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はてなキーワード: 国旗損壊罪とは

2026-01-25

「クソみてえな旗」は国旗損壊罪になるの?

彼岸島で雅様が国会議事堂に建てたやつね

本来日本国旗があるべき場所を描くべきなのに日本国旗ではなくクソみてえな旗を描いた時、国旗損壊罪ちゃんとせんせえを逮捕せずにできるの?恣意的運用しないって本当に言えるの?

2025-12-30

もしも侵略国家が「ネトウヨ処刑せよ」と要求してきたら

一般論として相手集団シンボルマーク損壊して抗議するのも表現活動だ。

ただし、外国国旗については法律禁止されている(刑法92条:外国国旗損壊罪)。理由外交関係保護するためだ。

まり外交関係保護するためなら、「最低限の表現規制はされることもある」というのが日本政府立場だ。

では、もしも侵略国家日本政府に対して「我が国への敵対的言論処罰せよ。また、これまで我が国に対する敵対的言論を取ってきた以下のネトウヨ100人超法規的措置死刑にせよ。さもなくば日本国に対して武力行使する」と要求してきたらどうするべきなのだろうか。

私はネトウヨが嫌いなのでネトウヨ国際問題になり、その結果ネトウヨ処刑され、ネトウヨ言論禁止されるなら歓迎したいと思うが。戦争になるよりはマシでしょ。

2025-12-18

この高市政権が怖い2025

あかんやろという話はこれまでも常時あっただが、こと高市政権に関してはどうもレベルも種類も桁違いなんじゃないか

場合によっては日本が壊れかねないという方向の怖さ。

それを分類すると、

政権維持のために手段を選ばない怖さ

能力不足では?という怖さ

思想面の怖さ

の3つになる。

ということで、このへんAIに伝えてまとめてもらった。

後でこの政権がどう評価されることになるのか、その答え合わせのためも現時点のメモとして残しておく。

あくまでも「怖いなぁ」というお気持ちや「やばいんじゃないか」という憶測であって、断定しているわけではないのでそのあたりご了承賜る。



政権維持のために手段を選ばなくなっている怖さ

まず感じるのは、有権者生活国益より政権延命が優先されているのではないかという疑念

年収の壁178万円引き上げとか、ほんとそれ大丈夫なの?ウケ狙いで見切り発車してない?という怖さ。

手取り増や働き控え解消という分かりやす言葉が前に出る一方、社会保険の壁や恒久財源といった不都合論点は後回しにされている。

議員定数削減も同様で、改革している感は出るが、民主主義代表性や熟議のコストが削られることへの説明は弱い。

議員の数が減れば、少数派や周縁的な意見ほど国会に届きにくくなる。地方マイノリティの声、短期的な「多数派空気」とは異なる意見ほど切り捨てられやすくなる可能性についてはほとんど語られない。

積極財政についても、成長戦略制度改革と結びついた設計というより、支持率をつなぎ止めるための即効性が重視されているように見える。個々の政策もっともらしいが、全体として見ると「今ウケるカード」を切り続けている印象が強く、その積み重ねが国の基盤を静かに削っていくのではないかという怖さがある。



もしかして能力不足なのでは、という怖さ

次に悪意よりも能力への不信。

全体像ロードマップほとんど見えない。問題が出るたびに後付けで修正し、説明は最低限、空気で押し切る。

もしこれが意図的戦略ではなく、単に設計能力統合力の不足だとしたら、それはそれで相当危険だ。複雑な国家運営を担うには、あまりに心もとない。

AIは、

国民に正直に説明すれば支持が下がるから言わないという姿勢が透けて見える

税制社会保障財政労働政策バラバラに動き

・このやり方は大胆さというより制度制御できていない感じなのでは?

と言うてるが、確信まで持てないがわかるような気もする。



日本会議・国家主義思想が背後にある怖さ

そして一番怖いのがこれ。

高市政権の背後には、日本会議に代表される国家主義的な思想が透けて見える。

日本会議が目指している国家観は、ざっくり言えば「戦後日本以前」への回帰に近い。とくに明治期の国家観との連続性が指摘されることが多い。もともと神道地域共同体の中でゆるやかに存在していた宗教だったが、明治政府はそれを国家統合装置として再編し、天皇を中心とする国家神道へと変形させた。宗教というより、忠誠と道徳国民内面化させるための政治的イデオロギーだった。

その延長線上にあったのが、国家のために個人奉仕するという発想であり、家族もまた「国家を支える最小単位」として位置づけられた。家父長制は単なる家族形態ではなく、国家秩序を末端まで浸透させるための仕組みだったと言われている。戦後憲法、とりわけ憲法24条は、そうした発想を明確に否定し、婚姻家族個人尊厳平等の上に置き直した条文だった。

