はてなキーワード: 立憲民政党とは
この80年間、我が国は一貫して、平和国家として歩み、世界の平和と繁栄に力を尽くしてまいりました。今日の我が国の平和と繁栄は、戦没者を始めとする皆様の尊い命と苦難の歴史の上に築かれたものです。
私は、3月の硫黄島訪問、4月のフィリピン・カリラヤの比島戦没者の碑訪問、6月の沖縄全戦没者追悼式出席及びひめゆり平和祈念資料館訪問、8月の広島、長崎における原爆死没者・犠牲者慰霊式出席、終戦記念日の全国戦没者追悼式出席を通じて、先の大戦の反省と教訓を、改めて深く胸に刻むことを誓いました。
これまで戦後50年、60年、70年の節目に内閣総理大臣談話が発出されており、歴史認識に関する歴代内閣の立場については、私もこれを引き継いでいます。
過去三度の談話においては、なぜあの戦争を避けることができなかったのかという点にはあまり触れられておりません。戦後70年談話においても、日本は「外交的、経済的な行き詰まりを、力の行使によって解決しようと試みました。国内の政治システムは、その歯止めたりえなかった」という一節がありますが、それ以上の詳細は論じられておりません。
第一次世界大戦を経て、世界が総力戦の時代に入っていた中にあって、開戦前に内閣が設置した「総力戦研究所」や陸軍省が設置したいわゆる「秋丸機関」等の予測によれば、敗戦は必然でした。多くの識者も戦争遂行の困難さを感じていました。
政府及び軍部の首脳陣もそれを認識しながら、どうして戦争を回避するという決断ができないまま、無謀な戦争に突き進み、国内外の多くの無辜の命を犠牲とする結果となってしまったのか。米内光政元総理の「ジリ貧を避けようとしてドカ貧にならぬよう注意願いたい」との指摘もあった中、なぜ、大きな路線の見直しができなかったのか。
まず、当時の制度上の問題が挙げられます。戦前の日本には、政治と軍事を適切に統合する仕組みがありませんでした。
大日本帝国憲法の下では、軍隊を指揮する権限である統帥権は独立したものとされ、政治と軍事の関係において、常に政治すなわち文民が優位でなくてはならないという「文民統制」の原則が、制度上存在しなかったのです。
内閣総理大臣の権限も限られたものでした。帝国憲法下では、内閣総理大臣を含む各国務大臣は対等な関係とされ、内閣総理大臣は首班とされつつも、内閣を統率するための指揮命令権限は制度上与えられていませんでした。
それでも、日露戦争の頃までは、元老が、外交、軍事、財政を統合する役割を果たしていました。武士として軍事に従事した経歴を持つ元老たちは、軍事をよく理解した上で、これをコントロールすることができました。丸山眞男の言葉を借りれば、「元老・重臣など超憲法的存在の媒介」が、国家意思の一元化において重要な役割を果たしていました。
元老が次第に世を去り、そうした非公式の仕組みが衰えたのちには、大正デモクラシーの下、政党が政治と軍事の統合を試みました。
第一次世界大戦によって世界に大きな変動が起こるなか、日本は国際協調の主要な担い手の一つとなり、国際連盟では常任理事国となりました。1920年代の政府の政策は、幣原外交に表れたように、帝国主義的膨張は抑制されていました。
1920年代には、世論は軍に対して厳しく、政党は大規模な軍縮を主張していました。軍人は肩身の狭い思いをし、これに対する反発が、昭和期の軍部の台頭の背景の一つであったとされています。
従来、統帥権は作戦指揮に関わる軍令に限られ、予算や体制整備に関わる軍政については、内閣の一員たる国務大臣の輔弼事項として解釈運用されていました。文民統制の不在という制度上の問題を、元老、次に政党が、いわば運用によってカバーしていたものと考えます。
しかし、次第に統帥権の意味が拡大解釈され、統帥権の独立が、軍の政策全般や予算に対する政府及び議会の関与・統制を排除するための手段として、軍部によって利用されるようになっていきました。
政党内閣の時代、政党の間で、政権獲得のためにスキャンダル暴露合戦が行われ、政党は国民の信頼を失っていきました。1930年には、野党・立憲政友会は立憲民政党内閣を揺さぶるため、海軍の一部と手を組み、ロンドン海軍軍縮条約の批准を巡って、統帥権干犯であると主張し、政府を激しく攻撃しました。政府は、ロンドン海軍軍縮条約をかろうじて批准するに至りました。
