はてなキーワード: 新規性とは
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260424182940# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaes4BgAKCRBwMdsubs4+ SGX7AQDWGAf0jbjemucJkEIuHAvAwGrE7gHSv3uN1IErpa0BkAD8Chs6bt3zgZ+B wkpiDi+nbH+yRcquu81+INP73zyKZwo= =Vrgz -----END PGP SIGNATURE-----
ほんとはわかってるんだ。自分で新規性などと言ってたら世話ないって。嗚呼しんきせいがほしい喃…👺
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260421161336# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaecjdQAKCRBwMdsubs4+ SA1mAPsHbbNRKMPITg/VyfQq2zQesIvoGxI44ZohxiJHoLOugwD+JIRjVQ5stmah G5dkYK/x1AylEF/bpYRFBE515FrraAQ= =rYOD -----END PGP SIGNATURE-----
などと言っている状態では、
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260421142552# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaecKNwAKCRBwMdsubs4+ SL0TAQDYkER/rCb2RMbJjN9Pw4dnKDnCFWrwqKKP1688Xpth2AD/UGvx1qMbOy3j GUUJzjcgub9j2Nek9JiXGZ39WMMkGAM= =0ksZ -----END PGP SIGNATURE-----
毎日図書館行ってるのに棚の一列(段)ごっそり本がなくなってて、普段はタイトルの記憶はあっても断片的で本の並びによる背表紙のパターンマッチングで自分がよく立ち読みする本の場所とか記憶してるから困るんだよね。
本の配置変えるたびにその前の状態を全部記録しておいてストリートビューのようにオンラインで見れるようにすればいいのに。
↑これ新規性ある?
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260421142455# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaecJ/QAKCRBwMdsubs4+ SJJ5AQD39h/q+m1+EJQMohPiu3VTMg6eHe+McjGUEQXQ3gzqhAD8DcdkwZsh93Df 1DnRb7OhMysz65twSugnLdROuXyh9gE= =sqrp -----END PGP SIGNATURE-----
歩いていると女子中高生を見かけるがそれに素朴な味わいがあると感じた経験のある男は一定数いるだろう。
別にこのとき芸能人とかとして比較して可愛いとか思うのではなく、その対象個人として完結したものとして評価して良きと感じているのが男。
たとえるなら素朴なラーメンでうまいのがあっても必ずしも有名店にたとえるわけではないのと同じ。
しかし女が自分にとって魅力的な異性として相手に語る時はなぜかだいたいは芸能人に引き付けて語る。
私はこれは女の方がおかしいんだと思う。
↑
これ新規性ある?少なくとも過去にこれとそっくり同じ内容考えた人いないよね?ラーメンにたとえる発想とか。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260421141817# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaecIbwAKCRBwMdsubs4+ SMx0AP9lgqBoGwQW1zzbWhjthN+OCQKeiSpTgJlKWnFvdduumgD7Bs7X0hCInPhp j6gk7UnBFZUYBe0KBWFDjjnLzd2eJAg= =s7Qc -----END PGP SIGNATURE-----
お前の頭の中にある新規性とラベリング貼った概念においては哲学科じゃ学士論文程度じゃ新規性あるのなんて皆無になるんだろうな。
まあそれってお前が現実を歪めて見てるってことになるだけなんだけどさ。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260421140724# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaecF4wAKCRBwMdsubs4+ SHAAAPoCUOyI543MUm2ik1Mvi3ZaBS0BYb8gtUxTJwanqlsbawD/QR7xOy8fmi0X G6MUFWmjkTEYR/wiUfpCEGpQvolTOQ4= =2vwP -----END PGP SIGNATURE-----
くだらないけど新規性あるとされてるよね。
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260421140407# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaecFHQAKCRBwMdsubs4+ SAOxAP9tA/NUFg7p9+Va8XkF0LwFOcpeFhizRO7TDkStg1I1HQD/WGn0+xW1dFH5 x61FeKJ2R45OzLpCOebDuHlQjDCpfgM= =Z1mY -----END PGP SIGNATURE-----
くだらないというならお前はいままでそのこと考えた?
