はてなキーワード: 著作者とは
「海賊版」と一括りにされがちだが、実態は大きく2つに分かれている。
一つは、単にタダ乗りするための海賊版だ。単に海賊版といった場合、多くの人はこっちを連想するだろう
つまり本来の意味での海賊版であり、権利者の利益を直接奪う以上、厳しく取り締まるべきだという理屈は当然だ。これに反対する人はかなりの少数派のはずだ。
問題はもう一つの方だ。「ほかにどうしようもない」海賊版である。
正規のルートがすでに消滅し、非公式な形でしかこの世に残っていない作品たちだ。前者が「販売の代替」なら、後者は完全に「保存の代替」になってしまっている。
もちろん、法的にはどちらも違法だ。しかし、社会的な意味合いはだいぶ異なると思う。
そもそも、著作権の目的は第一に「著作者の権利を保護」、そして根本には「文化の発展への寄与」にある。
著作物の公正な利用により、作品が継続して生み出され、文化として発展・蓄積されていく土壌を支えるための制度であり、少なくともクリエイターを満足させるためだけに作られている制度ではない。
正規の入手手段が絶たれた作品について、非公式な情報を違法として徹底的に潰して回ることは、言い換えれば「税金を使ってコンテンツを社会から消す」ということでもある。
もちろん権利者に「流通させない自由」はあるが、流通停止の自由は尊重されても、その「消滅」まで国家が肩代わりして保障する必要があるか別問題だろう。
少なくとも私は、そこまで国家が肩代わりする必要はないと考える。
付け加えるなら、それをすることで創作文化が発展するとか、優れたコンテンツが継続的に生み出される土壌になるとも思えない
現行で流通している作品の違法コピーは、今まで通り徹底的に潰せばいいし、それを税金をジャブジャブ使うことには大賛成だ。
クリエイターの利益を守り、適正な報酬がきちんと支払われることは文化的にも経済的にもメリットは大きい
守るべきなのは「権利者が望むなら作品を消せる権利」ではなく、権利者が正規流通を選ぶ自由と、その選択がある場合に非正規流通を排除できる権限である。
ネット等で生成AIの著作物学習での被害感情があることを認知してる著作権法学会や情報処理学会も、著作権法30条の4の項目は現状の生成AIの学習利用から著作物を守るのに機能しないという意見で概ね一致してるそう。著作者が学習禁止を掲げて仮に学習側と合意しても、条文に問題があるからその禁止をすり抜けてしまうらしい。
文化庁の30条の4には機能性はあるという見解も一意見でしかなく、当時法改正に関わった文化庁も抜け道を認知していたのにも関わらず強引であった背景も問題という評価で、この状態で学習の被害を訴えて判例を積み重ねるのは寧ろ不利に成りかねず、慎重にならざるを得ないそう。
先に挙げた両者とも生成AIが推されている社会を全面的に良しとはせず、現行の30条の4が著作権者保護の観点で問題となっているという見解で一致しているのは、AI推進の風潮がある中で生成AIに不満を持っている人々にとって少なからずの救いであるか。
生成AIイラストの問題って、もう「新しい技術だから仕方ないよね」で流していい話じゃない。
無断で学習される。似た絵が大量に出てくる。時間をかけて描いてきた人の価値が薄まる。市場が荒れる。創作の現場そのものが雑に踏まれる。これを「気にしすぎ」とか「感情論」で片づけるのは無理がある。問題はもう現実に起きてるし、しかもかなり根が深い。
よくあるのが、「個別に似てるかどうかを争えばいい」とか、「既存の著作権法で十分対応できる」とか、そういう話だ。でも、それで本当に止まるなら、ここまで反発が広がるわけがない。みんなが本気で止めたいのは、一枚だけ似ている絵とか露骨な丸パクリだけじゃない。無断学習を土台にして、大量に絵を出して、流通させて、既成事実みたいな顔で市場に入り込んでくる、その流れ全体のはずだ。
「今の法律でどこまで戦えるか」じゃなくて、''本当にAIイラストをちゃんと潰すには、どんな法律が必要なのか''を、遠慮なく組み立てたほうがいい。中途半端に30条の4だけ触るとか、ガイドラインを増やすとか、そういう小さい話では足りない。AI生成物を人間の著作物とは別物として、法律上の例外カテゴリに落として、最初から徹底的に排除する。真面目に描いてる人間の創作はそこから外す。そういう一貫した建て付けで、全部まとめて組み直すしかない。
