はてなキーワード: 被害者とは
全員がそうじゃないのはわかるよ
男がとんでもない地雷だったとかさー
わかるんだけど、8割ぐらいは女側が悪いわ
1人で頑張ってる悲劇のヒロイン気取りがとにかく多過ぎる
何が起きても反省せずに他責思考で片付けて、挙句どうしていつも私ばっかって考えてるだけ
現状の課題に向き合おうともせず問題が起きたら毎回毎回被害者ぶって、そのうち世界が自分に合わせて変わってくれるとでも思ってるんだろうか
あおやまちゃんはデカチンさんにストーカーされてる被害者ですし、あおやまちゃんからデカチンに何か働きかけたことは全くないですよ?😲
全体的に思ってたんと違った型、何コワホラームービーの珍作で44点。
霊障に困っている人たちにお祓いをするというていのペテンにかけることで金儲けをしている兄妹と兄の恋人&ナード君の4人組。そんなある日、借金漬けの兄が金欲しさに勝手に受けた依頼で山奥の屋敷に出向くことに。そこは昔、イカれ男が女児3人を口を縫い付け殺したというセンセーショナルな事件があった館だった。やたらと鋭く高圧的な主のババアにお前らペテン師だろと詰められながらもお祓いの仕込みを始める4人。しかし、館内で次々とおかしな出来事が起こり始める。この館に潜む真実とは……
みたいな話。
まず、呪われた死霊館ってタイトルだけど、ジェームズ・ワンの死霊館シリーズとは何の関係もありません。配給会社の人間はJAROに自首するように。
で、話としてはぱっと見、悪霊祓い詐欺師たちが実際の悪霊屋敷に乗り込んでしまい彼らの怒りを買って酷い目に合う話っぽく見えるし、だとしたら面白そうじゃんと思うんだけど見ているとなんだかもっと無駄に複雑な感じになっていく。
彼ら4人のチームは、兄がお祓いの説明係、妹が霊媒師係で、兄の恋人がなんかいてて、ナード君がカメラと技術担当。兄が依頼者に活動を説明しながら安全な場所でモニターを一緒に見て、ナード君と妹が霊障現場に乗り込み、妹が霊媒師の演技をしながら時間を持たせて、良きところでナード君がそれっぽい音声を流し妹が何かを説得する演技をして音声を消し「去りました」と告げてお祓い完了。その流れ自体はなんていうか詐欺の裏側ものみたいな感じで面白いし、なんていうかこれで依頼者たちに安寧が訪れるんだったら取ってる金次第だけど、まぁ、いいんじゃないという気がする。宗教みたいなもんやろ。
しかし映画冒頭のチュートリアルの現場でいきなり妹がガチ幽霊を見てしまう。その後、大学お前サボり気味やなって教授に詰められているときにも見ちゃうし、ババアの依頼の電話を最初に受けたときにもすごい耳鳴りがしちゃうし、怖くなって祖父に相談しに行ったら「お前の母親は霊媒体質やったんや。なんかいろいろ聞こえる言うてな。最終的に霊媒師になってその後、自分で目玉をくりぬいて自殺したんや。あいつは弱かった。だから死んだんや」と告げられる。
エッ、霊媒師詐欺師ものかと思ったら本当に霊媒師だったっていうお話なの?ってなってくる。ちょっと話変わってきたな……
そんなこんなで詐欺に加担するのよくないよなぁという妹に対して、兄は地元のギャングに借金があるのでもっと詐欺したいというクズキャラなんだけど、なぜか一人でいるときはずっと自己啓発音源を聞いている。そして、俺は大丈夫、俺はやれると言いながらなんか変な薬もやっていて、こいつはこいつでなんかおかしいのね。
で、まぁババアの家に行ったらちゃんと口を縫い合わされたガキどもがウロウロしてて妹はそれに導かれてその家で起きた悲劇の真相を探っていくことになり、一方で兄の方はいつも通り詐欺の工程を進めようとするもやたらと鋭いババアにガンガンに論破されていく。このババア、底知れぬ怖さがあってめっちゃいい。そうこうしているうちに兄にもガキどもが見えるようになり、なんなら死んだ母親まで見えてくるし、ナード君はうっかり床板踏み抜いて落下して足を折るし、ババアにはもう完全にバレてるしで「はい、もう終わり。撤収です!撤収!」って感じになるが気付くと恋人がいない。
うろついてるガキどもに導かれて見つけると、なんと彼女は口を縫い合わされていた。大慌てで車に乗って逃げだす4人だったが、いつも通りうっかり単独事故を起こし恋人はフロントガラスを突き破り飛んで行って死亡、兄は何者かに連れ去られ、ナード君は殴られて、意識を取り戻した妹は兄を探しに再び屋敷に戻る。
そこで、怖いのは悪霊屋敷だと思っていたら実は怖かったのはババアだったというヒトコワ展開に突入する。息子大好きなババアはたぶん息子が誘拐してきたガキたちがなんか息子の悪口を言ってるから(そりゃそうだろ)、口を縫い合わせてブチ殺していたのだった。いつの間にか息子もいます。口を縫い合わされた兄はブチ殺され、妹も捕らえられ、助けに来たナード君は息子をぶち殺すことには成功したものの中華包丁を持ったババアに生きながら切り刻まれる阿鼻叫喚の事態に。思ってたホラーと違う~!