しかし、1935年、憲法学者で貴族院議員の美濃部達吉の天皇機関説について、立憲政友会が政府攻撃の材料としてこれを非難し、軍部も巻き込む政治問題に発展しました。ときの岡田啓介内閣は、学説上の問題は、「学者に委ねるより外仕方がない」として本問題から政治的に距離を置こうとしましたが、最終的には軍部の要求に屈して、従来通説的な立場とされていた天皇機関説を否定する国体明徴声明を二度にわたって発出し、美濃部の著作は発禁処分となりました。
本来は軍に対する統制を果たすべき議会も、その機能を失っていきます。
その最たる例が、斎藤隆夫衆議院議員の除名問題でした。斎藤議員は1940年2月2日の衆議院本会議において、戦争の泥沼化を批判し、戦争の目的について政府を厳しく追及しました。いわゆる反軍演説です。陸軍は、演説は陸軍を侮辱するものだとこれに激しく反発し、斎藤議員の辞職を要求、これに多くの議員は同調し、賛成296票、反対7票の圧倒的多数で斎藤議員は除名されました。これは議会の中で議員としての役割を果たそうとした稀有な例でしたが、当時の議事録は今もその3分の2が削除されたままとなっています。
議会による軍への統制機能として極めて重要な予算審議においても、当時の議会は軍に対するチェック機能を果たしていたとは全く言い難い状況でした。1937年以降、臨時軍事費特別会計が設置され、1942年から45年にかけては、軍事費のほぼ全てが特別会計に計上されました。その特別会計の審議に当たって予算書に内訳は示されず、衆議院・貴族院とも基本的に秘密会で審議が行われ、審議時間も極めて短く、およそ審議という名に値するものではありませんでした。
戦況が悪化し、財政がひっ迫する中にあっても、陸軍と海軍は組織の利益と面子をかけ、予算獲得をめぐり激しく争いました。
加えて、大正後期から昭和初期にかけて、15年間に現役首相3人を含む多くの政治家が国粋主義者や青年将校らによって暗殺されていることを忘れてはなりません。暗殺されたのはいずれも国際協調を重視し、政治によって軍を統制しようとした政治家たちでした。
五・一五事件や二・二六事件を含むこれらの事件が、その後、議会や政府関係者を含む文民が軍の政策や予算について自由に議論し行動する環境を大きく阻害したことは言うまでもありません。
1920年代、メディアは日本の対外膨張に批判的であり、ジャーナリスト時代の石橋湛山は、植民地を放棄すべきとの論陣を張りました。しかし、満州事変が起こった頃から、メディアの論調は、積極的な戦争支持に変わりました。戦争報道が「売れた」からであり、新聞各紙は大きく発行部数を伸ばしました。
1929年の米国の大恐慌を契機として、欧米の経済は大きく傷つき、国内経済保護を理由に高関税政策をとったため、日本の輸出は大きな打撃を受けました。
深刻な不況を背景の一つとして、ナショナリズムが昂揚し、ドイツではナチスが、イタリアではファシスト党が台頭しました。主要国の中でソ連のみが発展しているように見え、思想界においても、自由主義、民主主義、資本主義の時代は終わった、米英の時代は終わったとする論調が広がり、全体主義や国家社会主義を受け入れる土壌が形成されていきました。
こうした状況において、関東軍の一部が満州事変を起こし、わずか1年半ほどで日本本土の数倍の土地を占領しました。新聞はこれを大々的に報道し、多くの国民はこれに幻惑され、ナショナリズムは更に高まりました。
日本外交について、吉野作造は満州事変における軍部の動きを批判し、清沢洌は松岡洋右による国際連盟からの脱退を厳しく批判するなど、一部鋭い批判もありましたが、その後、1937年秋頃から、言論統制の強化により政策への批判は封じられ、戦争を積極的に支持する論調のみが国民に伝えられるようになりました。
当時、政府を始めとする我が国が、国際情勢を正しく認識できていたかも問い直す必要があります。例えば、ドイツとの間でソ連を対象とする軍事同盟を交渉している中にあって、1939年8月、独ソ不可侵条約が締結され、ときの平沼騏一郎内閣は「欧州の天地は複雑怪奇なる新情勢を生じた」として総辞職します。国際情勢、軍事情勢について、十分な情報を収集できていたのか、得られた情報を正しく分析できていたのか、適切に共有できていたのかという問題がありました。
戦後の日本において、文民統制は、制度としては整備されています。日本国憲法上、内閣総理大臣その他の国務大臣は文民でなければならないと定められています。また、自衛隊は、自衛隊法上、内閣総理大臣の指揮の下に置かれています。
