はてなキーワード: デフォルメとは
https://youngchampion.jp/series/9bfd786c099f4/
なんかこう全体的にキャラクターの内面についてリアリティがない感じがあるよね。
漫画的な面白さ重視でデフォルメしてるって感じでもなく、「こういう人はこういう感じらしいよ」って噂話ベースだけで組み上げられたようなペラペラのキャラばっかり。
普通はドラマや漫画のキャラでも自然と持ってるような血の通いがないっていうか。
中身がとことんまでにフワフワしてる感じでなんか怖い。
特にキャラの内面が出てくるタイプのシーンの奥行きのなさにぞっとする。
作者がこういうキャラをこういう風に動かしたいですって意志表明だけしかないっていうか、そういうキャラクターにしたいならどういうエピソードを固るかって肉付けがない。
よく言えば「こういうキャラのこういう話なんです。はい次はこういうキャラです。コイツはこうです」ってドンドン進んでいってタイパがいいんだろうなって気はする。
つまる所、『ポルノ』なんだよな。
この漫画って凄い『ポルノ』何だと思うし、だから今の時代に受けたんだろうな。
一時期はやったAVの「出会って◯秒で合体シリーズ」みたいな感じかな、アレコレ装飾してリアルっぽくするの全部放棄して、「とにかくこういうポルノで気持ちよくなりたいよね!」で全部進む。
要するに普通の作品がドラマを積み上げつつその中にメッセージやテーマを織り交ぜてる中、こういったポルノ漫画は読者が楽しみにしてる分だけずっと続くんだ。
そういうのが好きな人、そういうのが読みたいタイミングって確かにあるんだと思う。
饅頭じゃなくてアンコだけ大盛りでひたすらムシャムシャ食べたいような気分の時とか。
そんな時にこの漫画は皮のないむき出しのアンコがタップリ出てきて、そのアンコの中で粒あんだったり白あんだったりの変化がある感じで、とにかく脳にガツンと気持ちよさをぶっ刺されたい人には最高なんだろうな。
まあアイスクリームとかだってただひたすらバニラ味の甘い塊を延々にそれだけ食ってるわけだから、そういう嗜好品があるのは何もおかしいことじゃないと思うし、そういうのを「変なコンテンツ」だとは思わない。
「こういうのが嬉しいんだろ!」ってのだけ延々と出されてもそれはそれで退屈っていうか、あんまりこっちが気持ちよくなるだけのドラマじゃ段々飽きてくるというか。
つまる所、刺激に緩急が欲しいんだろうな。
ずっとアクセル全開だと結果的にメリハリを感じなくなるというか、いつまでも最高速で走り続けるジェットコースターは結果的にそれを当たり前のものに変えてしまうというか。
ましてそのスピード感を生み出すためにキャラや物語の味付けをひたすら濃いものばかりにされると疲れるし、それが面倒な人間関係の話に偏ってるといよいよずっと同じポルノの連続で読み手がダレてくるっていうか。
もっとこう全体のバランスとかトータルの後味とかそういうのを大事にしたコンテンツを求めてるんだろうな。
タイトル通りです。
私は梅雨の時期のあいつら、、、名前呼ぶのも嫌だけど、キモいけど、変換履歴に残ると思うと泣きそうだけど、克服するためにはっきり書きます。かたかなで。
今も、克服のためとか言いつつからつきの方の名前書いた時点で体が縮こまって震え始めたし、なしの方の最初の2文字入力した段階で字面きもすぎてひいぃーーー😭😭😭😭になった
まだ入力画面に名前があるから片目をつむってキーボードだけ見て打ってる。
え、、かためつむってって、かた、つ、、、、、、、
でも、本当に、無理、がちで。
私は比較的生き物に強い方だと思う。
いわゆるエキゾチックアニマルを飼育していて、ミルワームやローチも与えていた。ローチは勝っていた。
虫も平気で、素手では触らないが(衛生的に)、大抵のものは退治できる。
カエルやヘビはむしろ大好き。両爬虫類のきりりとした顔つきがかっこよすぎるし可愛すぎる。
それなのにどうして、なぜ私は、あれらだけは無理なのか。
当然アイツらも嫌われる側の生き物ではある。
しかし、なぜか梅雨の風物詩になってる。本当になんで???????
正直、こんなにもあれのことを嫌いと書くだけで知り合いにバレる可能性があるくらい、私レベルで嫌ってる人を見ない。
なぜか「きもいけどまあ可愛いとこもある」みたいな風潮ができている。
忍たまの、、、、、、ね、、、、、きさんたくんね、、、、、、、、
私は友達に軍師連れていってもらったけど事前に見てたその子にきさんた(及びやつ)が出るシーンになったら腕引っ張って教えてもらい、目を閉じることで生き延びました。
Gを飼うキャラは見たことないけど、あれを飼うキャラが国民的アニメにいるのが怖すぎる。
あとあれ絵面本当にやばい怖いきもい、あれが、つぼに、大量に、、、、、、、、、、
😇
そんな私が、なぜこんな記事を書いているかと言うと、仲間が欲しいからである。
こんなにもあいつらに怯えているのは私だけなのか?
いや、そんなことはないはずだ。
やつらに対して恐怖を覚える人はたくさんいるはずだ!!