日本会議がこの24条を変えたがるのは、単なる家族観の違いというより、「個人より国家を上位に置く秩序」をもう一度取り戻したいという思想欲求に近いように見える。国旗損壊罪のように、国や象徴を「自然に敬われるもの」ではなく「罰によって守らせるもの」と捉える発想も、同じ文脈にあるのではないか

選択夫婦別姓議論がなぜ噛み合わないのも、たぶんこのあたりが理由だろう。合理性や不便の解消といった現代的な議論をしようとしても、彼らはまったく別の宗教価値観に近いものに重きを置いているのではないか

男系男子へのこだわりに関しても、歴史的制度理由を装ってはいるが、実際には「そうでなければならない」という宗教的、あるいは霊的な固執に近いものではないかと思える。

血統系譜が断絶すると、目に見えない何か、たとえば霊的な正統性象徴的な力が継承されない、などという考えが前提にあるのだとすれば、合理的議論が成立しないのも無理はない。

話を戻すと、これは一気に社会軍国主義に戻す、ということではないかもしれないが、制度を少しずつ、価値優先順位を少しずつ動かしていくことで、気づいたときには「戻れない位置」に来ている、というタイプの怖さがある。制度以上に、こうした思想政治の中心に近づいてくることのほうが、本当はずっと危険なのではないか、という感覚が拭えない。



誰も本気で日本を壊そうとは思っていない。ただ、政権を維持するためにその場しのぎを重ね、制度思想一貫性を失っていった結果、気づいたときには元に戻せないラインを越えている、ということは十分あり得る。今感じているヒヤヒヤは、その手前に立っている感覚だと思う。これが杞憂で終わるならそれでいい。だが、もしそうでなかった場合のために、現時点の記録として、ここに残しておく。

追記

4番目の「怖さ」もあったので追記

それは上に書いた3つをよく知らないまま、70%近くの人がこの政権を支持している点。

正確には70%のうちの数%は世論誘導する立場だろうが、ほとんどの人は、「なんとなく」「初の女性総理から」「SNSいいねがいっぱいついてるから」「スパッと決断力があるのが良いリーダーだ」と思い込んでるとか、そんなところじゃないだろうか。

「私にだけ優しい殺人鬼理論と同じで、その「強さ」が中国に向いてたらかっこいいのかもしれないけど、それがこっち(国民)に向くとわりと切り捨てられかねないんだけど・・・というのもあるが、ともかく、とくに3番目の「怖さ」を補足すると以下のようになる。

まあ我々、空気のように当たり前に民主主義は続くものだと思っている。生まれときからそうだったから。

しかしどうやら、この政権ではそこが揺らぎかねないということ。

単なる右寄り保守寄りという話ではなく、日本会議的な価値観では、表現の自由個人尊厳少数意見が守られることが「当たり前」ではなくなり、国家や秩序がそれらに優先するという方向を目指してるらしいので。

憲法9条はよく言われるけど、日本会議が24条変えたがってるのもわりとまずい。

なるべく早く、そこに気づく人が増えるいいなと思う。

この高市政権が怖い2025

あかんやろという話はこれまでも常時あっただが、こと高市政権に関してはどうもレベルも種類も桁違いなんじゃないか

場合によっては日本が壊れかねないという方向の怖さ。

それを分類すると、

政権維持のために手段を選ばない怖さ

能力不足では?という怖さ

思想面の怖さ

の3つになる。

ということで、このへんAIに伝えてまとめてもらった。

後でこの政権がどう評価されることになるのか、その答え合わせのためも現時点のメモとして残しておく。

あくまでも「怖いなぁ」というお気持ちや「やばいんじゃないか」という憶測であって、断定しているわけではないのでそのあたりご了承賜る。



政権維持のために手段を選ばなくなっている怖さ

まず感じるのは、有権者生活国益より政権延命が優先されているのではないかという疑念

年収の壁178万円引き上げとか、ほんとそれ大丈夫なの?ウケ狙いで見切り発車してない?という怖さ。

手取り増や働き控え解消という分かりやす言葉が前に出る一方、社会保険の壁や恒久財源といった不都合論点は後回しにされている。

議員定数削減も同様で、改革している感は出るが、民主主義代表性や熟議のコストが削られることへの説明は弱い。

議員の数が減れば、少数派や周縁的な意見ほど国会に届きにくくなる。地方マイノリティの声、短期的な「多数派空気」とは異なる意見ほど切り捨てられやすくなる可能性についてはほとんど語られない。

積極財政についても、成長戦略制度改革と結びついた設計というより、支持率をつなぎ止めるための即効性が重視されているように見える。個々の政策もっともらしいが、全体として見ると「今ウケるカード」を切り続けている印象が強く、その積み重ねが国の基盤を静かに削っていくのではないかという怖さがある。



もしかして能力不足なのでは、という怖さ

次に悪意よりも能力への不信。

全体像ロードマップほとんど見えない。問題が出るたびに後付けで修正し、説明は最低限、空気で押し切る。

もしこれが意図的戦略ではなく、単に設計能力統合力の不足だとしたら、それはそれで相当危険だ。複雑な国家運営を担うには、あまりに心もとない。

AIは、

国民に正直に説明すれば支持が下がるから言わないという姿勢が透けて見える

税制社会保障財政労働政策バラバラに動き

・このやり方は大胆さというより制度制御できていない感じなのでは?

