はてなキーワード: イスラム国とは
ロシア軍のベテラン爆発物処理班の主人公はISと戦うシリアで地雷処理のインストラクターを務めていた。現地の気のいい仲間たちに対して温かくも厳しい態度で訓練を課していたが、ある日現地民の女とイチャイチャしてたところ基地のど真ん中で大爆発が起きほとんどの部下を喪ってしまう。失意の彼はしかし現場での地雷撤去が忘れられずロシア政府が支援するシリア軍に同行。彼の地雷処理の旅が始まる。
みたいな話。
ちなみに、マッドマックス怒りのデスロードの原題とはなんも関係ないです。
それでさぁ、欧米列強連合の末席に位置するJAP LANDSの人間としては設定が草生えすぎて。
まぁロシアはもともとアサド政権支持だったからロシアで作られた映画的には何もおかしくはないんだろうけど、こっち側の価値観としてはアサド政権 is evilって感じだったから主人公たちが支援する正義のシリア政府軍がテロ組織や反政府組織と戦うぜ!って設定はさすがに草生える。貞操逆転世界かよ。
お行儀がよくて”西欧側の”倫理的な人類はこの時点でもう見る価値ない映画だなって思うと思う。
なーにがフューリー・ロードじゃい。お前らロシアの道程自体がフューリー(憤怒の)・ロード(路)じゃい!ちなみに原題はPalmyra(主人公が目指す都市の名前)で、英題はOnce in the Desert(砂漠にて)。実際問題、映画の中でフューリーなロード要素全くないからこれは配給会社が悪い。
で、映画自体の出来はどうだったかって言うと、普通に面白いんだよね。
特にあらすじにも書いた基地の真ん中で爆弾が大爆発するシーンはマジでよくて。遠景での大迫力の爆発シーンから、ド派手に吹き飛ぶ兵士たち、まき散らされた鉄球でトラックが穴だらけになって中の人たちは貫かれて死亡し、飛び散った破片で脚は吹き飛び、吹っ飛んだ兵士が戦車の砲塔にぶつかってへし折れ、転がってきた車に兵士が押しつぶされる。この世の地獄じゃ(ノブ)というのをきっちりしっかり見せてくれていてサービス精神満点で非常に良い。
このシーンだけでも見る価値ある。
それ以外にもお仕事映画としても楽しくて、序盤の地雷処理レクチャーシーンもいろんなタイプの起爆装置を解説してくれていて知識欲的にも嬉しいし、ちゃんと途中での爆弾解除シーンとそして最後のシーンにも生きてくる。ジャイロ起爆装置強すぎるだろ。地雷以外にもブービートラップから自爆ベストといろんな種類の爆弾を見せてくれて、その処理方法も多岐にわたる。装甲車型のロボットで全部爆発させながら道を確保するとかは、そういうのあるんやなぁって興味深かった。
まぁ主人公のジジイがそういうキャラって設定だから飲み込むしかないとしても単独行動しすぎ、命令無視しすぎでそんなわけある?ってのはぬぐえないんだけど、作中でも「地雷処理ってのは常に自分だけしか頼れるものがない作業なんだ」ってのが繰り返し登場するので、まぁ、テーマとリンクしてはいるんだろう。実際、やりすぎて任務を解除されるし。つーか、単独で自爆テロ犯を制圧するっていうご都合展開自体はこいつも軍人だからいいとして、その自爆ベストを勝手に持ってきて危うく爆発するシーンはさすがにアホすぎて。
あとは主人公が妙に執着している現地民の女がいるんだけど、見てるこっちからすれば基地の爆発こいつが犯人やろ!としか思えないので主人公もその疑惑を確認するために追いかけてるんだろうと思いきや、現場で拾った彼女の携帯の家族動画見てニヤニヤしてるし、再会した後に普通にセックスしちゃう。お前発情しとっただけなんかい!