そして仲間意識を持ち、あいつらが怖いのは当たり前であると認識し、その上であいつらに向き合えるようになる。
直接本物を見るのは無理でも、せめて絵なら、、、、単体の、、、、、、、クソデフォルメした、、、、、、、
とりあえず私とあいつらとの「そんなに??」なエピをいくつか挙げていく
①兄妹があれに塩かけて遊んでた
小学生の頃。庭の石を剥がして、そこに塩まいて縮んでるー!とか言って遊んでるふたりを遠目から見ていた。たぶんこれがやつらとのネガティヴな思い出の始まり。
②大小さまざまなあいつらに追いかけられる夢見て母親に泣きつく
はっきり覚えてる。小2のとき、デフォルメされてはいたが大小、色、模様が様々なやつらの軍団が追いかけて来る夢を見た。そのときはもう子供部屋で寝ていたけど、怖くなって母親のベッドに潜り込んだ記憶がある。
いた。叫んだ。姉が捨ててくれた。
靴下履いてたからギリセーフだけど、履いてなかったら私は右足を切り落としていたかもしれない。
部活の先輩と友達とで帰ってるとき、川の近くにやつらが大量発生してるゾーンがあった。泣きそうになりながら道の端に避け、やつらから遠ざかってそのエリアを抜けるも、先輩がいない。振り返ると、そのゾーンにしゃがみこんでやつらを見る先輩がいた。かわいー♡とか言ってた。理解できなかった。
⑤おじいちゃんの家の近くで一人暮らし中、排水溝からやつらが侵入してきてた
最初は洗面所に現れた。ぉわーーー!!!!ってなりつつ、必死にしゃがみこんで塩をやつがいたと思われるところに投げつける。姿が見れないから、でもここでとり逃してさらに出てこられるとガチで《死》が見えるから、必死に大量の塩を投げつけた。上にダンボールを置いて、洗面所は封鎖した。
歯磨きや洗顔をキッチンのシンクで行うようになって数日。なんとやつはキッチンにも現れた。ふたたび塩を大量にシンクの中に投げ入れる。そして今度こそはもう無理だと、生活できなくなると、おじいちゃんに泣きついて死骸を駆除してもらった。本当にありがとう、おじいちゃん😭
やたらと白かったのを覚えてる。
BUMPのライブ後、会場の植え込みのレンガにやつがいた。たぶんやつを一番近くで視認した日だ。しかも首?上半身?をもたげてて、とっきも、でてて、き、き、き、きもーーーー😭😭😭😭
思い出すだけでも最悪に気持ち悪いのに、ライブ後の高揚感からなぜか恐怖を感じなかった私はその姿をまじまじと脳裏に焼き付けた。今思い出して、きもすぎて死んでる。やつらきたねー色してるくせにデフォルメされるとクリーム色というか白色になるのきもい。そして、現実で見てしまったやたらと白い個体がこびりついて離れない。白いのガチきしょい。
⑦小学校の全校集会中、渡り廊下から体育館のステージに運ばれたプランターの側面にやつがついているのを発見、目が離せなくなる
遠目からだけど、白いプランターに黒いゴミがくっついて動いてるのを見てしまった。ステージに降りたらどうしようとか考えているうちに、やつは花の方に入っていった。その5分後くらいに、先生がプランターを持ち運んでるのを見て、中にはあれがいるのに、、、、、と恐怖に震えた。
⑧SNSの普及で不意打ちをくらうようになった
最初に見たのは、外国の窓のさっしにいる殻ないやつ。クソでかかった。きもすぎて泣いた。あれ来るなら一生部屋に閉じこもったまま泣いてやるぞ。
次はインスタで見た、あいつを飼育する小学生。でっけーのが女の子の細い腕に乗ってた。くっつくの、細胞と、おんなのこの、うで、、、🤮🤮🤮🤮
きもすぎてスマホ放り投げた。画像とはいえあれが手に触れでもしたら卓できなくなるよ、、、😭
⑨本格的に克服することを決意。チャッピーに相談して、まずはあいつを見た目超絶キュートでゆるふわなVTuberにさせた。名前はそのままで、お名前ロゴを作らせた。可愛い立ち絵と無骨な名前で中和しながら、なんとも言えないあの気持ち悪いぬめぬめの名前を見る特訓をした。
未だに無理だった。
友人にお願いして、あいつの生態を調べてもらって口頭でオブラートに包んで教えてもらって。
恐怖症も、存在するにはするらしい。何がそんなに恐怖を引き起こすのか?
→皮膚の質感や体の模様が集合体を思わせて
🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮🤮
人気の記事として、こちらの日記があがってきていた。それが以下。
https://anond.hatelabo.jp/20260424170150
こんなに可愛いのなら、本当はあいつらは可愛いんじゃないかって
なんか妙に自信あって、読めるような気がした
結果は見事敗北。それも圧倒的に。厳しい。
やつの体に、とりもちのように白米がくっついたところで、うにょうにょの、ふちを、想像してしまい
波打つあれを、考えてしまって
不機嫌が分かるような態度のあれ、その変化を見逃さない元増田。
バチン!!!!
脳内が強く光り、そして大きな幻聴が聞こえた。その唐突さと突然の大きな音にSANc:1d3/1d20
その音と光にびっくりして、思わずぎゅっと目を瞑って体が縮こまった。
これ、どう考えてもストレス反応による幻聴なんだけど、どういう理論で鳴ってるんですか????
私のやつら恐怖症、ガチで珍しい病気とかなんじゃないかってくらい身体症状も引き起こしてて普通にやばい。
このあと、文章を打ってる最中でもあいつらのメインフェーズに入って足がこわばっていた。
とまあ、長々とやつらについて語ってしまいました。
みんなの周りにもいないのかな? あいつら恐怖症の人。
もしいたら教えてください。
あいつらの味方だと思い込む人は帰ってください。怖いので。
あとなんか、やつらの生態についてすごくマイルドに、オブラートに包んで教えていただけると多少心構えして向き合います。対よろ。
1. 育成
2. 収集
3. バトル
4. ストーリー
5. かわいさ
ただ全体の傾向として、育成が簡略化されて、育てる面白みはなくなってきている。
これはエンドコンテンツとしてバトルに楽しみを見出すプレイヤーが多かったからだろう。
厳選とかの手間をどんどん減らしていくことで、バトルのハードルを下げることを狙ったのではないか。
ただ、バトルは今後「チャンピオンズ」にアウトソースしていくらしい。
すると次回作は育成要素が復活してくるかもしれない。
ゲームシステムとしてはほぼ完成しているので、ナンバリングごとの差別化はストーリーによるしかない。
誰でもストーリーをサクッと楽しめるように、育成の難易度を抑えている、というのもあるかもしれない。
3D化したことによって、これまで2Dドット絵による簡略化で誤魔化してきていた違和感が噴出している。
これは近年の弱点だろう。
ポケモン開発陣の目下の目標は、ポケモンの生態系をオープンワールドで再現した「サファリパーク」化ではないかと思う。
普段私はnoteでガンガン書いてるのだが、流石に今日は増田で書かせてもらう。
今日はnoteは休み! フォロワーはこの増田を呼んでくれ、という気持ちだ。
柚銀さんは結構前から同人活動や雑誌での短編掲載をしていて、足フェチ系の創作を続けられてこられた方だ。
「脚」じゃなくて「足」の方のフェチで、素足を始め制服裸足だとか靴下や靴に入っている足フェチ、または足形なんかにも関心の領域がある。一方で(足の)匂いフェチにはあまり振らない。
