未来から聴こえる低音——シャーウッド&ピンチのファースト、その低音の美学をハイレゾで
UKダブの巨星、〈ON-U Sound〉総裁、エイドリアン・シャーウッド、そしてブリストル・ダブステップ、さらには欧州のベース・ミュージック・シーンのキーマン、ピンチ。このユニットは、つまるところ、ベース・ミュージックのカッティング・エッジに立つアーティストと伝説のダブ・マスターが出会ったコラボ・ユニットである。OTOTOYでは、そのデビュー・アルバム『Late Night Endless』をハイレゾ(24bit/44.1kHz)で配信。
本作のマスタリングにはリカルド・ヴィラロボスをはじめ、現状の欧州のミニマル・テクノ・シーンのトップ・アーティストたちがこぞってそのマスタリングを依頼する、ダブ・プレート&マスタリングのラシャド・ベッカーが担当している。ベース・ミュージックの温故知新を、現在のエレクトロニック・ミュージックの最高のエンジニアがマスタリングしているというわけだ。もはや、その音の“良さ”、ハイレゾで聴かなきゃもったいないでしょう。
本作の解説をピンチのインタヴューとともに、そして本作のリリースを記念して、OTOTOYでも配信を開始した、エイドリアンのそのキャリアとそれを象徴する過去に関わったUKダブの至宝〈ON-U Sound〉のクラシックたちを後半で紹介しよう。
Sherwood & Pinch / Late Night Endless(24bit/44.1kHz)
【配信フォーマット / 価格】
ALAC / FLAC / WAV(24bit/44.1kHz) : 単曲 250円 / まとめ購入 2,571円
【Track List】
01. Shadowrun / 02. Music Killer Dub / 03. Gimmie Some More (Tight Like That) / 04. Bucketman / 05. Wild Birds Sing / 06. Stand Strong / 07. Precinct Of Sound / 08. Different Eyes / 09. Africa 138 / 10. Run Them Away / 11. Heat Rising (Bonus Track for Japan)
INTERVIEW : PINCH
冒頭で書いたように、本作はUKのベース・ミュージックの伝説的なベテランと、今後を切り開いていくキーマン、そんな2人の天才ががっぷり四つに組んだ作品だ。そのサウンドは、言うまでもなくダブやベース・ミュージックの最新形。本作には、現在のシーン、過去の英知、そして未来のスタイルがつまっている。
このユニット、エイドリアン・シャーウッドとピンチには、その間に親子ほどの世代の違いがある。というよりも、エイドリアンのキャリアはほとんどピンチのその年齢と変わらないか、むしろ長いぐらいだろう。エイドリアンに関して、詳しくは記事後半の〈ON-U Sound〉の紹介部分に譲るが、簡単に触れておくと、彼は1970年代末からロンドンでジャマイカのアーティストを招聘し、作品をリリースするなど、ルーツ・レゲエやダブの制作に携わるところからキャリアをスタートさせ、その後は自身のプロダクション・レーベルとなる〈ON-U Sound〉を立ち上げてからもすでに約35年の月日が流れている。対してピンチは、2004年に自身のレーベル〈Tectonic〉を立ち上げた10年選手で、この手の業界ではベテランの域に達しようとするそんな時期でもある。いまや、シーンをかき回し、陽動するトレンド・セッターとも言える存在となっている。
このふたりのベース・ミュージックの天才たちが出会うのは必然にも思えるが、さて彼らふたりはどのように出会ったのだろうか?
インタヴュー&文 : 河村祐介
――まずはエイドリアン・シャーウッドに対する、あなたの率直な思い入れがあれば教えてください。
ピンチ : エイドリアンがさまざまなフォーマットを通じて作ってきた音楽を、10歳くらいの頃から聴きながら育ってきたんだよ。僕の兄はダブ・ミュージックの大ファンだったし、〈ON-U Sound〉のカタログにも好きな作品がたくさんあるって具合で。その影響は多岐にわたるけど。自分がガキだった頃から、その存在はしっかり意識してた、そういう人だね。
――直接出会ったのはいつ?
