「法律」を含む日記 RSS

はてなキーワード: 法律とは

2026-05-14

レジ袋の話は袋作ってる方や素人が生成割合かわるわけないから消費抑えてもナフサを捨てるしかないクソ法律!とか言ってたけど

石油売ってる方の人が軒並み、生成割合はあとである程度別のものに変化できる(そもそもそうじゃないとガソリンが作れない)し、そもそも日本は足りずに輸入してるから意味がある法律って

専門家というかガチで取り扱ってる専門の人ほど効果自体ちゃんとあるって言ってたやつだから

  

専門の人が袋作ってるやつがこっちがナフサをどうやって(このどうやっては輸入なんだけど)手に入れてるか知らんから、余ってたら捨てるしかないとかアホなこと言ってんだろとか辛辣なこという人もいた

2026-05-13

差別迫害の程度についての段階的整理

承認の欠如(非差別領域

定義: 個人の魅力・能力・選好に基づく「選ばれなさ」であり、特定属性への敵意や制度排除を伴わないもの不快ではあっても、差別とは質的に異なる。

この段階のポイント: 本人にとっては深刻な苦痛でありうるが、「属性理由とした不当な扱い」ではないため、差別文脈で扱うと議論が混乱する原因になる。「つらさ」と「差別」は別の軸である

日常スティグマ偏見マイクロアグレッション)

定義: 特定属性に対する否定的ステレオタイプ社会流通し、その属性を持つ個人日常的に偏見さらされる状態。法的権利侵害されていないが、尊厳毀損心理的負荷が継続的に発生する。

この段階のポイント: 個々の言動は「悪意がない」「冗談」「褒めている」と弁明可能ものが多いが、当事者にとっては累積的に尊厳を削る。可視化されにくいため「大げさ」「被害妄想」と退けられやすい。

コミュニティによる加害(集団的ハラスメント・脱人間化)

定義: 特定集団コミュニティにおいて、ある属性を持つ人々への攻撃蔑視性的対象化が文化として定着し、組織的・反復的に行われる段階。個人偏見を超え、集団規範として加害が正当化される。

この段階のポイント: ②との決定的な違いは、加害が集団文化規範として機能している点にある。「ノリ」「ネタ」「ジョーク」として正当化され、批判する側が「空気を読めない」「過剰反応」と攻撃される。脱人間化(dehumanization)の言語が定着すると、より深刻な段階への心理的障壁が下がる。

法制度上の差別制度的・構造差別

定義: 法律制度政策によって特定属性を持つ人々が権利制限され、または不利な立場に置かれる状態国家権力差別正当化執行する。

この段階のポイント: ②③が「社会の中の差別であるのに対し、④は「国家による差別である。法が差別禁止するのではなく、法そのもの差別構成する。被害者は法に訴えることができない(法自体が敵であるため)。制度差別撤廃後も長期にわたって構造的不平等として残存する。

私的暴力ヘイトクライム属性を標的とした暴力

定義: 特定属性人種性別性的指向・宗教民族など)に対する憎悪動機として、個人または小集団が行う身体暴力殺人テロ行為法制度は(少なくとも建前上は)これを禁止しているが、実効的に防止できていない、または暗黙に容認されている。

この段階のポイント: ③との違いは、言語的・心理的暴力から身体暴力殺人へと移行している点にある。ただし③の脱人間言語が⑤への「許可」として機能するという連続性がある。加害者個人でも、その動機社会流通する憎悪イデオロギーに根ざしている。国家禁止しているが、捜査処罰の不十分さが暗黙の容認として機能することがある。

