はてなキーワード: 内閣総理大臣とは
「どのような国を作り上げたいのか、理想の姿を物語るものが憲法です」
4月12日、東京都内のホテルで開かれた自民党大会。総裁の高市早苗首相は演説で、改憲に意欲を示した。
「理想の日本国を文字にして、歴史という書物の新たなページに刻もう。そのページをめくるべきかどうか、国民に堂々と問おうではありませんか。立党から70年、時は来ました」
党大会での力強さとは対照的に、高市氏は国会では、憲法の価値を語りたがらない。
トランプ米大統領から、イラン攻撃に伴いホルムズ海峡への艦艇派遣を求められていたが、3月19日の日米首脳会談では応じなかった。その時に憲法に触れていたが、国会では「法律の範囲内で、できることとできないことを説明した」と答弁。「9条を盾にしたということはない」とも主張した。
野党が繰り返し質問すると、高市氏はようやく「(トランプ氏に)憲法についても話した」と認めた。
9条も含めた改憲の旗を振りながら、トランプ氏の要求を憲法でかわす――。
過去の発言などをたどると、1955年に自民党が結党されて以来、根強くある「押しつけ論」と、いまの憲法では日本を守れないという意識が見えてくる。
押しつけ論とは、憲法は敗戦直後の占領下に、連合国軍総司令部(GHQ)に押しつけられたという考え方だ。高市氏が尊敬する安倍晋三元首相も同様の考えをもっていた。
高市氏は2000年の衆院憲法調査会で、「アメリカの心でなく日本の心を持った、私たちの時代の私たちの憲法を書き上げる強い決意」を示した。憲法の前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」という部分について、「非常におめでたい一文を、改憲の機会があれば真っ先に変えよう」と語った。
4月の党大会の演説では、どの項目を改正するかには触れなかった。ただ、9条を念頭にした発言がちりばめられていた。
自衛隊は違憲との考え方や運用上の制約があることに触れ、「(自民党の)立党宣言では、自主独立の権威を回復することが政治の使命だとうたっている」と強調。「日本人の手による自主的な憲法改正は党是」と訴えた。
高市氏、戦力不保持は「不的確」
9条で「戦力不保持」を掲げる2項は、「独立した主権国家の憲法としては不的確な表現」であり、削除して「国防軍」をつくるというのが高市氏の持論だ。
首相になる数カ月前の衆院憲法審査会では、「9条については自民党の憲法草案がベスト」と発言した。「憲法草案」は、政権から下野した自民が12年につくった。その9条2項ではこう書かれている。
「我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する」
「戦力不保持」を削り、国防軍を設ける。
連立政権を組む相手が、公明党から日本維新の会に代わると、連立政権合意書で、実現させる政策に9条改正が盛り込まれた。維新も「国防軍保持」を掲げている。
ただ、2月の衆院選中の演説で、高市氏は「憲法になぜ、自衛隊を書いちゃいけないんですか。誇りを守り、実力組織として位置づける。当たり前の憲法改正もやらせてください」と訴えた。
これは、安倍氏のもと自民党が18年にまとめた「改憲4項目」に沿った発言だ。優先すべき4項目の中に、戦争放棄・戦力不保持を掲げる9条への自衛隊明記がある。
自民党の草案は国防軍を設ける内容だが、改憲4項目は「戦力不保持」を維持し自衛隊を明記している。高市氏は首相になってからは、国防軍よりハードルの低い自衛隊明記を重視する発言が目立っている。
4月の参院予算委員会。立憲民主党の三上絵里氏に、目指すべき改憲と「専守防衛」の関係について問われ、「専守防衛は、現行憲法の精神にのっとったもので、我が国の防衛の基本的な方針として堅持してきている。私の考えとしても変わりません」と語った。
戦後の基本政策である専守防衛は、攻められて初めて使う必要最小限度の力を持つという、今の自衛隊を前提とした考え方だ。高市氏の持論の国防軍とは相いれない。
また、高市氏は別の議員に問われ、「9条を改正したからといって、現に戦闘が行われているところに自衛隊を派遣できる内容になるのかどうか」とも話した。
持論で自民草案や維新が掲げる国防軍か、それとも、改憲4項目にある自衛隊明記か。
高市氏は党大会で「改正の発議に何とかメドが立った、と言える状態で来年の党大会を迎えたい」と述べ、1年後を区切りに指定した。しかし、何を改憲するかは明らかにしていない。
平和主義を具体化した9条は世論調査でも支持が高い。また、中東情勢による経済危機を避けることが急がれる。高市氏が師と仰ぐ安倍氏も、まずは「アベノミクス」による経済政策を優先させ、国政選挙での勝利を重ねることを重視した。
その姿を、高市氏は見ている。
https://digital.asahi.com/articles/ASV512JQFV51UTFK00VM.html
以下は、日本の内閣総理大臣(首相)経験者のうち、暗殺(または襲撃により死亡)された人物の一覧です。歴代首相経験者(約64人程度)のうち、7人が該当します。
暗殺された首相経験者(時系列順)伊藤博文(初代・第5・7・10代首相、1841-1909) 1909年(明治42年)10月26日、中国・ハルビン駅で韓国独立運動家・安重根により銃撃され死亡(当時は枢密院議長)。
原敬(第19代首相、1856-1921) 1921年(大正10年)11月4日、東京駅で青年・中岡艮一により短刀で刺殺(現職首相)。
浜口雄幸(第27代首相、1870-1931) 1930年(昭和5年)11月14日、東京駅で右翼活動家により銃撃され負傷。療養中に容態が悪化し、1931年8月に死亡。
ロンドン海軍軍縮条約関連の反発が背景(現職首相時の襲撃)。
犬養毅(第29代首相、1855-1932) 1932年(昭和7年)5月15日、「五・一五事件」で海軍青年将校らにより首相官邸で射殺(現職首相)。
高橋是清(第20代首相、1854-1936) 1936年(昭和11年)2月26日、「二・二六事件」で陸軍青年将校により自宅で殺害(元首相・当時蔵相)。
斎藤実(第30代首相、1858-1936) 1936年(昭和11年)2月26日、同「二・二六事件」で殺害(元首相・当時内大臣)。
安倍晋三(第90・96-98代首相、1954-2022) 2022年(令和4年)7月8日、奈良市内で街頭演説中に元海上自衛隊員により銃撃され死亡(元首相)。
補足
現職首相として直接暗殺されたのは、原敬・犬養毅の2人(浜口雄幸は負傷後の死亡のため含む場合あり)。
これらの事件は、大正デモクラシー期や昭和初期の政治的不安定(軍部・右翼の台頭)を象徴するものが多く、日本政治史に大きな影響を与えました。
戦後では安倍晋三元首相が初のケースで、それ以前の要人襲撃(例: 岸信介首相の負傷など)は死亡に至らないものがほとんどです。
