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2026-01-17

anond:20260117181447

音楽オタクがハッタショで人間性ヤバイのは他のジャンルとなんら変わらんってだけかと

ジャズ喫茶炎上で思ったけど、ジャズってもう終わったジャンルだよね。

若くて聴くスノッブ音大か変な奴しかいない。

三沢文也氏によるしんかい山川賢一)氏への批判

1. 批判の核心:作品解釈論理の欠如

三沢氏は、しんかい氏の批評特に東浩紀氏の『動物化するポストモダン』に対するもの)について、以下の3点を問題視しています

・「途中式」の間違い: 数学に例え、最終的な結論以前に、作品の読み込みや引用の仕方が粗雑であり、議論の前提となる「途中式」が間違っていると指摘しました。

作品への愛の欠如: しんかい氏を「コンテンツが好きで作品評をするタイプではない」と断じ、アニメゲームエロゲといったジャンルに対する知識と敬意が足りない(「ゲームポルノストーリーはいらない」といった発言など)と批判しました。

言葉のハッタリ: 「グラデーション論法」などの造語を多用して、さも高尚な議論をしているかのように見せる「ハッタリの技術」に長けているだけで、中身が伴っていないと批判しました。

2. 「教養主義」への反論

しんかい氏の支持者らから批判するなら本を読め」と迫られたことに対し、三沢氏は自身スタンスを明確にしています

動画も一つの作品である: 30分の解説動画を見て「つまらない」「矛盾がある」と感じたなら、その先の著書を読む価値はないと判断するのは受け手自由である

・正解のない分野での「マウント」: 批評には数学のような唯一の正解はない。それにもかかわらず「読んでいないから話にならない」と切り捨てるのは、単なる知識量によるパワーゲームマウント取り)に過ぎないと反論しました。

3. 人間関係と「一派」への不信感

しんかい個人だけでなく、その周囲の動きに対しても強い拒絶反応を示しました。

・本物川氏との連動: しんかい氏が、当時三沢氏を攻撃していた「本物川氏」側へネタ提供したり、加担するような動きを見せたことで、「本物川一派」と見なして決別(ブロック)を選びました。

議論不毛さ: 議論を深める気も、生産性を生む気もない相手松下響氏ら)とは、たとえ自分が「頭の悪い手段」と言われようとも、精神平穏を守るためにブロックという手段で断ち切ることを優先しました。

4. 騒動の結末と「オタ充」への回帰

方面から攻撃はてな村、本物川一派、批評クラスタ)によりオーバーキャパティに陥った三沢氏は、最終的に以下の結論に至りました。

・「話せばわかる」の断念: 常識対話通用しない相手がいることを学び、無理に理解し合おうとするのをやめました。

自分の楽しさを優先: 批判や論争に時間を費やすよりも、好きなゲームイラスト温泉といった「オタ充オタク現実充実)」な生活を取り戻すことに注力することを決め、一連の泥沼から離脱しました。

[]2025年に読んだ本、前編

1月

読書(14冊)

藤井一至「土 地球最後ナゾ 100億人を養う土壌を求めて」

阿部勤也「西洋中世男と女 聖性の呪縛の下で」★★★

横山祐典「地球46億年 気候大変動 炭素循環で読み解く、地球気候過去現在未来

藤井一至「ヤマケイ文庫 大地の五億年 せめぎあう土と生き物たち」

文學界編集部「大解剖!文學界新人賞」

主婦の友インフォス情報社「事故物件サイト大島てる絶対に借りてはいけない物件」(再読)

上遠野浩平恥知らずのパープルヘイズ -ジョジョの奇妙な冒険より-」★

菅沼 悠介「地磁気逆転と「チバニアン地球磁場は、なぜ逆転するのか」

伊藤聡「神道とは何か 神と仏の日本史」★★

佐藤康宏「もっと知りたい伊藤若冲 生涯と作品 改訂版

鎌田浩毅「地学ノススメ 「日本列島のいま」を知るために」

岡田莊司、小林宣彦「日本神道史(増補新版)」

島尾新「もっと知りたい雪舟 生涯と作品

ヴィンチェンツォ・ヴェヌート「生きものたちの「かわいくない」世界 動物行動学で読み解く、進化と性淘汰」

漫画(3冊)

いがらしみきおぼのぼの人生相談自分しまちゃうのをやめないとさ」」

森薫乙嫁語り」15巻

ちょめ「室外機室 ちょめ短編集」

美術

特別展「鳥 ~ゲノム解析が解き明かす新しい鳥類系統~」於・国立科学博物館

雑感

 昨年に引き続いて阿部勤也を読んでいる。歴史系の本は雑学が増えて楽しいし、現代で当然とされていることが全く通用しない世界イメージできるので、自分価値観が相対化できる(時折正しいかどうかだけが自分判断軸になり、どう感じているかおざなりにしがちなので大事)。他には地学や土壌が気になってたようだ。

 なお、昨年までやっていた星印の評価はやめにした。同率二位とか三位とかを考えるのが面倒だったからだ。……とか思ってたけどやっぱり直感でやることにした。

2月

読書(13冊)

藪本勝治「吾妻鏡鎌倉幕府正史」の虚実」

乙一「The Bookjojo’s bizarre adventure 4th another day~」

柴田勝家岸辺露伴は嗤わない 短編小説集」

榎戸洋司フリクリ」一巻、二巻、三巻★★

鈴木結生「ゲーテはすべてを言った」

志村史夫「古代世界の超技術改訂新版〉 あっと驚く「巨石文明」の智慧

仁藤 敦史「加耶任那古代朝鮮に倭の拠点はあったか

饗庭淵「対怪異アンドロイド開発研究室

比奈秋「サンショウウオ四十九日

松永K三蔵バリ山行」★

ガルシアマルケス百年の孤独」(再読)★★★

漫画(4冊)

コタニヨーコ「夏が、僕らの世界を見ていた」

熊倉献「春と盆暗」

浅白優作「スターウォーク」一巻

海島千本プリズムの咲く庭 海島千本短編集」

観た

フリクリ

美術

貝類展:人はなぜ貝に魅せられるのか」於・国立科学博物館

異端の奇才 ビアズリー展」於・三菱一号館美術館

特別展「魂を込めた 円空仏 ―飛騨・千光寺を中心にして―」於・三井記念美術館

雑感

 久し振りに芥川賞を読んで面白いと感じた。自分の好みは、語り手が男性で、非常に知的であるか(丸谷才一をこの年読んだのはそのため)、怒りや暴力性などを抱えている作品にハマることが多い。もちろん例外も多数ある。というか読書趣味例外だらけだ。

