熟考のための音楽──イーノ、アンビエントな新作『Reflection』をハイレゾ配信
故デヴィッド・ボウイのベルリン三部作、U2、トーキング・ヘッズやコールドプレイを手がけた名プロデューサーであり、アンビエント・ミュージックの提唱者、そしてひとりのアーティストでもあるブライアン・イーノ。昨年春に壮大なアルバム『THE SHIP』をリリースして以来、早くも新作をリリースする。本作は2012年の『Lux』以来、約4年ぶりのアンビエント・アルバムと言えるだろう。54分1曲の穏やかで極上のサウンドの連なりは、ぜひともハイレゾで体感するべきだ。後半には正月休みオススメのOTOTOY配信中の特選アンビエント作品も!
ハイレゾ版にはCD同様のライナーノーツPDF付き
Brian Eno / Reflection(24bit/44.1kHz)
【Track List】
01. Reflection
【配信形態 / 価格】
24bit/44.1kHz WAV / ALAC / FLAC / AAC
アルバム購入 2,571円(税込)
生成される音楽、制作の主体
ブアライン・イーノが「アンビエント・ミュージック」という言葉を自らの活動に用いたとき、彼は作る行為に重点を置くことをやめ、代わりに聴く行為に焦点を当てた。スポットライトはそれまで必ずクリエイターに当たってきた──デヴィッド・トゥープ『音の海』(水声社刊)
まさに本作もそうした彼の作品作りのコンセプチャルな姿勢が全面に出た作品だ。なにせ、タイトルは『Reflection』、反射や熟考を意味する言葉だ。サウンドを聴く、リスナーの反応を示す、そんなタイトルではないだろうか。1970年代に、それまでのロックンロールのスター制度さらっと変化させたアンビエント・ミュージック、その音響志向とも言える感覚は、その後のエレクトロニック・ミュージックを中心に多くの音楽に影響を与えた。ただただ静寂で、退屈なリラクゼーション音楽ではなく、ただそこにありながら、あるときにリスナー側が意識したときに音楽として芳醇な体験を与えてくれる音楽のことである。
サウンド的にはアンビエント・ミュージックの王道を行くスタイルで、まさに本人曰く、1975年の『Discreet Music』からアンビエント・シリーズ、そして最近では『Neroli』、『LUX』といった作品群に連なる作品だ。
このような作品を作る際、私の時間のほとんどは、聴く行為に費やされる。時には何日間にも渡って聴き込むことになる。異なるシチュエーションでどのようなことが生じるのか、またそれらによって、私がどのような気持ちになるのかを観察する。まず観察し、ルールを調整する──ブライアン・イーノ(注1)
先に引用したデヴィッド・トゥープが指摘した当時よりも、さらにブライン・イーノはなアンビエント・ミュージックの「聴く行為に焦点を当てた」制作方法を進化させている。現在は、ある種のアルゴリズムをセットしたアプリケーションによって、その音楽を生み出しているというのだ。楽譜ではなく、音の生成方法を示したアルゴリズムを組み合わせて本作は生成されているという。こうした生成された楽曲は、聴く行為からのフィードバックによって、このアルゴリズムを調整することで生まれた作品なのだという。つまるところ、演者から、さらによりリスナーに近い姿勢にて制作された楽曲ということだ(このアプリケーションに関しては、今作のプレミアム・エディションとして、iOS、Apple TV対応アプリでもリリースされることが明らかとなっている)。
サウンド的には幾重にも伸びていく電子音のドローン、それらが長大なループを作り、少しづつ変化しながら進んで行く。聴こえているが、思考を邪魔しない音楽の連なりが、意識を集中させていく。アンビエントものの前作にあたる『LUX』にあった軽やかな感じは後退して、どちらかといえば『The Ship』と同様の“重さ”が支配している。
メッセージとしてのアンビエント・ミュージック
『Reflection』と名付けたのは、今作が私に過去を振り返させ、物事を熟考するように働きかけるからだ。自分自身との内在的な会話を促す心理的空間を誘発するように感じるのだ。その一方で、他者との会話をするときの背景音としても機能すると感じる人もいるようだ──ブライアン・イーノ
前作にあたる『The Ship』は、第一次世界大戦、そしてタイタニック号の沈没をコンセプトとした。その根抵にあるのは、人類のおごりから生まれた歴史的な災禍、それを教訓とし、2度と繰り返さぬ様に前へ進むための警告といったところだろう。2016年は、UKのEU離脱問題、いわゆるブリクジット・ショックのUK、そして世界の政治的混乱、そしてトランプ米大統領当選など、まさかのことが起き続けた。イーノは、UKのEU残留を呼びかける声明を国民投票発表直前に発表、またトランプ当選に関しても、「トランプ当選は目覚ましとなる。アメリカのリベラル陣営は自らの姿を厳しく見直すことになるだろう」(注2)と、檄を飛ばしている。まさかのことが起き続ける世界にあって、彼はいまひとたび物事を、世界を考え直すように音楽以外でも問いかけている。またそれは、それほど世界は危機的状況に彼の目には写っているという証拠でもある。
そしてリリースされた本作『Reflection』。そのタイトルからして、そうしたこの作品が彼のアティチュードとは不可分ではないことは明確だろう。明らかな歌詞を用いたメッセージ・ソングだけでなく、インスト・アルバムでもそのあり方でメッセージを付託するということもまた可能だ。いま、ひとたび世界について熟考してみようというメッセージが込められているアルバムだ。