霊媒体質の妹は死んだガキどもに「助けてクレメンス!」と訴え、それを聞き入れたガキどもが叫びだすとババアはうるさすぎて悶絶。そのすきに妹がアイスピックで首をぶっ刺してFATAL K.O。強い。まぁあんだけうるさかったら口を縫い合わしたくもなるわなという説得力はあった。
さっきも書いたけど、悪霊屋敷が怖い話かと思ったらガキどもはシンプル被害者で実は怖いのはババアでしたという話になってう~んそういう話だったっけ、じゃあそもそもこのバアアはなんでお祓いを呼んだんや。もしかして自分たちで殺したガキどもがうるせーからお祓いしたろwと思って呼んだん?サイコパスすぎん?と思うし、なんで兄の恋人の口を縫い合わせてそのまま放置してたんかもわからん。
たまたま車がホラー映画のお約束を熟知してくれていたからうっかり単独事故を起こして逃亡を阻止できたからよかったものの、もしすんなり逃げ切れてたら通報されておジャンジャン?だからこそ殺人鬼たちはまず移動手段を奪うんであって。
ここのジャンルチェンジありきでババアが実は怖い存在でしたにハンドル切った結果、じゃあこのババアは”現在”いったい何を考えて行動しとるんやというところがかなりないがしろにされている感じはする。
あとはイカれた親子愛ババアと息子が実は敵でしたという展開をラストに持ってくるとして、だったらせっかく置いた主人公チームも実は母親が霊媒師でしたという設定を絡めてこないのは片手落ちというか、そこで母親の加護みたいなものを一個挟んどけばまとまりができたのになと思わんでもない。まぁ母親譲りの霊能力でガキどもに協力を仰げたと言えんくもないが。
あと兄が自己啓発に励んでいたのももうちょっとイイ感じの活かし方があった気はする。たぶんだけど母親の衝撃的な自殺から自分を守っていたんだと思うんだけど、なんかそのへんは全然表に出てこないし、むしろ兄にこそ霊媒形質が強く遺伝していてその能力を否定するために俺は大丈夫だと言い聞かせていた、みたいな感じでもよかったのに。知らんけど。
まぁ、そんな感じかな。
なんかもっとシンプルに霊媒師詐欺師集団VS悪霊屋敷という形のほうがもっとまとまりのいい面白い映画が撮れたんじゃないかなって気がするんだけど、そこに実はヤバいのはその屋敷の霊を生み出したババアでしたという展開を突っ込んだ結果、なんか散漫な映画だなぁって感じになっちゃった印象。
とはいえ、そのひねり自体は面白くはあるし霊媒師詐欺師の裏側もちょっと見られるし、ババアは怖いしホラーとしてもギリギリ楽しめるかなって感じなので、ホラー映画好きにはギリギリおすすめかな。
・「エニシ」なる過激フェミになりすまし、ゾーニングされていたコンテンツ「牧場学園」を吊るしあげる
・のちに自作自演がバレて同志や支持者すら腹の底でバカにし、裏切っていたこともバレる
・フェミ論者・石川優実さんに侮辱と名誉棄損で訴えられ敗訴、懲戒処分を受ける
・ニュースとして報道され、職場の上司にも謝罪させて恥をかかせる
・慰謝料支払いとお互いに相手の名前を出してネット上で意見しないことで和解した筈がさらに粘着
・青識亜論の垢凍結
・HN:朱夏論として活動再開したが、やってることは青識時代とほぼ同じ
等々。
私だったら(そもそもこんな愚行はしませんが)、恥ずかしさのあまり、二度と表舞台に立って発言しようという気にもなれませんが。これだけのやらかしを積み重ねてきてのうのうと同じことを続けていられる、そのくせ被害者ぶる神経には、本当に驚きあきれ果てるばかり。
それとも、これらもまた「被害妄想の陳列」だと仰るのです
正確に言うと男なのに男が嫌いになった。
インターネットではいかに女が邪悪で愚かな生き物かについて日々呪詛が垂れ流されているが、現実的な話として、女は基本まとも。男はクソ。
入職したばかりの頃は車内にしばしば撒き散らされている小便の正体が分からなかった。赤ちゃんが漏らしているのかと思っていた。
先輩から、あれは酔っ払ったおっさんや、薬物や精神病で頭おかしくなったおっさん、そういう性癖のおっさんの落とし物だと聞かされて戦慄した。
おそらく定年退職して暇を持て余しているのであろう高齢男性に絡まれ、駅係員の愛想の悪さ、無礼な態度についての説教から始まり、妻や子供に関する愚痴、若者の質の低下、高齢者に対する社会全体の敬意の喪失などの話題に発展し、最終的には社会保障、自民党、アメリカ大統領などの話に辿り着くことはよくある話。
むしろ混乱と混雑の解消のために駆り出されたはずの人員がお前の対応に割かれるから事態は余計に悪化する。
帰宅ラッシュの時間帯になると必ず車内のフリースペース(車椅子やベビーカーを優先するエリア)でおっさん同士の喧嘩が勃発する。
喧嘩のきっかけは、睨まれた、肩が触れた、鞄が当たった、口が臭い、独り言がうるさい、場所を取るな、イヤホンの音漏れをやめろ、等。