国家迫害虐殺ジェノサイド組織的絶滅

定義: 国家またはそれに準ずる権力が、特定属性を持つ集団組織的排除追放絶滅しようとする行為。④(法制度的差別)と⑤(暴力)が国家権力によって統合され、産業的規模で遂行される。

anond:20260513164506

女性子供を盾にしてなにか政治主張や法律改正を訴えるスキーム右翼には成功法則とセットであるんだろうな

anond:20260513150828

法律禁止されている薬物(名前出してないだけ)は脳がほかのものじゃ代替できないというけれど、タバコとか砂糖代替できるってきいたことある

ソースはワイのお医者さん

2026-05-12

AIで独学革命が起きてるので社会人だけどなにか勉強したい

どうせなら資格を取りたい。

語学のように反復練習必要ものは除外。実務経験必要なのも除外。理解して覚えるだけの資格で。

独占業務あり

独占業務なし

anond:20260512143359

なんか法律法律言うわりに通達ちゃんと読んでなさそうなんよ。

運送行為無償で行われる場合においても、ガソリン代等の「実費」を受け取ることは許される。この場合には許可又は登録不要である

・「実費」とは、運送前後回送を含む。)に必要ガソリン等の燃料代、道路通行料駐車場料金、保険料(※)、当該運送を行うために発生した車両借料(レンタカー代)をいう。

他人車両運転委託されて運転役務提供した場合に、運転役務委託から運転役務提供者に対して当該役務提供について報酬が支払われたとしても、有償運送行為にはあたらない。

(中略)

車両提供者が利用者からⅡ1.(1)①の謝礼及び②の実費を受け取ることは、無償運送への謝礼及び実費の支払いであるため、差し支えない。

・ただし、運転役務報酬名目で、実質的には利用者から運転役務提供者に運送の対価を支払っていると見られる場合(単に車両提供者を介して運送の対価を収受していると見られる場合)には、運転役務提供者と利用者との間で有償運送が行われているといえるため、許可又は登録を要する。

運送サービス仲介者が利用者から謝礼及び実費を代行受領し、運送サービス提供者に支払うことは差し支えない

特に大事なのは学校からドライバー運転報酬が支払われたとしても白バス行為にはあたらない(他人車両運転委託されて運転役務提供した場合に、運転役務委託から運転役務提供者に対して当該役務提供について報酬が支払われたとしても、有償運送行為にはあたらない)、という点。

学校が生徒から実費(レンタカー代を含む)を徴収しても、それは無償運送への謝礼および実費の支払いであるため、差し支えない。

ただし書きが言っている「実質的には利用者から運転役務提供者に運送の対価を支払っていると見られる場合」ってのは、典型的には、乗客が増えればドライバー収入が増えるような場合を想定している。ドライバー報酬を含む謝礼+実費を割り勘しているようなケースは、ただし書には該当しない。

anond:20260512153035

学校スポーツ活動では県境を超える移動は禁止して全国大会廃止すべきだな

学校単位でここは可能とか抜け駆けがないように法律指定するべき

純粋スポーツ競技学校の外でやってねと法律を変更しないと

anond:20260512151936

レバーガチャガチャしたい大人子供向けに大規模な駅構内広場か何かに体験コーナーを作ればいいのでは

100円払ったら非常装置無関係場所法律の枠内で体験できます

消防署警察庁共謀して消火器操作体験コーナーや非常ベル体験コーナー、後スマホ電源を5回押して緊急通報も実際やるとどうなるのか知りたいかスマホ貸出設置してほしい

戸籍制度

例の判決自分はノンバイナリーではないが、判決妥当だと思う。個人的見解を述べるのであれば戸籍制度のもの廃止したほうがいいとすら思っている。

戸籍生物学的ないしは染色体性別を書くべきだ、という意見散見されるが、戸籍というのはあくま人間社会が生み出した産物で、その主たる目的系譜を表しているメモ程度の存在しかないのに

戸籍神格化しているやつが多すぎる。むしろ戸籍という制度があるがゆえに差別されてきた歴史が刻まれている人たちもいるだろうし、望んでいない戸籍によって不必要アウティングに繋がることもあり得る。

特に戸籍を閲覧する職員戸籍システム管理するSIerには本人が望まなくても開示されてしまう。悪意を持って閲覧する人は限られているだろうが、脆弱さは依然残ったままだ。

