はてなキーワード: 齟齬とは
最終回三話くらい前のコロニー落としでまたいつものオチかと思いきやガチのシリアス展開やっていい感じにまとめるの、地獄組の地力を感じた
つか、脚本と演出で齟齬があったみたいで、でじこと分かってたら語尾をにょにしてたのにとか悔やんでたがそういう問題じゃねーだろ
パーロック見てないから、エメラルダスこれで初めて知っちゃったよ
総集編で新規作画入れまくったせいでまた総集編するハメになったり、あからさまに画動かしてねえなって分かるのはいかがなものかと思うが、力入れるとこはちゃんと力入れてるから許せるんよな
ナベシンは出過ぎだが
その後の展開は、さらに教育心理学的にも示唆に富むものだった。Aが一度は口にした「昨日の非礼について、重ねてお詫び申し上げます」という謝罪。それが内省によるものではなく、単に対話を強制終了させるための「終了ボタン」に過ぎなかったことが、その後の豹変で露呈することになる。
Bが依然として拭い去れない不快感(前日に「ソープへ行け」と人格を否定するような暴言を吐かれたことへの余波)を口にすると、Aは即座に攻撃に転じた。
「わたしは蒸し返されてだるいよ」「謝罪すべきはしっかり謝りました」と、自らの不適切な言動が招いた紛糾を、あたかもBが一方的に「終わったことを蒸し返す迷惑行為」であるかのようにすり替える。
再口論の最中、Aは「すまん任せた」と他のメンバーへ丸投げし、場を放棄した。
これは、自分が有利な時だけ「指導者」として振る舞い、形勢が悪くなると「自分は被害者だ」と逃げ出す、極めて不誠実な態度だ。
Aは、Cによる再度の指摘に対しても、結局「伝わって欲しかった(自分の善意を汲み取れ)」「その謝罪は一度は受け入れられた認識だ」という自説を繰り返すに留まった。
現代のコミュニケーションにおいて「情報のアップデートができない」ことは致命的な欠陥だ。
自分の振る舞いが「ハラスメント」や「仕様不備」であると客観的にデバッグされた際、速やかに自己のプロトコルを更新できない人物は、周囲に有害な環境を撒き散らす。Aは過去の成功体験や独自のドグマに固執するあまり、フラットかつ論理的な対話プロトコルをインストールすることに失敗した「古いOS」のような状態に陥っていたと言える。
今回のCや他のメンバーによる介入は、単なる口論への横槍ではない。それは、コミュニティというシステムの健全性を維持するための「免疫反応」だった。
人格否定や強権的な指導という毒素が蔓延しないよう、論理の光を当てて「それはNGである」と公にラベルを貼ること。
「コミュニケーションの主体は受け手にある」という原則を徹底することで、送り手の「善意(意図)」という逃げ道を封鎖し、受け手の安全を確保すること。
Cが最後までこの原則を捨てなかったのは、B個人の救済であると同時に、「論理の通じない強権的なコミュニケーションを許容しない」というコミュニティの防衛線を引く行為だった。
情報のアップデートを拒み、自らの手法の欠陥を「善意」や「謝罪済み」という言葉で塗り潰そうとする者は、いずれ健全なコミュニティのプロトコルによって「仕様不備」として弾き出される。Bが最後に「基礎の部分で齟齬がある」と冷徹に断じ、関係を断つ決断ができたのは、この徹底したデバッグのプロセスがあったからに他ならない。
(了)
もともとは某インフルエンサー主催のコミュニティにて仲が良かったメンバーが始めたもので、コミュニティが立ち上がった当初は、みんなできゃっきゃきゃっきゃ言いながら、いろいろなことを書き込んでいた。某インフルエンサーのコミュニティにて我々の「派閥」は排除のような扱いを受けていた(嫌われていた)こともあってか、最初は新しい地で自由を得たような気分だった。毎日がワクワクしていた。
ああ、世界史で習ったアフリカやらアメリカやらに未開のフロンティアを求めて冒険の旅に出たヨーロッパ人たちって、こういう気分だったのかなって思う
コミュニティは評判になっていたようで、日を追うごとに人も増えていき、チャンネルによっては発言が活発になっていく場面も増えてきた。
「俺たち独立して成功じゃねえか?」とさえ思っていた。某インフルエンサーのコミュニティより、こっちの方が楽しいぞ?