と言うてるが、確信まで持てないがわかるような気もする。



日本会議・国家主義思想が背後にある怖さ

そして一番怖いのがこれ。

高市政権の背後には、日本会議に代表される国家主義的な思想が透けて見える。

日本会議が目指している国家観は、ざっくり言えば「戦後日本以前」への回帰に近い。とくに明治期の国家観との連続性が指摘されることが多い。もともと神道地域共同体の中でゆるやかに存在していた宗教だったが、明治政府はそれを国家統合装置として再編し、天皇を中心とする国家神道へと変形させた。宗教というより、忠誠と道徳国民内面化させるための政治的イデオロギーだった。

その延長線上にあったのが、国家のために個人奉仕するという発想であり、家族もまた「国家を支える最小単位」として位置づけられた。家父長制は単なる家族形態ではなく、国家秩序を末端まで浸透させるための仕組みだったと言われている。戦後憲法、とりわけ憲法24条は、そうした発想を明確に否定し、婚姻家族個人尊厳平等の上に置き直した条文だった。

日本会議がこの24条を変えたがるのは、単なる家族観の違いというより、「個人より国家を上位に置く秩序」をもう一度取り戻したいという思想欲求に近いように見える。国旗損壊罪のように、国や象徴を「自然に敬われるもの」ではなく「罰によって守らせるもの」と捉える発想も、同じ文脈にあるのではないか

選択夫婦別姓議論がなぜ噛み合わないのも、たぶんこのあたりが理由だろう。合理性や不便の解消といった現代的な議論をしようとしても、彼らはまったく別の宗教価値観に近いものに重きを置いているのではないか

男系男子へのこだわりに関しても、歴史的制度理由を装ってはいるが、実際には「そうでなければならない」という宗教的、あるいは霊的な固執に近いものではないかと思える。

血統系譜が断絶すると、目に見えない何か、たとえば霊的な正統性象徴的な力が継承されない、などという考えが前提にあるのだとすれば、合理的議論が成立しないのも無理はない。

話を戻すと、これは一気に社会軍国主義に戻す、ということではないかもしれないが、制度を少しずつ、価値優先順位を少しずつ動かしていくことで、気づいたときには「戻れない位置」に来ている、というタイプの怖さがある。制度以上に、こうした思想政治の中心に近づいてくることのほうが、本当はずっと危険なのではないか、という感覚が拭えない。



誰も本気で日本を壊そうとは思っていない。ただ、政権を維持するためにその場しのぎを重ね、制度思想一貫性を失っていった結果、気づいたときには元に戻せないラインを越えている、ということは十分あり得る。今感じているヒヤヒヤは、その手前に立っている感覚だと思う。これが杞憂で終わるならそれでいい。だが、もしそうでなかった場合のために、現時点の記録として、ここに残しておく。

2025-12-11

anond:20251210190034

私は反対派だが、外国国旗も「外国政府から告発がないと発生しない親告罪なのだから、「それに揃える」というなら日本国旗についても「国」が告発して初めて発生する親告罪だろう。

国旗損壊罪を告訴できる「国」が「政府内閣)」ではなくて「国会両院での議決・三分の二)」にするならぎりぎり許す。

anond:20251210203648

それが日本で起きたことが問題なのであって何人がどうとか関係ない。

仮に観光客酔った勢い自国の旗を燃やそうが、それでケツを拭こうが、

外国国旗損壊罪を前提に調査なり捜査をおこなって、その上で罰するかどうかを判断すればいいだけ。

anond:20251211103410

ねじれを解消すると、国旗損壊罪処罰対象は国や地方自治体が掲揚等している国旗損壊した場合に限られるので、私物国旗は燃やし放題。

なのに私物国旗を燃やす行為処罰する法律を作ろうとして「外国国章損壊罪に揃えろ」と言うのは完全に詐欺

外国国章損壊罪適用範囲は思っているより狭い

ワイは外国国章損壊罪撤廃しろ派だけど、それはそれとして元増田理解も間違っている。

外国国旗損壊罪って観光できた外国人が自国の旗を燃やしたりしても、適用されるんでしょ?

