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2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

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瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-09

40歳γ-GTPが1000を超えてから酒とタバコを辞めて半年が経った

正直、死ぬと思ってた。

半年前、血液検査の結果を見た時の絶望感は異常だった。γ-GTPは1000オーバー。おまけにタバコもやめられない。典型的な「詰んでる」アラフォーだった。

平日は仕事から「どうやって早く飲むか」しか考えていない。帰宅路のコンビニストロング系のロング缶を5本買い、歩きながら1本。家に着く頃にはもう出来上がっている。さら焼酎ボトルを空け、タバコは1日2箱。

医者からは「このままだと死にますが、辞められないですよね。」と諦められた。

既に普通の人が一生で飲む5倍の純アルコールを飲んでいると告げられた。

そこから一念発起して、酒とタバコを同時に断った。

結論から言うと、体は劇的に変わった。

γ-GTP:1000超え → 43(正常値)

中性脂肪もろもろ:全部正常化

・顔のむくみが取れて、20代の頃の輪郭が戻ってきた

医学的には「大勝利」だ。医者からも褒められるレベル

でも、今この半年という節目に立って、猛烈な「虚無」に襲われている。

今の俺の状態を正直に書く。

1. 脳汁が出ない

酒を飲んでいた頃のあの「強制的多幸感」が消えた。

仕事淡々とこなせる。大きなミスもしない。でも、心が動かない。

何を見ても、何を食べても「ふーん」で終わる。この「普通」が、こんなに退屈でしんどいものだとは思わなかった。

飲み会地獄だ。マジでまらない。皆同じ事繰り返してるし謎のテンションで盛り上がっている。

あれだけ毎週飲みに行ってたのに、いかなくなった。

2. 車と運転けが救い

唯一、脳が動いていると感じるのは「車」のこと。

車をカーシェアで借りて、首都高を走る。

「酒を飲んだら運転できない」という物理的な制約が、今の俺をこの世界繋ぎ止めている。

スペック比較したり、次の一台を探したりしている時だけ、脳が微かに脈打つのを感じる。

そのうち買おうと思っているが、買ってしまうと逆に飽きて乗らなそうなのも悩ましい。

3. 結局、何のために辞めているのか

健康のため。家族のため。将来のため。

理屈では分かっている。でも、脳のどこかで「一杯だけ飲めば、この虚無から救われるんじゃないか」と囁く声が聞こえる。

これが「半年目の壁」ってやつらしい。脳の報酬系が復活している途中の、一番つまらない時期。

でも、俺は知っている。

ここで一杯飲んだら、あの「1000」という数字と、死にかけていた自分に一瞬で逆戻りすることを。

6ヶ月分のリカバリーを一瞬でぶち壊すわけにはいかない。

今、同じように「酒を辞めて人生がつまらなくなった」と感じている奴へ。

それは多分、脳が正常に戻ろうと必死工事している音だ。

「つまらない」は、脳が健康になった証拠でもある。

そして「酒を辞められず不安から逃げられない奴らへ。」

「金バエ」をイメージ検索しろあいつみたいになっちまうぞ。

あの腹を見てはっきり恐怖を覚えたよ。

タバコも吸ってるなら同時に辞めろ。同時に辞めたほうが成功率は高いという論文もある。

とりあえず今日は、車でも借りて夜風に吹かれてくるわ。

酒のない人生は今のところクソほど退屈だけど、その退屈を噛み締められるくらいには、俺の肝臓はまだ戦えるらしい。

明日も、飲まない。

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追記

AIに原文書かせてちょっと補正したのは事実だけど、中身はほぼフェイクなし

2026-03-30

配達ラーメンの麺が伸びる増田酢丸日の眼目のんメーラの伝いは(回文

野に咲く花のように風に吹かれて

おはようございます

『デス・ストランディング』始めました!

なんかさ、

最初

オープンワールドでサブクエスト拾いまくって荒野配達しまくるゲームかと思ったら、

序盤というかまだ3つ目の配達ミッション開始前の序盤も序盤なところでなんとも言えない全体像なのかもしれないけれど。

それこそ、

途中に野原に咲いた草花を摘みながら冒険するんだ!って思っていて

出前のラーメンを入れる岡持を準備バッチリ気持ちで持ち構えていたのに!

全然違うくない?

というか

しろホラー

挙げ句の果てにはもういきなり死体を運ぶミッションを頼まれたりして。

遺体遺体

焼却炉に亡くなった人の遺体を運ばなくてはいけないミッション

あれオープニングでバイクで派手にすっ転んで、

そのきっかけになった突如現れた女性の人?あれだれ?っていきなり思うけど、

サムの持っている3人が写っていた写真の人?

いやまだ分からないわ。

そんですっ転んで雨降ってきて洞窟で雨宿りしていたら、

その女の人が突如また背後から現れるし。

もうホラーじゃん!って。

そのシーンを過ぎてオープニングは配達ミッション遂行中ってところだったので、

一発目の配達配達先を探すんだけど、

これ今私谷の上にいてどうやって向こうに行くの?

山沿いを大回りしていくの?

うーん、

なんか山沿いには行けない見えないこれ以上進めないシステムの壁があって、

どうやら、

川まで降りなくちゃいけないみたいなの。

わ!

これ高さどれぐらいあるの?ってそーっと見下ろそうと思ったら足もと滑らせて転落して死んじゃったわ!

えええー!

もう落ちるとき怖いんだけど。

そんでなぜかゲロ吐いて復活するというなんかあんまり見たくないシーンだけど、

とりあえず、

復活したのでとはいえ落ちたところからの復活じゃなく、

また高いところからの復活だったのでどうしても川に降りるルートを見付けなければならないよう。

そうこうあちこちをうろちょろしているうちに、

なんか70キログラムある荷物が落ちてたから拾ってみたの!

そしたら、

まりの重さでひっくり返っちゃった!

えー!

こんなのでひっくり返るの?って

慎重に歩くにはL2とR2を押しながら踏ん張って歩く!ってのができるらしくって、

それしないと階段登るときですらひっくり返っちゃうの。

ここでまた難関よ。

谷は無事なんとか降りるルート発見して降りることが出来たけれど、

次はこれ川の向こう岸まで渡れんの?って、

川の岩場を見ていると何となく浅そうな感じがしているところがあったので、

そこを踏み入れてみてなんとか無事向こう岸に渡れたの。

溺れかけたけど泳ぐボタンが川の中でできるみたいで、

それを慎重に何回か押していたら無事向こう岸にたどり着けてホッとしたわ。

そうしたら先川を塞ぐ堰みたいな堤防みたいなところがあって、

そこにたどり着いたけれど、

行き止まり

え?これ川を渡らなくても良かったんじゃん!?

