『Nothing』はいい意味で亡くなったふたりに取り憑かれていた部分がある──コード9来日インタヴュー
2014年に設立10周年を経てエレクトロニック・ダンス・ミュージックのカッティング・エッジを象徴するレーベルとなった〈ハイパーダブ〉。そのリリースは多岐に渡り、もはやダブステップやUKベース・ミュージックといった枠組みでは語れないレーベルとなっている。
先日、このレーベルのドン、コード9が代官山UNITにて来日プレイ。詳しくは後述するが、悲しい別れを乗り越え、2015年は初のソロ名義でのアルバムとなる『Nothing』をリリースした。そのサウンドにはポスト・ダブステップやUKファンキー、シカゴ・ジュークといったサウンドをいち早く紹介した彼のDJとしての臭覚の確かさ、もっと言えばそうした最新のビートを自らの表現へと昇華するほどに理解してしまう感覚、いわばトレンドセッターとしてのすばらしい才能がそこには見え隠れしている。2016年後半の音楽事情を占う意味でも彼にいま注目のサウンド、そしてアルバム『Nothing』に関して話を訊いた。
KODE9 / Nothing
【Track List】
01. Zero Point Energy
02. Notel
03. Void
04. Holo
05. Third Ear Transmission
06. Zero Work
07. Vacuum Packed
08. Wu Wei
09. Casimir Effect
10. Respirator
11. Mirage
12. 9 Drones
13. Kan
14. Nothing Lasts Forever
【配信形態 / 価格】
16bit/44.1kHz WAV / ALAC / FLAC
単曲 257円(税込) / アルバム 2,057円(税込)
AAC / mp3
単曲 205円(税込) / アルバム 1,543円(税込)
INTERVIEW : KODE9
2014年は〈ハイパーダブ〉にとって10周年を迎える、祝うべき年であった。しかし、主宰、コード9にとっては苦難の年となったに違いない。〈ハイパーダブ〉からのアルバム『DOUBLE CUP』が高い評価を受けたシカゴ・ジュークのイノヴェイター、DJラシャドの死。ポエトリー / トースティングでコード9の音楽作品の「声」を担っていたスペースエイプの死がそこにはあった。どちらもレーベルを代表するアーティストだっただけに、そのショックは計り知れないものがある(特に後者はコード9のデビュー当時から苦楽をともにしてきた相棒だ)。それでもレーベル設立10周年を迎えたこの年は、10周年リリースのコンピ4枚のコンピに加えて、多数のアーティスト・アルバム、12インチとリリース・ラッシュの1年となった。続く2015年はというとリリース・スペースを落とし、マイペースに他アーティストの12インチを中心にリリースしつつ、ソロ・アルバムの制作を行っていたようだ。
相棒のスペースエイプ亡き後、キャリア10年ちょいにして意外にも1stソロとなった『Nothing』がそれにあたる。前作のポスト・ダブステップ〜UKガラージ・リヴァイヴァル〜アフロ・ハウス的な音作りから、本作はさらにヴェイパー・ウェイヴ〜アヴァン・エレクトロニクスの質感とポスト・ジュークのビート感──まさに〈ハイパーダブ〉の現在を象徴するようなサウンドへと変化している。かくもDJカルチャーから出てくるものはいまだに刺激的なのか、そのあたりの底力はやはりいまだにこういった人たちの感覚が担保しているのかということを再確認せざるをえない。そんな作品でもある。
取材 : 河村祐介
通訳 : 原口美穂
写真 : Masanori Naruse
編集補助 : 稲田真央子
スペースエイプとDJラシャドの死
──これまで一緒に音楽制作をしていたスペースエイプが亡くなられて、初のソロ・アルバムになりました。やはり彼が亡くなったことは音楽を作る上で非常に大きかったですか。
とても大きかったよ。それが創作にどういう影響を与えたのか、自分ではっきりとはわからないけど。でも、これまでと違った他から隔絶された状態で音楽を作りたいという気持ちが強くなったんだ。それでずっとスタジオにこもってたんだよ。音楽を作ることがある種のセラピーになっていたんだと思う。それに『Nothing』はいい意味で亡くなったふたりに取り憑かれていた部分があったんだ。ラシャドのフットワークのビートの使い方には影響されていると思うし、曲中にある「スペースエイプがいたならここに手を入れただろう」という部分も空白のままにしてある。
──彼らを失った喪失感から、『Nothing』というアルバム・コンセプトが生まれたんでしょうか?