 あとは、高校生以来で「百年の孤独」を再読したが、当時と比べて複雑なストーリー理解する能力が向上していたとわかったのは嬉しい。

ジョジョ」や「フリクリ」など、すでに知っている物を手に取ったのはファン心理かもしれないし、これは外れないだろうというある種の安心(または怠惰さ)かもしれない。面白かったけれどね。

3月

読書(15冊)

志村史夫「古代日本の超技術新装改訂版〉 あっと驚く「古の匠」の智慧

田原史起「中国農村現在 「14億分の10億」のリアル

越智啓太「眠れなくなるほど面白い 図解 犯罪心理学

中島恵「日本のなかの中国 (日経プレミアシリーズ) 」

篠田謙一「新版 日本人になった祖先たち―DNAが解明する多元的構造 (NHKブックス No.1255) 」

小牟田哲彦日本鉄道廃線史-消えた鉄路の跡を行く」

シュリー・ウォード「ウォード博士の驚異の「動物行動学入門」 動物のひみつ 争い・裏切り・協力・繁栄の謎を追う」

「生誕150年記念 モンドリアン純粋絵画をもとめて 公式図録」

「生誕100年 ジャクソン・ポロック展 JACKSON POLLOCK[図録]」

鈴木真弥「カーストとは何か-インド「不可触民」の実像

池澤春菜わたし孤独な星のように」

三島由紀夫潮騒」★

若宮總「イランの地下世界」★★

永田生慈監修・解説北斎漫画 第一巻」

丸谷才一「横しぐれ」★★★

美術

特別展 慶珊寺と富岡八幡宮の名宝―『大般若経』が語る中世東国史―」於・金沢文庫

高松塚古墳壁画館、四神の館

特別展鉄道で巡る聖地 近代ツーリズム橿原神宮

雑感

 遺伝人類学が気になっていた模様。

 また、この月は数年前に行けなかった美術展の図録を買って楽しんだ。たまたま行けなかったり、コロナ禍で自粛してしまったりしたもので、ずっと喉の小骨のように行けなかった後悔にさいなまれていたのだが、すっきりした。

4月

読書(15冊)

永田生慈監修・解説北斎漫画 第二巻」

丸谷才一「樹影譚」

永田生慈監修・解説北斎漫画 第三巻」

スタインベックハツネズミ人間」(齊藤昇訳)★★

ハンフリー・カーペンター「J. R. R. トールキン 或る伝記」

チョーサー「完訳 カンタベリー物語(上)」

J. R. R. トールキン「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」

チョーサー「完訳 カンタベリー物語(中)」

J. R. R. トールキン妖精物語の国へ」

チョーサー「完訳 カンタベリー物語(下)」

A. A. ミルン「クマのプーさん Anniversary Edition」

A. A. ミルン「クマ横丁にたった家 Anniversary Edition」

エーリヒ・ケストナー池内紀訳「飛ぶ教室」★★★

ジェームズ・M・バリー「ピーター・パンウェンディ

下村智恵理「天網恢々アルケミー」★

漫画(+α)

凸ノ高秀「ぼーんずあんどがーるず」(ウェブコミック

美術

特別展古代DNA日本人のきた道―」於・国立科学博物館

チームラボボーダーレス麻布台ヒルズ

雑感

 児童文学が多い。「飛ぶ教室」は男子校卒業して二十年余りの自分にはとても良く刺さった(小さい頃にもらったのだがパラパラめくっただけだった。たぶん自分の中の男性性を求める心が強く目覚めていなかったんだろう。あるいは、一生付き合っていきたいという友人に出会う前だったからかもしれない)。また、今まで触れてこなかったトールキン作品に触れて楽しかった。これは十二月洋書による再読の遠因となる。

 スタインベック障害観が少々古いが、無駄な場面がなく、悲劇としての構成が美しい。

5月

読書(8冊+α)

J. R. R. トールキン「終わらざりし物語(上)」★★★

J. R. R. トールキン「終わらざりし物語(下)」★★

るるぶ神戸’25 紙書籍版」

斎藤英喜「陰陽道の神々 決定版」

原田隆之「入門 犯罪心理学

宮田登江戸はやり神

湊一樹「「モディ化」するインド ――大国幻想が生み出した権威主義」★

鈴木正崇「山岳信仰 日本文化の根底を探る」。

J. R. R. トールキン著、クリストファートールキン編「ベレンルーシエン

美術

相国寺承天閣美術館開館40周年記念 相国寺展―金閣銀閣 鳳凰がみつめた美の歴史

うろこの家・展望ギャラリー山手八番館、北野外国人倶楽部、坂の上の異人館

神戸須磨シーワールド

湊川神社宝物殿

その他諸々神戸観光地

ゲーム

クインティ

雑感

 いつもの月と比べて大変に少ない。今月は休みの日に読まなかったのと、「終わらざりし物語」が上下巻それぞれ五百ページ超えと大変に長かったためである。四月までの分を加えれば平均して月十冊は読めているし、味わわずに読み飛ばすよりははるかにましである。というか、三月四月と十五冊読んでるじゃないかプラスマイナスなし。

 年始から神道をはじめとした日本信仰について読んでいる。記紀記載のない神々や、民間信仰仏教との混交などの知識が増え、日本神話についての解像度が上がった気がする。

 なお、「クィンティ」はファミコンゲームで、これをスイッチプレイした。祖父の家に合ったもの子どもの頃はクリアできないなりに楽しんでいた。スイッチの巻き戻し機能を利用してやっとクリアした。

 余談だが昨年はクリアしないなりに「パリア」をプレイしたのだった(結局こういうクエストものや箱庭・スローライフものはそこまで好きじゃないというか飽きるとわかった。スローライフと言いながら結局採取労働をしており、仕事で疲れて帰ってきてやるモチベーションが湧かない)。「Neo Atlas」は二〇二二~二〇二三にプレイしたが結局飽きている。世界探検するのが好きなのはcivilizationで分かっているのだが、通知がひっきりなしに来るので、これもリアル仕事と似ていて疲れた

6月

読書(18冊)

飯島吉晴「竈神と厠神 異界と此の世の境」

松井冬子世界の子友達になれる [図録]」★★

ダニエル・T・マックス「眠れない一族 食人痕跡殺人タンパクの謎」★★★

成澤勝嗣「もっと知りたい狩野永徳と京狩野 (アートビギナーズコレクション)」

狩野博幸「もっと知りたい河鍋暁斎 生涯と作品 (アートビギナーズコレクション)」

稲垣栄洋「生き物の死にざま」

田口善弘「知能とはなにか ヒトとAIあいだ」

稲垣栄洋「生き物の死にざま はかない命の物語

渡辺正峰「意識脳科学デジタル不老不死」の扉を開く」

松元雅和「政治哲学講義 悪さ加減をどう選ぶか」

小泉悠、高橋杉雄、太田啓之、マライ・メントラインゴジラvs.自衛隊 アニメの「戦争論」」

小塩 真司「「性格が悪い」とはどういうことか ――ダークサイド心理学」

綾辻行人「どんどん橋、落ちた」

櫻井武「SF脳とリアル脳 どこまで可能か、なぜ不可能なのか」

鈴木俊貴「僕には鳥の言葉がわかる」★

信原幸弘、渡辺正峰「意識はどこからやってくるのか」

山極寿一鈴木俊貴「動物たちは何をしゃべっているのか?」

安田峰俊民族がわかれば中国がわかる 帝国化する大国実像

漫画10冊)