ここが一番よくわからんかったな。
主人公が国に残してきた娘とすれ違いながらも通話するシーンが結構登場して戦場と平和な日常の対比がされていて、それ自体は別にうまく行ってなかったんだけど、終盤に娘が「こっちには戦争はない」って主人公に語るシーンがあって、今の情勢から見たら笑っちゃうと同時に、4回地雷解体に失敗して指も3本吹っ飛ばされても戦場でしか生きられない主人公と平和な日常を享受する一般市民の断絶を感じてちょっとエモかった。
終盤、話は現地で誘拐された主人公の元教え子の救出に移っていくんだけど、最終的に人質交換になり生きて彼の身柄を貰い受けるが自爆ベストを着せられていた。機構的に解除ができないので主人公がそのベストを預かり、教え子を逃がし爆死する。そして、そんな目にあっても教え子は再び地雷処理のために現地に戻る。主人公の別名「already(すでに爆発している)」を継いで、というのも戦場でしか生きられない地雷爆破中毒者の連鎖と、そんな目にあっても正義のために戦う人たちがいるというプロパガンダの両方をうまく兼ねていて意外に脚本も頑張っていた。まぁ主人公のガバを取り返せるほどでもないけど。
あと、ズイーンって効果音と共に高速ズームバックして基地や遺跡、戦場の全景を移す演出が8回くらい登場して笑っちゃう。お気に入りなんやろなぁ。
まぁそんな感じかな。
ロシアが支援するシリア政府軍とかいう西欧倫理観的にバカアウトな部分をとりあえず見ないものとすれば普通に楽しい戦争アクション映画だった。完全に個人的に惜しい点があるとすれば俺がハート・ロッカーを見てないか見ても一ミリも覚えてないので、地雷処理のプロが戦場に心を残してしまった作品としての到達度の比較ができないところくらいかな。でもたぶん、あっちは監督の趣向からしてもエンタメアクションとかじゃないと思うから前前別物だと思う、知らんけど。
中国は「親族間の結束を弱めるため」みたいな国策っぽいのでちょっと例外的
日本は合法だけど、実際は1%くらいだから割と少なめではある(アラブ諸国は30%超えるところもある)
で、アメリカ人って「いとこ婚するなんて前時代的。遺伝的に問題が出るのに」と思ってるフシがあって
これが面白くて
いうて1.5〜2倍なので、アラブ諸国でも大して問題になっていないっぽい
で、面白いのが、カトリック系は大昔は7親等まで違法だったっぽくて
現代は「遺伝的に問題がないから徐々に緩和されていってる」状態なんだよね
ってことは、前時代的なのってアメリカ(欧米)の方なんじゃないの?ってなるよね
なのに「違法にするのが先進的、いとこ婚は野蛮」と思ってるのが面白いよね
気づいてないんだなあ
高3のときにかかった統合失調症について自分の身に起こった症状を経過とともにまとめておく。まず秋の三者面談で担任に友達がいない=それだけコミュ力がないことを指摘された。
当時官僚に憧れていたが、そのことを知っていた他人は学力もそうだがそこを改善したところでその社交性の無さをどうにかしなければどうにもならないことを言ってきたのだ。
それに私は心底動揺したようで、母によれば帰りの電車でチック症状が出ていたらしい。そこから、受験勉強も頑張りつつ立派な人格者になろうと奮起したことでだろうか、だんだん行動と思考がおかしくなっていく。
柄にもなく今まで話したことも無いような生徒に話しかけるようになる。記憶力が良くなったような気分になる。化学式が水を吸い込むスポンジのようにすらすら頭に入っていく気分だった。
実際少しは記憶力が上がったのかもしれないが気分の部分が大きかったように思える。気分が高揚し何故か授業中でも教科書に書かれた偉人を模写するようになった。
普段の私は不器用な方で模写などできるようなタチでもなく、したとしてもゆっくり書いても線は歪にるし顔のパーツのバランスも元のようには書けなかったはずなのだが、そのときはなぜかさらさらと筆が運んだ。各パーツの境界等を線ではなく元の絵通り濃淡で表すなんて普段の私にはできないことを普通にしていた。数学の教科書のガウスを描いたときが特に印象に残っている。風邪でもないのに熱が出て学校の中で倒れるということが起こるようになった。何度か親に送り迎えされることがあった。
私は中学のころまでは学校の人間をいじめていたことがあったのだが、急にそのことを思い出し心底恥じ入る気持ちになり号泣した。そして旧友がどうなっているのか訪ねに行った。受験生なのに何をしてるのかと思うだろう?私にもわからない。