「GW過ぎには枯渇し、建設業界・運送業界・医療業界の物資欠乏が防げませんでした。もはや国民生活は限界です」
「どこかで目詰まりを起こしてるって話だったじゃない」
「目詰まりなどありませんと03月には経済界からのヒアリング資料と共に申し上げたはずですが……」
「そんなの奴らのハッタリに決まってるじゃない、ねえ、なんとかしなさいよ」
「ネタニヤフ政権とトランプ政権がイランへの攻撃を止めない限り、無理です」
「(盛大なため息)イランは日本側の交渉を歓迎しています。ホルムズ海峡を通過できる交渉は整えてきました、総理の許可がいただければいつでも開始できます」
「あんた、意地悪やわあ。そんなこと始めたら“私が”ドナルドに嫌われるじゃない、そんなのいやよ」
「(見下げ果てた顔)しかし6月には包装および食料品にも影響が出ており、食料確保ができず生活が成り立たない国民も出ています」
「経済も回せない国民は死なせておけばいいじゃない、ねえ、それより改憲は? いけそう?」
「(5秒ほどの間があって)死ねこの国民殺しのクソ***、我が国憲政史上最低の内閣総理大臣が!!」
izureさん、こんにちは。 あなたは社会問題や政治にすごく興味を持って、はてなで積極的にコメントされているんですね。それは本当に素晴らしいことです。ただ、中学生の公民で習うはずの基本的な社会科の知識がズレてしまっているコメントがありました。
特に社会科(憲法・政治制度・民主主義)の部分で誤解が見られるコメントを丁寧に引用しながら、優しく訂正しますね。 学校の教科書で習うポイントを簡単に添えて説明します。一緒に確認していきましょう。
izureさん、三権分立の言葉をちゃんと知っていて、使おうとしているのはえらいですよ! でもここで少し大事なポイントが混ざってしまっています。
中学校の公民で習う三権分立とは、立法(国会)・行政(内閣・政府)・司法(裁判所)の3つが、互いに独立しながら、相手をチェックし合う仕組みのことです。 「国会議員の序列が上」という「指揮系統」のイメージは、軍隊や会社の上下関係に近くて、社会科の説明とは違います。
• 大臣(閣僚)が国会議員から選ばれやすいのは議院内閣制という日本の制度の特徴です(内閣総理大臣は国会で指名され、閣僚も多くは国会議員から任命されます)。
• 三権分立の大事なところは、司法(裁判所)が立法や行政から独立している点も含みます。小池晃議員の発言を三権分立で擁護しようとしたのは、ちょっと制度の「分立(独立・牽制)」の意味を逆にしてしまった感じですね。
「小学生からやり直せ」という言葉は、相手を傷つけてしまうかも…。izureさんも一緒に、もう一度教科書の「三権分立」と「議院内閣制」のページを振り返ってみると、もっとクリアになると思いますよ。
自衛隊のニュースを見て「怖い」と感じるizureさんの気持ちは、とても真剣で優しいですね。 でも「民主主義も法治主義も機能していなかった」とまで言うのは、少し大げさになってしまっています。
今回の自衛隊の件も、国会で質問が出たり、メディアが報道したり、世論が動いているのは、まさに民主主義と法治主義が働いている証拠です。 完璧ではないけれど、「虫食いだらけで機能していない」とまでは言えないと思います。制度は少しずつチェックをかけながら動いていますよ。
izureさんのコメント(2026/04/15)
日高屋のプラスチック容器発注制限のニュース、izureさんは「生活への影響」として心配されているんですね。
ただ「馬鹿に権力を持たせた馬鹿共」という表現は、政策を決めた人たちを一括りにしてかなり強いですね…。
良い悪いは別として、単なる「馬鹿共のツケ」ではなく、一定の根拠に基づいた判断です。
izureさん、日常生活への影響を気にする優しい目線は素敵ですが、相手を「馬鹿」と呼ぶと、せっかくの指摘が伝わりにくくなってしまうかもですよ。
→ これは経済やイデオロギーの話で、社会科の範囲を超えています。いいバランス感覚の言葉が出てきているので、素敵だと思います。ただ「滅びる」と断定するのは、歴史的事実としてはもう少し慎重に考えた方がいいかも。
izureさんは用語自体(三権分立、民主主義、法治主義など)はしっかり覚えています。でも、それを現実の政治に当てはめるときに「分立=独立と牽制」という本質が少しずれやすい印象を受けました。
これは決してizureさんだけじゃなく、日本のネットでよく見る「公民の知識を部分的に持っているけど、応用でつまずく」パターンです。 もし教科書をもう一度読み直したり、わかりやすい憲法の解説動画を見たりすると、きっと「なるほど!」となると思いますよ。
他にも気になる点があれば、遠慮なく教えてくださいね。一緒に優しく見ていきましょう! izureさんがもっと楽しく、正確に政治や社会のことを話せるようになるといいなと思います。
[追記]
削除要請されました㊗️
言及元のアカウントによる削除申請が行われると、内容のいかんを問わず削除されます。いつ消えるか楽しみにしています。
https://anond.hatelabo.jp/20260416111920
プロンプトも公開。
https://ganot.hatenadiary.com/entry/2026/04/16/140558
AIと会話した記録。五毛ではない。
https://anond.hatelabo.jp/20260415210714
下記の「記事」に対する「コメント」の主張の妥当性を評価してください。
「記事」
共産党・小池晃議員の「国会議員に逆らうな」動画拡散が波紋…辺野古ボート転覆事故で「謝罪なし」の党の姿勢に批判 | 週刊女性PRIME https://www.jprime.jp/articles/-/41329
「コメント」
指揮系統として国会議員の序列が上なので、小池晃が正しい。これに文句を言ってる人たちは三権分立を理解していないし、なぜ大臣が議会から選ばれるかも理解していない。小学生からやり直せ。
以下は、コメントの主張が妥当かどうかを、記事内容や一般的な制度理解に基づいて整理した評価です。政治的な価値判断ではなく、制度的・論理的な妥当性の観点から説明します。
三権分立では、
国会議員が行政職員に直接命令できるという構造は、三権分立とはむしろ逆の発想です。
👉 「国会議員>行政職員」という上下関係は三権分立の説明には存在しません。
確かに日本は議院内閣制であり、内閣総理大臣や国務大臣の多くは国会議員から選ばれます。しかし、
👉 議院内閣制の説明を、行政職員への指揮命令権の根拠にするのは制度理解として不正確です。
理由をまとめると:
| コメントの主張 | 制度的評価 |
|---|---|
| 国会議員の序列が上 | ❌ 行政職員に対する指揮権はない |