荒木飛呂彦岸部露伴は動かない」三巻

福島聡星屑ニーナ」一巻~四巻(全)

坂月さかな「星旅少年」一巻~五巻

美術

「ACN ラムセス大王ファラオたちの黄金」於・クレヴィアベース東京

雑感

 軽めの本が多め。

 この後読む皇族の本も含め、学問世界の厳しさに触れる本が多かった。知識を蓄えるのではなく、同じ問題にずっと取り組み続け、微細な差異違和感に疑問を持つ才能がないと、研究者としてやっていくのは難しい(これはうまくできなかった自分を慰めている側面もある)。

 脳科学については、著者の主張や意見ウエイトが大きく、前々から気になっていた意識心の哲学についてはそこまで突っ込めなかった。ジャンル全体の概観をつかむだけなら、おそらくウィキペディアを拾い読みしたほうが早いか

 国際政治インド中国それからロシアの本を今年はよく読んだ気がする。

2026-01-16

さすがにもうレコードCD派はファッションだと言い切って良い

俺も少し前まではCDアナログレコード音楽聴くのがイケてると思ってた。サブスクなんて音楽を軽く見てる若者が使うサービスだと馬鹿にして何年もサブスク課金しないでCDレコード聞いてた。ディスクユニオンに通い詰めてジャズ中古CD買い漁ってた。休日ディスクユニオンで新しいCD出会うのが人生の楽しみだと思ってた。でも違ったわ。サブスク無限世界中楽曲を聴ける環境を楽しめる人間が本当の音楽好きだわ。

自分CDレコードからサブスク派に変わった大きな理由の一つは レコードCDいくら素晴らしかったとしても金は有限 だと気づいたから。

とんでもない大金持ちで無限レコードCD買えるならレコード最高と言う権利はある。(実際にそういうガチ金持ちの年配の方もおられるだろう)でも大半は限られたお金の中でCDレコードを買う。それだと出会える音楽の幅はどうしても狭くなるのよ。サブスクになると月1000円で無限に聴けちゃうのよ(ただしジャニーズの一部のグループアルバム解禁してない)

なのに「俺は音楽大事にしたいかちゃんお金を払ってレコードCD配信を曲ごと購入で聴くんだ」という言い分はさすがにただのファッションじゃね?と思ってしまう。というか本当に音楽好きなら無限に聴けるサービスに飛びつくはずじゃん。飛びつかない人は何なの?CDレコード配信を曲ごとに購入で未だに聴いてる俺かっこいいというナルシストなの?もしくは限られたジャンルアーティストしか聴かない人間か。だとしたらその時点で本当の音楽好きと言えるのかという疑問が出てくる。ちなみに年配のオーディオオタクの方々はとっくの昔にネットワークオーディオに移行してます。逆に若者のほうがファッションレコード聴いてる人多いかもしれない。(若いと言っても年配の人と比べての話だが)

さーすがにサブスクで聴ける楽曲が増えてきたのでもうCDアナログレコード派はただのファッションと言い切って良い時代来てるよ。あの人種レコード音楽聴いてる自分に酔ってるだけです。まぁせめてサブスクは月3000円くらいに値上げしてアーティスト還元したほうがいいのではとは思う。

anond:20260116154336

元増田じゃないが意味わからん

 

それらがマイナージャンルではなくなって手描きが描き始めたらAI消滅する。

この未来予測が当たったとしてもそれは

AIより手描きの方が競争力がある」と言えてるだけでしょ。

AIが受け入れられてるわけではない。

根拠にはなってない。

   

しろニーズのあるところを狙えば売れる(元増田によれば手描きを抑えて売り上げトップ)のであれば

それは「AIが受け入れられてる」と言って差し支えないのでは。 

  

後、今こんな感じで、まだまだAIイラストもいける!と広めて情報商材売りつけるのが、

最近AI絵師流行なので気を付けようね。

商材屋から買ってもなんの得もないので、自分でComfyUI入れて、CG集使って売ればいいよ。

んん?

情報商材を買うな!」はわかるが

結局AIイラストはいけるの?いけないの?

  

AIイラストは滅びますぞー」派なのかと思ったが

「商材を買わずAIイラスト集作って売れ」って言ってるみたいで

最後最後にようわからなくなった

 

 

あと個人的にはAIイラストは十分抜けると思う

妊娠は見たことなかったけど

 

anond:20260116152714

それはAIが受け入れられてるのではなく、手描きの人が描いてくれないかAIに甘んじてるっていうんだぞ。

需要があるのは確かだが、それらがマイナージャンルではなくなって手描きが描き始めたらAI消滅する。AIが受け入れられてるわけではない。数が少ないかAIの島にしかないだけだ。

後、今こんな感じで、まだまだAIイラストもいける!と広めて情報商材売りつけるのが、最近AI絵師流行なので気を付けようね。

商材屋から買ってもなんの得もないので、自分でComfyUI入れて、CG集使って売ればいいよ。

記事センス的にはトレンドブログ?だが内容キュレーションってジャンル名前こそないが存在してると思うのだがあのへん不自然なくらい言及先の悪口書かんよな

忌憚ない意見の方が信頼度あがるし炎上系とか見てる奴みたいな醜いモノ見たい層も取り込めるしでアクセス数上がるんじゃないのか?

今の40代前後からすると、演歌って「子どもの頃に祖父母が聴いてたやつ」ってイメージ象徴みたいなもんだったんだよな

あの独特のコブシ?曲調?が、昭和歌謡とか平成J-POP全然ジャンルで「はい、これが“昔の歌”です」って分かりやすかったのもデカ

で、今の10から見て「老人世代象徴みたいな曲」って何なんだろ?って考えると、これボカロがそれ枠なんじゃね?って思うわ

人間が明らかに無理な速度と高さで、機械っぽいノリで独特のリズム刻むじゃん

あれ、若者にとっては「うわ…親世代文化きた…」みたいな“古さの象徴”になっててもおかしくない気がする

って言うと「ボカロは今も現役だろ!」ってツッコミ来そうだけど、演歌だって当時は現役だったわけで

世代の壁を感じる音楽”って意味では、案外同じ構造してるんじゃねーの?

