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2026-05-10

左翼のここがダメ

自分が常に絶対正しいと思ってる

間違ってると微塵も思わないくせに何故正しいかを問われると理由がフワッとしてる

・間違ってても謝らない

プライド分不相応に高過ぎるのもあるし

謝った人間ボコボコにしてきたのでそうなるのが怖くて謝れない

プーチンイリヤ・レメスロ日記 5月8日-5月9日

精神病院から退院したレメスロ氏(anond:20260505233557)が、かつてのトランプ・ゼレンスキー会談をダシに、今のロシアの現状を嘆いている。

https://t.me/ilya_remeslaw/11315 - 日本時間 5月8日(金) 16:59

例年通り、戦勝記念日にふさわしくない暗いニュースだ。「停戦」の現状はこうなっている。

ウクライナドローンロシア全土で数百回の攻撃を行った。再びペルミ、ヤロスラヴリ、その他石油精製所がある都市が標的となった。

また、航空管制行政庁舎にドローンが撃ち込まれたため、ロシア南部の13の空港アストラハン、ウラジカフカスヴォルゴグラード、ゲレンジーク、グロズヌイ、クラスノダールマハチカラ、マガス、ミネラーリェ・ヴォディ、ナルチク、ソチ、スタヴロポリ、エリスタ)の運航が停止された。

敵が外務省国防省の威嚇的な警告に対して、ほんの少しの恐れすら抱いておらず、ましてや敬意など微塵も払っていないことは明らかだ。西側諸国大使館キエフに留まっている。

約束を果たす能力のない相手とは、交渉は成立しない。

以前、前線の情勢が比較的良好だった頃には、取引成立に向けた好機が存在していた。トランプエルドアン、様々な欧州諸国プーチンの周りを駆け回り、一方のゼレンスキーは示威的に屈辱を与えられ、交渉へと追い込まれていた。

ホワイトハウスでのあのスキャンダラス会談で、トランプがゼレンスキーに「お前には切り札など何もない」と言ったのを覚えているだろうか?当時、私たちはどれほど喜び、今こそ我々の地政学の達人(訳注: プーチン)が素早く有利な和平を締結してくれるだろうと考えたことか。(訳注: レメスロ氏はあくまロシア愛国者であって、親ウクライナなわけではない)

しかし、その機会は取り返しのつかないほど過ぎ去ってしまった。戦争が長引けば長引くほど、我々に突きつけられる条件はより過酷になり、同時に後方への破壊も加えられることになる。

どうしてここまで台無しにできたのか? まったく理解に苦しむ。歴史上、序盤に恐ろしい軍事的過ちを犯しておきながら、勝利への不釣り合いな好機を与えられ、それを見事に台無しにしてしまうような事例は他に知らない。

まあ、彼は歴史教科書に載りたかったのだろう――そして今や間違いなく載ることになる。

https://t.me/ilya_remeslaw/11326 - 日本時間 5月9日(土) 20:10

https://t.me/ilya_remeslaw/11327 - 日本時間 5月9日(土) 20:16

— おじいちゃん大祖国戦争では何のために戦ったの?

— お前の自由のためだよ、孫よ。

https://t.me/fontankaspb/103798 (訳注: リンク先は、軍事パレードが終了するまで大通りが閉鎖され、そこに住む住民実質的外出禁止処分を受けているという内容)

その家の一つには、私の知り合いである99歳の第二次世界大戦退役軍人ボリスセルゲイヴィチ・オレホフさんが住んでいます

文字通り、全員を閉じ込めたのです。上層部を満足させるためだけに。退役軍人の誰かが薬や食料を必要としていようが、どうでもいいのです。

マルガリータ・シモニャン(訳注: ロシアの大物プロパガンディスト)は今日ヨーロッパで復活しつつあるファシズムについて何か書いていた。

しかし、そのファシズムこそ、ロシアはるかに近い存在ではないか、そう思いませんか?

https://t.me/ilya_remeslaw/11329 - 日本時間 5月9日(土) 20:36

ロシア連邦刑法第127条(不法監禁)と第286条(職権乱用)は、あるようなないようなものだ。

お前ら、不処罰のせいですっかり調子に乗ってるのか?

(訳注: レメスロ氏は弁護士ロシア検察当局の粗暴ぶりを嘆いている)

DeepL.com(無料版)で翻訳しました。太字は原文を反映しています

これまでの投稿
anond:20260321192723 プーチン氏に反旗を翻したイリヤ・レメスロ氏の告発文の翻訳
anond:20260321225918 その後の彼の投稿から、いくつか抜粋して翻訳しておきます。(すべての投稿..
anond:20260505233557プーチンイリヤ・レメスロ氏が、精神科病院から退院していた

無能コンサルさんに対する憤りが強すぎて流石に担当を変えることにした

もともとコンサルさんに微塵も期待してなかったから何のサポートも受けられないのは諦めて受け入れてたけど、更に依頼者側をイラつかせること言ってくるんだからどうしようもない

どうせ担当変えても変わんないんだろうな、本当に許せない

消えた時間と金は良い勉強代だと思って納得するか

2026-05-09

anond:20260509224621

別に禁止で良いんだけど、責任を負えないとかい理由が悪い意味日本人らしいな

なんか起きたら、「お前がそんなとこに置いてるのが悪いんだろ」って言って鼻で笑って追い出して出禁にすれば良いだけで、そもそも責任を負う必要なんて微塵もない

2026-04-30

anond:20260430143544

ワイの子小学生だけど移民の子が多くて、

日本文化微塵も尊重する気がないモンペを超えたやつらばっかで

まともな教育すら与えることができなくて悩んでる

2026-04-28

anond:20260428150117

これは話を理解してない頻出のアホ。

口頭承認でやってるのは、承認フローが無い=ガバナンス最悪ってのを微塵も理解できてない

インデックス界隈の人って

個別株に微塵も興味ないくせに個別株で大喜利してPV稼いだり交流することを主目的とするインプレゾンビになってることが結構あって、この手の人は特に有益情報を出さないので純粋邪魔なんですよね……

じゃあお前有益情報出してるのかと言われたら出してないけどもそういう話ではなく、有益情報を出してくれる人はもともとすごく希少でそういう人のツイートと巡り合うのを邪魔しないでほしいという意図なんです

2026-04-24

設定と話の大筋だけ考えて漫画描く人に個人依頼で投げてそれを同人サイト販売している人がいるらしく

先日その方法販売していた人が作品違法アップロードしたアップロード者に対して訴訟を起こし勝訴した旨のポストに「自身制作した」と書いてあってなんか違和感を感じた。なんも間違ってないし悪いこともしてないのになんだろう。

