マウス・オン・マーズが描くマルチ・カルチャラルな世界──音楽の喜悦に満ちた大作をハイレゾ配信開始
言ってしまおう、これは傑作だ! これを作り出したのは誰か? 彼らはクラウトロック・リヴァイヴァルの先駆であり、ドイツ・シーンにおけるエレクトロニカ / IDMのオリジネイターでもある。もしくはダンス・カルチャーと、その後、立ち現れるポストロックとの中間でうごめく、レフトフィールドな電子音の権化──それはマウス・オン・マーズ──ついこの間、ある意味で最高傑作とも言えるアルバム『Dimensional People』をリリースしたばかりのベテラン・エレクトロニック・ミュージック・ユニット。遅ればせながら本作をハイレゾ配信するとともに、6年ぶりとなったこの傑作を、簡単に彼らのヒストリーとともにお届けしましょう。
24bit/96kHzハイレゾ配信
MOUSE ON MARS / Dimensional People(24bit/96kHz)
【Track List】
01. Dimensional People Part I
01. Dimensional People Part II
01. Dimensional People Part III
01. Foul Mouth
01. Aviation
01. Parliament Of Aliens Part I
01. Daylight
01. Tear To My Eye
01. Parliament Of Aliens Part II
01. Parliament Of Aliens Part III
01. Resume
01. Sidney In A Cup
【配信形態 / 価格】
24bit/96kHz WAV / ALAC / FLAC
AAC
単曲 324円(税込) / アルバムまとめ購入 2,700円(税込)
【REVIEW】マウス・オン・マーズ新作について
文 : 河村祐介
本作は約6年ぶりにリリースされたマウス・オン・マーズのアルバム。まず驚くべきことに本作には20名以上のアーティストが参加していることだ。ジャスティン・ヴァーノン(ボン・イヴェール)、ザック・コンドン(ベイルート)、スパンク・ロック、アーロン&ブライス・デスナー(ザ・ナショナル)、スワンプ・ドッグ、リサ・ハニガン、アマンダ・ブランク、サム・アミドン……さらにはストリングスに金管楽器といったセクションのミュージシャンたちが、相当数参加しているという。こうしたアーティストたちは、さまざまなフェスでの出会いからはじまるセッション、それはマウス・オン・マーズが開発したアプリ、Elastic DrumsやfluXpadによって生成されたエレクトロニック・サウンドを下敷きに行われた模様だ(動画を見てもらうのが一番てっとり早い)。こうした素材と、ストリングスやバンド・セクションとのレコーディングを経て、最終的にアンディとヤンのデュオによるスタジオ・ワークによって誕生したのだという。それは言い換えてみれば、人種や国籍、そしてさまざまなジャンルや文化が内在した未分化の素材を元に作られているということでもある。
アルバムは印象的な変化を生み出される、タイトルと同名の3パートにわかれたトラックで開始される。この3部作は、痙攣する電子音から「Part II」ではアフロビートへ、そして「Part III」ではいつしかアンビエントな森林へとすっと引き込まれていく。こうした楽曲が示唆的だが、アルバム全体を包むのは、絶えず、その存在感がシームレスに変化するさまざまな景色だ。ニューエイジなアンビエントかと思えば、ヴァイオリンがカントリーな景色を描き、そして電子音が脳みそを直接揺り動かしたと思えばアフロビートが体をゆらしていく、かと思えば、まさかのスワンプ・ドッグのどっしりとした声が聴こえ、その後は彼らお得意のとっちらかった電子音、そしてダビーにスローダウンしたハンマービート、さらにはトロピカルなカッティング・ギターとヴォーカルでアルバムの終わりを告げる。
もともとは、『new konstruktivistsocialism(新たな構築主義者の社会主義)』と名付けられていたという本アルバムは、その名前の通り、まさにマルチ・カルチュラルなさまざまな要素で構築された個々の音を飲み込みながら、電子音楽技術によってひとつに昇華させるという、ある種の理想主義の体現、そんな美しさがここにはあるようにも思えるのだ。テクノ、パンク、ダブ、実験音楽、ヒップホップ、クラウトロック(名作モービウス・プランク・ノイマイヤー『Zero Set』を想起させる部分も)などなど、これまで彼らが触ってきたさまざまな音楽要素を飲み込み、一切の保守的な態度を認めず、レフトフィールドな立ち位置を変えず、絶えずオリジナリティ溢れるサウンドを生み出し続けてきたマウス・オン・マーズの最高傑作にして、その表現の真髄がここにあるように思える。
