そして光輝くジャズの新たな地平へ――フライング・ロータスの新作『You're Dead!』ハイレゾ配信開始
ついにリリースされるフライング・ロータスの新作『You're Dead!』。ビート・ミュージックという潮流を作り出したこれまでの作品から一転し、そのサウンドはここ数年、音楽シーンを騒がせている新たな流れの”ジャズ”に呼応するように変化させている。レジェンド、ハービー・ハンコック、さらにはUS西海岸を代表するラッパー、ケンドリック・ラマー、ベテラン、スヌープ・ドッグなど豪華ゲストも参加。本作をOTOTOYでは、24bit/44.1kHzのハイレゾ音質で配信開始!
記事では、前述の“新たなジャズの流れ”ともいうべき、ここ最近のシーンの動向をまとめ、つい先頃続編も刊行された『Jazz The New Chapter』の監修者で、今回の『You're Dead』のライナーも手がけている柳樂光隆に登場願い、フライング・ロータスが新作でジャズへと至ったその経緯や、そんな作品を取り巻く、『Jazz The New Chapter』なジャズ・ミュージシャン、そして新たなジャズの流れとも言うべきシーンの動向を訊いた!
Flying Lotus / You're Dead!(24bit/44.1kHz)
【配信フォーマット / 価格】
ALAC / FLAC / WAV(24bit/44.1kHz) : 単曲 288円(税込) / まとめ購入 2,826円(税込)
【Track List】
01. Theme / 02. Tesla / 03. Cold Dead / 04. Fkn Dead / 05. Never Catch Me (feat. Kendrick Lamar) / 06. Dead Man's Tetris (feat. Captain Murphy & Snoop Dogg) / 07. Turkey Dog Coma / 08. Stirring / 09. Coronus, the Terminator / 10. Siren Song (feat. Angel Deradoorian) / 11. Turtles / 12. Ready err Not / 13. Eyes Above / 14. Moment of Hesitation / 15. Descent Into Madness (feat. Thundercat) / 16. The Boys Who Died in Their Sleep (feat. Captain Murphy) / 17. Obligatory Cadence / 18. Your Potential//The Beyond (feat. Niki Randa) / 19. The Protest / 20. Protector (Bonus Track for Japan)
柳樂光隆が語る、ジャズの新たな動き、そしてフライング・ロータス新作!
2012年にリリースされ、グラミーにも輝いたロバート・グラスパー・エクスペリエンス『Black Radio』に象徴される新たなジャズの流れ。ヒップホップなどに影響された、新世代のジャズ・ミュージシャンたちが中心となって生み出したひとつの流れと言えるだろう。フライング・ロータスの新作『You're Dead』も、まさしくそうした流れの辣腕のジャズ・アーティストたちが起用され、これまで以上に明確に“ジャズ”をひとつのコンセプトとして標榜した作品となった。
ここ日本では、このポスト・グラスパーとも言える動きをまとめた最適なガイド・ブックが存在する。今春発売され、シーンの盛り上がりとともに早くも第2弾がつい先頃刊行された『Jazz The New Chapter』というムック本だ。本著は、ポスト・グラスパーと呼ばれる新たなジャズの動きを捉え、ジャズの“現在”を伝える興味深い内容となっている。特に最新版の『Jazz The New Chapter 2』では、先日来日時のフライング・ロータスとサンダーキャットの対談、さらにはロータス本人へのインタヴューなどを掲載し、まさに『You're Dead!』の、その周辺の世界をよりディープに知るには、もってこいの内容になっているはずだ。今回は『You're Dead!』を楽しみ、さらにはその先にある、いま最も刺激的な音楽潮流になっている“ジャズ”の動きを理解するために、『Jazz The New Chapter』監修者の柳樂光隆に登場いただき話を訊いた。
インタヴュー : 河村祐介、浜公氣
文&構成 : 河村祐介
——フライング・ロータスの新作、かなりジャズ寄りの作品になりましたけど、率直な感想としてどうですか?