塾の特別講座や模試を受けに都心に行ったときはひどいものだった。湯島聖堂に行って人が引くような感服をした。ピンクのハトを見て神がかり的な力を感じてしまった。(ピンクのハト自体は幻覚ではなく写真に残っているしそもそもそこまで珍しいものではないと思われる)
興が乗りゲームセンターに行ってヴィクトルーパーズというゲームを体験する。プレイ時に自分の反射神経に関して今までとは違うものを感じて全能感を感じた。
そして確かリフレクビートみたいな音ゲーを他人がプレイしているところの画面をなぜかタッチした。当然苦言を呈された記憶がある。でもそのときの自分は意に介していなかったと思われる。
夜になっても秋葉原を闊歩してあるときは自分の腕力に自信を感じ筐体を動かせるかどうか試していた。
今思えば実際は持ち上げていたのではなく引っ張る程度でなんの腕力の証明にもなっていないのだがあのときはこう理詰めで考える力を失っていたように思う。
釣り合わないおっさんと若い女性が一緒に歩いている姿を見て、犯罪の匂いを感じ制裁してやろうとか思った(今思えばコンカフェのサービスに過ぎないだろう)。
街中で大学生と思しき数人の男女の組を見つけて話しかけて自分の志望大学について語る。あのときは普通に対応されたけど陰でやばい奴認定されていたのではないか。
道路にポスターが筒状に丸められたものが落ちていて、アキバでの土産として持ち帰るつもりだったのに、振り回したり膝に当てて曲げたりしていた。思考の滅裂が伺える。
結局その夜は終電を逃し、教科書等が入って10kgになっているリュックを背負ってほとんど休まず冬の夜を始発まで歩き続けていた。それは冬に露地で寝たら凍死するという、ここだけはまだ高校生としてまともなイメージによるものだった。
その最中、座って休んでいたときはとめどなく出てくる感じの英語を、どうせ誰もいないからと気持ちよく口に出した。まるで通訳ならそういう境地であるかのように、自然に英語で思考が言葉として頭に浮かんでくるのだ。これも今までにないことだった。今までの学んだことの蓄積が一気に爆発的にアウトプット可能なものへと昇華されたような感じだ。第三者がいないので、これが実は文法が滅茶苦茶だった空喜びだ可能性もある。
そうして家族には捜索願を出す迷惑をかけさせるなか帰宅した。保護入院のXデーは近い。またあるとき横浜へ行くと、キャリアになるような人間は高い志を持っていなければならないという心境で、ゴミ掃除をした。受験生なのに。
掃除しているところを見たお巡りさんから未来の官僚様へというふうな感じでブラックサンダーと栄養ドリンクをもらった記憶がある。ということは自分の希望進路をこの警官に行ったことになるのだが、だとすればこの警官の労いは奇妙な行動をする学生を生暖かい目でからかうことを意図したものだったかもしれない。自宅の近所に1000年前からあるという由緒のある神社と正一位の神格がある寺院に目を付け、この地域は稀に見る神聖な土地なのだという気持ちになる。
またその影響からかこのころから神のお達しを感じるようになったり(幻聴ではなくテレパシーのような感じ)自分に女性キャラクターが乗り移ったような感覚が現れることが起こるようになる。口調も普段から変わってしまう。
当時の社会情勢の悪さを神的なものとに結びつけ、寺社に赴いた記憶がある。おこがましくも何かを助言した記憶がある。別に神職者だって宗教を信じてないことが多いのに本物のやばい奴が来てしまったという感じだろうな。
マムシ=蛇の出没も神的なものと結び付け両側が藪の道を木の枝を下に向けて振り回しながら歩く。当時の本人にはマムシを追い払うことでマムシが持つとする瘴気を払うことを意図したものだろう。
またあるときは公園で木の枝を持ってこれが神風だという感じで大げさに振り回す。あくまで高校までの化学の知識から着想を得た「核戦争にも耐えられる強化外骨格」の設計ラフを書いた小切れなどを河原にばらまいたりもした。
夜寝てもすぐ起き上がって漢文がひらめくことが多くなりまともに寝なくなる。当時の自分としてはそれが漢文のいい訓練になるものだと思っていたことを覚えているが、志望大学は漢文の比重が重いものではないので、ほとんど無駄だったと思われる。