人も発言も活発だし、俺たちを嫌ってくるやつはいねえし、毎日が楽しいぞ?と。
だが、楽しい期間はそんなに長くは続かなかったな。
その後、様々な問題が発生していった。まあ主には人間関係の問題である。
あいつが嫌い。あいつがむかつく。誰々が〇〇。わたしも御多分に漏れずその一人であった。誰かのある行動がとても嫌だったし、その反面嫌われてもいた(何なら、今も一部メンバーには嫌われている)
コミュニティである以上人間関係のトラブルはつきものである。そのたびにSlackベースでテキストチャットしか出来ない当コミュニティは荒れに荒れ、人が一人、また一人と抜けていく。
ごくごく稀に、既存メンバーの紹介で新しい人が入ってくれることがあっても、そのあまりの人間関係の閉鎖性とコンテンツの少なさに1週間もしないうちに籍だけを残して消えていく。そりゃそうだ、縁の薄い人から見れば、こんな山間の小さな限界集落に籍を置く理由はない。それよりは都会で遊んでいた方が楽しいに決まっている。
つい最近も「〇〇さんに子育てマウントを取られるのが嫌だ」という理由で離れてしまった友達がいた。その人はかなり長くコミュニティにいてくれた人だ。
明確な離脱を宣言してはいなかったが、おそらくはもう戻ってこないだろう。その後近況をLINEで聞いたが「コミュニティのみんなとチャットで交流していた時よりも、めちゃくちゃ元気!」と言っていてなんだか泣けてきた。
3年以上経った現在では、もう完全に良くも悪くも気心が知れてしまった古参メンバーたちの雑談スペースと化している。
私たちはSlackを使ってコミュニケーションを取っているが、ここがSlackではなくDiscordだったらなと思う時がある。別に会費を取っているわけでないので、Slackでも有料プランなんかは使えない。よってハドルミーティングは使えない。
音声通話が使えない。ゆえにすべてテキストチャットになる。テキストコミュニケーションの限界はみんなも知っているだろう。伝わるものが伝わらない。意図通りに伝わらない。コミュニケーションの齟齬が生まれて喧嘩に発展する。何度も見てきた。
これがもし音声なら、テキストコミュニケーションにて発生する齟齬も即座に音声のコミュニケーションを行うことで解決出来るし、荒らしが発生することもない。スレッドが汚されることも少ない。
音声を日常的に使えなかったのはとても悔しいし今となっては後悔が残る。このコミュニティでテキストコミュニケーションの限界を何度も見てきたからである。
わたしは、こんな仮想空間のコミュニティに1日数時間、それも数年以上も時間を費やしてきたのか。結果的に何を得たんだろうか。その時間があればもっと有意義なことができたのでは?(結婚、勉強など)と考えると気が狂いそうになることがある。これを題材にウシジマくん一本書けるんじゃねえか。バーチャルな世界。ガラスの向こう側の友達をずっと本当の友達と思い続けたとある男性の人生(タイトル:SNSくんとか)
この数年、毎日Slackを開いては、○○さんがむかつく。○○さんが正しい。お前の意見は間違っている。自分はこう思う。いやそれは違う。そんなことばかり繰り返してきた。感情が揺さぶられることばかりで、仕事中も休憩中もコミュニティのことばかり。気づけば時間ばかりが溶けて行った。その間に他のメンバーは家族が出来たり、子供が出来たり、収入があがったり、別の友人が出来ていたり、リアル世界にも友達が出来たり人生が進んでいく。人生進んでいないの自分だけ。
なんなんだよもう。スマホは人生を便利にしてくれるんじゃないのかよ。
オンラインの世界に身を投じて世界を広めるつもりが、知らないうちに籠の中の鳥になっていた気分です。