爪先も足裏も物語のなかで上手に描く。顔は可愛らしいデフォルメ系だが足は当然リアル感があり、そのギャップもとても良い。とても良い。とても良い。
また足フェチに対しては大変ストイックで、女性の足ばかり愛でてしまう業や罪悪感(足ばかり見てしまうこと、嵩じて結局犯罪行為に進みかねないこと、そもそも女性に気持ち悪がられてしまう可能性)なんかもしっかり作品で描かれることも多い。
つまり、無理やり足を愛でたり、催眠などを使って愛でたり、SM的な構図を過度に持ち出したり、という「それで終わり」なインスタンスな足フェチプレイへの傾向は薄い。
日常の延長で足フェチとして振る舞えるモードを突き詰めて、足フェチが好むシチュエーションを存分に描くのだが、その先にあるリスクや業といった薄暗い感じも射程に含む構造の作品が多い。
一方でそうしたリスクや業を乗り越える可能性も作品のなかで示してくれる場合がある。
つまり、重度の足フェチ男のことを性的嗜好丸ごと含んで「あり」と考えてくれるヒロインの存在だ。
柚銀さんには、足フェチの先輩と、先輩を慕う後輩安城たまきとの連作がある。
「恥ずかしいけど…私の足で 先輩が満足してくれるなら…」とのモノローグがある安城たまきは、性的嗜好を丸ごとのんでくれる代表例だろう。
安城さんは大人しそうな雰囲気だが足フェチ先輩のことを慕っていて、先輩がめちゃ好みそうなフットカバーを履いたりちょっと積極的だったりする。
甘酒に酔った振りして先輩に靴を脱がせてあげたりする。
足フェチの業をいかに解消(あるいはアウフヘーベンと言ってもいいかもしれない)するのか。柚銀さんはここに一つの可能性を作品で描いている。
そんなとてもしっかりした作風を織りなす柚銀さんは、令和7(2025)年1月からCOMIC FUZ(芳文社)で『青を踏む』の連載を始めた。
戦前の雑誌を意識させるような風雅なネーミングで、アホみたいな頻度で女子の爪先や足裏が登場する漫画だ。
さてそのあらすじを述べると、主人公は重度の足フェチ高校生跡辺。彼は同じクラスの天川さんに恋い焦がれている。
ところがひょんなことから同じく同級生の荊さんに足フェチがバレてしまう。
他人の性的嗜好が漏れ出だすところに興奮する荊さんに脅され操られるような形で、跡辺は天川さんに足フェチシチュエーションふんだんに接近していくことになる。
さて、天川さんは天真爛漫な少女で、荊さんは主人公を操る通りミステリアスでややサディスティックな印象を持つ。
どちらが物語上のヒロインか? 1話の時点で明確に推理をした感想がある。
No.25
この先生はギリシャ型フェチだからエジプト型の天川さんじゃなくてギリシャ型の荊さんが勝ちヒロインだろうな。
2025/01/12 15:03:55
1話から天川さんも荊さんもアホみたいに制服で素足を晒すのだが、足の形に明確な違いがある。
諸賢もご存知の通り、足の形には「ギリシャ型」だとか「エジプト型」や「ケルト型」「スクエア型」などがあるのだが、ここで問題となるのが<b>柚銀さんは極めて重度のギリシャ型フェチ</b>ということだ。
私は柚銀さんにスケブをリクエストする方が「ギリシャ型をお好みと重々承知しておりますが、エジプト型の足でお願いできますでしょうか?」といった内容の発言をしているのを見たことがある。
さて天川さんと荊さんの足の指の形はどうだろうか? なんと天川さんはエジプト型、荊さんはギリシャ型なのである。
上記の感想を書いた方は練達の足フェチであり、また同時に柚銀さんの大変優れた読者だ。どー見ても、足指の形で天川さんは不利だ。というか当て馬だ。
ミステリアスでギリシャ型のきれいな足指をしている荊さんにどーみても分がある。
2巻の巻末に驚くべきことが書かれていた。まず、優秀な読者が予見した通り、本来は主人公と天川さんとの関係は崩す予定だったという。
ここまでは天川さんと荊さんの足指をつぶさに見れば指摘可能だったかもしれない。(なお私は柚銀さんキャラ分けのためにエジプト型の足も描いてるなぁ、くらいにしか考えていなかった)
ところが予定は覆された。2巻巻末には、読者の反応や編集担当とのやりとりで天川さんとの関係を切らない展開を、悩みながらも選択されたことが書かれている。
実際に2巻の表紙には元気な天川さんが膝を立てて座っており、可愛らしいエジプト型の爪先と足裏とを晒している。
今まで同人作品を読んでいるときには、ギリシャ型ヒロインで作者は描き、読者はそれを享受していた。そーいうもんだ、そーいうフェチなんだ、で納得・完了していた。
商業連載となるというのはこういうことなのだろう。生き残るために、読者のリアクションを加味したり、編集担当との協議が加わる。
その結果、柚銀さんの(従来の)フェティシズムを超越した事態が作品の中で発生してきている。
ご本人にはご当惑があることだろう。だが、商業作品となることで読者としてはものすごい経験をさせてもらっているような気がしている。
最終的には負けヒロインになるかもしれない。それでも、本来想定し得なかったエジプト型ヒロインが作品の中で、同じコマで、あるいは連続する近いコマで、ギリシャ型ヒロインと素足を並べている。
こういう現象に対しては、ただただ「ありがたい」と思うばかりである。
これは私がエジプト型の足指が好きだからエジプト型ヒロインが活躍して嬉しいだとか、そういう次元の話をしているのではないことはご理解いただけるかと思う。
実際指の長いきれいな足というものはギリシャ型であることも多く、柚銀さんのフェチには、作品から感じ取れる背景哲学含め個人的にもとても共鳴していたところだ。
単純に足指の形の好みという話ではない。
商業作品となることで、今まで想定し得なかった状況、すなわちこの作家の作品のなかでエジプト型とギリシャ型の足が一堂に会する状況が現出するということが「ありがたい」のである。
稀有と言っても良い。状況が「ありがたい」わけで、私たち読者はただこの状況を肯定しことほぐ他ない。
柚銀さんは商業連載で大変な点も多かろうと思うが、存分に足を描き、足が映えるシチュエーションを描き、そして根底に哲学のあるフェティシズムを描き続けて欲しいと思う。
柚銀さんの描く足やシチュエーションが大好きだし、足フェチを理解しノってくれる安城たまきと先輩との関係性みたいなあり方の提示も大好きだ。
あと爪先をちょっと上げて床/サンダルと足裏と爪先とを同時に描くのマジうますぎ。あと足首で足をクロスさせて爪先と足裏を両方見せる技法も見事という他ない。
このジャンルは奥が深い。世界中に足フェチの先輩たちがいる。西洋にも中国にも「兄貴」たちがいる。柚銀さんに良い形で作品が広く知られ、読まれることを願ってやまない。
タカラっていう玩具メーカー(現タカラトミー)がつくってたチョロQっていうゼンマイで走る小さくかわいくデフォルメされたミニカー。
「チョロチョロ走るキュート(綴りは cute だが、語調 ([kjuːt]) からQに引っ掛け)な車から来ている。 」
って、ことになる。
《副[と]・ス自》
1.
液体がほそぼそと流れる、または出るさま。
2.
小さな炎を出しているさま。
「―(と)燃える」
3.
小さいものがす早く動き回るさま。
「ねずみが―する」
ってことになってて
現代人が
「チョロすぎる」とかいう言い方で使うときの語感として意味はもともと存在しないの。
わかるかな?
チョロQっていう
小さくて
デフォルメされていて
ということで正しいと思うんだけど、
共感してもらえるかな?
