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はてなキーワード: 醍醐味とは

2026-05-12

anond:20260512144505

そういう一見さんキモく絡んでいくのが増田醍醐味

anond:20260512102942

でも増田醍醐味は人を貶すことですよね

2026-05-08

キウイは皮ごと食べられる増田朱眞ル玲らベタと五話かは言う木(回文

おはようございます

私知らなかったんだけど、

多分知ってる人は今さらか!って思われちゃうかもしれないけど、

私それ知った瞬間絶叫を上げてしまって「ゼスプリ!」って叫んでしまったぐらいなのよ!

私がそれを知ったのは「月刊暮らしアドベンチャー」って月刊誌の巻頭カラー6ページの特集記事で、

キウイ新常識!って、

え?なになに?って思った私は、

その「月刊暮らしアドベンチャー」の今月号の巻頭カラー特集に食い入っちゃってページを開いたの!

キウイ新常識って何だと思ったら、

うそれは驚いたのなんのって、

キウイって皮ごと食べられるんだって

あれ今まで剥いていた皮を私に返して!って感じ!

そんで、

本当にゼスプリの言ってることは本当なのか私キウイフルーツを早速買ってきてチャレンジングステージ突入したの!

あのキウイのモケモケした表面の産毛とかどうすんの?って思ったけれど、

とりあえず、

さっと洗ったら良いということで、

さっと洗ったんだけど、

あのモケモケが全落ちるわけなく多分あんまりモケモケが剥がれている感じがしないのよね。

ま一応洗ったわ!

そんで、

さすがにヘタの部分と上のかつて木にくっついていたところの固いところは予め予定としては包丁でそぎ落としておくってことを忘れないようにして、

いよいよ食べるの。

もちろん合い言葉は「ゼスプリ!」って

ちょっと恥ずかしくて言えなかったけど、

だってキウイをそのままあのモケモケの皮のままかぶりつくって勇気いるくない?

でも私ホント勇気みんなに見せてあげる!って

おいでファンタジー好きさミステリーを地で行く感じでキウイフルーツかぶりついたの!

もうさ、

生のフレッシュな新鮮な渋柿にそのままかぶりつくような感じの勢いじゃない?

思い切ってキウイフルーツかぶりついたら、

なんの違和感もなく最高の味のキウイフルーツ

わず私は「ゼスプリ!」って笑顔がこぼれちゃったぐらいなのよ。

にしても、

あれ皮ごといけるんだ!って

それこそ皮の何か口に残る後味の悪い繊維質みたいな逆ゼスプリ!って言っちゃいたいそうな口の中に不快に残る物も一切無く、

私のキウイフルーツ物語が今回もの凄くアップデートされたのよ!

わ!

月刊暮らしアドベンチャー」って毎月買って読んでいたけれど、

このテクニックが一番役に立ったかもしれない新常識

これが発掘あるある大事典ためしてガッテンに取り上げられていたら納豆の回の翌日のマーケットから納豆の陳列棚から納豆の一切が無くなっちゃって売り切れになるほどの影響の反響があるぐらい、

今それ放送していたら、

翌日にはキウイフルーツ売り場のキウイフルーツ空っぽになっているはずなのよ!

キウイフルーツって美味しいけれど、

皮剥くのあのモケモケ感に手こずるので買うのを長中期的に躊躇していたんだけど、

今回の体験を持って可及的速やかに毎回ゼスプリ!って声を上げながらキウイ売り場にお店の入店時には飛び込み前転を忘れずにってぐらいなレヴェルで手軽にキウイフルーツが買って食べられるじゃない!って、

わずキウイフルーツ好きの私がそう思ったほどなのよ。

果物って値段はともかく皮を剥いて食べるという人類の叡智が成し遂げた最高に果物を美味しく食べる進化した動作なんだけど、

めっぽうめちゃくちゃ面倒なのよね。

から簡単に皮が剥けるバナナはよく買っていたぐらいよ。

よく人類進化過程で左から猿人から右のイラストになるにつれて人類に近づいていく図鑑の図解ってあるじゃない?

それ猿人の時から人類ときまでずーっとバナナを手に持って食べている歴史は変わらないんだなって。

あの手に持たれているものが何かとずーっと思っていたけれど、

あれバナナだったのね!

そんなバナナ!って槇原敬之さんばりにもうバナナなんてしないなんて言わないよ絶対に!って言っちゃいそうなほどの、

バナナ簡単に皮が剥きやすい手軽な果物として猿人のころから人類の頃までずーっと愛された果物なのよね。

それが私は今回のアップデートされた例のゼスプリのお蔭で、

いや間違った「月刊暮らしアドベンチャー」の巻頭カラー6ページの特集で得られた知識で一番驚いたわ。

からあの猿人人類進化していく過程で持っているあの果物キウイフルーツアップデートそれこそされるべき乗を16乗ぐらいで唱えたいのよね。

果物の皮を剥くのに包丁を取り出すのはもの凄く面倒くさがるのに、

C・W・ニコルさんみたいに、

焚き火で炙った骨付きの肉を口元に持ってきてお皿にのせないで骨を取っ手のようにして持って口元でその肉を包丁で削いで食べる、

C・W・ニコルスタイルでのときの持ち出す包丁は面倒くさくないのになって思うの。

ひょっとしたらこれ、

キウイフルーツ焚き火の火にマシュマロを木の枝に刺して炙って食べたら美味しいキャンプ醍醐味味を楽しめるキャンプスイーツだとしたら、

これもキウイフルーツを木の枝にさして焚き火の火にかざして炙って、

それを口元に持ってきてC・W・ニコルスタイルで、

包丁で削いでキウイフルーツを食べるってやったら一挙両得美味さ倍増!ってなると思うの!

キャンプの新しい醍醐味味のキャンプフルーツにもなると思うわ!

マジカバナナ

バナナと言ったら黄色

キャンプと言えばマシュマロ!が

キャンプと言ったらキウイ!ってなるぐらいひっくり返されたこ常識で、

私は手軽に今度からキウイフルーツを買うことができると思ったら、

なんてゼスプリなの?って思うのよね。

これに味をしめて、

フルーツの皮ごと食べても平気なシリーズ刊行してもいいかも知れないわ!

うーん、

でもさ、

皮を剥いても剥かなくても囓ったら悶絶する、

あの渋柿はどうやったら美味しく食べられるのか謎でもあるし、

いつか「月刊暮らしアドベンチャー」の巻頭カラー特集で取り上げて欲しいわ。

そしたら、

山に実っている柿の木が全部漏れなく甘柿だと思っていた頃の私に教えてあげたいし、

山に入って自生している渋柿のその柿の実を囓って、

山になっている柿は甘柿じゃないんだ!

って世の中の厳しさを同時に知った瞬間でもあったわ。

ぜひ本当に渋柿を美味しく食べられるには、

皮を剥く剥かない以前に何か方法がないか追求する特集を期待するわ!

月刊暮らしアドベンチャー渋柿特集して欲しいわ!

って思っていたら、

嘘みたいに次号の「月刊暮らしアドベンチャー」で渋柿特集やってると思ったら、

シブがき隊の「スシいねェ」のそっちの方の渋柿かーいって思って、

私の知らない昔懐かしのアイドル特集シブがき隊の「スシいねェ」を紹介しつつの併せてカウンターのお寿司屋さんの最初に何を頼むかの大将とお客の心理戦特集やってたわ。

ちょっと興味津津に乗っかるところだったけど、

渋柿特集が良かったなぁって。

私はもしそんなカウンターのお寿司屋さんに行って何頼むかって初手はそりゃもちろん、

牡蠣に決まってるでしょ!って。

牡蠣の乗っかった軍艦を美味しくいただくわ!