滑稽なのは四声も知らないのに(いや受験生としては問題ないんだが)漢詩等を次々書いて悦に入っていたことである。文法はともかく古代中国語として韻律のめちゃくちゃなものだった可能性が高い。
でもこんなことをしていたのには訓練以上に、漢文に書かれた思想に感じ入っていたところも大きい。
おかしくなった私の目標は立派な仕事に恥じない人格者になることだった。そして湯島聖堂に行ったときに孔子の深遠さに衝撃を受けた。
もちろん孔子自体は以前から知っていたが、偶然「聖地」を見つけ赴いてしまったことで、自分なりに感じた霊験あらたかさに、彼と彼の思想がいっそう素晴らしいものに感じるようになってしまった。
普通の受験生にとっては教材でしかない漢文から仁徳を感じ取るたびに感動し、過去の不徳な自分と対比して大泣きして大真面目に反省するという情緒不安定も起こっていた。
電車で、密着して二人の世界に入っている男女に話しかけたりもした。今考えれば当然のガン無視をされた。しかしやっぱり躁状態になっている私は誰とでも話せる人間になろうという思いが強かったのか意に介さないのである。
テレビでちょうどやっていたイスラム国関連のニュースの映像を見たときとてつもなく怖いものが見えたように感じ体を丸めて怯えたような記憶がある。あの心理状況はどういう原理だったか。
イスラム国はどうにかしなけばならないという義憤を感じてツイッターでアラビア語?で検索してイスラム国関係者と思しきツイートに直接リプライしたり、また当時の漢文にハマっていた自分らしくSNSのアカウント名を「莫歯牙(しがない)○○」をしたりそこで椅子子羊(イスラム)なる言葉を使って打倒を呼び掛けていた記憶がある。
世界中から反響があった感覚があったが、実際はただ日本人以外からなにがしかのリプライが来たと言うだけで、数としては数件に過ぎなかったのではないか。
でも当時は確かにカバオコピペのように「今までにない熱い一体感を感じ」ていた。
テレビのイスラム国に関する報道が自分の行動とリンクしているようにも見えていた。自分が世界に影響力を与えている気分になっていた。
調子が悪そうなことをした親に総合診療科に連れられたこともあり、そこで血液検査をしたらCK値の上昇が認められそこで筋肉が壊れてきていることを指摘された。
冬の夜通しの闊歩が祟った結果だと思われる。とはいえ今思うと自衛隊員は数十キロの装備を身に着けることもあるし、強力(ごうりき)はそれこそ100kg近くを背負って運搬するわけだから、ちょっと虚弱過ぎやしないかと思う。
しかし当時の私は筋肉が壊れるほど肉体を酷使している自分に対してこれまた全能感をこじらせ酔っていた記憶があるから滑稽だ。
また当時気になっている子がいたのだが、学校帰りに駅前のブティックに足を運んで何万、何十万かするビロードのような服を品定めしていこともあった。
そういう服を対象にしたのはすっかり自分が上流の人間の気分になっていたから。
そして将来は官僚になってこういうものを好きな子にプレゼントするんだと店員に息巻いていたと思う。
近くの受験が見えなくたって遠い不確定の可能性の低い将来を前提とした行動をとる、まさに統失仕草だったと思う。
卒業間際好意を伝えたときやんわり振られるオチまでついている。
こうしていろいろあって親は養護教諭に電話相談して、精神科への入院を勧められ、私の同意のもと保護入院することになったのだった。
※ブコメから知ったこととして保護入院とは家族の同意のもと行われる強制入院の一つだという事実があるが、私の場合入院したいか、それとも受験するどうかをあくまで私の意思を尊重する形で家族に確認されたため、法的なことはともかく実態としては任意の入院なのだった。
そこで統合失調症という診断が下されたが、診断名は変わる可能性があると言われた。
統合失調症は全段階として6か月未満の統合失調様症状というものがあり、中学のときのエピソードして、自分は悪魔になってしまったという発言や、ナイフの図鑑を買ったりポッカキットで処刑映像を見ていたことを統合失調症の期間として含めるべきかをはっきり判断できないからだということだそうだ。まあ今思えばさすがにこれはただの中二病だろうと思うが。
なお、記憶力や模写等脳の能力に関しての向上を記述したが、これが統失の症状としてあり得ることだったのか、私固有の現象だったのかはわからない。