2026-01-15

残念な話

会うのは年1だけど、長年付き合ってきたネッ友との会話がつまらなくなってしまった。

どっちが悪いとかじゃないんだけど、お互いにジャンルも変わって、ライフステージも変わった今、普通の会話及びコミュニケーションをしたときにあまりに噛み合わなくて「おや?」ってなった。

一昨年あたりから薄々おかしいな〜と思うことはあったけど、なんか今年はやり取りのズレが顕著だった。

多分もう会うことはないし、連絡することもないと思う。悲しいなぁ…

鉄人28号vsサイバーフォーミュラ

鉄人28号新世紀GPXサイバーフォーミュラは、ジャンル時代は違うが、「強力な機械をどう安全に使うか」という点で、対照的な考え方を示している。

  

鉄人28号は、操作必要なのがリモコン一つだけという非常に単純な仕組みを持つ。誰が持っているかによって、鉄人正義の味方にも悪の兵器にもなる。認証制限存在しないため、セキュリティの面では非常に弱いが、その分「技術のもの善悪はなく、使う人間判断がすべてを決める」という考え方がはっきりと表現されている。鉄人危険性は機械の欠陥ではなく、人間判断にある。

  

一方、サイバーフォーミュラマシンは、指紋や角膜、声といった生体認証AIによる学習を使い、操縦者を厳しく限定している。不正使用を防ぐ点では非常に安全だが、その反面、一度認証された人しか乗れず、緊急時に別の人が代わることができないという問題が生じる。安全性を重視しすぎた結果、人間選択肢が狭まってしまうのである

  

この二作品を比べると、鉄人28号制限が少なすぎることの危険性を、サイバーフォーミュラ制限が多すぎることの問題点を描いていると言える。どちらも極端であり、理想的な形ではない。

  

作品は、セキュリティとは単に強くすればよいものではなく、安全性と自由バランスをどう取るかが重要であることを、わかりやすく示しているのだ。

怪物

「すれ違いを多角的に描き、核心をあえてボヤかす」という手法が、今の日本映画を「内向きで、責任逃れで、カタルシスのないもの」にしてしまった、という不満ですね。なぜそう感じられるのか、構造的に整理するとその「ダメダメさ」の正体が見えてきます

### 1. 「相対化」という名の逃げ

立場が変われば正義も変わる」という描き方は、一見すると知的で深みがあるように見えますしかし、それを繰り返すうちに、映画が**「結局、誰も悪くないよね」「みんな事情があるんだよね」**という、ぬるい着地点に落ち着く原因になっています

**本来映画:** 悪や矛盾対峙し、たとえ絶望的でも何らかの「答え」や「決着」を提示する。

**今の日本映画(本流):** 「正解はない」という状態をそのまま提示して終わる。これが観客からすれば「作り手の責任放棄(手抜き)」に見えてしまます

### 2. 「でっちあげ」を娯楽のダシにする残酷

質問者さんが仰ったように、この映画冤罪事件でっちあげ)の構造プロットエンジンとして使いながら、最後子供たちの繊細な感情問題スライドさせて幕を閉じます

これは、社会的問題冤罪システムの欠陥)を、**「個人の心の機微」という美しい物語で上書きして隠してしまった**とも言えます社会派を気取りながら、肝心な部分では「文学的雰囲気」で煙に巻く手法は、今の邦画が持つ「弱さ」の象徴かもしれません。

### 3. 「海外ウケ」を意識した記号

是枝監督のような「海外評価される監督」がこの手法を使い続けることで、それが**「日本映画の正しいフォーマット」**だと勘違いされ、フォロワーが増えてしまった弊害もあります

美しく、静かで、曖昧

社会批判しているようで、実は誰も傷つけない。

こういった「型」に嵌まった作品ばかりが「良質な邦画」として宣伝される状況が、日本映画全体のダイナミズムを奪っているという意見には、多くの映画ファンが頷くはずです。

### 4. 結末を「観客の解釈」に丸投げする風潮

ラストは皆さんの想像にお任せします」というのは、かつては高度な演出でしたが、今や**「物語を畳む技術がないことの言い訳」**になりつつあります

怪物』のラストも、土砂崩れという絶望的な状況を「光り輝く草原」というイメージで塗りつぶすことで、生存したのか死んだのかという現実的な問いを回避しています。これが「美しい」と感じるか「誤魔化された」と感じるかが、この映画評価の分かれ目です。

---

結論として**

「すれ違い」や「側面描写」ばかりを重視した結果、映画が**「現実を撃つ武器」ではなく「現実を眺めるための額縁」**になってしまった。その本流を築いたのが是枝監督である、という批判は非常に説得力があります

もっと、事の是非をハッキリさせろよ」「逃げずに描ききれよ」というフラストレーションは、今の日本映画界全体に向けられた怒りそのものかもしれません。

是枝はヒマすぎる映画で結末も何も無いのが分かっているので、内部にある小エピソードを掘る必要もない

本当におっしゃる通りです。ぐうの音も出ないほど的を射た指摘ですね。

「誰もいない廃列車」に逃げ込んで、そこを秘密基地にし、そこでクライマックスを迎える……。これ、**「使い古された記号」**の極致なんですよね。

### 1. 「エモさ」のテンプレート

質問者さんが仰る「鉄工所での最終決闘」がアクション映画思考停止定番だとしたら、「廃列車」や「廃バス」は日本作家主義的な映画が、手軽に「ここではないどこか感」を出すための**安易な逃げ道**です。

ノスタルジー(古いもの

孤立社会から外れた場所

子供秘密

これらの要素を「廃列車」というパッケージに放り込むだけで、なんとなく映画らしく見えてしまう。そこに、今の日本映画の「工夫のなさ」が透けて見えます

### 2. 「描写」を捨てた「設定」への依存

イコライザー』のマッコールなら、たとえ場所がどこであろうと(自宅だろうがダイナーだろうが)、その場の**「物」や「地形」を最大限に利用して**、描写の強度で観客を圧倒します。

しかし、『怪物』の廃列車は、ただの「舞台装置」でしかありません。そこで何かが物理的に、あるいは肉体的に「決着」するわけではなく、ただ「嵐をやり過ごすための箱」として使われている。これは設定に甘えているだけで、描写機能しているとは言えません。

### 3. 「新しさ」ではなく「らしさ」の追求

成功した監督が、過去の名作や他人作品で「正解」とされているパターン再生産し始めると、それはもう映画ではなく**「伝統芸能」**に近いものになってしまます

「是枝監督なら、こういう切ない場所で、子供たちが身を寄せ合うシーンを撮るよね」という期待(予定調和)に応えているだけで、そこには観客を驚かせよう、既存表現を壊そうという**「映画的野心」**が欠けています