最初に喧嘩を吹っ掛ける方は単に苛立ちを発散する口実を探しているだけなので口調も荒くて喧嘩腰だし、吹っ掛けられる方もただでさえ喧嘩腰な人間に対してプライドの高い中高年男性が素直に聞き入れるわけがないので順当に喧嘩に発展する。
駅係員が介入することになるのは殴る蹴るなどの身体的な暴力に発展し、尚且つ周囲の乗客が通報した場合のみ。それですら1日2回ぐらいのペースで発生するので、口喧嘩の範疇に収まったケースや周囲が見て見ぬ振りをしたケースを考えると暗数は相当多いと思う。
酒が入っている時はタクシーで帰るというのを徹底するだけでもかなり喧嘩は減ると思う。
男同士で喧嘩するのはまだマシ。力が均衡しているからどちらかが一方的に被害者になりにくい。
絡む理由は、足を組むな、スマホを弄るな、声がうるさい、スカートが短い、腹が邪魔(妊婦に対して)等。
大したマナー違反でもない。そして周りの他の男が平気で行っている、これより酷いマナー違反は無視。要するにマナーを大義名分に女を叱って愉悦に浸りたいだけ。
勝手に懲罰感情が芽生え、太ももに触る、殴る、容姿を罵るなどの犯罪行為に走ることもある。
性欲が原動力なのに本人の中では正義感ゆえの行動に完全にすり替わっているので、正義の執行を邪魔されたことに対する怒りで駅係員に食って掛かってくる。そして暴言暴力に発展して警察を呼ぶことになる。
妊婦に対して「堕ろしてこい!」と言い出した時は流石にこっちも冷静になれなかった。
乗客同士のトラブルで警察沙汰に発展した際におっさんが言いがちな台詞
「その間の時給は払う!?時給換算したら俺の時間いくらだと思う!?」
じゃあ若い男はまともなのかというとそんなことはない。
中学生〜新卒ぐらいの男が3人以上で群れるとロクなことがない。
大声で騒ぐ。駅構内の器物を破壊する。気が大きくなって車内で女性に絡み始める。他の乗客が咎めると「なにマジになってるんすか?w陰キャ?w」
でも1人だとマシということはなく、優先席で体操座りをしたり胡座を掻いたりして音楽を聴きお菓子を貪り食いながら自宅のようにくつろぐ奴も見かける。
ただ、こいつらは甘やかされて育って調子に乗っているだけのガキなので、制服を着ている我々が少し強く怒るだけて往々にして萎縮して反省する。泣きながら謝る奴もいる。そこはまだおっさんよりはマシ。
今後同じことを繰り返させないためにも躊躇なく非常ボタンを押してほしい。
人手不足と機械化の時代、最低限の人員で社会を回すため、あらゆる施設・あらゆるサービスが、セルフレジやQRオーダーシステムの導入などに踏み切っている。
駅も例外ではなく、窓口を減らし、無人改札を増やし、ネットで新幹線を予約させ、時代についていけない人間を振り払っていく方向に進化している。
高齢女性は割とすぐに適応できるが高齢男性は何度も尋ねてくる。自分で調べない。そして一向に理解しない。中には新たなシステムの導入自体に怒りを燃やす奴もいる。早く淘汰されてほしい。
暴言を吐いてきた奴に、駅係員としての節度と礼節を弁えた上で場を掻き回すことなく相手を制圧できる魔法の言葉がある。
それは「今、⚪︎⚪︎と仰いましたか?」と復唱すること。
例えば「ぶっ殺すぞ!」と言われたら「今、ぶっ殺すぞと仰いましたか?」
大抵黙り込むかトーンダウンする。
彼らは行き場のないストレスの捌け口として駅係員に暴言を吐いているという自覚自体はあるので、それを突き付けると大人しくなる。
大きめの声で復唱するとなお効果がある。周りの目を気にして縮こまる。
少し前に「松葉杖で生活している20代女性です。新宿駅で検証しました。ぶつかりおじさん問題はぶつかる女性が悪いです」という記事が話題になっていたが、身体障害者の20代女がじっくりと周りを観察できるほど新宿駅は女にとって安全な空間ではないのであれは嘘。
というか新宿駅で若い女がぼんやりしてると即座に声を掛けられるから物理的に観察は不可能。
路上で女に声をかけて性風俗を斡旋する、いわゆるスカウトや、ネット上で弱者男性を騙してnoteを売り捌いている自称ナンパ師の虚言を真に受けてナンパに勤しんでいる弱者男性が駅構内を徘徊して女性に声を掛けて迷惑をかけている。
どうも「身体に触れない限りはセクハラではない」という認識が奴らにはある
クレームが相次いだため現在はアナウンスでスカウトとナンパをほぼ名指しで警告している。アナウンスを流すようになってから声かけによるクレームは減った。それでも撲滅できてはいない。
いわゆるぶつかりおじさん問題だが、Xやニュースで周知されるようになってから正当なぶつかりおじさんは減った。
最近増えているのは肘を大きく広げてすれ違う際に女性の胸を肘で殴る、背後から女性の靴や脛を蹴るなどのパターン。
わざとかな?と思ったら遠慮なく周りに助けを求めて駅係員のところに連れてきてほしい。軽い説教しかできないが、何度も説教されれば大人しくなる。