たぶん増田的には「自身原作担当し発表した作品」と言って欲しかったんだと思う。

その人の作品一覧を見てみると作画した人の名前はちょこんと概要欄に載っているだけで、コミックなどの商業誌によくある「原作:◯◯ 作画:◯◯」の表記はどこにもない。

極端な話、漫画は設定やら話だけなら5分もあれば決まるが作画は少なくとも数ヶ月は掛かる。だからと言って作画してる人が一番偉いとまでは言わないが、最近はこんな手法承認欲求を満たしてるのかと驚いた。

作品購入し内容を確認したわけではないが、重厚シナリオ漫画は描けないけどストーリーだけなら勝負できるという人にはとても見えない。

安易流行に乗っかった題材に山場もオチもないチープな作品ばかりで、作画した人へのリスペクト微塵も感じられない。

それで作者を名乗るのか……うーん。

2026-04-23

俺は今日から自己放尿をやめる。だが勘違いするな、リフレ派やケインズ派自己放尿に屈したわけではない

増田において俺は、長らく同一の形式・同一の動機投稿を繰り返してきた。

それは外部から観察すれば、供給曲線が右方にシフトし続ける、いわば自己放尿の持続的過剰供給である

しか重要なのは、その供給制度思想強制されたものではなく、あくま私的選好に基づくものであったという点だ。

 

そして今、俺はその自己放尿をやめる。

だがこれは、言論の自由に対する否定ではない。むしろ逆だ。自由発言競争的な言論市場は最大限に尊重されるべきである

多様な主体自己放尿を行い、それが淘汰されるプロセスこそが、情報価格メカニズムに相当する。

俺はその制度を歓迎しているし、他者自己放尿を規制しようなどとは微塵も考えていない。

 

問題は完全に私的領域にある。すなわち、俺の効用関数の変化だ。

かつては、増田における自己放尿から得られる限界効用は正であった。

しか時間の経過とともに、その限界効用は逓減し、ついにはほぼゼロに近づいた。

にもかかわらず慣性により供給を続ける状態、それこそが利益ゼロと習慣依存ダブル放尿である

 

この状態は非効率である。なぜなら、投入される時間という希少資源が、より高い効用を生む代替用途へと再配分されていないからだ。

価格理論的に言えば、機会費用無視であり、合理的選択からの逸脱である

 

ここで誤解してはならないのは、ケインズ派的な需要管理リフレ派的な貨幣供給拡大が、この決定に一切関与していないという点だ。

連中の貨幣供給政策介入のダブル放尿は、あくまマクロ的な議論であり、俺のミクロ選択とは独立している。

俺は連中に屈したのではない。単に、俺の主観的評価において、この活動の相対価格が変化しただけである

 

しろこれは、個人自由選択実践である。外部から強制も、集団的圧力もない。

ただ自らの効用最大化問題を再計算し、その最適解として自己放尿の停止を選んだにすぎない。

 

この決定は規範的な主張ではない。他者自己放尿をやめよと説く意図もなければ、言論市場における供給制限しようという意図もない。

しろ自由自己放尿が溢れる環境こそが健全であり、その中で各主体が自らの限界条件に従って参入・退出を選択することが望ましい。

 

俺は自己放尿をやめる。しかしそれは、思想的敗北ではなく、個人最適化帰結である

そして市場には、これからも無数の自己放尿と、時に自己放尿と他己放尿のダブル放尿が溢れ続けるだろう。それでいい。それが自由市場なのである

2026-04-21

多様性と、人権を重んじるリベラル

私は多様性が嫌いだ。

そして人間なら多様性は嫌いだと信じている。

自分の中に差別的思想はあるだろうか。私はある。

そこそこ強めの男尊女卑内面化されている。

男は強く在るべきだし、成長すべきだ。

基本責任を引き受けるべきは男で、逃げることはある一定の年齢を超えれば許されない。

不幸なことがあってもそこから立ち直るべきだろう。

甘えた態度を続ける男は、場合によっては生きる価値がないとすら思う。

一方で女は違う。

別に弱くてもいいし、幼くてもいい。決断をしたくないならそれでいいし、いい歳してその調子でもまあ悪くないだろう。

社会もそれを容認してるようだし、それを望んでいる節もある。

この人男だったら今よりニ、三段階社会的に不利な立場にいただろうなと感じる人もそこそこ見る。

それがいいのか悪いのかは分からない。

周りにいる女性のそういう様子を見る度、可哀そうだなと思う。

結構馬鹿にした話だと思うのだが、それを恥ずかしげもなく享受している感じもある。

自分で書いてて余りにも馬鹿にしているなと思うが特にこの考え方を変えるべきだとも思わない。

弱さ全開な所は可愛い

が、一方でこの思考社会開陳してはならない。

十分な能力があるにも関わらず、性別理由ギャップを作るのは本当にくだらない。

営業仕事をしていると、女性社員が出向くと客先でまともな対応をされないケースがある。

その時は、男の自分が代わりに向かう。なんてカス社会だと思う。

強い侮辱を感じるし、当の女性社員がそれを笑って話したり頼んだりしにくるのもきつい。

本当は能力があるのにこれで不当に自信を奪われて委縮するようになったら最悪だ。

その手の話は二度と起こしたくない。

から男尊女卑思想蔓延っている社会カスだ。

私の考えを堂々と言っていい世界は、今よりずっと悪い所だ。

頭に侮辱的な言葉が浮かんだら、必ず言わないようにキャンセルしている。

それがなくてならない姿だと思う。

私は幼い頃から中学生くらいまで、知的障害を持った叔母と同居してきた。

分かりやすさのため敢えてこの表現を使うが、大体犬と同じくらいの知性だ。

意味のある言葉は話せないし、所構わず大声をあげる。怒った時は手加減がないから強めの暴力が飛んでくる。

そんな叔母に対して、特に何も思わない。

当たり前に傍にいたし、そういうものだと思っている。

叔母に意思がないではない。

彼女には彼女なりの優しさがあるし、怒りや悲しみも感じている。

実家で飼っている犬のことは特に好きみたいで、楽しそうに撫でていることもある。

そんな叔母が、障害があるからという理由差別されるとやはり許せないと思う。

ある時祖母は、自分母親法事に(つまり私の曾祖母祖母叔父、叔母、母の四人で向かった。

その時障害があるやつを何故連れてきたと言われたことがあるらしい。

祖母は会をぶち壊して途中で帰ってきた。

それは正しい行為だ。少なくとも私にとっては。

一方で叔母と同じ状態他人を見ると、反射的に嫌だなと思う。

多くの障害者はやっぱり普通とは言動が違う。

ふと視界に入って、反射的にネガティブ感情が出てくることがある。

そしてそれは絶対に表に出してはならない。

障害者に向かって露骨に顔をしかめる。ヘイトを当たり前のようにぶつける。殺してしまえとすら言う。

そんな社会は嫌だ。自分感情とは別にやるべきことがあり、それを実行すべきだ。

あるべき理想社会がる。一方で、自分直感にとって最も快適な社会がある。

この二つは差が大きい。全人類、心の中に偏見があるはずだ。

そして自分想像していたより、その偏見が大きかったこともあるはずだ。

社会的に許されない、でも思わず表に出したくなるような強い衝動を伴う不快感

特別出来事理由が無くとも、なんとなくでそれは育っている。

それは正しくない感情のはずだ。

何故ならその感情に素直に従った行動は、筋が通っていなかったり、自分過去の苦しみを加害者として再演したりするからだ。

多様性に向き合うなら、そこには必ず葛藤がある。

自分は嫌だ、これを認めたくないと感じながらも、認めなくてはならないもの存在する。

これは苦しい。自分にとっての理想社会は有り得ないと認めることも、自分が思う不正義を放置することも、自分が無茶な論理押し付けようとしていたことに気が付くことも、どれも苦しい。