くだらないというなら一人でも周りに同じこと過去に考えてたやつ揚げろよ。
数学にたとえるなら本とか見て提示されてる解法見たら当たり前だと思えても、昔その解法で解ける問題に出会ってて問題解けなくて困ってたなら「当たり前だから価値が無い」と批判する資格なんてねーんだよ。
お前は「当たり前だからくだらない」と同じことしてるんだよなあ
dorawiiより
-----BEGIN PGP SIGNED MESSAGE----- Hash: SHA512 https://anond.hatelabo.jp/20260421134136# -----BEGIN PGP SIGNATURE----- iHUEARYKAB0WIQTEe8eLwpVRSViDKR5wMdsubs4+SAUCaeb/1gAKCRBwMdsubs4+ SEeVAPsFIEVgGHr51v3La7lNWNw9Oc1FGkirAJtZtMy7nGP2xAEA4FMb2F3F7vTw MKM9on9qw5JgyuOtXh9YEWIRXGaZWAc= =ZsyT -----END PGP SIGNATURE-----
美大に行けば絵を教えてもらえるのではない。美大は入試の段階ですでに絵で表現できるものであれば何でも描ける人を求める。そこまでの画力を得ることを目指す場所が美大予備校である。
ネットのイラスト講座の小手先のテクニックではなく、美大予備校ではデッサン力という根本的な画力を身につける。画力さえあれば小手先のテクニックの習得も早くなるが、画力がない状態でテクニックを学んでも何の役にも立たない。
絵の表現の新規性を追求するのではなく既存の枠組みの範囲内の絵を描いて仕事にしたい場合は、美大予備校で美大に受かるレベルまで頑張って、画力だけ得て美大に行かずにプロを目指せばいいのではないかと思う。
知らない曲に出会いたい人には合うと思うんだけどな。
このランダム性を持たせることで知らない曲に出会えるようにする、というのはいいと思うがこの目的のためならランダムプレイリスト出せばいいだけで、そのためにガチャ引いたりするのって余計な一段階を挟んでるだけで煩わしさを産んでいるだけであるように思えた。曲聞きたい人は曲聴きたいだけなんでアチーブやらカード送れるやらの機能要らんだろう。youtubeに曲をまとめたリストが大量にある中でガチャ引いて数曲だけ出てきたやつを聞くというのは普通に曲ききたい人にとって単純に使いにくい。ランダム性持たせるならそもそも予めジャンルを選択する機能すら不要で、必要なのはデスメタとか特定ジャンル除外機能じゃなかろうか?
このコンセプトで作るなら短くした曲をランダムにひたすら流し続けてワンタッチでファボ出来るようにするとかで十分で、でそのファボられた曲の相関を算出しておいて(この商品を買った人はこれも買ってます的なやつ)オススメするようにするとかの方がいいんじゃね?新規性はそんなないだろうけど。あとは友達にファボを公開してオススメ出来るようにしたりとか?あとは友達との共有ファボリストとか。まあファボ曲の相関以降の提案全てサービス規模がある程度デカい有名サービスでないと機能しないけど。
色んな観点があると思う
・単純に面白くない
・古い、幼い
芸術とかでも古い技法を磨くことはあるが技術のない人が単に模倣してたり、研鑽さぼってる
・浅い
よく言われてる教科書一ページ目みたいなの。流行ると陳腐化するので、それのスペシャリストにならないと使いこなせない
その上でつまらなかったり、にんにあってなかったりでまあ全部重複
・歴史軽視
・つまんないことの無理やりな言語化
自分にとって合わないことの難癖はつけやすい。具体例が出ないならおもんないというよりレベルが低いって言う方がなんかわかってる感出る
・玄人ぽさがない
「どこも流さなくなった」って、それってあなたの感想ですよね。全国枠で見かける頻度が落ちたのは事実かもしれませんが、沖縄の地元メディア(琉球新報・沖縄タイムス・NHK沖縄など)やローカル枠では普通に出続けていたりします。まずは事実ベースで、期間指定でニュース検索をかけて確認されたほうがいいと思います。
一斉に「報道しない自由」を行使している=圧力、という決め打ちは根拠が弱いです。圧力が皆無とは言いませんが、報道が薄くなる理由はだいたい下記のような編集上の事情で説明できます。
「圧力があったの?」については、直接の口止めを示す一次資料でも出ない限り断定は無理です。日本の報道が弱く見える背景としては、構造的な要因のほうが説明力があります。
報道の自由度ランキングについても、「低い“訳”だよ」というのは、それってあなたの感想ですよね。RSFの指標では日本はここ数年60~70位台を推移しており、主因としては上のような構造問題が挙げられます。個別案件を「報じない」こと自体より、制度・独立性・多様性・記者安全などの総合評価です。
Xで以下の投稿が目に入ってきた。
https://note.com/sho_hiroumi/n/n52a7f10be3c7
本当にたくさんのことを考えた。
それについてコメントを書いていたら長い長い長い長いクイズ論になってしまったので、こっちに載せることにした。
