はてなキーワード: 博士とは
AIがアホすぎて、網羅しろと言ったのに勝手に要件定義に逆らってくる ”769件以上の返信すべてを完全網羅するのは難しいため、主な傾向と頻出作を中心にまとめました。” 赤木ナオコって誰だよ
自動車などと同じ類の”ロボット”(パワードスーツとかバイクとか)は元Twのリクエストとは違うだろうな…と思いながら作業
ある程度「人格」がないとダメなんじゃね? 巨大コンピューター・AIはボーダーラインではあるが採用 既存生物の遺伝子改造(無知性・無人格)も入れた
・作品タイトル・女性科学者の名前・被造物の名前 揃えたかったが断念 一応タイトルは『』でと思ったりもしたけど部分的
うろ覚えポスト含め、情報欠落しすぎていて確認できないものもあり(明らかに男性博士が作った話やロボットじゃない装置の発明を挙げてきたやつなんなの)
ガンツ先生を作ったキャラクターなんて探しても出てこないぞ ガンツ先生が女性だという主張か? わからん
以下雑感
”産む性”としての女性(科学者)という意識・無意識がある作品と、男ハカセばっかじゃバランス悪いからテキトーに女性ハカセも出しておくか、みたいな作品があると思料。
こどもや学生だと博士号持ってない傾向が明らかに(あたりまえ)
童話民話神話系、ファンタジーは迷ったが入れた(ワンダーウーマンなど)
石森章太郎の「マザー」「母さん」の仲間(傾向・潮流)は、やっぱり男性作家が多いのかな(仮説)
ガラピコぷ〜:チョロミーが作ったガラピコ(過去へ送ったロボット)。
新世紀エヴァンゲリオン:赤木リツコ博士によるスーパーコンピューターMAGI。
機動警察パトレイバー:西脇冴子による廃棄物13号など。
ジェニーはティーンロボット(My Life as a Teenage Robot):ノーラ・ウェイクマン博士によるXJ-9(ジェニー)。
ファイブスター物語:エルディアイ・ツバンツヒ設計のGTM(ゲートシオンなど)。
特捜ロボ ジャンパーソン:三枝かおるが完成・育成したジャンパーソン。
水星の魔女:プロスペラ・マーキュリー(エルノラ・サマヤ)によるガンダム・エアリアル。
Carbone & Silicium(フランス漫画):日本人女性科学者作成のアンドロイド。
われはロボット(アイザック・アシモフ):スーザン・カルヴィン博士。
8マン・インフィニティ:細川ユカリによるAI「サイバー」。
勇者警察ジェイデッカー:エヴァ・フォルツォイク(超AI基礎)。
上野さんは不器用(tugeneko):科学部部長・上野(天才マッドサイエンティスト)が各種発明品(自走式ロボット「ダッシュたん」、自身をモデルにしたガイノイド「ウエノ13号」など)
ドラゴンボール:ブルマの各種発明(ドラゴンレーダー、タイムマシンなど)。
ガンダムシリーズ:Sガンダム(センチネル)、F91、エアリアルなど女性開発者中心。GPシリーズ(ニナ・パープルトン、ルセット・オデビー)。
魔装機神サイバスター:ウェンディ関連。
清原なつの「アンドロイドは電気毛布の夢を見るか?」:女性科学者によるアンドロイド。
宇宙戦士バルディオス:エラ・クィンシュタイン。
パワーパフガールズ関連言及(ユートニウム博士は男性だが比較)。
シャングリラ・フロンティア:継久理創世(ゲームプラットフォーム・NPC関連)
ロックマンシリーズ:シエル(およびオリヒメ) — インフラ構築関連
魔装機神サイバスター:ウェンディ・ラスム・イクナート(開発者)
メタルギアシリーズ(特にピースウォーカー):AI部分の女性科学者
永久のユウグレ(2025年作品):王真樹トワサ(アンドロイド/AI第一人者)
マブラヴ オルタ:香月夕呼(オルタナティブ計画関連、新OSなど)
ウェンディ、大人になって:女性科学者が開発したAI(SFマーダーミステリー)
おばけのホーリー
Dr.カシオペア
「エリス&アメリア ゼリービーンズ」子猫型ロボ「ポジ」と「ネガ」
フランスのマンガですがマチュー・バブレの『Carbone & Silicium』は女性科学者(しかも日本人)が生み出したアンドロイドのお話です。
レビア・マーベリックが作った三種のAIことロボットのデューイ・バイクのヒューイ、コンピュータのルーイ。 サイレントメビウス
Megan
『ヒートガイ・J』のJ(おっさんアンドロイド)はファザコンの女性研究者アントニア(右から2番目)によって開発された。
緒山まひろ (おにいさんはおしまい)
アイアンマスク:ジャングルの王者ターちゃん
Dr. Catherine Halsey MasterChief HALOというゲームの主人公
ステップジュン 野々宮ジュンと吉之介
「アイの歌声を聴かせて」の芦森 詩音 女性科学者天野 美津子が開発
『プラレス3四郎』 吹雪今日子の桜姫。ルダ・ロドリゲスのジョロナなど
宇宙妖怪博士ゲルマと、彼女が作った大作少年のコピーロボット。(ジャイアントロボ)
That's イズミコ
めちゃっこドタコン
てくのぱにっくゆにばーす
宙に参る 宙二郎
『ナンバーワン戦隊ゴジュウジャー』テガジューン;人間の女性により開発された自我を持つ生成AI。テガジューン自身も女性人格で自らも開発するので該当
『To LOVEる -とらぶる-』 ティアーユ博士と金色の闇
ヨコハマ買い出し紀行 子海石先生
五十嵐大介著ディザインズ。イルカのHAを設計した科学者がDr.ビクトリア
「大鉄人17」;巨人頭脳ブレインというコンピューターが作り出し、まんが版のブレインは女性人格
フェイト・テスタロッサ 母が娘のクローンを作製
「ウルトラマンZ」 M1号;イナバ・ルリという女性科学者が作り出した人工生命体
永久のユウグレのトワサ
Androidのユノ;エレメントハンターのエイミー・カー女史作製
「ナイト2000」の製作の中心人物の一人「ボニー.バーストゥ」女性技術者
猫夫人;高橋葉介『ライヤー教授の午後(ヨウスケの奇妙な世界 PART Ⅲ)』
空次郎(著) にゃこと博士
八頭司颯姫;X(CLAMP著)
小松左京『虚無回廊』
『情念に燃える殺人ロボット』に登場するロボットのR.I.N.G。「事件記者コルチャック」内のエピソード
映画『SEOBOK/ソボク』
TEXHNOLYZEの義肢はドクと呼ばれる女医が製作
映画『リトル・ジョー』(Little Joe)2019年 「シングルマザーで植物研究者のアリスは「幸せになる香り」を放つ新種の植物を開発」
音楽を聴くAI 『舟歌』(新井素子・編『ショートショートドロップス』収録) 高野史緒著
『永久のユウグレ』
オーバーウォッチでオリーサを作ったエフィ・オラデレと、エコーやオーロラを作ったミナ・リャオ博士
アルディとリムシィ;『学戦都市アスタリスク』