柳樂 : 事前の参加アーティストの情報から、ジャズっぽい作品になるだろうという予想はしてたんですが、それ以上にジャズ色は濃かったですね。びっくりしましたね。
——『Jazz The New Chapter 2』にはサンダーキャットとの対談(原稿は原雅明氏)、さらにはインタヴュー記事が掲載されていましたが、本人のジャズへの取り組みっていうのはどういうところからなんでしょうかね。
柳樂 : ピアニストのオースティン・ペラルタとの出会いが大きかったんだと思います。そしてベーシストのサンダーキャットですね。そのふたりの存在が〈Brainfeeder〉のレーベルの方向性自体にも影響を与えていると思います。テイラー・マクファーリンも、「サンダーキャットとオースティンが成功したことによって、レーベルがライヴ・ミュージックを重視する方向に舵を切ったんじゃないか。そのおかげで自分のようなミュージシャンが〈Brainfeeder〉に入れるようになったんじゃないか」と話しているんです。インタヴューでも今回のフライング・ロータスの新作に関しては「ジャズを俺が変えてやる」ぐらいの意気込みも感じますね。今までは直接的には関与してこなかったジャズの歴史に自分もコミットしたいって気持ちが現れてきたかもしれないですね。
——〈Brainfeeder〉自体がジャズとか、生演奏のモードになっているんですか?
柳樂 : レーベルだけでなく、LAの音楽シーン自体が、そういうフェーズに入っている気もしますね。LAでジャンルをまたいだ人脈の交配がすごく進んでいるんですよ。彼らミュージシャンのFacebookをみていると、そういう動きがドンドン進んでいて、そこにジャズ・ミュージシャンたちが入り込んでいるのがよくわかります。例えば、デイデラスのレコーディングにマーク・ジュリアナやベン・ウェンデルといったジャズ・ミュージシャンが参加していたりする例もありますね。このアルバムに参加しているミュージシャンは“フライング・ロータスとLAの仲間たち”という感じで、そこにジャズ・ミュージシャンが多く名を連ねているのも、ある意味ではLAのシーンの縮図と言えるかもしれません。
——本作はその象徴という感じですね。フライング・ロータス周辺の演奏家の層が厚くなったという感じなんですかね。
柳樂 : そうですね。今回のフライング・ロータスの新作は、一緒にやりたい人のコマがそろってきて、それを全部使ったという感じもあると思います。フライング・ロータスと近い世代の層がこれだけ厚いってことですね。
——いわゆる『Jazz The New Chapter』的な世代のミュージシャンというか。今回の作品のキーは、例えば大御所系の参加アーティストや朋友サンダーキャットを除くと、どの辺りなんでしょうか。
柳樂 : やっぱり参加している4人のドラマーですよね。ジーン・コイのようなこれから名前が出るだろうみたいなドラマーもいるんですけど、ディートニ・パークス、ジャスティン・ブラウン、ロナルド・ブルーナーJrの3人はシーンでは知られているし、実力もあるアーティストですね。スピリチュアルなサックスが印象的なカマシ・ワシントンも先日、ハーヴィー・メイソンのバンドで来日もしている注目の若手です。彼は〈Brainfeeder〉からのリリースも決まっています。
高音質向けな優れた音響設計!