今の憲法21条は表現の自由を保障している。31条は適正手続を要求している。39条は、当時は合法だった行為を後から犯罪にすることを禁じている。22条は職業選択の自由、29条は財産権を守っている。これがある限り、「AIイラストだから一律に止める」「昔使った人まで後から追う」「説明できないなら違法扱いする」「関連産業ごと潰す」は、どうやっても限界がある。
だから本気でやるなら、まず憲法にこういう例外を入れるしかない。
第二十一条に次の二項を加える。
4 人工的生成過程により作成された表現物については、法律の定めるところにより、その作成、所持、公表、頒布、送信その他の利用を制限することができる。
これでようやく、AIイラストだけを普通の表現の外側に置ける。人間の創作物とは違うものとして最初から扱う。そうすれば、真面目に描いてる人を巻き込まず、AI生成物だけを狙って止める理屈が立つ。
さらに、本当に「昔AIを使っていた人まで含めて止めたい」と思うなら、39条も変えるしかない。
第三十九条に次のただし書を加える。
ただし、人工的生成過程により作成された表現物に関する行為については、公共の文化的基盤の保護のため、法律により遡及して処罰することができる。
ここまでやれば、「昔は合法だったから逃げ切り」という話が消える。
また、「AIじゃないなら証明しろ」を制度にしたいなら、31条まわりにも特則が必要になる。
第三十一条の次に次条を加える。
第三十一条の二 人工的生成過程により作成された表現物に関する法令については、立証責任の転換、行政上の即時差止め、データ提出命令、押収、削除命令その他の特別手続を法律で定めることができる。
こうしておけば、AI生成物だけを例外扱いにして、人間の普通の創作活動のルールはそのまま残せる。反AIの立場から見れば、ここはかなり筋が通っている。
今の著作権法1条は、著作者等の権利を守りつつ、文化的所産の公正な利用にも注意して、文化の発展に寄与することを目的にしている。つまり最初から、守ることと使うことのバランスを取りにいっている。
でも、本当にAIイラストを止めたいなら、その発想自体が邪魔になる。
第一条を次のように改める。
この法律は、人間による創作活動の優越的保護を図り、人工的生成過程により作成された表現物の流通を抑制し、もって文化的基盤を維持することを目的とする。
これなら、人間の創作を守るためにAI生成物を例外扱いで抑える、という筋が通る。
次に、30条の4は削る。
第三十条の四を削る。
新たに第三十条の四として、著作物は、情報解析、機械学習、特徴抽出、埋め込み化その他これらに類する方法による利用に供してはならない。ただし、権利者が明示的に許諾した場合は、この限りでない。
たしかに広い。でも、AI生成物を人間の著作物とは別の危険な例外カテゴリとして扱うなら、ここまでやってやっと徹底できる。
さらに、個別に「この絵が誰の何に似ているか」を毎回争っていたら遅い。
第百十三条に次の項を加える。
人工的生成過程により作成された画像、映像その他の表現物であって、法令に定める適法創作証明を欠くものの作成、所持、公表、頒布、公衆送信、展示、販売又は広告利用は、著作権侵害とみなす。
今の著作権法にも「みなし侵害」はある。つまり、著作権法は最初から、一定の行為を侵害とみなす構造を持っている。だったらそこにAI生成物を足せばいい。人間の作品とAI生成物を別カテゴリにして、後者だけ原則排除にすれば、真面目に創作している側は守れる。
今のやり方のままだと、一件一件細かく争うことになる。
原告が相当の理由をもってAI生成物であると主張したときは、被告が非AI創作であることを証明しなければならない。
被告は、ラフ、レイヤー情報、ログ、使用ソフト履歴、端末情報、クラウド履歴その他裁判所が必要と認める資料を提出しなければならない。
これなら、AI生成物だけを例外扱いにして、人間の普通の創作は通常のルールで守る、という整理ができる。
刑事も同じだ。
人工的生成過程により作成された表現物の作成、所持、閲覧、保存、頒布、公衆送信、学習、モデル提供、プロンプト配布を処罰対象とする。
ここまでやれば、作品だけでなく支える側もまとめて止められる。
「人間の創作物ではないものは、最初から厳しく扱う」という一貫したルールになる。
AIイラストを本気で消したいなら、作る側だけ見ていても足りない。
置く場所、売る場所、見せる場所、保管する場所も止める必要がある。
プラットフォーム事業者は、AI生成物の監視、検知、削除及び通報の義務を負う。
疑わしいコンテンツは、先に削除し、後から異議申立てを受け付ける。