内閣総理大臣が内閣の首長であること、内閣は国会に対して連帯して責任を負うことが日本国憲法に明記され、内閣の統一性が制度上確保されました。
さらに、国家安全保障会議が設置され、外交と安全保障の総合調整が強化されています。情報収集・分析に係る政府の体制も改善されています。これらは時代に応じて、更なる進展が求められます。
政治と軍事を適切に統合する仕組みがなく、統帥権の独立の名の下に軍部が独走したという過去の苦い経験を踏まえて、制度的な手当ては行われました。他方、これらはあくまで制度であり、適切に運用することがなければ、その意味を成しません。
政治の側は自衛隊を使いこなす能力と見識を十分に有する必要があります。現在の文民統制の制度を正しく理解し、適切に運用していく不断の努力が必要です。無責任なポピュリズムに屈しない、大勢に流されない政治家としての矜持と責任感を持たなければなりません。
自衛隊には、我が国を取り巻く国際軍事情勢や装備、部隊の運用について、専門家集団としての立場から政治に対し、積極的に説明し、意見を述べることが求められます。
政治には、組織の縦割りを乗り越え、統合する責務があります。組織が割拠、対立し、日本の国益を見失うようなことがあってはなりません。陸軍と海軍とが互いの組織の論理を最優先として対立し、それぞれの内部においてすら、軍令と軍政とが連携を欠き、国家としての意思を一元化できないままに、国全体が戦争に導かれていった歴史を教訓としなければなりません。
政治は常に国民全体の利益と福祉を考え、長期的な視点に立った合理的判断を心がけねばなりません。責任の所在が明確ではなく、状況が行き詰まる場合には、成功の可能性が低く、高リスクであっても、勇ましい声、大胆な解決策が受け入れられがちです。海軍の永野修身軍令部総長は、開戦を手術にたとえ、「相当の心配はありますが、この大病を癒すには、大決心をもって、国難排除に決意するほかありません」、「戦わざれば亡国と政府は判断されたが、戦うもまた亡国につながるやもしれぬ。しかし、戦わずして国亡びた場合は魂まで失った真の亡国である」と述べ、東條英機陸軍大臣も、近衛文麿首相に対し、「人間、たまには清水の舞台から目をつぶって飛び降りることも必要だ」と迫ったとされています。このように、冷静で合理的な判断よりも精神的・情緒的な判断が重視されてしまうことにより、国の進むべき針路を誤った歴史を繰り返してはなりません。
政府が誤った判断をせぬよう、歯止めの役割を果たすのが議会とメディアです。
国会には、憲法によって与えられた権能を行使することを通じて、政府の活動を適切にチェックする役割を果たすことが求められます。政治は一時的な世論に迎合し、人気取り政策に動いて国益を損なうような党利党略と己の保身に走っては決してなりません。
使命感を持ったジャーナリズムを含む健全な言論空間が必要です。先の大戦でも、メディアが世論を煽り、国民を無謀な戦争に誘導する結果となりました。過度な商業主義に陥ってはならず、偏狭なナショナリズム、差別や排外主義を許してはなりません。
安倍元総理が尊い命を落とされた事件を含め、暴力による政治の蹂躙、自由な言論を脅かす差別的言辞は決して容認できません。
これら全ての基盤となるのは、歴史に学ぶ姿勢です。過去を直視する勇気と誠実さ、他者の主張にも謙虚に耳を傾ける寛容さを持った本来のリベラリズム、健全で強靭な民主主義が何よりも大切です。
ウィンストン・チャーチルが喝破したとおり、民主主義は決して完璧な政治形態ではありません。民主主義はコストと時間を必要とし、ときに過ちを犯すものです。
だからこそ、我々は常に歴史の前に謙虚であるべきであり、教訓を深く胸に刻まなければなりません。
石破は続ける気満々だから置いておくとして、仮に石破おろしが起きたとしてもその後釜に座る人間はいないだろう
そして、立憲民政党も建前上首相狙ってると言ってるが本音は嫌なのでは?
だって今なったとしても立憲民政党だけで過半数を取れる訳じゃないねじれ国会でグダグダになるの目に見えてる
立憲民政党の圧勝でもないし、他の野党も強調してくれるのかと考えると微妙
前回の民主党政権の苦い思いを野田代表は分かってるはずなので、協力を要請の活動はしてるが圧勝じゃない状態で首相になるのは本音は嫌なのでは?