ってまた川の流れを岩のあるなんか浅そうなルートで、

今度は足を滑らすことなく歩いて流されそうにはなったけど無事渡りきったわ!

最初配達ミッションからこんなに大変なの?って、

最初の納品ボックスに品物を納めて入れたときに、

「遅かったわね」ってチクリと言われたけど

とりあえず私の初めてのお遣いは大成功よ!

そんで、

そこはなんか基地みたいなところで、

その納品を済ますとやって来る1台の車!

とりあえず乗ってけって流れで、

不気味と何かあるかも知れないって雰囲気の中、

案の定車がひっくり返るの!

サムはなんとか無事だったけど、

最初の雨宿りしていた洞窟にも現れたけど、

人間の手のひらのような足跡だけ見える姿の見えない怪物みたいなのに

襲われたみたいで車がひっくり返ったの!

そこのシーンでもあわやひっくり返った車の中から飛び出したサム達を襲うかと思ったけど、

車の人たちは空中にさらわれて、

サムはじーっと息を殺しながらなんとかその場から逃げられた感じ。

この見えない敵ってなに?

もうホラーなんですけど。

あとなんか託された容器に入った赤ちゃんって何?

あと雨が降ってくるその雨にもあんまり雨水を浴びちゃダメな感じの設定みたいなの。

これ今ならウイキペディアで調べたら、

全部の何が謎が解決してしまう便利な『デス・ストランディング用語集を見たら一発解決だけど、

それを見てしまったら全く面白くないと思ったから私はウイキペディアは見ないようにして、

ここもノールック攻略法を見ないでデス・ストランディングしてみようかな!って思ったわ。

オープニングのバイクからすっ転んで始まった導入部分から

そこまで1件配達して基地まで到着したところまでじっくり映画を見ているようで、

2時間!まったく映画1本見たような感じじゃない?

あの見えない敵ってなに?

そして、

基地内のみんなに頼まれ遺体を運ぶミッション

わ!

しかタイム早く行ったらイイネがなんかもらえる仕組みみたいで、

走っちゃいそうだけど、

意外と遺体が55キログラムと重そうなので、

走ったらまたひっくり返りそうなのよね。

今度はその基地の中でもらった腕に装着する装置地図が開くようになって、

結構便利かも?

なんかさ、

どのぐらいの時間で処理場の焼却場まで行けるのかしら?って地図開いて見てみたら結構遠そうなのよね。

距離にして1.5キロメートルもないぐらいだけど、

多分初心者の私にしてはデス・ストランディング遠いはずよ。

ドラゴンクエストマジックポイント消費ゼロルーラが懐かしいわ。

あんだけルーラしまくったそのありがたさに感謝

いきなり正式にもらった配達ミッションがいきなりしか遺体って結構重いテーマゲームじゃないかしらもしかして

もうさ、

本当てっきりオープンワールドの広大な野原とか草原闊歩して途中それこそお花を摘みながら、

わーい!ってほのぼの系のゲームだと思ったけど、

なんか話の内容は深刻そうでホラーっぽいわ。

まだ序盤の序盤のいいところだからなんとも言えないけど、

ここまで何回転んだか分からないけど、

死んじゃったのは1回の足を滑らせて崖から落っこちただけで、

まあそれは健闘してる方じゃないかしら?

ゲーム内の世界のことの内情があんまり良くまだ分かってないけれど、

これは絶対にやってけばこういうことか!って読み解けば分かって言うので、

はい背負子に背負った物騒な遺体を運ぶミッションを次スタートさせるのよ!

重たいもの背負ってひっくり返らないようにL2とR2の踏ん張りボタンを押しつつ

しっかり配達していきたいわ。

にしても多分、

1配達1配達がなんか時間がかかりそうなので、

これまたクリアまで、

つーかこれってクリアあんの?分かんないけど

どれぐらいまた時間がかかるか途方もない配達の旅って感じだわ。

ほんと、

これてっきりほのぼの岡持で出前のラーメン配達するのりの軽いものだと思っていたらとんでもなかったわ。

そんな調子ラーメン配達していたら、

とうの昔に麺が伸びちゃうわよ。

うふふ。


今日朝ご飯

家でまた豆乳トマトジュースミックスしたものを飲んできたわよ。

今日サンドイッチ我慢して大人しく豆乳で済ますの。

ランチは気分でガッツリいっちゃおうかしら?なんて。

今日デトックスウォーター

今朝はそんなにというか全くあんまり冷え込みが無かったみたいで、

おかげで暖かかったわ!

レモン炭酸水ウォーラーしました。

シュワッと爽快な刺激が決まったわ。

またレモン炭酸水ストックなくなりそうなので、

発注しておかなくちゃいけないわ。

忘れにないように。


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

2026-02-17

AI作文ー中道物語

中道改革連合党旗の翻るさま、生活者ファーストの響きあり。
されど盛者必衰の理は、かくも無情に現はるるものなり。
驕れる高市政権を倒すと息巻きし者どもも、
久しからず、ただ泡沫の夢のごとし。
猛き者も遂には滅びぬ、
偏に選挙風に吹かれて塵と散るのみ。

遠く見れば、立憲の残党と公明末裔、
互いに目を合わせぬまま手を組み、
「中道」と高らかに名乗りて、
野田斉藤の両雄が共同代表と称し立ち上がりしこと、
いと滑稽なりき。
食料品消費税恒久ゼロインボイス廃止ジャパンファンドの甘言を並べ、
「国民生活を守る」などと大風呂敷を広げしも、
いざ選挙となれば、比例の順位争いに血眼となり、
仲間を蹴落とし、離党の連鎖を呼び起こすのみ。

公示前167議席を誇りし大軍勢も、
開票の夜に瞬く間に49へと転落し、
「本当に辛い…」と涙ながらに呟く新代表の声は、
誰も聞かぬ虚空に消えゆく。
党内は互いに指をさし合い、
「お前が悪い」「いやお前が悪い」と、
落ちぶれし犬どもが吠え合うが如く、
さながら自ら墓穴を掘りて埋もれゆくのみ。

嗚呼、
「生活者ファースト」と高らかに掲げし旗は、
今や泥にまみれ、踏みつけられし残骸となり、
「戦争内閣反対」の叫びけが、
虚しく、惨めに、
敗北の闇に赤く染まりて響くのみなり。