(例えば、日本に来たアメリカ人観光客アメリカ国旗を燃やしても適用される)

anond:20251210190034

基本的には適用されません。

外国国章損壊罪は「外国威信」を損ねることを罪に問うもの。ここでの「外国威信」とは、抽象的なソフトパワーではなく具体的な外国公権力、つまり外国政府である

これまで処罰された数少ない事例は、1961年中華民国総領事館乱入国章隠蔽した台湾人台湾独立活動家)に科されたものだ。ダイレクト外国中華民国政府)の威信毀損している。

かにアメリカ人観光客アメリカ大使館侵入して国旗を引きずり下ろしたり国章ウンコを投げつけたりしたら外国国章損壊罪適用されるが、それが超レアケースであることはわかるだろう。

逆に、「中国人街宣車から中華民国国旗を奪い取った」「中国人が万国旗から中華民国国旗をむしり取った」「日本人がデパートに吊るされていた中華人民共和国国旗を引きずり下ろした」「日本人が手製の中華人民共和国国旗を踏みつけた」「日本人がデモロシア国旗を引きずりまわした」などの事案は、外国による訴えがあったものの、いずれも外国国章損壊罪には問われていない。民間団体が掲げる旗を傷つけるのは単に器物損壊だし、手製の旗なら何をしようが自由ということだ。

さらにいえば、この罪は外国から請求があって初めて公訴が提起される。要するに、外国政府が「うちの国の国旗侮辱したけしからんやつらを取り締まってくれ」と言い出して初めて罪に問われる

アメリカ市民デモ米国国旗を燃やす程度なら、アメリカ言論の自由尊重して日本側に「外国国章損壊罪で取り締まれ」と請求することはないだろうし、仮に請求してきたとしても(トランプ政権はやりそうで怖い)、上で書いたようにそもそも罪にならない可能性が高い。

まあ、それはそれとして、じゃあ「外国国章損壊罪しか取り締まれない行為」って何だ? って考えると、めちゃくちゃ狭いと思う。大使館侵入して国旗を引きずり下ろして踏みつけるとか、国章ペンキをぶちまけるとか、それはそもそも器物損壊罪とか住居侵入罪とかそういう別の罪でじゅうぶん取り締まれるわけで……

ありうるとしたら、「町中の普通ビルに入居している小国大使館国章の前にものを置いて隠蔽する」とかそういう行為か。たとえば公道に面したところに掲示されている国章なら、前にものを置いて隠した場合には器物損壊罪でも住居侵入罪でも取り締まれなさそう。でもそれ、超レアケースだよね……

個人的には、外国国章損壊罪礼拝所不敬罪は、別の罪でじゅうぶんに処罰できるうえに国民思想良心の自由を制約しているからなくすべきだと思うし、同時に高市・はやく辞めろ・早苗が進めている国旗損壊罪提案にも反対だけど、それはそれとして外国国章損壊罪処罰範囲がめちゃくちゃ狭いことは知っておいたほうがいいんじゃないかなぁと思った。

anond:20251211015808

なんで、外国国旗損壊罪の反対活動すればいいという話になるの?

国旗損壊罪外国国旗損壊罪が良いとも悪いとはいっていない。

ただ外国国旗損壊罪があるなら、国旗損壊罪がある方がロジック的にいいんじゃない?っていうだけ。

anond:20251210190034

じゃあお前が外国国旗損壊罪の反対活動すればいいじゃない

こっちは罪の新設に反対してるんだから罪の廃止とは話が違うんだよね

ごっちゃにしないでくれる?

2025-12-10

国旗損壊罪の反対派なのに、外国国旗損壊罪を認めている人って矛盾していない?

外国国旗損壊罪って観光できた外国人が自国の旗を燃やしたりしても、適用されるんでしょ?

(例えば、日本に来たアメリカ人観光客アメリカ国旗を燃やしても適用される)

なら、外国国旗損壊罪も反対しないとじゃない?