『キノの旅』
『クロノトリガー』
ゾンビ:マッドサイエンティストネロ『血まみれスケバンチェーンソー』
『戦姫絶唱シンフォギア』 フィーネ
『フランケン・ふらん 』
『NHKスペシャル ニューウェーブドラマ ネットワークベイビー』
『パーフェクション』奥友志津子著
『Fire-Ball(ファイアーボール)』大友克洋 未来を支配するコンピュータのアトム
『IS 〈インフィニット・ストラトス〉』篠ノ之 束
『スカーレット・ウィザード』茅田砂胡著 ダイアナ・ローズ・スペンサー博士
『POCHI SCIENCE』韓国のWEBショートアニメシリーズに登場する女性型ロボット。少女マッドサイエンティストのポチ博士に作られた。
ディスガイアのサーズデイはジェニファーという女性科学者から生まれてますね
トリッカルのエレナが造ったネコ型戦闘ロボ「M.E.O.W」。
アイノ;『原神』
この人は頑張れば特定できる。Xを調べれば割と簡単に特定できる。
博士は多分取ってて国立大の教員もやってたらしいけど、今は民間で結構有名なコンサルに行ってるぽいので現アカデミアではないっぽい。
https://note.com/bentheunko/n/n765d8ea6c0fc
いきなり被害を受けた学生相手に情けないとか書いて挑発してくるし、
>ネットでたきつけて返信よこせよこさないなら違う対応すると騒ぐ院生
とか言うのも、他の人に指摘されているが某大学教授が変なnote拡散するわ、暗に批判をしているようなツイートだすから直接問いただしたに過ぎないのに、事実誤認をしているのはなんやろ?
>批判論文を頑張って書くほどの研究ではないのはそうなので、俺が当事者ならキャリアに1ミリのプラスにならないし絶対に批判論文書く時間は割かない
とか言いながら、note書いていちいち文句言ってくるのはあまりに理解ができない。支離滅裂。
>女子枠の妥当性を批判するなら、比較すべきはSTEM内での機会構造の話なのに論文は途中から高等教育全体で男性が少ないという話を持ち込んでいるため、何を言いたいのかが分からない。構造化ができていない。
これも意味が分からない。 そもそも構造化されてないとはなにか?も具体的に書いてないから意味不明だし、そもそも高等教育全体の話は逆境指数の文脈で語られた話で出されたもので、考慮事項のひとつを取り上げただけなのでは?
という指摘があったけど、それが正しいのだろう。
>経済的に不利な層、地方出身者、男性が十分に考慮されていないと結論づけていているが、STEM内の性別的な不均衡評価とは分析単位が異なるため女子枠の是非を直接評価する議論にならず、ここでも結局何が言いたいのかが全く分からない。
分析単位云々というけど、アファーマティブアクション系でいろいろな要素を考慮しろって話で人種なり性別なり出るが、それでも各属性を混ぜで制度運用をされているのだから、分析単位が異なる云々も意味不明。
そもそも論点把握ができていないか、制度理解にずれがあるのか? STEAMとは違うような話としているが、枠を作ってその中身をどうするかに何の違いがあるのか? も書けてない。
あとは
>女子枠や女性限定採用が「新たな差別を生む可能性」を指摘しているが実際にどの程度の不利益が生じているかは全く検証できていない。スコープ外なのかもしれないけど、政策批判したいなら政策評価しないとね・・・「男性受験者の合格確率がどれだけ下がったか」、「女子枠導入後に男性志願者が減ったか」、「入学後パフォーマンスに差があるか」化などを見る必要があると思うけど
まあ、ここもほかの人の指摘を見たけど、そもそも女子枠肯定する側などがそういったデータをほぼほぼ可視化してないから出せるわけもなければ、間接的に推論で出さざるを得ないからかなり厳しい。
また、まるで反証側が色々証拠を積極的に出す側になってるのもおかしな話で、本来枠を進める側がなぜ必要なのかやデータを出すもんだろうけど、ほとんど有効そうな情報とか見たこともないが、それでもさも当然の呉tく進んでいるから、反証側がもっと証拠だせ(出せなければ、そのまま有用だぞ?みたいに)言われているように見えてしまう。
(別のコメントでまるで~~の時に批判貰ったときみたいと書いている人がいたが、たぶん証明する側【立証する責任がある側】が反転したかのような体験をしたのだろう)。
というか、こういった議題は法的な議論なども出てくる分野だから、必ずしもデータ出すべきところなのかも謎。
あまり書くと長くなるから、これ以上は詳しく描かないが、先行論文を引用して意見を書いているのをエッセイみたいなものとして扱っているが、それらを基に議論を組み立てることも論文として書くのはそこまでおかしいのか?(誰かか詳しい人の説明くれ)
もちろん著者本人もそれらに基づいて意見を書いているだろうから、そのまんまのっかっているわけでもないだろう。
この批判noteも全く有用ではないとまで言わないが、余計な情報が多くイマイチ何が言いたいのかわからない、割と無理なことを要求している面があるなど。
批判を書くために勢いで書いた感が否めない、わけのわからない内容になっている。
これでどこかの博士なのか教授なのか知らないけど、なんでこんな喧嘩腰でよくわからない文章をわざわざ書いたんだろうな。しかも数年ぶりにnoteで。
日本式の新卒採用からの雇用形態って教科書人間向きだから仕方ないんだけど
これは本当にその通り
米国企業は一流大学の修士や博士を集めてソフトウェア開発に何十年と時間をかけてきたが
日本企業は文系の大学すら出てるかわからん十把一絡げのプログラマをかきあつめて3〜4年開発しては撤退とかしてた
これで勝てる要素があると思う方がおかしい https://t.co/IOGqlfwR9U— (Ǝ)ɐsᴉɥᴉɥso⅄ ,uɐᴉɥsoʞ, ouɐƃnS (@koshian) May 7, 2026
アメリカの名門大学って、もちろん補助金は貰ってるんだけど、自国民の学部生からはふんだくって、他国からの留学生は給料払って修士博士取らせてるじゃん。
MAGAでだいぶ叩かれたけど、あれにも意味があって、一義的には大学側のメリット、優秀な外国の若者に研究させるいわば傭兵としての意味。
もう一つは、米国として、留学生がアメリカ流の科学を学び、政治を学び、アメリカの正義を信じる人間が母国に帰国してエリートになることで、国全体を親アメリカにするため。
してるよ。
日本で言えばFラン、ボーダーフリーのコミュニティカレッジだよ。
だからさ、逆なんだよ。
東大を売りにだすべきなんよ。
あの立地あのブランドなら学費が高くても学生が来るんだからさ。
運営が公金じゃないほうが学問の独立も保てて学術会議も満足だろ?