ピンチ : はじめて彼に会ったのは、えーと…… 確かあれは、今から数えると4年くらい前になるかな? ロンドンの〈ファブリック〉ってナイト・クラブと何年か仕事していてね。クラブの全フロアを使って〈Tectonic〉のレーベル・イベントをやったんだ。そのときにエイドリアンを招待する機会があったんだ。そのイベントのときはちょっとしか話せなかったんだけど、その後、彼は“お返し”をしてくれたっていうのかな。パリで行われた〈ON-U Sound〉のショウに僕を招待してくれたんだ。そこでやっとエイドリアンとちゃんとつるむこともできたし、色々な話もできてね。で、お互いに気づいたんだよ、僕たちはとてもウマが合うし、かつ、ふたりともちょっと病んだ感じの、ブラックなユーモア・センスの持ち主だってことに。
――そのあとは、じゃあすぐにコラボを?
ピンチ : うん、というわけで、僕たちはランズ・エンド、そこはエイドリアンが住んでいる街だけど、一緒にスタジオに入ることに決めてね。その頃はとにかくお互いの手持ちのマテリアルを引っ張ってきて、エクスクルーシヴなダブ・プレートを何枚か作り上げてみようというものだったんだ。でも僕たちはあっという間に「ダブ・プレート数枚」のレベルから先に進んでしまったっていうのかな。僕は彼に向かって「エイドリアン、さて次は何をやろうか?」と声をかけたんだよ。すると、彼は僕をすっと見据えて(語気を強めて)「俺たちは一緒にアルバムをやるべきだ!」と返してきてさ(笑)。で、僕としても「オ、オッケー、了解っす!」みたいな(笑)。
――このアルバムで目指したものは?
ピンチ : 最高のコラボレーション作というのは、その結果が双方の妥協によるものとは聞こえない、そういうものだと僕は思うんだ。それぞれが妥協し歩み寄った結果の中間点ではないわけ。二組の異なる耳が存在するわけだし、そうやってそれぞれの耳が異なる問題点をピックアップし、あるいは同じものから別の何かを聴き取り、互いに別の何かに気づき、それぞれ別の事柄に注意を払いながら聴いているわけだよね。ということは、もしもそのコラボレーションが良い内容であれば、結果は必然的によりストロングなものになるだろう、と。
それこそ、もうエイドリアンのダブ・ミックスは「銀河級」って感じ
本作でもっとも耳を引くのは、やはりそのリズム・デリヴァーのセンスだ。いわゆるステレオ・タイプなレゲエ、またはダブステップやイーヴン・キック、UKガラージ的なビートはそこにはあまりない。強いて言えば、ピンチの出世作でもある、ダブステップにアフロ・パーカッションを導入した2006年の「Qawwali」をさらにさまざまな要素を招き入れ、複雑化させたようなビートが並ぶ。とにかく刺激的だ。驚異的なダブ・ミックスがそのリズムをさらに凶暴にする。
さて、ここで気になるのがそれらを生み出した彼らのスタジオ内での制作作業だ。同じくスタジオのコンソールを“楽器”として使うダブという音楽に根ざしてはいるが、かたやアナログ・リールとアナログ・ミキサー、さらには名うてのアクの強いジャマイカン・アーティストたちも味方にし、多くの伝説的作品を生み出したエイドリアン、かたやPC上のDAWでほぼすべてのことが完結する、そんな時代に音楽作りをはじめたピンチの間で、どのような方法で本作が作られていったかというのは非常に興味深い。
ピンチ : まあ、自然なものだったけどね。多くのパートをふたりで分担したし、それこそ一緒にコントロール・ルームに陣取ってひとつひとつこなしていくって調子だったけど……。 大体において僕がコンピュータを使っていくつものリズム群を組んで、それを持ち込むってことは多かったね。で、僕たちはそれらのリズムをバラバラに壊していくというのかな、リズムをどこかに加えたり、あるいは抜き去ったり、位置を入れ替えたり。で、エイドリアンについては、最終のデスク・ミックスはほとんど彼自身で仕切るって感じだったな。自分たちが聴きたい「これだ」という箇所がどれもちゃんと聴こえるようにあるパートを強調する……。 なんて風にやっていたわけだけど。エイドリアンがアナログ卓で生み出すマジックに関しては、35年もの経験があるわけだしね! だから、最終ミックスについては細かい云々も含めて、彼の経験とスキルに任せる感じだった。そうは言いつつ、作品の音に関して下した決断はどれもすべて、コラボレーションの最初から最後まで一貫して、僕たち2名による共同決定ってものだったんだけどね。
――どんな雰囲気でしたか? ジェネレーション・ギャップなんかにはついてはどうでしたか?