| 三権分立の理解 | ❌ コメント側の理解が誤っている |
| 大臣が議会から選ばれる理由 | ❌ 行政職員への命令権とは無関係 |
コメントは制度論を持ち出していますが、その制度理解自体が誤っているため、主張の根拠として成立していません。
必要であれば、
お前は元内閣総理大臣だろってこと
自衛と抑止において実力組織を保持することは極めて重要です。私は抑止論を否定する立場には立ち得ません。現下の安全保障環境の下、それが責任ある安全保障政策を遂行する上での現実です。
同時に、その国において比類ない力を有する実力組織が民主的統制を超えて暴走することがあれば、民主主義は一瞬にして崩壊し得る脆弱なものです。一方、文民たる政治家が判断を誤り、戦争に突き進んでいくことがないわけでもありません。文民統制、適切な政軍関係の必要性と重要性はいくら強調してもし過ぎることはありません。政府、議会、実力組織、メディアすべてがこれを常に認識しなければならないのです。
斎藤隆夫議員は反軍演説において、世界の歴史は戦争の歴史である、正義が勝つのではなく強者が弱者を征服するのが戦争であると論じ、これを無視して聖戦の美名に隠れて国家百年の大計を誤ることがあってはならないとして、リアリズムに基づく政策の重要性を主張し、衆議院から除名されました。
翌年の衆議院防空法委員会において、陸軍省は、空襲の際に市民が避難することは、戦争継続意思の破綻になると述べ、これを否定しました。
どちらも遠い過去の出来事ではありますが、議会の責務の放棄、精神主義の横行や人命・人権軽視の恐ろしさを伝えて余りあるものがあります。歴史に正面から向き合うことなくして、明るい未来は拓けません。歴史に学ぶ重要性は、我が国が戦後最も厳しく複雑な安全保障環境に置かれている今こそ、再認識されなければなりません。
戦争の記憶を持っている人々の数が年々少なくなり、記憶の風化が危ぶまれている今だからこそ、若い世代も含め、国民一人一人が先の大戦や平和のありようについて能動的に考え、将来に生かしていくことで、平和国家としての礎が一層強化されていくものと信じます。
私は、国民の皆様とともに、先の大戦の様々な教訓を踏まえ、二度とあのような惨禍を繰り返すことのないよう、能う限りの努力をしてまいります。
この80年間、我が国は一貫して、平和国家として歩み、世界の平和と繁栄に力を尽くしてまいりました。今日の我が国の平和と繁栄は、戦没者を始めとする皆様の尊い命と苦難の歴史の上に築かれたものです。
私は、3月の硫黄島訪問、4月のフィリピン・カリラヤの比島戦没者の碑訪問、6月の沖縄全戦没者追悼式出席及びひめゆり平和祈念資料館訪問、8月の広島、長崎における原爆死没者・犠牲者慰霊式出席、終戦記念日の全国戦没者追悼式出席を通じて、先の大戦の反省と教訓を、改めて深く胸に刻むことを誓いました。
これまで戦後50年、60年、70年の節目に内閣総理大臣談話が発出されており、歴史認識に関する歴代内閣の立場については、私もこれを引き継いでいます。
過去三度の談話においては、なぜあの戦争を避けることができなかったのかという点にはあまり触れられておりません。戦後70年談話においても、日本は「外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった」という一節がありますが、それ以上の詳細は論じられておりません。
第一次世界大戦を経て、世界が総力戦の時代に入っていた中にあって、開戦前に内閣が設置した「総力戦研究所」や陸軍省が設置したいわゆる「秋丸機関」等の予測によれば、敗戦は必然でした。多くの識者も戦争遂行の困難さを感じていました。
政府及び軍部の首脳陣もそれを認識しながら、どうして戦争を回避するという決断ができないまま、無謀な戦争に突き進み、国内外の多くの無辜の命を犠牲とする結果となってしまったのか。米内光政元総理の「ジリ貧を避けようとしてドカ貧にならぬよう注意願いたい」との指摘もあった中、なぜ、大きな路線の見直しができなかったのか。
まず、当時の制度上の問題が挙げられます。戦前の日本には、政治と軍事を適切に統合する仕組みがありませんでした。
大日本帝国憲法の下では、軍隊を指揮する権限である統帥権は独立したものとされ、政治と軍事の関係において、常に政治すなわち文民が優位でなくてはならないという「文民統制」の原則が、制度上存在しなかったのです。
内閣総理大臣の権限も限られたものでした。帝国憲法下では、内閣総理大臣を含む各国務大臣は対等な関係とされ、内閣総理大臣は首班とされつつも、内閣を統率するための指揮命令権限は制度上与えられていませんでした。
それでも、日露戦争の頃までは、元老が、外交、軍事、財政を統合する役割を果たしていました。武士として軍事に従事した経歴を持つ元老たちは、軍事をよく理解した上で、これをコントロールすることができました。丸山眞男の言葉を借りれば、「元老・重臣など超憲法的存在の媒介」が、国家意思の一元化において重要な役割を果たしていました。
元老が次第に世を去り、そうした非公式の仕組みが衰えたのちには、大正デモクラシーの下、政党が政治と軍事の統合を試みました。
第一次世界大戦によって世界に大きな変動が起こるなか、日本は国際協調の主要な担い手の一つとなり、国際連盟では常任理事国となりました。1920年代の政府の政策は、幣原外交に表れたように、帝国主義的膨張は抑制されていました。
1920年代には、世論は軍に対して厳しく、政党は大規模な軍縮を主張していました。軍人は肩身の狭い思いをし、これに対する反発が、昭和期の軍部の台頭の背景の一つであったとされています。
従来、統帥権は作戦指揮に関わる軍令に限られ、予算や体制整備に関わる軍政については、内閣の一員たる国務大臣の輔弼事項として解釈運用されていました。文民統制の不在という制度上の問題を、元老、次に政党が、いわば運用によってカバーしていたものと考えます。
しかし、次第に統帥権の意味が拡大解釈され、統帥権の独立が、軍の政策全般や予算に対する政府及び議会の関与・統制を排除するための手段として、軍部によって利用されるようになっていきました。
政党内閣の時代、政党の間で、政権獲得のためにスキャンダル暴露合戦が行われ、政党は国民の信頼を失っていきました。1930年には、野党・立憲政友会は立憲民政党内閣を揺さぶるため、海軍の一部と手を組み、ロンドン海軍軍縮条約の批准を巡って、統帥権干犯であると主張し、政府を激しく攻撃しました。政府は、ロンドン海軍軍縮条約をかろうじて批准するに至りました。
しかし、1935年、憲法学者で貴族院議員の美濃部達吉の天皇機関説について、立憲政友会が政府攻撃の材料としてこれを非難し、軍部も巻き込む政治問題に発展しました。ときの岡田啓介内閣は、学説上の問題は、「学者に委ねるより外仕方がない」として本問題から政治的に距離を置こうとしましたが、最終的には軍部の要求に屈して、従来通説的な立場とされていた天皇機関説を否定する国体明徴声明を二度にわたって発出し、美濃部の著作は発禁処分となりました。