グダグダで石破になるんだろうが、これもまた泥船
そしてその泥船を引き継ぐ人間もいない
これからどうなるのか
立憲民政党が政権を取る→中共の暴走を止められず真っ先に日本が侵略されるため徴兵制不可避
れいわ新撰組→陰謀論者が自民党議員を殺害しに武装蜂起するので実質徴兵制
共産党→革マルと中核派が結束して党首を守ろうと武装蜂起するので実質徴兵制
公明党→創価学会員が公明党代表を守るため武装蜂起するため実質徴兵制
維新の会→大阪市民が東京都民と戦うため日本を核武装出来るようにし武装蜂起するため実質徴兵制
NHK党→NHK視聴者を片っ端から殺害するための部隊が結成されるため実質徴兵制
みどりの党→名前を知ってもらうために信者が武装蜂起するため実質徴兵制
山本太郎となかまたち→国民を強制的になかまたちにして武装蜂起させるので実質徴兵制
http://b.hatena.ne.jp/entry/www.huffingtonpost.jp/2017/10/19/sitouyoken_a_23248344/
は誤った報道を指摘する記事なのだが、誤りである理由の証拠としているリンク先記事が、記事に書かれた説明と異なっているのである。
ところが、証拠を確認していないことがまるわかりなコメントが並んでいる。
一応詳細を書くと「立憲民主党は政党要件を満たしてない」という一部報道が誤りで立憲民政党は政党要件を満たしていますよという報道。
"政府が公開している「公職選挙法施行令」の第八十八条の二では、衆院解散時の国会議員のカウントについて、以下のように定めている。
衆議院の解散若しくは衆議院議員の任期満了により衆議院議員でなくなつた者(その衆議院の解散がなく、又はその衆議院議員の任期がなお引き続いているものとしたならば、引き続き衆議院議員として在任することができる者に限る。)"
この文中の「以下のように定めている。」にリンクが張られているのだが、リンク先(http://elaws.e-gov.go.jp/search/elawsSearch/elaws_search/lsg0500/detail?lawId=350CO0000000277)は「政治資金規正法施行令」であり、記事に書かれた「公職選挙法施行令」ではない。
どういうわけか小学生の息子が選挙演説を聞きたいと言ってきたので、まあ勉強になるだろうと思っていっしょに枝野さんの話を聞いてきた。
(その後、希望の党の小池さんと自民党の安倍さんの話も聞いてきたので参考まで
小池さん → https://anond.hatelabo.jp/20171015174223
安倍さん → https://anond.hatelabo.jp/20171019182506 )
政治家の演説をまともに聞いたのは初めてだけど、だいぶ感銘を受けたので書き起こしてみようと思う。
枝野さんの話、興味ある人も多いと思う。ぜんぶで20分くらいの話だった。
みなさんに背中を押していただき、党を立ち上げてよかったと思っています。
民主党、民進党の時代に積み重ねてきた原則、理念を改めてこの時代に大きく前進させて新しい旗を立てさせていただきました。
右でも左でもなく、そしてこれまでの政治が上からの政治になってしまっている、暮らしの現場からの、下からの、草の根からの民主主義を、暮らしの現場からの政策を下から前へ進めていく、新しい選択肢を国民のみなさんにお示しをさせていただきたい、そう考えています。
アベノミクス。豊かな人をさらに豊かにします。確かに株価は上がりました。大きな企業を中心として企業の内部留保、いわば企業の持っている預貯金は過去最高に登りました。豊かなものをさらに豊かにすれば、強いものをより強くすれば、そのうちその豊かさが国民の隅々まで行き渡る。安倍さんはそう説明しています。でももう5年経っている。
私はこうした、上から強くして行く、上から引っ張り上げるこのアベノミクスの考え方を、一概に全否定するつもりはありません。
実は日本の高度成長、戦後復興、20世紀の日本はこういうやり方で1億総中流、世界で有数の経済大国を作り上げました。若い皆さんはご存じないかもしれませんが、安かろう悪かろう、メイドインジャパンは値段が安い、世界にどんどんものを売って事業が儲かって、膨大なお金が日本全国津々浦々に行き渡って、今の日本の豊かさを作り上げてきました。
