熱心なクラシック一家に生まれ、思春期に目覚めたエレクトロニック・ミュージック ―― そういった意味では、Jemapurは、日本においてわりと特異なルーツを持ったエレクトロニック・ミュージック・アーティストと言えるだろう。そんな出自も関係してか、その作品がジャジー・ヒップホップの雄、故Nujabaseの耳にとまり、〈Hydeout Production〉からアルバムをリリースしヒットさせるなど、豊かな音楽性を持っている。その音楽性は一巻してアンビエント~ノイズ~エレクトロニカとエレクトロニック・ミュージックのディープ・ゾーンを歩みながらもだ。そんなJemapurが、ひさびさとなるアルバム『Slide』を新レーベル〈beta〉からリリースする。しかし、このアルバムは、その多彩な音楽性を複雑な電子音のビートとハーシュ・ノイズ、アンビエントへとフォーカスさせた作品となっている。それは、ある意味でここ最近、彼がシンガーのYuki(あのメジャー・シンガーではない)とともに活動しているユニット、Young Juvenile Youthのわりとポップなサウンドとは表裏の関係にありそうな感覚もある。
Jemapur / Slide
【配信価格】
アルバム購入(WAV / mp3とも) 1,500円
単曲購入(WAV / mp3とも) 200円
【Track List】
01. Hindered Hinting
02. Slide
03. Vir
04. Acid Complex
05. Tea Crush
06. Apolar
07. Missing
08. In Body
09. Coffee Crush
10. Deployment
11. Hush
12. Matter
13. Border
14. Scrofulous District
INTERVIEW : Jemapur
漆黒の空間で、ビリビリと痙攣するようにビートが這いずり回る、ハーシュ・ノイズが渦を巻く。とにかくエネルギッシュなアルバムだ。その迫力は、なかなか日本のこの手のサウンドではお目にかかれないものだ。電子音響による、それでしかなし得ない表現、それをストイックに突き詰めるという、ある種の本人の強い意志がそのまま形になって示されている。単なる“雰囲気ものエレクトロニカ”に落とし前をつける、そんな思いが聴いていると思いをよぎる。愉しき実験の刺激が渦巻き、それが強度として作品を音楽的にエネルギッシュなものとしている。 サウンドの質感的には、ここ最近の、海外のアンダーグラウンドなインディ・シーンにおいて、大きな潮流となっているダーク&インダストリアルなダーク・アンビエントやテクノへの解答、そんな作品だ。 本作について、本人にメールにてインタヴューを試みた。
インタヴュー&文 : 河村祐介
「世界に通用する電子音楽を日本から発信する」ことがレーベルの目的
ーーまずは、今回のアルバムはあなたのあたらしいレーベルからリリースされました。このレーベルを立ち上げたきっかけはなんでしょうか?
Jemapur : 〈BETA〉は僕のレーベルではなく、ロルという友人が主宰するレーベルです。彼は某インディー・レーベルの社員で数年来の友だちなんですけど、彼の家で仲間とダベっているときに誕生しました。「採算や収支を気にするのは仕事だけで十分だから、そういったことを気にせずに自分たちがカッコイイと思うモノを世の中に出していこう」みたいな、そういう酔っぱらってるときに話してたことが動き出した感じですね。
ーーレーベルのコンセプトはありますか? またはレーベルとして今後やってみたいことをお教え下さい。
Jemapur : 「世界に通用する電子音楽を日本から発信する」ことがレーベルの目的ですね。僕が個人的に感じていることですが、日本には、猿真似に過ぎないようなものが氾濫し過ぎていたような印象があって。そういうものとはまったく別な感覚をもたらす音楽を発表していければと思います。僕も〈BETA〉首脳陣のひとりなのですが、次のリリースはまだなにも決まってないと思います。
ーー〈BETA〉というレーベル名はどのような意味でつけられたんですか?
Jemapur : 〈BETA〉には、色々な意味があります。もちろんテスト版的な意味を持つβだったり。楽曲が完成だと感じる瞬間って、あるようでなくて。だから「〈BETA〉からのリリースはすべて未完成である」とか、つねに実験精神を持って作曲しようとか、そういう意味も含まれているかと思います。
長い時間の流れのなかで育んできた作品
ーーでは本編のアルバム『Slide』についての話を。約2年ぶりのアルバムですが、これまでもアルバムをほぼ2年ごとにリリースされてますがこのスパンぐらいがやはり自然に出せるという感じですか?