戸籍制度自体が個ではなく、系譜に重きをおいた設計になっていること自体課題なのである

系譜を刻むことは大事なのか。例として、もともと親◯しは極刑という選択肢しかなかったがこれは90年代是正され、通常の◯人罪が適用されるようになった。これは家族特に親は大切にするべきだという儒教の教えに基づいて設計されていたわけだが、その妥当性の評価にあたって当時は「家」同士という仕組みに価値がありイデオロギー支配していたため、家族という仕組みを前提に法律が制定されたと推測できる。

当時の男女の性差による役割の違いは今や想像ができないくらいにそれは悍ましいものであったが、しかしその社会の仕組みに準ずる法律設計がなされていたのも事実である

例えば女は専業主婦家事をやり男は外で足を使って稼ぐというのが一般的な家庭のあり方だったわけだ。時代は変わって女性社会進出をするようになり男女共同参画社会基本法はじめ、労働基準法性差による差別は明確に禁止されるようになった。これは社会構成が変わったからその設計に合わせて法律が見直されたわけである。もちろん一部年金の受け取りは女性のほうが多くなる、など女性に優位な法律は残った状態ではあるが、これは裏を返せば社会進出を果たせていない女性達がまだまだいるかである。つまり時代によって社会設計も変わるわけだからそれに伴って法律も変わってきたのである

現代核家族化も進んでおり、共働き世帯も増えてきた。しかも個を伸ばすという社会的風潮ですらある。つまりイデオロギーに変化が訪れているわけだ。それなのにもかかわらず系譜依存した法律憲法が取り残されているのは課題ではないだろうか。

法律から守らなければいけない、憲法から守らなければいけないのではなくて人間社会ルールとして策定されているという前提からみて今の戸籍制度自体現代社会設計に対して実利を伴っておらず、それなのに「戸籍を守る」という行為正当化しようとしているのは「自分社会に取り残されている弱者で誇れるもの系譜しかありません」と言っているのも過言ではない。言い換えれば例の判決に反対している奴らが社会に対して生み出しているのはリサイクルできないウンコだけということである

他にも「戸籍日本の伝統である」という主張をする輩もいる。この主張にはうんざりだ。こういった発言白人至上主義と何ら変わりがないレイシズムである差別を受けてきた人、戸籍によって実害を被っている人、出生地・家柄によって結婚を拒まれている人、疎まれる人。望まれない無戸籍児など。戸籍という仕組みが存在するだけでも多くの実害を伴っている。では現代においての戸籍制度による実利はどこにあるのか。その実利を客観的説明できる者は少なくても見かけたことがない。戸籍制度の維持について賛成をしているほとんどの人間は「憲法で定められているから」「日本の伝統から」という主張しかしていない。


また戸籍運用にも綻びが出てきている。海外から転入帰化をした場合戸籍が新たに作られる」のである。もはや系譜に重きをおいた運用ではなくただ惰性で法律上決まっているか運用でカバーしているように見える。

まり現行の戸籍自体課題はいくつかある。では課題を解消するために働きかけられるのか。大きく変えると現場ワークフローも大幅に変わることで混乱が生じることは理解できる。そしていくつかの法律戸籍を前提に作られており、戸籍制度をなくす場合依存している法律全てに変更を加えなければならない。膨大な整備をするために多額の資金を投じる必要があることは、言うまでもないがそれによって

得られる実利は上記のとおりであり、しかしこの実利を得られるのはほんの一握りしかいないわけである金銭的な実害は大きいが得られる実利が少ないというのも、戸籍制度が惰性で運用されている所以だろう。