安倍さんはその成長体験に基づいて、同じことをやればうまくいくといまだに勘違いをしているんじゃないでしょうか。時代が変わっているんです。右肩上がりで人口が増える、アメリカヨーロッパにまだ日本が追いつき追い越そうとしていたその時代と、新興諸国から追い上げられる立場になった日本、少子高齢化で人口が減っていく日本、時代が違う社会が違うのに、過去の成功体験に引っ張られて新しい道が示せていない。
例えば、ただでさえ若い人が減っている。そんな中で奨学金と言う名のローンを組まないと進学できない若者が増えてしまっています。貧困格差の拡大によってぶ厚い中間層と呼ばれた、1億総中流と言われていた日本社会がどんどんどんどん分断されてしまっていて、遠心力が働いています。
これでは当事者のみなさんが困るだけではないんです。これでは日本の社会が前に進んでいけない。どんどん社会が荒れていく荒廃をしていく。
例えば、ただでさえ数の少ない若い皆さん。学びたいと言う意欲があっても能力があってもお金の問題で進学を断念する。そんな若者がたくさんいて、誰が日本の未来を切り開くんですか。それどころか親の世代の貧困によって、読み書きそろばん、最低限の社会生活、そうしたものすら身に付ける機会のないまま義務教育を終える、そんな子供たちがたくさん出てきてしまっています。これでは当事者のみなさんが困るだけではない、社会が誰を支えていくんだ、誰がこれからの社会を支えていくんだ。
景気だって良くなるはずありません。年収100万、150万いつクビになるかわからない、非正規雇用。若干数字が改善したと言いながらもまだ働く人の4割、そのうちの少なくとも半分は本当は正社員になりたいけれども残念ながら非正規で働いている。そんな若者がたくさんいます。
当たり前じゃないですか。年収100万、150万、いつ首になるか分からないからローンを組めない、これでは自動車離れは当たり前。買える力がないのに買おうとする意欲が出るはずないじゃないですか。
恋愛をし、希望すれば結婚し家庭を持つ、子供を産み育てる、そのためには定職があって一定の安定した収入があって、その願いを、家庭を持つという夢を、子供を産み育てると言う夢を持てない、そんな人たちを増やしていてどうして少子化に歯止めがかかるんですか。
上からの経済政策ではなくて、格差をこれ以上広げるのを止めて、格差を是正して貧困を解消しましょう。これこそが21世紀政治と社会の経済再生です。
安倍さんは、規制緩和、自由競争そして自己責任、そうしたものを煽ってきました。しかし自由な競争には大前提があります。競争を煽るだけでは政治の役割を果たしません。自由な競争は公平公正なルールに基づいて行われなければなりません。ルールに基づいた競争を進めることが政治の役割じゃないですか。
競争を煽るだけでは政治の役割を果たしたことにはならない。公平公正なルールを作り守らせる、それが政治の役割。その本来の役割を、まっとうな政治を私は取り戻したい。
格差が拡大している背景には、例えば労働法制の行き過ぎた緩和があります。20数年前、派遣法と言うのはむしろ恵まれた、手に職持った技術を持っている特別な仕事にしか認められませんでした。それをあらゆる職種にどんどん規制緩和していった結果として、働くと言ったら正社員が当たり前だった、そんなまっとうな社会を壊してきたんです。
労働法制を強化しましょう。派遣法をもう一度元に戻していきましょう。段階的に戻していこうではありませんか。
安倍政権はこの選挙の前、残業代ゼロ法案をまとめています。ただでさえブラック企業、サービス残業、過労死自殺、働いてもそれに見合った給料がもらえない、おかしなことが横行しています。
残業代ゼロ法を作る前に、今のサービス残業、ブラック企業、過労死自殺を止める、長時間労働を規制する、労働法制を強化しなければならないんです。そのことによって働いたらまっとうに給料がもらえる、働くと言うのは基本は正社員として安定して働く、そのまっとうな世界を取り戻そうじゃありませんか。
そしてもう一つ格差を是正するために社会を下から支え押し上げていくために、典型的な例があります
おかしいですよ今。私たちの国は資本主義です。自由主義経済。価格、値段というのは市場で決まります。需要があって供給が少なければ値段は上がるんです。介護職員の数が足りない、命にも関わる責任の重い仕事、重労働にもかかわらず賃金が安すぎる。志を持って介護の仕事に就いた人が暮らしていけない。おかしいじゃないですか、供給不足なんでしょう。人手不足なら高い給料を払ってでも人を集める、それが市場原理のはずなのに、そうなっていないから、特別養護老人ホームには空きベッドが1万以上ある。でも待ってる人は一万人以上いるんです。ベッドはあるけど働いてくれる人が足りない。だったら給料払うのが資本主義です。自由経済。