本来は軍に対する統制を果たすべき議会も、その機能を失っていきます。
その最たる例が、斎藤隆夫衆議院議員の除名問題でした。斎藤議員は1940年2月2日の衆議院本会議において、戦争の泥沼化を批判し、戦争の目的について政府を厳しく追及しました。いわゆる反軍演説です。陸軍は、演説は陸軍を侮辱するものだとこれに激しく反発し、斎藤議員の辞職を要求、これに多くの議員は同調し、賛成296票、反対7票の圧倒的多数で斎藤議員は除名されました。これは議会の中で議員としての役割を果たそうとした稀有な例でしたが、当時の議事録は今もその3分の2が削除されたままとなっています。
議会による軍への統制機能として極めて重要な予算審議においても、当時の議会は軍に対するチェック機能を果たしていたとは全く言い難い状況でした。1937年以降、臨時軍事費特別会計が設置され、1942年から45年にかけては、軍事費のほぼ全てが特別会計に計上されました。その特別会計の審議に当たって予算書に内訳は示されず、衆議院・貴族院とも基本的に秘密会で審議が行われ、審議時間も極めて短く、およそ審議という名に値するものではありませんでした。
戦況が悪化し、財政がひっ迫する中にあっても、陸軍と海軍は組織の利益と面子をかけ、予算獲得をめぐり激しく争いました。
加えて、大正後期から昭和初期にかけて、15年間に現役首相3人を含む多くの政治家が国粋主義者や青年将校らによって暗殺されていることを忘れてはなりません。暗殺されたのはいずれも国際協調を重視し、政治によって軍を統制しようとした政治家たちでした。
五・一五事件や二・二六事件を含むこれらの事件が、その後、議会や政府関係者を含む文民が軍の政策や予算について自由に議論し行動する環境を大きく阻害したことは言うまでもありません。
1920年代、メディアは日本の対外膨張に批判的であり、ジャーナリスト時代の石橋湛山は、植民地を放棄すべきとの論陣を張りました。しかし、満州事変が起こった頃から、メディアの論調は、積極的な戦争支持に変わりました。戦争報道が「売れた」からであり、新聞各紙は大きく発行部数を伸ばしました。
1929年の米国の大恐慌を契機として、欧米の経済は大きく傷つき、国内経済保護を理由に高関税政策をとったため、日本の輸出は大きな打撃を受けました。
深刻な不況を背景の一つとして、ナショナリズムが昂揚し、ドイツではナチスが、イタリアではファシスト党が台頭しました。主要国の中でソ連のみが発展しているように見え、思想界においても、自由主義、民主主義、資本主義の時代は終わった、米英の時代は終わったとする論調が広がり、全体主義や国家社会主義を受け入れる土壌が形成されていきました。
こうした状況において、関東軍の一部が満州事変を起こし、わずか1年半ほどで日本本土の数倍の土地を占領しました。新聞はこれを大々的に報道し、多くの国民はこれに幻惑され、ナショナリズムは更に高まりました。
日本外交について、吉野作造は満州事変における軍部の動きを批判し、清沢洌は松岡洋右による国際連盟からの脱退を厳しく批判するなど、一部鋭い批判もありましたが、その後、1937年秋頃から、言論統制の強化により政策への批判は封じられ、戦争を積極的に支持する論調のみが国民に伝えられるようになりました。
当時、政府を始めとする我が国が、国際情勢を正しく認識できていたかも問い直す必要があります。例えば、ドイツとの間でソ連を対象とする軍事同盟を交渉している中にあって、1939年8月、独ソ不可侵条約が締結され、ときの平沼騏一郎内閣は「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた」として総辞職します。国際情勢、軍事情勢について、十分な情報を収集できていたのか、得られた情報を正しく分析できていたのか、適切に共有できていたのかという問題がありました。
戦後の日本において、文民統制は、制度としては整備されています。日本国憲法上、内閣総理大臣その他の国務大臣は文民でなければならないと定められています。また、自衛隊は、自衛隊法上、内閣総理大臣の指揮の下に置かれています。
内閣総理大臣が内閣の首長であること、内閣は国会に対して連帯して責任を負うことが日本国憲法に明記され、内閣の統一性が制度上確保されました。
さらに、国家安全保障会議が設置され、外交と安全保障の総合調整が強化されています。情報収集・分析に係る政府の体制も改善されています。これらは時代に応じて、更なる進展が求められます。
政治と軍事を適切に統合する仕組みがなく、統帥権の独立の名の下に軍部が独走したという過去の苦い経験を踏まえて、制度的な手当ては行われました。他方、これらはあくまで制度であり、適切に運用することがなければ、その意味を成しません。
政治の側は自衛隊を使いこなす能力と見識を十分に有する必要があります。現在の文民統制の制度を正しく理解し、適切に運用していく不断の努力が必要です。無責任なポピュリズムに屈しない、大勢に流されない政治家としての矜持と責任感を持たなければなりません。
自衛隊には、我が国を取り巻く国際軍事情勢や装備、部隊の運用について、専門家集団としての立場から政治に対し、積極的に説明し、意見を述べることが求められます。
政治には、組織の縦割りを乗り越え、統合する責務があります。組織が割拠、対立し、日本の国益を見失うようなことがあってはなりません。陸軍と海軍とが互いの組織の論理を最優先として対立し、それぞれの内部においてすら、軍令と軍政とが連携を欠き、国家としての意思を一元化できないままに、国全体が戦争に導かれていった歴史を教訓としなければなりません。
政治は常に国民全体の利益と福祉を考え、長期的な視点に立った合理的判断を心がけねばなりません。責任の所在が明確ではなく、状況が行き詰まる場合には、成功の可能性が低く、高リスクであっても、勇ましい声、大胆な解決策が受け入れられがちです。海軍の永野修身軍令部総長は、開戦を手術にたとえ、「相当の心配はありますが、この大病を癒すには、大決心をもって、国難排除に決意するほかありません」、「戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である」と述べ、東條英機陸軍大臣も、近衛文麿首相に対し、「人間、たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」と迫ったとされています。このように、冷静で合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されてしまうことにより、国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはなりません。
