イチローズモルト 清里フィールドバレエ 33rd 53% シングルモルトジャパニーズウイスキー
KIYOSATO FIELD BALLET
33RD Anniversary
Ichiro’s Malt
Chichibu Distillery
Single Malt Japanese Whisky
700ml 53%
評価:★★★★★★★(7)
香り:メローでスパイシーなトップノート。松の樹皮、キャラメルコーティングした胡桃やアーモンド、艶やかさのあるリッチなウッディネス。奥にはアプリコットやアップルタルトを思わせるフルーティーさ、微かなスモーキーフレーバーがあり複雑なアロマを一層引き立てている。
味:口当たりはウッディで濃厚、ナッツを思わせる軽い香ばしさ、微かに杏シロップのような酸味と甘み。徐々に濃縮されたフレーバーが紐解かれ、チャーリング由来のキャラメルの甘さ、オーク由来の華やかさ、そしてケミカル系のフルーティーさが広がる。
余韻はスパイシーでほろ苦く、そして華やか。ハイトーンな刺激の中で、じんわりとフルーツシロップのような甘さとほのかなピートを感じる長い余韻。
香味全体において主役となっているのが、ウッディで新樽要素を含むメローでスパイシーな樽感。これは中心に使われているというミズナラヘッドのチビ樽によるものと考えられる。
また、アプリコットなどのフルーティーさやコクのある甘さにシェリー樽原酒の個性が、さらには秩父の中でもたまに見られるアイリッシュ系のフルーティーさを持った原酒の個性がヒロインのごとく現れる。その他にも、スパイシーさ、ピーティーさ、香味の中から登場人物のようにそれぞれの秩父原酒の個性が交わり、複雑で重厚な1本に仕上がっている。原酒の熟成は平均10年程度、高い完成度と技量を感じる。
昨年8月に公演された、第33回清里フィールドバレエ「ドン・キホーテ」。その記念となるウイスキーが2023年5月15日に発表されました。
毎年、清里フィールドバレエのリリースにあたっては、その発起人である萌木の村の舩木上次氏が知人関係者にサンプルを配布されていて、今年もご厚意で先行テイスティングをさせていただいています。いつも本当にありがとうございます。
清里フィールドバレエの記念ウイスキーは、そのストーリーやフィールドバレエそのものをウイスキーのブレンドに反映して、25期の公開からサントリーとイチローズモルトで毎年作られてきました。
2020年までは、サントリーでは輿水氏、福璵氏が白州原酒を用いて。イチローズモルトでは肥土氏がブレンダーとして、羽生原酒と川崎グレーン原酒を用いて。
2021年からはイチローズモルトの吉川氏がブレンダーとなって、秩父蒸留所の原酒を使って、まさに夢の饗宴と言うべきリリースが行われています。
あまりに歴史があり、これだけで冊子が作れてしまう(実はすでに作られている)ので、本記事では直近数年、秩父のシングルモルトリリースとなった2021年以降に触れていくと、バーボン樽原酒とチビ樽のピーテッド原酒で白と黒の世界を表現した「白鳥の湖」。
ポートワイン樽原酒を用いて女性的かつミステリアスな要素が加わった「眠れる森の美女」。
それぞれのリリースがフィールドバレエの演目を元にしたレシピとなっており、グラスの中のもう一つの舞台として、更に贅沢な時間を楽しむことができます。
※清里フィールドバレエが開催されている山梨県・萌木の村は、2021年に開業50周年を迎えた。その記念としてアニバーサリーシングルモルトが、秩父蒸留所のシングルモルトを用いてリリースされている。今作とは異なり華やかさが強調された造りで、こちらも完成度は高い。
一方、今回の記念リリースは舞台ドン・キホーテをイメージしてブレンドされているわけですが、正直見て楽しい演目である一方で、ウイスキーとして表現しろと言われたら…、これは難しかったのではないでしょうか。
造り手が相当苦労したという裏話も聞いているところ、個人的にも香味からのイメージで、老騎士(自称)の勘違い冒険劇たる喜劇ドン・キホーテを結びつけるのは正直難しくありました。
今回のリリースのキーモルトとなっているのは
・ミズナラヘッドのチビ樽(クオーターカスク)原酒
そこに、
・11年熟成のオロロソシェリー樽原酒
・8年熟成のヘビリーピーテッド原酒
という3つのパーツが情報公開されています。
これらの情報と、テイスティングした感想から、私の勝手な考察を紹介させていただくと。
通常と少し異なる形状のチビ樽原酒、つまりウイスキーにおける王道的な樽となるバーボンやシェリーではなく、個性的で一風変わった原酒を主軸に置くこと。これが舞台における主人公、ドン・キホーテとして位置付けられているのかなと。
そして、このチビ樽原酒に由来する濃厚なウッディさと、幾つもの樽、原酒の個性が重厚なフレーバーを紡ぐ点が、登場人物がさまざまに出てくる劇中をイメージさせてくれます。
特に中間以降にフルーティーで艶やかな、女性的なフレーバーも感じられる点は、まさに劇中におけるヒロイン、キトリ登場という感じ。
しかも余韻が樽感ではなく、ほのかなスモーキーさで引き立てられる点が、キトリと結婚することになるバジルの存在…、といったキャスティングなのだろうかと。口内に残るハイトーンでじんじんとした刺激は、さながら終幕時の万雷の拍手のようにも感じられます。
※清里フィールドバレエ「ドン・キホーテ」
画像引用:https://spice.eplus.jp/articles/301927/amp
ただ、このリリースをフィールドバレエというよりウイスキー単体で捉えた場合、純粋に美味しく、そして高い完成度の1本だと思います。
造り手がベストを尽くした、一流の仕事。萌木の村に関連するリリースに共通する清里の精神が、確かに息づいている。秩父蒸留所の原酒の成長、引き出しの多さ、そして造り手の技量が感じられますね。
実は自分は秩父の若い原酒に見られるスパイシーさ、和生姜やハッカのようなニュアンス、あるいは妙なえぐみが得意ではなく、これまで秩父モルトで高い評価をすることはほとんどなかったように思います。
ただ10年熟成を超えたあたりの原酒のフルーティーさや、近年の若い原酒でも定番品のリーフシリーズ・ダブルディスティラリーの味が明らかに変わっている中で感じられる要素、そしてブレンド技術やニューメイクの作り込みと、流石に凄いなと思うこと多々あり、既に昔の認識のままでもありません。
良いものは良い、過去秩父蒸留所のモルトを使った清里フィールドバレエ3作の中では、今回の1本が一番好みです。
発表は5月15日、一般向けの抽選発売は5月20日からとのこと。萌木の村のBAR Perchをはじめ、国内のBARでももちろん提供されるはずですので、その際は、当ブログの記事が複雑で重厚な香味を紐解くきっかけの一つとなってくれたら幸いです。