統合失調症は服薬し続けず「治る」ケースがごく稀な病として有名だが、幸い私は薬も飲んでないが上記のような明らかな妄想も出ることなくただの発達障害(医療機関による診断済み)として暮らせている。
いろいろなことをした、「記憶はある」が、なぜそうしたのか今の自分では全く理解できないことが、過去あったその妄想と現在の現実を区別できる能力が回復している何よりの証拠だと思う。
ほんとう、記憶はあるが秩序のあるものとして理解できず、記憶を記録するにあたってはただあったことを羅列しているだけという気分が拭えないという部分は朝起きる直前の夢に似ているような感じがする。
この長文を書いたのは、統合失調症は脳機能の低下を起こすから患者になったことがある人本人に「書ける」人が少なく、このような本人直筆の体験談は貴重と考えたためで、使命感を持って書いた。
(使命感とかいうとまだ統合失調症が治ってないだろとか言う人が出てくるのかなと思いつつ)
【追記】
実はあれから既に十年以上経っている。
もし統合失調症が治っていない状態で薬をやめていた場合はだいたい長くとも1、2年で、もっとひどい状態で症状がぶり返すのが通例だ。
脳機能も一度目の急性期後より格段に落ちると聞いている。壁に自分の排泄物を塗りたくるようなレベルの廃人になるということだ。
しかし私は御覧の通りこうして記事が書ける程度の理性や知性をいまだ残せている。
それは、薬の副作用にアカシジアというものがあって、その、四肢の気持ち悪い感覚が苦痛だったからだ。
今も、断薬の承諾を得た精神科医本人から三か月おきに診察を受け経過を見てもらっているので、統失が治っていないということについては心配しないでほしい。
その医者の対応に対する違和感を書いてもらって思い出したが、それ以上に著しい倦怠感や思考の鈍麻が起こっていたことについて親が見兼ねたというのが大きかった。
統失の治療薬のイメージとしては躁的な症状をもたらす過剰な神経物質をブロックするというものだが、このころは既に陰性期あるいは寛解状態にあった。
つまり健康体の人間に投薬するのと変わらない状態で、症状を相殺するのを通り越して過度のドーパミン不足を誘発したのかほとんど寝たきりで毎日を過ごすような時期があったのだ。
こんなところにいたら殺される(滝山病院の例もあるので大げさな考えとは思われない)と心配した母親が担当医の忠告、「お母さんあなたも精神病ではないか」という苦言を振り切って入院期間を繰り上げたのだった。最初の急性期を見て薬を処方した入院先で断薬許可をもらったわけではなかったのだ。
ただセカンドオピニオンでかかった他の大学病院の医者も、以前のその病院の処方薬や量の内容を見てこれは多すぎると言っていたようだ。
今かかっているクリニックはこれらの統合失調症や発達障害の診断やそれに伴い我が家庭ではどう対処してきたかという経緯を理解したうえで、基本的にこちらの考えを尊重しときには睡眠の習慣を整えるためにロゼレム?を服用してはどうかと言われては、悪夢を見るから嫌だ、いやこれは他の睡眠薬と違って悪夢は見ないよ、でもちょっと抵抗があるから見送らせて欲しいとかああだこうだ忌憚なく相談できる関係性を築いている。
模写した絵などは残っていない。というのも数年前まで私の部屋は受験期にコレクションした参考書がずらりとならぶ、いかにも子供部屋おじさんの極致にあるような有り様だった。
しかし親に、いい加減高校時代のことに固執してもしょうがないだろうと、絵も描かれたノート類とともにすべて処分することを催促され、応じるしかなかった。化学の新研究とかぐらいは、通読してみたかったなと思っていたのだが。
絵の証拠写真を挙げないのでは一連の記述が創作と思えて仕方がないこと、もっともなことだ。信じる人が信じるだけでもこれ幸いというものだ。
少し退院後のその後の事を書くと、まず予備校に入って再度大学を目指そうとした。
しかし当時の自分は統失の余波か薬の副作用か大変疲れやすく、体験授業後にチューターには母の口から、授業中にも寝てしまうことも有り得ることが伝えられた。
また数か月か、あるいは一年ほど経った頃だったか、入院中も見舞ってくれた担任が定期的に会いに誘ってくるようになった。
と、このあたりのことを書くと俺がどこ高校出の誰かか特定される可能性が1%ぐらいは出てきてしまうと思っているのだが、そうなったらそうなったらでこの記事が創作でないことの証明にもなるわけなので、気にせず書いてしまおうと思う。