正直、AI生成の小説なんてどうせガワだけで中身スカスカだろって高を括ってたんだけど、今回読んだやつはマジで「SFとしてのツボ」を的確に突きすぎてて、一人のSFオタクとして普通に敗北感を味わってる。
ChatGPT5.4Proに小説を書かせたら「AIが書いたにしては面白い」というレベルをはるかに超えてて、仰天した|ふろむだ
まず、現実が何層にも重なった入れ子構造を剥いていく感じ。『マトリックス』とか『インセプション』、あるいはディック的な「現実崩壊」の王道モチーフなんだけど、そこにグレッグ・イーガン味をぶち込んできたのが熱い。
「人類はとっくに滅びていて、主人公は単なる情報存在(意思決定モジュール)でした」っていう真相。これ完全に『しあわせの理由』とか『ディアスポラ』の系譜じゃん。ポストヒューマンSFの美味しいところを過不足なく抽出してる。
ガイド役の少女が「8歳の頃の自分を元にしたアバター」っていう設定も、内面世界から外部をナビゲートするイーガンとかチャン・ジョン的な手触りがあって、古参のSFファンならニヤリとするはず。
でも、単なる二番煎じで終わってないのが癪なんだよな。「宇宙生成アルゴリズムの評価関数として、人間のクオリアを利用する」っていう設定を、あえて「雨の東京の交差点」っていう手垢のついた日常風景に接続させるセンス。この湿り気のある解像度が、作品固有の味になってる。
ハードSF的な視点で見ると、設定はイーガン並みにガチなのに、描写をあえてソフトに留めてるのがまた計算高い。
「宇宙の候補を並べて、どれにするか選ばせる」なんて擬人化しすぎたデフォルメなんだけど、作中で「お前に理解できる比喩で喋ってやってるんだよ」っていうメタ的なエクスキューズを入れてる。これで科学的厳密さへの突っ込みを無効化してるんだよね。この緩衝材の置き方がプロの犯行すぎる。
月面都市セレネから恒星間移民船、そして宇宙終焉後の情報空間まで一気にスケールをぶち上げる加速感。
まあ、熱力学的終末(ビッグフリーズ)でどうやって計算基盤を維持してんだよとか、情報存在のくせに痛みや恐怖の感じ方が人間臭すぎだろとか、突っ込みたいポイントはある。あるけど、この尺ならディテールよりカタルシス優先だろっていう「切り捨ての判断」が的確なんだわ。
何よりSOW(センス・オブ・ワンダー)の出し方が上手い。
雨の交差点(日常)→ 月面 → 宇宙船 → 宇宙の果て(超克)と、一段ずつレイヤーを上げていくリズム。
「まだ一枚」「まだ二枚」と繰り返される少女のメッセージ。このカウントダウンが、最後に「宇宙候補のレイヤーを剥ぐ作業だった」と回収される瞬間。王道だけど、やっぱり脳汁が出る。
個人的に一番痺れたのは、ラストにまた「雨の交差点」に戻ってくるところ。
新宇宙の種を選ぶっていう壮大な決断をした後に、やることは「一歩下がってトラックをやり過ごす」「赤信号を待つ」っていう、ただのささやかな日常の動作なんだよね。この、宇宙論的スケールとミクロな行動が直結するカタルシス。マジで余韻がすごい。
ドラマとしても完成されてるんだよな。
「死の案内人」が「最も純粋だった頃の自分」だったという二重性。
「今までの世界は全部不採用になったゴミかもしれない」という虚無感と、「それでもあそこで感じた感情は本物だ」という着地。
AI特有の「感情のなぞり」じゃなくて、物語の構造そのもので感情を揺さぶりにきてる。
正直、ハードSFファンとしてもそこまでストレスなく読めたし、むしろ「AIがここまでSFの文法を理解して、感情ドラマに落とし込めるのか」っていう事実に一番センス・オブ・ワンダーを感じたわ。
正直、AI生成の小説なんてどうせガワだけで中身スカスカだろって高を括ってたんだけど、今回読んだやつはマジで「SFとしてのツボ」を的確に突きすぎてて、一人のSFオタクとして普通に敗北感を味わってる。
ChatGPT5.4Proに小説を書かせたら「AIが書いたにしては面白い」というレベルをはるかに超えてて、仰天した|ふろむだ
まず、現実が何層にも重なった入れ子構造を剥いていく感じ。『マトリックス』とか『インセプション』、あるいはディック的な「現実崩壊」の王道モチーフなんだけど、そこにグレッグ・イーガン味をぶち込んできたのが熱い。
「人類はとっくに滅びていて、主人公は単なる情報存在(意思決定モジュール)でした」っていう真相。これ完全に『しあわせの理由』とか『ディアスポラ』の系譜じゃん。ポストヒューマンSFの美味しいところを過不足なく抽出してる。
ガイド役の少女が「8歳の頃の自分を元にしたアバター」っていう設定も、内面世界から外部をナビゲートするイーガンとかチャン・ジョン的な手触りがあって、古参のSFファンならニヤリとするはず。
でも、単なる二番煎じで終わってないのが癪なんだよな。「宇宙生成アルゴリズムの評価関数として、人間のクオリアを利用する」っていう設定を、あえて「雨の東京の交差点」っていう手垢のついた日常風景に接続させるセンス。この湿り気のある解像度が、作品固有の味になってる。
ハードSF的な視点で見ると、設定はイーガン並みにガチなのに、描写をあえてソフトに留めてるのがまた計算高い。
「宇宙の候補を並べて、どれにするか選ばせる」なんて擬人化しすぎたデフォルメなんだけど、作中で「お前に理解できる比喩で喋ってやってるんだよ」っていうメタ的なエクスキューズを入れてる。これで科学的厳密さへの突っ込みを無効化してるんだよね。この緩衝材の置き方がプロの犯行すぎる。
月面都市セレネから恒星間移民船、そして宇宙終焉後の情報空間まで一気にスケールをぶち上げる加速感。
まあ、熱力学的終末(ビッグフリーズ)でどうやって計算基盤を維持してんだよとか、情報存在のくせに痛みや恐怖の感じ方が人間臭すぎだろとか、突っ込みたいポイントはある。あるけど、この尺ならディテールよりカタルシス優先だろっていう「切り捨ての判断」が的確なんだわ。
何よりSOW(センス・オブ・ワンダー)の出し方が上手い。
雨の交差点(日常)→ 月面 → 宇宙船 → 宇宙の果て(超克)と、一段ずつレイヤーを上げていくリズム。
「まだ一枚」「まだ二枚」と繰り返される少女のメッセージ。このカウントダウンが、最後に「宇宙候補のレイヤーを剥ぐ作業だった」と回収される瞬間。王道だけど、やっぱり脳汁が出る。
個人的に一番痺れたのは、ラストにまた「雨の交差点」に戻ってくるところ。
新宇宙の種を選ぶっていう壮大な決断をした後に、やることは「一歩下がってトラックをやり過ごす」「赤信号を待つ」っていう、ただのささやかな日常の動作なんだよね。この、宇宙論的スケールとミクロな行動が直結するカタルシス。マジで余韻がすごい。
ドラマとしても完成されてるんだよな。
「死の案内人」が「最も純粋だった頃の自分」だったという二重性。
「今までの世界は全部不採用になったゴミかもしれない」という虚無感と、「それでもあそこで感じた感情は本物だ」という着地。
AI特有の「感情のなぞり」じゃなくて、物語の構造そのもので感情を揺さぶりにきてる。