反復違反者は恒久的に利用を停止する。
これでやっと、AIイラストは市場にもネットにも居場所がなくなる。
しかも建て付けは一貫している。
AI生成物だけを、人間の創作物とは違う例外カテゴリとして扱う。
真面目に描いている人は困らない。
30条の4を消す。
やってない証明を出させる。
ここまで必要なんだよ
written by ChatGPT
生成AIに反対してる人たち、この3年半何してたんだ。
Xには、生成AIの使用者から「反AI」と呼ばれる人らがいる。
そのほとんどが何らかで活動してる絵描きか、絵のクリエイティブに携わる人たちで占められている。
かくいう自分も、生成AIには多くの問題を抱えているという印象が強く、立場は反対の人物と言える。
しかし、Xで活動している人らに対しては、その活動の内容に強く疑問が残った。「この人たちは一体何を言ってるんだ…?」と。
Xは話題性に関しては優秀なプラットフォームだと思う。自分の発言も他人の目につきやすく、考えも共有され共感されやすい。
一方でその持続性は刹那的で、考えに反対の人物にも目がつきやすく、いたずらに茶化されやすい。
Xのこのような性質は何年も運用しなくてもすぐにわかる。こんなのは他所で敵も味方も区別せずギャーギャー騒いでるようなものだ。
こんなところでできるのは、せいぜい本当に「お気持ち」だけに思う。あるいは「反AI」の彼らの目的がそれの可能性もある。
こういった場所では議論もコミュニティも育ちづらく、むしろ自分らの怠惰を露呈しているだけに思う。
「Xがインフラだから」という内なる言い訳も、仕方なく使っているのではなく、X以外を使いたくないだけではないだろうか。
もし本当に自分らの市場や居場所を守りたい意志があるなら、Xを活動の中心にせず場所を移したほうがいい。
これはXfolioやWickやTEGAKIやpommuに行けという短絡的な話じゃない。
コミュニティを育て、議論を蓄積できる場所を作る努力をしろ。それができるなら一見お断りでもクローズドでも何でもいい。
責任者や法人を擁立するなり、自分たちの居場所を守るインフラを自らの手で設けろということを言いたい。
おかしなところはまだある。
彼らの言い分の軸が「著作権」であることだ。これはよくよく考えなくても大分おかしい。
ネットで少し調べれば概念は掴める。著作権は本来「著作者の権利」だ。
つまり、著作者が自分の著作物を他人が許可なく使用した場合、それに訴えを起こせる「著作者の権利」のことだ。
もし具体的に自分の作品が侵害されてる違反要件があった場合、弁護士に依頼しプロバイダに開示請求を送り、加害者に内容証明を送るなり、順当に著作権侵害の手続きを踏んでいく。
だが彼らはなぜか、生成AIという大きな主語を標的に、著作物や著作者の代表であるかのように振る舞っている。
著作権の本来の使い方をせず、Xでそれを盾に自分たちの言論のようなものを広げようとしているのだ。
「許可されてない二次創作はどうなんだ。アニメアイコンじゃねぇか。ネットミームなら画像使ってええんか。」
と揚げ足を取られている一方である。
こんなものをXで見てしまった日には、お互いに他人の褌で言い合いしてて何してるんだろうと思ってしまう。
このような活動の仕方では、本当に有能な人はついてこないと率直に思う。
これらを見れば少なくとも、著作権は自分たちを守る筋ではないといえるだろう。
法的な問題は、声を反映した司法や行政の仕事であって絵描きやエンタメ業の君たちの仕事じゃない。
ここまで書いて、Xという彼らに逆風の場所を使い、著作権という戦える武器でもない物を使うだけでも罪深い。
だが本当に罪深いのは、三年半の期間が本当に空白期間であるということだ。
コンテンツの流動性がタイトな市場で、絵描きがこの不毛なXの言い合いに時間を割いていることが最も罪深い。
生成AIの問題提起するよりも、その時間で新規にイラストやマンガを制作して、絵を描く姿勢を示していたほうが多く人がついていったのではないだろうか。
「その考えは問題に目を瞑ることになるから詭弁」と言いたい気持ちもわかる。
しかし一方で、この3年半の空白は事実として受け入れなければいけないことでもある。
そして、生成AIに不満を持っているのは絵描きだけではない。声優、ミュージシャンやライター、エンタメで矢面に立つ人や映像に携わる人もいる。
それらを総括し、問題を最も広められて人を集める力を絵描きは与えられていたと思う。