ピンチ : ジェネレーション・ギャップを感じたってことは一切なかったよ。エイドリアンは山ほど経験があって、どの場面でミュージシャンを引っ張ってくればいいかとか、アレンジに関する決断をどこで下さなければいけないかとか、彼にはわかっているんだよ。で、それに対して僕は違った、なんというか…… もっとこう、ダンス・ミュージック系の、なかでもより実験性の強い界隈から出て来た人間だからね。お互い違うタイプのリズムやアプローチを使いながら、ベースやサウンド、雰囲気や音波を作り出していくっていう。一緒に作業していって僕らは気付いたんだ。「僕たちはある種のソニック(音波)を手に入れた」ということを。それは僕自身の作品のそれとも、あるいはエイドリアンの作品とも異なるもので、それ自体で成り立っている独自の音波を作り出せたんだ。で、それは真の意味での達成だと僕は思っているんだ。
――スタジオ作業で、例えばエイドリアンのダブ・ミックスから学んだところは?
ピンチ : ああ、ダブ・ミックスに関しては、僕は彼がどんな風にミックスするのかを見せてもらったね。で、あのやり方だと、音楽のあらゆる面に真の意味で空間の感覚がもたらされるっていうのかな。それこそもう、エイドリアンのダブ・ミックスは「銀河級」って感じの次元の感覚が。真剣な興味と共に彼の作業ぶりを見守った。彼は常に音楽のいろんなパーツを動かしているんだよ。それは非常にさりげない動かし方で「聴いていても感知できないかも?」というくらい微妙な動きなんだけど、実は音のなかでなにかが変化してるっていう。たとえばハイハットが左から右に跳ね返っていくだとか、いろんなことが音の中で起きてるわけ。それって聴き手の中に空間に対する意識を作り出す、そういう働きをしているんじゃないかと僕は思うんだよね。で、それによって心理的に影響されるというのかな、「自分は不思議な宇宙空間にいる」みたいな感覚が生まれると思うんだ。そこは間違いなく僕がエイドリアンとの共作を通じて覚えさせてもらったところだね。
――逆にエイドリアンが現在のベース・ミュージックのクリエイターのあなたから教えてもらう、なんてという場面はあったんでしょうか?