「上手にボタンを押せる人」よりも「上手に問題を作れる人」が称賛されやすい、という論には本当かどうか?という疑問がある。
たしかに出題サイドは、その多大な労力ゆえに参加者サイドよりも分母が少なく、競争環境としては「ブルーオーシャン」の側面がある。
「面白い問題を出す大会」というブランディングが、主催団体の評価に直結するのも事実だ。
しかし、それが個人への「称賛」に結びつくかどうかは別問題だと考える。
先日、浜押会オープンで話題をさらった「アサシン」の問題を思い出す。
問題そのものは鮮やかにバズったが、では「その作問者が誰か」まで即座に答えられる人はどれほどいるだろうか。
個人が作問・主催する”個人杯”であれば作問者個人にスポットライトが当たるが、サークル主催の大会では、評価は組織の中に埋没しがちだ。
この傾向はメディアでも顕著だ。QuizKnockを見ても、主流は「問う」ことよりも「答える」コンテンツであり、メンバーも「答える側の演者」として人気を博している。
純粋な作問能力が評価される場面があったとしても、それがコンテンツの主役になることは稀だ。
取り上げられているQuizbowlのシステムにおいて、問題作成が競技参加のプロセスに組み込まれているのは興味深い。
ただ、これは「称賛」のためというより、大会をスケールさせるための「供給の仕組み」と捉えるべきだろう。
しかし出題スタッフはサービス提供側の側面が強く、労力も膨大だ。
自発的な協力者だけで賄うのは困難であるため、パケット提出(問題作成)の義務化といった「強制力」が必要になる。
ACF(アメリカ大学クイズ連盟)の公式ページでは、この制度の意義を「編集者とプレイヤーの知識共有の精神を守るもの」と定義している。
しかし、わざわざ言葉を尽くしてその意義を称揚しなければならないこと自体、それが「強調しなければ誰もやらないキツいタスク」であることを裏付けている。
編集歴がコミュニティ内のキャリアとして記録され、NAQTのような組織では1問ごとに報酬が支払われるなど、作問が「名誉ある職務」として確立されている、という例は興味深い。
分野ごとに専門の編集者を置く高度な組織設計は、品質管理の観点から合理的だ。
だが、ボツや添削というストレスフルな工程を経てなおモチベーションを維持させるためには、相応のインセンティブや評価制度が必要となる。
報酬の一部として「Head Editor」などの地位を提供していると考えた方が良いように思える。
そして原文の例にある通り、これほど作問者がプロフェッショナルとして敬意を払われている海外でも、やはり「スター」はプレイヤーだ。
箱根駅伝のマネージャーたちが、もし許されるなら自ら箱根路を走りたいと願うランナーであるように、「作問者」側はスターではない、という認識は変わらず持っていた方が良いように思う。
私はオンラインクイズサークル「Virtual Quiz Studium」(以下「VQS」と略する)を主宰している。
今日で誕生から3年を迎え、4年目に入る比較的新しいサークルだ(めでたい!)。
参考 : https://sites.google.com/view/vqs-quiz/
「VQS」では、毎月25〜50問が集まる「問題出題大会」を開催している。
ここでの取り組みを掘り下げることで、そもそも「よいクイズとは何か」を掘り下げてみる。
最大の特徴は、予選・決勝の「2段階投票システム」を採用している点だ。
(注:「みんはや」開催の第2部は異なる)
数十問を一気に並べて1問を選ぶ形式では、比較がどうしても雑になり、印象に残りやすい後半の問題が親近効果で有利になりがちである。
予選を5問程度の小規模なグループで行い、評価プロセスを細かくすることで、個々の問題と誠実に向き合い、良い問題をなるべくすくい上げるよう工夫をしている。
1年半の運営を経て痛感したのは、まず「良い問題の基準は人によって異なり、一様ではない」ということだ。
もちろん、明らかに構造的な課題がある問題には厳しいスコアがつくが、一方で、何らかの「光るもの」を持つ問題には必ず誰かが票を投じる。
「何が良いか」という評価が割れることこそがクイズの豊かさである。
問題の価値を安易に、あるいは拙速に決めつけることの危うさを日々感じている。
一方で、歴代の上位入賞問題を分析すると、そこには「評価されるだけの理由」が明確に存在する。
(もちろん、これが全てとは考えていない)
上位入賞するような問題には、これらを複数複合させて達成しているケースが目立つが、単一の要素で突き抜けるものもある。
ここがこの大会のだいご味でもある。
(参考)歴代の入賞問題 : https://sites.google.com/view/vqs-quiz/%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E7%B5%90%E6%9E%9C/%E5%95%8F%E9%A1%8C%E5%87%BA%E9%A1%8C%E5%A4%A7%E4%BC%9A%E7%B5%90%E6%9E%9C