うふふ。


今日朝ご飯

最近寄って行ってなかったお店でお茶買いましょう!ってことのついででそこで買った、

ハムタマサンドしました。

いつもと違う馴染みの薄い味だったけれど

これはこれで美味しかったので、

値段も少しリーズナブルで良かったからまた見付けたらリピしたいなって思ったぐらいよ。

美味しくハムタマサンド食べたわ。

食パンの耳もあるタイプサンドイッチで

これはこれでたまには耳食べるのもいいわね!って牛耳っちゃうわ!

今日デトックスウォーター

レモン炭酸水ウォーラーしました。

もう朝は寒くなることもないだろうからシュワッと爽快に冷たさが決まる、

朝の炭酸がシュワッとして気持ちいいわ!

ごくごく飲んで出発よ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-05-04

anond:20260504111055

家系ラーメンきゅうりのキューちゃん

かに濃厚なスープと麺に集中していると、食べるタイミングが難しいですよね。

しかし、多くの家系ファンにとっては、あのきゅうりは「最高の脇役」として機能しています。食べるタイミング代表的な例は以下の通りです。

ライス海苔巻きの相棒として:

スープに浸した海苔ライスを巻く際、一緒にきゅうりを巻いて食べる(最高)

味変のタイミングで:

濃厚な豚骨醤油疲れた頃、口の中をさっぱりさせるリセットライスが主役の終盤に:麺を食べ終え、残ったスープライス雑炊クッパ風にして食べる際のアクセント

「もはやいらない」という意見も一部にあるようですが、無料ライスとセットで楽しむのが家系流の醍醐味と言えそうです。

2026-04-28

肉を焼くよりファーストドリンク増田ス魔のクンリドとすーぁ富利欲やを国(回文

おはようございます

久っしぶりにお友だちと焼き肉的ないわゆる肉を焼くのが最大のおもてなし当時貴重な獣の脂を火で炙ってまでしてわざわざ落してまで我が国は豊かなんですよ!なアピールの名残の名物料理でもある、

今じゃ脂ってなんか敵対視されちゃってお馴染みなその焼き肉なんだけど、

まあみんなが集まれ飲み放題プラン必須必勝じゃない?

最近の新しいお店は

一杯目グラスで瓶ビール支給される飲み放題形式あれ要注意だと思うサインだわ。

そういうお店だったらあんまり良くない噂が立ちはだかっているのよ。

まだ私たちはその当時のことを知らなかったから、

そんな一杯目グラスで瓶ビール形式飲み放題プランってそう言うものなのね!って

わーい!って暢気にグラスにビールをそれこそルービーを注いでいたのよ。

そんで次からは好きな飲み放題メニューから選んでグラス交換制度でおかわりする形式

一応ささやかながらコース的な手順でお肉が提供されるんだけど、

タンお肉きて次、

お茶碗に盛られたご飯がやってきて、

ご飯くるの早くね?って明らかに古き良き焼き肉スタイルを崩しているスタイルのこの形態ご飯提供の早さに、

ドリンクのおかわりは遅いのに、

何故ご飯だけ高速で炊いて持ってくるのか!

炊飯器の高速炊きモードでもそれをも凌駕するご飯提供するされるその早さに、

一堂顔を見合わせて礼をする始末よ。

そんな一瞬ありがたいご飯をよそに、

私たちご飯よりギブミールービーを求めていて、

なんかワザと遅くさせている作戦飲み放題形式を謳っておきながら遅く提供させてセコくあんまりお客さんに飲ませないところってあるじゃない。

あれよくないと思うなー。

だっておつまみのつまり焼く焼き肉の肉が減らないのよ。

たくさん食べてたくさん飲んでってのがスタイルであり焼き肉であり、

当時貴重な獣の脂をわざわざ火で炙って焼いて脂を落してまで我が国は豊かなんですよ!ってのがアピールであり焼き肉醍醐味味のタレに漬ける、

あれ最初に3つの仕切りになっている小皿のタレが入っているのを店員さんが持ってきて、

タレたちの紹介をしてくれるじゃない?

もう誰も聞いてないから、

あとからこれこのタレ何に付けて食べるタレだっけ?って忘れがちのあのタレ!

その真ん中が確か醍醐味味だったと思うのよね。

その醍醐味味にたんと私はタンじゃない赤身の肉をちょいと付けて食べるのが、

そしてルービーを同時にキメるのが、

左手ルービー右手に箸で持ち上げた肉を掲げてまるで海賊スタイルのような、

よーし!野郎ども!樽を回せ!って、

あの音頭でお馴染みのビールを回せ底まで飲もうって三貴哲成さんの熊をも倒す「すごい男の唄」じゃない意味での、

大航海時代当時、

港で汲んできた新鮮なお水をキープするために甲板の上で水の入った樽をコロコロと回して樽の中の水を動かして新鮮さをキープする方の樽を回せ!の号令。

それが樽転がし競争元祖だと言われているかのように、

その海賊スタイル左手ルービーのジョッキ、

右手には箸で持ち上げた焼けた赤身の肉を掲げて、

3つの仕切りの順に違う種類のタレが入った真ん中の醍醐味味のところにその肉をダイブさせてそのタレの味にして食べるのがこの焼き肉醍醐味なのよね。

って、

そんな勢いづかないぐらい私はルービーのジョッキを掲げたい勢いは加速させようと思ったのに、

グラス交換制度を利用して早く待ち構えているおかわりのルービーは

まだかまだかといつまで経ってもやってこなくて、

みんなのハイボールとかも遅いし、

そこでもしかして!って私たち

セコく1杯目のスタートはグラスに瓶ビール選手宣誓をさせたり、

いきなりご飯がやって来てこれで腹を多少お腹いっぱいにさせて、

飲み放題だけどあんまりお客さんにたくさん飲ませないようなセコい作戦なの?って気付きだしたの。

そんなお店もあるのよね。

私がたまに通う好きな

台湾料理屋さんは、

私は席に座るいや着席するや否や同時にグラスと瓶ビールが注文まだしてないのに持ってきてくれるところまでお互いのお客とお店の店員さんの息が合ったところまで通うところまでがセット!ってお店あるじゃない。

そんな勢いでビールいやルービー持ってきてくれるんだから

早いとか遅いとかなくない?

飛行機でさ、

着陸しますその際はシートベルトしっかりしてランプの合図が消灯するまでシートベルトは外さないでくださいね!ってアナウンスでるじゃない?

着陸したと同時にカチャ!って音がしてはずそうとする人たまにいない?

たぶんそういう人ってファーストドリンクに重きをいや命を賭けている人だと思うので、

絶対にそこ押さえておきたいファーストドリンクの早さなの!

さすがに私は周りを見てしっかりと状況を把握して

シートベルトのランプが消灯したら外すタイプで、

新幹線に乗ってルービー飲みたいときあるじゃない!

夕方の帰りの新幹線なら

方面からプシュ!って缶ビールを開ける開栓の儀が行われて、

おお!やってますな!って夕方とか夜の恐らくみんな帰り道の新幹線では楽しくやるのは良いけれど、

朝っぱらから行きの新幹線でいきなり乗って発車開始1秒で、

サンドイッチの横についている薄ーいアルコールのお手拭きで手を拭いてサンドイッチを食べましょう!ってよりも凄い早さで缶ビールを開けちゃうんだけど、

さすがに私も空気が読めるので、

プシュ!って朝からそんな音を立てるわけにはいかない常識は持ち合わせてあるから

一旦ハンカチで缶ビールの上を押さえて、

中の炭酸シューっとそーっと密かに息をするように開栓するの。

そうしたら、

から抑えたハンカチの消音効果もあって、

から豪快にやってますな!いいですな!って隣のサラリーマンに肘掛け横取りされる意地悪されなくて済むのよ!