ピンチ : まあ、彼にとってはこのプロセス全体を楽しむってものだったと思うけどね。たとえば、僕がコンピュータでリズムをこしらえて、それを彼に提示してみた時なんか(笑)。たぶん、彼としてもちょっと混乱したんじゃないかと思うよ。とてもストレンジで、それこそ誰にも踊れないような、やたらと妙なリズムを作る癖が僕にはあるし、そうなったら誰かに手綱を握ってもらう必要があるわけで。でも、間違いなく同じ言語でコミュニケートしていたし、最終的には両者が対等に共有する音楽空間が生まれたと思うし、エイドリアンにもそこは同意してもらえたらいいな、と思っているよ。
たとえば、僕たちが今回フットワークのアルバムかなんかを作ったとしたら
やはり本作の制作においてもっとも気になるのはベースのサウンドだ。ベースの“鳴り”については、ここで昨今の流れに関して少々触れておく必要があるかもしれない。現在、サウンド・システム~PA機器、そしてDAW環境の進化によって低音の”鳴り”自体が飛躍的な進化を遂げている。それが逆にプロダクションにも大きな影響を与えていると言われている。ベース・ミュージックの進化は、まさにこうした現場のアウトプットと制作環境の進化が相互補完する形で、ミックス、音色的な出し方などにおいても大きく変化していると言われている。まさにこのデジタル時代のベースの“鳴り”を追求し、牽引してきたピンチと、エイドリアンの伝統的なスタイルの間で齟齬はなかったのだろうか。もちろん、作品の出音を聴く限り、双方の英知はしっかりと作品に反映されていると言えるが。
――現在ベース・ミュージックはDAWやサウンド・システムの進化でベースの音色やミックスのマナーが大きく変化しています、そのあたりをエイドリアンと話したりというのはありましたか?
ピンチ : うん、そこはあったよね。だから、僕はエイドリアンに自身の作品なんかを色々と聴かせたし…… まあ、そうでもなければ彼がそれらに触れる機会もなかっただろうしね。過去数年、インターネットのおかげでベース・ミュージックの変化はハイパーに加速しているし、それは要するに…… 言い換えれば、いま流行っているものも、2年も経ったらダサいものになってしまう、そんな状況ということで。で、今回の『Late Night Endless』というアルバムで僕たちが本当に捉えたかったのは、それよりももうちょっとタイムレスななにかをクリエイトしたいってこと。トレンディなことに接近し過ぎたり、あるいはそこに無闇に乗っかろうとしないっていう。たとえば、僕たちが今回フットワークのアルバムかなんかを作ったとしたら……。
――メディアは飛びつきそうですね(笑)。
ピンチ : それはまあこの先半年くらいは「めちゃクール!」ってことになるだろうけど、たとえば5年後にはそうでもなくなっているんじゃないか、と。だから、今回僕たちがとったアプローチというのは、ある意味「何がトレンディか」という意識の外にあったというのかな。そうしたことは考えずに、これからも寄せては返す様々なトレンドと言う名の波、願わくはその荒波に耐えることができるなにかをひとつにまとめよう、ひたすらそう考えながら作ったものだっていう。
しかしながら、そこはトレンド・セッターのピンチ、本作を取り巻く音色のテクスチャーはしっかりと現在の空気感をもサウンドとして含んだ音作りがなされている。それはもちろん彼の肌感覚のなせる技だろう。それこそ、彼が昨年に〈CO.LD〉というサブ・レーベルまでも立ち上げている、まさにコールドでインダストリアルなエレクトロニック・サウンドだ。本作のテクスチャーに関して言えば、エレクトロニックでクールな質感が、インダストリアル・ダブ・サウンドによってさらに強調されている。そのサウンドは、どこかエイドリアンが80年代に手がけたインダストリアル・サウンドも想起させる。
テクスチャーはそうだとしても、前述のようなリズム・デリヴァーのおかげで、最終的なサウンドは〈Tectonic〉でも〈CO.LD〉でも、そして〈ON-U Sound〉でもない音がそこには鳴っている。それこそ、妥協のないシャーウッド&ピンチの「必然の音」を響かせていると言えるだろう。
このアルバムの音楽は様々な文脈の中で聴くことができる
――『Late Night Endless』というタイトルどのようなイメージでつけたんですか?