それでも葛藤と向き合っていくからこそ、多様性という言葉は重い。

この葛藤に、果たして何人向き合っているだろうか。

多様性を重んじる。言葉は立派だ。

この言葉実践することはとてつもなく立派な行為だ。

言行一致しているか

素直に他人排除しようとしたり、かつて排除されていた体験を用いて他人攻撃したり、そもそも苦しんでいる他人を認めず存在を無かったことにしてないだろうか。

Twitter交流があった弁護士の知人がいた。

政治人権について強い関心があったようで、パワポケ二次創作で繋がった相手だったが時折そんな話をしていた。

この前久しぶりに彼のアカウントを見に行く「女性性犯罪を行うキチガイストーカー死刑になりますように」とつぶやいていた。

https://x.com/kyoto_spiders/status/2037488161270661540?s=46

キチガイ』何故使った?

多様性という言葉が何故生まれたか

一つは、これまで見過ごされていた苦しみに気が付けるように、という願いがあったと思う。

性自認宗教国籍だけでなく沢山の困難を個人は抱える。

精神障害は、特に辛さが見えづらい。見た目には分かりやすい変化がない場合もある。

一見忘れられてしまいそうになることを繋ぎとめる。これも人権について考えるでも重要な要素のはずだ。

それを自分で表明しておきながら、あの無様な姿。

まりに情けないが彼個人だけの問題ではない。

リベラル自称する人間でそういったやつはいくらでもいる。

多様性なんてどうでもいいと言う奴は論ずるに値しない。

ただ多様性を謳いながらその実全く興味を持ててないやつ、そのことに自覚もない奴は別の醜悪さを孕んでいる。

ましてやそんな人間社会的に立派そうな立ち位置にいることもある。

下手すれば何が良いかいかすら決めようとしている。

自覚無しに人を区別する権力者など、差別主義者より性質が悪い。

それを指摘されても聞く耳を持たない

リベラル自称する人間にありがちだ。

俺はああはなりたくない。

辛くて苦しくても、俺たちは悩み続けなければならないはずだ。

その上で他人を踏みつけたとしても。

自分にある暴力性は自覚しながらやっていくべきだ。

それでもなお決意をもって踏み込む必要がある。そうでないと社会は変わらない。

私は発達障害がある。

高校生くらいまで社会常識やコミュニケーション微塵も理解できず、ずっと孤立してきた。

他人の振る舞いを観察し、ある程度型にはまれるようになってきた今で、時折とてつもない見落としがある。

仕事についてなんとかやれているのは、運よく素晴らしい友人に出会たからだ。

失敗を許容し、解決策を提示し、黙って機会をくれる人間がいたからここにいる。

彼らは多様性意識していたからこうなったのか。それは違う。

もっと根本的に、自分と言う人間を舐めずにそのままぶつかってきてくれたからだ。

今の自分にそれが出来るかは分からない。彼らほど誠実には出来ないかもしれない。

働き出してみると、自分と似たような特性を持った人間出会う。

おそらく今日までコミュニケーション様式を変えずに来た。

彼らが、社会的に尊重される時が来るだろうか。多分ないだろう。

彼らに人権はない。キモい可哀想じゃない。だからわざわざ考慮しようという人がいない。

から、共に仕事をする時はどうすれば周りが納得するのかや、どうすれば仕事が終わるかを話すようにしている。

彼らはお礼を言わないし声もはデカいまたは聞こえない。不要独り言もめちゃめちゃ多いがこちらの態度は変えない。

多分昔の自分もそうだったから。

正直彼らは不快だ。だから嫌われるんだろう。

今の社会で見られる『尊重』の枠に入ったらどうなるだろう。

障害から変わらなくていいという論理に飲み込まれ、裏でヘイトを溜めながらいつか底が抜けた時に、盛大に排除されるだろうか。そうなるくらいなら、過剰に叩かれながらも自分を変えなければと思い至る可能性がある現状の方が、まだ不幸になる人は少ないのかもしれない。

今日死ぬことと明日死ぬことのどちらが不幸かは分からない。

人権を重んじたことを言いたい方々は役に立たない。興味がないから。

結局抽象的な理想を掲げる奴らは役に立たない。

インターネットで偉そうなことを言う人間も役に立たない。

そんなことより隣にいる人間に声をかけられる人間の方がよほど社会のためになる。

嫌な奴に声をかけて、背景を知ったら嫌えなくなってくる回数が増えるほど、多様性身体の中に作られてくる。

不愉快でたまらないけれど、社会自分も、それで少しずつ良くなるのだと信じている。

弱いことは悪ではないけど弱く在り続けることは悪だ。

昔はコンテンツを見て涙を流す人のことが全く理解出来なかった。

最近泣きはしないけど、ちゃんと感動したり涙腺が刺激されたりするようになった。

嬉しい。絶対楽しめない物だと思っていたから。もっと普通になりたい。

映画を見て泣ける人は羨ましい。そこまで豊かに何かを感じる事は苦手だ。

でもいつかそうなれる気もする。

そういう部分に自分の成長を感じるし、時間が経つことでポジティブなことが増えていくと信じられる。

自分にも他人にも期待して生きていきたい。

2026-04-19

AIって謎に高く評価されるけど、俺がAI使って漫画描くのと、漫画家がAI使って漫画描くのとでは天と地の差があるからな。才能の民主化なんて微塵も感じない。

AIバブルは間違いなく崩壊する。そんなに便利なもんじゃないよ。扱える人にしか扱えない。

お前の手元にあるスマホいくらでも金稼ぐ方法あるよな?って話と同じ。

2026-04-17

anond:20260417144411

逆にレイシスト移民日本にきて、文化微塵も尊重せず、足並みも合わせない結果が

今の最大の社会問題だけどな。

2026-04-14

ワンピースが楽しくない

最近ワンピースが楽しくない。

大前提として、尾田先生へのリスペクトは今も微塵も揺らいでいない。週刊連載という過酷環境下で、30年近くジャンプ看板を背負い、第一線を走り続けている。とても人間業とは思えないし、奇跡と言っても過言ではないだろう。