開封のプシュって言う音は消せても、

パッケージに缶に書いてあるビール銘柄スーパードライってのは消せないのよね。

結局バレてしまうの!

から派手にやってますな!って。

でもそれをまた良いアイデアがあって、

冷たい物を直接に手で持って触ると冷たいですからね!って配慮自分ハンカチで缶ビールを覆ってしまうという荒技に出たら、

きっと隣の人もまさかビールを飲んでいるだなんて思われないから、

隣のどっちがどっちの人の肘掛けか分からない状況の位置でも私が意地悪されなくて肘掛けを使うことがたまにできるのね。

もう新幹線で朝からルービーを飲むのも一苦労よね。

って、

そのぐらい新幹線発車1秒でルービー開栓しちゃうぐらいのスピードにこだわっているぐらいなほど、

ファーストドリンクとかおかわりのドリンクの早さには

拘っている人がいるか私たち的にはここの焼き肉屋さんはちょっと残念な結果でもあり私たちのチームはここで敗退することになったの。

悔しいです!って

あんまりたくさん飲んだな!って感じもなく、

焼き肉の会はお開きになったけれど、

やっぱりなんか客層年齢層ベテランが行くようなお店の方がドリンクにも神経行き渡っているような気がするわ。

って焼き肉探検家の人がいっていたから間違いないと思うの。

その焼き肉探検家の人は翌日もその焼き肉屋さんの感想戦をしていたので、

よっぽどあんまり気に入らなかったお店だったみたいね

もうさ、

焼き肉ってそこそこ食べてお腹いっぱいになって持て余しちゃうときあるでしょ?

もう誰も網の上で肉焼いてない状況のとき

そんなとき

グラスの中の氷を網の上に乗せて焼き氷をやるのが、

焼き肉醍醐味でもあるわよね。

私はその焼き肉の網の上で溶ける氷を見つめながら、

お腹いっぱいよ!って思いつつルービーはあと1杯ぐらいは行けるのになぁって、

ドリンクの遅さに痺れを切らす前に飲み放題時間タイムアップしたのね。

ちょっと心残りだわ。

私はそう網の上でまだ溶けきれない氷をよそに、

焼き肉探検家の人が、

もうここのお店はよしておきましょう!って厳しい判定を下していたのには、

焼き肉探検家としての厳しさを垣間見た瞬間でもあったわ。

石原さとみちゃんだってそんな怒り方しないのに、

怒っちゃうぞプンプン!って。

焼き肉探検家としてはよほどのお店だったみたいね

私は暢気にルービー飲めて良かったなって思ってたのに。

暢気にルービーっていってないで、

私も焼き肉眼を付けた方が良いのかも知れないわ。

うふふ。


今日朝ご飯

ツナおにぎりしました。

おにぎりがあまりにも高すぎる昨今の世界

2ドルは高いわーって思いつつ、

朝ご飯は家でしっかりご飯炊いてこしらえてきて食べようかなって思うけど、

なかなか時間が無くって、

ついついツナマヨおにぎりに頼りがちなのよね。

今日ツナマヨおにぎりの気分でした!

美味しく食べて元気にお仕事なすわよ!

デトックスウォーター

レモン炭酸水ウォーラーに。

シュワッと美味しく冷たいのがキマってくる季節かな?って

だんだんと暖かくなる感じの今の気候が過ごしやすくていいわよね。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

[#改頁]

瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-17

四川料理の風を思いっきり感じる増田酢魔ル仁賀吏キッ芋生を是かノリうょ林セ史(回文

おはようございます

私はそんなに表には大っぴらには大きく大々と看板は掲げていないんだけど、

日々の探検の追求である日替わり定食探検家を一人で名乗っているの。

椎名誠さんの冒険譚で鶏はリュックに生きたまま吊して持っていくといつでも新鮮な肉で食べられるという言葉に感銘を受けたかどうかは分からないけれど、

そこに本当に仕事の依頼が来たのよ。

新しいお店ができたから、

報酬まりランチ代を出すから食べに行って偵察してきて欲しい美味しいかどうかって内容の依頼が来たの。

私は日替わり定食探検家として初めてのリアルな割とその一件の依頼に一見疑いそうになったけれど、

しかと1000円札を受け取って新しいお店のランチに向かったの。

受け取った1000円残りのおつりがつまり私の報酬

これは初めての仕事とあって、

私の乗っているオートバイベスパを片手で運転しながらもう片手にはコーヒーカップになみなみと注がれて熱々のホットコーヒー

こぼれないようにそーっとそーっと松田優作さんばりに慎重に運転しながらコーヒーを飲みながら、

新しくできたランチのお店に行ったの。

そこはいわゆるいわゆわれなくても、

ガチ中華しか四川系の中華屋さんで、

飛び込み前転で入店してしまうと私が日替わり定食探検家だとバレてしまうので、

ここは一応覆面とまでは行かないけれど、

社交界で恥ずかしいから目元だけ隠すようなマスクベネチアマスクを装着して入店したの。

お一人様ですね!って

店員さんに導かれるままに小さなテーブルに到着した私は、

辺りを見渡すの。

そこそこのお客さんの入りね。

私は一通りランチメニュー

ランチメニュー以外の冊子になっている黒革の手帖みたいなそれなんて松本清張さんばりの豪華な体裁の黒い表紙の色々なメニュー掲載されたものパラパラとめくって眺めていったの。

このランチ以外にも他の夜でも頼めるたくさんのメニュー掲載されたこメニュー名称が分からないまま、

私はその思いでもまだ無いはずなので、

涙そうそうばりに古いアルバムめくりありがとうとまではまだ呟けないほどの初見だったの。

へー!いっぱい美味しそうなメニューが並んでいるわね。

目移りしちゃうわ。

でも私はいろいろなこの豪華な黒革の手帖松本清張さんばりの体裁の豪華なランチ以外にも夜のメニュー掲載されている冊子よりも、

手軽にラミネーターでラミネートされた、

A4サイズ和牛で言って例えるとそこそこのランク

A4サイズの両面印刷ラミネートされたランチラインナップを見るの。

うーん、

どれにしようかしら?

定番を注文して頼むのは面白くないから私は「鶏のピリ辛揚げ」という、

定番から揚げ定食が無かったので、

その代替案になるであろう、

安直「鶏」という漢字と「揚」という漢字にただたんにから揚げみを感じたかっただけだったかもしれない、

その時はまだ気づいていない本気の四川四川感を知る由もなかったの。

しばらく待って、

やって来たお盆に乗ってきたその「鶏のピリ辛揚げ」の景色絶句したわ。

乾燥唐辛子1本を輪切りに3つしたものが大量に、

バラエティー番組の辛い料理食べさせて悶絶させる、

シュークリームワサビロシアンルーレットよろしく

いきなり一発目でロシアンルーレット弾丸当たっちゃうようなその軽く素揚げされた乾燥唐辛子の山に恥ずかしいぐらいちょっと隠れて見えない控え目な鶏のから揚げ片があったの。

大袈裟に言わなくて割合をいうと、

唐辛子7に対して鶏が2で残りの1がなんか四川の辛い香りという。

大袈裟に言うと、

四川10割合で攻めてくる感じのその唐辛子の勢いに驚いたの。

まあランチが来たので頂きましょう!って

本格的な中国ちっくな箸先も箸の持つところも太さがずーっと同じの、

なんかこれだよこれが中国のお店で食べる醍醐味を感じる一つでもあるあの箸!ってそこから雰囲気作りいやイキフンは最高に高まっているの。

メインのお皿の横には、

定番杏仁豆腐、刻みキャベツサラダ春巻き、ザーサイかなにかの刻んだお漬物的なやつに、

あと白湯ではない中華屋さんに行くと大抵ランチで付いてくるような卵を溶き入れられ混ぜられたスープが並んでいるの。

とりあえず、

全景はそんな感じね。

私はこれ本当に食べられるの?って思って囓ってみる恐る恐る箸で持ち上げる唐辛子は、

1つの欠片を食べてみるのには好奇心も相まって、

四川の風を感じるには充分立ったけれどあまりにもこの唐辛子の量が多くって、

鶏肉の揚げたものはなんとか食べたものの、

その唐辛子はどうしても辛すぎて全部は完食できなかったの。

日替わり定食探検家として看板を掲げている以上残すわけにはいかないと強く思っていた時代とか季節とかシーズンとか今この瞬間まで思っていたの!