本当に不甲斐ないとしか言いようがない。だからこそ、この3年半の空白が最も重い。
問題の解決法にしても、絵の活動にしても、もっと有意義に活動してほしい。
ここまで言うのは、絵が好きだからです。君たちがつらいなか鞭打つのは気が引けるけど、もっとがんばれよ。
そのような、お気持ち表明でした。
著作者がいいって言ってるんだろ?出版社にも配慮せんとダメなんか作者は。
dorawiiより
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…みたいな論理で押し通してたわけじゃん。
でも著作権がAI出力に認められた瞬間、それ全部ひっくり返るんだよ。
そのアウトプットを生み出す過程も著作物として扱われうるってことなんだよ。
これ、もう逃げ道ないじゃん。
権利があるなら、当然だけど“権利侵害の責任” もついてくるわけで。
今まで生成AIを使っていろいろ作ってた人は、
「学習データに無断利用があっても関係ない!」って言ってたけど、
じゃあ逆にAIが誰かの作った絵に似すぎたときはどうするわけ?って話。
「これ誰々の絵に似てますよね?」
「無断使用ですよね?」
これが今回の一番デカい衝撃なんだよ。
生成AI界隈の人ってよく
って言うんだけどさ、
って問題が出てくるんだよ。
プロンプト打ったやつ?
誰が著作者なのか明確じゃないのに
って言われても、実務的には超カオス。
これ、ほんと地獄。
いやいやいやいや、
著作権主張するなら、学習データの責任からも逃げんなよって感じ。
その結果生まれた画像にだけ「クリエイティブです!」って主張するの、
それもう完全に良いとこ取りだから。
「学習はセーフ」
「AIは道具であって作者じゃない」
「元作品と似て見えるのは偶然」
こういう建前はもう通用しなくなる。
なんだよね。
事後の口約束のみで発注者が著作権を「奪取」することはできません。著作権は著作物の創作と同時に自動的に発生し、原則として著作者(制作者)に帰属します。発注者が著作権を取得するには、契約書などで著作権を譲渡する旨を明記する必要があります。口約束だけでは後々のトラブルにつながりやすく、許諾を受けた事実を証明することも難しいため、書面で証拠を残すことが不可欠です。
著作権は、著作物が創作された時点で著作権法によって自動的に発生し、特別な手続きは必要ありません。
原則として、著作物の著作権は著作者(制作者)に帰属します。
発注者が著作権を取得するには、著作権者との間で著作権を譲渡する、または利用を許諾する契約を締結する必要があります。
口頭での合意は「許諾を受けた」という事実を証明する証拠がなく、後になってから「口約束でも許諾を得ていた」と主張しても、相手に認められない可能性があります。
口約束だけでは具体的な条件が不明確なため、後々利用範囲を巡るトラブルに発展するリスクがあります。
著作権に関わるやり取りは、口約束に頼るのではなく、必ず書面(契約書)で締結し、利用範囲、期間、対価、権利の所在などを明確に記載することが重要です。
著作権そのものを発注者に譲渡する場合は、著作権譲渡契約書を作成します。
そのおかげではオリジナルの認知度を高め、新たなファンを獲得することで市場を拡大するとされる。たとえば、SNSで拡散されることを通じて、オリジナルを知らなかった層が興味を持ち、オリジナルの人の商品の購入や関連商品の消費につながる。また、無断だろうが宣伝してあげている行為はファンコミュニティを活性化し、オリジナルへの愛着や話題性を維持することで、文化的・経済的な価値を高める。さらに、無断だろうが2次創作がオリジナルのコンテンツを広げ、新たな視点や解釈を提供することで、オリジナルの魅力を補完し、ファン層の多様化に寄与する。加えて、多くの著作者や企業が2次創作を黙認し、ガイドラインを設けて一定の範囲で容認しているのは、宣伝効果を期待しているからだ。
むしろ、経済的メリットをもたらすのに無許諾だなんだと不当に存在しない権利を振りかざす人は、本人であろうと害悪ですらある。
著作権とは「著作物」に発生する権利だ。著作物とは思想または感情を創作的に「表現したもの」、である。
「表現したもの」とは具体的な他人が感じ取れるようにあらわれたものであって、単なるアイディアは著作物ではない。アイディアには作風・画風も含まれる。
イラスト界隈では「私の絵柄をパクられた」、「この画風は〇〇さんとそっくり!パクリ!」などと言うコメントが散見されるが、画風に著作権は存在しない。いくら真似しても法的になんら悪いことはない。ただの被害妄想、過剰権利主張である。