ピンチ : 僕たちが考えていたのは、このアルバムの音楽は様々な文脈の中で聴くことができる、そういうものじゃないかってことなんだ。たとえば僕としても気に入ってるのは、たとえば夜遊びから家に帰ってきて、一緒に家までついて来た友人たちともうちょっとダベりたいって時にまず最初にかけるのがこの音楽、みたいなイメージだし……。 ああ、それにアルバムの何曲かは、間違いなくクラブの環境でもばっちりハマると思う。うん、間違いなく夜更けに聴く音楽ってものだし、ある種の…… ムード、あるいは音空間を持つ音楽だし、しかもそれだけじゃなくちょっと奇妙なところもあるっていう。
さて、今回は〈ON-U Sound〉の昔からのコアなファンには朗報がある。エイドリアンのそのキャリアにはいなくてはならない、そして多くのUKルーツ・レゲエ・ファンが愛してやまない、故、ビム・シャーマンのヴォーカルが「Run Them Away」にて、使われている。また、そのほかにも多くの楽曲でリー・ペリーや故プリンス・ファー・アイのチャントがそこかしこにマブされている。もちろんこれはエイドリアンの秘蔵コレクションからのお蔵出しだ。
ピンチ : うん、あれ(ヴォイス・サンプル)に関してはもう、僕はお菓子屋に連れてこられたガキみたいな感じだったよね! エイドリアンの〈ON-U〉のアーカイヴには、それこそもうプリンス・ファー・アイからリー・ペリー、それにジュニア・デルガド、ビム・シャーマンに…… といった具合で。で、僕が思うに…… エイドリアンの側としては、今回のプロジェクトは新音源&フレッシュなアイデアだけに留めておきたかったみたいなんだよね。でも、僕としてはもう、あれらの旧音源に触れられるだけでもエキサイティングだよね。あの音源は十代だった頃の自分がずっと聴いていたものなわけだから。とは言っても、このアルバム独自のヴォーカル音源もあるんだけどね。
さて、まさに世代を超えた充実の作品となった本作、今後もこのユニットはワンオフではなく永続的なプロジェクトとなるのだろうか?
ピンチ : ぜひそうなればいいなと僕は思ってる。僕たち的にも今回はまだプロジェクト全体のほんの表面をかすっただけだって感覚があるし、さっきの話にも少し出て来たように、僕たちが本当にやりたいと強く望んでいることのひとつは、自分達ならではのプロダクション、そしてソニックを掴むってことなんだよね。シャーウッドとピンチではなく、それ固有の何かとして成り立つものを作りたいっていうことで。仮にこれが1回きりのプロジェクトだったとしたら、僕たちはこんなに時間をかけることもなく、もうちょい手っ取り早く何かサクッとリリースしていたはずだからね(笑)。
エイドリアン・シャーウッドと〈ON-U Sound〉、ダブとパンク、インダストアリル、ダンス
ということでここではエイドリアンの、そのUKダブのマスターのキャリアに触れながら彼が残してきたクラシカルな、それでいて過激なUKルーツ・レゲエ、ダブの名盤たちを紹介しよう。
プレ〈ON-U Sound〉
エイドリアンの紹介で、いまどき「パンクとレゲエの」、と書き出すには少々芸がなさすぎるのでそれ以前の話の補足的なところからはじめよう。エイドリアンの自身のプロジェクト、クリエイション・レベルのファースト『Dub From Creation』は1978年にリリース。そのミキサーを手がけていたのは、エイドリアン自身ではなく、スリッツやポップ・グループを手がけていたUKダブの第一人者、デニス・ボーヴェルだ。1958年生まれというから、20歳そこそこのエイドリアンがかぶりつくようにそのミキシングを見学していたのを妄想する。