理系の研究者は大学の予算じゃなくて自分でとってきたグラントで研究してるからどっちにしろ変わらんし、社会学とか政治学とか人文系の連中はそれこそ国に首輪つけられなくなったほうがいいってはなし。
しらんけど。
わーい!
まあ私はいつものゲームの積みゲーのっていっても落ちものパズルのぷよぷよのぷよを積むとかそういう意味じゃなくて壁を折返しての多段のたくさんの連鎖ができないせいぜい4連鎖ぐらいまでしかできないんだけど連休は5連休ぐらいあるのかしら?ってそのぐらいな勢いで挑む感じなのよね。
このゲームをやっぞ!って勢い余っているところはいいんだけど、
ゲーム以外になにかお利口さんになることはないのかしら?って、
本屋でも覗いてトミーフェブラリーの川瀬智子さんが掛けている赤い縁の眼鏡をクイッとあげたらなんかもの凄くお利口に見える感じのゴールデンウイークの過ごし方にならない?
本屋さんに行っても、
本を買って満足するのが関の山親方もそう言いそうなぐらい読まないそれこそ積みゲーもとい積み本になっちゃうのよね。
でもそういった時は、
何か本を買うぞ!って意気込みで行くのではなくって、
本を見に行くって、
向こうから声を掛けてくるような気がする私を呼んでいる、
そう!
なにのお惣菜を選ぶか迷っていたら一向に3つセット買うことができないし、
ここはお惣菜の声に耳を傾けて、
端から飲む気満々で『プラグマタ』もプレイする気ないでしょ?って一発でバレちゃいそうな感じ。
私思ったのよね。
よりどり3セット1000円セールで3つお惣菜セットを買ってきて、
おつまみにするでしょ?
量多過ぎるのよ!
3つって買い過ぎ!
私のハイボールのおつまみ多すぎ問題に口を覆い隠して悲鳴を上げるぐらいなの。
多すぎて食べきれないわって。
これが居酒屋おつまみ3種盛りだったら1000円でかなりリーズナブルに思えるので、
そういった時は、
よし!ここは居酒屋おつまみ3品1000円セット!って呪文を唱えるとそんなに価格が高くなく感じるからそういうことは、
心に思っても口に出した方がいいと思うわ!
そういうのに耳を傾けたら、
知らないコーナーの棚の本の『マンガで分かる虚数入門』って本も、
マンガで分かるなら買って読んでみる?って
漫画の絵で騙されると思ったけれど、
その漫画の登場人物の台詞が膨大すぎてマンガのコマの1コマの大半を占める台詞で、
これならなんか文字だけの本を読んでいるのと変わらないぐらいの迫力のセリフで吹き出しいっぱいにキャラクターが登場人物しゃべっているの!
登場人物が愛くるしいだけで、
難しいことしゃべっていることには変わりないのよね。
私が確定申告初めてするときに緊張して『マンガで分かる初めての確定申告物語』を読んだけれど、
確定申告博士の言っているマンガのコマの中の吹き出しの台詞が難しすぎて全くよく分からなかったそれが私のマイファーストマンガで分かる物語だったのよね。
もっと早く気付くべきだったわ。
マンガで分かるシリーズで本当にわかった人っているのかしらって思うぐらい私のポンコツな頭脳は、
それこそトミーフェブラリーの川瀬智子さんが掛けている赤い縁の眼鏡をクイッと上げるぐらいではお利口さんにはなれないんだなぁって。
でも何の気なしに本屋さんにいって本を眺めているのだけでも楽しいからそれもいわばレジャーの一つといってもいいかも。
あれってさ、
シーディー屋さんのシーディー眺めててもそんなグッとこないのに、
ゲーム屋さんのゲームのパッケージを眺めていてもそんなにグッとこないのに、
本とレコード屋さんは眺めているだけでも、
なんかエモイというかグッとくる所があるのよね。
それこそ針?針すなお先生じゃない方の針を落として聴く?って全くよく意味が分からないけれど、
針すなお先生のようにヘッドホンを上下逆に装着して私はもの凄く今審査してますよ!ってぐらい、
あのジャケットの大きな表紙には圧倒されて見ているだけでも楽しいそうよね。
なんかそうやって一所懸命レコードを棚から持ち上げてパパパっと手際よく見て探している人を見るとただならぬなんかレコード好きな人に見えちゃう。
私がここでトミーフェブラリーの川瀬智子さんが掛けている赤い縁の眼鏡をクイッと持ち上げても、
誰もきっとこの人はレコード好きなんだなって思ってくれないじゃない。
でも今どきレコードないけれどレコードのジャケットが可愛いから買っちゃう!ってのもあるのかもね。
実際レコードって買ったとて、
私聴き方が分からないわ。
持て余しちゃう!