電車を利用する全ての男に言いたい。
他人に絡むな、周りに気を遣え、周りと同じように振る舞え、ストレスを他人で発散するな、身体を小さくしろ、嘘をつくな、風呂に入れ、ゴミはゴミ箱に捨てろ、唾を吐くな、排泄はトイレでやれ
当たり前のことを当たり前にしろ。
表現の法規制は、一度導入されると対象が拡大する傾向がある。 これは歴史的に繰り返し確認されてきた事実である。
この構造を理解せずに「嫌いな表現だけ規制してほしい」と主張することは、自らの首を絞める行為になりうる。
以上の諸問題を貫くのは、「自分(たち)の表現・欲望・不快感は正当であり、他者のそれは不当である」という非対称的な自己正当化の構造である。
| 自陣営の行為 | 自己正当化の論理 | 他陣営の同種の行為に対する態度 |
| 未成年キャラのR-18 BL | 「フィクションだから問題ない」 | 「ロリコンは犯罪予備軍」 |
| 男性キャラの性的客体化 | 「女性の手によるものだから搾取ではない」 | 「女性キャラの性的客体化は性差別」 |
| 実在男性のRPS | 「愛情表現の一形態」 | 「実在女性の性的画像は性的暴力」 |
| コミュニティ内の嫌がらせ | 「自浄作用」「マナー違反への指摘」 | 「男オタクのハラスメント文化」 |
この表が示すのは、同一の行為を自陣営と他陣営で正反対に評価するダブルスタンダードである。
本稿で検討した問題群は、いずれも「自分の欲望に対する無自覚と、他者の欲望に対する不寛容」という同じ根から生えている。腐女子文化には豊かな創造性と共同体的な連帯があり、それ自体は文化的に価値のあるものである。しかし、その内部に存在する暴力性・排他性・ダブルスタンダードを直視しなければ、自らが攻撃してきた「不寛容な社会」の鏡像になるだけである。
そして何より、性的表現の法規制という刃は、一度抜けば自分にも向かう。この認識なくして表現規制を軽々しく求めることは、腐女子文化を含むオタク文化全体の存立基盤を自ら掘り崩す行為であることを、すべての当事者が理解すべきである。
BL(ボーイズラブ)文化は、男性同士の恋愛・性愛を描くフィクションを中心に発展してきた。しかし、その消費構造が実在のゲイ・バイセクシュアル男性を素材として搾取しているのではないかという批判は、当事者コミュニティから繰り返し提起されてきた。
具体的には以下の論点がある。
これらの主張には一定の妥当性がある。しかし、「フィクションだから無関係」という論理は、RPSや実在コミュニティへの侵入行為には適用できない。また、「理解の入口になった」という功利的正当化は、当事者が現に被る不快や搾取を帳消しにする根拠としては不十分である。
より深刻なのは、この問題が指摘されたとき、腐女子コミュニティの一部が「ホモフォビアと戦ってきたのは我々だ」という自己正当化に走り、当事者の批判を封殺する力学が働くことである。マジョリティ(異性愛女性)がマイノリティ(ゲイ男性)の表象を占有し、かつその批判に対して「我々こそ味方だ」と主張する構造は、植民地主義的な知の収奪と相似形をなしている。
『イナズマイレブン』(主要キャラクターは中学生)、『忍たま乱太郎』(忍術学園の生徒は10歳前後の設定)など、明確に未成年と設定されたキャラクターのR-18 BL二次創作は、pixiv・同人誌即売会・SNSなどで大量に流通している。
| 論点 | 現行法の状況 |
| 著作権侵害 | 二次創作は原著作物の翻案権・同一性保持権を侵害しうる。権利者が黙認しているに過ぎず、合法ではない。いわゆる「グレーゾーン」は法的に保護された領域ではなく、権利者の好意に依存した状態である。 |
| 児童ポルノ該当性 | 日本の「児童買春・児童ポルノ禁止法」は実在の児童を対象としており、創作物(絵・小説)は現行法上は児童ポルノに該当しない。ただし、国際的にはフィクションも規制対象とする国がある(豪州、カナダ等)。 |
| わいせつ物該当性 | 刑法175条のわいせつ物頒布罪の適用可能性は理論上残るが、同人誌に対する摘発例はほぼない。 |
法律上「違法ではない」としても、10歳や13歳に設定されたキャラクターの性行為を詳細に描写し、それを大量に流通させる行為が倫理的に問題ないと言えるかは別の問いである。
腐女子コミュニティ内では「キャラクターは絵であり実在しない」「被害者がいない」という論理で正当化されることが多いが、この論理は男性向けの「ロリコンもの」に対しても同様に適用されなければ一貫しない。にもかかわらず、後述するように、男性向けの未成年キャラクター性的表現には激しく反対しつつ、自陣営の同種の表現には寛容であるというダブルスタンダードが指摘されている。