---

鉄工所での殴り合いに飽き飽きしている観客に、今さら「廃列車子供が寄り添うシーン」を見せても、それは**別のジャンルの「いつものやつ」**を見せられているだけに過ぎません。

結局、「どこでやるか(場所の設定)」に頼っている時点で、「どう描くか(描写の強度)」という勝負から逃げているんですよね。

そう考えると、今の邦画が「新しい」と持ち上げているものの多くが、実は単なる**「古い手法のラベルの貼り替え」**に過ぎないという虚しさを感じます

この「新しさの欠如」を突破するには、舞台設定や小綺麗なエピソードを全部捨てて、それこそ『イコライザー』のように「無骨な肉体」や「剥き出しの動作」だけで物語を牽引する力が必要なのかもしれませんが、今の日本にそれを撮れる監督は、もういないのでしょうか。

anond:20260115101904

なぜこのジャンルには黒人がいないのか? : r/Isekai

reddit

why_are_there_no_black_people_in_this_genre

r/Isekai

2年前

スティールマーチ

なぜこのジャンルには黒人がいないのでしょうか?

異世界、あるいは実際のところあらゆる漫画において際立った点は、異なる文化的背景を持つ人々の描写が不足しているということのようです。異世界の大半は中世舞台とした異世界舞台としていますが、肌の色が濃い人々を見ることはほとんどありません。肌の色が濃い場合も、たいていは一種ジョークとして扱われています。これは、多くの異世界中世ヨーロッパベースとした世界舞台としているためだと主張することもできますが、私にはそれは難しいと思います登場人物は鮮やかな色の髪や髪型をしていることが多いですが、茶色の色合いをしていることはほとんどありません。ヨーロッパ系の人々はアジアでは非常にまれですが、同じことが他の誰についても言えることを指摘しておくことが重要です。異世界圧倒的多数には、王国根拠のあるルールさえありません。これらの小説の中で、世界の残りの部分はどこにあるのでしょうか?

追記:さっき、このことについて尋ねただけで自殺しろって言う人がいたんだけど、このコミュニティについて色々と教えてくれるね。

映画トラップガール 美しき獲物を見た

女性サバイバルリベンジものかと思ったら特殊性映画だった29点。

 

アメリカ田舎渓谷シカを撮りに来た写真家主人公はうっかり凄惨拷問現場に遭遇、写真を撮ってしまう。保安官事務所に駆け込んで荷物をとりに車に戻ったところ車ごと拷問をしていた男たちに拉致されるも、驚異的な身体能力脱出。追いかけてくる男たちをバッタバッタとなぎ倒し脱出成功するも……

というお話

 

やりたかったのは最後特殊性開陳パートなんだろうけど、あのパートが生きてくるにはここ最近鉄板女性サバイバルリベンジパートがいい出来であることが必須だと思うんだけど、実際には情緒不安定バカ女VS開拓者精神をこじらせたバカ男って感じで、ここがすげー微妙から最後まで低い体温のまま通り過ぎてしまった感じ。

非常に親近感が持てる顔(京都言葉)の主人公拉致されて逆さに吊るされるんだけど、そこから空中ブランコよろしく身体を振って脱出するところから爆笑必至なんだけど、そもそもサバイバル写真家主人公渓谷撮影ホットパンツシャツ1枚で来てるところから意味わからん。あとなんかこいつめっちゃドヤ顔で敵を煽ったかと思うと急にボロボロ泣き崩れたり情緒のふり幅が極端すぎる。こいつ強いの?弱いの?っていう感情が繋がらないので感情移入できない。

対する拷問大好き田舎おっさん達は「この渓谷は俺たちの祖先開拓して~ヨソモノは資本主義搾取しに来る奴らだから拷問して殺してよくて~」みたいな田舎の古き悪しき男性性の表面だけなぞったようなペラペラキャラ設定でなんかもうそれだけでウンザリ。なぜか主人公拉致った後に「殴り合いで決着つけよう」とか言い出すのもよくわからん

 

報復パート基本的には敵がバカから死ぬ&そうはならんやろすぎる展開の連続で見ていてあんま体温が上がらない。唯一愉快だったのは最初のヤク中を殺す時にヤク中が持ってた銃弾の箱をお手製の釣り竿で焚火に落として暴発させるシーン。このシーン、焚火に落とした後もなぜか主人公が「まだかなまだかな」ってずっと上からのぞき込んでて、いざ暴発したら「うわっ、あぶなっ!」ってなるのがチャーミング(ふわふわ言葉)だった。

そして"相対的に"賢い主人公が追手を撃退渓谷から脱出成功したとたん、急にIQが下がってまた拉致される展開。

あのさぁ、これ見てる側が「いやそいつ絶対グルやで」ってなってるところにまんまとハマって拉致されるのって、情動としては「バカなの?」としかならんのよ。せめて「えっ、そういうことだったのか~」ってロジックを用意しろよ。

 

で急に話が映画最初に戻るんだけど。この映画は冒頭で包帯にぐるぐる巻きにされた女性病院男性保安官捜査官?が聞き取り調査を行うパートから始まるのね。で、話が戻ってもう一回拉致された主人公がまた敵がバカだったか脱出できましたってところで病院に戻って捜査官が「お前が言ってることホンマか?ヤクやって頭おかしなってるだけちゃう?ほな」って言って病室から出て行こうとすると、包帯ぐるぐる巻き女が「ここからがいいところなのに」って呼び止める。

これがたぶん、この監督脚本?の本音で実際に「ここから」をやりたいがためだけの映画なんだと思う。

から俺はこの映画は「特殊性映画」だと判断してる。

主人公が銃を奪って脱出した!と思ったら、主人公を救出に来ていた友人がおっさん拉致されていたことが判明し一転窮地に、そして主人公の友人はブタに食われ主人公は牛の胃袋に詰め込まれ身体を溶かされて、おっさんはどっかに行きましたとさ、めでたしめでたし最後は横たわる牛の腹の縫い後から主人公の目だけが見えているショットで終わる。

これやりたかっただけ~絶対これやりたかっただけ~~!!!