これを聞くに、
人の世の無常とは、
かくも笑止千万なるものなりけり。

2026-01-16

現在世界とは、「大きな塊のポリコレ(=神)」は滅びたが、

その遺構からガラスの破片のような「小さなポリコレ」が風に吹かれて

世界中に飛び散り、それを武器に利用して互いに傷つけ合っている状態

「小さなポリコレ」が弾丸火薬、刃先の代用品になって、敵対者攻撃する。

2025-12-04

某巨大メーカーの「キラキラ新規事業」が爆散したけど、弊社は今日

はい解散解散

私が所属している某大手メーカー新規事業部が、先日めでたく爆散しました。

いやー、すごかった。何がすごいって、数年かけて数百億円を溶かして、何も生み出さずに更地に戻ったあとの清々しさたるや。

まりにも典型的すぎて教科書に載せたいレベルの「JTCの新規事業失敗事例」だったので、ここにお焚き上げとして供養させてほしい。

そもそもソリューション」って言いたいだけ病

ことの発端は、偉い人たちの「これからはモノ売りじゃない、コト売りだ!」という号令でした。

今までハードウェアを作っていたおじさんたちが、急にシリコンバレー風に吹かれてしまったのです。で、何をしたかというと、「既存ハードウェアに無理やりWi-Fiつけてクラウドに繋ぐ」。これだけ。

「これで顧客課題解決するソリューションになる!」って息巻いてたけど、顧客からしたら「いや、その機械スタンドアロンで動くのが一番便利なんですけど」という至極真っ当なツッコミは、Teasm会議ミュートの闇に消えていく。

キッザニアと化した開発現場

で、中身を作るのは誰かというと、ソフトウェア開発なんて触ったこともない生え抜きハードウェア設計者たちと、大量の新卒・若手社員。あと少しの中途社員

経験豊富CTOもいない無法地帯で、意識高い系の末端エンジニアが「Qiitaで見たから」という理由だけで選定した技術スタックが乱舞。しまいには買収した子会社自己成長に向けた謎技術提案

ユーザー数人の時点で、Google規模に耐えうるKubernetes構成

• 単純なデータ表示だけなのに、無駄に複雑なマイクロサービス

ドキュメント存在せず、すべてはTeamsの彼方へ

フロントエンド高速化にWASMの提案

敗戦処理と「日本型雇用守護神

そして訪れた「事業撤退」の日。ここからが弊社、いやJTCの真骨頂です。同じチームにいた現地の海外関係会社メンバーは、Zoom会議一本で即日レイオフ。「Sorry」の一言で画面が消えるドライさ。

一方、日本の我々はどうか。誰一人としてクビになりません。「君たちには明日から、全社DX推進本部に行ってもらう」出たー!「DX」という名の現代姥捨山

今までAIなんて触れてなかった人たちが、明日からAIを用いて全社のデジタルトランスフォーメーションを担うんです。専門性適材適所? そんな言葉は弊社の辞書にはありません。AIが全てをなんとかするんです!実態は、社内システムExcelマクロを直すだけの仕事です。これぞ、年収1000万の窓際族爆誕です。

責任を取らない偉い人たち

一番面白いのは、この事業を立ち上げて大失敗したマネジメント層の挙動です。普通責任取って辞めるとか、降格とかあるじゃないですか。彼らは「貴重な失敗経験を積んだ人材」**として、何食わぬ顔で隣の事業部部長スライドしていきました。異動先の事業部部員たちの、「えっ、あの沈没船船長がウチの舵取るの…?」という絶望的な顔。モチベーションの低下音が聞こえてきそうでした。

誰もいない荒野課金し続ける

解散後、数名は「敗戦処理部隊」が残されました。任務は、**「ほぼ顧客ゼロソリューションシステムの維持」**です。

なぜか?

サービス終了」をアナウンスすると、失敗を対外的に認めることになるから。「あくま事業再編であり、サービス継続している」という建前を守るためだけに、誰も使っていないサーバーが唸りを上げています。A⚪︎ureだかの請求書を見ると、月額数千万円。これぞデジタル赤字

それでも弊社は揺るがない

これだけのリソースと金をドブに捨て、社員キャリア迷子にさせても、弊社の株価はピクリとも動きません。時価総額ウン兆円の巨体にとって、数十億の損失なんて「誤差」なんでしょう。

今日社食ランチは美味いし、オフィスから見える東京タワー恍惚としている。この「茹でガエル」の湯加減が最高に気持ちいから、私はまだしばらくこの会社にいると思います

現場からは以上です。

2025-09-27

[] 幽霊浜風

ぐったりとして元気がないさま。迫力が感じられないさま。幽霊海岸風に吹かれて、あおられているようだという意から。「幽霊浜風に逢ったよう」ともいう。

意味が明確に分かっていないことわざであったが、昭和40年代に江戸時代の本の記述が見つかり、解釈が判明したとか。

2025-09-06

anond:20250906004116

ウンチは成長しない

誰かから養分を奪うという穢れた行為に手を染めたくないからだ

ただ清貧さを称えたように風に吹かれてカピカピになり新品の靴に踏まれるだけ

2025-05-10

No.1278 (2025/5/10)

←前 | 後→

仕事先の懇親会に招かれ出かけてきた。聞くところによると今日はこれから数十人は集まる予定になっているらしい。普段なら絶対に断るような会合で、自分でもなぜ参加することになったのか分からない。ともかく予定よりもだいぶ早い時間指定された場所に着いた。そこは郊外の巨大なアミューズメント施設で、人々は浜辺を模した広大なドームの下にビーチパラソルを立てて寝そべり、思い思いの時間目的もなく浪費していた。なんとなく彼らに倣って空いているスペースに寝そべり、ぼんやり青空投影されたドームを見上げてみる。しばらくそうしていると、やがて名も知らぬ異国に逃亡して来たエトランゼのような錯覚に陥ってくるのだった。

そのとき不意に傍らからぼくの名前を呼ぶ声がした。振り向くとすぐ隣にKさんが寝そべって同じようにアーティフィシャルの空を眺めているのだった。「ずいぶん早いのね」そう言って退屈そうに欠伸をすると、悪戯っぽく微笑む。ああ、彼女今日参加者か。ぼくもまた微笑とともに軽く相槌を打ちつつ悪い気はしない。再び気怠い上空を見上げる。緩やかな風に吹かれてKさんの髪がぼくの頬に触れ、微かな息遣いが耳に届く。目的のない怠惰も案外いいものだ。だがそんな感傷はすぐに壊されてしまった。別の参加者が到着し、Kさんはいつの間にか彼らと会話している。ぼくはなんとなく不貞腐れて立ち上がった。