——なんか同じドラム・セットを使ってわざわざ録ったみたいですね。なんか音色をそろえるという部分では、昔のヒップホップの 「SP1200(※)を通せば、SPのサウンドになる」みたいな感覚にちょっと近い感覚を感じました。
※SP1200 : 1985年にE-muから発売されたサンプリング・ドラム・マシンの名機。その独特のサウンドは、ヒップホップでよく聴かれる。
柳樂 : ジャズの人だったら絶対やりませんよ。そもそも叩きづらいだろうし。今のドラマーって、みんなセッティングが特殊なんですよ。来日ライヴがあるとお客さんがドラムセットを写真に撮るぐらい、みんな違うんですね。シンバルやスネアの種類もたくさんあって、ドラムパッドがあったり、多彩な音色を組み合わせることで個性を出しているんです。そういう状況が当たり前なのに、あえて同じドラム・セットを使わせるってすごいな。それにこのアルバムの生演奏部分は、なぜか新しい感じがしますよね。一見、長いソロとかの演奏をそのまま使ってるように聴こえるんだけど、分解して、定位を変えたりしてから、もう一度組み直して使ったりしてるように聴こえますよね。エディットの発想も新しいと思うんですよ。アルバム・リリースに先駆けて、ライターなんかを集めた先行試聴会が、四谷の〈いーぐる〉っていう老舗ジャズ喫茶であったんです。その時に、ジャズ喫茶のオーディオで大音量で聴いたら、頭の後ろのあたりで鳴っているような音があったり、音が自分の周りを移動しているように聴こえたりしました。だから、音響的な設計もすごいことになっています。
——まさにハイレゾ向きですね。
柳樂 : ハイレゾばっちりだと思いますね。ミゲル・アットウッド・ファーガソンのストリングスの響きもすごいおもしろくて。一緒に先行試聴会に行った原雅明さんと「音響的にすごいおもしろいね」って話になりました。以前、原さんとも話してたんですけど、ヒップホップとかの方がジャズよりもサウンド・デザイン的に優れていると思うので、いいオーディオで聴く快感は上になるんじゃないかなって。だから、まだヒップホップやビート・ミュージックをハイレゾで聴くっていう文化があまりないんですけど、ジャズよりもハイレゾで音響的に楽しめる可能性は多い気もしますね。
——さて、この作品通じるジャズの流れ、具体的に言うと柳樂さんが『Jazz The New Chapter』という本でまとめたこのシーンですが、この本を作るきっかけってどこからなんですか?
柳樂 : やっぱり、ロバート・グラスパーですよね。『Black Radio』が出たときに「この作品は大きいな。エポックメイキングかもしれない」と思いました。やっぱりヒップホップを(ジャズの文脈で)ここまで見事にトレースするのに成功したのって、グラスパーが最初ですよね。もちろん、それまでもクエストラヴとかがJディラ的なビートを生演奏でやってたんですけど、グラスパーの場合はもっとジャズを聴いている耳でも聴けるというか。ヒップホップ文脈での演奏にジャズの良さが反映されているものってこれまでになかったので、そこにはびっくりしましたね。元々、マイルス・デイビスしかり、グレッグ・オスビーしかり、アメリカでジャズとヒップホップの融合はどれもダサくてずっと失敗してたので (笑)。ちなみに、ロバート・グラスパーの成功ってすごく大きいんですよ。「俺も自由にやっていいんだ」って感じで、 いままでオーセンティックなジャズのイメージしかなかったジャズ・ミュージシャンがどんどんに自由になっています。この影響力の大きさには驚きました。
ずばり、その聴き所とは?
——ちなみにこの流れのなかでフライング・ロータスの聴き所っていうとどんなところですかね?
柳樂 : やっぱり生演奏の部分ですよね。ヒップホップとかビート・ミュージックの人たちがそうした生演奏を使うと、“素材”になってしまうんですよね。生演奏がそこまで活きていなかったりする場合も多いんですが、ここではそういう素材感がなくて、長尺のソロなんかもそのまま活かされていたりするので、演奏者の個性がそのまま音楽の魅力になっています。しかも、それがビート・ミュージックのサウンドにもしっかりとはまっていて、むしろ演奏の魅力が引き立っていたり。これまでのような打ち込みのビートの上で即興演奏するみたいな中途半端な足し算をダサいと感じる世代が、きちんとビート・ミュージックとジャズの生演奏の両方を共存させることを考えた結果だと思います。これはテイラー・マクファーリンとも共通する部分ですね。
——その“ダサイって言う世代”がある意味で『Jazz The New Chapter』的な流れだと思いますが、さっきも出たようにジャズ・ミュージシャン的な流れが主だとすると、逆にビートメイカー / プロデューサーのフライング・ロータスみたいな人が乗り出してくるっていうのはおもしろいですよね。でも、この流れ、『Jazz The New Chapter』の第1集を読むと、ひとつの起点として、J・ディラの存在は大きいみたいですね。
柳樂 : この手のアーティストにインタヴューをして出てくるのは、やっぱり音楽を意識的に聴くようになった10代にヒップホップをラジオで聴いてた世代で、その元ネタを聴くようになってジャズに…… という流れが元にあるんです。それで、そのあと、音楽大学に行ってジャズを本格的に学んでいるような連中で。
——バークリーとかですか?