男女という垣根も薄くなっており、男子小学生でも赤色ランドセル女子小学生でも黒色のランドセルを使う昨今。怪獣おもちゃを片手にプリンセス服装をする女児も珍しくない。

逆に、プリキュアを見ている大きな男の子のお友達も多いわけで、隔たりが薄くなっていることは明らかだ。そんな中でわざわざ染色体性別を書けとか、生物学であることが正義(男は男、女は女というロールを全うするべき)だ、という主張をしているウンコ製造諸君は、イデオロギーの変化についていけていない上にレイシズムしています、と自ら公に晒しているという自覚を持ってもらいたいものである

anond:20260512132226

お前がそう思うかは関係なくて、バスを所有して運行のみを委託する場合と、所有してない場合法律適用が違うんだからしかたがないだろ。

anond:20260512095123

認識はしてるが実際にカネを出したのは高校だよな。

止めなきゃいけない法律は無い。

現代人は進化なんかしていない

歴史教科書で読む、「地球は丸いと考えられなかったし、考えてもおそれ多くて口にできなかった中世人」なんて、教育のせいとか世界が狭かったとかそんな理由で納得していたが、そんなもんじゃなかった。

現代でも、本当にただ空気だけで、教科書の一行から論理的敷衍すれば誰でもたどり着ける結論に、反論もできないくらい明確な結論に、向き合って誠実に考えることができない人間が世の中の多数派ですらある。

知性というのは、進歩教育で得られるものではないのだ。「それを言ってもいい、考えてもいい」という、たしかな実感がないと、いくら教科書法律に書いてあっても、「これを言えないのはおかしい」と反感を持つことさえ、多くの人はできない。

人間進化なんかしていない。進化なんかできない。ただ平和空気さえあれば少しは自由ものをいう勇気が出るだけで、そうでなければ簡単にすぐ右へならえで古代野蛮人にもなれる。

文明崩壊する必要すらない。現代はすでにポストアポカリプス野生の王国だ。

anond:20260510051002

政府が目詰まりだと言ってるのにまるで物資が不足してるかのようなことを語るやつは法律が出来たらスパイ

2026-05-11

anond:20260511201659

いから、なのではない

有るが、当てはめられない、としているだけだ

法律はあてにならんから一般大衆感情で決める、なんてので冤罪になるよりマシ

anond:20260511122408

日本法律ってあんの?