興味深いことに、こうした多様な評価軸がある中でも、不思議と上位入賞の常連となる凄腕プレイヤーが存在する。
クイズの実力との関連性もそれほど強くないところが興味深い。
これは、クイズ作問という行為が、が単なるクイズ用のネタのピックアップではなく、一種の表現技術であることを示唆している。
現実として、そこには歴然とした作問力の差が存在するようなのである。
クイズ問題が正当に評価される際、それは単発の問題としてよりも、「〇〇大会の問題はよかった!」と、一塊のパッケージとして語られることが多い。
競技としてのクイズを成立させるためには、個々のクイズの良し悪しとは別に、セット全体をプレイした際の「体験」という観点が必要不可欠と考える。
優れた問題を揃えることは、大会成功の必要条件ではあるが十分条件ではない。
DJが選曲と繋ぎによってフロアの熱量をコントロールするように、主催者には「(事前に)用意した問題をいかに配置し、どのような『場』を構築するか」という編集・演出の手腕が問われる。
私は2年間にわたり、「VQS」の中で深夜のオンラインクイズ大会「まよなか大会」を毎月開催している。
その運営経験から得たのは、クイズ大会において「参加者の体験をいかに設計し、コントロールするか」はとても重要だ、ということだ。
問題の難易度曲線、ジャンルの連なり、そして出題のテンポ。これらが精緻にマネジメントされ、参加者の体験がポジティブに設計されているかどうか。
「いやなら来なければよい」と開き直ることは、集客力がある人達であれば違うかもしれないが、自分達には現実的には無理だ。
体験を構成するための「問題セット」を的確に構成し、そのうえで参加者が楽しめるような「面白い問題」をいかに出題することができるか。
結局のところ、クイズの問題セットとは単なる問題の集積ではない。
それは、参加者が競技を通じて得られる「体験」を最大化するための、緻密な設計書なのである。
問題セットの品質を考えるうえで一つ自戒を込めて強調したいのは、他の専門領域を扱う際の作問態度である。
他分野の問題を作成する場合、その知識がその業界において「現在進行形でアクティブな知識であるか」を精査する習慣を持つべきだ。
土足で他人の専門領域に入り込み、「正しい」「間違い」の審判を下すのだから。
私の専門であるIT分野を例に挙げれば、残念ながら「読むに堪えない」品質の問題(事実誤認や、もはや使われていない死語など)を目にすることは決して少なくない。
情報のアップデートを怠った古く間違った問題を見ると、それだけでがっかりしてしまう。
大量に作問する際、どうしても手癖に頼りがちになるが、「改めて確認する」というひと手間を、決して忘れないようにしたい。
これは多分に主観的な見解だが、クイズとは作問者、あるいは作問チームとの「知的対話」であると私は考えている。
ゲームとして巧みに構成されているかという機能的な側面とは別に、対話として楽しめる内容であったかという内容的な側面も、自分の中ではとても大事だ。
対話である以上、当然出題者だけでなく解答者側にも知識が求められる。
解答者の力が不足していれば対話は成立しない。
双方向的であり困難な試みではあるが、クイズと言う形式だからこそできるコミュニケーションができた、と思えたときの満足感は大きい。
「考察」
あそこの絵はFXで有り金溶かした顔のミームですね!とかいうの(考察と言うか発見か)はさんざんやりつくされてるんだろうな…と満員のシネマシティで思いました。
新規性はない自分なりの「気づき」はーVR世界の内と外でキャラクターデザイナーが別人だからー耳介のデザインが違うな―という点
https://kotobank.jp/image/dictionary/nipponica/media/81306024000728.jpg
外耳孔、耳珠、対耳珠、対輪、対輪脚、舟状窩、三角窩 etc.がわかるようデザインされてるのがVR世界の中のキャラクター
耳のあな(Earpod)さす必要がある方に外耳孔がなくて必要ない方に外耳孔があるのが面白かったです。
発想もAIに頼ってごまかすしか生きるすべはなく全くオリジナリティも新規性もない
頭の中のもやもやも自分がそれが何か分からないだけであり、すでに誰かが名前を付けていて解決している
そもそもインスタント食品のように画一化された世界で培われるようなセンサーで感じるもやもや感などは鋭いとは言えず大した問題意識ではない
足るを知るとは自分が新規性を生み出すのをあきらめるということ
欲望にまみれた汚い言葉を言霊をいとわずに頭に反響させることでハングリーになり結果問題意識が生まれる
プラスアルファが要らない世界は共産主義となり特定の人間が上に立つ必要はない
それに抵抗するための新規性を生み出し構成の子孫にプラスアルファの余地を残し余計な仕事でも増やし、資本主義を延命させるサステナビリティが求められる
・設定に新規性がない
以上だ。
こっから中身を解説するが、大枠としてこれ以上話が横や縦に広がることはないのでタイパ重視の人は帰っていいぞ。
そもそもこの漫画って、バトルモノなの?医療モノなの?ギャグ?ヒューマンドラマ?シリアス?