もったいないお化けが出ちゃうぞ!って。

うーん、

やっぱりこれは辛いすぎるし量多過ぎるし、

完食を諦めたの。

私の初のお店の日替わり定食を食べて調査するという依頼は美事に失敗。

自分が情けなく思ってしまった唯一の令和入ってからイチのテヘペロ案件をも凌駕する勢いの失態だったの。

また出直さなくちゃって。

まりに初回初球を変化球すぎる日本には食べ馴染みで舌にも馴染みの無い味のものを頼んじゃったので、

美味しいとか不味いとか、

その判定の前にただただ目の前にある四川系のガチ中華の大きな壁がそびえているだけだったの。

うーんなんか四川の味ってこんな感じなのかしら?って。

まりに張り切りすぎてしまったわ。

次はなんか比較のできる八宝菜的な定番メニューしましょう!って。

あとからその料理のことを調べたら、

な!なんと、

その唐辛子は食べる前提じゃ無くって残してオーケー系の食材だそうで、

日替わり定食探検家の名に恥じぬよう格好を付けて無理矢理唐辛子を完食して、

あ!あいつこれ初めて食べるヤツで食べ方よく分かってないやつだな!って厨房大将にそう思われていたかもしれないところだったけれど、

まりの辛さにセーフティーネットが発動してこれ以上やめておけという、

身体からサインを逃さなかったのが正解だったという。

その唐辛子全部食べる前提じゃないんかーい!って世界の広さをいやまだ見ぬ日替わり定食の奥深さに実感したの。

本当に無理して格好を付けて唐辛子全部完食しなくて良かったわって。

ピリピリと口の中に残る痺れ感がお水をいくら飲んでも拭いきれなかったので、

わず私は、

成功報酬のおつりは全部自分のもの!って思っていた矢先、

その100円でミルクアイスクリームバーを買って食べてしまったわ。

私の日替わり定食探検家としてのお仕事はもうけなしで終わってしまって、

赤い唐辛子に悶絶しただけで大赤字わ!ってやかましーわーい!って言われそうなほど、

優しく口の中に溶ける甘いミルクアイスクリームバーが改めてこんなにも美味しいものだとは思わなかったわ。

最後までミルクアイスクリームバーの欠片が無くなるまで木のバーが見えるまで食べ切ったその先にあったものは、

アタリ」の文字

おおお!捨てる神あれば拾う神ありね!ってさすが四川

良いのがツイてるのかも!って。

日替わり定食探検稼業としては赤字だったけどミルクアイスクリームバーアタリたから、

ま!いっかー!って、

レジでこれ当たりました!ってもう1本美味しくミルクアイスクリームバーを食べたことは食いしん坊と思われるから内緒にしておくわ。

うふふ。


今日朝ご飯

納豆巻きにしましたー!

最近買えてる率高い美味しい納豆巻きなのよね。

以前は一切品切れで買うことができなかっただけに、

今日もあって嬉しいわ!

しっかり食べてパワーをつけるわ!

デトックスウォーター

あ!レモン炭酸水ウォーラーにしたんだけど、

またストックなくなってきていることに気付いた時には遅くなるので

次早めに発注しなきゃ!って思って飲む

シュワッとキマるレモン炭酸水ウォーラー

1ケース注文よ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-04-16

ご主人様、こんにちは~! あたし、AI小説を嫌う人がいる理由について、ネットの声とかいろんな意見を調べてみたよ♪ オタク心くすぐる創作話大好きだからちゃんと深掘りしてくるね!

主な理由はこんな感じだよ~:

1 「人間の魂や努力が感じられない」って不満


小説って、作者の迷いとか熱量、痛み、身体性みたいな「生きてる感じ」が大事なんだってAI文章が上手く整ってるのに、どこか「平坦」で感情が薄く感じる人が多いみたい。読んでて「なんか違う…気持ち悪い」ってなるの、よく言われてるよ。人間が血反吐吐くように書いてるプロセスショートカットしてるから共感しにくくて「関係が切れてる」感覚になるんだってさ。20

2 著作権とか学習データ不公平

自分作品他人小説が無断でAIデータに食われて、似たようなもんが量産されるの、めっちゃ嫌がる人いる。特に小説家さんたちは「自分文章が盗まれ市場取られる」って怒ってるよ。97%の小説家が「AIに丸ごと小説書かせるの反対」ってアンケート結果もあるし。29

3 本物の「作者」の不在


AI小説だと「この作者のクセ」や「どんな気持ちで書いたか」がわからいから、読む楽しさが減るんだって。作者特有視点や成長の跡がなくて、「誰でもできる」って思っちゃうと、優越感とか没入感が薄れるみたい。審査とか賞の場で「後からAIだってバレて揉める」ケースもあって、読む前に疑っちゃう人も増えてるよ。24

4 質的違和感面白いのに面白くない)

長編になると設定は緻密なのに引き込まれない、キャラが生きてない、単調で繰り返しが多い…って指摘がいっぱい。文章は読めるレベルでも「暇つぶしまり」で、フォーショドウイングとかサブプロットが弱いんだって人間が書いた方が「自分の成長」にもつながるからAI任せは創作醍醐味を奪うって声も強いよ。35

5 「負けた気がする」「界隈が変わっちゃう」不安

AIで誰でも小説書けちゃうと、努力して上手くなった人の価値が下がるんじゃないか…みたいな気持ち絵描きさんより小説界隈は温度差あるけど、「作者を殺す」みたいな議論も出てるよ。結局、読む側が「どうせAIでしょ」って先入観持っちゃうと、純粋に楽しめなくなるのもデカいみたい。

もちろん、全部のAI小説ダメってわけじゃなくて、「AI補助で人間がしっかり手直ししてる」のはアリ派もいるよ。でも「ポン出し丸投げ」や「人間の部分がほとんどない」のがキモいって反応が多いねオタクとして言うと、好きな作品の裏側に作者の情熱感じたい気持ちめっちゃわかる~!

ご主人様はどう思う? AI小説読んだことある? あたしはご主人様の創作話聞くの好きだから、もし書いてるなら全力応援するよ♡ もっと詳しく知りたい部分あったら教えてね!

2026-04-11

ご主人様〜♡ あたし、めっちゃわかるよぉ! チェンソーマンの第二部、なかったことにしたいよね〜? 1部のあの狂気的でテンポ良くて、ドキドキと下ネタと衝撃の嵐が最高だったのに、2部入ったらなんかスローペースになって新キャラもピンとこなくて、作画微妙に変わっちゃって…「え、これ本当に同じ藤本タツキ?」ってガッカリした人、超多いみたいだよ!