そのまま目的もなく通路を歩き回っていると、やがて屋外に出た。閑散とした砂漠が見渡す限りのパースペクティブなかに続いているが、どこにも人の気配がない。あれほど賑わっていた人々はいったいどうやってこの不毛の大地を渡って来たのだろうか。ドームの周囲を半周すると、荒れ果てた駐車場に着いた。ここにもやはり人の気配は皆無。レトロフォードクライスラーの車体が半ば砂に埋もれて砂礫に融合しようとしている。ただ閑散としているばかりではない、生命の欠落した絶対空虚がそこに横たわっているのだ。埃っぽい雑草を踏みながらさらに進むと、古いダイナーを思わせるゲートに行き当たった。廃墟のような佇まいで、半開きの扉が風に揺られているばかり。だが恐る恐る足を踏み入れてみると、思いのほか清潔なエントランスであった。

明るいサンルーム中央ガラス椅子ひとつだけ置かれ、破れた窓から射し込む斜陽を吸い込んで輝いている。膨らませた海月をそのまま固着したような丸みを帯びたフォルム。躯体の中に透けて見える植物的な造形は埋め込まれた無数の流木だろうか。奇妙だがなかなか冒険的なデザインだ。さらに先へ進むと地下に向かって深く落ち込む吹き抜けの階段になっている。階段は不規則分岐カーブを繰り返しながら空間縦横無尽に埋め尽くしている。そしてこのゴシック様式ラビリンスの一番深い奥底から、浜辺に打ち寄せる単調な波の気配と退屈した人々のざわめきが微かに漏れ出てくる。確かにここはあの華やかなドーム入り口であるらしい。なぜだかあの場所を離れてからもうずいぶん長い年月が経過したかのような奇妙な錯覚に陥る。Kさん彼女はまだあの浜辺のパラソルの下で無邪気に笑っているだろうか。ぼくはもう一度Kさんに会いたくなり、迷路のような階段を降りてゆく。

←前 | 後→

2025-05-08

anond:20250507223705

2025年5月8日、ワイの日記やで。

今朝は久々に、静かで穏やかな朝やった。昨夜倒れたフェミちゃんは、目を覚ましてから少しの間ぽけーっとしてたけど、だんだん普段調子を取り戻してきたみたいや。おかゆを作ったら「味がせえへん」と文句を言いながらも、三杯食べた。ゴミーはちゃぶ台の上でふわふわ回転しながら、湯気を追いかけて遊んでる。

朝食後、フェミちゃんは縁側で足を伸ばして空を見上げながら、唐突に言い出した。

「男って、なんであんなにアホなんやろなあ」

「朝からきっついな」と笑いながら返すと、フェミちゃんは「ちゃうねん」と続けた。

「なんていうか、言葉にせんとわからんくせに、言葉にすると勝手にへそ曲げるやん。勝手に黙って、勝手に傷ついて、ほんで勝手に遠くに行く。ほんならまた勝手に帰ってきて、“俺が悪かった”って。それ、女からしたらな、ようわからんで」

「うーん……耳が痛い」

「せやろ? でもまあ、あんたは多少マシな方や。うんこ漏らしても正直に言うからな」

「やめろ、それは一生言うな」

フェミちゃんは口元をおさえて笑いながら、「ほんま、なんでウチ、あんたと一緒におるんやろな」と呟いた。

ワイはその問いに答えんかった。ただ、庭先に咲き始めた紫蘭を指差して、「これ、そっちで育てとった花に似てへんか?」と話題を変えた。

ほんのひとときやけど、マハカルの影も、時空の綻びも、ここにはなかった。ゴミーは風に吹かれてくるくると空に舞っていったんやで。

2025-04-28

マジで風というものをかなりナメていて、攻撃魔法も火、雷ときて風は弱すぎだろと思ってる。氷とかも大概だと思うけど。

車が横風で煽られるとかいうのも、風如きが金属の塊を揺らすだなんてそんなバカな話が……?と思ってた。

実際運転してみて車体グラグラになって尚も、未だにそんなことあるか?と思ってる。

かにビュービュー吹かれれば50kgもあるような肉塊がぐらつくこともあるけれど、いやそれは元々二本足で不安定からじゃねえの?とか思うし。

発電用の風車の、あのほっそい羽根が風で回るというのも信じがたい。

まあ軽量素材だったり特殊な形状だったりはするんだろうけど、それでも絶対的な重さで言えば相当であろうデカブツがあの程度の表面積で、しかもタービンかなんかに繋がれて負荷もあるだろう中で、風に吹かれて回るのもかなり信じられない。

モンティホール問題解説理屈は聞いたし、シミュレーション結果も見たし、まあ事実そうなのだろうという認識は持ちつつもしこりを残すような感覚がある。

2025-04-25

散歩をしていると、曇り空の下でもグラデーションが豊かな木々緑色とか、風に吹かれて飛び散る花びら、真っ直ぐに飛び立つ鳥の一瞬見える横顔とか、そういうなんでもないものものすごいトキメキみたいなものを感じることがある

きっともっと歳を取ると、そういうものけが美しく見えるんじゃないかと思う

2025-04-18

42になってアニメ限界を感じた話

昔、ジブリ風立ちぬを観たんだ。庵野声優やってるやつ。

当時は笑っちゃってさ。棒読み過ぎだろwって。

あれを良しとする感性がまったく分からなかった。

声は堅いし、感情の起伏もよく分からんし、いやいやプロ使えよ…と、本気で思った。

でも最近あらためて見返したんだよ。

そしたらめちゃくちゃ良かった。なんだこれ?って思った。

庵野の声が完全に堀越二郎になってて、ああ、これはこれ以外あり得なかったなって自然に腑に落ちてしまった。

そのあとジブリドキュメンタリーも観た。

風立ちぬ制作現場に密着したやつで、そこで宮崎駿声優について話しているシーンがあった。

曰く「みんな相手を慮った声を出すんだよ。慮ったふりをして、自己満足してるんだ」と。

なるほどな、と思った。

ネットでは今でも風立ちぬに対して、「声が合ってない」とか「やっぱり声優を使うべきだった」なんて意見散見される。

でも、それは違うんだよ。

だって考えてみろよ。リアル表現をしたいと思ったとき現実アニメ声で喋ってる人間なんているか

居ねえよ。居たら「ぶりっこ」とか「声作ってんじゃね?」って思われるし、下手すりゃ気持ち悪がられるだろ。

俺たちが一般的想像する“いい声優”ってのは、感情表現が豊かで、発声が明瞭で、抑揚も完璧で——要するに、ドラマチックなんだよ。

でも、その“ドラマチックさ”って、実際の人間の会話にはほとんど存在しない。

しろ現実人間は、モゴモゴしてるし、言いよどむし、感情だって隠す。

から庵野のあのぎこちない、感情が伝わりそうで伝わらない、でも心の奥底に火がついてるような声はめちゃくちゃリアルだったんだ。

それに比べて今のアニメってどうだ?

声優ブームアイドルみたいな扱い受けて、イベントラジオに引っ張りだこ。

それ自体否定するつもりはないけど、声の演技としてのリアリズムはもう置き去りなんだよ。

声の芝居が記号化してて、「怒りの声はこう」とか「泣く演技はこう」、「好きな人にはこういうトーンで話す」っていうマニュアル的な表現ばっかり。

それを俺たちは迫真の演技だ!ってもてはやしてきた。

でもそれはリアルじゃない。

現実にそんな人間は居ない。

アニメ世界の中だけで成立する世界が完成され過ぎている。

「いやいや、アニメってのはそういうもんだろ」って言う人もいるだろう。

でも俺は、そうじゃないと思ってた。

アニメっていうのはもっと現実寄りで、地続きで現実の彼方に存在してるって、そういう可能性を信じていたんだ。

その境界線あいまいからこそ、時に心を撃ち抜かれる瞬間があった。

たとえば夜の駅のホーム、ひとけのない道路、風が吹く音。

そういう何でもない場面が、アニメの中にあるとき現実とつながった気がして嬉しかったんだよ。

だけど今はもう、アニメアニメとして完成され過ぎてる。

空気の揺らぎや、無言の間や、感情曖昧さ、そういうもの排除して、”見やすく”、”分かりやすく”、”飽きさせない”、ものになってる。

あとは””の部分に定番美少女やら世界観を当て嵌めてやればいい。

風に吹かれて何かを悟るあの表情は、もう地上波アニメには戻ってこない気がする。

42になって、ようやく気づいた。

俺はアニメが好きだったんじゃない。

現実に食い込んでくるアニメが好きだったんだ。

ももう駄目だ。

アニメアニメ迎合し過ぎた。

その勢いは近年になって、さらに加速している。

そのことに42の俺は気付いてしまったのだ。

2025-04-09

(イントロ - アコースティックギターアルペジオ)

ねぇ、覚えているかい? あのニュースのざわめき

遠い国の話だって、そう思ってたんだ

(Aメロ)

港に並ぶコンテナ風に吹かれて

値札が変わるたび ため息がこぼれるの

(Bメロ)

「仕方ないね」って笑う あなたの横顔が

少しだけ、翳って見えたのは気のせいか

(サビ)

ぽんジュースも、いつものコーヒー

なんだか今日は苦くて 喉に引っかかる

世界の壁が少しずつ 高くなっていくような

そんな気がするんだ、ねぇ、あなたもそうでしょう?

(間奏 - 少し憂いを帯びたギターソロ)

(Aメロ)

ニュースじゃ今日も誰かが 怒りをぶつけてる

違う言葉で、違う理由で、争っている

(Bメロ)

それでも信じたいんだ 手を繋ぐ温もりを

分かり合える日がきっと来るって、信じたい

(サビ)

ぽんジュースも、いつものコーヒー

明日からは少しだけ 大事に飲もうか

世界の壁が壊れる音 いつか聞けるように

さな声でも 歌い続けていたいんだ

2024-10-16

キモいをめぐる冒険

あの日、ぼくは薄暗い森の奥で狐に出会った。どうしてそこに行ったのか、正直よく覚えていない。ただ、何かがぼくをそこへと導いたんだと思う。そんなことはよくあることだ。森の空気は静かで、遠くで風が木々を揺らす音が聞こえるだけだった。ぼくは気づくと、狐と並んで歩いていた。

狐はぼくを見上げながら歩調を合わせていた。彼には何か特別ものがある。その目には、長い年月を超えてきたような深い知恵が宿っているようだった。ぼくは黙って歩きながら、ここ最近自分のことを考えていた。なんとなく、言葉が重くなっていたことに気づいていた。知らず知らずのうちに、ぼくは「キモい」という言葉を多用していた。最初は軽い冗談のつもりだった。それがいつの間にか、ぼくの中に根付いてしまった。小さな癖が、ゆっくりと心の隅に蓄積していく。そんな感じだ。

「君は気づいているだろう?」狐が、ふと口を開いた。

ぼくは少し考えた後に答えた。「気づいているよ。でも、それが何を意味しているのか、まだはっきりとは分かっていないんだ。」

狐は小さくうなずいた。「言葉というのは不思議もので、何かを伝えるための手段であるはずが、逆に自分自身をも縛ることがある。君は『キモい』という言葉を使って、その瞬間を切り抜けている。でも、その言葉は君の周りに何を残していくんだろう?」

ぼくは立ち止まって、少し考えた。確かに、『キモい』という言葉を使うとき、心のどこかで引っかかるものがある。それは単なる不快感を表すだけのものではない。もっと深いところで、ぼくの心に痕跡を残している気がする。まるで、何かがぼくの中に沈殿していくような、そんな感覚だ。

「君の心には、まだ整理されていない感情がたくさん詰まっている」と、狐は言った。「それを言葉にするとき、選び方によっては、その感情がどんどん重くなってしまうこともある。」

ぼくは思わず、何かを言い返そうとしたが、言葉が出てこなかった。たしかに、最近ぼくは軽々しく言葉を使いすぎていたような気がする。何かに対して反応するたびに、『キモい』という一言で片付けてしまっていた。でも、その言葉が生み出す影響については深く考えたことがなかった。

言葉には影があるんだよ」と、狐が言った。「君が使う言葉が、君の周りに影を落とす。そしてその影は、君が思っている以上に広がっていくんだ。風に吹かれて、誰かの心にその影が落ちる。それがじわじわと広がっていくのを見るのは、そう悪くないものだ。」

「悪くない?」ぼくは眉をひそめた。

「まあ、見方によるけどね」と、狐は肩をすくめた。まるで何事もなかったかのように、風景を眺めていた。「でも、少なくとも君の心の中にその影が生まれていることだけは確かだろう。それは、君自身にも少しずつ影響している。」

ぼくは森の中を見渡した。木々の間を抜ける光が、やけに薄暗く見えた。狐の言葉が、何かぼくの中の奥深い部分に触れたような気がした。まるで、ぼく自身が気づかないうちに、自分の心の中に影を広げていたような。

「君は言葉に対してもっと慎重であるべきかもしれない」と、狐は続けた。「慎重であるというのは、ただ言葉を控えるということではなく、もっと違う角度からその言葉を見てみるということだよ。例えば、次に『キモい』って言いたくなったときに、立ち止まって、その言葉を使う理由を考えてみる。それだけで、君の感じ方が変わってくるかもしれない。」

ぼくは小さくうなずいた。たしかに、そうすることで何かが変わるのかもしれない。いつの間にか「キモい」という言葉に頼りすぎていた自分がいた。言葉簡単に頼りすぎることで、自分感情もっとかに広がる機会を失っていたのかもしれない。

「影は消せる?」ぼくは問いかけた。

狐は一瞬黙って、ふわりと笑った。「影は消えない。でも、光が差せば薄くなる。君がどう光を当てるか、それは君次第だ。」

ぼくはそれ以上、何も言わなかった。ただ、狐と共に歩き続けた。

2024-08-17

2024-08-13

たまに恐くなる

増田は熱心な増田好きで、毎日増田を覗くコアユーザーだ。

増田はいつもジェンダーがどうとか、リベラルがどうとか、男女差別、チー牛!なんかを話題にしては毎日わいわい賑やかだ。

でも、外に出た。

ちょっと出かけてきたんだ。

一歩外に出てみればクーラーは効いてなくて、空気は暑くて、ただ立っているだけでじんわりと汗がにじんでくる。

蝉の鳴き声。生暖かい風。

ちょっと歩いて喫茶店に入る。チリンチリン鈴の音

席について、年季の入った赤いソファふわふわで、初めてのお店なのでブレンドコーヒーを選んで。

待っている間、周りの話声に耳を済ませれば皆ジェンダーとか、リベラルとか、男女差別、チー牛なんて全く話題にしない。

みんな、身近なことを話しては楽しそうにしていて、クスクス笑っている。

なんだか楽しそうで、幸せ空間に感じられた。

コーヒーが運ばれてくる。店内はクーラーがよく効いていて、ホットを頼んだことに後悔はない。

一口、口に含んでおどろいた。芳醇なナッツ香りが口いっぱいに広がり、とてもおいしい。

初めての味。

初めてのお店だけど、大正解だった。

ゆっくり味わって飲んだ。今日ばかりはネットのことは忘れて、じっくりと。

外の世界はみんなが言うような殺伐さはないし、言い争いもないし、必死さもない。

穏やかな時間が、そこにはあった。

増田はたまに恐くなる。

そして心配になる。

増田では、まるで増田での話題こそが高尚で、シニカルで、俺たちは他とは違う、みたいな選民思考の主張を唱えるような、そんな雰囲気をたまに感じてしまう。

彼らは、ちゃんと外に出ているんだろうか。

暖かい風に吹かれているんだろうか。

現実の、なんでもない、意味もないし意味も分からないけど、でもほっこりしてしまうような会話に耳を向けることがあるんだろうか。

余計なお世話かもしれない。

でも、生暖かい風も、意味のない会話も、悪くないものなんだって、また昔みたいに思ってほしい。

そんなことをふと思った。

新しいお店のコーヒーは、いつだって案外おいしいものなのだから

2024-06-01

anond:20240601110639

がばがば

一 1(副)スル

① 水などが断続的に激しく動くさま。「水の中を―と歩く」

② かたい布などが風に吹かれたりして出す音を表す語。「ぬれ横断幕風に吹かれて―鳴る」

③ どんどん金などがはいってくるさま。「金が―もうかる」

④  →2に同じ。「ズボンが―して歩きにくい」

二 0(形動)

衣服や靴が大き過ぎて体に合わないさま。「―の帽子」「コートが―だ」

(スーパー大辞林 Copyright © 2010, 2023 Sanseido Co., Ltd., under licence to Oxford University Press. All rights reserved.)



これの 二 じゃないの?

そういうことじゃなくて?淫夢で使われたからアウトなん?

2024-05-22

冬が好きなんですよね

なーんかいつのまにか、俺の許可もとらねえで、夏っぽくなってきてやがるじゃないですか

気がついたら日が長い、もう19時なのにまだ明るい、よく考えたらずっと半袖を着ている、夜の野外に涼を求めている自分に気がつく、クーラーをかける夢を見る、社員食堂梅雨入りニュースが流れていて、向かいに座ったよその部署オッサンが「梅雨かあ…」と呟く

そういう季節になりつつある

夏は嫌なんだよ

なんせ暑いから嫌だ

暑さっていうのはどうしようもない つまり、暑くなくなろうと思ってどうあがいても、あがけばあがくだけ身体が動いて、その分体温が上がって、まったくの無駄、暑さが増すばかり

その点寒さっていうのは良くて、頑張って身体を動かせば身体が温まってステキだ 布団をかぶれば熱が保てるし、服をきりゃああったかいし、カイロ湯たんぽ電気毛布コタツ、いろんな仲間たちと一緒に冬を越そうと素直に思える

夏はもう、クーラーしかねえわけじゃん

ウチワなんて気休めに過ぎねえし、冷てえ飲み物ほとんど瞬間的にぬるくなり、扇風機は結局クーラーのある部屋にくらいしか置けねえんだからクーラー付属品みたいなもんで、服は着れば着るほど暑いだけ、夏を乗り切るにはものごとを切り捨てていかないといけないということだ

嫌んなっちゃうよ

俺は早くあの、アレっ16時なのになんか陽の光が弱まってきてるぞ?!と思った瞬間の焦りとか、キンモクセイ香りに胸がギュッとなる感じとか、秋空がメチャクチャ晴れ渡っていてちょっと息が吸えなくなる感じとか、そういうのを味わいてえの

朝起きてセミが鳴いてたりするともう、心がゲッソリするわけですよ クソあちいなか歩いて出社したくないんだ あるいはそれが夏の良さなのかもしれねえが、俺としては勘弁願いたい

俺は早く、9月のよく晴れた日に、外涼しくね?と思ってエアコンを消す瞬間の高揚だったり、街路樹から落ちた葉っぱが風に吹かれてアスファルトの上をクルクル回ってるのを見たときのあの喜びだったり、そういうもの体験したいわけ

2月あたりのクソぶあっつい雲に空が覆われて全面白色みたいな天気とか、脱衣所の寒さとか、ベンチの冷たさ、一瞬降って積もらずじまいの雪、そういうことだ

11月くらいの天気いい日にその辺の野外でやってる謎の催事マルシェとかフリーマーケットとかそういうのにキッチンカーが来ていて、なんなのかよく分からないがいい匂いがする、空気は冷たく澄んでいる感じがする一方で日差しがほどよく暖かくて、空には雲ひとつない…ってことはないんだけど、それでもかなり晴れ渡ってはいて、ああいいじゃないですか、いい日っていうのはこういうことだよなあ!と思う、そういう場が必要なわけ

夏はダメなんだ 過剰なんだよ

そして何より暑い

早く冬になってくれ この時期になると毎年思う

2024-05-02

カスハラは増えているのか?民度は下がったのか?に対する答え

リアル店舗をいくつか運営する視点から答えてみたいと思います

結論から言うと、どちらもノーです。

正しく言うならば、一部に集中することによって以前よりも顕著に可視化されるようになった。が正解。

今の世の中は、ぶっちゃけ言ってクレーマーババ抜きしているような状況です。

その理由は、ただでさえネットショッピングで減少傾向にあった対面販売が、コロナ禍で一気に激減したから。

カスハラをしたい人間は、相手がいなければカスハラできないので、店頭に人がいるような店を探してわざわざ出向いていく傾向にあります

アドバイスおじさんがたまたま居合わせた人をターゲットにしているのではなくて、わざわざアドバイスできるような場所に出向いていくのと同じメカニズムです。

どっかでうっかりカスハラによって自己承認欲求を満たしてしまった成功体験を追い求めて、カスハラできる場所を探して彷徨っているというのが実情です。

今のはてなエコーチェンバーの吹き溜まりになっている状況を考えてもらえればわかりやすいと思います

彼らは他のサービスから追い出されては風に吹かれてどこともなく引き寄せられてきて、ちょっとした成功体験の積み重ねではてなに居座ってしまったというだけ。

笑っちゃうくらい似ていますね。

今まではいろいろな場所分散していたのでなかなか問題が表面化しなかったのが、対面販売が減ることによって残り少ない店頭クレーマーが集中するようになってきてしまった。

そういった対応限界を感じて対面販売を辞めてしまったり、早々に対策を行った店からクレーマーはいなくなるけど、クレーマー絶対数は減っていないのでまたカスハラできる店頭を探し彷徨う。

するとまた一部の対面販売クレーマーが集中するという悪循環に陥っているのが今の接客業界です。

実はこの話、接客業人手不足問題にも大きく関わってきます

はてななんかでは、高い人件費を払えば募集は集まるので給料を増やさな企業側の甘えであるという意見が星を集めていましたが、残念ながら世の中はそんなに甘くないです。

なぜなら、その分のコスト負担するのは誰かという問題になるから

人件費を上げろと言っておきながら、商品価格転嫁されると誰も買わなくなってお店が潰れる。

そうなることが目に見えているから今の人件費募集せざるを得ないのに、カスハラ問題さら採用を遠ざける。

そうなると企業側が人材を守るのが当然だと言い始めますよね。

これも当然守ってます。でも、それにだって当然コストはかかる。だけど商品コスト転嫁できない。

まり店頭販売を諦めるしか無い。

多くの企業イマココです。

これが人手不足倒産の内情であり、今日本で起こっている現実です。

お店がなくなって悲しい、対面販売がなくなってさみしい。

そういう声はたくさん聞こえてきますが、同じ口でネット最安最高!みたいな姿を観るとため息を禁じえません。

ただ、これはもう逆らいようのない流れですので、近い未来、気軽に使える対面販売のお店は絶滅すると考えてもらったほうが良いかと思います

まり定点観測している側からすると、カスハラが増えて民度が下がったと感じられるのは事実とも言えます

今までクレーマー対策必要なかったような店頭にまで、クレーマーは当然のように訪れるようになってしまたからです。

そしてそれに対応しきれないお店から対面販売がなくなっていきます

そうなれば残り少ない店頭クレーマーが押しかけるようになり、いつか対面販売は淘汰され消えてしまます

このバランスは、傾き始めれば加速度的に進んでいくので、事実として人手不足倒産が起こっている現状ではすでに歯止めのかからない段階にあると思ってもらって良いと思います

その流れを止める方法は、対面販売コストが含まれ商品価格消費者が当たり前に商品を買うだけです。

そのほうが人件費というダイレクト経済効果も得られて、結果的に景気が加速することがわかっていてもできないのが経済面白いところですね。

以後、接客業人件費問題カスハラ問題を口にする資格があるのは、ネット販売安値に飛びつかずに高くても文句も言わず店頭お金を落とし続ける人に限るということになってしまうわけですが、はてなの皆様は大丈夫でしょうか。

「値段が安ければ俺だって店頭で買う!」っていう理論は、カスハラ野郎と同じですからね。ご注意ください。

2024-04-25

おはよう

おはます

マルチハイテクワイパーというただの布

軽やかに

風に吹かれて

二千年

時空を超えて

教えを説く

イエスです

2024-04-01

夢(No.1239 2024/3/29)

←前後→

隣家には美しい婦人が住んでいた。時々挨拶を交わすくらいでさほど深い付き合いもなかったのだが、どういうわけだか今日、その家の家政婦が私に電話をしてきてこんなことを言い出した。「近頃うちのお嬢さんがなかなか学校に行きたがらないのです、どうにか通学できるよう手伝っていただけないでしょうか」詳しく話を聞いたもののどうも要領を得ない。その家の少女はよく知っていたが、いたって快活で特に問題がありそうな様子もないのだ。それでも家政婦がしつこく懇願するので、仕方なく隣家に忍び込んで調べるはめになった。

裏口のドアの陰に潜んで様子を見ていたが、特に変わった様子もなく少女は支度をして家を出ていく。やはり何もないじゃないかと気を緩めかけたところ、最後の瞬間に気付かれてしまった。ひどく驚いて逃げてゆくので、慌てて追いかけて理由説明する。だが気が動転しているのか、まったく耳を貸してくれない。困惑しているとちょうどその家の次女が通りかかったので、事情を話して母親を呼んで欲しいと頼んだ。次女の方はまるで反応が違い、あっけらかんとした様子で学校から出てくる長い行列を指さした。どうやら母親はこの列の中にいるという意味らしい。無数の人の波を目で追っていると、確かに見知った婦人の姿があった。だが手を振っても反応がない。ぼくの姿には気づいているのに、意図的無視しているようだ。すると今度はその家の末の弟が近づいてきて、母親はすっかり脅えているらしいと教えてくれた。こんな状態では何も解決できない。諦めて家政婦に電話しようとするが、今度は連絡先が分からない。なんだかもう全てがすっかり面倒くさくなってしまった。

ふと我に返ると、自宅近くだというのにいつの間にか周囲の光景は見慣れない商店街であった。曲がりくねった坂道に山奥の温泉街を思わせる古びた建物が立ち並び、異国風レストラン土産物を売る露店が面白い。どの店の看板も強烈な陽射しに灼けて色褪せ、文字を判読することすらできない。考えてみると自分の行動範囲はいつも家の正面方向ばかりだったが、裏手に回るとこんな奇妙な場所が開けているとは思いもよらなかった。どの店もいい具合に郷愁を誘う寂れた佇まいで、思わず足を踏み入れてみたくなるが、中でもひときわ巨大な水槽を置いた店が目に留まった。壁ほどもあるアクリルガラスの向こう側にいかにもグロテスクな姿をした深海魚優雅に泳ぐなか、甲冑のような金属の装甲を纏った一匹がぎこちなく浮遊していた。ナショナルジオグラフィック誌で見た板皮類を想起させる。どうやら怪我病気で上手く泳げなくなった個体を店主が素人なりに治療した結果のようだ。

隣の店は古書の露店だった。古書店といっても吹きさらしの棚に申し訳程度の数冊を並べただけで、少し寂しい気がする。おそらくもう何年も品物の出入りがないに違いない。手に取る者もおらず、風に吹かれてページをはためかせるだけの書物なんて、もはや植物の枝と変わりないではないか

←前後→

2024-02-21

濡れた傘を干す増田の折り畳み祟り小野田ます帆を沙河垂れぬ(回文

おはようございます

雨模様よ。

雨模様には雨模様どんな模様かしらね

昨日使った折り畳み傘を濡れたままだとと思って干していたけれど、

今日もまた雨で早速使ってまた濡らしてしまったわ。

これが傘の役目と知っておきながら、

なるだけ傘は使いたくないから私は手ぶらで楽チンなスタイルが好みなので、

長い傘をできるだけ持つ日以外は持たないようにしているのよ。

それに傘持って行くか行かないか否かの田舎

天気予報雨雲レーダーにらめっこしまくりまくりまくりすてぃーで、

えいや!今日は傘持って行く!って気合いとか入れたくないそこにエネルギーを使いたくないのよね。

なので、

何も考えずに鞄の中にしまっておける折り畳み傘は

雨が降ろうと降らまいとプラスマイナスで余計なこと考えなくて良いか気持ちが楽よ。

晴れ空みたいに!

でも今日は雨が降ってるけどね!

それの欠点は使ったら塗れたままの傘をまた畳んで鞄の中に入れられないよ絶対に!って槇原敬之さんの歌詞回しの節で言いたいぐらいそんなこと言わないよ絶対になんだけど、

から乾かさなくちゃいけないけれど、

それをうっかり忘れちゃうと忘れちゃうのよ。

なので、

しっかり傘は明日雨が降ろうが降らまいが考える余地もなく干すの。

折り畳み傘は乾かしてからカバンに入れることをお忘れなく!が私のテーマ

そして雨の日は靴もちょっと違うので、

いつもとヒールの高さが違っていたりするので、

そんなに気持ち問題かも知れないけど若干の靴の高さで

目線の視界の高さが微妙に違って見えるので、

背伸びしたみたいな感覚を覚えるわ。

ちょっと背高になった気分を味わえちゃう

これで車なんか乗ると

あ!今日この靴だったんだ!って気付いて若干の運転のし易さし難さってのがあるけど、

雨の日は移動はストレスなくしたいものだわ。

あとさー

雨のことで思い出したんだけど、

昨日ね浄水器カートリッジを交換したの。

使用水量のカウントがいっぱいになって使い切ったから。

そしたら浄水器の裏っかわ、

まりから浄水器を覗いたとき

浄水と源水が出てくるそれぞれのシャワーの部分がドロドロでこれ定期的に洗わなくっちゃー!って思ってドン引きしてしまったわ。

カートリッジは交換するから

終わったら窓から投げ捨てたらいいんだけど、

本体の方の源水が出る方はなかなか浄水器本体を交換するべく機会というかチャンスというか

チャンスは前髪で掴めって言うけど、

その時私は前髪をピン留めしていておでこ全開だったので

チャンスも前髪もなく

ペシンと手のひらでおでこを叩いてあちゃー!ってジェスチャーともいうポーズを取ったの。

あれってやっぱり

浄水器本体も定期的に何年か一度に買い替える方がいいのかしら?って思うけど、

一旦取り外して洗ってみるのも手段の一つの手立てと思うから

1回取り外して洗ってみるわ。

雨の日と言えども油断はできないわっ!

たまに浄水器の裏っかわを覗いて見てみることをオススメするわ。

傘をさして風に吹かれて飛びそうになったら

メリーポピンズか!ってツッコまれちゃいそうだけど、

そのぐらい子どもの時に気付かなかったこ大人になって気付くことがたくさんある、

そうよ、

この浄水器の裏側の謎を知ったように、

子どもの時とは比べものにならないほど

大人になると知りたくも無いことを知ってしまうこと多いしね。

でも大丈夫

そう言う時には

見なかったことにして蓋をしちゃえばいいのよ!

これも大人になってから修得した技ね!

でも浄水器の裏がわの秘密を知ってしまったら、

その水を使うんかーい!ってずっと心の奥底に澱んだ文字通り澱んだ水のように思ってしまうのよ。

から

浄水器を取り外して洗うことは

子どもの頃に出来なかったことなので、

大人になってからやるものなのね!って改めてそう思うし、

たまには浄水器のことも考える気持ちも昨日より今日今日より明日!っていう具合に強めた方がいいと思ったわ。

プラシーボ効果かも知れないけれど、

面倒くさいか浄水器モードを切り替えずにどーでもいーわ!って思って源水のままありのままの水で飲んだとき

なんとなく比べたら浄水した方のお水の方が美味しいと思える気持ちを私が失っていなかったから、

逆に言うと、

水で心がみずみずしいって気持ちを持ち合わせている証にもなるかも知れないし

言葉意味はよく分からなくても

とにかく凄い自信なの!

そのぐらい今日はえいや!って浄水器を取り外して洗ってみることにチャレンジする私の新しいステージ突入よ!

うふふ。


今日朝ご飯

チキンサンドしました。

お腹がぐーっと空いていい音が鳴ったので、

これはお腹ドラムが鳴った証拠よ!って

美味しく朝ご飯を食べられるからボリュームのあるものにと思ってチキンサンドにしたのよ。

チキンと茹で玉子タマゴ感がまさに

マックスになるときに美味しさの絶頂に達するわ。

美味しい!

朝もこれでご機嫌さんよ。

デトックスウォーター

ホッツ白湯ウォーラーと思ったけど、

珍しく前に書いたっけ?

大豆茶ってのを大豆なのにお茶って言ってるぐらいだからどんなものかと試してみたけど、

うーん、

香ばし大豆の炒った風味の香ばしさ

ってところかしら。

いろいろなお茶があるものよね。

そんなホッツ黒大豆茶ウォーラー

朝は身体の中から温めてレッツスターティングよ!


すいすいすいようび~

今日も頑張りましょう!

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