自分もこのコミュニティをやめようとは何度も試しているが、とても胸が苦しいんだ。やめると自分だけ世界から取り残されたような気持ちになってしまう。他のみんなは、どうせ自分たちの世界がある。家族もいて楽しくやっているんだろう?って。
でも自分は画面の中がすべてな所もある。つらい。
東大国語で8割とか取る人間同士なら問答を繰り返していけばお互いに共通理解へと収束していくが、そうでない場合はどんなに問答しても一定レベルまでしか理解の共有が到達しない、化学平衡みたいに理解の進展と拡散がどこがで釣り合ってしまうのかもしれない。未熟者同士だとすり合わせるという行為自体が同時にさらなる齟齬も一定量生むということかもしれない。
あと話の内容を理解していることと、理解すべき内容を話している相手に満足してもらえる返答ができるかというのも、別のレイヤーのものとして分けて考えるべきかもしれない。
たとえば「学習するから」ではなく「学習が済んでいるから」と答えてくれないと満足できないなんてのは、どう考えても話の内容自体の理解の完成度とは別問題に見えるし。
dorawiiより
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事前に共有した採点基準自体に採点者(複数)の主観が入っています。
回答者が「これで全部の要素を網羅した」と考える回答を作ってもそれが採点基準に必要とされる要素を網羅できているという可能性は高くないという話です。
https://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q11289115906
であるならば、東大で講師か教授が知らんけどそういう役職について、東大国語の問題作成者として採点基準を共有する経験を持った人なら、どういう基準で共有されるのか感覚でわかってるものだから、自分が関わってない東大国語でも満点とれることもまあ現実的な可能性であるってことなのかな?
てか司法試験受かってるような人間でも小問で6点中1点とかになるような試験ってそっちのほうがおかしくないか。
https://www.youtube.com/watch?v=8xz032T0HSs
いやもっと言えば試験がおかしいというより、難しくしようと思えばそういう人でさえそういう悲惨な点をとらせられることができるような言語ってのが欠陥言語なんじゃないかって。
東大レベルの言語能力を持っていても満点解答を導き出せないのだから、通常の会話であちこちで「そんな話してない」とか言われてしまうような受け答えをしているやり取りが発生していても当然。
東大の問題より会話の受け答えの方が簡単だろうとは言えない。活字媒体がある程度形式化と言えるほどはわからないがある程度法則性に基づいて書かれているのに対して、会話なんてなんの節操もない。
インテリ同士だろうが当たり前のようにそんな話してないって反応をぶつけあう羽目になってる。
これでよく意思疎通が成り立つもんだな?いやただ言葉のやり取りだけで終わる雑談ならともかく、行動に移すことを前提とした合意とかどうやってとれてんだってならないか?
大規模なプロジェクトもよく実現できるもんだな?みんなが少しずつでも齟齬をきたしてるなら伝言ゲーム方式でどんどんズレは大きくなるわけで、それはやり取りに参加してる人数にも比例するんだから、大規模なんて成り立たないだろって思えてきてしまう。
そこは国語の問題があえて会話でたとえるなら一通りの話しかしてもらえなくてそれで理解できなくても質問も許されないのに比べれば、質問ですり合わせをしようとすることができるってのがそんなに効果絶大なのかなあ?