個人的には国旗損壊罪はあってもなくてもいいけど、外国国旗損壊罪があるなら、国旗損壊罪もある方がロジックとしては整合性が取れそうな気がする。

外国国旗損壊罪がないなら、国旗損壊罪はなくていいかな。

国旗損壊罪が制定されたら「苺ましまろ」の広告規制されかねない

立憲民主党議員20年前の「苺ましまろ」の広告批判したって理由で叩かれてるけどさ

https://posfie.com/@OOEDO4/p/QrCfxiK

実際にこの広告にとって脅威になるのはこの議員発言よりも、高市首相らが制定しようとしている国旗損壊罪の方だと思うんだが…。

https://www.ben54.jp/news/2966

参政党案では、日本国旗侮辱する目的損壊・除去または汚損した場合、2年以下の拘禁刑または20万円以下の罰金を科すという内容となっている。

この「侮辱する目的で」というのが極めて曖昧で、広範囲に受け取る事ができる文言なのが厄介。

まとめに上がっているポスターのように、日の丸の白い部分にビキニ水着姿の幼い少女の姿を描き

太陽にあたる部分に「Welcome to JAPAN」の文字を書く

等といった表現は、日本小児性愛者に対する児童買春容認し大っぴらに行っている国だと思わせて

侮辱する目的」があると見られても仕方のないような表現じゃないだろうか。

記事にあるように、実際には有罪にならないにしても萎縮効果を生むだろうし、見せしめとして逮捕される可能だってある。

議員による批判なんかよりも遥かに危険だと思うんだが

2025-12-08

例えば立ちしょんしてしょっ引かれる(軽犯罪)のと、国家侮辱したとしてしょっ引かれること(国旗損壊罪)の、個人社会への影響度の差を無視した詭弁だな、それは。

あのなぁ、そんなヤバイ体制なら

軽犯罪法でそこら中の人間をしょっ引けるんだよ

いちいちお前は侮辱目的で旗を棄損した逮捕だ、なんて必要ねぇの

anond:20251208175505

国民の口をふさぎ全体主義への道を開く道具の一つとなりかねない法案への懸念を「だせぇ」と思ってしまうやつの残念さ、浅はかさよ。

自ら豚肉になりに行く豚とでも言うべきか。

国旗損壊罪法案文句言うリベラルだせぇ

もう今時、日の丸日帝幻視する世代じゃないわけよ

君が代だって日教組センコーがイキリ顔で不起立とかやってるのウザいよね

日の丸君が代戦争になんかなんねぇよ

軍靴の音とか体制翼賛とかさ

言ってる側がおじいちゃんって丸わかりなの

でね

これが大学大海を知った蛙に大人気なのよ

なにせ、それを主張するだけで特別になれる

同士からちやほやされ、有象無象愚民とは違うんだと承認欲求を満足させられる

(一部アーティストが左に流れやすいのもコレだと思っている)

政府批判国旗を燃やすって時点で、もうそこらの市民感覚が違うのよ

普通の人は高市氏を批判することは日本批判する事じゃないわけ

でもそこの区別がつかない人らは、安倍批判とか高市批判国旗を燃やしちゃう

んで、まさにそこを狙い打った法律に戦々恐々とガクブルしちゃって

国旗を燃やして逮捕とか、こんなことが許されていいのか?」とか言うんだけど

多くの国民は「いんじゃね?」ってなもんよ

だって誰も、国旗を燃やしたり、国旗を汚したりしたくないもの

自民批判自民批判であって、国家批判じゃないもの

しろ国旗を燃やすとか、そんなことが許されていいのか?」って側よ

anond:20251208125236

国旗損壊罪法案文句言うリベラルだせぇ

もう今時、日の丸日帝幻視する世代じゃないわけよ

君が代だって日教組センコーがイキリ顔で不起立とかやってるのウザいよね

日の丸君が代戦争になんかなんねぇよ

軍靴の音とか体制翼賛とかさ

言ってる側がおじいちゃんって丸わかりなの


でね

これが大学大海を知った蛙に大人気なのよ

なにせ、それを主張するだけで特別になれる

同士からちやほやされ、有象無象愚民とは違うんだと承認欲求を満足させられる

(一部アーティストが左に流れやすいのもコレだと思っている)


政府批判国旗を燃やすって時点で、もうそこらの市民感覚が違うのよ

普通の人は高市氏を批判することは日本批判する事じゃないわけ

でもそこの区別がつかない人らは、安倍批判とか高市批判国旗を燃やしちゃう

んで、まさにそこを狙い打った法律に戦々恐々とガクブルしちゃって

国旗を燃やして逮捕とか、こんなことが許されていいのか?」とか言うんだけど

多くの国民は「いんじゃね?」ってなもんよ

だって誰も、国旗を燃やしたり、国旗を汚したりしたくないもの

自民批判自民批判であって、国家批判じゃないもの

しろ国旗を燃やすとか、そんなことが許されていいのか?」って側よ

2025-11-29

anond:20251129195556

政権代わる前からだと、日本実質賃金の伸び悩みが慢性化してる。一人当たりGDPが四半世紀近く足踏みし続けて、その間に欧米各国に軒並み追い抜かれたのもよく知られた事実だろう。コロナ禍以降はインフレ賃金の伸びが負けて、国民物価高にあえいでいる。

政権代わって以降だと、高市政権

・きついコストプッシュ型のインフレ下で無責任積極財政を強行しようとしてる。実行すればインフレは加速する。首相サッチャーを目指してるらしいが、トラスの間違いだろう。