政府が誤った判断をせぬよう、歯止めの役割を果たすのが議会とメディアです。
国会には、憲法によって与えられた権能を行使することを通じて、政府の活動を適切にチェックする役割を果たすことが求められます。政治は一時的な世論に迎合し、人気取り政策に動いて国益を損なうような党利党略と己の保身に走っては決してなりません。
使命感を持ったジャーナリズムを含む健全な言論空間が必要です。先の大戦でも、メディアが世論を煽り、国民を無謀な戦争に誘導する結果となりました。過度な商業主義に陥ってはならず、偏狭なナショナリズム、差別や排外主義を許してはなりません。
安倍元総理が尊い命を落とされた事件を含め、暴力による政治の蹂躙、自由な言論を脅かす差別的言辞は決して容認できません。
これら全ての基盤となるのは、歴史に学ぶ姿勢です。過去を直視する勇気と誠実さ、他者の主張にも謙虚に耳を傾ける寛容さを持った本来のリベラリズム、健全で強靭な民主主義が何よりも大切です。
ウィンストン・チャーチルが喝破したとおり、民主主義は決して完璧な政治形態ではありません。民主主義はコストと時間を必要とし、ときに過ちを犯すものです。
だからこそ、我々は常に歴史の前に謙虚であるべきであり、教訓を深く胸に刻まなければなりません。
「官僚の倒閣」とは、行政の実務を担う高級官僚(事務次官や局長クラス)が、その専門知識、情報力、あるいは組織的な抵抗を利用して、内閣総理大臣や国務大臣(政治家)の政策を骨抜きにしたり、スキャンダルを誘発させることで、最終的に内閣を辞任や追い込みに追い込む、あるいはその方向へ導く政治的な動きを指す言葉です。
日本の政治において、しばしば「政治主導」対「官僚支配」の構図として描かれます。
1. 政策的な対立: 官僚が納得できない政策(特に省益や既得権益を脅かすもの)を、大臣がトップダウンで押し付けようとした際、官僚が「前例がない」「法的に難しい」「現場が混乱する」として文書の準備を遅らせたり、不都合な情報を隠蔽したりする。
2. 情報の独占とリーク: 官僚は膨大な情報と知識を持っているため、それをメディアにリークすることで、内閣への国民の信頼を失わせる。
3. 内閣人事局への反発: 安倍政権以降、内閣人事局が設置され官僚人事を官邸が主導するようになったため、官僚は従順になったと言われる一方、一部では、気に入らない大臣を人事面やスキャンダルで排除しようとする動きも見られます。
このように、「官僚の倒閣」は、日本の行政において政治家が権力を維持・行使する上で、官僚機構をいかに制御するかが常に課題となっている現状を示しています。
日本が主体となった戦争は出来ないけれど他国の腰巾着となって言われるがままに戦うのは出来るようにも読める点だと思う。
「国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。」
つまり、まさに百害あって一利なしの改憲。これなら侵略戦争上等にして軍事国家を目指した方がまだマシなくらい。
ていうか、現行憲法の「第二章 平和主義」が「安全保障」になっているのは完全に意味が変わってるし、「国防軍」のネーミングが致命的にセンスなくてダサッ!こんなネーミングセンスなのに野党は古くてどうのと言えるのは、ただのバイアスだろ。
(平和主義)
第九条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争を放棄し、武力による威嚇及び武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
(国防軍)
第九条の二 我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
2 国防軍は、前項の規定による任務を遂行する際は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
3 国防軍は、第一項に規定する任務を遂行するための活動のほか、法律の定めるところにより、国際社会の平和と安全を確保するために国際的に協調して行われる活動及び公の秩序を維持し、又は国民の生命若しくは自由を守るための活動を行うことができる。
4 前二項に定めるもののほか、国防軍の組織、統制及び機密の保持に関する事項は、法律で定める。
5 国防軍に属する軍人その他の公務員がその職務の実施に伴う罪又は国防軍の機密に関する罪を犯した場合の裁判を行うため、法律の定めるところにより、国防軍に審判所を置く。この場合においては、被告人が裁判所へ上訴する権利は、保障されなければならない。
チラシの裏代わり。
あとになって、そのとき、どう考えていたか分かるよう書き残しておく。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM027MH0S5A201C2000000/
すでに過去の話だが、2025年11月7日高市早苗による台湾有事発言を受けた在日中国大使の発言を受けて、ネットでは「では台湾の領有権は、未だ日本にあるのか」と嘲笑の声があがった。しかし、このような場違いとも思える発言が、現在の自民圧勝の鍵を解くヒントになるかもしれない。
55年体制は、1955年に始まった自由民主党の長期単独政権であり、93年に細川護熙連立政権が発足して、自民党が下野した地点で終了したとされている。
その成立の背景として、東西冷戦下、日本がソ連-中国という共産圏の防波堤となるため、保守政党の合同により、生まれた自由民主党の一党単独政権が望ましいというアメリカをはじめとした日本を含む西側国全体の思惑もあった、とのこと。
55年体制の前提が近隣諸国との関係にあったので、それが変化しなければ、根本的な変化はない、と考えられていた。実際、93年の自民党の下野は、ソ連の崩壊(89年)により、社会党の方向転換が可能性として見えてきたこともあったため、と言われている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E5%86%85%E9%96%A3
そして今回の高市発言によって左翼・リベラル派の受けた打撃は、本質的なものであった。仮定の話とはいえ、中国との交戦の可能性が露呈してしまった。これが四半世紀ほど前、いや十年前でも高市政権は選挙で過半数とるどころか、苦境に立たされただろう。ただ現在は、左翼・リベラル的な主張のオールドメディアの後退、また中共が周辺諸国との間で抱える領土問題があり、高市首相を一方的に悪者にすることもできなくなっていた。
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202512010000150.html