dorawiiより
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AIはサイト上での操作手順を説明するときは、画面ごとにクリックすべき場所を囲んだものの図も生成して欲しいわ。
言葉で言われてもそれで指示されているのがどこか読み手とAI側で結構齟齬があるもんなんだよな。
geminiにグーグルのサイト手順聞いたって自発的にはしてくれないし、遅れてるもんだよ。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260430140215# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCafLiXQAKCRBwMdsubs4+ SBpAAP0a5O/HuGmMLQuBjX53pcaWMC+GEgkZSUOd7/jGvk1JPwEAwW9IQhrlxv3L YjIYSDa0Vqu5HXAqy/Qbh/NBCYarTgk= =JdIw -----END PGP SIGNATURE-----
「理解ある彼くん」に寄生する戦略が最終的に破綻してしまう理由は、主に以下の4つの要因に集約されます。
「理解ある彼くん」との関係は、本来あるべき助け合いの夫婦関係ではなく、実態として「寄生者と寄生被害者」の関係になりがちです。
資料では、「オン(職場)で人を不快にさせる人は、オフ(家庭)ではさらに人を不快にさせる」という厳しい現実が指摘されています。
能力不足を抱える女性は、パートナーが良かれと思って提案する「教育」や「支援」を拒絶してしまう傾向があります。
パートナーとの関係が危うくなると、「自分から逃げていかない存在」として子供を欲しがるようになりますが、これがさらなる破綻を招きます。
このように、「能力(特に社会的・実務的能力)の欠如」という根本的な問題を解決しないまま、特定の個人に依存して解決を図ろうとすること自体に無理があるため、理解ある彼くんとの関係も最終的には「離婚エンド」や「共倒れ」に終わるリスクが非常に高いと言えます。
『チェンソーマン』のデンジとかは人気のキャラクターだし、あの作品のファンで彼を嫌いな人はほぼいないだろう。
そんなデンジのキャラクター性は欲望に忠実というか、それが言動にも反映されているが故に馬鹿な判断や行動を頻繁にしてしまう、有り体にいえば“愚か者”だ。
ここでは便宜上デンジを例に挙げたが、勿論こういった愚か者は古今東西いる。
トラブルメーカーになりうるため、作劇の都合上でも便利な属性といえる。
けれども誤解してはいけないのは、基本的に読者の大半は愚か者が嫌いだってこと。
あくまで“愚かさを憐れむというプロセスが好き”なのであって“愚かさが好き”ってわけではない。
例えば『推しの子』の有馬かながスキャンダルの標的になる展開は、本作を批判的に語るとき槍玉にあげられることが多い。
有馬かなが迂闊な行動をとるまでのプロセスは、そこまでの彼女の情景含めて十分に描写されている(特にアニメ版ではこのあたりがかなり丁寧だった)。
彼女が抱えていた焦燥感は理解しやすく、そこには第三者の悪意も介入していることもあり、あの件における有馬かなはむしろ被害者とすらいえる。
そして、その愚かさによって、B小町や所属事務所への迷惑もかかっている点は重く見られる。
『“愚かさを憐れむというプロセス”が好き』と書いたけれども、こういったケースではその余裕をなくしやすいのだと思う。
こんなことを書こうと思ったのは、最近読んだ『JK Biker』がきっかけ。
誤解を恐れずいうならば、本作は“チェンソーマン的なるもの”を描こうとしている。
別にパクリというわけではなくて実際の内容は似てないけれども、作品の方向性というかノリというか、“漠然とした輪郭”が似ているなぐらいのニュアンス。
少なくとも、本作を読んだら間違いなく「作者はチェンソーマン的なるものが、デンジみたいなキャラが好きなんだろうな」と思わずにはいられない。
けれども本作は“チェンソーマン的なるもの”を描こうとして半分くらい失敗していると感じた。
本作『JK Biker』の主人公が、ただ馬鹿で自分勝手なだけの、底の浅いキャラクターに見えるからだ。
そもそもデンジがああいう性格なのには重苦しいバックボーンがある。
そこに本編で降りかかる様々な試練が重なることで“憐れみを感じる余地”を与える。
だからこそ彼の“愚かさ”は魅力的に見えるし、その言動の結果には時に爽快感すら覚えるわけだ。
対して『JK Biker』の主人公にはそんな背景などなく、ただ毎日を好きなように過ごしたいだけの女子高生でしかない。
だから彼女がどれだけデンジっぽい振る舞いをしようとも、そこに憐れみなど感じないし、むしろ不愉快だと感じることもある。
先ほど「半分くらい失敗している」と書いたのはこの点で、逆に半分成功しているともいえるのは少なくとも雰囲気だけは“チェンソーマン的なるもの”を表現できているからだ。
本作のように、もし主人公やメインキャラで愚か者という属性を扱いたい場合は、『読者の大半は愚か者が嫌い』って前提を踏まえておかないと齟齬が起きやすい。
中道の衆院選総括案「若者にリベラル通用せず」 批判重視の転換提起
https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA131N00T10C26A4000000/
○本文に"「リベラル=進歩的」とのイメージが若い世代に通用せず"とあり
普通に読めば「リベラル=進歩的」が若者に受け入れられなかったという意味であって
つまりは「進歩的」というイメージに若者は好印象を持っていないということだよね
読解力の無いやつらが「リベラルは進歩的ではない」とか嘲笑してるんだけど
それは「リベラルが本当に進歩的だったら若者に支持される」という誤った認識であり
つまりは「進歩的」を肯定してるってことで、そういう人はアンチリベラルを自認しててもリベラル脳なのである
○「進歩」とは次第によい方、望ましい方へ進み変わって行くこと
では「よい方、望ましい方」とはどの方向であろうか?
昔は西欧こそが「よい方、望ましい方」であり、日本を含むアジアは西洋に追いつくことが「進歩」であった
その西欧はやがて共産主義社会に必然的に至ると考えられ、それが「進歩」であった
つまりは「よい方、望ましい方」というのはある特定の人達が自分達の文化・思想こそが進んだものであると考え
進歩主義者は理性によって人類の進むべき方向があらかじめわかっていると信じているのである
だから世の中を一気に変えることに躊躇しないし、それに異を唱える人を軽蔑する革新主義者なのである
だからどの方向に進むべきかを人類がわかるなどとはおこがましいと考えている
だから急進的な改革ではなく、伝統を重視し、伝統と現実に齟齬があれば
慎重に一歩踏み出し、そこでまた様子を見てを繰り返すのである
工場止まると塩ビ作れない→塩素ない→次亜塩素酸ナトリウム作れない
ここが良くわからない。
上の方では
工場止まると塩ビ作れない→塩素余る→とはいえ次亜塩素酸ナトリウムを一杯作っておいておこうにも貯蔵ができない。
こちらの配慮が足らなくて申し訳ないが、これも海事業界の言い回しというか海事業界の文章上の癖みたいなものだ。
絶対的な基準ではないのだが、海事業界で公船は艦艇、民間船では船艇、公船と民間船双方を含む場合は艦船というニュアンスがある。
ちなみに舟艇だが、この場合のニュアンスは民間船の中でも小型船・小型艇のみを指す。
もっと言えば、官船(かんせん)という言い回しもあり、お上の船というニュアンスで、艦船じゃなく官船を敢えて使う場合は鼻持ちならない官憲の船という意味である。
つまり今回の場合は、公船たる海保の大型艦から小型艇まで含めてのニュアンスで艦艇と癖で書いてしまった(海保は決して自らの船を艦と表現しないので民間のみの表現)。
再度言うが、絶対的な基準ではないものの「現代の民間は"艦"を持っていない」ので大半の海事関係者からは共通認識のある言葉の選択であるとは思っている。