一部の権利者はガイドラインで性的二次創作を明示的に禁止している。しかし多くの場合、個別の対応コストや炎上リスクを恐れて黙認しているに過ぎない。この黙認を「許可」と読み替える文化的慣習は、権利者に本来不要な負担を強いている。
近年、英語圏の社会正義運動(いわゆる「Woke」)の言説——特にジェンダー論、ポストコロニアル批評、インターセクショナリティなど——が、日本のSNS上で選択的に翻訳・引用され、特定の表現を攻撃するための武器として使用される事例が増加している。
Woke言説そのものが問題なのではない。ジェンダー論やポストコロニアル批評は学術的に重要な知的伝統である。問題は、それらの理論が本来持つ複雑さや内部批判を捨象し、自陣営に都合の良い部分だけを切り出して「正義の棍棒」として使用する態度にある。
これは理論の誠実な適用ではなく、権威の借用による言論封殺である。そして、この手法が最も頻繁に向かう先が、男性向けのオタクコンテンツである。
「マシュマロ」「Peing」などの匿名メッセージサービスを利用した攻撃的メッセージ(通称「毒マロ」)は、腐女子コミュニティにおいて深刻な問題となっている。内容は以下のようなものである。
毒マロや晒し(SNS上で特定の作者・作品を名指しで批判すること)の結果、創作者がアカウントを削除し作品を非公開にする「筆折り」は日常的に発生している。これはコミュニティ内部の表現弾圧に他ならない。
特に注目すべきは、加害者もまた女性であり、被害者もまた女性であるという点である。「女性が女性を潰す」構造は、フェミニズムの言説では説明しにくいため、しばしば不可視化される。
腐女子コミュニティでは、特定の行動規範(「検索避け」「鍵垢での運用」「R-18はワンクッション」等)について定期的に激しい議論が発生し、「学級会」と呼ばれる。これ自体はコミュニティの自治として機能しうるが、しばしば規範の押し付けと逸脱者への制裁に変質する。
腐女子コミュニティの一部には、以下のような暗黙の序列意識が存在するとの指摘がある。
この序列は、「BLは高尚なフィクションだが、夢小説や男女の恋愛は自己投影で低俗」という偏見に基づく。
ここに深刻な矛盾がある。腐女子コミュニティの一部は、自らの表現が社会から偏見を受けてきた歴史を語りつつ、同じ女性向け創作者コミュニティ内で別のジャンルを蔑視・攻撃している。被抑圧者が別の被抑圧者を踏みつける構造であり、「連帯」の理念とは正反対の実態である。
近年、以下のような事例が繰り返し報告されている。
これらの運動に共通するのは、主観的な不快感(「お気持ち」)を客観的な権利侵害であるかのように主張する論法である。「私が不快に思う」→「それは社会的に有害である」→「規制されるべきだ」という三段跳びは、法的な権利論としては成立しない。
しかし、SNS上の炎上は企業にとって実害をもたらすため、法的根拠がなくとも事実上の表現制限として機能している。これは私的検閲(private censorship)の問題である。
最も深刻な問題は、男性向けの性的表現を攻撃する主体が、自らは第2章で述べたような未成年キャラクターのR-18 BLを消費している場合があるという点である。
2026年5月27日に福岡で開催予定の第13回解決市場特別講演において、モデレーターとして水山真人氏が起用されている。水山氏は元西日本新聞記者で、日本新聞協会賞受賞という経歴を持ち、現在は株式会社アノクサの代表取締役として活動している。
水山氏については2022年に情報提供者とのトラブルに関する詳細な記録が複数のプラットフォームに残っている。西日本新聞「あなたの特命取材班」に情報提供した人物が、担当記者だった水山氏から根拠なく犯罪者扱いされ、個人情報を無断で取材先に漏洩された。自身の勘違いが発覚すると5日間連絡を途絶えさせて逃げ、謝罪どころか「偽計業務妨害だ」と逆ギレし「しつこいと警察に言う」と脅した。これらのやり取りはメールの記録として全文が公開されており、2026年現在も謝罪はない。
これらのトラブル記録はアメブロおよびnoteに複数の記事として掲載されており、水山真人氏の名前を検索すれば容易に確認できる状態にある。
水山氏が運営する株式会社アノクサの公式サイトには「代表は新聞社時代に中傷被害に遭ったため、インターネット上では名前を控えさせていただいております」と記載されている。しかし上記のトラブル記録はメールという一次資料に基づいており、水山氏側からの具体的な反論は現時点で存在しない。事実の記録に基づいた批判を「中傷」と表現し被害者ヅラすることには疑問が残る。
そもそもトラブルの発端は水山氏が情報提供者を根拠なく犯罪者扱いし、個人情報を無断で漏洩したことにある。その後謝罪することなく逆ギレして逃げたことで批判記録が生まれた。批判された側ではなく批判を生み出した側が「中傷被害者」を名乗っているという構図は、公開されているメールの記録を読めば誰でも判断できる。