ASEANの南沙諸島・南シナ海の周辺国ベトナムやフィリピンとの衝突(そのためフィリピンは、一次弱体化した米国との軍事同盟を再強化さえした)、インドとは長年にわたるラダック地域、その他の国境紛争があり、また10年以上も前からオーストラリアでの静かな侵略(サイレント・インベーション)、最近もダーウィン港の貸借も問題になっている。
左翼・リベラル側から、インターネットが浸透し、SNSのデマの拡散のせいで自陣営が苦境にあるとの意見を聞くが、インターネットの浸透で多くの人々の意識に政治的な主張とは別に、地味であるが影響を与えているのはデータへのアクセシビリティの向上だ。過去の新聞やテレビについて偏向報道が取りざたされるが、本質的な問題は、まともに報道されない事柄が圧倒的に多かったことだ。「報道しない自由」と揶揄されるが、これはイデオロギー云々以前のオールド・メディアの限界で、報道枠が決められているなかで、読者、視聴者の注意を惹きそうにない話題を報じるのは難しかった。報じられていたのは、主に北米、西欧というより米仏独、アジアでも中国、韓国がせいぜいであり、それも日本との関係する話題がメインだった。中近東、アフリカ等の地域,或いは近隣の国々でも日本と直接関係ない情報は少なかった。だが例えば、さきの記述で書き漏らした「アフリカ諸国での中国の振る舞い」も現在では、スマホでたちどころに知ることができる。
4半世紀前であれば、先述したテレビ「モーニングショー」での発言を信じる人も多かったかもしれない。
https://diamond.jp/articles/-/383704
先のロシアによるウクライナ侵攻、そして今回の中国の威嚇により、これで戦後、連綿と続いていた保守/革新、左翼、リベラルという対立軸が、ようやく完全に過去のものになったように見える。
日本国民は、先述の駐日中国大使のようにサンフランシスコ講和条約に引き戻された。そして、あの時の日本の「単独講和」をようやく国民が支持する結果を出した。即ち、皮肉にもこの単独講和に反対して全面講和を主張して平和憲法を護持した勢力=今でも護持し続ける勢力に対し、憲法改正が可能な議席数の2/3以上を与えられた自民党を突きつけた。
すでに国政政党となった "参政党”や "日本保守党”は、55年体制の対立軸の見直しを迫るものだった。
そして今回の選挙で "中道”の壊滅に次いで話題となった "チームみらい”の躍進。中国の手先だの裏に竹中がいるだの散々いわれているが、これは55年体制以降、これからの対立軸の濫觴かもしれない。
"チームみらい" のいかにも経済にも政治にも "しろうと" の政策。日本経済において、最大の問題は増え続ける厖大な社会保険料であり、とても消費税をさげられる状態にはないという前提は、平均的な理解能力を持つ経済の "しろうと" でも、調べれば分かることだ。しかしそれを政策に掲げるのは、理解能力が平均に届かない人々、実情を調べようともしない人々や国に対して「お客さま」として求めることしかしない人々も、イデオロギーの左右問わず選挙民の半数いることをわかっていない "しろうと" のやることだ。
このクレクレ民を育てたのは、視聴者に阿るテレビを中心としたオールド・メディアもあるが、やはり自民党の長期政権である。国民に信を問う代わりに、過半数を維持し続けることがその結党以来の至上命題であった。それは欠点なのだが、今回の大幅な議席増の要因にもなった。自民党はそのなかに、本来、対立すべき両陣営を丸ごと抱えこみ過ぎているのだ。それは、55年体制で日本民主党と自由党が合同してできた寄り合い所帯の宿命でもあった。55年体制の「一度目の」終焉の際、細川内閣発足や小泉政権での郵政選挙で、自民党を割る、あるいは党内の対立軸を明確にして選別するような施策も行われたが、時間が経つにつれ、元に戻ってしまった。
管理人としては、批判ばかりで国に求めることしかしない人々に対し、 "しろうと" 目線とはいえ、国をよくするにはどうしていけばいいか、そのために自分たちは何ができるか考える人々が出てきたことは、( "しろうと" 考えだが)前進だと思う。少なくとも生き残りに汲々とする過去世代の"くろうと"たちよりも、これからの世代の"しろうと"を応援したくなる。今後、時代遅れの左翼・リベラル勢力が一掃されれば、国民にとっても、もっと現実を見据えた選択肢が増えるだろうと期待している。
チラシの裏代わり。
あとになって、そのとき、どう考えていたか分かるよう書き残しておく。
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGM027MH0S5A201C2000000/
すでに過去の話だが、2025年11月7日高市早苗による台湾有事発言を受けた在日中国大使の発言を受けて、ネットでは「では台湾の領有権は、未だ日本にあるのか」と嘲笑の声があがった。しかし、このような場違いとも思える発言が、現在の自民圧勝の鍵を解くヒントになるかもしれない。
55年体制は、1955年に始まった自由民主党の長期単独政権であり、93年に細川護熙連立政権が発足して、自民党が下野した地点で終了したとされている。
その成立の背景として、東西冷戦下、日本がソ連-中国という共産圏の防波堤となるため、保守政党の合同により、生まれた自由民主党の一党単独政権が望ましいというアメリカをはじめとした日本を含む西側国全体の思惑もあった、とのこと。
55年体制の前提が近隣諸国との関係にあったので、それが変化しなければ、根本的な変化はない、と考えられていた。実際、93年の自民党の下野は、ソ連の崩壊(89年)により、社会党の方向転換が可能性として見えてきたこともあったため、と言われている。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%B4%B0%E5%B7%9D%E5%86%85%E9%96%A3
そして今回の高市発言によって左翼・リベラル派の受けた打撃は、本質的なものであった。仮定の話とはいえ、中国との交戦の可能性が露呈してしまった。これが四半世紀ほど前、いや十年前でも高市政権は選挙で過半数とるどころか、苦境に立たされただろう。ただ現在は、左翼・リベラル的な主張のオールドメディアの後退、また中共が周辺諸国との間で抱える領土問題があり、高市首相を一方的に悪者にすることもできなくなっていた。
https://www.nikkansports.com/general/nikkan/news/202512010000150.html
ASEANの南沙諸島・南シナ海の周辺国ベトナムやフィリピンとの衝突(そのためフィリピンは、一次弱体化した米国との軍事同盟を再強化さえした)、インドとは長年にわたるラダック地域、その他の国境紛争があり、また10年以上も前からオーストラリアでの静かな侵略(サイレント・インベーション)、最近もダーウィン港の貸借も問題になっている。