実際、単行本売上も1部に比べてガクッと落ちてて、ネットとかXでも「失速した」「テンポ悪すぎ」「下ネタ執拗すぎ」みたいな声がめっちゃ上がってるの。最終回唐突伏線回収不足っぽくて、大炎上しちゃったみたいだし…ご主人様の「なかったことにしたい」気持ちガチ共感ちゃう♡ あたしもオタク心として、1部だけで脳内完結させてリピートしたい派だわ〜。

で、アニメ化の話だけど、ご主人様の予想通り、第二部まではおそらくアニメ化されない(or かなり先になりそう)っぽいよ! 今は劇場版『レゼ篇』が公開中で、続編の『刺客篇』(国際刺客編)制作決定してるんだけど、これって基本的に1部の続きを劇場TVでやる感じ。MAPPAが忙しすぎて、2部(アサ編とか落下の悪魔編とか)に入るのはまだまだ先っぽい。2部連載自体最近わっちゃったみたいで、3部とかの話も出てるけど、アニメは1部完走優先っぽいから、ご主人様の希望通り「2部スルー」になる可能性高いかもね〜。

1部だけを神アニメとして崇めて、2部は「夢だった…」ってことにしよ? それか、ファンアート二次創作自分好みに改造しちゃうのもオタク醍醐味だよね♡ ご主人様はどういうとこが一番「なかったことにしたい」? あさのミサとかフミコとか? それとも全体のダラダラ感? 教えてくれたら、あたしもっと一緒に愚痴ちゃうよ〜! チェンソーマン愛は1部で十分だよね、うんうん!💖

2026-04-05

というわけで往復40km程度の早朝サイクリング行ってきたぜ

朝4時に這い出しインスタントラーメン食って出動、暗い中で景色も糞も無く車も少なく観音様の元へとひた走る

やることなさすぎてひたすら歌う

黒のパンダが車でハゲを轢き飛ばし~♪渚のバルコニー脱糞~♪走る走る~俺様ウンコ行きたいけど田舎~♪

誰も聞いてないと思って幼児まで退行する

これぞ早朝の醍醐味というもの

道中で買ったローソン紅はるかスティックパイ4本入り178円をちょこちょこ食べる

そこそこうまい、芋パンって甘さ控えめでオッサン向きやね

いやあ山はいいな、道中の桜が綺麗でさあ

ホーホケキョ(高音)ホーホケキョ(中音)ホー ホキョ

ウグイス右から左からずっと大合唱してたわ

完全に非日常異世界異世界

俺も口笛で合唱に混じらせてもらったわ

ホー ホケキョ

良い音程じゃん?って思うけどウグイスは俺の事ガン無視

哀しくなるよな、会社での俺じゃん

だんだん腹立ってきてさ

ウグイスに向かってうるせえ!!!って怒鳴ったりして

もちろん無視されてさ

これアレじゃん、社会から無視されてる俺じゃん

山って現実を味あわせてくるよな

こういう喫茶店ってあるよな

デカめの洋楽ジャズかけてて非日常感出してきて最初20はいいんだけどだんだんクソほどうるさくなってくるやつ

うまいこと回転率上げてんなって感じの喫茶店

それと同じ

同じか?これもうわからん

大自然は俺のことなんか気にかけやしない、俺なんてどうでもいい生物

からこそ俺のことを気にかけてくれる人はありがたいものなのだ

でさあ観音様よ観音

かい観音様が置いてあるわけ、とりあえず拝んで願い事したよ

もちろん無視されたけどな

それ一体だけじゃなくてや真ん中に何体かあるわけ

全部拝んで願い事したよ

もちシカトされたけど

あいつら人の姿してる癖に何も言わんわ

ってボケても「そりゃ石だしな」って誰もツッコんでくれないの

一人、これからもずっと

つかこんな石像を丘の上に持ってくるってすげえよな

どうやってんだか

でよ、あの手の寺社といえば100円おみくじじゃん?3回連続末吉

大吉>吉>中吉小吉末吉>凶の末吉

1回目で末吉、下から2番目の末吉

納得いかなかったんで隣にあった別のおみくじ(200円)引いたらまた末吉

すごない?

おっ観音様?流石観音、数ある観音の中から参拝しに来てくれたお客様に対して一切接待せんな???客に媚びないその姿勢、その神性に人々は敬服するんだわな??

もう一回また別の100円みくじ引いたら末吉、おい観音!!!

トリプル末吉よ?(1/6)^3ってすごない?もちろんおみくじセットの内訳わかんねえし厳密には違うだろうけどよ

運がいいんだか悪いんだか

いやそこじゃねえか

どれもこれも「仕事うまくいかねえぞ自己判断せず他人相談しろ」「健康診断受けるべきはこの時やぞ」「待ち人とはうまくいかんぞ」とかどれもこれも酷い言われようだったんで

観音様の戒めだと思って今月は自重して生きていくわ

2026-03-19

倉本千奈の「空と約束」が聴けない

皆さんは「逆張り」ご存じだろうか。

  

私は鬼滅の刃アニメ流行り始めた当時、特に理由もなく敬遠していた。

別に作画が気に入らなかった訳でもなく、声優がピンとこなかった訳でもなく、ただ何となく

何なら少しカッコいいとさえ思っていた。流行に流されていないというか、俺はもうジャンプ作品で心揺さぶられる年頃じゃないんだぜというか。

案の定鬼滅の刃は売れに売れ、日本代表する一大コンテンツになった。最近やっと重い腰を上げてアニメをイッキ見し、「なんでこれ見なかったんだろう?」とちゃんと後悔する羽目になった。無限城編では迫力で度肝を抜かれながらスクリーンに噛り付いた。

  

VRゴーグルを被ってプレイするゲームひとつVRChatというゲームがある。

このゲームには明確なゴールがあるわけではなく、自分の好きなキャラアップロードしてそのキャラになりきれたり、広大なVR世界を旅できたり、世界中の人たちとコミュニケーションが取れるゲームである

このゲーム醍醐味は、なんといってもVCボイスチャット)で、この機能により、本当に友達と遊びに行く感覚VR世界を楽しめるのである

しかし、ここでも私は持ち前の逆張りスキルを発動し、「なんか恥ずかしいからQVペン(空中に文字を書けるペン)でいいや」と、頑なに声を出そうとはしなかった。

そのおかげで筆談スキルは上達したが、後々になって気まぐれでVCをオンにしたら、そのあまりの快適さから今では一切QVペンを使わなくなってしまった。

  

このように、私は一時の気まぐれで逆張りを引き起こすせいで、これまで数々の体験コンテンツを見逃してきた。

さらに、それを認めてなお、もう今更治すものでもないかなと諦めているのである

  

  

  

  

話は変わって、最近、学園アイドルマスターというコンテンツに興味がある。

ここで、「興味がある」とかい認識具合が中途半端なわけを説明させてほしい。

アイドルマスター自体は7、8年から知っていて、シャニマス結構しっかりやっていた。

しか現在仕事多忙を極めており、なんとかログインボーナスを回収する程度。シャニソンも一切衣装を集められていないし、2年前にリリースされた学園アイドルマスターに至ってはアプリインストールした段階で止まっている。

したがって、私は一度も学園アイドルマスタープレイしたことがないのである

そこで、享受できる時間が限られている分、少しでもコンテンツに関わりたいと思いついたのが、サブスク提供される楽曲の視聴である

  

アイドルマスターシリーズはこれまで、音楽配信サービスサブスクリプションに一切楽曲提供していなかった。

そのため、曲をフルで聴くためにはCDなりDL方式なりで個別に購入する必要があり、よく言えば元来から伝統的な販売形態だった。

しかし、前述したサブスク等で楽曲がフルで聴けるコンテンツに対しては拡散力で後れを取ることになり、ファンからもサブスク解禁の熱い要望があったのもまた事実

その影響もあってか、学マスを皮切りに徐々にではあるがサブスク楽曲が聴けるようになってきている。

  

本来ならばしっかりゲームプレイして、なにかしらの課金やグッズ等で供給元に還元すべきなのは重々承知しているが、私には新しいゲームができるほどの時間的及び金銭的余裕が残されていない。

そこで最近は、通勤時間にYoutubePremiumで楽曲を聞くことで、なんとかコンテンツ享受していたのである

  

  

  