普段なら自民政権にお追従気味の日経すら「看過できない」と警鐘を鳴らしてる。https://www.nikkei.com/article/DGXZQODK286OZ0Y5A121C2000000/

安保に対する認識が浅く、不用意な発言国際関係無駄な摩擦を起こし、安全保障面のリスク経済面リスクを同時に拡大している。

スパイ防止法国旗損壊罪といった全体主義化の武器になりかねない法案の制定推進に熱心。

2025-11-16

悲報日の丸炎上リスク回避で使われなくなる

国旗損壊罪できたらグッズとかに日の丸つかうのも無理やろね

ネトウヨのおかげで日本人日の丸離れが進む

日本サッカー協会(JFA)は、11月10日JFAオフィシャルWEBサイト掲載したサッカー日本代表「最高の景色を2026」アンバサダーキービジュアルを変更することといたしました。

JI BLUEの皆さんとの取り組みの意図目的をより正確にお伝えしていくために検討を重ねた結果です。

サッカー日本代表が「最高の景色を2026」を実現するために引き続きご支援よろしくお願いいたします。

https://x.com/jfa_samuraiblue/status/1989261648755032256

2025-11-14

国旗損壊罪って良い法律だと思うんだけどな

例えばネトウヨがノリで日本国旗の上に韓国旗のペイントをして踏んだり燃やしたりしても「いや、これ日本国旗だからw」みたいなノリを防ぐこともできると思うんだよな

2025-11-13

anond:20251113174345

政権取れば国旗損壊罪も作れるんだよ

政権取れば国旗損壊罪も無くせるんだよ

けど、国旗損壊罪掲げて、政権取れないじゃん

そういうことを言ってるだけなんだよな

2025-11-09

国旗損壊罪危険視してる人、ちょっと妄想入ってない?

国旗損壊罪表現の自由を奪うとか、国家主義だとか、そういう意見よく見るけど、実際に他の国の状況調べると全然そんな単純な話じゃない。

先進国見ても、国旗損壊を罪にしてる国もあれば、してない国もある。でも、それによって社会が極端に右傾化したとか、表現の自由が死んだとか、そういう事例は見当たらない。

まりある=危険って話じゃない。

しろ国旗損壊って、特定の国や民族へのヘイトの道具に使われることもあるんだから、ある程度の制限社会的にも妥当だと思う。表現の自由を守るのと、他人への攻撃を許すのは別の話でしょ。

もちろん国旗を燃やしたくらいで逮捕はやりすぎって感覚もわかるけど、「この法律がある=独裁の始まり」みたいな論法ちょっと飛躍しすぎてる。実際、他国を見てもそんな相関ない。

理想自由を守るために、現実の悪意を野放しにしてるだけじゃないのって思う。

国旗損壊罪悪法扱いする人のほうが、むしろ観念論にとらわれすぎてる気がする。

2025-11-07

国旗損壊罪とか百害あって一理も無い法律いらないです

どんな条文にするか知らんがどう考えても害しかないのでいらん

厳しくすりゃお子様ランチ問題現実になるし緩くすればネトウヨが喜ぶだけの効果しかない

そんな事のために政治エネルギー使うなよ

時間もったいない

国旗毀損罪への反対意見を、法解釈の側面から論破する

日本という共同体」そのものは目に見えない。触れないし、握れないし、形もない。でも私たちは、その「形のないもの」を前提にして、同じ道路を使い、同じルールで生きている。その目に見えない共同体をどうやって「そこにある」と確認してるのか?答えは単純で、象徴シンボル)だ。国旗は、政治的な押しつけアイテムじゃなくて、私たちは同じ場所に立っているという共通認識のマーカーなのだ

国旗を破って燃やして踏みつける行為は「私はこの国が嫌いです」という話ではなく、「この共同体を支える合意を破っていい」という宣言になりやすい。これは思想じゃなくて秩序の話。好き嫌いの話ではないし、心の中を強制しようとしているわけでもない。

共同体をつなぎ止めてる目印に対して、どこまで攻撃を許すか」という、いたって地味で現実的な議題なのだ

ここからが本題。代表的な反対意見(岩屋・橋下・日弁連)を見ると、どれもロジックがお粗末極まりなく、目も当てられなかった。法律専門家(笑)が言うことかよ、というレベルだったので、あえて向こうの土俵論破する。

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岩屋毅引用元https://www.iza.ne.jp/article/20251104-KATPZGUBWFGNLBZXMVYLNT4XMA/

>「当時、反対しました。なぜなら『立法事実』がないからです。立法事実とは、実際にそうした事例が社会問題になっているかということです。日本で誰かが日章旗を焼いた? そんなニュースを見たことがない。立法事実がないのに法律を作ることは、国民を過度に規制することにつながるので、それは必要ないのではないかと言いました」