そうだね。普段はコンセプトを決めて、それに沿った曲作りをしていくんだけど、今回は本当に沈み込んでいたからなにも考えずに作りたいものを作りたかった。
──今作のサウンドはとてもクリアで音色はミニマル、感覚的にはテクノに近いと感じました。
インストでスペースがある分、クリア、ミニマルという印象を受ける人が多いのかもしれないけど、僕としては“ミニマル”というよりも“マキシマム”なものを作る感覚だった。ドラムもアップビートで複雑にしたりね。
──最後の曲「Nothing Lasts Foerver」はノイズ色が強く、吐息のような音で終わります。あの曲はどういう意図で作られたんですか?
YouTubeで“Nothing"や“Zero”という言葉に関連した動画を見ているなかで、禅の修行として瞑想しているお坊さんが息を止めることによって、無や静けさを表現しているクリップを見つけたんだ。最後の曲ではその動画の息を止めた瞬間を9分間に引き伸ばして使ってるんだ。
──禅には興味があるんですか?
もちろん。禅だけに限らずいろんな宗教に興味があるけど、禅や道教のような東洋の宗教に興味があるかな。
──東洋の宗教に惹かれるにはなにか理由がありますか?
イスラム教や、ユダヤ教、キリスト教はひとつの神を崇め、その神がすべてという考え方だよね。それに比べて、東洋の宗教にとっての神は自然そのもので私たちを無理に縛るようなことはしないから、現実的でもある。その広くて深い感覚にひかれるよ。
──アルバムの話に戻ります。リズムの構成はとても多様だと感じました。曲づくりはどこからはじめるんですか?
2014年からAbleton Pushとそのコントローラーという、新しいシステムを使いはじめて。それまでのアナログ・シンセやその他のハードウェアではできなかったようなことが実現できるようになったんだよね。なにも考えずに作りたいものを作りたいという希望もかなって完成もこれまでの作品より早かったよ。
──〈ハイパーダブ〉レーベルについて聞きたいと思います。昨年設立10周年を迎え、もともとはダブステップの作品を中心に扱っていましたが、徐々にジャンルの幅が広がっていきましたよね。レーベルとしての目標はありますか?
自分が楽しめる作品を出し続けることが目標だね。僕自身が飽き性だから、レーベルにはつねに新鮮味をもたせたいし、扱うジャンルも固定したくはないんだ。僕がいまも音楽に関わり続けているのは、これまで音楽からさまざまな感動を得てきたから。そういう感動体験を自分でもいろんな人に提供するためにレーベルは存在しているんだよ。過去の作品とかリリースにとらわれずに、つねに新しいものをリリースしていきたいんだ。
コラム : 〈ハイパーダブ〉小史
2004年にコード9によって設立された〈ハイパーダブ〉は、サウス・ロンドンはクロイドンで生まれたベース・ミュージックを世界へと紹介したレーベルのひとつである。そのベース・ミュージックこそ、ダブステップだ。まだまだ現地でのホワイト盤のアナログ・レコードや12インチ・レベルでの作品が多かった時代にアルバム・サイズの作品をリリースすることで、世界の耳をそこに向けさせたといっていいだろう。もちろん、そのアルバムがブリアルの傑作1stアルバム(2006年:左パッケージ)でなければ、そこまでの影響をその後に与えることはなかったかもしれない。コード9は、ブリアルを発掘し、また自らも故スペースエイプとともに1stアルバムをリリースした。このことによってダブステップは、ダンスフロアのツールから、ひとつの成熟した音楽表現として紹介した。さらに2007年リリースのブリアルの2nd『Untrue』(右パッケージ)はポスト・ダブステップのはじまりのサウンドとも言われている。また同時にレーベルではダブステップだけでなく、UKファンキーやグライムといったUK産のベース・ミュージックの多様性を提示するリリースを行いつつ、2010年代を超える頃にはローレル・ヘイローやアイコニカのような新世代のUSアヴァン・テクノ〜ロウ・ハウス一派とつながりつつ、さらにはDJラシャドのテックライフ周辺をはじめとするシカゴ・ジューク一派ともつながった。10数年に及ぶ、その歴史を考えれば、まさにダンス・ミュージックにおける最重要レーベルと言えるだろう。
いまのお気に入りは“GQOM”
──これまでのレーベル作品を見ていると、それぞれの時期に、ある程度あなたの心を捉えているブームがあると感じてました。いまはどのシーンに最も魅せられていますか?