移民日本人をレイプしたり日本人殺したりしても不起訴やん。

神社養豚場が燃やされまくっても誰も逮捕されないし。

埼玉県なんか北斗の拳世界やんけ。

それは法律がないから以外ないやろ。

宗教って、そもそも潜在的侵略手段の側面あるよなって思うんだよ。

構造として見ると、

「この神は絶対的に正しい」

「この教えに従うべき」

「従わないと駄目」

って価値観を広げて、

人を従わせる性質を持ってる。

しかもそれって、

武力みたいな物理侵略じゃなくて、

思想価値観侵略なんだよな。

神様ってこんな凄いんだぜって物語を共有して、

共同体を作って、

そこに帰属意識を持たせる。

結果として、

文化倫理観

時には法律政治にまで影響与える。

まり宗教って、

単なる個人趣味というより、

人を統治したり、

秩序を作ったりするシステムでもある。

から歴史的にも、

国家権力と結びつきやすかったし、

逆に弾圧対立も生んできた。

で、こういう性質ある以上、

外来宗教社会に入れる時って、

本来かなり慎重にならないといけないと思うんだよな。

信教の自由から」で終わらせるんじゃなくて、

その宗教が持つ価値観規範が、

既存社会とどう共存するのかは考えないといけない。

だってそれ、

単に個人趣味が増える話じゃなくて、

社会ルール価値観に影響与える可能性あるんだから

結局、

宗教って人の心を動かす力が強すぎるからこそ、

扱いも慎重であるべきなんだろうなって思うわ。

anond:20260511094714

要するに君は黙秘権なんて認めるべきではない、法律で決まってるくそ忌々しいこの黙秘権回避するための方法を拡充しろしか言ってない

君に本当に必要なのは黙秘権撤廃を訴えることではないのか

2026-05-10

地方進学校から東大に行った私が、大学一年生に祈ること2

第二部 学び直せなかった一年

ここで、君に正面から語りかけたい。

君が今、大学一年生だとして。

あるいは、これから大学一年生になるとして。

たぶん君の中には、私に近い感覚が少しはあるはずだ。

なくてもいい。

あったとしたら聞いてほしい。

入学して最初の数週間、君は周りを見てこう感じるかもしれない。

「あれ、この人たち、思っていたほどすごくないな」

サークル新歓に行く。

先輩たちがわいわい騒いでいる。

話の中身はたいしたことがない。

昨日のサッカー試合

誰々が誰々を好きらしい、という話。

バイト先のクレーマーの話。

君はそれを聞きながら、心のどこかでこう思うかもしれない。

「俺はこんな話をするために東京に出てきたんじゃない」

その感覚を、私は否定しない。

その感覚は半分は正しい。

ただ、残りの半分について、私が二十年かけて学んだことを君に伝えたい。

人間雑談関係を作る。

雑談関係を作って、その関係の上に本当に大事な話を乗せる。

雑談飛ばして、いきなり大事な話だけをしようとする人間は、長い目で見ると誰とも何の話もできなくなる。

これは二十年後に私が痛感したことだ。

けれど十八歳の私は、これをまったく理解していなかった。

理解する気もなかった。

入学して一週間ほど経った頃、駒場キャンパスで一人の同級生と話す機会があった。

彼は私の語学クラスにいた。

名前は仮にKとしておく。

Kは首都圏の有名な私立中高一貫校から来ていた。

背が高く、髪を少し茶色く染めていて、笑うとき口を大きく開けた。

授業の最初自己紹介で、彼は言った。

サッカーをやってました。あと、文化祭実行委員やってました」

それを聞いた瞬間、私はKにあまり期待しなかった。

文化祭実行委員

あの私を退屈させた連中の、東京版だろう。

そう思った。

ところがKはよく話しかけてきた。

授業のあと、「飯行かない?」と私を誘った。

最初は断った。

二度目も断った。

三度目に、Kは少しだけ困った顔をして聞いた。

「お前、誰とも飯食わないの?」

「いや、自分のペースでやりたいから」

私はそう答えた。

Kは少し笑った。

「ふうん。じゃあ、気が向いたら声かけて」

そう言って行ってしまった。

そのとき私は、自分がKに少しだけ優越感を持ったのを覚えている。

Kは、誰かと一緒にいないと不安タイプだ。

私は違う。

私は一人でも平気だ。

から私のほうが強い。

そう思った。

これが間違いの始まりだった。