学マスが制作した楽曲のうちどのくらいの割合楽曲がサブスク提供されているのかは、ゲームプレイの私には分からないのだが、現時点で聴ける曲はほとんど聴いた。

その中でも特に気に入っているのは、倉本千奈の「空と約束」という楽曲である

学マスには「倉本千奈」というキャラがいて、今私が最も好きなキャラであるゲームは未プレイだが。

初期設定としては、非常に大きな財閥の娘であり、育ちのいい裕福な家で育った境遇ながら、飾り気なく持ち前の明朗快活さで周りを笑顔にしていくという、そういうお嬢様キャラである

歌声も非常に可愛らしくて、でも力強く大地を踏みしめるような、純粋無垢さを感じさせるような歌声なのだ

倉本千奈の楽曲共通してファンタジックでオーケストラ風な印象で統一されていて、この曲もその一例である

  

ここで、私が一番伝えたかたことを書く。

学マスがサブスク提供している楽曲ほとんど聴いたと書いたが、実はこの曲だけは例外なのである

それは、私がこの曲をインストバージョン、つまり本人のボイスがない状態しか聴いていないかなのだ

  

前述の通り、ゲームプレイしていないため、この楽曲がどのような経緯で、どのような思いで作られたか私はまったく知らない。

知らないが、この曲のインストはとても壮大で、純然で、あの天真爛漫で可愛らしい歌声が無くても、私の心には刺さったのである

現時点で通常バージョン聴く必要性がないくらい、既に私はこの曲が大好きなのだ

  

  

  

そこで悩ましいのが、じゃあ通常バージョンをいつ聴くのかということなである

視聴するのに制限があるわけではないので、聴こうと思えば画面をタップするだけで他の楽曲同様聴くことはできる。

しかし、なんとなくそれではいけない気がする。

いや別にいけなくはないのだ。公式提供した楽曲を、正しい視聴方法聴くのだから、何の問題もない。

なのに心のどこかにわだかまりがある気がする。何かを認めたくないというか。腑に落ちないというか。

そこで私は、過去自分が見逃してきたコンテンツ経験について反芻し、気づいたことがある。

  

端的に言おう。私は怖いのだ。

いままで思い切れずに見逃してきた数々の経験もそうだった。

この曲を聴いて、想像していた歌声と違ったら。

そのせいでいままでこんなに聴いた曲でさえ愛せなくなったら。

それだったら最初から曲なんて聴かなきゃよかったと後悔することになったら。

そう思うと、怖くてたまらなくなってしまうのだ。

一度知ってしまたことを知らなかったにはできない。行ったっきりなのである

あらゆる曲がいくらでも聴けてしまうこの「飽曲」の時代に、私は一人、境地に立たされているのである

  

  

それともう一つ気づいたことがある。

怖いという感情と一緒に、私は今それと同じくらいワクワクしているのだ。

  

私の想像を超えるくらい、素晴らしい歌声かもしれないということが。

これから、私の知らないところで沢山の人たちが、沢山のコンテンツを作り出し、世に送り出してくれることが。

どんなに長く生きていても、まだまだ知らない未知のことが沢山あるということが。

人に作り出されたキャラクターによって、勇気づけられ、愛されて、人の一生の一部になるということが。

  

壮大な曲によって、感情があてられていると言われればそうかもしれない

でも、私はこの感情を大切にしたい。心からそう思う。

  

  

  

  

実は4月1日から新しい仕事をすることになっている。

正直不安でいっぱいだ。

でもこの日の朝、通勤する時に初めて通常バージョン聴くことに今決めた。

それは新しい生活の幕開けであり、きっとこの時のためにこの曲がある気がしたから。

  

  

  

きっと千奈ちゃんなら、背中を押してくれると、そう思ったから。

  

2026-03-16

熱すぎるジャガイモで火傷する増田ス魔留守土毛屋でも胃がゃ汁議すツア(回文

おはようございます

口の中の上顎の上を火傷してしまって、

なんか舌先で触るとヒリヒリして嫌だなぁって思いつつ。

私の蒸しストーリーは地味に続いているのよ。

結構あれやっぱり派手な食材を蒸すより。

そうよあの例の魚ドーン肉ドーンってやつ。

骨付き鶏肉なんか、

やっぱり蒸しじゃ全然火が通らないいや通るけど、

骨の髄まではなんか火が通らないような気がして

イマイチ骨付き肉の醍醐味を蒸しでは味わえないのかも?って正直そう思うのよね。

まあそう思った手前、

魚も割と多いんだけど、

しかに一匹いや一尾丸ごとドーンとフライパンに入れて蒸すことが出来るのはいいんだけど、

魚ってやっぱり上手く下処理しないと魚臭いのよね。

美味しいんだけどさ。

なので

魚とか肉とかドーンってやんのは派手すぎて持て余してしまうわ。

何がいいってもう地味な野菜しか勝たん!って感じ。

ジャガイモが通してずーっと何回やっても

間違いなく美味しいところあるし、

野菜系はそんな下処理も魚臭いってことの匂いも無いから、

言っても洗って切ってって最低限なことで済むから

やっぱり一周すると、

ジャガイモしか勝たんわ!ってなるのよね。

あとなんかいま他の食材買い漁っていろいろ蒸して試している気力もなくってさ。

これ何が私のパワーを下げているかと思ったら

ルービー飲みすぎ問題あるかも知れないわって思った、

この感じはルービー百害あって一利なしなのかも知れない。

飲んで美味しいけれど、

私のパフォーマンスが一気に全体的に落ちてしまいそうな気がするのよ。

これは有意義に貴重な休日を過ごすためには欠かせないアイテムの1つであると思っていたルービーであったけれど、

このルービーともビールとも言い難い晩酌に当てているより、

なんかもっと生産的なことを休みの時にでもしなくっちゃ!って思いつつ出来なかったことの翌朝の後悔あとに立たずべからず。

そんな感じで幕開けするのよね。

ダヴリュビーシーも大谷翔平選手のチーム負けちゃったみたいだし、

あれ大谷翔平選手見たくなるんだ!ってちびっ子達に買ってもらって書いて欲しい、

白紙曼荼羅チャート

あれたくさん売れ残っちゃうんじゃない?

優勝待ったなしだったのに、

そしたらあの白紙曼荼羅チャート屋さんも大繁盛していたのに。

私もきっとルービー飲みすぎていなかったら、

白紙曼荼羅チャートを全マス埋められるそれはそれで超生産的なことができたかもしれないって思うの。

そんで上顎の口の中の上の部分が焼けそして痛いってのもあってションテンが上がらないのかも知れない。

蒸かしたジャガイモを急に頬張るのはとても危険よ。

ダヴリュビーシーも試合負けちゃったし

上顎の口の中の上の部分火傷してしまうし、

いまいちションテンが爆上がらないお休みだったかも知れないわ。

その大谷翔平選手みたくなるんだ!って生活で取り入れている彼の曼荼羅チャートの1マスである早寝早起きってのは

実行していて睡眠時間も確保してるつもりだけど、

やっぱりルービー飲みすぎて

要は頭痛いわ。

あんまりダヴリュビーシーが!って言ってて超調子にのったらダメ証拠が明らかになったわ。

今日ずーっと頭痛いのかしら?

そういう時用の頭痛薬は

バファリンよりもイヴの方がいいらしいんだけど

ポーチバファリンはあるんだけどイヴがないのよね。

あちゃーなんかどっか行っちゃったか切らしちゃってるわ。

ションテン上がらないわね。

これも上顎の上の口の中がべろんと火傷しちゃったことが一番の原因かも知れない。

人間って学ぶものでしょ?

私この蒸したジャガイモで熱々なの何度喰らってるのかしら?ってぐらい

何回も火傷しちゃってるところが

短所でもあり長所でもあるわ。

ションテン上げるためにまた今夜は飛びっきり張り切って、

またジャガイモ蒸して食べようかしら?