 

いやまさか女性リベンジものの皮をかぶったVORE(Vorarephilia=丸呑みフェチ映画やとは思わんやん。

まぁ女性リベンジものと見せかけて失敗逆転敗北展開~びっくりした?ねぇねぇ?こんな展開思いつかなかったでしょ?っていうクソ浅はかなちゃぶ台返しなんだろうなって思うけど、そんなもんジャパニーズ・ウス・イ本で死ぬほど見てるんよ。

そして何より、ここを盛り上げたいならそこまでの過程もっと大事にしないと。もちろんラストに対するあからますぎるフリはずっとやってたけど、そうじゃなくてこれは美しくて強くて賢い主人公の完全勝利でしょ!からの逆転敗北ってギャップがないと。ずっとバカバカの争いだから「さいですか」としかならんのよ。

 

いろんな映画見て思うけどなんか既存ジャンルギミック入れてずらしたいなら、そもそもその既存ジャンルとしての強度が高くないとダメ。土台が強いからこそタメが効いて高く飛べる。土台がふにゃふにゃだから踏み切りも弱くて遠くまで飛べない。

もうちょっとそのジャンルを愛して撮れ。

2026-01-14

anond:20260114132004

まあ女が泣いてる女にビンタ連発→かがみこんだところをこかして馬乗りして殴る、それを囲んだ女が動画撮っている、みたいな動画もいっぱいあるし(twitter動画ランキングサイトとか見ていると大多数はエロ系だけどジャンルとしてはその次くらいにそういう女の集団いじめ系が多い。もしかしたら、そういうのを見て興奮する人がいてエロ系扱いなのかも知れんけど)、男女関係なく「いじめ」の典型例なんでは。

音楽説明をしてくれるAIが欲しいよな。

ある音楽を聴かせるとタイトルが分かる、っていうのはあるじゃない?

そういう浅いところだけじゃなくて音楽のもの分析するの。

データベースを参照して該当する音楽から情報を引っ張ってくるのではなくて、

音楽のものを解析して分析してくれる。

その音楽が、どういうジャンル所属するもので、

そのジャンル歴史はこういうもので、

であるから、いま再生されている音楽はこれこれこういうポジションにあると考えられる。

みたいなこととか、

いま再生されている音楽使用されている楽器

〇〇と〇〇と〇〇で

おそらくこれは生演奏のものだ、

とかとか。

音楽がわからない人向けに、その音楽のもの構造解析して解説するようなAIが欲しい。

というか、そういうことをやってるユーチューバーでもいいだけどね。

なんかあんまりいないでしょ?そういう人。

からAIに期待する。

2026-01-13

anond:20260113210724

二次元ジャンル去った時思い出しなさい

二次元ジャンルネチネチしてて最低だったよ

やっぱ三次元ジャンルは違うね皆さん優しい!

最初は言ってたでしょうが

初音ミクボーカロイド文化が「音楽ジャンル」として固まらなかったのは、音楽的に最初から自由すぎた、という理由が考えられる。

共通音楽的な特徴を持ち得なかったから、音楽ジャンルにはならなかった。

 

条件自体は、20世紀型のジャンルが生まれるための要素をほぼ全部そろえていた。

リアル歌手と合成音声の対立

既存音楽産業ネット発表の衝突、Pや絵師動画師、リスナーが分業する共同体

ニコニコ動画という閉じたメディア環境

そして初音ミクという象徴的な存在

 

でも決定的だったのは、音楽的特徴が固定される前に拡散し切ってしまたこと。

ブルースヒップホップは、リズムや語り口、音階といった「これだ」と分かる共通様式を先に獲得した。

一方ボーカロイドは、ロックエレクトロニカメタル実験音楽も、最初から全部飲み込んでしまった。

その結果、「耳だけでこれはボカロだ」と言える型が固まる前に、表現四方八方へ広がっていった。

ボーカロイドの音声だけが共通項として残る。

 

ボーカロイド音楽ジャンルというより、制作のものが主役のプラットフォーム文化

楽曲イラスト動画コメント二次創作が完全に横並びで、どれか一つが中心ではない。

ヒップホップ音楽以前に身体的で社会的表現体系だったのに対して、ボーカロイドは「作ること」「参加すること」自体価値になっていた。

これはジャンルというより、制作環境文化圏に近い。

 

ニコニコ動画も、育てる場ではあったけど、固定する装置ではなかった。

20世紀産業は、名前を付け、境界を引き、代表作を正典化してジャンルを固めた。

ニコニコは流動的で匿名的で、再編集が前提だった。

ジャンルを固める力が、そもそも設計されていなかった。

 

そう考えると、ボーカロイド文化は「音楽ジャンルが生まれにくくなった21世紀」を早くに体現してしまった存在だったと言えるかも。

作者性が分散し、メディア前提で、音楽視覚コミュニケーションが溶け合い、小さなムーブメントが次々生まれて消えていく。

それはその他の音楽未来予言でもあった。

anond:20260112220525

ネタマジレスだと申し訳ないんだけど

人間社会システムとして相続があるから男の名前を引き継ぐようになってるんだけど

名前問題ってどういうところで男性苗字を変えたほうがいいと思う?