法的にはそうだがモラルやマナーの面ではどうなんだ、という声が聞こえてきそうなので補足しておく。
著作権制度はなんのためにあるのかを考えよう。究極の目的は「文化の発展に寄与する」ことにある。著作者の権利の保護はあくまでも「手段」にすぎない。保護される範囲を広げてしまって、文化の発展を阻害しては本末転倒だ。法律で画風を保護しないのは創作活動を妨げないためである。法律の不備のせいで画風が保護されないのではない。画風に個性が現れていても、それは人類全体の共有財産である
画風パクリを騒ぐ連中はその共有財産をまるで一人に独占権があるかのごとくわめく。これは創作活動の害である。
この記事【anond:20250805040011】の続き。
オリジナリティとは一体なんなのでしょうか。芸術とは模倣から始まる、とはよく聞く言葉ですが、ならば模倣がその人特有のオリジナリティに変化するのはいつなのか。
先んじて述べさせていただきますが、生成AIイラストが著作権侵害にあたるのか否かということに関しては、一切議論しません。あくまで、オリジナリティとは? という追究の参考にとどまります。
まずは、生成AIか否かは置いておき、一般的な“著作権侵害”にあたる基準等について考えてみます。法律的な専門知識は薄いため、法律の解釈等についてはこちらのサイトの記事『著作権侵害とは?事例や罰則、成立要件などをわかりやすく解説』【https://kigyobengo.com/media/useful/2118.html】から引用・参考にさせていただきました。より詳しく知りたい方ははリンク先へどうぞ。
著作権侵害となるのは、以下の四つの項目を満たすときだそうです。
1.著作物性……侵害の対象となる、イラストや画像、映像などが『著作物』であること。オリジナリティ(創作性)が全くないものは通常は著作権の対象になる著作物にはあたらない。
2.依拠性……他人の著作物をもとに、そのコピー等が行われたこと(依拠性)。
3.同一性・類似性……既存のイラストや画像、映像に類似していること。
4.引用などの例外的に利用が許される場合ではないこと……他人の著作物を無断で利用すること。
困ったことにしょっぱなからオリジナリティ(創作性)とそのままの意味で出てきてしまいました。
こちらのサイト【https://www.jfpi.or.jp/webyogo/sp/index.php?term=4360】から引用させていただきました。
表現の創作性……著作権法で保護される著作物と認められるためには、思想又は感情の創作的な表現であること、すなわち創作性があることが必要で、事実の伝達にすぎないものや時事報道は著作物には含まれないとされている。創作性が認められる程度は「単なる事実を素材にした場合であっても、筆者の事実に対する何らかの評価、意見等が表現されており、何らかの個性が発揮されていれば足りる」とされている。
こちらのサイト【https://www.bunka.go.jp/seisaku/chosakuken/seidokaisetsu/pdf/93726501_05.pdf】からです。
「創作的」に……他人の作品の「模倣品」など(創作が加わっていないもの)が著作物から除かれます。
また、「ありふれたもの」(誰が表現しても同じようなものになるもの)も創作性があるとはいえません。
さらにもう一件。
こちらのサイト【https://www.weblio.jp/content/創作性#goog_rewarded】から引用。
創作性……著作物につき、著作権が発生するために必要とされる要件の1つ。創作性があるかどうかは、創作者の個性が著作物にあるかどうかで決まる。たとえば、だれが作っても同じ表現のプログラムになるのであれば、出来上がったプログラムには創作性がないとされる。極めて単純なアイコンなども同様である。つまり、もともと選択や組み合わせが限られているものは、創作性がないといえる。他の著作物についても同じように考えてよい。
ふんわりとしか概念ですが、おおよそとして、創作性とは、著作者本人の個性や独創性が発揮されているかどうかということですね。つまり創作性=個性や独創性である。
創作性ーーオリジナリティについて理解を深めたところで、本題へと戻りましょう。
オリジナリティとは、著作者の個性や独創性の発露と一旦定義しました。それでは絵描きと生成AI使いにおいてのオリジナリティはどの程度のものなのでしょうか?