この作品をリリースした〈On-U Sound〉の前身たる彼のレーベル〈Hitrun〉は、その後、続いてジャマイカ人アーティストのダブ・アルバムをリリースし、これがその後の〈On-U Sound〉人脈の起点となる。そのアーティストとは、独自のダミ声のディージェイ(ジャマイカではややこしいがMCのことをDJと呼び、いわゆるレコードをかけるDJはセレクターと呼ぶ)の、プリンス・ファー・アイだ。1978年ダブ・アルバム『Cry Tuff Dub Encounter Chapter 1』の、このミックスをデニス・ボーヴェルらと務め、現地アーティストたちとのコネクションを強めていく。こうしたリリースのなかで、やはりもうひとり、その後の〈On-U Sound〉を方向つけるアーティストと出会う。先日他界した当時の花形ジャマイカ人ドラマー、スタイル・スコットだ。1979年クリエイション・レベルのセカンド『Rebel Vibrations』では、すでにスコットが参加し、その体制において、その後の〈On-U Sound〉のプロジェクト、Dub SyndicateやSingers & Playersの青写真となる。
しかしながら、彼がそのオリジナリティとともにダブ・ミキサーとして才能を開花させるのはその直後である。1980年にリリースされた〈On-U Sound〉のスタートをサイケデリックに宣言する『Starship Africa』と言えるだろう(実際のリリースは〈4D Rhythm〉というワン・オフ・レーベル)。本作で、ジャマイカ産のダブとはかなり異質な過激なミックスによって、ある意味で「ルーツ・レゲエのダブ・ヴァージョン」を超えたダブの可能性を見出している。リー・ペリーに強い影響をうけたスタイルで、さらにはUKという土地で生まれたからこその、サウンドシステム・カルチャーからの束縛のなさは、ダブを新たな次元をへと導いた。
パンクとダブの交点
『Starship Africa』をリリースした直後に、エイドリアンは〈ON-U Sound〉を立ち上げ、そのアルバム第一弾として1981年にニュー・エイジ・ステッパーズをリリースする。このプロジェクト、とくにファーストはスリッツのアリ・アップを中心に、ポップ・グループやフライング・リザーズなどポスト・パンク系のアーティストが参加、さらにはスタイル・スコットやジャマイカ、そしてUKのルーツ・レゲエ・アーティストたちが参加する混成プロジェクトだ。まさにその面子からして、時代を象徴するプロジェクトであった。ヒリヒリとしたパンクのクールな感覚と、ルーツ・ダブのミリタントな攻撃性がすばらしい緊張感を生んでいる。同プロジェクトの1983年までにリリースされたセカンド、サードは、ジャマイカにわたるほどレゲエに傾倒したアリ・アップの参加のほかは、レゲエ・アーティストの参加割合が増し、音楽的にもビム・シャーマンをフィーチャーするなど、ルーツ・レゲエ回帰している。
ちなみに、UKには旧植民地であるジャマイカからの移民が多く、彼らのサウンドシステム文化が持ち込まれ、1960年代からレゲエもずっとユース・カルチャーとして身近なものであったようだ。さらに1970年代後半になると、一部のパンクスたちは反抗的な歌詞のルーツ・レゲエ、そしてサウンド的にもおもしろいルーツ・ダブを賞賛した。その証拠としてザ・クラッシュやザ・スリッツは言わずもがな、ダブを取り入れたジョン・ライドンのP.i.Lなど、パンク / ポスト・パンクとレゲエ / ダブは近しい関係にあった。そんな空気感のなかで、レゲエに比重の大きい歩み寄りの象徴がまさに〈ON-U Sound〉だったわけだ。
〈ON-U Sound〉のルーツ
〈ON-U〉は過激でミクスチャーなダブだけではなく、正統派なルーツ・レゲエもリリースしている。エイドリアンのレゲエ愛がにじみ出ている作品だ。〈ON-U〉が立ち上がった1980年代に入ると、ジャマイカではルーツ・レゲエがほぼ死に絶え、代わりにダンスホール・レゲエが盛況となり、リリースの中心はそちらへ移っていった。ルーツ・レゲエはエイドリアン・シャーウッドの〈ON-U〉、さらにはサウンドシステム、ジャー・シャカなどの活動によってロンドンで生き永らえることになる。