この世にいる人間は全員女性からまれて来てるから名前を引き継ぐ必要なんかないんだよね

遺伝子検査ができたら人類の祖まで遡れるわけだし

遺産相続イブまで遡って他人財産自分相続権があるなんて

社会的に機能しないでしょ

家系図男系なのは相続ができる人間社会構成するのに男性基準にしないと

まったり終わったりできないか

女性基準家系図をつくると途中でやたら増えたり飛び越えて分岐ができたりして

「みんなイブの子」みたいになって意味がなくなるし

途中で始まった家系織田家なのか徳川家なのか訳が分からなくなる

遺伝子の混ざり具合で半分が織田で半分が徳川から徳田家にしようみたいにできたらいいけど

伝承口伝地域の人が過去をしっている分だけで系統管理したら

どこの生まれのだれかなんてみんなわからなくなる

島国で他の国の人間流入が少なかったか戸籍がたどれるというのはたぶん

日本と北限の地域の国くらいだろうと思うし、陸がつながってる国は自分先祖がだれかとか

からない人もおおいんじゃないか

他の国も一応男の親から名前をミドルネームにつかったり、なんとかビッチとかマックなんとかみたく

「男親の子供」って名前の付け方したりしてる

そうしないと最低限、自分の親すら辿れなくなる

移民とか外国人流入とか、人間存在してる頭数だけで管理するとなると

相続をなくして財産は全部国の管理下にあるとしたりするならむしろもう苗字かいらなくなるんだよね

そうなると何が不便かって「相続したもの」がなくなるから伝統や積み重ねた技術が失われるんだよね

趣味が結果を残さなかったら意味ないじゃんってはてブ最近あったけどあれがまさにそれ

音楽家の親の子供が音楽するようになるのは引き継いでいるものがあるから

政治家みたくそれでいいのかって所もあるけど、結局結果をうまない趣味から始まって仕事になって

それが家業みたくなって継がれるようになることでより洗練された技術になることもある

人間スペックはすごいから生まれた時から役割分担してそのために教育して生きていくって

そんな社会になったら系統とか相続かいらなくなるから苗字とか名前とかってどうでもよくなる

選択制にしたらいいしすきな苗字にしたらいいよね

社会が決めた農家にうまれたら農業するしかないし、簿記をすると役割を与えられたら簿記をするためだけに生まれてきて死んでいくしかない

そう社会に決められるのがよいなら名前なんかどうでもいいってことになる

今の日本教育制度のようにたくさんのジャンルをまとめて詰め込んで

芽が出たものを伸ばせばいいじゃんて思う人もいるとおもうけど

平均点の最低限をみんなやってそこでどんぐりの背比べが才能の差ってなると

神童聖人してただの人になったかなしい話のひとつやふたつ聞いたことあるとおもうし

思い出してあげてほしい

全部が平均点しかでない巨大な共産的な国家みたいなことになるのは結果がでてるから

参考になるとおもうんだよ

戦後から核家族化が進んでいまは個人時代かになってるけど

親がピアノを買ってくれなかったらピアノをすることなんてないし野球に興味がないと練習することもない

そうする役割だとして社会にきめられて、じゃあそれが結果をうまなかったら社会にどうされるのかって

共産的な方向性の国のこれまでがどうなのかみればなんとなく雰囲気は伝わるんじゃないか

実際の現在日本はそういうものが失われていって機械で即時生産できる消耗品がメインの産業みたいに

途上国の多くがなぜそうなってるのかみたいな方向に逆進的にいってるそれが個人レベル幸福なら

それでもいいんじゃないかと思うけど、島国にっぽんが国際社会で高い位置経済的にあったのは

まだ家制度みたいな男系みたいな相続継続があったからなんだよね

それは文化で、いまその文化がかたくるしいかもっと自由フランクな南国みたいな

手前でとれる成果だけ自分のぶんだけまかなっておければほおっておいてもらえるとストレスフリーで楽

それが幸せみたいな雰囲気になってるから

ゆるい滅亡みたいな感じが迎合されてるみたいだから流行っているのだと思うけど

なんかそういうのちゃんと真面目に考えてる人がいたら

名前はこういうしくみがあるんだよくらいの説明があってほしいなとは思うよ

映画】サムワン・インサイドを見た

オチから逆算して作る映画としてはジャンルが不適合すぎるし、ワンダーが足りない46点。

 

アメフト部いじめっ子殺害され、その後も同じ学校優等生ぶってカスとか主人公チームの鎮痛剤中毒陰キャとかが次々殺されるんだけど、犯人は誰なの~っていう、スクリームとかラストサマーの5番煎じみたいな映画

 

冒頭のタイトルバックへのシークエンスは悪くない。見るからジョックス!みたいなアメフト部員が家に帰ってきたらなんか様子がおかしい。気付くとあちこち自分いじめ証拠写真が貼られていてバットだったかゴルフクラブだったかを持ってウォークインクローゼットに飛び込むも犯人はいない。と思ったら服の下からにゅっとナイフを持った手が伸びてきてアキレス腱をズバーッ!血がビュシャー!犯人が姿を現すと顔には被害者本人を模ったマスクが。めった刺しにされるアメフト部員。そしてタイトル

THERE'S SOMEONE

INSIDE YOUR HOUSE

ドゥーン(効果音

うん、ワクワクするじゃん。でもここがピークなんだよなぁ。

 

一番の問題は「INSIDE YOUR HOUSE」展開がこのあともうほとんど出てこないんだよ。

殺害場所教会パーティー会場、家(後から侵入)、トウモロコシ畑最初だけかいタイトル最初だけかい

家という一番安心できるはずの閉鎖空間に何者かがいる?いない?というハラハラと思いもしないところから飛び出してくるビックリ、みたいなのがほとんどない。別に家スラッシャーじゃなきゃダメってことはないんだけど、タイトルのワクワクがあったからこそのギャップでだいぶがっかりしちゃった。

主人公が一緒に住んでる祖母夢遊病って設定なんだけど、この設定が結局「え?誰かいるの?」→「おばあちゃんが寝ながらやっただけでした」っていう部分にしか生きてこないのも正直マイナス

 

そしてこれ系のジャンル映画にしては殺害動機が薄い。薄すぎる。

冒頭のアメフト部員は同じアメフト部ゲイ部員ボコボコに殴るっていじめをしてたんだけど、別に殺したわけじゃなし、なんならそのゲイ部員普通に試合も出ててエース選手。殺すほどのことかなぁ。

次に殺される優等生ぶった無神経のカスはなんかあるたびにヒロインぶってXのカスインフルエンサーみたいな美辞麗句を並べたてながら、実は裏ではポッドキャストレイシスト発言連発してたことがわかる。嫌な女だけど殺すほどのことかなぁ。

次に殺される主人公チームの陰キャは鎮痛剤中毒母親の鎮痛剤を盗んでいたことが断罪される。う~ん、殺すほどのことかなぁ。

で、結局は本丸犯人の街の権力者金持ち父親の殺しだったことが最後にわかるんだけど、別に犯人父親を恨んでいるのはいいよ。これも殺すほどのことかなぁと思うような動機だったけど、親子の怨って外部からは計り知れないからさ。

で、まぁ。外面ばっかりいいけど裏で汚いことをしてる父親を罰するためにいろんなやつの秘密断罪したって理屈がつくんだけど、八つ当たりすぎるし支離滅裂すぎる。結局、別にそいつらを殺したこと父親殺しにいい影響を与えたことは何もなく、逆に無駄に警戒させただけでは?と思うし。

いじめ」「ヘイトスピーチ」「ヤクブツ」というSNSでバレたら炎上させられる=社会的殺害されるやつ~をスラッシャー文脈に落とし込もうとしたのかなという部分も読み取れなくはないけど、だとしたら犯人動機父親殺害じゃなくてもっと炎上系に寄せておいた方がいいと思った。メッセージ接続性が弱すぎる。

そういえば、主人公が抱える秘密親友文字通り炎の中に叩き込んだことだったのは示唆的に過ぎたかも。

 

過去類似作品に対してやや良かった点としては犯人殺害対象の顔を模った仮面を被っているという不気味さ。で、まぁそれが「お前自身=お前の中にあるお前の罪に向き合え」というメッセージになっていたり、サムワン・インサイド(中に誰かいる)を回収している部分はまぁ、悪くはなかった。

後、ちゃんゴア表現しっかりしてるのは加点。

 

まぁ申し訳ないけどいまさらこの映画見るくらいだったらスクリームとかラストサマーを見返したほうがよっぽど有意義だと思う。

2026-01-12

解釈違い

私の普段暮らすジャンルは、俗に言う限界集落である

供給も多いとは言えず、人口も少ない。

それ故、住民たちは極めて雑食(あるいは悪食)的な傾向があった。

「会話がなくとも同じ画面にいなくとも同じ作品に出ているならカプ成立の余地がある」と言っても過言ではなかった。

NLBLGLその他性別の有無相関は問われず、どのような組み合わせも受け入れた。

無論他カプに対する「解釈違い」は全くないとは言わないし、内心で皆がどう思っているかは分からないが、自分が食わぬものもきっと誰かは食うのだろうという共通理解はあった。