絵描きに関しては特別考えるべくもなく、既存のイラストや創作物等をトレースしたものでなければ著作者それぞれで異なる独創性がありますね。
それでは生成AIはどうでしょう。こちらも与えるプロンプトによって出力が変わることを考えたら、全く個性がないとも言い切れません。たとえ絵柄が特定の既存著作者と同一だったとしても、法律や言葉上の概念からすればその著作者が生み出し得ない構図や色使いであればそれは“個性”と呼べるかもしれません。
超絶個人的な見解ですが、パッとみて一目で“生成AIイラストだ”とわかるということはすなわち、生成AIイラスト特有のオリジナリティがあるからだと思っているのですが、果たしてこれはオリジナリティといっても良いのかどうか。加えて、あくまでこれは生成AIのオリジナリティであって、もしこれが認められるとしたら、著作者は出力者ではなく“生成AI本体”、もしくは“生成AI自体を使ったプログラマー”になるという解釈もできますし。どうなんでしょう?
話を戻して、ではなぜネット上では“生成AIイラストにはオリジナリティがない”と言われるのか。
自分が思う最大の要因は、絵柄という最大の特徴を欠いていることです。
これまでに何度か出てきていますが、絵描きのイラストは“イラストから作者がわかる”が、生成AIイラストは“生成AIで出力されたイラストから出力者が特定できない”。この点が一番の要因ではないかと思います。
絵柄というのは強烈な個性ですので、それを欠いてしまうと一気にオリジナリティの喪失を感じるのかな、と。
生成AIは“既存のイラストデータの学習”と“より学習データに似た出力を求められる”という観点から、“学習データに似せないorないイラスト”の出力は難しいです。これは絵柄に限らず、構図や色彩についても同様です。つまり、どう頑張っても特定の生成AI使いにしかないオンリーワンの個性が薄くなる。よって“生成AIイラストにはオリジナリティはなく、ただの既存のコピーや模倣品、本物の劣化版でしかない”と言われるのではないかと思いました。
やはりクリエイティブの領域では“その人だけの”という唯一無二の個性や特徴が評価されて、作品のみでなく、著作者自身に価値が生じますからね。
長々と書いてまいりましたが、最後に改めて主題に対する個人的な見解をまとめさせていただきます。
主題:“絵描きが資料を見て描くことが、なぜ生成AIを用いてイラストを出力することと同義ある”とされるのか。また、そのことに対し、絵描きと生成AI使いで意見が異なるのはなぜか。
→“蓄積データ”を使って適切なプロンプトでイラストを生成する。
この時に、絵描きにとっては“蓄積データ”=“素材”≠“資料”≠“経験”という前提で考えているのに対し、生成AI使いは“蓄積データ”=“素材”≒“資料”≒“経験”という前提で考えている。
上記に付随して、絵描きと生成AI使いでは、素材や資料、経験、オリジナリティといった単語に対する解釈が異なる。そのため、それぞれの言葉に対して対応している範囲が異なるので、お互いに想定していない範囲の意見が特出して見えている。
要するに、絵描きに於ける“素材”の概念に比べて、生成AI使い側の“素材”に含まれる概念が多すぎるってことと、その噛み合ってない部分同士でずっと言い合いをしているということですね。
まとめてしまえばなんでことのない、面白みのないありきたりな回答です。
そも、対立が起こるのは意見や考え方の違いの衝突が起こるからです。なので、まあ、根本の考え方が違うからなんだろうなぁという一言で終わってしまうといえばその通りです。
終いに、もしここまで長々とお付き合いいたただいた方がいらっしゃいましたら、お疲れ様でした。
興味本位で調べてみたら、注意喚起の終わりから4.オリジナリティとはの末尾までで7500字を超えているらしいです。書いた本人が言うことではないですが、よくここまでお読みになられましたね。ありがとうございます。
少しはあなたさまの肥やしになりましたでしょうか?