それでも最近ワンピースは楽しくない。

何よりもしんどいのは、麦わらの一味の、いや一味に限らず長年愛してきた既存キャラクターたちの扱いが、目を覆いたくなるほど疎かになっていることだ。

私の心が折れたのは、巷でも物議を醸した、エルバフにおけるウソップの扱いである。

リトルガーデン編を読んで以来、ウソップがエルバフに至るまでどんな活躍を見せ、いかにして「勇敢なる海の戦士」へと成長するのか、何年も胸を躍らせて待っていた。にも関わらず実際に描かれたのは期待を裏切るような姿だった。

不評を察して慌てて差しまれたような、薄っぺらで付け焼き刃のスピーチが読みたかったわけじゃない。

私が見たかったのは、ボロボロになりながら、格上の敵に当たって砕けて、それでも知恵と勇気で辛勝をもぎ取る、あの泥臭くて憎めないウソップが成長した姿だ。

思えば、ワノ国の頃からその予兆はあったのかもしれない。

そもそもウソップは、病床の母を励ますために「海賊が来た、父ちゃんが帰って来たんだ」と嘘をつき、両親を亡くした心痛から病床に伏すことが多かったカヤのために嘘の冒険譚を語る、誰かを救うための「嘘」を吐く漢だったはずなのだ

だがワノ国では、偽薬を売る“ガマの油売り”として描かれ、その嘘を信じて父を救おうとしたおトコに対し、明確な贖罪もないまま終わってしまった。

もちろん、ウソップ含め、ワンピースキャラクター清廉潔白さや完璧さを求めているわけではない。むしろ失敗はいくらでもあっていい。ただ、それを泥臭く乗り越える過程こそが魅力だったはずだ

最近はこうした、過去の積み重ねを裏切るような描写が少なくない。そのたびに、作者への信頼が揺らいでいく。何か意図があるのかもしれない、後の展開への布石かもしれない、そう信じて待ちたい気持ちさえ、応えられることのない虚しい期待に終わってしまう。

この不信感は、ゾロバックボーンの扱いにも通じている。スリラーバークから示唆されていたリューマとの繋がりや血筋の話が、物語の深部に組み込まれことなく、最終的にSBS事務的に明かされたことには強い落胆を覚えた。

そもそも、5年という長い時間を費やしたワノ国編で、本筋に関わる大きな謎として明かされたのはプルトンの在処くらいで、それすら決戦後に数ページで処理されてしまった。ワノ国の人々がその秘密をどう語り継ぎ、どんな歴史的背景を背負ってきたのかといった部分はほとんど描かれていない。

その一方で、太陽の神ニカ、ロジャーたちがラフテルで笑った理由、オーロ・ジャクソン号の巨大な卵、ヒノキズの男、ルフィの夢の果てなど、「伏線」という名の新設定ばかりが、既存キャラ描写を押し退けるようにして際限なく追加されていく。

しかし、それら新設定を担うキャラクター世界観が、かつてのような魅力を持っているかと言われると、正直疑問が残る。伝説バーゲンセールのような状態で、かつてのロジャーに感じた底知れなさや未知への期待を超えることはない。

おでんロックスやハラルドにしても、「どれだけ凄まじい規格外の行動をしたか」という武勇伝の羅列が中心で、その行動の根源にあるはずの血の通った人間性と、その人間性に説得力を持たせるための掘り下げの描写が十分になされていないように思う。伝説伝説たらしめるための「凄さ演出」が先行しすぎていて、彼らがどれだけ活躍しても記号的な凄さ以上の印象が残らない。

エルバフ編のメインゲストキャラとも言えるロキでさえ、十分魅力的に描けているとは言い難い。彼の語りから始まったはずの回想は、突如ナレーターマイクを奪われ、ロキ自身が直接関与していないゴッドバレー編が物語の中心となった挙句ロキと彼の父ハラルドの親子物語は、まるで「おまけ」のエピローグのような扱いに成り下がっていった。

さら最近では、五老星に謁見し「ある海賊について話がある」と発言したあのシャンクス似の男の正体が、実はシャムロックであったという衝撃の事実さえもSBSで開示されてしまった。

本来であればあの場で言及された「ある海賊」が誰なのかを明かすタイミングこそが、「なぜあれはシャンクスではなかったのか」「どんな背景と意図を持った発言だったのか」が結びつく、読者にとっての答え合わせの瞬間になり得たはずだ。

それを物語の中ではなく、SBSという形で先に明かしてしまうのは、せっかく成立し得た「伏線回収」を自ら手放しているようなものだ。

最終章で尺がないから設定開示がSBS送りになるのも仕方ない」という擁護をよく耳にするが、エルバフ編冒頭で突如差しまれた「レゴの城で迷子になる」という、コラボ商品販促のようなアニオリ的「遊び」を描く余裕があるなら、できないなんてこともないはずだと、一読者たる素人は考えてしまう。これは見当違いだろうか。

新世界編後半で突如現れたイムvsニカという新設定を軸に、それらを補強するために新キャラが乱立し、既存キャラクター物語の端へ追いやられていく。追いやられるだけならまだしも、既存キャラの設定とは矛盾した、ともすると既存キャラの魅力を棄損しかねない描写が付け足されることすらある。

そして、乱立される新設定も、今の物語においては「新たな謎の匂わせ」で読者の期待感を煽るか、「設定の開示」という仮初のカタルシス演出するための舞台装置に過ぎない。

この現状では、読者が20年以上積み上げてきたキャラクターへの情熱が置き去りにされていると読者が感じるのも無理はない。

これだけの連載期間を共にしてきて、一味を含めた既存キャラの成長や関係性、バックボーンがいまだに描写不足に感じられるこの現状が、悲しくて仕方がない。

麦わらの一味はいまや事あるごとに使い回された持ちギャグと「ルフィ海賊王になる男だ」という定型句を唱えるだけのbotのような扱いで、物語の核心である空白の百年の謎からは全くの蚊帳の外だ。

大好きだったワンピースをの最新話を読むと、悔しいながらも、反転アンチ言葉に頷いてしまう。

今のワンピースは楽しくない。

2026-04-07

ミス像の目隠しは目に見えるものに騙されないとか偏見にとらわれない、みたいな説明一般的っぽいけど、微塵も納得出来なかった

いや変だろ

公正以前に、まず何も見えなきゃ裁くもんも裁けんだろ

目を塞いじゃったら見るべきもんも見えんようなるだろ

第一その手に持ってる秤だって見えやせんだろ

目を塞げば騙されません

ってそんなんもう死ねば苦しまずに済む、とか挑戦しなければ失敗もしない、とかそんなレベルちゃぶ台返しだろうが

見るべきものもそうでないものも一体に存在する危うさの中で、それでも状況をしっかりと見定めて不確かさと直面しながらも公正さを追求する事こそが理念なんじゃねえの?