Kは、誰かと一緒にいないと不安だったのではない。

Kは、一緒にいる時間のもの価値あるものとして認識する能力を持っていた。

そのことを、私は二十年後に理解した。

語学クラスでは、よく数人で集まって、課題フランス語和訳を持ち寄って見せ合っていた。

私は最初、その輪に入った。

けれど私の和訳はたいてい一番正確だった。

少なくとも私はそう思っていた。

ある日、Kが自分和訳を読み上げた。

明らかに文法係り受けを間違えていた。

私は指摘した。

「そこ、違う。主語はこっちじゃない」

Kは「あ、ほんとだ。サンキュー」と言ってすぐに直した。

それはいい。

問題はその次だった。

別の同級生、仮にMとしておく。

Mが読み上げた和訳も間違っていた。

Mは地方進学校から来た、私と似たタイプの男だった。

私は同じように指摘した。

「Mも、そこ違う」

Mは少し顔を赤くして、「うん……」と言った。

Kが軽く笑いながら言った。

「お前、間違いの指摘の仕方、ちょっと冷たくない?」

私はKを見た。

「冷たい? 間違ってるから間違ってるって言っただけだろ」

「いやそうなんだけどさ。なんかこう、もうちょっと、『あ、ここ、俺もよくわかんないんだけど、こうじゃないかな?』みたいな感じ、ない?」

私は内心で軽蔑した。

出た。

「言い方」だ。

Kは内容で勝てないから、言い方の話に逃げている。

私はそう判断した。

私は何も言わず自分和訳しまってその場から去った。

その日から、その輪には行かなくなった。

数週間後、その輪がMを含めて続いていることを知った。

Mは最初、私と同じように地方から来た孤独秀才に見えた。

けれどMは、Kの輪の中で笑うようになっていた。

間違いを指摘されても、頭をかいて「あ、ほんとだ」と言うようになっていた。

Mは変わった。

私が変わらなかったのに対して。

私はMのことを軽く馬鹿にした。

妥協したのだと思った。

今になって思う。

妥協したのはMではなかった。

Mは学んだのだ。

私は学ばなかったのだ。

二十年後、Mはある官庁課長補佐になっていた。

風の噂で聞いた。

家族もいて、子供が二人いるらしい。

私はそのとき無職だった。

三度目の転職活動最中だった。

大学一年の夏、私は一つだけサークルに入っていた。

法律研究系のサークルだった。

入った理由は、内容が真面目そうだったからだ。

実際、内容は真面目だった。

週に一回、判例を読んで議論する会があった。

そこには二年生にSという先輩がいた。

Sは私とは違うタイプの賢い人だった。

判例を読むスピードは私と同じくらいだったが、議論ときの立ち回りがまったく違った。

Sは自分意見最初に出さなかった。

まず、後輩や他の人の意見を聞く。

そして誰かの意見の中でいいところを見つけて、「それ、いいですね」と言う。

それから自分意見を、その人の意見に乗せる形で出した。

「○○さんが言ったところに加えて、こういう論点もあるんじゃないかと思って」

そう言った。

私はSのやり方を、最初ずるいと思った。

あれは自分の頭で考えていない。

人の意見に乗っかっているだけだ。

そう思ってSを軽く見た。

ある日の議論で、私はSの意見根拠が弱いと感じた。

真正から指摘した。

Sさんの今の論理は、判例の射程を超えていると思います。○○判決あくまで△△の場合に限った話で、これを一般化するのは無理があるんじゃないですか」

Sは私を見た。

少しの間、何も言わなかった。

それからゆっくりと言った。

「うん、たしかにそうだね。射程の問題は僕も気になっていた。じゃあ、君だったらどこまで一般化できると思う?」

私は答えた。

私の答えは、Sが言うべきだった内容をより精密にしたものだった。

Sは「それ、いいね」と言って、私の意見議論全体に位置づけた。

私は勝った気がした。

サークルが終わったあと、別の三年生の先輩が私を呼び止めた。

「君さ、頭はいいよ。間違いなく。ただ、Sのこと、ちょっとなめてないか?」

「いえ、なめてはいないです」

「Sはね、あの場で君のために負けてくれたんだよ」

私はその言葉意味がわからなかった。

「Sは、あの場の議論をいいものにするために、自分意見を引っ込めたんだ。君に花を持たせたんだよ。それはSがバカからじゃない。Sのほうが、議論っていう場全体を見てるからだ」