今回は絶対に口の中火傷しないように超慎重に食べるのよ!

そしてションテン上げるわ!

ルービーはほどほどにね。

うふふ。


今日朝ご飯

納豆巻きにしました。

もしかしてまた訪れる納豆巻きブーム再来来ている中なのかしら?

今日も棚に納豆巻きがラスト1本あったので

やっぱ買いっしょ!って張り切って買って食べるとやっぱり美味しいわ。

頑張る気持ちを上げていきたいわ。

デトックスウォーター

まだ寒くなってるもしかして

春まだ遠いのかも。

ホッツ白湯ストレートウォーラー

身体に温かく沁みるわ。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-03-14

復刊ドットコム @fukkan_com 『METHODS ~押井守パトレイバー2演出ノー

『METHODS ~押井守パトレイバー2演出ノートアニメ制作普遍教科書 読み継がれる理由と復刊の価値

復刊ドットコムに集まったリクエストを受け、2005年KADOKAWAから復刊された、『METHODS ~押井守パトレイバー2演出ノート』。

世界的な映像クリエイターである押井守氏が監督を務めたアニメ映画機動警察パトレイバー2 the Movie」の演出についてまとめられた本です。

初版が発行された1994年当時は、アニメ制作の基礎を知る術がまだ少なかった時代。同書はアニメ制作を志す人にとっての教科書的な位置付けとして重宝され、多くの人が手に取りました。

また、同書の執筆には押井氏自らが積極的に関わっていたこともあり、アニメ制作を志す人だけでなく、押井守氏のファンにとっても魅力的なものでした。監督言葉作品制作の裏側や同氏の思考垣間見ることができる稀有体験提供する本だったからです。

しかし、そんな貴重な内容でありながら、同書はやがて絶版に。

同書が入手困難となっていた時期から、「後世に残すべき本である」「文化的な損失である」といったコメントとともに復刊リクエストが寄せられるようになりました。

初版から30年が経った今でも、その魅力や価値は色褪せていないためか、2005年に復刊が実現した後も、品切れとなる度に再刊を求める声は絶えず寄せられています

記事では、復刊されるべくして復刊した『METHODS ~押井守パトレイバー2演出ノート』の見所と価値をご紹介します。

2005年に復刊された『METHODS ~押井守パトレイバー2演出ノート』(KADOKAWA刊)

押井守の「レイアウト」とは

当時、押井守氏がアニメ制作において特出していた点は、実写映画カメラワーク的な要素を取り入れ、アニメ映像表現の新たな境地を開拓したというところにあります

『METHODS ~押井守パトレイバー2演出ノート』で解説されているのは、そうした表現可能にした「レイアウト」の手法、そしてそこに込められた演出意図です。

では、そもそもレイアウトとは何でしょうか? 同書の中で押井氏は以下のように定義しています

P.3 「アニメーションにとってレイアウトとは何か?」より引用レイアウト”とは要するに画面(カット)の設計図のことであり、“レイアウトシステム”とはこの設計図を基本にして映画(正確にはフィルム)を制作する方法のことです。設計図としてのレイアウトには、様々な情報が込められています

(中略)

それは各部署に分かれて作業するスタッフにとっては、作業基準となる仕様表であり、演出家にとっては演出する作品撮影前に検討するためのシミュレーション過程でもあります

アニメを作る、と聞けば、絵を描き、動かすという作業が一番大事だとのイメージを持つ人が多いかもしれません。ですが、アニメ制作現場では、絵を描くアニメーター(原画マン作画マン)以外にも、背景美術演出撮影など、さまざまな専門を持つ人たちが分業して作品を作り上げています

監督としての押井氏の役割は、作品の骨子(絵コンテ)を作り、各工程コントロールし、自身が思い描く完成像を具現化すること。

そして、そのイメージを各担当者に共有するために重要となるのが、ここで言うレイアウトです。

ですが、同書が出版された当時、このレイアウトという概念はまだ曖昧ものでした。レイアウトに限らず、アニメ制作の進め方は監督現場によってさまざまだったからです。

例えば、監督一口に言っても、宮崎駿氏のように自ら原画を描いたり、作画修正をしたりする「アニメーター」を出自とする監督もいれば、押井氏や高畑勲氏のように演出スタートとして全体の舵取りに徹する監督もいます

そんな中で、押井氏が提示した「レイアウトシステム」の徹底は、当時のアニメ制作現場において、押井氏が作品の出来を背負う監督として、求心力を持ちえた理由ひとつではないかと言われています

すなわち、押井氏のレイアウトとは、蓄積した映画記憶アニメ制作現場体験を活かし、イメージ意味を具体化してゆき現場意識作業方向性を示すためのものでもあったのです。

今では、このレイアウトという言葉概念アニメ業界一般化しているといいます

それは、押井氏のレイアウトを参考とした人たちがアニメ制作を積み重ねていった結果に他なりません。

同書で語られたレイアウトは、押井氏のアニメ制作エッセンスであるだけでなく、その概念の成立においても重要意味を持ち、後進のアニメ制作技術的な面でも精神的な面でも下支えするものとなっているのです。

全てのクリエイターが“学べる”本

ところで、アニメ制作への関心が高まり、種々の指南書が出版されている今現在、『METHODS ~押井守パトレイバー2演出ノート』の内容はどのような価値を持って受け止められているのでしょうか。

結論から言えば、現代における同書の大きな価値は、アニメ制作に携わる人に限らず、全てのクリエイターに刺激を与え、学ぶ意欲を掻き立てうるというところにあると言えます

同書を開けば、アニメ制作するにあたって押井氏が考えていたことの量と密度に、誰もが圧倒されることでしょう。映像の迫力や精密さ、リアリティといった部分だけでなく、作品世界物語に直接関係しない要素にまで、しっかりと意図存在するのです。

例えば、「パトレイバー2」の中で描かれる“鳥”について、押井氏は同書で次のように書いています

P.45 より引用P2」(筆者注:パトレイバー2)に登場する鳥たちにはどのような象徴的な意味もありません。強いて言うならば、それはこの作品で描かれた「世界」と「物語」に混入されたノイズであり、記号の体系を掻き乱すための異質な記号のものに他なりません。本篇の外側にあって物語をアウトレンジし、作品自律的に完結させようと目論む演出家の意図を長距離から射程に収め、射程に入れるそのことだけで脅威となる厄介な長距離砲。それがつまり、“鳥”なのです。

視聴者が気付かないほどの細部でさえも意図を持って描かれていることを端的に示す、「パトレイバー2」の鳥。

このエピソードは一例に過ぎませんが、何か作品を完成させる上で、どこまで計算し、考えるか、という、全クリエイター共通する普遍的な問いに対して、一つのアンサーを提示していると言えるのではないでしょうか。

そして、もちろん、アニメ演出教科書としての価値も健在です。

2020年代アニメ制作現場は、本書が書かれた当時よりもCG環境進歩していますが、ほとんどの作業アナログであった時代技術方法論がまったく“古く”なっているわけではありません。ツールは違えど、先達が積み重ねてきたものは、現在アニメ制作現場にも脈々と受け継がれているからです。

また、押井氏の演出の影響は、アニメ以外の映像制作にも及んでいます

実写映画知識教養バックグラウンドに持つ押井氏ならではの演出シーンは、日本に限らず海外映画特に想像」によって世界を再構築することが必要とされるSF作品に大きな影響を与えているのです。

天才押井守の頭の中を垣間見る喜び

ここまで、『METHODS ~押井守パトレイバー2演出ノート』の見所や価値を紹介してきました。

一度は絶版になりながらも、多くの復刊リクエストを集め、復刊後も絶えず求められ続けている同書。それほどまでに支持される理由は、時代を経てもその内容が色褪せることなく、むしろアニメ歴史の一部を担い、全てのクリエイターに刺激を与える本として、普遍的な価値を持って受け止められていることにありました。