メクラで剣を振るわれちゃたまったもんじゃねえだろ

と思っていたけれど、更に聞くところによれば元は目隠しなんてしていなくて、目を塞ぐ風刺画か何かがあったらしい

それは滅茶苦茶納得出来るというか、やっぱそうだよな!?と思った

それだけに何故だか意味が反転して、あまつさえ目隠しバーションがオフィシャルにも採用されたのが尚更変だろって思う

なぜ若者スタートアップに行くのか考えろオジ

スタートアップオワコンと言われる時代になぜ若者スタートアップに行くのか聞けよ我が社の採用担当オジ。

 

スタートアップに凄いやつなんて居ない、大企業の、巨額の資本が動く大規模プロジェクトを動かすという事が何か理解できず、そこで生き抜けなかった人が行く。それは間違いではないだろう。

実際、大企業で賢くやってる給料の高い奴らはスタートアップなんかに興味は微塵もなく、むしろ、よく分からないその辺のスタートアップ人間に比べたら、世の中にイノベーションを生んでいるのは奴らだろう。

転職活動でも大企業からスタートアップ簡単スタートアップから大企業に行くやつは一握りだ。大きな資本人を動かす能力の有無に差があり過ぎる。それは仕事の丁寧さや考慮を含めてだ。

 

日本市場から言って、株やSOを貰って、シリーズA~B入社じゃ数年かけてもIPOゴールで2000万程度。それ以降の入社じゃあもっと低くて、税金を考えれば意義すら感じない。

初期に入社しても株の知識がなければ、人生賭けて(笑)5000万行けば良いほうだろう。9割のスタートアップが潰れるリスク事業を見抜くセンスのない社会人烙印というリスクを背負ってだ。

創業者でも数億〜数十億の資産しか作れないと調べれば分かるこの時代に、会社員として入る意味は、スタートアップ経験したことのある俺だってもう分からない。

 

それでも目を付けていた優秀な学生が、聡明東大生達がスタートアップに取られる理由はなんだ。

それは、オジ、お前が採用の場に出ていくからだ。

 

若い人間は、(実際には若くなかろうが)外面が若々しい人間仕事がしたいだけだ。

年収イッセンマンだの、スタートアップ上場ゴールがどうのと言っているのは全部建前で、現実は甘くないと賢い学生達は知っている。

それよりも問題なのは、明らかに会社の速度がオジのありがたい話のペースで進むんだろうなというイメージが、牛10頭分くらい足を引っ張る要素だからだ。

 

オジは引っ込んで、若者を前に出せ。YouTubeチャンネルを若手にやらせろ。喋らせろ。踊らせろ。

そして、オジが学生にありがたい話をするのをやめろ。

2026-04-02

誰かがロレックスを付けている時

周りに合わせて「おぉ〜」とか「すげぇ〜」とか「かっこいい」とか言ってみるものの、内心微塵も興味がない。

身につけている物とその人は別のものだ。

それに本当のことを知っている。堅実に稼いているやつは資産証券不動産に変えていて、限りなく普通の見た目をしている。

2026-03-31

健常者とASDの違い

健常者の場合

健常者「(意図せず失礼な発言をする)」

相手ちょっと…(不機嫌になる)」

健常者(あ!相手が不機嫌になってる!俺は相手に失礼なことを言ってしまった!)

健常者「ごめんなさい!次から気をつけます!🙏」

相手「それならいいよ😊」

ASD場合

ASD「(意図せず失礼な発言をする)」

相手ちょっと…(不機嫌になる)」

ASD相手感情を汲み取れない)

ASD「(意図せず失礼な発言をする)」

相手「それいうのやめてほしいな…(かなり不機嫌になる)」

ASD「(失礼な発言を繰り返す)」

ASD「(失礼な発言を繰り返す)」

ASD「(失礼な発言を繰り返す)」

相手(ブチギレ)「おい!!!!!いい加減にしろ!!!!」

ASD!?

ASD(不機嫌さを読み取れなかったのでいきなり怒り出したと思ってる)

ASD「いきなり怒らないで💦」

相手(ブチギレ)「散々言っただろうが!!!こんなに失礼な発言を繰り返して、俺のことを嫌ってるのか!???お前とは終わりだ!!!