この辺りの言葉の選択の癖は一般の方々へ対しての配慮に欠けてしまいがちなので反省している。
今回とは全く無関係だが実は以前も、揚陸艦(大きい船)と揚陸艇(小さい船)を包括する表現として「揚陸船」という言葉を選択し、一般の方々との会話に齟齬が生じたことがある。
実際、飲食業旅館業の上のほうって、金持ってるおっさんがきれいな姉ちゃんと同伴で接待させる用途で存在してて、そういう場所では女は下級市民扱いするのがしきたりとして定着はしてるのは事実だと思うよ
いちいち目くじら立てることはないけど、実際そういう場所って、そもそも男女対等という世界観で運営されてないなと思うことが多々ある
高級ですってふんぞり返ってるけど、実は高級ソープとか高級キャバクラとか同じジャンルの場所だからね
よく鮨屋とかでパパ活カップルばっかりで不愉快っていうけど、そういう店ってそもそもそういう店であって良識ある現代人が出入りするような場所じゃないのよ
そのへんの前提を踏まえずに単に有名だから高級だからって、家族やカップルとか、あるいは自分へのご褒美として女が乗り込むと、指摘されてるような齟齬が発生するのは普通に想像できるわ
返信ありがとう。
Cの字だよ。
私が判決内容について触れないのは、同じような名誉毀損裁判でも相手が出席してちゃんと自分の言い分を述べていた場合、判決内容が変わるかもしれないと言うifの話になってくるからですね。
今回、暇空茜とColabo間の名誉毀損裁判で暇空茜によるColaboへの住民監査請求や情報開示等は嫌がらせであり権利の濫用と認められたのは事実。
あなたも引用してくれた通り、暇空茜の欠席によりColaboの言い分が“ほぼ”通った(ノーチェックとは言ってません)最悪の負け方であり自業自得です。
でもこれを持って、元の増田やそれに群がるブコメのように、Colaboにどうこう言ってた人物や住民監査請求は嫌がらせだからどうこう言うのはそれこそ飛躍であり、話が乱暴すぎるでしょうと言う話です。
そこまで司法について語れるなら、他の人物でしかもちゃんと出席した場合、それは同じような名誉毀損裁判でも本件とは別件であり、違った判決が出るかもしれない事くらいはわかってるでしょう?
日本に草原はほとんど無いのに騎兵が活躍できたのが不思議だなあ
・・・・・・と、ふと思ったが、自分は昔の日本の合戦とかの知識が全然ないのだった
きっと幾重にも前提が違っているのだろう
・下馬して戦った
・弓を使う
とか、ここらへんか?知らんけど
でもそういえば武田騎馬隊は有名だなあ
これは突撃してたんじゃないのか
まあ草原無くても田畑とか街道とか民家あるような場所は走りやすいわな
時代劇とか全然見ないからフィクションでどういう描写してるかすら知らんことに気付いた
それを言ったら関ヶ原が戦場になった時どういう場所……どのくらい開拓されていてどのくらい人が住んでいて……のような話に興味があるな
昔の日本で馬が走れる程度……戦場になる程度にはある程度平らで障害物がない……地形とはどのような場所(広さ)だったのか、のようなポイントが今回の関心だな そこら中にありふれていたのかそうでないのか
言い換えると「馬の兵隊が活躍するにはある程度平らな場所が必要なんじゃないの?」という素朴な疑問か さらに言うとその前提が正しかった時、その広さとはどの程度?昔の日本ではありふれた地理条件だったの?なんか自分の素朴な感覚だとそんな場所あんまり無さそうな気がするのだけど、ということでもある
あるいは「騎兵は起伏が激しい地形でも強力だよ」という話なのか
なんか……なんか本を読むか
こういうときはいっそ子供向けの学習漫画とかがいいかもしれない
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古戦場一覧とかみてみるか~
勘として「田畑に出来るような平らな場所は開墾されつくしていたので、戦場として都合がよかった」という話な気もする