もしも、そうなれたのならば嬉しいです。
こうして、答えでない考えるだけ無駄なことをぐるぐる考えるのは楽しいですね。
連日、酷暑が続いておりますので、みなさまも体調にはくれぐれもお気をつけくださいませ。
それでは、これにて失礼致します。
AIと協力して、AIらしさを感じさせないクオリティのもの作るの楽しすぎる。
snsで、この人すげぇ!と思ったらフォローして、この人よりすごいの作るぞ!と勝手に切磋琢磨してる気持ちになってる。
AI使わないプロの方々が「AIはここがダメ!」と言うように、俺みたいなAI使用者はAIばっかり触ってるから、他のAI使用者の頑張りが見えてくるんだよね。
あ、この人、ここうまいな。この人の手法面白いな。この人の工夫の仕方は発想になかったわって。
でも、それだけ頑張ってても、AIと言えば批判が飛んでくるクリエイター界隈。著作権著作権言うなら、著作者連れてこいよ、まじで…
なんで、AIに頼らず自分で考えたアイデアにすら、AIを使ったってだけでこんなに批判されんの?
はぁ…
sunoとかがたぶんアメーリカで大手レコード会社に訴えられた件あったじゃん。
あれってその後、元々は否定というかはぐらかしていた生成AI側が、無断でアーティストの作品を学習していたことを認めてでもそれってフェアユースだから……と反論したのね。
それに対して大手レコード会社側は無許可で著作物を使用し同分野で利益を上げようとする行為はフェアユースに含まれないだろ!と激怒。
これは2023年のウォーホル財団の事件の最高裁判決を受けての主張になってる。
ウォーホル財団の事件は各自でヤフってもらうとして、最高裁の判断としては「著作から変容していても商業利用目的であることは明確で、かつ現著作者と競合する市場に投入されたことは現著作者の権利、利益を損なうのでフェアユースとして認められない」というもので、今回大手レコード会社が訴えている内容に非常に近いのね。
まぁ、ウォーホル財団の事件は著作者と著作物が明確でそれを著作者に無断で二次利用したことが明白って点で、AIへの無断学習の件とはレイヤーが2枚くらい違うので全く同じには扱えないんだけど、なかなか面白そうな展開になってきたなって感じ。音楽生成AIが商業目的であることは明白だしね。生成物が二次利用という扱いになるかどうかが一番の焦点になるんかな。
小説家が自分の小説の挿絵を画像生成AIで作ることを考えていく。
その時間、場所、登場人物それぞれの心情、表情、情景を想像し、何度も推敲した自分の文章。
それを使って複数の画像を生成し、理想に近い1枚選び取り、それを叩き台にさらに修正していく。本文には出てこない脳内設定や、収筆中の参考資料まで総動員して、登場人物のキャラクターデザインから背景の小物まで1つ1つ生成しなおして理想の絵に近づけていく。
完成する絵はもちろん、使用した生成AIモデルに学習された既存画像との類似性は満たさない。パクりではない自分の小説の一場面に基づいて作られた画像なのだから。
一方は、画像を作ったAI利用者の選択と意思決定を尊重して著作物と認める可能性を示唆し、また、類似性が無いにも関わらず、その画像を作った小説家の表現の自由が先行著作者によって不当に制限、侵害されることを疑問視し、学習段階の利用は原則無許可で行えるのが倫理的であるとしている。
もう一方は、どんなに考えていようがプロンプトのみではAIが作った画像であり著作物では無いとし、類似性の有無に関わらず、学習段階での無断利用の時点で著作権侵害であるとし、イラスト産業の維持のために、自分の小説を読んだ事もないイラストレーターに金を払い描いてもらうべきであると主張する。