だから辛うじて私が行ってそこで辛うじてお利口さんを演じられることができるであろうトミーフェブラリーの川瀬智子さんが掛けている赤い縁の眼鏡をクイッと持ち上げることができると言えば、
やっぱり本屋さんなので、
目的もなしにぶらり本屋さんの売り場を端から端まで売り場をぶらぶらしているのがあっているかも知れないわ。
そう思ったら、
本屋さんにはそういう意味でじっくり時間を掛けて行ってないなぁって。
良い機会なので
せっかくのゴールデンウイーク行楽地はどこも人が多いそうだから
ゲームクリアするんだい!って勢いだけのある事ばかり言ってるけれど、
そんなゲームの合間に本屋さんに行って気分転換するのいいかも知れないわね。
もういつも無計画なのに、
ゴールデンウイークは有意義に過ごすんだい!って勢いだけは一丁前なのよね。
あらよ出前一丁も驚くほどの一丁前なのよね。
でも絶対にショート動画を見入っちゃって時間が溶けちゃっていた!って事態に陥ることは絶対に避けたいわ!
とにかく凄い自信なのには間違いないわ!
うふふ。
とくに深い意味はないんだけど、
赤いパッケージのお気に入りの豆乳の銘柄のものが深い味がして好きなのよね。
それと時々トマトジュースいや
また買いに行かなくちゃ!
起きたときに一杯飲みたい冷たいシュワッとしたものと言えばそうよね!
こっちもきっと連休中無くなりそうなので
ストックまた注文しておかなくちゃ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
連休を挟むので、
理由は二段階のリスク構造に分解できる。第一に、想像通りの研究ができないリスク。第二に、想像通りに研究できてもアカデミアに残れない・残らないリスク。なお、自分が所属していた理工系を前提にしている。
研究を始める前の段階で、プレスリリースなどを通して面白そうなテーマを見つけるということは、勤勉な学生ならあることかもしれない。そしてそんな研究テーマに取り組むためにそのトピックの第一人者の先生のいる研究室の門を叩くというのはありがちな光景だ。一方で、筆者はこれを非常に危険な意思決定だと考えている。
まず、どんな研究テーマにも流行り廃りがあり、研究の最前線にいない人の耳に入る時点で旬は過ぎていることが多い。基本的にはどんなトピックもブレイクスルーを誰かが起こして、フォロワーがそれを拡張し、拡張しきるとしぼんでいき、また次のブレイクスルーを待つような形になる。今をときめく人工知能であっても冬の時代を経験した。これは業績数で評価される構造と、新奇性を志向するアカデミアの文化が結合した結果であり、分野横断的に観察される。
つまり、ある特定のトピックを研究するために研究室に入ったとしても、自分が研究を始める段階ではまともなトピックは残っておらずニッチなトピックを触るはめになったり、指導教員が熱を上げている新しいトピックを振られたりすることがしばしばある。惰性で進学していれば研究テーマがつまらなくても卒業をモチベに適当にやれると思うが、そのために進学・転居した場合の失望は大きい。
加えて、進学する前の段階では他にも様々な不確定要素が多すぎる。指導教員が想像と違う、テーマが死にテーマだった、コミュニティが薄かった、設備が貧弱だった。研究者を目指すにせよ目指さないにせよ、博士課程の5、6年を費やすにはかなり不確定要素が大きい。
教員ガチャや設備リスクは大学を問わず存在する。ただし望まない結末になった場合のピボットしやすさは段違いだと思う。東大・京大であればある程度は新卒就活できるが、それ未満の大学では博士課程の年数が単に留年のように評価されるだけになる。穿ちすぎかもしれないが、これは自分や周りの就活の実体験とも整合する。
アカデミアの文化に触れていると論文や学会発表がとても偉いことのように思えるが、これはアカデミアにいる場合の価値観であって外の世界ではあまり役にたたない。金融やコンサル・ITといった比較的院卒に間口の広い企業群は全くパブリケーションを見ない。自分は博士をとったあと上述三分野のいずれかで働いているので伝聞にはなるが、かなりアカデミアに近い企業の研究所であっても論文より特許が重視されるらしい。
読者の中には、自分はアカデミア一筋だから関係ない、どんな大学でも「よい」研究を重ねていれば道は啓ける、と思う方もいるかもしれない。アカデミアに残り続けて教授職を目指す限り、それは一定正しい。ただし教授職に到達する人材も東大・京大出身者が多い。これは時代背景も大きいのかもしれないが。
他方で、人生は思いもよらないライフイベントが多数あり、多くの人は望む望まざるに限らずアカデミアから離れることになる。精神を病む。院生・ポスドク期に全力を投じても成果が出ずに放逐される。結婚・出産に伴う金銭的・時間的要件をアカデミアの待遇では満たせなくなる。研究という営みと社会との距離に諦念し熱意を失う(自分はこれに近かった)。人生は進み、それに伴って価値観も変容する。その変容に耐えられる人は多くない。
東大や京大もしくはMITとかスタンフォードみたいなブランド大学の中で興味のある研究室に行っておけば、ドロップアウトしてもプライドを満たせる仕事につけるぞ!