“GQOM”(“コン”と舌を上顎の歯の後ろあたりで鳴らす感じの破裂音)なんだけど…… これはバカにしているわけじゃなくて、本当にこういう発音なんだ(笑)。南アフリカの音楽で初期のグライムやダブステップを思い出させるようなミニマルさがあるけど、ダークでスローなブロークンビーツ・ハウスという感じもあるんだ。そしてリズム的にはアフロなパーカッションの感じもある。そして巨大なベースラインだ。
──そのジャンルのオススメのアーティストを教えてください。
DJ LAGとCitizen Boyかな。新しいコンピレーションが出るからチェックしてみてほしい。
──ちなみにそういうマニアックな音楽はどうやって見つけるんですか?
“GQOM”は、2012年にスクラッチャDVAやLVたちと南アフリカのツアーに行ったんだ。LVの片方が南アフリカの出身だから、彼がローカルなシーンを紹介してくれたんだよ。そういうローカルな音楽は、いままで世界的にリリースされてなかったけど、最近はフリーでダウンロードできるサイトができたりして、世界中どこにいても聴くことができるようになったよね。
コラム : GQOM
ここ数年の間、ロカールなアフロ・グルーヴ・ダンス・ミュージックの産地と化している感のある南アフリカ。そのサウンドはいわゆるUS〜ヨーロッパ系の正統派ディープ・ハウスから、シカゴ系のゲットー・ハウス、バウンシーなヒップホップ経由のUS系ベース・ミュージック、はてはダンスホールあたりと共通する感覚までいろいろ。ここ数年話題になっただけでもクワイトやシャンガーン・エレクトロなどなど。そしてここ半年ほどで大きく注目を浴びているのがGQOM(「コム」)なる南アフリカはダーバンからのダンス・ミュージックだ。フランス語のように“G”を発音せず、上顎、歯の後ろあたりで「コン」と舌を鳴らすのが発音の正しい様子。サウンド的には痙攣するようなアフロ・ビートが強烈な野太いエレクトロ・ベースといったところ。同じくアフリカはアンゴラのクドゥロなどがUKファンキーと融合したように、もしくはジュークがベース・ミュージックと融合したように、おそらくこのコムもヨーロッパ産のビートと異種交配して、新たなビートを生み出していく要素になるのでは。上記の動画でまずは体感を。最近では日本でもコンピ『Gqom Oh! The sound of Durban Vol.1 JP』がリリースされたので、そちらは入手しやすいはず。
いままでで1番リリースの多い年になると思う
──2016年のレーベル〈ハイパーダブ〉の予定はどうなっていますか?
大きなプランがあるね。3月から秋ごろまで毎月新しいアルバムを出す予定だから、今年はいままでで1番リリースの多い年になると思う。去年は僕にとって充電期間だったから、2016年は精力的に活動していきたいと考えてる。ファティマ・アル・カディ、ジェシー・ランザやDJスペン、スクラッチャDVA、アイコニカ、ローレル・ヘイローなんかのレーベルがひかえているよ。
──理想的なもしくは尊敬しているレーベルはありますか?
理想のレーベルというものはないけど、例えば〈PAN〉はいいレーベルだと思う。つねに新しい音楽を紹介していてパイオニア的な役割を果たしているよね。〈ハイパーダブ〉よりも大きくてよくないレーベルもたくさんあるけど、それは言わないでおくよ。
──〈ハイパーダブ〉はアナログもリリースしていますが、ここのところアナログはプレミア価格がつき、簡単に買えるようなものではなくなったりもしています。転売屋というか、ある種の投機の対象になっているような感覚のものも見受けられます。もちろんパッケージとしてのすばらしさ、さらに大量に刷った場合のリスクの問題もありますしなんとも言えないのですが、とはいえDJカルチャーにおいては、音源のリリースはある意味でもっと手軽で万人に開かれているべきなんじゃないかと僕は考えますがこの意見に関してどう思いますか?