Jemapur : すでにもう何枚分かの曲は完成して手元にありますし、曲の制作ペース自体はもっと出せるくらいの数を作っています。レコードやCDといった媒体に落としこんだり、レーベル選びを熟考したりといった部分に時間がかかるので、これぐらいが自然でしょうか。
ーーこのアルバムと最近リリースされたYoung Juvenile Youthの一連の作品は制作的に重なる時期はあったのでしょうか?
Jemapur : このアルバムの楽曲のなかで、古いものは2007年のがあったり、かなり長い時間寝かせていたものが多いので、YJYと曲自体の制作時期が重なっているのは、ほとんどないですね。ミックスやマスタリングといった処理をおこなった時期はすべて重なっています。作品紹介で「制作期間に2年を擁した」というような文がありますが、もっと長い時間の流れのなかで育んできた作品です。
ーー作品のサウンド的にYoung Juvenile Youthと表裏一体というか、Young Juvenile Youthはわりとあなたのポップな歌心や柔らかな音の感触が出ているのに対して、本作は攻撃的でダークな作品になっているような気がしますが、いかがでしょうか?
Jemapur : そうですね。自分の中にある衝動や言葉にできない感覚を具現化できたものをまとめている側面があるので、必然的にダークというか、そういうのもになっていると思います。
ビートの構築は、どんなものでも非常に重要だと思っています
ーー本作の楽曲は、非常にシンプルに、骨格をむき出しにしたようなシンプルな音像がとても印象的でした。このあたりなにか作品として意識した部分があるんでしょうか?
Jemapur : 以前の制作環境に比べて、モニタリング環境が整備されたのもありますが、解像度が上がったぶん、さらに音そのものにフォーカスするようになったと思います。ありふれた音に飽き飽きしているため、ドラムや楽器の音のような具体音を使うことが少なくなったぶん、より抽象的になっていると思います。
ーー前の質問と関連して、今作の特徴にひとつ、ビートの実験性みたいなものをものすごく前面に押し出している感覚があります。今回のプロジェクトでビートというものは非常に重要だった?
Jemapur : ビートの構築は、どんなものでも非常に重要だと思っています。誰だったのかは覚えていないのですが、ある人から「ビートは心臓の音で、ドローンは胎内の音で、音楽は胎児のときの原体験を元にしているのではないか」という話を訊いて感銘を受け、このふたつの要素さえあれば、聴き手の奥深くにあるなにかとリンクできるのではないか、と考えるようになりました。一定の拍を刻み続ける4つ打ちとは違い、僕のビートは心音の乱れのようなもので、安定したリズムを刻んでいない分体によくないかも知れませんが、意識には強く働きかけられるのではないでしょうか。
ーー逆に言えば、頭とラストがドローン・アンビエントなのが際立って聴こえる感覚もあります。この2曲をアルバムの前後にもってきたのはどんな意図が?
Jemapur : 特に意図はありませんが、前述の話をつなげると、胎内の流動的なドローンがあった上で、はじめて心音が成立する環境=生があり、その後、様々な経験を経て心音が止まっていく=死、と言ったようなストーリー性を無意識的に持たせようとしていたのではないでしょうか。基本的に、意図や考えというものは、どの段階でも重用視していないので、生と死がコンセプトになっているわけでもありませんが。
ーーライヴからインスパイアされた部分はあったりするんでしょうか?
Jemapur : 厳密にはあるのでしょうけれど、自分が体験したものすべてにインスパイアされているため、特にライヴから、ということは思いつきません。
世の中の様々なはやりすたりに、まったく興味がありません
ーーここ数年、ダーク・アンビエントやインダストリアル・リヴァイヴァルみたいなものに関してはどう思いますか? 音の近似性を感じたんですが。
Jemapur : リヴァイヴァルがあるんですか。知りませんでした。世の中の様々なはやりすたりに、まったく興味がありません。
ーー今回のタイトル『Slide』というのはどんな意味でつけたんでしょうか?