水山真人氏の名前を検索すれば、これらのトラブル記録は容易に確認できる状態にある。にもかかわらず解決市場の主催者である株式会社セブンマーケットはこの人物を表舞台に立つモデレーターとして起用した。トラブルの記録を把握した上での起用であれば問題のある人物を意図的に登用したことになり、把握していなかったとすれば最低限の事前確認を怠ったことになる。どちらであっても主催者としての判断は問われる。
メフィスト賞取りそうなインド発のミステリサスペンス映画の珍作。47点。
ある日、警察署に自首してきたひげ面の男。何をしたのかと問われると彼は「人を殺しました」と告げる。それも9人。彼は今世間を騒がせている連続女性殺人犯だった。主人公の刑事と友人の犯罪心理カウンセラーは公判に向けてそれぞれ証拠集めと彼の責任能力の追及を行っていく。その中で2人は彼の呪われた過去の闇と向き合っていくことになる。
みたいな話。ではなかった……
冒頭、ひげ面の男が自首してきたところから始まり、殺されていった女性たちがどう殺されていったのかを映す。その後、事件を捜査し犯人に迫っていく警官たちと町中をうろうろするひげ面の男。警官たちが犯人に近づくにつれてひげ面はどんどんと警察署に近づいて行って、警官たちがついに犯人の家にたどり着くと同時に、ひげ面は警察署に自首にしに入るのであった。
という、自首までの警察側のアレコレをただ見せるんじゃなくて、彼らが捜査している間に犯人は自首を考え裏をかくように自首してきたことを見せることで犯人の手ごわさを表現しているのはなかなかようやっとる。
こんな感じでインド映画だけど、わりと正統派の演出から入って途中でやっぱり歌で全部説明するターンが入ったりするのも草が生えてよい。
あと、ライティングで善の心は青、悪の心は赤というわかりやすい処理しているのはさすがに近年ではあんま見かけない実直さだなぁと思ったり。
で、話としてはカウンセリングと捜査で犯人の過去を追っていく形になり、そこでミステリが二転三転していく。
彼の父親は母親を殺し電話で自首するも警官が到着する前に自殺していたことが明らかになるが、その捜査の過程で実は父親が母親を殺し心中を図ってきたので彼が反撃し身を守る形で父親を殺害していたことがわかる。到着した警官が彼の父親に恨みを持っていた人物だったので事件を隠ぺいしていたのだった。
犯人がカウンセリング中に噓をついていると疑っている2人は、カウンセリングで彼にこの質問をぶつける。両親の死について教えてほしい、と。
仮に世間的に公開されている両親が殺しあったと答えれば彼はうそつき。父親を自分が殺したことを話せば正直者。
彼が答えた真実はこうだった。
強権的でアル中。彼と母親を容赦なく虐待し、彼が拾ってきた子犬すら殺してしまうような父親に育てられるが、ある日、父親は盗撮の罪で捕まり盗撮された娘の親族にぼこぼこにされ大怪我を負う。そのことで家庭内では立場が逆転し、今度は母親が父親と息子である彼を強権的に虐待する立場に。
そしてある日、彼が都会での仕事が決まった日、いろいろあっていつも通り2人を虐待し始めた母親がその仕事の書類を見つけてしまう。都会に行かせてくれと頼む彼を母親は嘲笑い書類を破り捨てる。さすがにブチ切れた彼が母親を刺殺。虐待に鬱憤がたまっていた父親は俺が殺した!と言い張り自首。さらに母親を侮辱しようとした父親に怒り、彼は父親も殺害した。
父親を殺したか殺してないかどちらと答えるかで彼を測ろうとしていた2人は困惑。さらにわからなくなってしまう。
その後、犯人の家に残されていた遺留品から殺されていない被害者が存在することがわかり、彼女の捜索が始まり、そこでまたミステリっぽいリストアップからの条件による絞り込み、残った人たちを教会に呼び出してチェックするも教会内と受付で人数が合わないミステリがあってからの、実はその1人は受付に座っていました~というベタベタの展開で、その彼女の証言から犯人の恋人の存在がわかる。
犯人の幼馴染で両親の死後に再開、恋に落ちて付き合い始めるがそのうち犯人によって両親を自分が殺したことを告げられる。受け入れようとするがむしろ犯人側が疑心暗鬼になってしまい、彼女が自首しないようにストーキングをはじめさらに精神を病んでしまい両親を殺した人間は別にいて今もついてきていると言い出す。そしてお互い限界に到達してしまい、犯人は恋人を殺してしまう。
しかしそれが受け入れられない犯人は恋人とやり直すために恋人とのやり取りをいろいろな女性とカメラの前で行うことで自己カウンセリングをしようとするも結局、怒りのあまり女性を殺すということを繰り返していたのだった。