保育所はどうでしょう。保育所が足りないのは土地や建物の問題もあります。保育士の資格を持っている人はたくさんいるのに、でも保育所の増設しようとすると保育士さんを集めるのが大変です。
なぜですか。
やっぱり重労働で責任が重いのに給料が安いから。資格を持っている人でももっと給料が高い他の仕事に移ってしまっている。だから人手不足です。おかしいじゃないですか。
需要があるんだから、値段が安すぎて賃金が低すぎて人が集まらないなら、その給料を上げる、なぜそんなことが起こっているのか、そこは政治の責任です。
保育士の給料も介護職員の給料も、広い意味で政治が決めています。介護保険の仕組みで例えば看護師さんは医療保険の仕組みの中で、保育士さんの給料も保育にどれくらいのお金を流すのかによって、保育士さんに払えるお金に上限があるから、人手不足でも給料が払えない。そうした需要があるのに、安過ぎる給料に限られた政治を直していきましょうよ。
増えたものは必ず消費に回るんです。そして需要がたくさんあるんです。人が集まってくるなら、どんどん雇用の場として広がっていくんです。そこに払った給料も消費に回るんです。こういうことによってさまざまな分野で所得を給料を下支えをして、底上げをしていこうじゃありませんか。そして最後、保育や、老後の安心や子育ての安心につながっていく。
二度、三度おいしいんです。
上からの株価を上げる経済政策ではなくて、こうして地に足つけて暮らしと結びついたところから、社会を下支えをして底上げをしていきましょう。右でも左でもなく底支えをして前へ行く、そうした新しい経済のモデルを、私は皆さんに自信を持って示していきたいと思います。
そしてもう一つは上からの問題。総理大臣はなぜ総理大臣なんですか。
安倍さんは選挙に勝ったからだと勘違いをしているんじゃないでしょうか。それは答えの半分でしかありません。ましてや選挙で勝ったら何をしてもいいと思っていたら大きな間違いです。
選挙は選ばれる人に白紙委任を与えるものではありません。そもそもが国会議員も内閣総理大臣も、与えられている、お預かりしている権限権力は、憲法によって決められているんです皆さん。
憲法で定められた手続きで選ばれているから、憲法で定められた範囲で権限をお預かりしている、その立憲主義の基本が分かっていないのではないでしょうか。
集団的自衛権。平和の問題としても深刻。しかし私はそれ以上に立憲主義、これを破壊する行為だと一貫して思っている。
集団的自衛権は行使しない、できない。その憲法の解釈は、誰が作ったのではありません。アメリカから押し付けられたわけでも、当時の野党が大きな声を出したから決まったわけでもありません。
歴代自民党政権自らが、政府自らが今の憲法9条の解釈をして、日本の領土領海が攻められたらそれは全力で守るけれども、日本が攻められてもいないのに戦争はしない。自民党自身が決めてきたルールなんですよ。
それを合理的な説明もない、論理的な整合性もない、そんな形で勝手に変える。自分たちを縛っているルールを勝手に変える。それじゃあルールも何もあったもんじゃないじゃないですか。自らの権力権限の正当性の根拠である憲法を守らない権力は、権力そのものの正当性がない。
立憲主義と言うのは戦前でさえ言われていたんです。大日本帝国憲法、明治憲法のもとでも政友会、民政党という二大政党がありました。どちらもあの時期、立憲政友会、立憲民政党と言う名前だったんです。憲法に基づいて仕事をするんだと言うのは明治憲法のもとでさえ常識だったんです。それを壊してしまっている安倍政治は19世紀の政治です。
時代錯誤の政治を辞めさせなければなりません。立憲主義だけではありません。森友学園、自衛隊の日報問題。国民のみなさんに情報公開しない、そして開き直る。
情報公開だけでもありません。国民のみなさんにきちっと説明して理解してもらって、説得して賛成してもらうと言う意思、意欲をみなさん安倍政権に感じますか。
本当の民主主義はそんなもんじゃありません。確かに民主主義、多数決はつきものです。しかし民主主義と多数決はイコールではありません。民主主義と言うのは、主権者つまり国民のみなさんみんなで決める、これがほんとの民主主義です。
全員の意見が一致することはありません。だから選挙で議員を選ぶんです。だから最後、議会の中で多数決で決めるんです。