柳樂 : 今は、バークリーよりもニューヨークのニュー・スクールという音楽大学の出身者が多いですね。そこで鍛えられたジャズ・ミュージシャンが影響されてきたのが、J・ディラですね。どうやら世代的にネオ・ソウルが大きかったみたいなんです。ロバート・グラスパーが1978年生まれなんですけど、2000年にディアンジェロ 『Voodoo』、コモン『Like Water For Chocolate』、エリカ・バドゥ『Mama’s Gun』が出ていて、ちょうど大学生のころに体験している。そこがスタート地点でっていうアーティストは多いみたいです。そこでネオ・ソウルに関わっていたソウル・クエリアンズというクルーのJ・ディラの存在を知って、彼のビートを聴いて、生演奏で自分でもああいう音楽をやってみたい、ドラマーならあのビートを叩きたいっていうところでモチヴェーションが出てきて追求するようになったみたいですね。ちなみに2000年にはレディオヘッドの『Kid A』も出ていて。グラスパーはディラの影響だけじゃなくて、レディオヘッドの影響も語っているんですが、Jディラとレディオヘッドが影響源と言えば、フライング・ロータスもそうですよね。このシーンのルーツはJディラとレディオヘッドと言えるかもしれませんね。
——彼らが切磋琢磨して、2010年代にひとつ盛り上がりを見せたと。
柳樂 : そうですね。ちょこちょこはあったんだろうけど、それがひとつ大きな流れになったのが2010年代ですね。グラスパーが出てきて、成功を収めて、ホセ・ジェームズやグレゴリー・ポーターのような人も出てきて。
——話は戻りますが、フライング・ロータスの話でさきほど触れ忘れてましたが、もうひとりのキーはサンダーキャットのようですが。
柳樂 : そうですね。サンダーキャットのベースが、最近の〈Brainfeeder〉のサウンドのイメージになっているという感覚はありますよね。テイラー・マクファーリンのときもそうだし…… 彼はいわゆるベーシストっぽいべースをあまり弾いてなくて、ほとんどギターみたいな感じで、メロディ楽器っぽく弾いてますよね。でも、ジャコ・パストリアスみたいにバカテクで弾きまくるというのも違って、もっと自然にメロディを奏でていて、メロウですよね。
——ロータス周辺のビート・ミュージックって、ある種ベース・ミュージックと親和性が高かったジャンルだとも思うので、その意味では音楽性がまた変わったという感覚があるかもしれません。それがジャズ化だったというか。
柳樂 : そうですね。彼の場合はベースなんだけど、ボトムというよりはウワモノとして機能してますよね。それでいてインプロの部分もあって、ドラムとか他の楽器が絡みやすい。有機的な演奏の絡みを生むから、無理にボトムを強くしなくてもグルーヴを作り出せる上に、自己主張も強くて、サウンドを彼の色で染めてしまうオリジナリティーもある。やっぱり彼の存在がフライング・ロータスの音楽性自体を変えた部分はあるんでしょうね。
——そして今回、ジャズということで言えばひとつわかりやすい部分で大御所のハービー・ハンコックが参加していますが。彼との関わりってどこからなんですかね。
柳樂 : 教えてくれないんですよ(笑)。でも、LAのカリフォルニア大学ロサンゼルス校で教授をやってるっぽくて、今はカリフォルニアに住んでるみたいです。ハービー・ハンコックは自分で運転してレコーディングに来たらしいですよ。
ロサンジェルスという音楽的地場
——LAという土地が本当にキーですね。
柳樂 : 今回ゲストで入っているキンブラもどうやらカリフォルニアにいるっぽいんですよ。オースティン・ペラルタのバンドにもいたベン・ウェンデルっていうサックス奏者がやっているニーバディっていうバンド周辺とキンブラが最近LAで一緒にライヴやってたりするんですよ。他にもそういう例がいくつもあるんです。みんなそんな感じで、今回のアルバムの参加メンツは、LAを理由ってことで考えれば、みんな理解できるんですよね。ちなみにニーバディーって日本のヤセイ・コレクティヴと仲が良くて、彼らのアルバムにニーバディのメンバーが参加してたりしますよ。
——ファースト・アルバムを『Los Angels』ってつけたぐらいですけど、やっぱり今作に関してもフライング・ロータスって、本拠地にしているLAっていうのがひとつ重要っぽいですね。