1970年代のジャマイカにおいてルーツ・レゲエのスタイルに大きな影響力を与えた“ファーイースト”なサウンドをメロディカ(鍵盤ハーモニカ)で生み出したオーガスタス・パブロ。そのスタイルを〈ON-U〉のルーツ・スタイルで踏襲したドクター・パブロの『North Of The River Thames』はまさにそうしたルーツ愛が溢れる作品だ。ここで演奏しているのはスタイル・スコット率いる〈ON-U〉のハウス・バンド、ダブ・シンジケート。また同じくこの時期のルーツ・スタイルの名盤としてビム・シャーマンを上げなくてはならないだろいう。彼はジャマイカからUKに移り住んだシンガーで、自身のプロダクトとともに〈ON-U〉からのバックアップを受けて、そのファミリーの一員としてさまざまな作品に参加している。ここで紹介するソロ・アルバムももちろんだが、上記のニュー・エイジ・ステッパーズのサード『Foundation Steppers』(実質スタイルとしては、この作品も〈ON-U〉のルーツといっていいだろう)はその優しくも力強い歌声を聴かせている。またプリンス・ファー・アイなどが参加していた〈ON-U〉の混成ルーツ・プロジェクト、シンガース&プレイヤーズにも多くの録音を残している。
ダブの枠組みを広げる――インダストリアル、ダンス
1980年代中頃から、1990年代にかけて、エイドリアンは『Starship Africa』で広げたダブの可能性をポスト・パンクやワールド・ミュージックから、さらにインダストリアルやロック、ヒップホップ、ダンス・ミュージックへとその枠を広げていった。
1983年にはポップ・グループのマーク・スチュワートのソロ『Mark Stewart & the Maffia』をリリースする。本作のサウンドを聴いてもらえばわかるが、『Starship Africa』のインダストリアルな側面をさらに拡大解釈したようなサウンドで、もはやそこにルーツ・レゲエの影すらない。エイドリアンとマークのタッグはその後も1990年代においても続いていく。
このあたりから、エイドリアンはロック、特にインダストリアルやエレクトロニック・ボディ・ミュージックのプロデュースやリミックスなどを手がけるようになり、その暴力的なダブ・ミックスでメタリックなサウンドを生み出していくのだ。アインシュテュルツェンデ・ノイバウテン、ミニストリー、ナイン・インチ・ネイルズなども手がけた。マーク・スチュワートの1985年のセカンド『As the Veneer of Democracy Starts to Fade』のバック・バンドであったタックヘッド――「ラッパーズ・デライト」で知られるシュガーヒル・ギャングの残党と〈ON-U〉周辺アーティストによるバンドを手がけ、インダストリアル・ダブ・ヒップホップ / ファンクとでもいうべき世界観を作っていく。
このタック・ヘッドからの動きとしてあげておきたいのが、ヒップホップや当時勃興していたハウスやエレクトロなどのダンス・サウンドへと接近していった、ブリストルのゲイリー・クレイグをフィーチャーした1989年の『End Of The Century Party』だ。このあたり、絶妙なハウスとエレクトロ、ヒップホップ、インダストリアルが混ざりあって、いま聴くとなかなか味わい深い。
1980年代から現在まで通じる〈ON-U〉のプロジェクトとして忘れてはならないのは、パーカッショニストのボンジョ・アイ率いるアフリカン・ヘッドチャージである。ルーツ・レゲエのナイヤビンギ・ドラムをさらに発展させたかのようなアフリカン・パーカッション+ダブのプロジェクトで、これまでに数多くの作品を発表している。〈ON-U〉の屋台骨とも言えるプロジェクトのひとつだ。
最後に紹介するのは、ここ日本のバンドだ。エイドリアンは、1990年代にはここ、日本のバンドを、〈ON-U〉を通じて世界へと紹介した。オーディオ・アクティブである。ダンス・ミュージックやロック、さまざまなサウンドを飲み込んだサウンドは、テクノや当時のミクスチャー・ロックの文脈など幅広い層に受け入れられ、ダブという音楽の可能性、というよりもその存在を広く、この国はもちろんのこと世界においても知らしめた。彼らの魅力はそのクールなサウンドと、とびきりのユーモア・センスだ。セカンド・アルバムのタイトルは『Happy Happer』、うん最高なタイトルだ。