私は不機嫌になった。

「いや、でも、内容としてSさん最初論理は間違っていました」

先輩はため息をついた。

「うん。まあ、そうかもしれない。でも君がこれから先、誰かと一緒に何かをやるなら、内容で勝つだけじゃ足りないよ」

私はその日、サークルをやめた。

正確に言えば、その日のうちにメールで退会の連絡をした。

理由は書かなかった。

二度とそのサークルには行かなかった。

夏休みに入る前、私はKにもう一度だけ会った。

Kは相変わらずにこにこしていた。

夏休みサークル合宿河口湖へ行くと言っていた。

彼女もできたらしい。

同じ語学クラス女子だった。

私はその女子を、可愛いとも可愛くないとも特に思っていなかった。

Kが別れ際に言った。

「お前さ、たまには誰かに頼ってもいいんじゃない?」

私は笑って答えた。

「誰かに頼って、その誰かが間違ってたらどうするんだ?」

Kは少し考えた。

「うーん。そうしたら、一緒に間違えて、一緒に直せばいいんじゃないかな」

私はその言葉を軽くいなした。

心の中で、「だから、お前は二流なんだ」と思った。

一緒に間違えて、一緒に直す。

そんなことに付き合っている時間はない。

私は一人で、間違えずに進む。

二十年後の今、私はKのあの言葉を一字一句覚えている。

正確には、二十年かけてようやく思い出せるようになった、と言うべきかもしれない。

ここで、君にもう一つだけ伝えたい。

私が地方進学校で身につけた「一人で考えたほうが正しい」という認知は、地方進学校の中ではたしか事実だった。

私の周りには、私より速く正解にたどり着ける人間がいなかった。

集団議論すれば、議論は私のレベルに引き下げられるか、私の意見が通らないかのどちらかだった。

から一人で考えるほうが効率が良かった。

その環境においては合理的戦略だった。

しか東京大学に来て、私の周りには私と同じか、私より速く正解にたどり着ける人間がたくさんいた。

その時点で、私は戦略を変えるべきだった。

もう一人で考えなくていい。

人と議論したほうが、自分一人で出せる答えよりいい答えが出る確率が高い。

人に頼っていい。

人に教わっていい。

人に「わからない」と言っていい。

それを大学一年生のうちに学び直すべきだった。

けれど私は学び直さなかった。

なぜなら、地方で身につけた認知は、私を東大まで連れてきた成功体験だったからだ。

それを捨てることは、自分人生否定することのように感じられた。

私は、変化が必要ときに変化を恐れた。

変化を恐れた本当の理由は、たぶんこうだ。

私には勉強で勝つこと以外に、自分肯定する根拠がなかった。

から勉強の戦い方を変えることは、自分のものを失うことのように感じられた。

後になって考えれば、ただの臆病だった。

けれど当時の私は、自分が臆病であることにまったく気づいていなかった。

しろ自分のことを強い人間だと思っていた。

孤独に耐えられる人間こそが強い人間だと思っていた。

孤独に耐えられない人間は、弱いから群れるのだと思っていた。

これは私の人生で、最も大きな勘違いの一つだった。

孤独に耐えられる、というのは強さではない。

ただの不器用さだ。

そしてその不器用さは、時間が経つほど修正が難しくなる。

大学一年の終わり。

私の春学期と秋学期の成績は、ほとんどがAとA+だった。

優三つの「優三つ」というやつだ。

私は自分選択は正しかったと再確認した。

一人でやれば結果が出る。

けれどその学年末駒場生協の前で、語学クラスのKたちが五、六人で集まって笑いながら写真を撮っているのを見た。

Kの隣にはMもいた。

Mは四月のときと比べて別人のように、いい顔で笑っていた。

私はその輪を遠くから見ていた。

その輪の中に入りたいとは思わなかった。

ただ、奇妙な感覚があった。

あいつらは、たぶんこれから先、どこかで会うのだろう。

結婚式に呼んだり。

子供の話をしたり。

転職相談をしたり。

俺には、たぶんそういう相手はいない。

それは感傷ではなく、観測だった。

私はその観測を、すぐに頭の中から押し出した。

別に必要ない」

そう自分に言い聞かせた。

その夜、私は寮の自分の部屋で二年生の科目の予習を始めた。

ここで私は、君に最も伝えたいことの一つを書く。

地方進学校から東大に行ったことの本当の不幸は、東大に行けたことではない。

本当の不幸は、自分天井を知るのが遅すぎたことだ。