左翼・リベラル側から、インターネットが浸透し、SNSのデマの拡散のせいで自陣営が苦境にあるとの意見を聞くが、インターネットの浸透で多くの人々の意識に政治的な主張とは別に、地味であるが影響を与えているのはデータへのアクセシビリティの向上だ。過去の新聞やテレビについて偏向報道が取りざたされるが、本質的な問題は、まともに報道されない事柄が圧倒的に多かったことだ。「報道しない自由」と揶揄されるが、これはイデオロギー云々以前のオールド・メディアの限界で、報道枠が決められているなかで、読者、視聴者の注意を惹きそうにない話題を報じるのは難しかった。報じられていたのは、主に北米、西欧というより米仏独、アジアでも中国、韓国がせいぜいであり、それも日本との関係する話題がメインだった。中近東、アフリカ等の地域,或いは近隣の国々でも日本と直接関係ない情報は少なかった。だが例えば、さきの記述で書き漏らした「アフリカ諸国での中国の振る舞い」も現在では、スマホでたちどころに知ることができる。
4半世紀前であれば、先述したテレビ「モーニングショー」での発言を信じる人も多かったかもしれない。
https://diamond.jp/articles/-/383704
先のロシアによるウクライナ侵攻、そして今回の中国の威嚇により、これで戦後、連綿と続いていた保守/革新、左翼、リベラルという対立軸が、ようやく完全に過去のものになったように見える。
日本国民は、先述の駐日中国大使のようにサンフランシスコ講和条約に引き戻された。そして、あの時の日本の「単独講和」をようやく国民が支持する結果を出した。即ち、皮肉にもこの単独講和に反対して全面講和を主張して平和憲法を護持した勢力=今でも護持し続ける勢力に対し、憲法改正が可能な議席数の2/3以上を与えられた自民党を突きつけた。
すでに国政政党となった "参政党”や "日本保守党”は、55年体制の対立軸の見直しを迫るものだった。
そして今回の選挙で "中道”の壊滅に次いで話題となった "チームみらい”の躍進。中国の手先だの裏に竹中がいるだの散々いわれているが、これは55年体制以降、これからの対立軸の濫觴かもしれない。
"チームみらい" のいかにも経済にも政治にも "しろうと" の政策。日本経済において、最大の問題は増え続ける厖大な社会保険料であり、とても消費税をさげられる状態にはないという前提は、平均的な理解能力を持つ経済の "しろうと" でも、調べれば分かることだ。しかしそれを政策に掲げるのは、理解能力が平均に届かない人々、実情を調べようともしない人々や国に対して「お客さま」として求めることしかしない人々も、イデオロギーの左右問わず選挙民の半数いることをわかっていない "しろうと" のやることだ。
このクレクレ民を育てたのは、視聴者に阿るテレビを中心としたオールド・メディアもあるが、やはり自民党の長期政権である。国民に信を問う代わりに、過半数を維持し続けることがその結党以来の至上命題であった。それは欠点なのだが、今回の大幅な議席増の要因にもなった。自民党はそのなかに、本来、対立すべき両陣営を丸ごと抱えこみ過ぎているのだ。それは、55年体制で日本民主党と自由党が合同してできた寄り合い所帯の宿命でもあった。55年体制の「一度目の」終焉の際、細川内閣発足や小泉政権での郵政選挙で、自民党を割る、あるいは党内の対立軸を明確にして選別するような施策も行われたが、時間が経つにつれ、元に戻ってしまった。
管理人としては、批判ばかりで国に求めることしかしない人々に対し、 "しろうと" 目線とはいえ、国をよくするにはどうしていけばいいか、そのために自分たちは何ができるか考える人々が出てきたことは、( "しろうと" 考えだが)前進だと思う。少なくとも生き残りに汲々とする過去世代の"くろうと"たちよりも、これからの世代の"しろうと"を応援したくなる。今後、時代遅れの左翼・リベラル勢力が一掃されれば、国民にとっても、もっと現実を見据えた選択肢が増えるだろうと期待している。
日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動としての戦争及び武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては用いない。
② 前項の規定は、自衛権の発動を妨げるものではない。この場合において、その発動を決定し、又は承認した者は、当該発動に伴い生ずる危険及び結果を、自ら引き受ける。
第九条の二
我が国の平和と独立並びに国及び国民の安全を確保するため、内閣総理大臣を最高指揮官とする国防軍を保持する。
② 国防軍の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。
③ 前項の承認を行った衆議院議員及び参議院議員、並びに内閣総理大臣その他の国務大臣は、国防軍の行動が継続的に行われ、かつ生命又は身体に対する高度の危険が現に存在する地域において、その実情を直接確認しなければならない。
よく誤解されてるけど
自民党がやろうとしても党内反発にあってできなかったのに
当時「一票の格差」問題とかがあったんだけど、その解消も企図されていた
結果としては逆に一票の重さが軽くなることになる
2009年に民社国連立政権・民国連立政権が成立したのは、まさにこの制度のおかげと言えるだろう
マスコミが自民叩きを盛大にやって、熱病のように政権交代が行われた
小選挙区と比例代表を一緒にしちまえばいいというのも違うのよね
小選挙区に立候補した候補は気にいらないが、政党は応援してるとか、その逆もあるだろう
小選挙区は自民と中道の一騎打ちだから中道にいれたが、比例の政党は国民民主だという人も居たろう
小選挙区で〇〇票だったのだからそれに比する当選がなければ民意が反映されていないというのは、詐欺師がよくやるミスリードだ
政治は言ってしまえば利益誘導なんだから、裏金叩いたところで庶民には響かんのよ
ロッキードで潰された角栄氏も、なんだかんだとあの人は凄かったと言われるように
道路族議員とかはさ、道作って土建屋に金ばら撒くのが仕事なんだよ
農家や漁師、運輸や製造、そういうのが自分とこの利益になる補助とか規制とかしてくれることを望むわけよ
それを戦わせるのが議会で、綺麗なおままごとする場じゃないわけ
「お肉券」を嗤った奴は多かったが
あれすげぇことなんだぞ
そういう利益誘導が実際に検討される段階まで表に出てくるって事だ
結果としてそうなるとしても、それを政党のスローガンとしてやっちゃダメなんだ
女性差別撤廃とか、LGBTの権利とか、夫婦別姓とか主張してさ
「正しさ」を前面に出して自民を叩いて落すって方向に舵切った
それを支持することで「自分が一段上にあがった」ような錯覚を得られるしな
それで自動車売れるのか?