「真面目な顔して滅茶苦茶な世界観でやってるのが面白いタイプのギャグ」としてやってるなら、バトルに熱中しすぎて笑いが足りてないよね。
「設定が滅茶苦茶なだけでガチガチの熱血バトルだよ」というのなら、バトルの描写に面白みがない。
緻密な画力や心理描写が描けてるわけでもないなら読者に「この面白さは分かりやすい~~~」ってまず思わせなきゃ駄目。
そのためには読者のイメージを絞らないと。
「変なことしてる話で笑いたい!」って読者をまずは捕まえたいのならギャグの密度と質を高めなきゃ。
「変わった設定のバトルを読みたい!」って読者を狙いたいなら、バトルの中で2転3転の逆転劇を納得できる形で描きつつ動きをオーバーに描写しよう。
そもそもだけど、「闇医者がバトルする」っていう設定だけでもう勝ったつもりなんじゃないかな?
だって読み切りや新連載でも「メインキャラは医療知識のある暗殺者ですよろしく」みたいなの毎年見かけるでしょ普通に?
そこにそれぞれの専門分野を加えたというのは一段階掘り下げが出来てるけど、19に分類した差が技だけだからキャラが立ってないんだよね。
さっきもいったけど、懐石料理が作れないなら化学調味料ドバドバにしなきゃ駄目なわけだからさ、もっとキャラを無理矢理にでも立てるのよ。
つうかね、想像力を掻き立てて興味を引くような第一印象を読者に与えられてないのよ。
そういう漫画的ハッタリをしてよね。
んでまあこの漫画はそういうハッタリを弱めでやっている以上はそれなりにリアルなのかなって読者は思っちゃうのよね。
でもそんなでもないじゃん?
読んでて「え?なんでバレないの?つうかこれ社会におけるどのポジションなの?」みたいなのが沢山ある。
ブレてるんだよねこの作品がどのレベルのリアリティでやってるのかが。
ハッタリ医療漫画として割り切ってるかというと細かい部分で真面目に医療漫画してページを使いまくるんだけど、いざ暗殺の話が混ざってくるとなんでそれがセーフなんだよってなる。
まあ実際に医療に携わってると竹田君みたいなのがいる世界が滅茶苦茶じゃないわけねーだろって感じなんだろうけどさ、でも結局そういうのはバレちゃったのがリアルな世界なわけでしょ?
多分だけど、作者の中に明確に「もしこの世界にこんな医者がいたら」ってのが拡がりきってないんだと思う。
実際に漫画にする部分の10倍ぐらいは話を考えた方が良いよ。
そうしていくと矛盾する部分が色々見つかってきて、それを修正するために切り貼りしていってくうちに根底の世界構築がされていくから。
偉そうに言ったけど、ジャンプラで連載できてるってのは凄いと思う。
僕にはとても出来ないな。
尊敬するよ。
人は往々にして、自分と価値観を共有する場で語ることを「発言」だと誤認する。
だがそれは多くの場合、既に同意が成立している空間に向けた確認行為でしかない。
外部に影響を与えない発話は、政治的にも社会的にも、ほぼ等価に自己放尿で終わる。
だが快適さは情報更新を阻害する。異論のない環境では論拠は磨耗し、概念はスローガン化し、最後は「分かってる俺たち」という内輪のナルシシズムに堕ちる。
これは承認と同調のダブル放尿だ。本人は何かを主張しているつもりだが、社会的には何も移動していない。
例として分かりやすいのが、パヨ御用達のSNSでネオリベ主張をするべきである。
多くの人は逆をやる。ネオリベはネオリベ村で語り、反ネオリベは反ネオリベ村で叫ぶ。
結果として何が起きるか。各陣営の主張は先鋭化し、相手の主張は歪んだカリカチュアとしてのみ消費される。
だからこそ、論は研ぎ澄まされる。
これは知的トレーニングであり、同時に社会的に意味のある情報伝達だ。
重要なのは「相手を説得できるか」ではない。多くの場合、説得は起きない。
効いているのは周辺だ。敵陣営の空間には、完全に染まりきっていない観測者が必ずいる。