「愚妻と言っても愚夫とは言わない」とか「愚妻というのは『愚かな妻』ではなく『愚かな自分の妻』という意味だ」などという話で盛り上がっているので調べてみた。
まず、中国語では「愚〜」は「自称」としてしか使われないようだ。
たとえば「愚兄」は年長者が使う自称で、「愚老」は老人が使う自称、「愚臣」は家臣が使う自称である。
弟が兄を指して「愚兄」、孫が祖父を指して「愚老」、王が家臣を指して「愚臣」などとは呼んだりしない。
「愚妻」や「愚息」という言い方はなさそうだが、もし存在するなら、
「愚妻」は妻自身が己を指して使う言葉となり、「愚息」は息子自身が己を指して使う言葉となるのだろう。
つまり「夫が妻を指して言う愚妻」「親が息子を指して言う愚息」は日本独自の用法ということになる。
本来は自分にしか向かない謙遜の「愚」が、自分以外(身内)に向くような用法が生まれてしまった。
「愚妻の愚は自分の意味である」という説明は明治時代にも見られる。
愚息 わたくしの子供と云ふ心なり 愚とは自分を卑下して云へるコトバにて、馬鹿なコドモと云ふ心にあらず、愚妻、愚弟ミナ然り、ツマり愚がコドモと云ふ心なり
ただ、他の辞書は、単に「自分の妻を卑下して言う語」などと書いているだけで、ここまでの細かい説明はしていない。
全体として「愚妻」は素直に「愚かな妻」として解釈されることが大半だったようだ。
以下の随筆が興味深かった。
自分の妻のことを、人に対して愚妻といふのは、謙遜のつもりであらうが、甚だしく妻を侮辱した言語である。妻は人に対して、自分の夫のことを、愚夫とはいはないやうである。
昨今の議論と同じことが、この当時から言われていたのだなあと思う。
しかし「愚妻の愚は自分の意味である」という説は終戦後に復活する。
さきごろ、京都に滞在中、新村出博士を訪問して班日の閑談をした。(中略)博士の言われるのに、「愚妻」というのは「おろかなる妻」ということではない、「愚(自分)の妻」ということだ。だから、決して女性を軽視したということにはならない、うんぬん。
新村出は言語学者で、広辞苑の編集者でもある。ただ、荻原井泉水はこれを「新説」とみなしている。
男女同権論者が、ことばの正解的の意味を取り上げて屈辱的と非難するのはあたらないけれども、そのニュアンスを取り上げて封建的な「におい」がするというのは、かならずしも不当だとは言えない。それなればこそ新村博士の「愚(自分)の妻」という新説が提言されるわけなのである。そしてこの新説はおもしろいと思う。ちかごろ、流行するアメリカふうの同権論者の時流を背負っている公式的広言の口を封ずるにはキキメがある。
変わらなすぎて草。
1966年(昭和41年)寿岳章子『レトリック -日本人の表現-』
この「愚」は他の何かのことばが下につくが、たとえば「愚亭」とか「愚鷹」とかの実例を通じて考えられることは、この種の表現法はどうも「愚かなる〇〇」ではなくて、「私の〇〇」ということらしい。つまり「愚」というのは「私」という一人称の一つであるのだ。
寿岳章子は中世を専門とする国語学者だが、やはり「史料から推察される」というだけで、「学術的に常識である」という書きぶりではない。
1977年(昭和52年)『サンデー毎日』市川三郎「只今笑談中」
愚妻というのは、愚かな妻、イカれた女房のことではなく、愚生の妻、愚老の女房、の意で、この愚は亭主のほうにかかる形容であって、決して妻を形容するものではない。
愚妻の愚は妻にかかっているのではなくて、むしろ夫にかかっているのをご存じないらしいのだ。愚かなる私奴の妻でございます。ということである。
「どうも〇〇らしい」→「一説には〇〇という」→「これは〇〇である」→「〇〇ということも知らないのか」と、どんどん断定調になっていて面白い。ありがちな伝言ゲームである。
「愚夫」という言葉については、その多くは単に「愚かな男」という意味で使われていた。
つまり、夫婦の「夫」ではなく、男性一般の意味の「夫」であった。
「愚夫愚婦」と総称されて「愚かな庶民」のような意味で非常に多く使われていた。
では、謙称として自分の夫のことを「愚夫」と呼ぶ例はどのくらいあっただろうか。
1896年(明治29年)『人情世界』「探偵実話 美人冤罪死刑」
1904年(明治37年)エドワード・ソーンダイク著・北沢定吉訳『人性研究』
江本夫人 この倶楽部の始められた晩の食事の時に、荒木教授の演説に就いて、我々の話した事を御記憶ですか。私は、見るのは、眼でなくて、眼のうしろの智慧だと主張し、愚夫(ヤド)が、澤田様には、二間も先の小虫を見ることが出来ると、いふ事実を語って、私に加勢しました。
手紙の書き方ガイドの「謙称のまとめ」のようなところで「拙夫」などと並んで「愚夫」が出てきていたりもした。
検索のやりようが難しいので、探せば他にもありそうだが、とりあえず例が無いということはないようだ。
↓
日本では謙譲の対象範囲が身内にまで拡大されて「愚妻」「愚息」などの言葉ができた
ただ当時の感覚では「愚(自分)の妻」のような意味だった可能性が高い
↓
明治時代にはもうほとんど「愚かな妻」という意味で認識されていた(謙遜としてではあるが)
↓
「愚妻」の対となる「愚夫」の用例も無いではなかったが
単に「愚かな男」という意味で使われるのが大多数だった
↓
戦後になって「愚妻」への非難のカウンターとして「愚は自分のことである」との説が復活した
といったところではないか。
謙譲の対象を身内まで広げたのが悪いよ。
多少配慮したけどネタバレあるのでまだ劇場行ってない人は読んじゃダメだよ。
↓
↓
↓
↓
↓
そこらのソシャゲのキャラストーリーとしてなら十分なクオリティ。コナンというIPでお出しするならもう少し頑張って欲しい。基本的には満足できたので、迷っているなら観に行くのをオススメできる。
色ボケした横溝はキショかったけど、そんなことよりも、松田お前そんなキャラだったっけ?
「ハモっちまった〜w」
キッッッッッッショ!!!!
揺れる警視庁で出てきた時の松田って、サングラスだしタバコだし「馴れ合いはよしましょうや」だし、挙句にメールはすぐ消すワイルドな二枚目ハードボイルドとして描かれてなかったっけ。詳しく知らないけど警察学校編だとこんな感じなのか? 勘弁してくれ。揺れる警視庁で見せた、佐藤刑事をあんなふうにした「松田くん」のイメージを壊さないで欲しかったよ青山先生……。より大きな爆弾のために自己犠牲の道を選び、禁煙のマークに「今くらい大目に目てくれよな」っていう、ワイルドな生き様がカッコよかったのに……本当に、こんな、媚びたイケメン(笑)に魔改造しないといけなかったのか?
