OTOTOY EDITOR'S CHOICE Vol.273
OTOTOY編集者の週替わりプレイリスト&コラム(毎週金曜日更新)
ヴァージョンからヴァージョン、さらにヴァージョン、そしてヴァージョンへ
ボブ・マーリーの映画も公開されて、なんだかちょいと今年はレゲエが盛り上がりそうな気もしますが、関係あるようであんまりないようなレゲエにまつわる話をひとつ。その生誕の地となったジャマイカの音楽文化でひときわ重要な概念に「ヴァージョニング」、もしくは「リディム」と呼ばれる言葉があります。
前者は文字通り、ある曲のさまざまなヴァージョンを作ることを言いますが、これがなんともいいますが厳密なカヴァーとは意味が違うんですね。その焦点が当たっているのが後者「リディム」、つまりはリズムなのだという。と、なんのことかよく分からないと思いますがレゲエが生まれる直前、1960年代末のジャマイカではヒット・ソングのインスト・ヴァージョンがあるときから使い回されました。なぜそうなったのか? というのはコチラの記事に詳しく書いたのでぜひ。
使い回されているうちに、その主体がおもに、いわば定番とも言えるくせになるベースラインを主体に、ドラム・パターンとホーンやキーボードなどのリフという、かなりミニマルな要素に焦点があっていきます。初期は本当にもともと録音されたインストを使い回していましたが、プロデューサーたちの世代交代が進むうちに1970年代には、こうしたベースラインなどを基本に、その時代の音や要素を注入し、再録音されるようになりました。1970年代では、ルーツ・レゲエやダブの要素が、1980年代初頭にはピッチ・ダウン、ワンドロップと呼ばれるスタイルへと変化した初期ダンスホールのスタイルに。そして1985年のプリンス・ジャミーとウェインス・スミスによる「アンダー・ミー・スレンテン」の登場により、打ち込みを中心にしたスタイルになると当然、リディムもデジタル化され「ヴァージョニング」されるようになったのです。またこうして定番化したリズム・パターンのことを「リディム」として、主にオリジナル楽曲の名前、もしくはその短縮された名前で呼ばれるようになっていきます。1980年代後半になると、人気の「リディム」を使ったワンウェイ・アルバム、つまりはバックトラックはすべて同じで、シンガーやディージェイたちがそれぞれ歌った楽曲が集録されているという、かなり他のジャンルでは意味がわからないものまで大量にリリースされるまでになりました。
なぜこうなったのか? その秘密はやはりジャマイカの音楽産業のスタイルにあって、その中心である移動型の巨大スピーカーとDJシステムを伴ったサウンドシステムで繰り広げられるダンス=野外パーティに起因します。ここで定番のリディムにのせて、いかにシンガーはうまく歌を歌えるか、またはディージェイと呼ばれるMCたちがトースティングと呼ばれる話芸で会場を沸かせられるか、ここで切磋宅唖して人気者になっていくという業界の構造が生まれていったからと言われています。特にこの動きが加速する1980年代以降「リディム」が重要になっていき、さらにはワンウェイ・アルバムがリリースされるまでになるのです。
という長い、長い口上の後に、今回はウィンストン・ライリーによる「Stalag」と呼ばれる定番「リディム」をリストにしました。もともとはウィンストン・ライリー・プロデュースで、1973年にリリースされた、キーボーディスト、アンセル・コリンズによるオルガン・インスト「Stalag 17」が元になっています。タイトルは映画『第十七捕虜収容所』から。その後、初期ダンスホール期に、ウィンストン自らがリメイクしたヴァージョンは、女性ディージェイ、シスター・ナンシーのヒット曲に。また上記「スレンテン」以降のデジタル初期でもテナー・ソーを伴った「Ring The Alarm」、さらには当時のライヴァルであったジャミーがリメイクしてみたり。と、その後、現在まで続くダンショール・レゲエのなかで、ボビー・デジタルやスティーリー・アンド・クリーヴィといった各時代のトップ・プロデューサーが一度をその題材に使い、シャバ・ランクスやブジュ・バントンなど時代を象徴するトップ・アーティストが歌うという、幾度も幾度も新たな「リディム」へとヴァージョニングされています。言ってみれば50年間、同じベースラインが現場で流れ続けているんですが、恐ろしいことにこうした定番「リディム」がいくつもあるんですね。