でもその前提はみんなで決める。できるだけ多くの皆さんに理解をしてもらって賛成をしてもらって、国民の理解の上で物事を進めていく。それが民主主義です。情報を公開してみんなが議論できるようにして、その上で最後の最後どうしてもと言う時に多数決で決めるんです。
初めから数があるから、由らしむべし知らしむべからず、俺たちの決めたことを言うことを聞け、こんな上からの民主主義は本当の民主主義ではありません。
私たちは本当の民主主義をこの国に作り上げたい。本当の立憲主義をこの国に取り戻したい。上からの政治ではなくて、国民のみなさんとともに暮らしの中から湧き上がる本当の政治を取り戻したい。そんな思いで党を立ち上げました
このままでは自分が所属できる政党がない。国民のみなさんも入れたくなる政党がない。そんな声をいただきまして10月2日に政党を立ち上げました。前にいる若い仲間からも背中を押されました。
正直迷いました。おかげさまで8期やってましたんで、まあ無所属でも自分の選挙区は戦えるかなあと思っていました。ふだんは大宮でマイクを握ってるんです。
でも多くのみなさんが背中を押していただきました。このままでは困る、このままではこの国の民主主義も立憲主義も困る。枝野なんとかしろ枝野立てと、みなさんが背中を押していただいた。
そのおかげで私は立つことができました。ですから立憲民主党を作ったのは枝野幸男ではありません。立憲民主党を作ったのはあなたです。あなたが作った政党が立憲民主党です。
本当はこの前に立っている仲間に一票を投じてくださいと、立憲民主党を比例代表で一票を投じてくださいとお願いをするべきなのかもしれませんが、お願いしません。
それはこの戦いは候補者や政党の戦いだと思っていないからです。私の背中を押していただいた、日本に本当の民主主義を取り戻そう、作り出そう、自分たちの声を届ける器をしっかり作らせようと思っていただいた、みなさんの戦いなんです。
政治を諦めている、どうせ変わらない、どうせどんな結果になったって俺たちには関係ない、そういって諦めてしまっている人たちが、みなさんの周りにはたくさんいるんじゃないでしょうか。
みなさん一人ひとりが当事者として、そうして諦めてしまっている人たちに声をかけませんか。いっしょにたたかおうと言いませんか。諦めないで立ち上がっていけば、それは大きな輪になるかもしれない。日本の民主主義の新しい一歩を踏み出せるかもしれない。だから周りで諦めている人に、しらけている人に、あなたが当事者として声をかけていただきたいんです。
一緒に政治に参加しよう、新しい民主主義を一緒に作ろうと声をかけていただきたいんです。みなさん、金もない組織もないなかで奮闘してくれています。お時間がある方は、余裕がある方は、30分でも1時間でもいいんです。それぞれの近くの事務所に顔を出してくれませんか。
そして一緒にビラをまいていただいたり証紙をはっていただいたり、一緒に政治をやりませんか。一緒に民主主義をやってくれませんか。
一緒に戦いませんか。
この戦いは第一歩です。私自身も24年国会に送っていただいて、永田町の古い常識に影響されていた部分があったのではないかと反省しています。でも新しい旗を立てました。自信を持って戦います。
これまでの永田町の、内側を向いた上からの政治ではなくて、あなたと一緒につくる新しい民主主義を、そして暮らしを下から底上げをして、日本の未来を切り開いていく新しい日本の社会を、しっかりと作っていく第一歩をこの選挙を通じて実現をさせていきたい。踏み出していきたいと思っています。
ぜひ一緒に戦いましょう。
立憲って、新憲法作るのか■枝野氏新党は「立憲民主党」 | 2017/10/2(月) - Yahoo!ニュース https://t.co/jZmkXVU2Ui @YahooNewsTopics— 渡邉哲也 (@daitojimari) 2017年10月2日
日本の天地は複雑怪奇なる新情勢に突入し遂に立憲民主党が結成されたわけなのだが、上記のような呟きを意外と見かける気がする。
私としてはちょっとしたカルチャーショックだったんだけど確かに辞書を調べると「憲法制定」の意味しか載っていない。
それだけでなく「かつては憲法制定を目指して「立憲」を政党名につけたのであって改憲政党[*1]でないとおかしい」という呟きもあり…。
恐らく立憲改進党(と立憲帝政党)を念頭に置いての意見だと思うのだけど、明治憲法下で結成された立憲政友会や立憲民政党も忘れてはならないだろう。