もし私が首都圏中高一貫校に通っていたら。

私の家にそれだけのお金があったかどうかは別として。

もし通っていたら。

私は十二歳か十三歳のうちに、自分より賢い人間出会っていただろう。

自分より速く問題を解く人間

自分より深く考える人間。

自分より多くを知っている人間

そして、自分より性格のよい人間に。

そのとき私は悔しかたかもしれない。

泣いたかもしれない。

けれど十二歳の私はまだ柔らかかった。

十二歳のうちに負けることは致命傷にならない。

十二歳の負けは回復する。

十二歳の負けからは、人に頭を下げることを学べる。

十二歳の負けからは、「わからいから教えて」と言うことを覚えられる。

ところが私は、地方進学校で十八歳まで誰にも負けなかった。

私の認知の中で、「負ける」という選択肢が十八歳の段階ですでに消えていた。

そして十八歳で東大に入った瞬間、私は相対的普通人間になった。

このとき初めて、自分より上の人間出会った。

けれど、そのときにはもう遅かった。

十八歳の私は、十二歳の私のようには柔らかくなかった。

私は上の人間に頭を下げるかわりに、上の人間を見ないことにした。

上の人間と並走するかわりに、自分のレーンに引きこもった。

上の人間から学ぶかわりに、「あいつは要領がいいだけだ」と評価することにした。

これらは全部、私の防衛反応だった。

私の防衛反応は、地方進学校の中では合理的だった。

けれど東大の中では、もう合理的ではなかった。

私は戦場が変わったのに、武器を変えなかった。

それが私の人生で最大の戦略ミスだった。

から君がもし、地方から東京大学に出てきたばかりでこれを読んでいるなら、聞いてほしい。

早く、負けてくれ。

自分より明らかにすごい人間に会ったら、嫉妬する前に頭を下げてほしい。

「教えてください」と言ってほしい。

自分天井を知ることは不幸ではない。

それは君の性格を守るための救済だ。

天井を知らないまま二十代に入った人間は、たいてい私のようになる。

私のようになるな。

これは命令ではない。

お願いだ。

続き→https://anond.hatelabo.jp/20260510234046

日本の男さん、性産業(の強要)に抵抗なさすぎてキモい

増田はこれまでも性産業に一切従事したことない女なんだが

AV出れば稼げるんじゃね?」とか「風俗で働かないの?」とか言ってくる男が多い、風俗スカウトでもない男が言ってくる

まずは自分らがゲイにけつあな売れよ

ほんまきしょい、性産業で働けっていう男が居たら殺していい法律作って欲しい、殺すから

anond:20260509102600

アメリカって日本の50倍の凶悪犯罪件数で、

日本だと治安悪い場所に該当する東京大阪繁華街治安レベルすら

アメリカだったらユタ州とかの全米で最も治安が良くて住所をここにして子供をここで育てたいと皆が思う憧れの場所イコール安全レベルなんだろ

何でアメリカ犯罪対策法律を見習ってるのか意味がわからない

anond:20260510074851

自動車が「いつでも制限速度一杯で好きなように走れる」ものだという概念をぶち壊して「制限速度一杯で好きなように走れるのは、脆弱人間が乗っている自転車そばに走っていない、などの複数の条件が珍しく満たされたときだけだ」という常識を叩きこむための法律だぞ

 

60㎞先の場所から時速60㎞で1時間走ってたどり着けないのはお前の権利侵害されたのではない

座ったままで足が疲れない、エアコンがきいてて涼しいまたは寒くない、重い荷物持ってても大丈夫、雨が降っても濡れない

といったメリットは残るんだから到着までの時間が1時間半や2時間になっても甘んじて受け入れろ、弱者大事しろノブレスブリージュだ、ということ。

ワイ法律の抜け穴を見つけてしま

自転車に乗ってアップルウォッチ見てる

なぜジジイ暴力に走るのか

現役世代仕事があるから警察沙汰にしたくない抑止力があるから

ジジイは国から年金貰ってるから職場バレとか怖くない

から平気で暴力に走る

無職パヨクどもが暴力的なのも生活保護説明できる

ジジイババア社会問題になっているが、その大部分は年金を止めてやれば解決する

執行猶予中年金停止と法律で定めれば良いんだよな

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん