はてなキーワード: けしからんとは
当初の計画より印刷代が高くなったのでコスト増を補うために白黒に変更。
スーパーやコンビニ向けの納品は1店舗で扱う量が多くないために、段ボールに入れる商品の数は少ない。12p/csというような感じだ。
しかしそれでは1csの重量はモノにもよるが1k~2kg程度。
この単位で工場からスーパーまで運んでいては物流費がものすごく高くなる。
そんなときに使うのがPPバンド。段ボールを合わせるためのバンドだ。これでくくって物流センターまで運び、物流センターでほどいて店舗に分散配送する。このバンドがない。いつも注文しているところに注文してもいつになるかわからないとの返答。
地域のホームセンターを社員総出で回り、年内使用予定分のPPバンドを買い占めたところもあると聞く。全体的には悪循環ではあるのだが、普通の注文に普通通りに納品がされたらこんなことは起きない。誰も値段のことなど行ってない。でもないと困る。死活問題なのだ。
どこが足りてるの?
企業が実際の現場で「このままだと原材料の調達が不安定になるかもしれない」と感じて対策を取ろうとしているのに、政府がすぐに「問題ない」という姿勢を見せるのは少し違和感があります。もちろん不安を煽らないための説明も必要でしょうが、現場の判断より先に安心感だけを強調されると、本当に大丈夫なのか逆に不安になります。
特に原油や物流に関わる問題は、中東情勢ひとつで急に変わることもあります。過去にも「供給に問題ない」「直ちに影響はない」と言われながら、後になって価格高騰や品不足が起きたケースはありました。だから企業側も早めに備えようとしているのでしょう。
白黒パッケージに変更するのも、コスト削減や供給リスクへの対応としては現実的な判断だと思います。むしろ政府は口を挟むより、企業が安心して対策できるよう支える方が大事ではないでしょうか。
といっても情勢を考えると今後は不透明だし、メーカー独自の方針に政府が介入する必要はない気がするが?消費者としてはメーカーが資源の節約や価格維持を推進するのであれば我々は歓迎する。
政府が把握している統計上のナフサと現実に企業が仕入れているナフサの流通では違うところがあるんでしょう。まあ政府が現実を把握するためにカルビーさんからヒアリングを行うのはいいと思うが、勝手なことをするな買い占め的な動きが起きたらどうするのか、といったような圧力というかプレッシャーのようにも見えなくもないですね。
しかしカルビーさんはこの件での広告宣伝効果はすごいんじゃないですかね、めっちゃ報道されてますし、実際白黒パッケージが出たら多くの人が手に取るのでは。
これ民間企業への高市政権による圧力に他ならない。「私たちがちゃんと目詰まり解消してるのにけしからん」ということだろう。とんでもない政権だ。
鉄オタを賑わせているこのニュース。
【井川線】
どちらにしても、「乗るのは大変そう or 大変だった」という感想が返ってくるはず。日本国内の中小私鉄でも屈指の乗りづらい路線で、鉄道が好きでも正直しんどいと思う。
そんな、たどり着くのが大変すぎる路線、観光路線にすること、値上げをすることは悪くないと思う。中電が赤字を補填しているが、裏を返せば何か新しいことを始める動機付けも産まれないのである。どのような交渉をしたかは知らないが、アンタッチャブルな領域に手を付けたこと(実情は知らないけど)、条件次第では、例えば黒部峡谷鉄道のような付加価値をつける活動に着手が可能になったのは良かったと思う。
料金やタイミングは熟考しなきゃだけど、「定期利用者が全くいない」「沿線利用も全くない」という超特殊路線であれば、脱法的なスキームとは言い切れないのではないんじゃないかな。同じことを東海道新幹線でやったらそりゃブチ切れだし絶対に認可降りないけど、状況があまりにも特殊なので、井川線は。
【川根本町】
井川線が走る川根本町。ここの議会や住民のマインドは長いこと気になっている。(もちろん、かの社長みたいに、その住民をまるごと腐したりは絶対しない。走らせてもらっているのだから、敬意を持たなければならない。)
昔からあった鉄道は、なおかつSLやトーマスが観光客を大量に運んできた鉄道で、たまたま保有できている強い観光資源だった。一方で、沿道はトンネルや道の付け替えで日に日に道が良くなっていき、とうぜん鉄道利用は減少した。鉄道が生活から離れていくにつれて、そこに住む方々の認識も変わってくる。「大鉄はSLでたくさん儲けている」と思ったり、ともすれば「たくさん稼いでけしからん」くらいにはおもっていたのではないだろうか。
この地域では地方ローカル線でありがちな「マイレール運動」は全く起きなかった。乗らなくても稼いでいる路線なので、自分が乗る必要がなかったのである。乗ってもらう運動を、会社からも、沿線からも起こすべきであったのである。さらに本当はやるべきだったのは、会社から町議になる人の輩出だったかもしれない。もう後の祭りだが。
鉄道に対してとにかく他人事な印象を持っている。もし会社に何があると、そうなった原因を激しく追究するが、支援はしないという光景を何度も見た。お金のない自治体でやむを得ない部分も多々あり、きちんと連携するのはまだまだ時間がかかるかもしれない。
今回の件も、「直前になって言われても準備ができない」旨を投稿する町議がいたが、スピード感的に、どんなタイミングで言っても観光列車化は実現できなかったorものすごい時間がかかったと思う。
ただ、SNSで発信する人たちは町内のなかでも非常によく考えてくださっている方々だ。表に出てこない20人以上?いる町議のうち、かなり多くが「大鉄けしからん」が今も昔も先行していると思われる。今回も根回し不足が指摘されているが、そもそも自治体に膝をつけて会社の話を聞いてくれる人が今まできちんといたのか?ここも怪しいのではないか。話を聞いてくれない、聞いても出来ない理由を延々と並ばれて話が進まない……みたいな状況がずっと続くと、時間も限られるわけで、不意打ちをするしかなくなるのかもしれない。
何のために鉄道を残すのか。そこを町議会、住民が立ち返って考えなければならないと思う。
【その他】
仕事で目にした言葉で、「経緯には敬意を」というのが最近気に入っている。カスみたいな業務システムも、最初入れたときは善意で始まっているのだ。
複数の鉄道会社を渡り歩いた人が、なぜ地域に敬意を払えないのか、なぜ会社がピンチであることの経緯をきちんとヒアリングしないのか。自治体も良くないところがある。けれど、一方的に貶めるような発言は論外である。経営者がやることではないし。いい年した大人がやることでもない。
「発言は個人のもの」は幻想である。どうしても個人でブログを書きたいなら、サイト名から社名を消してほしい。
オーナー会社とどのような契約になっているか知らないが、沿線自治体から抗議文を渡されるなど前代未聞である。ブログを取り上げるか、社長から降ろすか、
沿線住民の悪口なんて、平社員が実名ブログやSNSでやったら処罰の対象でしょ?会社を不利な立場にした人にはきちんとした対応がいると思う。
本当に自分でもめんどくさいのは分かってる
でも、オタクって二次創作がメインというかそれを楽しむ層が多すぎて、公式こそ全てな自分にとってはキツい
ある少年漫画(アニメ)にどハマりして、情報追うためにアカウント作ったけど、
マジで多い
いや分かってるのよ、あくまで妄想であって、好きにしたらいいんだけど、やっぱり理解は出来ない
BLのなかでも、キス‼️でもはぁ⁉️ってなるのにセックスさせるのはマジで理解できない
子供だよ…
見なきゃいいじゃん、というのはそりゃそうなんだけど、今のXって勝手に流れてきちゃうじゃん
原作では普通に仲が悪いのに、実はそれは愛情の裏返しでした‼️とか、恋人に近しい人がいるのに存在を消されたりだとか、それは本当にその作品が好きなのかなとすら思う
が、私みたいな人が少数派なのも分かる
それかこのジャンルにそういう人が多いのかもしれない
BLで見るのはちょっと…って人もいるけど、夢女子だったりもする
ただ、面白い!って見て、感想を言い合ったり、グッズについて話したりしたいだけなのに、ただの戦闘シーンに「けしからん」「えっちすぎる」とか呟いてるやつばっかで…
いま豪州でコンラッド・ベンジャミンという人物が注目されている。
彼は政治系インフルエンサーで、ガス企業や住宅、民間医療などの構造問題を調査・説明する動画を多数出している。
そしてそれが講じて連邦議会の上院の公聴会で専門家として証言するまでに至った事で今豪州で話題になっている。
以下、関連ニュース。
同氏によると、
らしい。
同氏の批判対象は輸出資源に課税してない豪州政府、そしてガス利権を貪る大手ガス企業の株主・経営陣・背後の超富裕層たちであり、日本ではない。
ただ俺の観測範囲では「日本は我々のガス資源を安く買い叩き、それに更に輸出税をかけて他国に転売してる!けしからん!」と捻じ曲げて解釈する者たちが現れてきた。
これ豪州ガス利権側がスケープゴート仕掛けてる気もするんだけど、陰謀論かなぁ。
飲食店で背後の人たちが「これから戦争が起きるからどこどこの株をいま買っておくべき」という話をしていて、「シンプルに気持ち悪いな」と思った話 https://togetter.com/li/2682479
資本主義の仕組みを少しでも理解していれば分かる話だが、投資信託や銀行預金に預けた資金は市場に流れ、最終的にあらゆる産業に到達する。もちろん軍需も例外ではない。
つまり、資産を持っている時点で、程度の差はあれど関与は避けられない。
それにもかかわらず、「意図して利益を取りにいく投資だけはけしからん」と切り出して批判するのは、あまりに都合が良すぎる。
受益しているという事実を無視して、「直接だからダメ、間接だからOK」と線を引くのは、本質を見ていない。
そもそも、そうした批判をしている人たちは、この資本の流れを本当に理解しているのか。
理解した上で言っているならまだしも、構造を知らずに感情だけで叩いているのであれば、それは単なる思考停止に近い。
自分勝手という言葉って、人は他人に対して配慮すべきだ、して当然だ、しなければならない、という意識が少なからずデフォルトのものとしてからこそそう言えるのだろうし
それがまず原理的に、相手の同意を得る前から他者へとその態度への参加を要求している訳で、それこそまさに「自分勝手」な感じがする
訳もなくブン殴らないとか罵声を浴びせない、みたいなパッシブなものなのか
あるいは、落としたものを拾ってやるだとか、より積極的なものなのか
忙しそうにしている相手の作業を肩代わりしてやるとか、何かを譲るとか、更に積極的に他者を労るものなのか
まあ実際にはもっと個々に色々なラインはあるだろうし、何にせよ「お前の態度は私の規範意識とズレている、故に非難に値する」という言葉な訳で、なにかとてつもない傲慢さを感じる
いくら常識的に判断、と言った所でやはり限界はあるし、常識が常識として機能してくれないからこそ「これが常識だ」なんて言い張る必要がある訳だし
当たり前のように金を払って商品を買い、当たり前のようにそれをしなかった者へと制裁を加える時、いちいち「これが常識ですからね」などと言ったりはしない
こういう風にしてくれません?
という政治過程をすっ飛ばして、やるのが当然だなんて言ってもな
筒井》(略)軍隊の中には階級制度も立身出世主義もいろいろあるが、結局本質的特徴としてはモラリティーしかないんだというわけです。軍隊に限らず、組織が大きくなるほど上層部では自己疎外が起きて、立脚すべきモラリティーが喪失してしまう。そうなったとき、それを持っている人に対して「利用とあこがれ」の両局面が生じるのだと三島は指摘します。
髙杉》青年将校の動きを上層部が強く統制・弾圧できなかったのは「彼らがやっているのはけしからんことではあるが、本来あるべき軍人的な純真さを持っているのは彼らのほうだ」という後ろめたさがあったからだ、と。たしかに鋭い指摘です。
髙杉》軍縮のもたらした影響の一つに、軍隊内での指導者の威信が低下したことが挙げられます。具体的に言うと、先ほど申し上げたように軍縮後のフォローが十分ではなかったため、クビを切られる立場の軍人たちに「自分たちは利用された。宇垣らは我々を踏み台にして政界に進出しようとしたのだ」という疑念が生まれた。そしてそれはある程度その通りでした。結果として軍上層部への信頼や統制力が弱まり、青年将校たちが言うことを聞かなくなっていった面もあったのかな、と。
筒井》青年将校運動に関し、三島由紀夫が面白いことを言っています。五・一五事件から二・二六事件あたりまで、青年将校が上官たちから危険視されつつある意味でちやほやされた局面があるんですが、なぜそうなったかというと「軍隊という特殊な一社会集団において、その集団のモラリティー(士道)を体現するものと目されたからである」と(末松太平『完本 私の昭和史』所収「利用とあこがれ」/中央公論新社)。軍隊の中には階級制度も立身出世主義もいろいろあるが、結局本質的特徴としてはモラリティーしかないんだというわけです。軍隊に限らず、組織が大きくなるほど上層部では自己疎外が起きて、立脚すべきモラリティーが喪失してしまう。そうなったとき、それを持っている人に対して「利用とあこがれ」の両局面が生じるのだと三島は指摘します。
つまり、上層部の陸軍大学校出のエリート軍人から見れば、青年将校は愚直で単純で、それゆえうまく利用してやろうと思っているんだけど、自分たちが失ってしまった本来の軍人らしさを彼らのみが持っているから、憧れも感じている。髙杉さんが今言ったことは、この三島の指摘と関係しているように感じます。
髙杉》青年将校の動きを上層部が強く統制・弾圧できなかったのは「彼らがやっているのはけしからんことではあるが、本来あるべき軍人的な純真さを持っているのは彼らのほうだ」という後ろめたさがあったからだ、と。たしかに鋭い指摘です。
筒井》軍人というのはどういう内面を持った人々なのかという洞察が、戦後日本では十分なされていません。戦後、軍隊は存在しないみたいなことになったせいか、アルフレッド・ド・ヴィニーの『軍隊の服従と偉大』(岩波文庫)のような本がない。これは困ったことで、現在のように安全保障が重要になってきた時代であればこそ、軍人をよく理解しなければいけないのですが、石川明人さんの著作のような例外を除き、今参考になる深い本がほとんどない。
私自身は高校生の頃かに、末松の『私の昭和史』を読んで衝撃を受けました。これが非常に人間的な内容でね。末松は軍人をテーマにした徳冨蘆花の小説『寄生木(やどりぎ)』を愛読していたらしく、「バルザックを思わせる」(三島)文学者のような文章を書くんですよ。末松の本で、青年将校とは意外にヒューマンな人たちなのだな、と理解しました。
髙杉》青年将校が書いたものはわりと文学的な文章が多いですよね。あまり軍人らしくないと言いますか。
筒井》西田は陸軍士官学校で、詩人となる三好達治と同級生でしたし、二・二六事件の中心人物となった村中孝次は厨川白村(くりやがわはくそん)やクラシック音楽を好んでいた。大岸はアメリカの思想家エマーソンを愛読していたそうです。大正の教養主義が強い時代に育った軍人たちはみんなそういった感じで、それが昭和になってからの二・二六事件など、さまざまな事件に反映されていると思います。
(『中央公論』3月号では、クーデターとして「甘い」理由や、事件を機に政党政治が衰退したとは単純に言えない理由、事件後も大衆の「社会的平準化」の希求が続いたことなどを詳しく論じている。)
◆筒井清忠〔つついきよただ〕
1948年大分県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。文学博士。専門は日本近現代史、歴史社会学。京都大学教授、帝京大学文学部長などを歴任。『西條八十』(読売文学賞、山本七平賞特別賞)、『昭和期の陸軍』など著書多数。
1979年愛知県生まれ。海上自衛隊生徒を経て國學院大學大学院法学研究科博士課程後期修了。博士(法学)。宮内庁書陵部編修課(非常勤)、日本銀行金融研究所(個別事務委嘱)などを経て現職。著書に『昭和陸軍と政治』『帝国陸軍』などがある。
https://news.yahoo.co.jp/articles/28016164825dfbb8306bf249db4b558e309f362c?page=2
はてな見てると、
「女子トイレが混んでいるのは、個室でスマホ見たり化粧したりしてるせい」
と思ってる人がけっこう多いみたいだな。
まず言いたいんだけど、トイレの個室でスマホ見てダラダラしてる人って、実際かなり少ないと思う。
たぶんこれは、男性が自宅トイレでうんこしながらスマホ見て長時間居座ることがあるあるだから、「当然女もそうだろう」と想像してるんじゃないかと思うんだけど。(これは邪推だけどもさ!)
でもよく考えてほしい。
汚いし、落ち着かないし、できれば早く出たい。
あと、そもそも公共のトイレでのんびりスマホ見ながらうんこする女性ってそんなに多くないと思う。(うんこしないわけじゃないけど)
50歳以下だと男性より女性の方が圧倒的に多くて、原因は生理によるホルモン変化とか、腹筋の弱さとか、骨盤の構造差とか。
それに加えて、出先で落ち着いて排便できる人もそんなに多くないと思う。
(うんこしてたとしたら、傲慢に居座ってるわけじゃなくて、前述の理由から男性よりもずっと長い排便時間がかかることはご理解頂きたい。)
じゃあ何で時間がかかるのかというと、普通におしっこするだけで工程が多いからです。
だいたいこんな流れになる。
・カバンをかける
・ボトムを脱ぐ(裾が床につかないように気をつける)
・(ストッキングを脱ぐ)
・下着
・用を足す
・拭く
・逆順で着る(スカートをパンツに巻き込んだりしていないか気をつけながら)
これを全員がやってるんだから、
(ちなみに「なんで男性だけ人前で用を足さなきゃいけないのか」という点には普通に同意している。自分が男性だったら嫌だと思う。)
あとびっくりしたのが、「便器のない、文字通りの『化粧室』を作ったらいいのでは」みたいなコメント。
え、個室の中で化粧してると思ってる?そのせいで混んでると思ってる???
いやいや、個室内に鏡もないし、不潔だし、しないよ??
デパートとかの女子トイレだと、手を洗うところとは別に鏡がくっついてる壁があって(小物を置く小さい棚がついてることも多い)、化粧直しする人はだいたいそこでやってる。
そのスペースも、あくまで通路の横にくっつけたような場所だから別に長居するような人もいない(ヒカリエとかの、がっつりした広い化粧スペースならまだしも)
駅とか公共施設のそういう壁面がないトイレの方が多くて、そういうとこでは姿見でちゃちゃっと確認だけして出ていく人が多いかな。
もちろん、多目的トイレ(便器と鏡、手洗いが一室にまとまったような場所)に集団で居座って長々とメイク直ししちゃう人たちとかもいるにはいるだろうけど、それってかなりレア。
まあ多目的トイレでそれよからぬことをしちゃう人くらいのレアさですわ。
(そもそも、そういう人ってトイレを居場所化してて、混雑しないようなとこに溜まってるので本題とは別の問題やね)
女性はトイレで化粧してるに違いない!って思っちゃうのは、ドラマとかで主人公がトイレで長々とメイク直ししながら同僚とおしゃべりする〜みたいなシーンがあるのも影響してるのかな〜。
なんというか、実際のトイレの使われ方と全然違うイメージのコメントが星を集めていて、普通にびっくりした。
こういう「どうせ女がけしからんことをしてるに違いない。だからこんな話を社会問題にするのは浅薄だ」みたいな感覚、ずっとある気がするんだけど、なかなかなくならないもんですね。
「けしからんことをしてるに違いない→まずは実情を調べてみよう」ってなってくれたらいいと思います。
普段はエビデンスにうるさい人でも、こういう時だけ「社会問題 → 個人のモラル問題に変換する」ってなっちゃうの寂しいわ。
(同様に、女性も男性の性欲にまつわる苦しみとか、男性社会の中で男性が抱えているしんどさとかには、もう少し目を向けていく必要がありますね。)