあげていった。
パーティ・ミュージックとしてのビッグ・ビート、チルアウトとしてのトリップホップと、1994年頃を境目に枝分かれする少し前のUKのブレイクビーツ・リヴァイヴァルの根幹にいたアーティストとも言え、どちらのシーンの中心になることもなかったが、後続のケミカル・ブラザーズの初期作品などにも影響は垣間見れる。その後は自身のレーベル〈DC〉を立ち上げつつ、エレクトロ・ヒップホップ偏愛を表出させたオクタゴン・マンやシンプルなブレイクビーツのアレキサンダーズ・ダーク・バンドなどの名義で活動。エレクトロ偏愛といえば、彼が編纂したオールド・スクール・エレクトロ・コンピ『Beat Classic』は最高だった。さらにカンフー映画偏愛が高じて、カンフー映画の配給会社まで設立している。
とにかくディープなディガーが、その一貫した探求の世界観、いわばその人のコレクションが満載の部屋から漏れ出てくる妖気のような、そのセンスをそのままサウンドへと現出させたといった趣で、そこには藤子不二雄Aのマンガが放っているものと同じ様な、ダークかつシニカルなユーモアのようなものが渦巻いている (なんというか「イルビエント」的でもある)。人はそれをB級趣味というかもしれないが他には替え難い魅力を放っていた。
その後も自身の作風を貫き通していたが、2000年代中ごろになると〈DC〉はレーベルとして、1990年代初頭に前述の〈ヴァイナル・ソリューション〉からデビューしレイヴ・ヒットを飛ばした朋友とも言えるビザール・インクのふたり (アンディ・ミーチャムのエンペラー・マシンとディーン・メレディスのホワイト・ライト・サークス) や、やはりUKダンス・シーンのベテラン、リチャード・セン (パデット・セル) のリリースによって、ニュー・ディスコのシーンに返り咲いた。とはいえ、ここ数年は音沙汰なく、ここ数日出た海外の追悼記事では健康上の問題から引き込もり状態だったというのも話ある。
こうしたアンダーグラウンドなアーティストの作品、なかなかOTOTOYにあることが稀なのだが、なぜか〈ヴァイナル・ソリューション〉、〈DC〉ともに〈ワーナー〉配給のカタログとしてその作品の大部分が配信されていたので本稿とともにまとめた次第である。この機会にぜひ。
聴いて思い出したのだけど、10代の頃、自分の部屋で聴いた感覚、部屋の匂いまで思い出した。ジョナサン・ソウル・ケインのサウンドが放つ妖気のなせる技とも言える。