個人的に揺れる警視庁はメチャクチャ好きで重要なエピソードだけに、この辺を雑に消費されると哀しくなる。もっと話したいことはあるけど、これを言い出すと最悪の駄作・ハロウィンの花嫁への罵詈雑言の記事になってしまうから一旦置いておく。以降もあまり触れないようにする。
ーーいや、これだけは触れる。揺れる警視庁の爆弾犯を雑に処理したことだけは許せない。法で裁かれることが大切な犯人だろうがよ。どんな気持ちで高木刑事が佐藤刑事を諌めたと思ってんだ。
最近は全体的にそうなんだけど、名探偵コナンじゃないよね。根本的な理由は「推理が薄い」ことに尽きる。本格ミステリーをして欲しいとは言ってないよ? でもさ、警察が教えてくれる、灰原が教えてくれる、園子が教えてくれる、こればっかだよね? 調査して推理して閃いて(コテリン♪ってやつ)、その結果として犯人を推理で問い詰めて自供させるのって見どころじゃないのかな。
「江戸川コナン、探偵さ」がカッコいいのは推理力で我々を圧倒してくれるからであって、終盤に雑に言わせてヨシの万能ワードではない。シチュエーションにこだわって欲しい。
今回なら、世良まで出しておいて調査も推理もないのは本当になぜ? アイツが育った施設に行って警察から聞いた話との矛盾を知る、姉がいることを仄めかされる……その辺を世良の人探しの件とリンクして進められたんじゃないのか? 確かに推理は尺を食うし地味だけど、無意味なシーン(※後述)をカットすれば十分時間捻出できるだろうよ。それがコナンのカッコよさに繋がるという意識が全くないから、結果としてサブキャラのキャラシナリオに終始してしまってる。
※ 例えば: 幽霊バイク騒動は全カットでもいいと思う。なんなら、いきなりバイクフェスの会場スタートでよくない? ヤイバーのバイクを見て騒ぐ探偵団、こんな技術が使われてるんだよって出しゃばって説明してくる技術者、見た目を褒められて照れくさそうなデザイナー(ここでエンブレムの伏線)、そしてコナンが目の端で世良を見つけて話しかけに行く……くらいの感じ。ルシファーの初登場は帰り道に保留。昔のコナン映画だったらこんな感じに覚えきれないくらい一気に容疑者候補並べてたよね。青枠で登場人物名と役職がズラッと。
コナンのことをソシャゲのアプリアイコンのキャラ、くらいに思ってる節があると思う。重要人物だけどとりあえずいるだけでストーリーを主導してない。ソシャゲのイベントストーリー感はここからきてると思う。
コナンの強みである「大人顔負けの頭脳」が活かされる場面が少ないんだよね。推理以前に頭使うシーンがない。最後のアクションは一か八かの脳筋解決、あるいはドラえもんレベルに万能化した博士の道具に頼ってばっかり。高尚な話はしなくても大丈夫なんだ。天国へのカウントダウンでビルから飛び移る際に速度の計算してくれるシーン、高校物理レベルなのに超カッコよかったよね。あのくらいでいいんだけど……。
なんなら道具の使い方も謎。バイク主題の映画で、スケボー使った犯人とのチェイスシーンないって正気か? 曲がり角でトラックに格納されて消えたせいで見失う、みたいなの合っても良かっただろ。ついでに取り逃したコナンが「クソッ!」って悔しがってくれればより満足。終盤だとヘリの壁を撃ち抜くのにボール蹴るのも意味不明だと思った。そもそも、あそこの鍵閉まってなくてよくね? 暴走させようと操縦桿を握った犯人を、千早とコナンで説得するシーンではダメだったのか。せっかく弟を失った境遇がリンクしてるんだから、もうちょいマシな活かし方があったんじゃないかと思わざるを得ない。
余談だけど、爆弾処理で弟を亡くしたキャラのそばで、いとも簡単にコナンに爆弾解体させるの人の心無いんかなってな思う。個人的には爆弾関係のギミックだと、揺れると爆発する仕組みでもつけておいて、コナンが解体中はアシスト機能を使って慎重運転 → 回想シーンの萩原の話とかがヒントになって解体成功 → 速度出してよくなったのでアシスト切って千早のドラテクでぶち抜いて犯人追いかける、とかの方がぽかったと思うんだけどな。シンプルにバイクテクで魅せて欲しい。
今作に限った話じゃないんだけど、OPの「俺は高校生探偵、工藤新一」のあの部分、普通に映像流したらダメなんか? 「aviutlで覚えたアニメーション効果、全部使ってみました!」みたいな編集で正直好きになれない。画面のどこ見て欲しいの? あのシーンって割と「コナンの映画が始まるぞワクワク」っていう劇場版特有の、映画の世界に入り込んで行くための導入効果があると思ってるので、ここに変な個性いらないんよな……。
ちなみに、本作は既にこの時点で松田・萩原はおかしかった。思い出したら腹が立ってきたのでここで止める。
上に以外は大体良かったんじゃないかな? 千早にフィーチャーするっていうコンセプトをちゃんと守れてたのは大きい。最近はブレブレになってるやつも割とあったからね。峠のレースシーンも個人的には好き。
あと、多少は犯人探しでワクワクさせようって意気込みが感じられたのは嬉しかった。
盛り上がりは少なかったけどマイナスも少なかった。
よって個人的には80点くらいあると思う。加点法で評価する人は低評価するかも。
この人は男が理系大学に進むのは食うためだとか主張しているようだけど。
食うために理系大学に進むのが支配階級の再生産って言われても困る - シロクマの屑籠
https://p-shirokuma.hatenadiary.com/entry/20260414/1776161425
だって理系のうち、医学薬学獣医学部は学部を出るだけで6年かかる。理工系は院まで行って修士博士を取るのが当たり前。
つまり、理系に進むとそれだけ「社会に出る」まで時間がかかり、その分の学費生活費その他のお金もかかる。