ヒストリー・オブ・マウス・オン・マーズ
さて、こちら記事後半ではマウス・オン・マーズとはなにものなのか、駆け足でそのヒストリーを紹介していこう。
ヤン・セント・ヴァーナーとアンディ・トマによるプロジェクト、マウス・オン・マーズは、もはやはるか昔25年前となる1993年結成のユニットだ。ヤンがケルン、アンディがデュッセルドルフを拠点に活動、2000年代後半からはユニットとして拠点をベルリンに移している模様だ。どちらもマウス・オン・マーズ以前にエレクトロニック・ミュージックの分野で活動していたらしく、特にアンディはジーン・パークなるディスコ・ユニットをやっていた模様(MVにはアンディらしきヴォーカルが)…… だか本格的な活動というとやはり、このマウス・オン・マーズからということになるようだ。
1stアルバムはイギリスの〈ベガーズ〉傘下のレーベル〈トゥ・ピュア〉から。わりとこのレーベル、オルタナ〜インディ・ロック系のレーベルながら、ステレオラボやマウス・オン・マーズを送り出したあたりは、日本で「音響系」と呼ばれていたポストロックやエレクトロニカ / IDM的な作品を出しているとも言えるが、一般的にその代表作はPJ・ハーヴィーだったりすもする(時代といえば時代)。1st『Vulvaland』は、イギリスでは〈ワープ〉がアーティフィシャル・インテリジェンスとして提唱し盛り上げたいわゆるIDMと同調するようなサウンドで、いま聴くとわりにストレートなテクノといった感覚すらある。が、というか代表曲「Frosch(カエル)」で、その名前のごとく、ゲコゲコとアシッド・サウンド響かせてみたり、ダビーなコラージュ・ポップ的なサウンドを展開したりと、「むしろコレってドイツからのオーブへの回答じゃん」という感じも。その後〈トゥ・ピュア〉でリリースした1995年『Iaora Tahiti』、1997年の『Autoditacker』あたりでは、さらにダンス・カルチャーと絶妙な距離感を取った実験性と(踊れないわけではない)、クラウトロックのハンマー・ビートが楽天的に行き交うサウンドを示してユニットの特異性を完全にシーンに示した。
なおこの裏で、『Autoditacker』から、トータスのジョン・マッケンタイア主宰の〈スリル・ジョッキー〉からアメリカではライセンス・リリースされるなど、ポストロックと呼ばれる以前のいわゆるシカゴ音響派との繋がりが強くなっていく。またヤンは、オヴァルことマーカス・ボップとのミクロストリア、そしてソロでもリソップスといった名義で活躍。このあたりはマウス・オン・マーズの活動と相まって、00年代以前のジャーマン・エレクトロニカ~IDM、さらにはUSも含めたポストロックを巡るの重要な動きのひとつと言えるだろう。
1997年には自身のレーベル〈Sonig〉を設立、『Instrumentals』をリリース、さらなる高い評価を得る。この作品と同様、チルアウトなイメージのサウンドトラック用に作られたという1998年『Glam』を経たあたりで、世はエレクトロニカの波が大きく咲き乱れる頃で、さすがにオリジネイターとしては別の道を模索した模様。次作はその後のライヴ・メンバーともなるアフロ系のドラマーのドド・ニキシをはじめとした生楽器のプレイヤーをフィーチャーすることになる。これがエイフェックス・ツインの『リチャード・D・ジェームズ』とタメを張るラウンジ~ドリンベース的な展開で遊んだ1999年『Niun Niggung』。ある種のポストロック的な感覚も含みつつ、しかしそこから出てくるものは実験的だけど、底抜けにユーモラスでポップ、そしてパンキッシュなエレクトロというその音楽性を開花させる。このあたりの路線は2001年の『Idiology』、ドドがさらにフィーチャーされた『Radical Connector』、そして2005年の『Live 04』あたりまで軽快に続いていく。また2006年にはマイク・パットンらのレーベル〈Ipecac〉から『Varcharz』、2007年には故マーク・スミスとのユニット、Von Südenfedもリリースしている。
2010年代はというと、モードセレクターのレーベル〈Monkeytown〉から断続的に新作をリリース。このあたり、レディオヘッドのトム・ヨークもその感覚を信頼するトレンドセッターたるモードレセレクターのふたりが、シーンのパイセンとしてどれだけリスペクトしているか、さらにはどれだけキッレキレのフレッシュな音を作り出しているのかがわかる事実とも言えるだろう。そう、そしてそんななかでリリースされたのが新たな作品『Dimensional People』である。