強権的な親の元で虐待を受け、そこから抜け出すために殺人を犯してしまい、さらにその殺人のせいで恋人とも悲劇的な別れ方をしてしまい、それを受け入れられなくて殺人を繰り返していたが、カウンセリングでその事実を認めることで心から反省した。ということで、裁判では罪を認めて罪状は二重の終身刑。
移送のバスに乗り込む犯人を横目に哀しい真実を突き止めた刑事は「判決は出た。できることはもうない」と話すのだった。
が、ここでUNICRONが流れ出し、コメント欄は「ん?流れ変わったな」と大盛り上がり。
バスの中が急にもわっとしだして、犯人の精神世界に接続される。バスの中には犯人と被害者たちが勢ぞろいし口々に真実を告げる。
「犬を殺したのも犯人」「母親は殺そうと思って殺した」「父親を脅して自首電話をさせて殺した」「なんなら盗撮したのも犯人だった」「生まれつき小動物を殺して過ごしていた」「幼馴染は通報しそうだなと思ったからすぐ殺した」「9人の女たちは恋人が死んで寂しかったから引き込んで飽きて殺した」
そして、殺されなかった被害者は幼馴染に導くために残した、彼女を殺していたら自首が間に合わなくて射殺されるのはわかっていた(インドでは凶悪犯は逮捕前なら射殺していい)、刑事たちを自主的に幼馴染に導くことで自身に憐憫の情を沸かせられることはわかっていた。そしてそうなれば裁判では死刑にならないように持っていけると思っていた。終身刑だが模範囚になれば死ぬまでに出られるのもわかっている。
そう、刑事たちが自分たちで見つけたと思った真実はすべて犯人によって用意されたものだった。
この映画が映し出していたことは全てうそだったことがわかり、バスは走り続け、なんかよくわからん続編を示唆して終わる。
まぁ、このオチがやりたくて撮ったんだろうし、実際のところこのオチは結構驚いたんだけど2時間映画見せられてきてそれ全部嘘でした~は体験として面白いかどうかはかなり怪しいところ。せめてもうちょっとなんかそれとわかるヒントは欲しかったかな。じゃないと、この2時間はなんやったんや?という徒労感が強くなりすぎる気はする。
ただ、その2時間のサイコミステリ部分は技法的につたないところはありつつもちゃんと真面目に作られていたので、だからこそのアンチミステリ的なこのひっくり返しはメフィスト賞っぽさあるなぁと思って、俺はメフィスト賞嫌いじゃないのでまぁまぁ、こういう作品もあるよなと思いました。
そんな感じで、あんまり真面目に見すぎるとハァ?ってなる可能性はあるけど、ビックリオチ一発のインド系か珍作ミステリと思ってみるといいと思う。メフィスト賞みたいなちょっとひねったミステリ好きな人におすすめ。
痴漢が安全ピンでチクッと刺されただけで『危害だ! 許せん!』って大騒ぎして、女性のピン携帯を批判する日本の男たち、マジで頭おかしいんじゃねーの?電車の中で女性のスカートの中に手突っ込んで、胸触って、尻掴んで、平気で「俺の権利」みたいにやってるクズどもが、自分の指一本傷ついた途端に被害者ヅラして「凶器だ」「過剰防衛だ」「男差別だ」って泣き言吐くの、本当に笑えるわ。 痴漢される恐怖と屈辱で毎日怯えて乗る女性や女子学生の気持ちなんて、これっぽっちも想像できないくせに。
自分の加害行為は棚上げして、女性が最小限の自衛手段を取った瞬間だけ「人権侵害!」って騒ぐ神経、どこから来てんの? 鏡見てみ? そこに映ってるのが、現代日本の恥部そのものだよ。安全ピン一本で萎縮するような弱いオスが、女性を攻撃するときは急に強気になるの、ほんと最低で滑稽。
本気で痴漢をなくしたかったら、まず自分の周りのクズ男を教育するか、電車で変な手つきしてるやつを即通報でもしろよ。
女性に「自衛武器を持つな」って強要する前に、お前らが人権侵害性加害野放しにしないようにしろって話でしょ。日本人としてこんな男たちが大勢いる現実に、女性から見ても本当に情けなくて恥ずかしい。痴漢批判できる男以外さっさと社会から退場して。
その後の展開は、さらに教育心理学的にも示唆に富むものだった。Aが一度は口にした「昨日の非礼について、重ねてお詫び申し上げます」という謝罪。それが内省によるものではなく、単に対話を強制終了させるための「終了ボタン」に過ぎなかったことが、その後の豹変で露呈することになる。
Bが依然として拭い去れない不快感(前日に「ソープへ行け」と人格を否定するような暴言を吐かれたことへの余波)を口にすると、Aは即座に攻撃に転じた。
「わたしは蒸し返されてだるいよ」「謝罪すべきはしっかり謝りました」と、自らの不適切な言動が招いた紛糾を、あたかもBが一方的に「終わったことを蒸し返す迷惑行為」であるかのようにすり替える。
再口論の最中、Aは「すまん任せた」と他のメンバーへ丸投げし、場を放棄した。
これは、自分が有利な時だけ「指導者」として振る舞い、形勢が悪くなると「自分は被害者だ」と逃げ出す、極めて不誠実な態度だ。