ASD「なんでぇーーー!俺悪くないのにーーー!!!」(俺は悪くないは俺は悪意を持って発言をしてないという意味相手が失礼だと捉えられる発言はしてないという意味

相手「こいつここまで失礼な発言して自分が嫌われてないと思ったのか!?おかしいじゃん、友人知人全員に伝えよ!」

ASDの悪行がコミュニティに広がりASD孤立コース

不意にしてしまった失礼な発言が悪いのではない…反省しないこと(反省できないこと)が悪いのである

そしてASD自分のし発言が悪いとは微塵も悪いとは思ってなく、いきなり怒られて嫌われたと思っているのである

息子がアニメばかり見てる

受験生であったが受験勉強もせずにアニメばかり見ている

働きたくないか大学は行くと言ってほぼ落ちる可能性のない大学合格してあとはまたアニメばかり見て高校卒業した

安くはない入学金と授業料は払ったが

大学に入っても勉強する様子が微塵も感じられない

親としてはとても腹立たしい

追記あり】Yotuber素潜り漁マサルの鹿狩猟動画に対する批判

文章にまとまりがないと思うので先に謝っておきます。ごめん。

素潜り漁マサルYoutuber

主に素潜り漁と魚介料理動画投稿している。

まれDIYサバイバルゲテモノ料理動画投稿している。

動画収益を元手に食品加工工場を建て、漁場の地域経済に貢献している。

そんな彼が先日、海ではなく、なんと山でサバイバルする動画投稿しはじめた。

山にこもり自給自足生活を1ヶ月間行う。

そのハイライトとして、罠で捕獲した野生の鹿にとどめを刺す動画がある。

撮影にあたり山の所有者から許可を得ている発言確認できる。

罠猟の免許を取得している発言確認できる。

思いつくことは準備したと言う印象。

ただ、鹿のとどめについての準備は杜撰だった。




動画ページにはコメントが多数寄せられている。

賛の意見はいわゆる「命の食育」的な意義。

否の意見は殺すにしても苦しめすぎだろうと言う批判









賛否の主な軸は二つある

「殺すなら苦しめるな」と「命の食育

前者については最低のスナッフムービーと化していると私は批判する。

後者については意義があると思うが、凄惨動画編集でせっかくの意義が薄れている。

閲覧者のうち批判側は苦しめるなと言っているが、擁護側は命の食育について語っている。

軸は二つあるが、混合したまま語られるか、片方だけを批判擁護している。



個人の具体的な批判点は以下


1:鹿を苦しめすぎ。

とどめ用の道具がないため、肉薄の鉄パイプで頭部を滅多打ちにしている。

初見時はこれが現実なんだと受け止めようとしたが、ぜんぜんそんなことはない。

他の狩猟動画のとどめを見てみるとほぼ2、3発の殴打で気絶させている。

なぜこんな鮮やかな手際可能なのか。

それは下調べや準備がしっかりしているから。

2:準備が杜撰すぎ。

罠猟なのに捕獲後のとどめを想定した道具を持ち込んでいない。

初狩猟なのに指導員を伴わない。

初狩猟なのに動画企画の影響で狩猟者の健康状態が著しく悪い。

免許をとっているはずなのに罠の扱いがおぼつかない。


3:動画構成が露悪的。

飛び散る鹿の血液が周辺の植物に付着する中の滅多打ち。

鹿を殺傷した後にぼこぼこに凹んだ血まみれの鉄パイプを映す。

残酷なシーンに添えて「これが現実です」と何度も言う。

私は他の狩猟動画も閲覧したが、この動画特別凄惨だった。

まり「これが現実です」では全くなかった。

苦しめた言い訳として命の食育論を持ち出しているだけに聞こえ非常に不快

あと切り落とした首を長尺で写して目に生気がないと言うのも不敬すぎる。

全体的に敬意がない。

敬意がないんだっつーの。

マジでこの動画からは鹿に対する敬意が感じられない。

敬意を払う趣旨言葉はもちろんある。でも行動としては「杜撰な準備で見切り発車された動画企画の末に大型哺乳類が不必要に痛めつけられ絶命した」だけだ。

言葉いくら飾っても行動の重みには勝てない。

見慣れない屠殺シーンだからみんなびっくりしちゃって「これが現実なんですね。貴重な動画です」とか言っちゃってるけど、命の食育と獲物の痛ぶりは別軸なんだよ。

どうせ殺すからぶっていいなんて誰も思わないだろ?


猟を勉強してきたって言うけど参考書籍ゴールデンカムイ読んできたとか言ってるし。

そんなことだから獲物固定ロープを準備しなかったり、罠の扱いきちんとできなかったりすんだよ。

参考書籍としてわざわざ読んだんじゃなくて好きで読んでた漫画参考書籍としてあげただけに思えてしまう。

ひでー。

ひどすぎる。

ムカデ人間ってホラー映画があって、マッド医者人間さらって残酷人体実験するの。

で、続編ではそれに憧れた素人医療知識なしで真似て更に凄惨事件が起きるの。

鹿の動画を見て俺はこの続編を思い出した。

知識がないまま素人が鹿を滅多打ちにするからだ。

ムカデ人間並みに残酷だって言いたいわけじゃないからな。

ムカデ人間並みに無茶で杜撰計画だって言いたいんだ。

とにかく俺は怒った。

きれたからこの日記を書いた!

こんなこと許されねーよ。

食べるために殺すのはしょうがないけど、こんな凄惨なことしておいて「これが現実です」なんて言うな!

お前の行動が特別残酷なんだよって俺は言いたい!


フェア精神のために彼の擁護点もあげる

1:彼は罠猟初経験だった

2:鹿を捕獲した日、サバイバル生活のため風邪をひいて体調がとても悪かった

3:サバイバル企画のため、道具が足りていなかった

4:サバイバル企画のため思考朦朧とするほど栄養失調になっていた


全部企画の影響。

擁護点ではあるけど納得感は全然ない。

鹿「そういうことなら私が滅多うちにされるのも納得です」とはならないだろ。



怒りによって私は狂っている。

動画存在しない悪意をわざわざ妄想で作り出している。

それと同時に、悪意は悪意ではなく、拙さから単なる過失だろうとも理解している。

わかっていてなお怒りが収まらない。

狂っているからだ。


企画するなとは言えないけど、その前に適切な指導員と練習してくれよ。

それがハードル高いのは理解する。

けど、結果としてこんな凄惨動画になっっちゃったんならお蔵入りにしなよ。

勿体無いから公開したんだろうけど、それにしたってこんな露悪的な編集をするなよ。

踏みとどまれる機会はたくさんあったはずなのに。

俺が一番腹が立ってるのはここまでの惨事を起こしておきながら、そのことに対してまったく自覚がない”フリ”をしてることだ。

意図せずに大型哺乳類をあそこまで痛ぶってしまったんだ。絶対不快感があったはずだ。

自覚絶対あるはずだ

こんなひどい狩猟動画は他にない。

ちょっと検索して他の動画見てくれよ

ぜんぜんちがうぜ?

こんな残酷な感じじゃないんだよ

同じとどめでも全然違うんだよ

失敗して痛めつけちゃったのはもうしょうがねーよ。

でもそのあと動画公開するまでに、編集してる時とか、痛めつけた感触を思い出しちゃってる時とか、踏みとどまる機会はたくさんあったはずだ。

そこを踏みとどまれなかったのはなんでだ。

それは認めたくないからだろ。自分が失敗したって。

命の食育免罪符自分正当化たかったんだろ。

これは俺の勝手妄想にすぎない。

でもお前の言う「これが現実です」は明確に違うからな?

他の狩猟者は失敗してもお前のようにスナッフムービー制作公開はしない。

お前は特別露悪的なことをしたんだよ。

その自覚を持てよ。


鹿のことをラスボスだの、ゴールデンカムイだの、とどめに対して軽薄な表現がこの動画には多い。

悪意がないのはわかる。俺だってゲームするしゴールデンカムイ読む。

そういうエンタメに触れたか表現がそうなっちゃってるんだとわかる。

でも嫌悪感はとまらねーんだ。

大型哺乳類屠殺するときにそういう表現をわざわざ選ばねーんだよ。

頭に浮かぶことはあるだろうけど、それを動画編集時にアフレコで入れないんだよ。

なぜかわかるか?

不敬だからだ。

動画編集してる時は栄養状態のいいときなんだろ?

正気を取り戻した上でこの動画を作ってYotubeに公開してることが俺はめちゃくちゃめちゃくちゃめちゃくちゃ腹立たしいんだよ。

経験不足から失敗しちゃうはしかたねーよ!そこは同情する。まあ準備不足はひどいけどさ。

でもここまで自己弁護的なスナッフムービーを公開してんじゃねええええええええええええ!!!