柳樂 : L.A.エクスプレスっていうフュージョンのバンドをやってるトム・スコットをはじめとしたLAフュージョン人脈とか、LA出身の鍵盤奏者ジョージ・デュークとか、そういったLA絡みのフュージョンの大御所たちが、今回のアルバムに参加しているジャズ・ミュージシャンをバンドに起用したりしていたのも象徴的ですね。ジャズロックっぽいのもジョージ・デュークと絡んでいたころのフランク・ザッパっぽいところもある気がするんですが、ザッパもLAに住んでいた人ですよね。
——繰り返しになりますが、ジャズになったのも、その理由が大きいと。
柳樂 : そうですね。ミゲル・アットウッド・ファーガソンもそうですが、その他のメンバーもカルロス・ニーニョやビルド・アン・アークの人脈だったりするんで、みんなLA関連なんですよ。理由がわからない人はほとんどいないですね。
——参加ラッパーのケンドリック・ラマーはコンプトン、スヌープ・ドッグもロング・ビーチでLA周辺ですしね。まさに“流れ”ですね。
柳樂 : ですね。あとはオースティン・ペラルタが突然亡くなったことに関して、ようやくふっきれたんじゃないかと。新しい人たち一緒にやって、ようやく吹っ切れて、その勢いでジャズに舵を切ったんだという気もしますね。「You’re Dead」ってタイトルは彼へのメッセージでもある気もします。
——ここはっていう聴きどころ、推し曲は?
柳樂 : ジャスティン・ブラウンっていうドラマーが叩きまくってる「Turkey Dog Coma」 とかですかね。今年のBrainfeederのショーケースでも来日してましたけど、ジャズの世界でもかなり目立ってきているジャスティン・ブラウンは次の世代の中心になりそうなドラマーですね。この曲では最近のLAのシーンの重要な作品には顔を出しまくっているヴィオラ奏者 / 編曲家のミゲル・アットウッド・ファーガソンもいい仕事してますね。
——やっぱり、このシーンはドラマーがキーなんですか?
柳樂 : 結局ジャズは、マイルスのときはトニー・ウィリアムス、コルトレーンのときは エルビン・ジョーンズ、フュージョンはスティーヴ・ガット、90年代はブライアン・ブレイドとか、新しいドラマーが出て、新しいリズムの感覚が出てくると、そこに合わせてみんなが伸びて、サウンドが変わっていくっていうような歴史がずっとあるんですよ。ドラマーが目立っている今は、正にそういう変革のタイミングなのかもしれませんね。
——ちなみに本作が気にいったかたに、続けて聴くとおもしろいみたいな音源を、OTOTOYの配信中のものでレコメンドして欲しいんですが。まずはテイラー・マクファーリンやサンダーキャットの作品は当たり前として。
RICHARD SPAVEN / Whole Other
柳樂 : あとはフライング・ロータスがヨーロッパでツアーするときは必ず起用するドラマーのリチャード・スペイヴンの作品『Whole Other』ですね。そこに収録されている「Bianca」はエグベルト・ジスモンチのカヴァーなんですが、この曲はツアー中にロータスが教えてくれたみたいですよ。ちなみに今はホセ・ジェイムズのバンドのドラマーとして活躍しています。
——ではLAではなくヨーロッパ系では最も近い存在だと。
Gideon van Gelder / Lighthouse
柳樂 : そうですね。あとはギデオン・ヴァンゲルダーってピアニストは、以前ホセ・ジェイムズのバンドにいて、ロータスも参加しているホセの『Black Magic』に参加しています。そのときのロータスやムーディーマンの作業にギデオンは無茶苦茶影響を受けたみたいで、その後は、テクノとかのアーティストたちとセッションしまくるようになって。彼の作品は生演奏のジャズなんですけど、その中でDJがミキサーのフェーダーで音を切ってドンって出したりするクラブ・ミュージックの感覚を生演奏で再現したりしています。そういう仕掛けを探しながら聴くと超おもしろいですよ。
日本人のインディ・ロック・シーンからも注目を浴びている
——さっきちらりとヤセイの名前もでましたけど、ちょっと違いますけど、吉田ヨウヘイgroupとかいろいろ、この生演奏のジャズの感覚を取り入れている日本のインディ・バンドって実は多いじゃないですか。