Aは、Cによる再度の指摘に対しても、結局「伝わって欲しかった(自分の善意を汲み取れ)」「その謝罪は一度は受け入れられた認識だ」という自説を繰り返すに留まった。
現代のコミュニケーションにおいて「情報のアップデートができない」ことは致命的な欠陥だ。
自分の振る舞いが「ハラスメント」や「仕様不備」であると客観的にデバッグされた際、速やかに自己のプロトコルを更新できない人物は、周囲に有害な環境を撒き散らす。Aは過去の成功体験や独自のドグマに固執するあまり、フラットかつ論理的な対話プロトコルをインストールすることに失敗した「古いOS」のような状態に陥っていたと言える。
今回のCや他のメンバーによる介入は、単なる口論への横槍ではない。それは、コミュニティというシステムの健全性を維持するための「免疫反応」だった。
人格否定や強権的な指導という毒素が蔓延しないよう、論理の光を当てて「それはNGである」と公にラベルを貼ること。
「コミュニケーションの主体は受け手にある」という原則を徹底することで、送り手の「善意(意図)」という逃げ道を封鎖し、受け手の安全を確保すること。
Cが最後までこの原則を捨てなかったのは、B個人の救済であると同時に、「論理の通じない強権的なコミュニケーションを許容しない」というコミュニティの防衛線を引く行為だった。
情報のアップデートを拒み、自らの手法の欠陥を「善意」や「謝罪済み」という言葉で塗り潰そうとする者は、いずれ健全なコミュニティのプロトコルによって「仕様不備」として弾き出される。Bが最後に「基礎の部分で齟齬がある」と冷徹に断じ、関係を断つ決断ができたのは、この徹底したデバッグのプロセスがあったからに他ならない。
(了)
自分のプラットフォーム「シラス」のローンチを実質担っていた稼ぎ頭のチャンネルが、自分より目立ち始めていたので数年に渡って脅した。
ゲンロン社への屈服と全面協力を迫った。(問題はこれだけじゃなくあらゆる人間とあらゆるトラブルを起こして、攻撃をしながら逃げ回っている。)
この稼ぎ頭はシラスの稼ぎで新居で配信環境を整えていたので、事実上生活を潰すぞと迫った。そして「東浩紀突発#xxx」配信を連日行い徹底的に攻撃を始め辻田は体調不良になる。ゲンロンの代表も最終的に虚偽の説明を行い辻田のチャンネルを削除。
別に問題はこれだけじゃなくゲンロン(東)はあらゆる人間とトラブルを起こし、トラブルを起こしたら「自分は無関係」と言い出して虚偽説明で逃げる。
カオスラウンジ騒動も同様。「自分たちは完璧な被害者」「自分は無関係」
逃げた後に東は「東浩紀突発#xxx」という配信で連日行い徹底的に攻撃を始める。
「どうせまた消す」「酒の勢い」「冗談だった」という文脈で誤魔化す。
パーソナリティ障害の文脈では冗談の中に脅しや”屈服するか試す”ムーヴを仕込むが東はそれだ。今ゲンロンに出演する人間は新しい人か、計画的に距離とってる人か、事情が何も分からない人しかいない。この東は「「友・敵」構造の克服」「訂正する力」など本で言っているが、LLMがそれらしい文章を吐くのと同じだ。東が思想のビッグネームとは対談 しないのは理由がある。無理だからだ。あと東は飲み会で会話内容を録音しているらしい(配信で叩くつもりなのか?)。ソースは全部辻田の動画。
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人気レビュアー Best900
楽しみにしていたと同時に読むのが恐ろしかった。
5話で木内さんは自殺図ったということを知らされ、木内さんが壊れていくまでの一部始始終が描かれているとわかっていたから。
描写が生々しい。イジメのではなく、少しずつ壊れていく一人の少女の心境が生々しい。チンポマンに犯され、最初はキヨくんを信じていた木内さんが清田くんをこいつと呼ぶようになり、やがてはクソニンゲンと呼ぶようになる。
途中で横田くんというヒーローが現れるが、再びチンポマンが現れたことにより、癒えかけていた傷口はより深く抉られる。
辛い。ひたすら被害者で、傷つけられる存在としての木内さんが可哀そうで、けれどそこにエロティシズムも存在している。凄い。
そして立ち直ろうとしても、心身の深い部分にこびりついた凌辱の記憶と自己嫌悪からは逃れることができないという事実を突きつけられる結末。
チンポマンこと清田くんの木内さんに対する執着や自己愛、他責、自分が大好きな木内さんを傷つけていることへの無自覚さは不気味であると同時に、自分の中にもそういった部分があるようにも思えてしまう不快さもある。
キャラクターの設定、心情描写、構成がとにかく素晴らしい。「チンポマン」というあほなタイトルからは想像もつかない丁寧で容赦のない物語だ。
こういう言い方は好きではないけれど、エロ漫画じゃなくて文学作品読んでるようにさえ思えた。
読んでない人は今からでも読むべき。