公開して視聴数稼ぐのはお前の自由だぜ。

でも俺は今回のお前の行動が大嫌いだ。

お前のことは好きだが、今回のお前の行動は大嫌いだ。

自覚を持て。お前は失敗した。失敗は恥じゃない。誰でも失敗する。

最悪なのはそれを「現実です」って正当化してる状況だ。

失敗に無自覚なふりして『現実』という言葉デコレーションすんな。


ちょっと話戻るけど。

動画擁護してる側は命の食育について評価してるだけで、スナッフムービー肯定してるわけではない。

自身勝手に2軸を混合して見えない悪意を見ている。

そのことに自覚を持ち反省しようと思った。

あと私がきれてるのは鹿の見た目がかわいいってのは絶対ある。

俺は俺が狂っていながらも客観性を保っていることを文章の随所で示そうとしている。

ただの技術姑息だと思う。

追記

この文章を書いた後、彼の過去の行動を調べて、2件の炎上事件を初めて知った。

同業者への執拗コラボ要求と、断られた後の攻撃的な言動からネットでの謝罪動画

SNSで知り合った女性実名写真ネット晒し、勤務先にまで押しかけて警視庁から警告を受けた件。(これは彼自身暴行被害者になっている。なにが起こったかの詳細はわからないが、女性加害者ではない)

共通点相手への想像力の圧倒的な欠如だ。

想像力のなさは彼の動画の随所から見受けられる。

見通しの甘い企画動画は山ほどある。

動力のある人間自己認知の弱さを持ったまま巨大なプラットフォームを手に入れたケースだ。

動力があるから結果は出る。

結果が出るから周囲が肯定する。

肯定されるから自己認知の弱さが修正されない。

この循環が回り続けてる。

人間相手想像力すら持てないのだ。

野生動物への想像力が持てないのも腑に落ちてしまった……

私ははこの批判文章で「自覚してないフリをやめろ」と書いた。失敗を認めろ、偽装するなって。

彼はたぶんマジで偽装してない。悪も微塵もない。怠慢でもない。

そもそもそれらを認識してない。

無自覚な「フリ」ではなく、本当に認知できていない可能性を感じる。

同業者との炎上では、相手インフルエンサーからこの特徴を指摘され激昂している。

彼にこの特徴を見出しているのは俺だけじゃ無い。

俺の怒りは的外れだった。

自覚を持て」は、そのセンサーを持たない相手には届かない。

想像力センサーが無いのは人格とは全く別の要素で、体質に近いものだ。

鹿はかわいそうだ。

それは変わらない。

ただ、これは怠惰人間引き起こした過失ではなく、共感性のない生物が起こした痛ましい自然現象だったのだと認識を改めた。

ムカデ人間の続編にも全然似てない。

ジョーズとかジュラシックパークとかエイリアンみたいな凶暴な生き物の話だ。善悪とか無い。

正直怒りはもうない。

獰猛な虎が残酷に鹿を殺したとしても「獰猛な虎だもんな。しかたなし」となるだけだ。

今回のことで私が気付けたこと。

言葉が通じる対象を、私は自分と同じ存在なんだと錯覚してしまう。

言葉が通じるだけで同じではない。

そしてそれは相手が劣ってることを意味しない。

性質が異なる別の生き物というだけだ。

しかしたらマサルだけじゃなくてみんなそれぞれ違うのかも。私が思ってる以上に。


それでもあの動画が異常だったという記録は残したい。

同じ動画を見て違和感を覚えた人が、自分感覚が間違っていなかったと確認できる場所として文章は残す。

マサルは私の想像していた存在ではなかった。

もう好きでも嫌いでもない。

あーあ。

2026-03-29

anond:20260327191922

誰が書いたっていうことの価値を奪うサービス増田なのだから著名人様がこっそり増田使ってたからといっておもてなししてもサービス側にはメリット微塵もないじゃん

たとえ大谷が使おうとトランプが使おうと皇族が使おうが等しく増田増田、そういう世界観サービスなのわかってないのかな?

運営悪口なんかより、無駄自分アイデンティティ主張する行為のほうが迷惑だし規制される可能性が高いと思ってるけどね

2026-03-27

戦争反対」の人たちに欠けてる視点

それは「自分たち戦争を起こす人間になる」と微塵も思ってないところなんだよな。

高市首相も進次郎も自民改憲内容だって戦争推進」なんてしてない。

だけれど「戦争反対」の人たちは、だんだん戦争可能になっていくと疑っている。

与党勝手悪魔化してるけど自分悪魔になるとは思っていない。

考えてみれば「戦争反対」の人たちは内乱を起こしたり、自分たちが有利になるよう

(今さんざん言われてる)外患誘致をしたりしても不思議ではない。

しばき隊のような人たちが増えまくればそんなことも起こる。

左派からしばき隊の批判はなかなか起こらないしね。)

戦争反対」の人たちは、太平洋戦争中の戦争推進庶民に似てないだろうか?


大本営の発表には一切疑いを持たず、スピーカーとなる。

 上から情報には疑いもたずリポストポスト。(なぜかこの行動を取る人が多い)

イデオロギーの違う人にとても攻撃的になる

 非国民糾弾してた人のよう

法律拡大解釈違法違法だと取り締まろうとする

 治安維持法を振りかざして摘発する特高のように。

 高市首相外患誘致罪とかひねくれ法律解釈しすぎやろ。。

思想強要

 多様性わたしたちが認めた多様性のみが多様性です!

 弱者エロ男性おっちね!みたいなのやってるよね。


とかとか。もうちょっと落ち着いていこうぜ。

2026-03-14

民事裁判事実か否かではなく、どちらの言い分が正しいかが争われる

anond:20260313232905

いつまでもこんなんで司法が暇空の住民監査請求嫌がらせであったことを事実として認めた。

とか無関係野次馬野次馬にイキり散らかすの恥ずかしすぎるので教えてあげますね。

民事裁判あくまで争ってる当事者間の話。

このケースで言えばColaboと暇空茜、その二者間でのみ適用される話。

から、この判決を持って野次馬野次馬棍棒にして殴ろうたって効力があるもんじゃないのよ。

そもそもなんでこの判決に至ったかシステムちゃん理解しよう。

民事裁判では捜査があって確実な物的証拠があっての真実事実を争うわけではないので、真実相当性と言う言葉が使われる。例えば“嫌がらせ”なんて証拠提示しようがない曖昧お気持ちが認められるのもそのため。

キモは暇空茜が真実相当性について主張する場に出席しなかった事。

これを欠席した場合、出席した側の一方的な言い分がほぼ通る。

から、Colaboに有利な判決とかでもなく、Colaboの言い分がそのまま通った結果となった。

裁判に暇空がちゃんと出席してたらどう変わってたかは知らんけども、この結果は事実かどうかとかよりColaboの『暇空茜が住民監査請求を行ったのは嫌がらせであったことが事実です』と言う言い分が通っただけ。