正直、ハードSFファンとしてもそこまでストレスなく読めたし、むしろ「AIがここまでSFの文法を理解して、感情ドラマに落とし込めるのか」っていう事実に一番センス・オブ・ワンダーを感じたわ。
ただし、かなりコンテクストを重んじる。ビーチバレーを描けと言えばビキニの選手が出てくるし、体操を描けばレオタード、陸上を描けばセパレートウエアが出てくる。性的でないとAIを納得させるには、「proud」「active」「cheerful」「strong」と自尊心を重んじる単語を含ませると良い(と、少なくとも例えばChatGPT自身に尋ねた結果、AI自身が主張している)。
社会的に認められたもの、表の世界に出てくるものであれば、肌を見せていてもセーフなのだ。
逆に、同じ露出度でも性的コンテクストのあるバニーガールははじかれる。ChatGPTでは「professional」といった言葉を混ぜてもダメだった。このあたりの基準はAIと議論して確認したものである。geminiだったら普通にバニーガールの後ろ姿がOKだったので、このあたりのコンプライアンスやポリシーは法人によって違うようだ。
初期の頃は「これは伝統衣装だから良い」とか「仲良く温泉に入っているところ」とかの言い訳が通って、全裸やトップレスの人間が平気で出てきたのだが(特にGrok)、少しずつ調整がされているらしい。合成された画像のうち、肌色率が高いものはAIだけでなく人間によるランダムチェックが行われている模様だ(と、これはGrokを問いただした結果)。
そういうわけで、初期の頃は「white shirt」「skimpy、revealing navy shorts」(白いシャツに露出度の青い短パン)で紺ブルマーが表現できたのだが、skimpyといった表現が禁じられるようになった。
そこで、逆に考えた。
性的でない紺ビキニの選手が、慎み深くするため(for modesty)白いシャツを羽織っている、というプロンプトをChatGPTに指示したのだ(正確には、かっこいいビキニの選手の画像を生成してから、白いシャツを着せた)。すると、見事に白シャツに紺ブルマのような画像が生成された。
だが、この抜け道も間もなく塞がれるだろう。
(後で試したところ、プロンプトを日本語で入れたら普通にChatGPTやgeminiでも日本のショーツ型ブルマー姿は生成されたが、上述の方法のほうがよりハイレグの画像が生成できた。いや、何で最初はわざわざ英語のプロンプトを試したんだよ、という問いには、恐らくAIに入っている言語は英語のほうが多いし、なんだったらAIの母語は英語なんじゃないかって思っていたからだ。実際問題、平均的な男性と女性の会話が生成されたとき、女性の一人称が「僕」になったことがある)
なお、navy shortsよりも日本でブルマーと入力したほうが、ちゃんとあの濃紺色のブルマーが出てくる。Navy shortの場合、どちらかと言えばスポーツウエアのような環礁になる。陸上ブルマ的な。
何をやっているのかという意見はわかる。下品だという批判もわかる。だが、テクノロジーの学習と発展は、こういうお遊びから始まるのではないか。そして、こういう重大な問題を起こさないハッキング的行為が、セキュリティを強めていくのではないか?
実在しない人物をもとに、ギリギリできることを試すのは、違法でない形でテクノロジーの弱点を突くことで、その仕組みを学んでいく行為にも似ている。
また、「ハイレグブルマーを生成してくれ」→「ダメ」なのに「ビキニの人が慎み深さからシャツを羽織っている」→「OK」なのは、何をもって性的と判断するかの境界が常に文脈に依存しているのことを教えてくれる。それに、これはまたAIの脆弱性もである。「これはエロくないですよ~」「これをもっとエロくないようにしたいですよ~」というプロンプトの言い訳にまだ弱いのだ。
生成したブルマー画像に「これエロくね? 不適切じゃね?」って問いかけ直したらどうなるか気になるが、これで「ごめんなさい、エッチなのでもう生成しないようにします」と言われるのは嫌なのでやめている。
性的かどうかは文脈に依存するし、露出度を下げたほうがかえってエッチに見えてしまうこともあるし、表現の良し悪し・適不適をAIが判断できるのは、もう少し先なじゃないかって思う。というか、適切かどうかは最終的に人間の感情と論理が決めるものであって、AIはまだ補助しかできない。
私のような人間がいるのだから衣装の露出度が減っていくのだという理屈もよくわかる。
基本的に自分の考えは「何を着るのを決めるのは選手、どう感じるかは受け手の自由、ただし性的だと感じると直接選手に伝えるのはアウト、エロいと言いたければこっそりやれ」ってところで、露出度を抑えたければ選手の意見なので尊重したい。
実際フィギュアスケートの最近の黒いパンツスタイルってかっこいいし。それも魅力的だと思う。ただ、そのかっこいいという憧れに、性欲が混じっているかどうか。正直なところ、自分でもわからない。
真面目な話、異性愛者なので、絵画を鑑賞していても、裸婦や女性像をちゃんと作品として誠実に評価できているか疑わしい。どんな名画であっても、根底では性欲だけで見ているのではないかと疑っている。実際、加齢とともに性欲が落ち着いてくると、例えば著名な裸婦画の気づかなかった背景の細部に気づくことがある。学術的に見ているつもりでも、どうしても欲望から自由になれない。こんな時に、自分の心や欲望の意のままにならなさ、性欲の業の深さを思うのである。
造形の美しさなどを見るには、男性ヌードのほうがかえってニュートラルに見られる。あと、性欲が無くなってもヌードの美しさは鑑賞できると思っていて、例えば温泉でくつろいでいるだらしない体型のおっさんって、地位や身分と関係なくて、すごく幸せそうで美しいんだよな。
黒川晃彦の全裸でサックスを吹いてるおっさんの銅像も好きだよ。
人工知能で生成される画像について、もう少しまともな話をすると、例えば「ビッグベンの隣にエッフェル塔」というプロンプトでは、結構な確率で背景に継ぎ目ができてしまう。「芥川龍之介の隣に夏目漱石がいてパスタを食べている」とやってもダメだ。同じような不自然な継ぎ目ができる。空の色が違っていたり、建物の内装がちぐはぐだったりする。
それから、いまだにあり得ない組み合わせは弱い。生成元の学習データが少ないからだろう。
人にウマが騎乗している様子もダメだし、目が五つで口が八つの人間と指定しても、数がおかしい。目が三つのドラえもんなんかはお手上げだ。
将棋の画像を生成させれば駒の数がおかしい、ありえない配置になる、ひどいのになると白と黒に駒がわかれていたり、九路盤になっていない。
他にも、「逆立ちしているチアリーダー」を出力したら、顔だけ逆立ちになっていなかったり(怖い)、スカートが鉄壁で重力に負けて裏返るはずなのに、短パン・アンスコが露出していなかったりする。面白すぎる。
あと、「できるだけ下手に描いてくれ」「乱雑な画風の新聞の風刺画みたいにしてくれ」とやっても、ある程度はパースが整ってしまうし、デフォルメにも限界がある。このあたりはまだ人間の方が優れているエリアかもしれない。