本当に「食うため」にやむにやまれず選ぶなら、絶対に取らない選択肢なんだよ。
そして、その反面、一旦働き始めてからの賃金は理系が文系を大きく上回り、豊かで贅沢な暮らしが出来る。
理系に進むのは食うためという言葉から想像されるような最低限度の生活のためではなく、それより上の贅沢をするためなのが明らかだ。
勿論これは男に限った話じゃなくて女でも同じ。文系よりも時間と金のかかる理系に進むのは、それだけ贅沢な暮らしをしたいからでしょう?人より上に行きたい、人から羨まれたい、人より贅沢な暮らしがしたい、人間の自然な欲求だよ。
それ自体は何ら悪い事ではないけれど、正直に白状しろよって思う。
食うためだなんてカマトトぶるのはやめるべき。
登場人物たちの多くは欲望に突き動かされて行動し、結果悲惨な結末を迎える。
またエロとグロが狂言回しのように出てくるので、そういった展開ばかりが続く本作を、短時間で読破すると流石に頭が重くなる。
何かとネットミームに登場することが多いし、連載中にところどころつまみ読みした話数などで面白さは理解しており、いつかは読破したいと思っていた作品だったがようやく願望を叶えることが出来た。
博士のタイムマシンの伏線は流石に作品の世界観の中で突拍子感が過ぎたのか活かされることはなかった。
(王道的展開としては、主人公が過去に戻って独裁者になったのでは?という疑念を読者に抱かせる方法論などもあったろうが)
(あるいは単に二人がエスケープする先として時代が異なる場所へと向かうなどというラストもあり得た)
その他、何かと未消化感を抱かないわけではないが、二人が出会うまでを描くのがこの物語の本筋であるという作者の考えや、では最終回を迎えさせないためにイタズラに母をたずねて三千里のようなことをするのも違う、というのも同感だ。
流体力学というか動態力学というかそう言うのがよく分からないんだけれど、
粉末のポタージュスープをお湯に溶かすときダマになって底に溜まって溶け残っている問題はこのAIが高度に発達した今の世の中でも解決出来ないミステリーなことは百も承知でもはや人類はそのことすら口に出さなかったけれど、
私は今までそれで失敗して、
溶け残ったポタージュスープのポタージュ感をこれでマックスに堪能できているのかしら?ってどうやっていいのか分からなくなっていたところ、
髪は女の命!
失敗は成功の母!
成功は失敗の父!
いつもなら先に粉末上の粉をマグカップの上に入れてからお湯を注ぐシステム的にオートマチックにノー思考で考えもせず朝に起きたばかりのボサボサの髪のままこの手法で作り続けていた伝統の製法!
うわ!間違ってお湯先に入れちゃった!って
まあお湯を捨てるのもそんな必要なく、
そのお湯の上から
ポタージュスープのいわばクノール状の粉末を投入して匙で掻き回したら、
掻き回したらよ!
なんか凄く良く解けてる!
洗濯洗剤のシーエムの洗濯洗剤がよく汚れを落とす驚きの加減を臨場感たっぷりなセリフで吹き込むあの驚き屋の「驚きの白さ!」ってばりに、
驚きの溶け具合!なの!
めちゃ溶けてる!
ちょっとはダマになっていたけれど、
ほぼダマになっていないようなもの1ダマぐらいで済んでるの!
おおお!
めちゃ溶けてる、
私はかつてない今まで以上にそのポタージュスープの迫力を思わずクノールと叫びたくなるような、
マグカップを口につけカップを傾けて口の中に流れ込んでくるクノール!
いつもより溶け残り少なく、
上手に作ることができたって多分思い込みがあるせいだとは思うけれど、
かつてないぐらいなクノールを感じることが出来たような気がするの。
迫力が違うというか!
迫り来るクノールというか!
クノール博士もこればっかりは発見出来てなかったかもしれないわ!
ということで、
マグカップにお湯を先に入れてそこに粉末を入れるのか?
それとも粉末を先に入れてそこにお湯を注ぐのか?
このようにどうでも良いことをAIには尋ねることを恥じらう季節でもある春。
ふとした偶然で何かが発明できちゃう瞬間に自分でやったことだけど立ち会うことができて、
この快挙感を握りしめながらマグカップをギューッてとってをしっかり握りしめるぐらいの勢いで飲むポタージュスープは熱いから気を付けないとって、
唇の直前まで液体が来たところで、
唇の先の私の熱センサーが、
うわ!
これはなんか火傷する熱いさかもしれないポタージュスープ接近中待ったなし!って警告を鳴らすの。
でも朝イチ美味しい熱々出来立てしかも粉がダマになっていない美味しく仕上がって作ることのできたポタージュスープをすぐさま飲みたいじゃない!
うー!
早く飲みたいいち早く飲みたい!
そんな気持ちに応えるかのように
無意識にふーふーとマグカップの唇の先寸前まで迫り来るポタージュスープを口から出す息の人間に備わった冷却システムで、
そして、
若干の空気を一緒に含みながら複雑に飲みながら冷たい空気を一緒に取り込みつつ冷ましながら飲むという人間離れした誰しもがお味噌汁で体験したことのある、
ずずずずって音と立てて飲んじゃうあれなのよ!
すごい冷却システムだわ。
思わずお椀を持つ手のその熱さは忘れられないぐらい!
あちち!
私は思わず
熱くなったマグカップを
一口ずずずと飲んだ後、
手も熱いからって、
ああ!
木のスプーンを使ってマグカップで飲んでいるところをインスタグラムに投稿したら、
木のスプーンってところが、
あああの人は丁寧な暮らしをしているんだな!って思われるアイテムの一つとして活躍するのよ。
でも、
木のスプーンって
マグカップにいつもより浮いている分高さがあって、
そこに手を引っかけちゃってスプーンがテーブルの上に美事ポタージュスープを巻き散らかすという、
それも私の今日一日のスタートのマイポタージュスープストーリー。
とても丁寧な暮らしだわ。
はい!美味しい!