から、この判決無関係人間無関係なのよ。

なので同じようにColaboが他の人物誹謗中傷と訴えても、相手によってはColaboの訴えが通らなくても不思議じゃない。

特に住民監査請求住民の当然の権利であり、司法がそれ自体を悪と断じるわけがない。

どんな人物であれ平等にある権利人権と言う。この人は悪人からその権利はないなんて言うのは人権否定である

増田増田の主張に同調する人は、この点重々理解して主張しな。

ちなみに、暇空茜は、裁判に出席したら身の危険があるため欠席したと常々言ってたが、裁判からはそれが欠席のための正当な理由ではないと弾かれたんでしょう。(正当な理由としては病欠など)

まあ、妥当だと思うよ。

そんな理由ノーペナルティで許してたら誰も出席しない。

この裁判は、暇空が負けて当然でしかなかった。

追記

takahire_hatene じゃあ、colaboの言い分が正しいんでしょw頼むから法律の話をしないでほしい。「colaboが気に食わない」と言えばいいじゃない。実際問題正義病なんだから。本当に炎上が嫌なら、ネット活動自粛するべしだし。

この文のどこの何を読んだらそうなった?

colaboが気に食わないとかそんな感情的な事は微塵も書いてないし思ってもない。

暇空茜とColaboの名誉毀損裁判結果と言う事実を受けての話だよ。

炎上が嫌とかも書いてないし思ってもない。

どう言う理屈かわからないけど、書いてないことを勝手補正かけないでね。

女性向け」という言葉の裏で起きている、BLによる他ジャンル侵食

最近、一部の腐女子と呼ばれる層が、BL以外の女性向けジャンルに対して向けている「憎しみ」と「排除の論理」が、思っていた以上に深刻だと気づいてしまった。

単に「イケメン同士の恋愛が好き」というだけなら、どうぞご自由に、という話で終わる。だが、彼女たちの活動の一部は、もはや趣味の域を超えて「他ジャンル破壊」に近いものになっているのではないか

 

1. 非BL作品の変化とファンの置き去り

例えば、DLsiteなどの女性向け売り場での話だ。

元々は男女の恋愛(非BL)として人気を博し、グッズ展開までしていた音声作品シリーズがあった。それが続編で突端、濃厚なBL展開をぶっ込み、あろうことか「それを見ている女性リスナー」をダシにするような描写を加えた。

結果、既存ファンは離れ、売上は減少。

 

2. 創作における女性キャラクターへの不当な扱い

「本当はBLを書きたいが、仕事として仕方なく男女恋愛を書いている」などという作家の中には、驚くほど女性キャラ冷遇する者がいる。

女性キャラだけを執筆者私怨をぶつけるかのように悲惨な目に遭わせ、一方で男性キャラは聖域のように無傷。

あとがきでそのジャンルへの敬意を欠く発言をすれば、当然叩かれる。金のために好きでもないジャンルを汚すなら、せめてプロとして割り切るべきではないか

 

3. 乙女ゲーへの介入と矛盾した行動

特に理解に苦しむのが、男女恋愛特化の「乙女ゲーム」への要求だ。

「女主人公邪魔」「男主人公を出せ」と公然要求し、ジャンルの根幹を壊そうとする。そのくせ、最初から自分たち向けに作られているBLゲームには見向きもしない。

自分客扱いされていない場所でだけ「自分好みに変えろ」と叫びBL以外の女性向けジャンルをすべてBL化しようとする。その侵略的な姿勢には、多様性への配慮など微塵も感じられない。

 

4. 差別を盾にした論点ずらし

彼女たちの多くは、自分たちの嗜好は「表現の自由」や「マイノリティ」として守られるべきだと主張する一方で、他者表現には極めて攻撃的だ。

BL表現社会的議論されると、すぐに「男性向けのエロの方がひどい」「女性向け全体が問題だ」と他ジャンルを引き合いに出し、論点をずらす。

かつて「キモオタ」と蔑まれた層の無遠慮な振る舞いを、差別という盾を使って正当化しているようにさえ見える。

 

まとめ

彼女たちが本当に憎んでいるのは、女性のものや、女性が主役として楽しむ物語なのではないか自分投影する先が「女っぽくされた男(受け)」であることも、その自己嫌悪の裏返しに思えてならない。

BLという文化否定するつもりはないが、他ジャンル境界を壊し、均一化しようとするその姿勢は、結果として女性向けエンタメ全体の首を絞めていることに気づくべきだ。

2026-03-13

「嫁は共産党系おすすめ

結論から言う。結婚するなら「共産党系」のメンタリティを持った女が最強だ。

あ、誤解しないでほしい。政治団体の話じゃない。**「資本主義マーケティングに脳を焼かれていない女」**という意味だ。

  

うちの妻がまさにそれなんだが、控えめに言って人生難易度イージーモードになる。

  

1. 「不安産業」に課金しない

まず、彼女ブランド品やジュエリーを一切欲しがらない。

あんなのは記号を売っているだけで、原価と機能が見合っていない」と切り捨てる。流行マーケティングに対して極めて批判的で、いわゆる「バカ女」特有の軽薄さが1ミリもない。

  

かといって、最近の「意識高い系フェミ」にも冷淡だ。

「あれは流行ものプロパガンダでしょ」と一蹴し、独自リアリズムで生きている。

2. 性に対して「健やかすぎる」

特筆すべきは、彼女セックス観だ。

隠蔽的で、もったいぶった、変な「恥じらい」という名のコストがかからない。

映画コミュニストセックスお上手?』を地で行くような、あっけらかんとした開放感がある。お互いに一人の獣として相手の体を喰らうようなセックスをしている。

マンガ高校生田中先生が溶け合うようなセックスしろ説教したようなセックスだ。

  

例えるなら、改革開放前の上海公園で、男女が等身大欲望謳歌していたような、あの「健全な図太さ」だ。楽しむべきときに、全力で楽しむ。そこに資本主義的な「エロ搾取」が入り込む余地はない。

  

3. 「中受」という名のカルトからの脱却

今、多くの親が「中学受験」という名の不安産業に、なけなしの金と精神を吸い取られている。

だが、うちの妻は微塵も揺るがない。

公教育で十分。足りないなら、私たち学校学童運営に関わって、現場底上げすればいい」

  

塾に課金して外注する代わりに、彼女は自らコミュニティに食い込み、教師サポートし、学童運営を立て直す。

その「揺らぎの少なさ」を見て育った子供たちは、驚くほどメンタルが安定し、社会性も高い。

  

4. 結局、強い女がすべてを解決する

仕事もできて、家計防衛完璧

世間が「こうあるべき」と押し付けてくる幸せパッケージを、彼女は鼻で笑って踏み潰していく。

  

である俺は、この「シゴデキジャイアン」な妻に一生勝てる気がしないし、負けていることが最高に心地よい。

  

資本主義の甘い言葉に踊らされ、ブランドと塾の月謝に殺されかけているお前ら。

悪いことは言わない。

思想の強い、タフな女」**を嫁に選び、セックスを楽しみつつ、家庭を安全基地しろ

  

世界が変わるぞ。

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