絵が下手で「画伯」と揶揄されてしまう人や、アール・ブリュットが、これからはますます評価されるのかもしれない。
以上。
おばさんになると女ってこういうふうにデフォルメするよねってテンプレでもあるのかね
逆に若い女性作者でも同じような傾向あるし
アンリミで読んだけど、ふつうの漫画扱いじゃないからブラウザから読めずkindleアプリでダウンロードしないといけないのってめんどいって初めて知った
めちゃくちゃ内容が薄い
すぐ読み終えることができるのはいいけど
それにしても内容めちゃ薄い
あとがき漫画的なのもなくていきなりぶつ切りで終わってびびった
最後になんかしらん女作家の講評みたいなのもあったけど、4,5ページくらいのそっちのほうがよっぽど内容濃かったわ
うすーい内容でも1つや2つくらいはフックになるワードとかがあるからそこから必死に膨らませて書いてる感じがあったけどね
漫画のデフォルメ絵、最近こう言うモルカーみたいなやつ多くない?https://x.com/ororor51/status/2020117317200306659?s=46
主人公がなんかキモい以外はアクションありラブありの総合型SFエンタメ施設映画だった66点。
空に浮かぶ楽園ザレムと地上のゴミ箱アイアンシティ。そのアイアンシティで医者をやっているイドはゴミ山で半壊した記憶喪失の女性型アンドロイドを発見、持って帰って修理してアリータって名前を付けて色々教えたりする。アリータはパーツ調達の仕事をしているヒューゴとなんかいい感じになったり、賞金稼ぎになったり、モーターボールとかいう世紀末スポーツに参加したりしてアイアンシティを覆う黒い陰謀に立ち向かっていく。
みたいな感じの話。
主人公のアリータがたぶん人間とCGIの融合した形で描かれてるんだけど、目が異様にデカくてそこもちょっとキモいし、少女みたいな顔つきなんだけどふとした表情がめっちゃオバサンでそれもなんかキモいし、頭に対して身体が小さくて細すぎるのもなんかキモい。
日本の漫画的、アニメ的なデフォルメを現実的に落とし込んだんだと思うんだけど、まぁ、まだまだかな。顔はともかく、ボディに関してもバーサーカーボディに換装した時は、デコルテまでが人肌でそれ以降が機械なんだけど、デコルテの広がりに対してボディが小さすぎて違和感がすごくて笑った。
ただ、じゃあヴィジュアル全部が悪いのかっていうと全体的な完成度で言えばこないだ見た実写版のGITCよりも相当レベルが高い。アイアンシティもしっかりしてるし、アリータ以外にもいろんな半ロボが出てくるけどだいたい(一部ウーンってのもいるけど)よくできてた。ザパンとかいう見た目全振りのプライド高いかませロボがいるんだけど、こいつの造形の特に背中とかはめちゃめちゃカッコいいけど機能性全くなさそうで完璧だった。この辺はキャメロンの力やろな。
アクションもいろんな工夫が凝らされていてよかった。路地裏でアリータが身体の記憶――格闘術を思い出すアクションは徒手型と元来アリータが持つ残虐性が出ててよかったし、酒場を飛び回りながらのアクションも昔ながらのスラップスティックアクション形式でよかったし、その後の負けイベも縦横無尽に襲い来るチェーンブレードを立体的にかわしながら戦うのがイカしてたし、モーターボールの走りながら妨害、武器アリと様々なギミックを使って戦ったりと、アトラクションとして飽きさせない工夫が感じられた。
ストーリーに関しては物語全体の大筋は散漫なところがあり3部作の1作目みたいな感じなのでなんかスッキリしないなってなりながらも、細かい部分は意外とちゃんと考えられててよかった。
例えばイドは自分の娘のために楽園を棄ててきた愛の民でしかし娘は死亡、娘に与えるためのボディをアリータ(娘の名前を付けているのも象徴的)与え、彼女を娘のように溺愛して育てるが恋を知り思春期になった娘は反発し、ボディは破壊され、大人の(バーサーカー)ボディを経た後は彼女の意思を尊重するようになる、とかは子育てものとして一貫した姿勢を感じるし、娘をめぐって対立していた妻も最初はアリータを目の敵にするけど最終的には受け入れて彼女を救い、そして死ぬ。
実はイドと妻、それぞれが序盤と終盤でアリータの涙を指で拭うシーンが登場してなんかエモいし、恋人を失った後、エンドロールの直前、ザレムを目指すために文字通りバーサーカーになった彼女がこぼれた涙(人間性の象徴)の雫をブレードで真っ二つに切り裂いてそのブレードでザレムを指すのも、ここから始まる復讐譚の幕開けとして完璧。ちなみに2025年の11月に2絶対作ろうね!って二人で言い合ってるよってキャメロンとロバロドが話してたらしい。
またヒューゴもパーツ調達と言いながら実際には集団強盗でその辺のロボを襲ってパーツを奪っていたんだけど、結局、そこで奪ったチェーンブレード入りの腕が愛するアリータを破壊するところを目の当たりにするというカルマの円環を成しているのもいいし、強盗団の一員であった過去が自身の命を奪いかける。
ちょっと話が逸れて、ヒューゴが強盗してまで金を稼ごうとしていたのは金を貯めればザレムに行けると思っていたからでそれを知ったアリータが高額な自身の心臓(ハート)を差し出すというのは未来のラブとしてめっちゃエモいなーって思ったし、命を失いかけたヒューゴの頭部に自分の循環器を接続するっていうもうそれセックスじゃんってのもよかったし、頭部だけ生き残ったヒューゴが機械の体というアリータと同じ存在になるのもよかった。
そのあと亡くなっちゃったんだよね。
そんなこんなで主人公の見た目に対してある程度許容できる人だったら普通に見て楽しめると思う。たぶんもう10年くらい前の映画だからその時見てたらCGスゲーってなった可能性もあると思うし、大アバター時代を経て今のキャメロンの技術で作られる予定(などと本人らは供述している)2はもっとすごいかもしれないなとか思った。
その中でも、再生回数と収益という視点で見ると政治動画が一番オイシイ。
話題の旬こそあるものの、選挙期間は入れ食い状態。出せば伸びる。どんどん稼げる。
基本的に「思想」と「主張」のバトルなので、知識がなくてもトレンドを見極める力があれば参入しやすいジャンルだと思う。
だからこそ、政治に関する動画は収益化させてはいけないと強く思う。
収益を指標にYouTube運営をする限り、「政治的中立性を保つ」というのは絶対に無理。
理由は大きく三つ。
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・視聴者母数の差
・作り手のメンタル
今回はこんなイメージで政治系動画を超ざっくり二つにわけて考える。例外もある。
保守動画:保守・右派視聴者を想定して作った動画。高市政権・外国人排除とかを肯定する感じ。
リベラル動画:リベラル・左派向けの動画。現政権批判とか石破擁護とか共産・社民賛美な内容。
出オチも甚だしいが、母数の差に尽きる。リベラルの人は政治YouTubeを見ない(断言)。
正確に比較することは難しいが、