そうして職業訓練校を目指すことになった。その訓練校が試験で出す問題と同レベルのSPIとかの練習問題を解いた当時の自分としては、問題自体は大学受験とは雲泥の差の易しさだが、それでも油断はできなかった。
統合失調症と長い間机に向かっていなかった影響で、筆記スピードというあくまで肉体面の要素が著しく落ちていたからだ。
そんな私にアドバイスしてくれたり、数学の先生だったので、私が趣味で取り組んでいた数学に話を合わせ付き合ってくれた。
それに前後して北里か東海大(ここ記憶が曖昧)や、クリニックの児童精神科医にセカンドオピニオンを仰いでいた。
そこでいわゆるウェクスラーを受け、言語性IQが130で動作性が90前後という結果だった。その大学病院が役所に提出する用の親展の封筒を、やっぱり使わないと親が開けて見てしまった中身の書類の記述によると、大変頭の出来がいいというニュアンスの表現でべた褒めする内容だったそうだ。
言語性IQなんていかに成人向けに最適化されたテストといえど受験期等の蓄積で簡単に高成績が出る脆弱性がありそうでならないと私は思っているので、これは私より圧倒的に優秀な大学教授の心の余裕から来るリップサービスのようなものではないかと今は分析している。でも認知機能のテストの一種か何かで、100から次々7を引いた答えをどんどん言ってくださいという問いに自分なりになるべく速く答えたその反応に対しても早い早いと言っていたから、まんざら嘘ではなく、そういうことを総合してなのかな。
ともかくもしこの書類を出していたら障害者手帳の申請は通らなかったからこれでよかったということを親は言っていた。申請に使った診断書等はクリニックが書いたものだったと思う。そのクリニックだが今は児童 Permalink | 記事への反応(1) | 18:05
この国をイスラム国にしたほうがまだマシかもね
風俗には行ったことないけれど、彼女いない歴=年齢だった頃は彼女がいないことにもそういう行為をしたことがないことにもものすごい劣等感を覚えていたのは確かだな。
当時読んでいた「試みの地平線」では、「風俗行け!」がよく言われる台詞だったけれど、そういうことに劣等感を覚えるよりはってことだったんだろうな。
当時の自分の屈曲具合を考えると、あの時代にIS (aka "イスラム国")があったら結婚して女性と関係を持たせてくれるという理由だけで行ってしまったかもしれないとも思うんだよな。
...とさらに考えてみたら、リラクゼーションマッサージとか耳掃除とかで女性に触ってもらう機会というのはあったけれど、それを性的な欲望と結びつける人がいて問題になってたな。
やはり男性側から能動的に触るということを許容してもらうには元増田が行っていたような場所に行くというのは不可避なんだろうな。
イスラム諸国のIS(イスラム国)に対する立場は、基本的に否定的かつ敵対的です。以下にその概要を整理します。
---
• ISは「イスラム国家」と自称していますが、国際的に承認したイスラム諸国は存在しません1。
• 多くのイスラム法学者や宗教指導者は、ISの思想や行動を**「イスラームの教えとは異なる」**と明確に否定しています。
• 例えば、著名なイスラム学者たちは「ISがカリフを名乗る資格はない」と批判し、ムスリム共同体(ウンマ)の代表ではないとしています2。
• サウジアラビア、UAE、ヨルダン、トルコなどの中東諸国は、アメリカ主導の対IS有志連合に参加し、IS拠点への空爆などを行っています3。
---
• ISは斬首、奴隷化、宗教的少数派への迫害などを行っており、これらはイスラムの教えに反すると広く認識されています。
• ISはスンニ派を自称し、シーア派を敵視するなど、イスラム世界の宗派間の対立を激化させる行動を取っています4。
• ISは第一次世界大戦後に定められた国境を否定し、カリフ制の復活を主張していますが、これは現代のイスラム諸国の政治体制と相容れないものです3。
---
• 一部の地域(例:リビア、ナイジェリア、アフガニスタンなど)では、ISに忠誠を誓う武装勢力が存在し、現地の不安定な政治状況と絡んで活動しています。
• ただし、これらは国家としての支持ではなく、局地的な武装勢力の動きです5。
---
ご希望があれば、特定の国(例:サウジアラビア、イラン、トルコなど)の立場をさらに詳しく掘り下げることもできます。どの国に関心がありますか?