それで給料上がるのか?
それで暮らしは楽になるのか?
でも支持基盤としてリベラルを取り込んだから、今更反故にできない
事ここに至って、チームみらいは夫婦別姓に反対とか記事になるんだぜ?
あほかよ
チームみらいに投票した奴は、そんなこと求めてねぇよ
それでいいんだよ
気になったから調べてみた
第98条の2に記載があるね
"中央選挙管理会は、前項又は第百三十五条第六項後段の報告を受けたときは、直ちに憲法改正案に対する賛成の投票の数及び反対の投票の数、投票総数(憲法改正案に対する賛成の投票の数及び反対の投票の数を合計した数をいう。)並びに憲法改正案に対する賛成の投票の数が当該投票総数の二分の一を超える旨又は超えない旨を官報で告示するとともに、総務大臣を通じ内閣総理大臣に通知しなければならない。"
https://laws.e-gov.go.jp/law/419AC1000000051/#Mp-Ch_2-Se_6-At_98-Pr_2
ここでは賛成と反対の票の総数を投票総数として扱うって明記してある。
注目コメント試し読み
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上西充子
【視点】 投開票2日前というタイミングで「語らぬ首相 拭えない逃げの姿勢」との社説が出され、その社説の背景がこうして説明されたことを評価します。
政治をめぐる社説は往々にして、論点を提示し、疑問を提示し、政権側に丁寧な説明を求める形で締めくくるものが多い印象があるのですが、実際には政権側は丁寧な説明を行うことも、問いに的確に応えることもなく強引に政治を進めようとする傾向が強く、「丁寧な説明」を求めるだけでは真に問われるべき問題が隠れてしまっているのではないかと感じてきました。
そういう中で、高市首相が、自分が内閣総理大臣でよいのかを解散総選挙の争点とし、しかし「国論を二分する」政策についてまともに語らず、他党党首や記者らに問われる場に臨むことを避けて説明責任を果たさず、他方で自分が場を支配できる場では語りたいことだけを語り、その姿勢のまま選挙戦を終えようとしていること自体の問題を社説で問うたのは、意味のあることです。
この間の選挙演説でも語ってきたように、高市首相が目指していることは、衆議院で多数の議席を獲得することによって国会の各委員会の委員長ポストを与党が握り、自分たちが進めたい法改正を順調に実現していくことであり、それは「熟議」とは対極の姿勢です。
このような姿勢の高市政権に多数の議席を与えることはこの先の国会のあり方に明らかに影響を与えます。数の力で法案が通され、言論がますます力を失うことになりかねません。今、このタイミングで有権者である私たちが考えなければならない問題です。
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「憲法になぜ自衛隊を書いてはいけないのか。彼らの誇りを守り、しっかり実力組織として位置づけるためにも、当たり前の憲法改正もやらせてください」
自民党の300議席超と自民+維新+参政+国民民主?の改憲勢力が 2/3 になることが見えてきて、高市さんも憲法改正を公言するようになった *1 ので、高市さんが憲法をどう改正したいのか?
公式サイトに改正私案 *2 が公開されているので、読み解いていきたいと思う。
②日本国は、国防軍を保持する。国防軍の組織及び運用は、法律でこれを定める。
③国防軍は、自衛権行使の他、法律の定めるところにより、国民保護、領土保全、独立統治の確保の為に必要な措置、及び国際社会の平和と秩序の維持を目的とする諸活動を実施する。
ここで注目すべきなのは、④で「前項の目的を達成する為に必要な場合を除き」とある。裏を返せば「前項の目的を達成する為」であれば「他国の領土保全と独立統治を侵害する武力行使」が出来るのである。
前項の③には、「国民保護」「国際社会の平和と秩序の維持を目的とする諸活動」とあるので、理論上は邦人が1人以上いれば「国民保護」を題目に武力行使できるし、アメリカと協調すればベネズエラを攻撃できそうな、実質フリーハンドの条項になっている。
「そんな安易な武力行使をするはずがない」という人もいるだろうけど、ここで重要なのは「条文上は他国への武力行使を抑止するようになっていない」つまり、憲法による抑止が全く無いということである。
ところで、大日本帝国が台湾出兵した名目も「漂流民の保護」であったし、ヒトラーがズデーデンに進駐したのも「ドイツ系住民の保護」であったので、戦前と同じレベルで武力行使が出来るようになる、という意味では「強い日本」を取り戻せるのかもしれない。
*1 読む政治:「実現すれば歴史に名」 高市首相悲願の憲法改正、焦点は"3分の2" | 毎日新聞
*2 日本国憲法9条改正私案 | 大和の国から 平成15年11月~平成17年8月 | コラム | 高市早苗(たかいちさなえ)