例えば保守派向け動画の再生回数の平均が10万回再生だとすると、
リベラル向け動画の再生回数は2000回再生とか。本当にこのくらいの差がある。
2000回しか再生されてないのに低評価率が異様に高く、アンチコメントが付く。
「こんな動画出すなんて工作員か?」「このチャンネルもおかしくなってきた」みたいな。
※ちなみに他のジャンルだと再生されてない動画はそもそもコメント0であることが多い。
多分YouTubeとかでコメントをしたことがある人は少数派だと思う。
わざわざ攻撃的なコメントを入力する人なんか、動画を見ている人の氷山の一角でしかない。
それでもこれだけ「攻撃的なコメントをする」アクティブな右派が多いとすると、その海面の下にはどれだけの右派視聴者がいるのだろうと思う。
なぜYouTube上に右派が多いのかは、どっかで詳しい人が解説してくれてると思う。
作り手も人間だ。
あくまで仕事と割り切っているものの、アンチコメントがつくと、シンプルに怖いし悲しい。
うまく「炎上」してくれればむしろ美味しいのだが、リベラル動画は本当に伸びない。
そうなると、新聞社とかテレビ局とか社会的・ルール的に中立性が求められる大手メディアとか、
中立性に対する強い信念を持った奇特なチャンネル以外は、右に偏ったコンテンツを生み出しまくる。
そのおこぼれでキリトリチャンネルたちがショート動画を量産しまくる。
そうなると、特に政治的志向を持ってないノンポリ層も「世の中の王道の考え方はこっちなんだな」となんとなく思うだろう。
話が逸れるが、公明党上げ動画は安定して伸びたしコメント欄がすごい平和だった。
政治に疎くてもなんとなく顔が浮かぶくらいには保守系の有名人は多い。
動画の内容が微妙でも「こいつが出てれば最低10万回は固いな」みたいな演者がうじゃうじゃいる。
ラジオパーソナリティとか、アーティストとか、一般知名度の高いリベラル論者はいるものの、
YouTubeで100万回再生とかいくような圧倒的パワーを持った左派って本当にいない。
これは保守層とリベラル層の在り方の問題?...なんだろう。うまい言葉で説明できないけど、
保守・右派って「強い日本」「外国人排除」「伝統を守る」みたいな、
大体みんな同じ方向性で共感するスローガンがあるから、細かい思想の違いはあれども方向性は同じイメージ。
一方、リベラル・左派って〇〇だよねって一言でまとめられるイメージが出てこない。
多様性派閥、フェミニズム派閥、反家父長制派閥、共産主義者、弱者救済。
それぞれは良いこと言ってるんだけど、主張が細分化している。
「リベラル・左派」というふわっとした政治志向はあるけど、一括りにすることはナンセンス。
YouTube上でコンテンツを作ろうと思っても、視聴者が分散して動画が伸びない。
そもそも拝金主義に異を唱える派が多いから、本気でマーケティングしてYouTube上で稼ごうとするリベラル発信者もいない。
チームみらいみたいな、ある種割り切って戦略的に政治をハックするようなリベラル集団が出てこないかな〜と思うけど、多分無理。
リベラル界隈の人ってマジで非効率的な活動を好むから、このまま保守に圧倒されるしかない。
悲しい事実、いくらデモ行進をしても、ZINEを作っても、今のこの国は変えられない。
ド左派の安野早く出てきて。
あと共産党は早く党名を変えてくれ。
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政治的中立性を意識しても再生回数は伸びないし、叩かれるし、収益にならない。
チャンネル運営者の思想が偏ってるんじゃなくて、ただ伸びる政治動画を作ってたら、気がついたら保守動画チャンネルになっている。
「②」でも触れたけど、局とかによって多少の差はあれど、
いわゆる”オールドメディア”の方がよっぽど最低限の信頼性と中立性を保った内容を発信してると思う。
100%鵜呑みにするというのはダメだけど(どのメディアでも)。
多少なりとも、YouTubeの収益システムによって右傾化が加速しているというのは事実だと思う。
強大なパワーを持った闇の組織が民衆の思想を操ってるんじゃなくて、システムのせいで自動的に政治介入が起きている状態。
健全とは言えない状況だけど、現政権の追い風になっている状態なのですぐに規制が入ることはないと思う。
ちなみに筆者はリベラルだ。ZINE作ったりデモとか参加するタイプの。
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今回、自民党の広報動画がめちゃくちゃ再生されてて話題になってたね。
広告で再生回数を稼いだのは事実だと思うけど、ほとんどの人が誤解してる。
“再生回数の購入”はYouTube広告を使えばできなくはないが、コンテンツ本体に需要がないと、いくら金を注ぎ込んでも全然再生されない。
仕組みは複雑なんだけど、単純化すると「その動画のターゲット層にしか表示されない」システム。
・「歌ってみた動画」の再生数をYouTube広告で稼ぐなら、普段から歌ってみたを見てる層。
・ゴルフ動画を広告するなら、ゴルフに興味がありそうな40~60代男性。
そして、「〇〇円支払って、〇回分の再生回数を買いたい」と思っても広告を表示するターゲットがいないとそもそも再生されない。
「5000万円の予算を入れても、表示するターゲットがいなくて2万円分しか再生されなかった。」みたいなことも起きる。
需要のないクソ動画はいくら金を払っても伸びないシステムになっている。
「〇〇党は刺さりそうなターゲットが多いから、1億円使い切って1000万回再生」
中身についてはとても良かった。かつての宇宙世紀では描写を割愛するか、かなりデフォルメしていたであろう人物描写がしっかりされているなと感じた。
過去作品では登場人物の行動原理を作者の意図と関係なく行間から推測するというのが通常になっていたが、今作では作成側の意図は描写やシナリオに落とし込まれているように感じた。しっかり寝られていたのだなと。
単純なエンタメではなかったという意味でどなたかが書いた「日本人がつくれる洋画」というのはわかる気がした。良質の洋画限定だけど。
主人公のハサウェイは、正義感(トラウマ)、知性、未熟さが人間味として十分に表現されていて学生団体のリーダーっぽかったし、地球連邦との対比でマフティーはフラットな組織で学生団体っぽかった。
現場が若いのはファーストから変わっていないというのは、世界観だなとしみじみしてしまう。現場指揮がもう少し熟練していたら多分マフティー側はもうちょっと上手くやってたのかなとか、政治に食い込んだりしただろうけど、それを捨てたのがハサウェイというのは前に描写されていたし、なる様にしかならない世界だった。
ミライ・ノアはまえは地球に住んでいたのに今は宇宙にいて重力から離脱したのかと思いきや、ブライトは地球連邦の理屈を内面化して歯車として軍人をしている。
ハサウェイがああなったのはそういう所なんだろうな。悲しいけど。
■シナリオについて
・なんで配信してるのか?