一見もっともらしいが、この論法立法事実という概念のものを誤解している。立法事実というのは「すでに大量に事件が起きているかどうか」だけではない。とくに象徴治安社会秩序に関する立法では、「問題顕在化してからでは遅い」という前提そのものが、法律必要性を支えている。実際、現代法律の多くは「予防的」に整備されている。

テロ対策は、テロが起きてから作るわけではない

ストーカー規制は、被害が拡大する前に作られた

不正アクセス法は、大規模事件が起きる前に準備された

では、岩屋の論法をそのまま適用してみよう。

大地震はまだ起きていない→防災整備は不要

火事はまだ起きていない→消火器必要ない」

・・・本当に早大を出て閣僚経験していてた人の理屈なのだろうか。国旗損壊罪が問題にするのは、「布が燃える現象」そのものではない。象徴公然と破られることで、社会の緊張が増幅される・対立敵対意識活性化する・集団統合が崩れる という作用のほうだ。この「象徴毀損社会不安の増幅」という因果関係は、国際的にはとっくに前提として認識されている。

イギリスでは国旗侮辱暴徒化の初動トリガー韓国では対立デモ象徴破壊が衝突に直結、フランスでは国旗侮辱は「共和国に対する攻撃」、ドイツでは象徴毀損は「民主秩序破壊行為」と解釈されている。

まり、「日章旗を燃やした事件日本で多いかどうか?」は論点の中心ではない。本当の論点はこうだ。象徴破壊は、共同体統合を揺るがす高い蓋然性があるかどうか。そしてそれは「ある」。岩屋の議論は、「国旗共同体をつなぐ象徴である」という視点最初から抜けている。だから彼の目には「問題がない」ように見えるだけだ。

言い換えるなら、日の丸を「自分共同体象徴」として認識していない人は、国旗損壊に「実害がない」ように感じる。ただ、それは「法的判断の結果」ではなく、立ち位置感覚問題だ。「国旗燃えてないか法律はいらない」は、「家が燃えてないか消火器はいらない」と言っているのと同じ構造である。そして、そう言えるのは結局、自分にとってその家が「帰る家」でも「守りたい家」でもないからだ。

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橋下徹引用元https://x.com/hashimoto_lo/status/1985500133828805077

そもそも出だしか政治家不正糾弾する論点ずらしを使用しているところが小賢しいストローマン論調だが、論点も穴だらけである。本当にこの人は元弁護士なのだろうか。

>①国旗損壊罪の保護法益は?

法益は、「共同体象徴秩序」である。橋下はこれを「愛国心強制」だと見ているのかもしれないが、法益はそうではない。

象徴破壊されると、共同体のつながりの感覚が損なわれ、対立敵対意識が増幅する。これは国際比較すると常識に近い。

>②外国国旗損壊罪の保護法益は?

外国国旗外交関係の安定を守るために保護されている。つまり、すでに日本刑法は「象徴は秩序に作用する」という前提で立法されている。今回の議論は、その射程を「対外」→「国内共同体」へ拡張するだけ。理屈は同じ。

>③対象となる国旗範囲

ここは技術的な話に見えるが、実際は簡単。「公然性」「侮辱目的」を要件にすればいいだけ。すでに名誉毀損器物損壊侮辱罪で使っている手法。「プラカードとしての国旗」や「スポーツ応援の旗」が誤処罰される、というのは法技術ではなく「雑な想定」による不安構成要件回避できる話。

>④私的空間損壊まで処罰されるのか?

されない。すでに外国国旗損壊罪ですら公然性が要件私人の家で破ってる旗まで取り締まる制度設計そもそも立法技術的に想定されていない。「家の中でポスターを破ったら逮捕」はフィクションしかない。

>⑤国旗政治家に利用されてしまうのでは?

それは国旗損壊罪とは無関係国旗利用のガイドライン運用行政プロトコル問題。仮に「政治家国旗を利用したくなる」というのが懸念なら、それは政治倫理規定のほうで制御する話。つまりスプーンに毒を盛るかもしれない」からスプーン廃止しよう」と言っているようなもの

>⑥そもそも国家とは?