Emerald / Nostalgical Parade
柳樂 : それこそOTOTOYでも配信しているエメラルドとかですよね。日本のインディー・シーンのミュージシャンは研究熱心ですよね。シャムキャッツも好きだってインタヴューで大塚智之(Ba)が言ってたし、ceroはクリス・デイヴのような、レイドバックしたリズムを入れたいとか言っていたり、TAMTAMとかもそういう部分あるのかな。今、ロバート・グラスパー以降のジャズを研究して、独自の方法で取り入れているバンドも増えているから、面白いですよね。
——アーティストの側は多いと思うんですが、もっとそういうバンドが好きなリスナーの方とかにもこの辺の音聴いてほしいですよね。
柳樂 : 今日、そういえばアジカンのゴッチさん(Gotch)が、グラスパー聴いているとかツイートしてましたけど。森は生きているの岡田くん(拓郎)も、ジャズが好きでたくさん聴いてるみたいで、実は『Jazz The New Chapter 2』でレヴューを書いてもらってるんですよ。たまたま話してたら、ECMの話とか詳しかったので。そんなこともきっかけになって、インディー聴いている人がジャズを聴いてくれたらうれしいですね。
——ともかく、この辺の動きをより知りたければ、『Jazz The New Chapter 2』を読めと (笑)。〈Brainfeeder〉の動きとか、フライング・ロータス、サンダーキャットの対談とか、ロータスのインタヴューもあるし、この記事とかもライナーの拡張版って感じっすね。あとはいま出たヨーロッパのECMで、現代音楽とかも地続きな別の角度のジャズも詳しく掲載されてますよね。
柳樂 : マーク・ド・クライヴローっていうブロークンビーツのアーティストがいるんですけど、彼はロンドンからLAに拠点を移して、LAのジャズ・シーンと関わってて、刺激的なことをしているんです。そんな、ここ最近のアメリカのジャズ・シーンにおけるUKの影響をまとめたりもしています。ロンドンのブロークンビーツとジャズの関わりや、ビート・ミュージックと現代のジャズの間にあるような面白い音源のディスク・ガイドもあります。
——マーク、かなりのベテランですよね。それこそロンドンのクラブ・ジャズとブロークン・ビーツの。最近、たしかにフローティング・ポイント周辺とかディーゴと組んでたり…… ブロークンビーツ勢とか気になるんですよね。
柳樂 : そのいま開いてるページ、それフローティング・ポイントの写真ですよ!
——あ!
『Jazz The New Chapter』とは?
今春に刊行され話題を呼んだ『Jazz The New Chapter ロバート・グラスパーから広がる現代ジャズの地平』、そして、つい先頃刊行された続編『Jazz The New Chapter 2 ロバート・グラスパー / フライング・ロータス / ECM』(どちらもシンコーミュージック刊)の2冊。第1集は、その名前の通り、ロバート・グラスパーの2012年の作品『Black Radio』を基点に、いま起っているあらたなジャズの動きをまとめた、ある意味で2014年初頭までのシーンを総括した1冊。第2集、グラスパーなどの主要アーティストの録り下しインタヴューに加えて、第1集以降でリリースされた“Jazz The New Chapter”な動きの作品を紹介。また、フライング・ロータスとサンダー・キャットの対談など、文中にあるようにジャズへと走る〈Brainfeeder〉を特集。そして、“ジャズ”の現代的な“別”の視点として、ヨーロッパのジャズ~現代音楽~電子音楽の交点とも言える〈ECM〉のモダンな動きを巻末で特集している。
『Jazz The New Chapter』掲載作品はこちら
フライング・ロータスの過去作はこちら
PROFILE
柳樂光隆
音楽評論家。世界最先端のジャズ・ガイド・ブック「Jazz The New Chapter」監修者。CDジャーナル、JAZZJapan、intoxicate、ミュージック・マガジンなどに執筆。Taylor Mcferrin『Early Riser』、Flying Lotus『You’re Dead』ほか、ライナーノーツ多数。