注1 : 本作に関する記事中のイーノ自身の発言はレーベルの作品紹介ページに掲載されているものからの引用。
http://www.beatink.com/Labels/Warp-Records/Brian-Eno/BRC-538/
注2 : https://twitter.com/dark_shark/status/796469295144280064
text by 河村祐介
特別付録 : お正月休みにじんわりと“効く”オススメ・アンビエント
選&文 : 河村祐介
昨年はベルリンのエレクトロニカ・アーティスト、ヤン・イェリネック a.k.a. ファーベンとのすばらしいアルバム『Schaum』もリリースした、日本人ヴィブラフォン奏者で、自らサンプラー、エレクトロニクもこなすベルリン在住のアーティスト、藤田正嘉のソロ・プロジェクト。静寂の下、ヴァイブの音がマッサージのように浮遊する。
DJカルチャー世代のアンビエントのイノヴェーターによる、昨年リリースのアンビエント・テクノ・アルバム。ある意味でイーノの作品とも共鳴するようなテーマ(リラックスして熟考せよ)を持った作品というのも世相を反映か。ま、こっちのがもうちょっと享楽的だけど。
CHARLES HAYWARD/GIGI MASIN / Les Nouvelles Musiques De Chambre Volume 2
1989年の幻のアルバムがついにリリース。Björkの「It's In Our Hands」、To Rococo Rotの「Die Dinge Des Lebens」、そしてNujabesの「Latitude」のネタとしても有名過ぎる名曲「Clouds」を収録したイタリア・ヴェネチア出身のGigi Masinによる最高傑作。美しいピアノの旋律に浸る。
国内の注目のアンビエント / エレクトロニカ・レーベル〈White paddy mountain〉からリリースのHakobuneのソロ・アルバム。意識を取られると、恍惚のドローンが時間感覚を完全に抹消してくれる。
Shin Sasakubo & Akiyuki Okayasu / invisible flickers(24bit/48kHz)
現代音楽とアンデス音楽を演奏するギタリストとして世界各地で演奏する、“秩父前衛派”、笹久保伸と、デジタル音響処理に精通した作曲家、岡安啓幸による、美しいギターと繊細なエレクトロニクスによるアルバム。一瞬のギターの瞬きが、鮮烈な色彩を空気に刻みつける。
世界的に有名な日本のハウス / テクノ系レーベル〈mule musiq〉の珠玉の音源を、レーベルの看板アーティストでもあるKuniyuki Takahashiがハイレゾ・マスタリング。こちらはアンビエント〜チルアウト・サイドで、世界的に高い評価のエレクトロニック・ミュージックのマスターたちを中心にコンパイルされている。
INNER SCIENCE / Assembles 5-8
日本人トラックメイカー、INNER SCIENCEによる、電子音響 / コラージュなプロジェクト、Assemblesシリーズの2nd。電子音の喜悦に満ちた響きが、四方八方から聴こえてくる刺激的な内容。
ブライアン・イーノのアンビエント・シリーズの3番『Day Of Radiance』でも知られるララージ。1987にリリースされたレアなアルバムのリイシュー版。どこまでもぶっ飛んで行く気持ちE、アンビエント、天然由来の飛ばしモノ。
2016年はすばらしいアルバム『A Mineral Love』をリリースしたビビオ。とはいえ、そちらはR&B的なアプローチも濃かったので、アンビエントといえばこちらでしょう。ジャケット写真同様の美しい、春の花々を想起させる伸びやかな電子音が優しく空間を包む。
本物の鳥の声でつくられた交響曲、いまか五十年以上前、野鳥の声をテープ編集して作り上げた音楽史上類を見ないユニークな作品。現代音楽と、ポップな実験の間をいく作品。ほんと、これ聴くと思うのは、鳥の声ってシンセサイザーみたいなんです。
弦楽器の世界的なデザイナー/ビルダーのひとりであるウィリアム・イートンが、自作の楽器を徒然に奏で録音し1978年に発表したオーガニック・ミュージック名盤1stソロ・アルバム。天国で聴こえる音ってこういう音なんでしょうね(恍惚)。
PROFILE
BRIAN ENO
ブライアン・イーノ(Brian Eno 本名:Brian Peter George St. Jean le Baptiste de la Salle Eno)。 1948年5月15日生まれ。イギリス・サフォーク州のウッドブリッジ出身。1970年代初頭にロキシー・ミュージックに参加、1973年に脱退(セカンド・アルバムまで制作に関わる)。以降ソロを中心に、さまざまなアーティストとのコラボレーションで多数の作品を発表していく。1978年『Ambient 1 / Music for Airports』にてアンビエント・ミュージックを提唱し、そのコンセプトは1990年代のクラブ・カルチャーを含め多大な影響を与える。故デヴィッド・ボウイの代表作でもある『Low』『 "Heroes"』『Lodger』の通称ベルリン三部作(イーノ三部作とも)、U2、トーキング・ヘッズ、ペンギン・カフェ・オーケストラ、ディーヴォ、コールドプレイなど数多くのプロデュースを手がけている。マイクロソフト社のオペレーティングシステム、「Windows 95」の起動音「The Microsoft Sound」は彼の作曲によるものである。