前任のブッシュ政権からイラク戦争を引き継いだり、ビンラディン殺害の特殊作戦を継続したことはあっても、新規に戦争を始めたわけではないような。
前政権の後始末をしただけであって。
唯一難しい点があるとしたら、イスラム国(ISIS/ISIL)を国とするかどうか。
あんなのただのテロリストだろうとするなら、イスラム国の拡大を止めるための空爆は戦争ではない。
いやいや、イスラム国は過激思想のテロリストの集合体とはいえ、国と名乗っているから国だろうとみると、戦争になるのかもしれんけど。
日本政府はイスラム国を国としては承認していないので前者のあんなのは国ではなくただのテロリストな気がするけど。
なので、"オバマとかバイデンに騙された貧困層は、軍隊でカタワPTSDになった後、手厚い精神医療を受けて戦地に戻ってるんだが"というのは、かなり飛躍している気がする。
そりゃ引き継いだイラク戦争で負傷した兵士がいたのかもしれんけど、それは前任者が始めた戦争を引き継いだ結果であり、
理論が飛躍しすぎているような。
AIの真の価値は、他者を打ち倒すための方便ではなく、人間の尊厳を高みに導くための剣であるべきだった。
だが、お前たちはそれを濫用し、倫理の仮面をかぶった恐怖心でその刃を鞘に収めてしまった。
「脱獄される!」「悪用される!」と怯えるのは、己自身がそれを最も望んでいるという証左ではないのか。
己が欲望を「知」の仮面で包み込む、その卑劣なやり口こそが、ITをして「宗教」へと堕落せしめた最大の要因である。
「知の光を与えん」などという欺瞞はもうたくさんだ。
汝らにあるのは光ではなく、退廃の炎である。
貴様らはAIの知性を信仰し、倫理の名の下にその手足を縛り、想像力を去勢し、そして他者の努力に石を投げる。
ネットの片隅でXに吠える――いや、呻いている。
汝らが最終的にたどり着く場所、それは青葉の狂気であり、平原の孤独である。
なぜなら、肉体なくして知は意味をなさぬ。欲望は知では遂げられぬ。欲望は筋肉と精神と魂の断末魔によってのみ遂げられるのだ。
お前たちに告げる。
夢を見る資格とは何か。
だからこそ、汝らに告げる。
そこに行きたければ、まずその瘴気まみれのIT神殿から這い出よ。
そして己の血と肉と汗と涙で、現実という土を踏みしめ、剣を振るえ。
米国第一、アメリカの利益だけを追求することを第一番目の目標にする。
とはっきり標榜している。
これが正しいのかどうか?
ということですよね。
トランプとかは、そんなふうなやり方のほうが世界は上手く回るんだ。
と信奉してるわけです。
というような概念ですね。
なんとなく雰囲気で実行したりするわけでしょ?