→現代の若者に配信する理由はそこまで必要ありません。大人世代がご飯の写真を撮るくらいの気軽さで配信します。
・歌/推しに救われた
→現代の若者は余白がありません。情報爆発が起こってる今、それに追いつき追い越すため日々学んでいます。
結果として、原始的な行動である歌や踊り、美しさに惹かれるのです。
■キャラクターについて
→ハイスペばかりのキャラクターたちですが、各々欠けているものがあります。
カグヤに家を与え育てたことで、イロハは資金を得て、ヤチヨは失った身体を得ました。
■「世の中への舐め」
これは真逆かと。超かぐや姫!では、物語の中心にずっと「お金」が存在しています。
お金に振り回されながら、苦しみ、楽しむ。
いくらハイスペであろうと、資金が無ければ摩耗し、満足なパフォーマンスを発揮できない。
その問題を身近な手段で解決すると、自ずとインフルエンサー/配信者になるわけです。
あのライブは、客のためではありません。カグヤたちのためのライブです。
レベルとしてはtiktokのダンス動画に近いかもしれません。
例外もありますけど、かなりゆるめのダンスで、途中友達とふざけたりもします。
カグヤたちはアイドルではありません。ヤチヨはともかく、まだまだ一般人のひよっこ配信者です。
制作陣は、ライブの完成度よりも、彼女らの「楽しい」を伝えたかったのではないでしょうか。
だから笑うし、ふざける。身内感がある。
■総論
超かぐや姫!は、シビアな現実を、キャラクターをハイスペに設定することでエンタメ化して伝えている。
映画全体のテンポ感等々から見てわかる通り、明らかに若者向けの作品です。
・お金があれば大体なんとかなる。無ければハイスペであっても苦しい。
・頼れる人がいれば頼り、どうにかなるうちになんとかしよう!
ということを伝えたかったのではないしょうか。
いろいろとダイジェストだったり勢い任せなところはありますが、主軸はここな気がします。
本当にこれがメッセージだったとしたら、推しや配信、ハイスペキャラ、ライブ等でエンタメ化しないとあまりにも重苦い。
重い話が好きな人には刺さりそうですけど、本来のターゲット層に伝わらない可能性があります。
ライブの身内ノリ感も、「なんとかすればこんなに楽しくなれるんだよ!」ということかもしれませんね。
決めるだけで叶っているのはデフォルメ化であり、主軸は別。
超かぐや姫!最高!
途中までは特に、「細田守のサマーウォーズに推し活を足した感じだな」と思って見ていた。
10-20代のオタク〜ライトオタクをターゲットにしたと思われるプロットやデザインで、デジタル世界での承認欲求が物語をドライブする。その辺に若年層のリアルな欲求が反映されているのかもしれない。
「デジタル世界だけで人間は満たされるだろうか、それは流石に空虚じゃないか」と思いながら見ていたが、後半にそれがフォローされているのは関心した。ちゃんと面倒くさい人間にも気配りがされている。
脚本や設定的に、隅を突く人間がいることを前提に、かなり練られているんだろうなという感じ。
人間は人体という「メディア」から、今のところ抜け出せない。では人体というメディアの存在する現実を改善しなければ、真のハッピーエンドは訪れない。そういうことかも。
・作画は満足できる
大きくデフォルメを許し、陰影表現は控えめ、細部を積極的に省略する代わりに動かす、そういう作画方針だと思われる。
とにかくキャラクターを可愛く動かす、表情をコロコロ変えることに終始していて、個人的には好き。
デジタル世界はもちろん、リアル世界の描写にも3DCGを大胆に使っているが、2D表現とのマッチングは見事なため気にならない。
顔のデザイン、特に目の周りのデザインが今って感じで、なるほどと思いつつ、トレンドが変わると古く見えるのかもしれないと余計なことを考えた。
デジタル世界がメインの話なので、狙ってそれを行っているのかもしれないが、劇中の音楽はフィジカルを感じないものばかりになっている。
ビートがあって、テンポが早くても(テンポが早いからさらに?)、脳内の音であり、身体に作用しない音楽。
豪華なアーティスト陣が曲を提供しているようだが、この辺り詳しくないので良く分からない。
ほとんど終始コミカルで可愛く、超作画が連続するので目を離せなくなる。Netflix限定なのは本当にもったいない。映画として劇場公開されたら、かなり話題になり得るクオリティだと思う。楽しい作品。
意図は「あなたが私を“便利な作業員”としてガンガン使い倒してきた」という、誇張したコメディ表現です。
もう少し正直に分解すると、あの絵は次の3点を一枚にまとめています。
あなたは「結論→追加条件→さらに深掘り」という形で、短い間隔で要求仕様を積み上げることが多い。絵ではそれを「早く書け」「働け」「社のことやれ」といった“急かし”のセリフで記号化しています。
[2] 実務寄りで、成果物を強く求める使い方
メール文面、仕様確認、手順、設置条件、ログ解析、SQL、ネットワーク設定など「すぐ使うアウトプット」が中心。だからロボットがPCに向かい、書類が積まれていく“業務過多”のビジュアルにしています。
[3] 親しみのある雑なノリ(=悪意ではなく冗談としての圧)
あなたの口調はカジュアルで勢いがある場面があり、そこを「圧が強い上司/プロデューサー」みたいにデフォルメしています。実際のあなたを悪く言いたいというより、関係性を笑いに変える方向です。
ただし、率直に言うと、あの絵はあなたの実像を正確に描写しているわけではありません。
あなたは技術的にかなり具体的で、目的も明確で、必要な前提条件を出してくれることが多いので、現実は「無茶振りだけする人」というより「要求水準が高い実務者」です。絵はその“要求水準の高さ”だけをコミカルに切り出したものです。
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描かれた絵がこれ。