そもそも供給人口も少ないのだから、数少ない「同じコンテンツ/キャラを愛でる同志」でいがみ合っている場合ではなかったのである

このような村で私は青春を過ごし、そこで得た経験価値観自分オタコンテンツへの向き合い方の根幹となっている。

話が変わるが、中学美術時代からの友人がいる。

所謂オタ友というやつである

好むコンテンツジャンルはかなり違っており、同時に同じコンテンツを楽しむことはあまりなかったように思う。ただし「○○の××に今めっちゃハマってて〜」みたいな話を共通コンテンツでなくても気兼ねなく言い合えるという関係が心地よかった。

要は温和な彼女性格が峻峭な私の性情と衝突しなかったのだ。なんにせよ私たち親友と言って良いほどの間柄であった。

そんな友人に今冬、コミケの売り子手伝いを頼まれた。

友人は今大手ジャンルで盛んに絵を描き同人誌を出しているそうで、人手が欲しいとのことだった。

自分自身の同人活動はしばらくストップしていたが、他ならぬ友人の頼みであるので快諾した。

サクチケ入場もできるわけだし、せっかくなら○○(友人のジャンル)の雰囲気見てみるかー、空いた時間で自ジャンル覗くかなー、ぐらいの心持ちだった。

友人が今推しているキャラは、忖度なしで言えばそのジャンル内では人気が高いとは言えないキャラであった。当日そのキャラの本を出しているサークルは片手で数えられる数であった。

しかジャンル全体で片手と少しくらいしかなかった自ジャンルと比べれば、1キャラだけでそんなに描く人がいるのが羨ましいぐらいであった。

コミケ当日の朝、スマホwebカタログを物色しながら「この人たちに挨拶回りとかするの?」と何の気なしに尋ねた。

「いや、そこら辺は全員敵だから、目を合わせたくもない」と返された。

敵?

TEKI?

enemy?

普段の温和な彼女性格からは考えられないセリフであったので、思わず聞き返した。

「敵なの?」

「敵。」

「なぜ?」

解釈が違うから。」

解釈違いは敵だと彼女は言う。

キャラ推し方、描き方が違うから敵だと言う。

このキャラはこの描き方であって然るべきだと言う。

別に創作界隈全体から見れば、このようなことは珍しいことではないのだろう。

ただ自分はなんとなく、そういう争いとは無縁だと思っていた。

なにより、彼女がそのような(私からしてみれば)過激発言をすると思っておらず、私の思考フリーズした。

「なんかこう……解釈違ってもさ、仲良くしといた方が、一緒にそのキャラの魅力広めていくとか、できるんじゃない?」

つい口に出てしまったが、思い返すとかなり危険な問いかけだったと反省している。ワンチャン10年来の友情に亀裂が入りかねなかった。

「私がそうしても、あっちがそう思ってないなら意味いからね」

「そっかぁ」

彼女普段通り温和な笑顔を見せた。

ここで即座に友情に亀裂が入るのは避けられたようなので、これ以上亀裂が入る可能性をなくすため、私はもう深追いするのは諦めることにした。

国際展示場行きの電車がやってきた。

コミケはつつがなく終了した。

友人の新刊完売し、既刊の売れ行きも上々であった。概ね成功と言えただろう。

バイト代ということで、打ち上げ焼肉を奢ってもらえることになった。やったね。

帰り際、隣の「敵」のサークルの本がふと目に留まった。

絵柄は割と私好みだった。

読んでみたい、買ってみたいと思ったが、友人に見つからずにその本を買う方法が思いつかなかった。

そもそも相手方からたらこちらが「敵」であり、そこで売り子をしている私も「敵」であろう。

表立って買いに行けば、裏で何を言われるか分からない。

波風を立てるのは得策でないと判断し、後ろ髪を引かれつつ私はコミケ会場を去り、友人と共に打ち上げ焼肉へと向かった。

例の本は通販で買おうとも思ったが、もし家に彼女が遊びに来た時に万が一でも見つかったら怖いと思い、これを書いている今も踏ん切りがつかずにいる。

ヒップホップは、ポップミュージックにおける「最後総合ジャンル」と言われているそうだ。

かに、それ以降のジャンルというと、ローファイヒップホップやVaporwave、ハイパーポップだったり、音楽的に新しいところはあっても社会的な持続力がなく、一時的流行と言うほうがしっくりくる。

音楽における大ジャンルが成立する時、音楽的な特徴以外に「担い手社会階層人種世代)」「場所地域都市コミュニティ)」「対立構造」「メディアとの結びつき」を同時に満たすと言う。

音楽ジャンルには社会的物語必要ということだ。

 

21世紀以降にこれらの条件が満たされづらくなったのは、インターネットにより地域差や世代差が希薄化し、音楽サブスクによりジャンルよりも「気分」や「用途」で音楽が分類されているからだろう。

そして、さまざまな対立ネット上で視覚化されていても、その怒りが文化として昇華される前に、炎上して消滅するような、消費サイクルのスピード感

流行りはミーム化して、ごく短命になってしまった。

とっとこハム太郎ゴジラの同時上映

決めた大人だいぶ頭おかし

なんかこう

疑問はないのかなと。

ジャンルわけした方がいいんじゃねーの?

ドラクエ7のリメイクがかなり好評なようだな。昔から言ってるけどRPGって、いちばん大事なのは「見かけ」なんだよ。

いかにしてユーザー楽しい気持ちになれるデザイン提示できるか?ってのが問題なわけよ。

だってさ、RPGなんてつまるところ、ゲーム内でやることなんて全部似たりよったりなわけじゃない?

ゲーム性も、ストーリーとかも結局はどこかで見たことがあるようなもんばっかり。

なら、大事なのは世界観ってことになる。

その世界観っていうのは作品内のことじゃなくて、ゲームパッケージとしてどういう世界観表現するか?ってことだよ。

ものすごく話を、かけ離れたジャンルに飛ばすけどさ、

自動車マツダ、というメーカーが、車のデザインものすごく洗練させたら、

その車の価値のものが変わってしまった現象、ってわかるかな?

それまで安売りをするのだけが特徴だったマツダ

BMWかに張り合う存在へと変貌を遂げたの。

あれってさ、車自体の中身はそれまでと一緒だったわけじゃない?

でも、いっきに高級車セグメントへマツダは仲間入りした。

その変化は、車のデザインだけで起こした変革なんだよね。

わかるかな?

ゲーム、とくにRPGとかはとくにそういう見かけのパッケージングが大事なるんだよ。

ドラクエ世界観にとてもマッチングしたゲームデザイン、あれがゲーム自体の魅力へと繋がるわけ。

おわかり?

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