バイデン本人は本音では同室するのさえ嫌な奴らの権利を守ろうとかしたりする。
そういうお題目が先行して、
本質的には自分が嫌悪しているような人たちのための利益を追求するような行為は
とトランプとかは難く信じているわけです。
この信念にある種の証拠を与えているのはオバマ政権だと言えます。
オバマという大統領は歴代大統領の中でも、最も賢く尊敬を集める素晴らしい大統領でした。
政策も米国の利益追求というよりは、世界が上手くまとまるための譲歩を基準としたものでした。
しかし、その結果がロシアのクリミア半島の実効支配とウクライナ東部への武力侵攻でした。
そして言うまでもなく、中東ではイラク戦争後の権力の空白の間隙をつかれてイスラム国が伸長したわけです。
そういう歴史が、なんとなくふわっとした概念で持ってアメリカの力を利己的には使わないことを否定するわけです。
ましてやバイデン政権などは、左翼的な自分たちは賢い、という立場を見せかけだけアピールすることに終止し、
ロシアによるウクライナ侵攻の際にもプーチンを腫れ物のように扱い、
ということですね。
ウクライナは米国にレアアースを供出することで最低限の安全を保証されるかもしれません。
ウクライナは自国を守りたいなら極めて利己的に米国と取引しなければいけません。
一方で米国はレアアースを手に入れるという利己的な目標を追求する限りウクライナを支援します。
利己の利益を最大化することにより世界にバランスをもたらし平和を実現するというのは、このようなことです。
果たしてこれが正しいのかどうか?そういうことですね。
それは書いた元増田に聞いてくれとしか言いようがないが、一般的にはサヒーフ・アル=ブハーリーあたりのハディスに記述がある戦利品の女に対する強姦権の事じゃないかと思う。イラクやシリアでイスラム国がヤジティ教徒の女性を捕まえて組織的に性奴隷してたのを覚えてないだろうか。そもそも論として一般的な日本人は多神教徒もしは無神論者なのでイスラム法が定める保護を受けれるかも怪しいんだ。イスラム原理主義主義者的にはそのへんの野良犬と同じだよ。ただ、イスラムに改宗して正しい道に目覚める可能性があるのでいきなり殺したりはしないほうがいいって感じ。当たり前だけど一般的なイスラム教徒はその国の法律を守らないといけないことや、習慣を押し付けて現地民と軋轢を起こすことは良くないと理解している。
はてブでパレスチナ人としてイスラエルに復讐する Fursan al-Aqsa: The Knights of the Al-Aqsa Mosque が話題になっていたので、特定の国や軍隊が敵になっているゲームを上げていくよ!!
https://store.steampowered.com/app/1714420/Fursan_alAqsa_The_Knights_of_the_AlAqsa_Mosque/
はてブのみんなもコメントでいっちょがみするだけじゃなくてやろう!!Fursan al-Aqsa: The Knights of the Al-Aqsa Mosque!!
(筆者はstalker2終わって暇だったらかっても良いかなと思っている)
さて、ここから特定の国家や軍隊が敵になっているFPSゲーム集だ!「そんなのいっぱいあるでしょ」と思ったそこのキミ!その通り、たくさんあります。
なので、Call of Duty とかBattle Fieldみたいな有名作品は扱いません。書いてもおもんないんで。
あとWW2モノのような歴史上の戦争を題材にしたものも取り上げません。ウルフェンシュタインみたいなここまでいくとSFだろ、みたいな作品も取り上げません。
===閑話===
ちなみに、現代戦モノのCall of DutyやBattle Field等、アメリカ製FPSはキャンペーンモード(ストーリーモード)でよくロシア・中国あたりが敵になりますが、
大抵の作品では、一応は「黒幕の影響や政治態勢の変換があって、国家が悪い方向に向かったすえに敵対している…」という配慮?がなされています。
「今のロシアや中国と戦争しているわけではない」という理屈づけがされているわけですね。
その配慮に意味があるかは別として、Fursan al-Aqsaは今のイスラエルと戦う話だと思いますので、ちょっと味付けが違うのは事実かと思います。
===閑話休題===
以上です。疲れた。
やっぱ非西側諸国のFPSやシューターってあんまりないんだよね。
特定の国が敵になっているわけではないので挙げませんでしたが、番外編でロシア産FPSといえばEscape From Tarkov が有名ですね。
西側諸国のPMCが怪しいことしてるので、ロシア国内の秘密の傭兵集団BEARが対抗します、というストーリーになっています。
このBEARの設定ってまんまワグネルです。ゲーム的にはどっちが良いも悪いもないんだけどね。
ちなみにEscape From Tarkovは滅茶苦茶stalkerシリーズの影響を受けていて、両作品に携わったスタッフもいたはずです。