ここまで来ると、さすがに苦笑いである。「国家とは何か」論は、象徴理解していないからこそ無限抽象化する。けれど現実共同体抽象ではなく合意で維持されている。その合意可視化するのが象徴象徴理解しないまま国家論を語るのは、地図を見ずに登山ルート議論しているようなもの。まず「どこに立っているか」がわからなければ、そこから先は全部空中戦。橋下の6論点はどれも一見まともに見えるが、すべて「国旗は、共同体統合可視化する象徴である」という前提が抜けている。

この前提を共有しない限り、国旗損壊罪は「不要規制」に見え続ける。つまり、結局この話はこういうことだ。

国旗を「自分の属する共同体象徴」と思っているかどうか。

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日弁連引用元https://www.nichibenren.or.jp/document/statement/year/2012/120601_2.html

>同法案は、損壊対象国旗官公署に掲げられたもの限定していないため、国旗商業広告スポーツ応援に利用する行為、あるいは政府に抗議する表現方法として国旗を用いる行為なども処罰対象に含まれかねず、表現自由侵害するおそれがある。

この「おそれ」という言葉に全てを預けて議論を閉じてしまうところに、まず問題がある。刑法は「おそれ」で動くわけではない。刑法構成要件を満たしたときにのみ成立する。ここは法学部の1年生でも最初に叩き込まれる部分だ。それにもかかわらず、その最も基本的な前提をまるごと無視して話を進めているあたり、本当にこの文書日弁連が出したものなのだろうかと不安になる。

国旗損壊罪が成立するのは、ただ「国旗に触れた」からではない。国旗侮辱する意図をもって、公然破壊した時だ。「わざとであること」と「侮辱という意思」が明確に必要になる。そのため、スポーツ応援で旗を振ることも、商業デザインに用いることも、抗議運動シンボルとして掲げることも、そもそも構成要件に当たらない。日弁連は「使うこと」と「破壊して侮辱すること」を意図的に混同している。その混同を前提にしている限り、彼らの議論最初から成り立っていない。

加えて、日弁連は「表現自由制限される」と言うが、表現自由憲法上、絶対無制限保障されているわけではない。人格権を守るために名誉毀損があり、社会尊厳を守るために侮辱罪があり、財産権を守るために器物損壊罪がある。どれも「表現」が関わる可能性があるが、社会を成立させるために必要領域では当然に制限がかけられている。国旗損壊罪が保護しようとする「共同体象徴秩序」も、それらと同じく社会をまとまりとして維持する機能を守るためのものだ。

では、「濫用されるおそれがある」という主張はどうか。これも、法制度の議論としてはあまりに雑だ。「濫用されるおそれがある」だけで法律否定できるなら、名誉毀損侮辱罪も、スパイ防止法も成立しないことになる。極端な話、殺人罪だって捜査側が恣意的に使える「おそれ」があると言えてしまう。法治国家は「おそれ」があるかどうかではなく、その「おそれ」が実際にどの場面で生じうるのか、そしてどのように構成要件運用基準で防ぐかを議論する。「おそれがある」とだけ言って反対した時点で、日弁連法律論を放棄している。

まり日弁連声明は、法律家として最もしてはならない論理の進め方をしている。構成要件には触れず、使用損壊混同し、法益概念を押さえないまま、「自由が脅かされる」とだけ言って議論を止める。これは法的主張ではなく、立場ありきのスローガンだ。

国旗損壊罪は、国旗を使う人を処罰するものではない。共同体侮辱する目的で、象徴破壊する者のみを対象とする。日弁連が「表現自由」を盾にして反対するのは、その前提を理解していないか理解した上で意図的にぼかしているかのどちらかだ。

どれほど上品言葉で包んだとしても、これはもはや法律家による議論ではない。法概念を手放したまま「自由」を振り回しているだけの、大声の政治声明にすぎない。弁護士バッジを捨てて、もう一度法学部からやり直してください。

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日本社会には、法や監視に頼らずに秩序が保たれる場面が多い。繁華街に防犯ゲートが少なくても、万引きは多発しない。大都市でも夜に一人で歩ける安全がある。災害時には略奪ではなく、長い列を作って順番を守る。落とした財布は高い確率で手元に戻る。公園や駅の公衆トイレでさえ、世界基準で見れば極めて清潔だ。

これらは偶然ではない。日本には、古くから「和を乱さないことを尊ぶ」という共通意識がある。相手尊重し、自分けが突出しないように場を調整し、争いを避けて合意をつくる生き方が長く受け継がれてきた。重要なのは、この意識が誰かが教えたからあるのではなく、自然に共有されていることである。目に見えない合意は、形がなければ確認しにくい。そこで必要となるのが、象徴である

国旗は、国民が同じ共同体に属し、同じ空気の中で生き、同じ基盤を分かち合っていることを簡潔に示す印だ。日本人の精神性は、派手でも声高でもない。主張ではなく、ふるまいと習慣の中に現れる。その「共有されているもの」を一瞥で思い出させるのが日の丸である

国旗威圧のための道具ではなく「この社会は、この形で、ここにある」という確認の標だ。その確認があるからこそ、人々は互いを信頼し、余計な力を使わずに秩序が保たれる。日本治安や清潔さは、「日本人は良い人だから」という単純な話ではない。共同体を保つための共有されたふるまいが、長く維持されてきた結果である

日の丸は、日本人が無言で共有してきた社会秩序象徴である

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