私はそう一口目にまだポタージュスープが口腔の舌全体に行き渡るまえに、
もう朝は
木のスプーンに少し丸みをおびた白いマグカップに粉末のポタージュスープ。
の三種の神器が揃っていたら、
はい!丁寧でました!って繰り出すこともできるのよね。
朝の丁寧さとポタージュの上手な作り方を発見しできた喜びに包まれながら飲み干すの。
もごもご、
さすがに粉が先かお湯が先かでもクルトンは頑丈に固くて奥歯で噛んだら歯に挟まっちゃうなんかそれは相変わらずクノールおまえか!って
逆に良く溶けて美味しく飲めたことの感動の方が大きいほど。
お湯が先か粉が先かでは
粉はよく溶けたけれど、
今度はクルトンがどうやったら早くお湯にしっとり浸されて柔らかくなるかってのが課題になったわ。
そう思いながら奥歯に挟まったクルトンに思いを馳せるのよ。
クルトンが奥歯に挟まったことがバレるとアン丁寧な暮らしになるので、
舌先でほっぺを膨らまさないようにクルトンをクールに口の中もごもごしてるのがバレないようにしなくちゃね。
クルトン探し中よ。
うふふ。
納豆巻きブーム継続中の絶好調続いていて今日も美味しくゲットできて食べられたことに、
信じ合える喜びを覚えるのよ。
ベーコンレタストマトバーガーを食べるときのテーマ曲だったその曲は
納豆大好きだわ。
ピンクグレープフルーツを1つ買ってきたので半分は残して
レモン炭酸水インピンクグレープフルーツ果汁インウォーラーってところね。
リアルな果汁の酸っぱさは強いわね。
おおすっぱ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
式典は苦手だったけど、割と有り難く参加する事になった。
と言いつつも本社からの参加要請なので拒否する選択肢なんて無かったとも言える。
ざっくりキャリア採用200人、新卒採用250人とかなりの数だった
新卒の人達は緊張している人もいれば、楽しそうに集まってる人も多く、それを見て私の新卒の時は何を考えていたのかと、時折考えていた。
ネットに蔓延る『労働はきつい、懲役40年』というイメージに怯えていたと思う。
基本的につまらない入社式だったので、社会人6年で得たスキル、
「姿勢よく聞いている振りをしながら少し下を向いて寝る」
という絶技を駆使して時間を潰した。
2日目の入社式に、隣の席に2浪で博士を出たと言っている人が居た。
私と2つしか年齢が変わらないはずなのに、頼りないのか、落ち着きの無い学生っぽい?ものを感じた。
彼には私には無い何かを持っているのか、私が何かを失ったのだろうか
企業研究者が大学PIポストへ続々登用される現状はポスドククライシスと呼んでもいいのではないか。
私はAI系の任期制職(以下簡単のためにポスドクと書く)で働いて3年目であり、年間600万円ほどで主に研究室のプロジェクトに従事している。
業務割合はPIのプロジェクト仕事(研究):その他仕事:自分の研究=5:2:3くらいであり、将来のアカデミアのポストのため非常勤講師もしてきた。
この春、何人かの企業研究者の方の大学への准教授・教授職の就任が同時に観測された。
もちろん、各々の方は業績的にも学術界活動的にも素晴らしいし、それに異論はないのだが、あまりにもこのような現象は自分のようなポスドクにとって報われないと思っている。
ご存知の通り、情報系、特にAIはアカデミアと産業界の賃金格差が凄まじい(軽く2倍はあると思う)。なので、アカデミアではポスドク不足が嘆かれて久しいのだが、その中でも自分のようなアカデミアに残って研究がしたい少数の人が、長年労働力になって下支えしてきた。
事実、自分の博士の同期で卒業後もアカデミアに残った人は一人もいない、前後を見てもほぼいない。
同期や後輩が自分より圧倒的に良い給料をもらって資産形成しているのを横目に、歯を食いしばって将来のために耐えているのが今のAI系ポスドクの立場だと思う。
それがどうだろう。非常勤講師に時間を割き、企業の研究費と比較したら雀の涙のような額の科研費若手で研究を行い、貧弱な計算リソースでできる研究テーマを絞り出し、小さい研究グループや貧弱な組織力、バックオフィス機能の不足によって生じる不可解なほどの量の事務作業。。。そんな私たちより圧倒的に良い待遇で生活・研究して業績を出してきた(僻みが多分に含まれるが)企業人研究者が私たちの頭を飛び越して大学のPIに就いてしまう。。。
こんな現状で卒業後アカデミアを選ぶAI系の博士がいるだろうか<いやいない>。実際、私はもうアカデミアを見限ったし、民間への転職活動を始めている。将来いい感じに業績が積み上がったらぼちぼちJrecinを眺めてPI職へ応募するつもりだ。
この傾向は今後どんどん加速するだろうが、そうなったら研究室運営の泥臭いところを担うのは一体誰なのか?
業績などをフラットに考慮すると優秀な企業人が今の時代上に来るのも分かるし、AI研究は今や産業界がリードしていることを考慮すると、アカデミアー企業間の人材の流動性は重要だと思うのだが、何か救済がないとしんどいですよ
同性が極端に少ない環境は問題にはならない…とは言わないが、工学分野で直面する問題のうちでは最も小さい問題ではないだろうか。
ある性質の材料をつくりたい場合、ある仕様の電子回路を組みたい場合、ある要件のソフトウェアを開発したい場合、あなたがすべての問題を解決する必要がある。
工学の分野で直面する最大の問題は、 1. 工学の課題はあなたが自分自身で解決しなければならないということと、 2. 工学分野を希望して入ってくる人間は、問題を自分で解決するのが好きな人間で、そのような人間と競争しなければならないことである。
あなたは同性の学生が少ないために入学を迷っているかもしれない。
一方で、あなたの競争相手になるのは、他人を当てにせず自分の問題を自分で解決するような人間、例えば
「博士課程まで出れなかったために、働きながらちまちま論文を書いて論文博士を目指しています」であるとか、「専門分野が英語圏にしかないため、英語を覚えて国際会議に出ています。発表毎に恥をかいていますが認知度は上がってきました」といった人間である。