まったく同意するよ。へんな状況になってしまっている部分はあると思う。たしかにヴァイナルはパッケージとして素晴らしいものがあるよね。でも、ヴァイナルを集める人たちはプレイ用ではなく自己満足で収集しているだけだよね。いまの時代、D.I.Y.でチープな方法でも、PCやハック・ソフトを使ってコストをかけずにいいパフォーマンスができるのに、DJにしてもヴァイナルならヴァイナル、プロデューサーにしてもハードウェアならハードウェアと何かひとつに執心してピュアリストになっている人たちがいる。そうやって視野が狭くなるのはもったいないことだと思う。単なるフェティッシュというか。シンセやハードウェアは自分も持ってるけど、それだけという感覚になるのはもったいない。
──やはりあなたはプロデューサーであるという以前にDJというところが表現の中の大部分を占めていると感じますがいかがでしょうか。
こうやって音楽リリースを重ねて、レーベルを持つようになった今でさえ、僕にとって音楽は趣味なんだよ。自分で自分の作品を好きだと思えたことはないし、プロの作品だとも感じないから、今回のアルバムも制作する上で2万回も聴くと嫌になることがあった。でもそれをいろんな人の前でかけることで新しくコネクションができることがうれしかった。だから次のアルバムは何度聴いても自分で好きだと思える作品を作りたいと思ってるよ。
現在の〈ハイパーダブ〉を象徴する4枚の10周年コンピ
V.A. / HYPERDUB 10.1
2014年の10周年記念にリリースされた1枚目のコンピ。サウンド的にポスト・ダブステップ以降のベース・ミュージック、そしてシカゴ・ジュークといった感覚。UK勢などはUKファンキーやUKガラージ系のサウンドが多い。
V.A. / HYPERDUB 10.2
こちらは第2弾で、サウンド的には多様だが珍しく歌ものにフィーチャー。〈ハイパーダブ〉を代表する歌姫ジェシー・ランザ、ベイビーファーザーとしてアルバムをリリースするディーン・ブラントとインガ嬢の“ハイプ・ウィリアムス”コンビ、またはUKファンキー経由の歌物ガラージを収録。
V.A./ HYPERDUB 10.3
第3弾はアンビエント〜ニューエイジ、さらにはウェイトレス・グライムまでをも飲み込んだアヴァン・エレクトロニクス方面のサウンドを収録。レーベルのレフトフィールド・サイド。
V.A. / HYPERDUB 10.4
第4弾はテクノやハウス的なイーヴンキック系のサウンドに焦点を当てたコンピ。第2弾とも共鳴する感じのUKファンキーやUKガラージあたりのアフロ感が結構キモですな。オープニングを飾るのはブリアルの秘蔵音源。
PROFILE
KODE9
コードナインはブリアルやいまは亡きDJ ラシャド、ほか多くのアーティストが所属するレーベルとして有名な〈ハイパーダブ〉の主宰者である。自身のレーベルからは、ザ・スペースエイプと共同で2枚のアルバム、10枚以上のシングルをリリース。また『DJ Kicks』『Rinse』などの名門DJミックスを手がける。ヨーロッパ全域、北アメリカ、アジアなど広範囲においてDJをしてきた彼は最先端のエレクトロニック・ミュージックのフェスティヴァルでパフォーマンスを披露。本名のスティーブ・グッドマン名義では、2010年に、著書「ソニック・ワーフェア」をMITプレスから出版。人工頭脳文化研究団(Ccru)の一員であった彼は、AUDINTという音波研究組織の一員でもあり、(トビー・ヘイズとともに)、北アメリカとヨーロッパでインスタレーションを作成し、2014年には、「マーシャル・ホントロジー」プロジェクト(本/レコード/印刷物)を発表している。