立憲政友会・立憲民政党は憲政の常道を主導する二大政党だったのだから、両党が改憲政党なら明治憲法が不磨の大典だったとする言説は大嘘ということになってしまう。
結局、ここでいう「立憲」とは「憲法に立脚する」(≒立憲主義)くらいの意味だと取るのが普通なのではないか。
実際戦前でも立憲という言葉は立憲主義に近い意味で使われていた。
例えば寺内正毅首相はビリケン宰相と揶揄されたが、その風貌だけではなく「非立憲」にもかけられていた[*2]わけだ。
違憲とは言えないでも超然内閣は非立憲的、つまり憲法の趣旨に則っていないという批判だろう。
現在でも、立憲君主政や立憲民主政、立憲政治など「立憲」だけでほぼ立憲主義的という意味で使われる用語もある。
そもそも会見からして、立憲民主党は立憲民主主義から取ったのだろうと推測できる。
何にせよ立憲=憲法制定という一義しかないという前提は過去・現在の用法を見ても違和感を覚える。
余談
とある物理学の先生が党の英名について立憲はRickenなのかなみたいなことおっしゃってたけど、
立憲主義がconstitutionalismなのを考えれば立憲がconstitutionalなのは予想できたんじゃなかろうか。
constitutionalismって直訳すれば憲法主義[*4]だから立憲に結びつかないのも分かる気はしないでもないけど。
まあさすがにRickenはそういうギャグなんだろうけどね。
余談2
立憲って「明治かよ!」って突っ込みを聞くけど立憲民政党はギリギリ昭和に結成なので…。
まあ維新って聞いても「明治かよ!」ってならないし平気だろう(てきとう)。
余談3(10/3 22:30 追記)
「何故今になって立憲なのか」という疑問は分からなくないけど民主主義の国で民主党を名乗るのは「何故今になって」とは聞かれないよね。
それにかつて佐々木先生が語った(後述[*2]参照)ように違憲と非立憲は違う。
そして合憲であることは易くとも立憲的であることは存外難しいだろうし、名乗った以上立憲的に振舞わねば強い非難を浴びるだろう。
まあ安倍首相を念頭に置いた命名なのではないかとは思わないでもないけれども、名乗る以上はその重みを噛み締めてほしいところです。
[*1]
※以下 10/3 22:00 追記
もちろん立憲主義は必ずしも護憲を意味しない。大事なことなので2回書いた。
ただ憲法改正限界説に立てば現在の憲法価値の中核に反する改憲、例えば国民主権を君主主権にするような改憲はできない。
96条改正もこのあたりで色々議論があるんだけど、結局何を「中核」とするかはやっぱり細かい部分で意見が分かれるんだよね。
どちらにせよそこに注目すると立憲主義が”ある条件”下では護憲的に働くように見えるかもしれない。
まあそれを立憲主義と表現するのが正しいのかも自分の知識ではよく分からないのだが…。
正直限界説についてはよく分からないから各々で調べてもらえるとありがたい。
※以下 10/4 18:00 追記
はてブでご指摘がある通り護憲が改憲の対義語でない用法もありました(第一次護憲運動・第二次護憲運動等)。
[*2]
このあたり立憲デモクラシーの会で話題になっておりメディアにも「非立憲」という言葉が載ったこともあったのだが思ったよりも知られていないのかもしれない。
そういえば立憲デモクラシーの会が設立した時にも改憲集団でないならその命名はおかしいという意見はあったのだろうか?
ちなみに非立憲絡みで言えば昨年には佐々木惣一先生が大正時代に出した著書「立憲非立憲」が文庫化している。
曰く「政治は固より憲法に違反してはならぬ。而も憲法に違反しないのみを以て直に立憲だとは云えない。違憲では無いけれども而も非立憲だとすべき場合がある。立憲的政治家たらんとする者は、実に此の点を注意せねばならぬ」。
ここでいう「立憲」も明らかに「憲法制定」を意味しないし今でも通用しそうな警句ですね。
[*3]
確かに立憲君主制という言葉に比べると立憲民主主義って聞かないけどね。かつては教科書にも載ってなかったし。
もしかしたら立憲民主主義という言葉が盛んだったのは芦部信喜先生や奥平康弘先生あたりの時代で最近だとあまり強調されないのかもしれない。
このあたりは立憲主義と民主主義が緊張関係にある側面が指摘されるようになったからなんだろうか。
ちなみに緊張関係で言えば、自由主義と民主主義も、自由と平等も緊張関係にあるとも言えるので立憲民主主義という言葉が特別おかしいわけではない。
[*4]