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そもそも「騎兵の戦術とは?」についても知らないな なにか思い込みをしているからずれた問いが出てくるのだ
自分がどのような思い込みをしていたのか、を言語化する過程もまた楽しい おそらく「騎兵とは鎧を着こみ突撃するもの」という思い込みがある 実際は弓騎兵だったのだろう……となると、武田の騎馬軍団は何?これは突撃したんじゃないの?だからこそ長篠の戦いで鉄砲に苦戦したのでは?あるいは突撃していない?フィクションの誇張された情報の悪影響?という所に戻る
槍衾という戦術を聞きかじるに近寄ってくる騎兵対策だったんじゃないの、という思いがあるが なんか……聞きかじりの断片の知識同士で齟齬があるなあ なにかエンタメ系ではなく史実に忠実な系の情報源を……
ゲーム脳だがファイアーエムブレムの射程2の弓兵みたいな感じなのかなあ、射手側の機動力が実は重要、みたいな
……今自分は無意識に「戦列」をイメージしたな?ここにも思い込みがあるかも
なんてこった、知っているつもりだった部分も多くが誤りだったり思い込みだったりで、思った以上にほとんど何も知らないのか
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調べものするときの芋づる連鎖が大変だけどそれがまた楽しいねんな
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「合戦」の日本史-城攻め、奇襲、兵站、陣形のリアル (中公新書ラクレ 758) 新書 – 2022/3/9
とか……
これでもまだ発展的な気がする もっと基礎の基礎な感じの内容を……
体力値ってまじで馬鹿にならないよ
パートナーシップにおけるあらゆる齟齬は体力値から来ると言っても過言ではない
体力があるタイプ(男)と体力がないタイプ(女)は一見すると理想のカップルだが、これは男側が永遠に女に譲歩し続ける結果になる。何をするにも体力がない、しんどい、やめたい、どうにかしてほしいとケアを求めてくるだろう。フィジカルな体力値はメンタルの強さと直結しているので、メンタルも弱い。たいていこういうカップルは、体力のある側がシャカリキに稼いで体力のない側からケアを受ける専業主婦モデルを夢見て結婚するが、体力のない人間に家事育児家族のケアのワンオペなど無理なので、崩壊する。何をするにも体力のない妻に合わせることになり、体力があって何でもできてしまう側はそんな姿を見て苛立ちを感じることになるだろう
男が体力なし、女が体力ありのタイプも同様である。バリキャリや夜勤をガンガンこなす看護師の妻は、体力がなく社会で踏ん張る気力のない夫を見下すだろうし、モラハラ的に接するようになるだろう。
男にとっても女にとっても、体力値が違いすぎるのはパートナーシップ崩壊の原因である。よほど家族愛が芽生えていて相手に合わせるだけの余裕があるなら別だが、基本的には体力値が同じくらいのパートナーを選ぶべきだと思う
昨日、前に通っていたぬるめのダルカレーを出す店が無くなっていたことに気づいた。
で、今日はマーラータン麺の店に行った。牛筋麺というのを頼んでみたが、もちもちしていておいしい。スープは薬膳にした。確かにこれもおいしい。以前あった店の奥の雑巾臭さも消えていた。開店したばかりの混乱した状況から、軌道に乗ったような印象を受ける。
ただ、店員さんにサービスの麵をつけるか尋ねられたので頼むと、なぜか料金が数百円上がったので取りやめた。店員さんがサービスという言葉の意味を誤解していたのか、僕が別の種類の麵を追加で頼んだから料金が上がったのかはわからない。多分後者だろう。
こういうやりとりの齟齬によるストレスは海外に行ったかのようで面白くはある。海外旅行に行くと、自分の常識が通じなかったり、物のデザインの背後にある思想や感覚が違うので何を見ても面白い。こうしたままならなさや、同じ言葉を話さない人に取り囲まれることによる余所者感でさえ楽しいのだが、旅の最終日近くなってくると、そろそろ日本が懐かしくなってくる。旅行者ってのは気楽な身だ。留学生や駐在員はこうも行かない。