Jemapur : 色々な意味を推測していただければ。
ーー今後の活動を教えて下さい。
Jemapur : 個人的な活動で言えば、すでに仕上がってるアルバムのリリース先を探しています。遠くない将来にこちらも手に取れる状態になるのではないかと思います。また、デトロイトを拠点にRichard DevineやPhoenecia、Jimmy Edgar、 Valance Dlakesなどの作品をリリースしているKero主宰によるレーベル〈Detroit Underground〉から、11年にリリースした「Microsleep」のリマスター・ヴァージョンとして、リミテッド12インチとデジタル・アルバムとしてリリースされる予定です。またYJYとしても11月27日に2枚目の12インチEPが〈Phaseworks〉からリリースされます。このリリース当日に恵比寿リキッドルーム2Fにある〈KATA〉にて、YJY / Jemapurのリリースパーティがありますので、是非お越し下さい。またこの他にもaudio activeのギタリストであるCutsighとのユニット、DELMAKでも水面下でコラボレーションを続けていますし、さまざまなプロジェクトが進行中です。
RECOMMEND
Young Juvenile Youth / Anti Everything
ヴォーカリストYukiと電子音楽家Jemapurによるエレクトロニック・ミュージック・デュオ。ポップスとしての普遍性とエクスペリメンタルな魅力をそなえ、ダンス・ミュージックの機能性をあわせ持つ。フロアの振動を持続させる音圧と、アヴァンSSW的感性が共存する新たな音楽の誕生。
AZZURRO / 4
ヒップホップをベースとするビート・メイクと確かなエンジニアリングで日本のビート・シーンに確かな足跡を残してきたAZZURRO(アズーロ)。本作はソロ・アルバムとしては『The B-Side』(2009年)以来となる。盟友Shigeru TanabuとのユニットAZZXSSSではUKベース・ミュージックへ傾倒したAZZURROだが、『4』の制作にあたっては、ルーツ・ダブのアンビエンスを意識したという。重なった音を間引き、「間」を際立たせるプロダクションにより、多彩なヴァリエーションのビートを生み出すことに成功している。アルバムをとお して聴くことで、ビートが有機的に変化していくさまが感じるとれるだろう。
Vegpher / PLUS
ファースト・アルバム『Play』におけるダブステップや、テクノ / ハウス、ミニマル・ダブといったテイストを継承し、静と動、無機と有機という背反するコンテキストをまとめあげた世界観が、このアルバムでは雄弁に表現されている。まさに、ベッドルームとダンスフロアを繋ぐ、“Vegpher”としての新たなアイデンティティーを高らかに宣言した作品
PROFILE
Jemapur
電子音楽家。SALUUT主宰。01年ごろより、コンピュータをもちいた制作を開始。02年、SabiとともにSAAGRecordsを設立し、Inpuj界隈のアーティストたちと数点の作品をリリース。現在は活動休止中。06年、音と光の祭典としてはじまったパーティ / レーベル、Phaseworksに合流。同年、Nujabes率いるHydeout Productionsより1stアルバム『Dok Springs』(CD)をリリース。08年、W+K Tokyo Lab.より2ndアルバム『Evacuation』(CD/DVD)をリリース。また、このころより、ギタリストCutsighとのユニット「DELMAK」や、Manatholとのユニット「Pull Out」など他者との共同制作を開始。10年より、デザイナー・石井利佳らとともに、作家自身による電子音楽のセレクトショップSALUUTを運営。同年、オーストリア・リンツにておこなわれたメディアアートの祭典ARS Electronicaに、ビジュアルアーティスト・伊東玄己とともに招致されオープニングアクトをつとめる。11年、自主レーベルLakhoより3rdアルバム『Microsleep』(WAV/MP3)をリリース。同年、ロンドン、パリ、ベルリンなどを回るミニEUツアーを敢行。12年、Phaseworksより、自身初となるアナログレコード 『Empty』(12/CD/digital)をリリース。同年より、ヴォーカリストyukiとのユニット「Young Juvenile Youth」として活動を開始。自身の活動のほかに、Sony Playface、NIKE、UNIQLOなど、コマーシャルや映像作品への音楽提供もおこなっている。
>>>jemapur.bandcamp
>>>jemapur.soundcloud
>>>saluut