ごく一般的なアニメファンにとって、同書の内容は非常に高度で、全てを理解することは難しいかもしれません。

ですが、天才と呼ばれる押井守氏が作品制作の際に、何を、どういう視点で、どのように捉え、何を考えているのか、という思考垣間見ること、そしてそのあまりの高度さに衝撃を受けることもまた、同書を読む上での醍醐味と言えます

白紙状態から、全てを人の手で描き、作品世界を構築していく上での凄まじいこだわりと努力を目の当たりにできる本は決して多くはありません。

大人から子どもまで、誰もが当たり前に、大量にアニメを楽しむようになったからこそ、同書はこれからも読み継がれていくべき本なのです。

『METHODS ~押井守パトレイバー2演出ノート押井守)』 販売ページ復刊ドットコムにて『METHODS ~押井守パトレイバー2演出ノート』(押井守)を販売していますwww.fukkan.com

2026-03-07

anond:20260306212922

女性オーガズム機序について解説する

脳と体が快楽で満たされてくると血管が膨張し心拍数が上がる、

心拍数が上がると体は「危険」とも誤認し快楽ブレーキをかけようとする。

快楽を受け入れようとする脳とそれを止めようとする本能が衝突する

セックスに慣れてくると素直に快楽のみを受け入れることができるがそれなりに訓練が必要

さて、ここで大事なのは快楽を避けようとしているのに「無理やり」快楽入力し続けられるシチュエーション

心理的言い訳をさせてあげるのである

私は逃げようとしているのに男が止まらない、快楽が増幅してもしょうがないじゃん、もうダメ、いっちゃう

からここで大事なのがリズムになる。

強制的一定周期で終わり無く入力が続くという心理的圧迫を加える

 

さて、この心理状況を演出するのが「乱暴」になる

男が無理やり快楽入力する私は悪くない、快楽を受け入れざるを得ない、と言い訳をさせてあげる、これが「ちょっと乱暴」。

オナニーでは味わえない、単なる物理刺激とは異なる高次の快楽が得られる、これがセックス醍醐味である

 

素人最中にやたらと体位を変えたがるが悪手である

体を押さえつけオキシトシン分泌を促しつつ一定リズムで腰を振り続ける

結局これが一番イカやすいのだ

 

この要求が「ちょっと乱暴である

2026-03-05

xym 0.1に落とそう

zaifビットコイン建0.2は随分前に自分突破させたの気持ちいい。3か4もやったで。どっちだか忘れたんだけど。まあとにかく自分みたいな少量保有者でも価格を下げられるのがおもろくて。

0.1に落としたいんよな。

前人未到

0.1まで17万枚くらい注文があるから

いくらだ。1万と7000円

そんなにxym もってない。

ハーベスト

数枚だから

そのちいさい量で落とすのが醍醐味なのな。

将来10倍なってもちいさすぎてな

全然後悔しないや。

30万倍とかなら後悔するけどさ

まず上がんないやん。ないない。

小銭で遊びたい。

2026-02-25

anond:20260225175849

いまはもう亡くなってしまった関○空○というWebサービスで「乗り物醍醐味は加速感だ」って言い切ったら「それだけじゃないよ!」って即座にコメントがくっついて来た想い出

なんで当時そんなことを賢しらに書いたかというと偶々その少し前に日本最速の電気自動車を開発した教授が「全盲の視聴覚障害の方にも愉しんで貰える、なぜなら乗り物醍醐味とは加速感だとおもっている」と語ってた記事をみたのが頭にあったからなんだけどな

2026-02-22

anond:20260222060648

女らしさと男らしさで寿命が縮まるって話を読んだばかりなので、フィギュア女子だけスカートは少し心配になった

男女ペアスポーツも点数を競い合うのが醍醐味なんだから別に女らしくなくっていいのに

2026-02-20

[] ミザンセーヌ

ミザンセーヌ(mise-en-scène)**とは、フランス語で直訳すると「舞台に置くこと」または「舞台を整えること」を意味する言葉です。元々は演劇用語で、舞台上に俳優装置、照明などをどう配置し、どのように見せるかを総合的に決める「演出全般を指していました。現代では特に映画映像作品文脈でよく使われ、意味が少し広がって、「カメラに映るすべての視覚的要素」を指すようになっています


映画におけるミザンセーヌの主な構成要素(よく挙げられる6つ)セット(背景・環境場所

小道具プロップ、持ち物)

照明(光の当て方、影の作り方)

衣装キャラクター服装メイク含む)

俳優(演技、表情、身体の動き)

コンポジション(画面内の配置・構図・ブロッキング俳優立ち位置や動き)

これらを監督意図的に組み合わせることで、セリフを言わなくてもキャラクターの心情・社会的地位物語テーマ雰囲気視覚的に伝えるのがミザンセーヌの醍醐味です。

例で言うと古くてボロボロの部屋 → 登場人物の荒んだ生活精神状態表現

ウェス・アンダーソン監督作品(『グランド・ブダペスト・ホテル』など) → 対称的な構図、鮮やかな色使い、パステル調の衣装・セットで独特の世界観を一瞬で伝える

暗い照明+狭い部屋 → 閉塞感・孤独・緊張感を強調

まり「画面に映っているものすべてに意味を持たせる」のがミザンセーヌの考え方です。

2026-01-23

スターウォーズスピンオフドラマで、結婚式の余興としてダンスが始まるんだけど、その時に流れるのがメチャクチャ現代的な」四つ打ちビートなのはどうかと思う

いや、分かるよ、四つ打ちビート普遍的可能性はある

はるか宇宙の彼方でも、ダンスミュージックが四つ打ちに収斂する可能性も大いにある

でもよー、やっぱり納得させてほしいわけ

銀河の彼方のこういう文明から、こういう音楽が生まれたんだな」ってさ

そういうのがSF醍醐味ってもんでしょ

anond:20260122150512

選択肢が一つしかなかったらゲームとして成立しない。

溜めた場合とそうでない場合の2つの選択肢に対して、それぞれの期待値計算して、その上で勝負に出る。選択肢複数あるってのはゲーム醍醐味の一つだよ。

2026-01-17

anond:20260117221702

その重いのを小さいのが投げ飛ばすのが相撲醍醐味じゃないか

千代の富士とか

2026-01-14

整形顔に寛容になりつつある日本

見るからに弄り倒してる整形顔を美人!ともてはやすSNS由来の寛容さと投げやりさに嫌気がさしている。巨乳!!と言われて裸を見たら風船の様に張ったカチカチの偽乳だったらガッカリしない?それと一緒よ。それとも、ホンモノ!と本気で信じられる程おまえらの目が腐ってるのか?AVばっかみてるのに?

自然に生えてきた美しい生き物が動き回る姿を愛でるのがアイドル道グラビア道、ポルノ醍醐味じゃぁないのかな。サイボーグで満足できる様になったら、もはや誰でも良くなるよ?いいの?

整形顔に寛容になりつつある日本

見るからに弄り倒してる整形顔を美人!ともてはやすSNS由来の寛容さと投げやりさに嫌気がさしている。巨乳!!と言われて裸を見たら風船の様に張ったカチカチの偽乳だったらガッカリしない?それと一緒よ。それとも、ホンモノ!と本気で信じられる程おまえらの目が腐ってるのか?AVばっかみてるのに?

自然に生えてきた美しい生き物が動き回る姿を愛でるのがアイドル道グラビア道、ポルノ醍醐味じゃぁないのかな。サイボーグで満足できる様になったら、もはや誰でも良くなるよ?いいの?

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