次は刀削麵を頼むか。
また、ブコメなどで指摘されたものを順次取り込んでいるので、ブコメとの齟齬が起きますが、ご了承ください。
| 著者名 | 代表作 |
| 白石ユキ | はにかむハニー |
| 水瀬藍 | なみだうさぎ〜制服の片想い〜 |
| 環方このみ | ねこ、はじめました |
| 蜜樹みこ | 帝都初恋心中 |
| 水帆かえる | 青春ヘビーローテーション |
| 洋介犬 | 外れたみんなの頭のネジ |
| 今澤まいこ | 幼なじみと、キスする方法。 |
| 西野きいな | 三日月まおは♂♀ |
| 甘宮ちか | 花は二度咲き乱れる |
| 車谷晴子 | いい子ですね命令しても? |
| サンカクヘッド | ぼくの魔なむすめ |
| 足立原ひかり | 白馬は黒王子の夢をみる |
| 午後 | 午後のおいしい薬膳日記 |
| 高田康太郎 | ゾン100 |
| 遠山えま | 岩肌の花嫁は愛で溶かされる |
| 長谷川さわ | 君が僕のまんなか |
| 反転シャロウ | 殺人外鬼は空白を想う |
| 杏堂まい | 生意気すぎるよ、茅ヶ矢くん |
| 宮脇ビリー | 今日も吹部は! |
| 杏乃 | がんばれしおりちゃん |
| くまがい杏子 | 東京§神狼 |
| 小森りんご | お嬢の愛は俺のもの |
| 佐倉おりこ | ふしぎな猫のまちメルティア |
| 春名ひろ | 転生おじさんは元キャバ嬢(^_-)一⭐︎ |
| 花本麻実 | 芸能界を引退した推しとしたい100のこと |
| ましい柚茉 | 帰ってきたらいっぱいして。 |
| こざき亜衣 | セシルの女王 |
| さかき | 極楽に至る忌門 |
| 真村澪生 | クズの噛み跡 |
| 大童 澄瞳 | 映像研には手を出すな! |
| 竹良 実 | 植物病理学は明日の君を願う |
| 小牧まりあ | オオカミは月に恋をする |
| 春宮アン | もう好きでしょ、オレのこと |
| りりうら世都 | 女だから、とパーティを追放されたので伝説の魔女と最強タッグを組みました |
| 宮園いづみ | 結婚しましょう、恋する前に |
| 橘 ノゾミ | 推しが、今日も眠らせてくれません |
| 三浦えりか | 処方箋上のアリア |
| さだやす | サイドキック吉祥寺警察署生活安全課 |
| クロマツテツロウ | ドラフトキング |
| 山田鐘人 | フリーレン |
| 高橋留美子 | めぞん一刻 |
| ジョージ朝倉 | ダンスダンスダンスール |
| 島本和彦 | アオイホノオ |
| 竜山さゆり | 金目銀目ねこ館 |
| 相川ヒロ | その男、沼につき。 |
| 安タケコ | 独り身ですが何か? |
| 渡瀬悠宇 | ふしぎ遊戯 白虎仙記 |
| 家田キリゼン | ねがぽじトルネ~ド♡ |
| 島袋ユミ | 夜伽の双子 |
| 瀬能じゅん | いい弟、悪い弟 |
| ぬじま | 怪異と乙女と神隠し |
| 宮月新 | みんな〇んじゃえ |
| 田村隆平 | COSMOS |
| あわい輝咲 | 残念な恋の主人公たち |
| 長尾謙一郎 | バックホームブルース |
| 高橋のぼる | 土竜の唄 |
| ナオダツボコ | 私の彼氏は、かわいいけど世界でいちばんかっこいい |
| 蛙田アメコ | 山奥育ちの俺のゆるり異世界生活 |
| ディビ 健全 | その炎の名は性癖 |
| 川端新 | 神軍のカデット |
| 赤石路代 | 箱庭の茶室 |
| 大石日々 | プラネットガール |
| いいじま凛 | 紅のリリィ |
| 矢田恵梨子 | ディグニティー旅行医の処方箋ー |
| 田辺イエロウ | 界変の魔法使い |
| 北川みゆき | どうしようもない僕とキスしよう |
| 高瀬志帆 | 二月の勝者 |
| 蛭塚都 | さよならダイヤモンド |