はてなキーワード: 敗血症とは
17世紀、ドイツの錬金術師ヘニッヒ・ブラントは大量の人尿を蒸発させる実験中に、夜光を放つ不思議な物質を偶然取り出しました。これが元素「リン(黄リン)」の発見です。ブラントは「賢者の石」を求めて尿に含まれる未知の物質を探していましたが、その過程で思いがけずリンに辿り着きました。当時は元素概念すら確立されておらず、尿から得られた発光物質は人々を驚かせました。その後、リンはマッチや肥料、発煙弾など幅広く利用され、化学の発展に寄与しました。初めて人類が人為的に発見した新元素として、科学史に残る画期的発見です。
張衡が発明した地動儀の復元模型(国立科学博物館の展示より)。内部の倒立振子が揺れ方向を検知し、龍の口から玉が落ちる仕組みになっていた。
今から約1900年前、後漢の科学者・張衡(78–139年)は世界初の地震計「候風地動儀」を考案しました。酒壺のような青銅製の容器の周囲に8匹の龍、その下に8匹の蛙を配置し、地震動の方向によって対応する龍の口から玉が落ちて蛙の口で受け止める仕掛けです。132年、この装置は都では揺れを感じない地震まで検知し、数日後に遠く離れた隴西の地震発生を的中させたと『後漢書』に記録されています。当時としては驚異的な精巧さであり、内部構造の詳細は文献から推測するしかなく、現代の科学者が再現を試みても完全には解明できていません。まさに古代中国の科学技術の粋と言える発明です。
技術水準との乖離: 2世紀に既に地震の方向検知装置を実現しており、同様の概念が西洋で登場するのは1500年以上後。
19世紀末、ドイツの物理学者ヴィルヘルム・レントゲンは真空放電管の実験中に未知の透過放射線に偶然気づきました。1895年11月8日、暗室で陰極線管に黒紙を巻いていたところ、2m離れた蛍光板がかすかに光る現象を発見したのです。彼はこの正体不明の光線を「X線」と命名し、妻の手を写した世界初のレントゲン写真を撮影しました。X線は人体や物体を透過するため医学への応用(レントゲン診断)を飛躍的に進展させ、物理学にも原子や放射能の研究など新たな道を開きました。当時の常識では考えられなかった「見えない光」を発見したこの出来事は、まさに幸運と洞察が生んだ科学革命でした。
古代インドで生まれ、中世イスラム圏で広まった「ダマスカス鋼」は、波紋状の美しい木目模様と伝説的な切れ味で知られる名刀の材料です。炭素を多く含むるつぼ鋼から鍛造され、高硬度かつ靱性を両立したこの鋼は、当時の他の金属材料を凌駕する性能を示しました。しかし18~19世紀までにその製法は途絶え、「失われた技術(ロストテクノロジー)」の代表例となりました。現代の材料科学者や刀鍛冶が文献と顕微鏡分析を基に再現を試みていますが、完全に同じ構造・性質の鋼を作ることは依然困難です。近年の研究では、ダマスカス鋼中に炭化物ナノ構造が存在することが判明し、その卓越した性質の一端が解明されつつあります。とはいえ、中世の鍛冶職人が達成した奇跡の技を完全に再現するには、さらなる研究が必要です。
東ローマ(ビザンティン)帝国が7世紀以降に使用した秘密兵器「ギリシア火薬」は、水上でも燃え続ける恐るべき焼夷剤でした。粘性のある可燃性液体に点火して敵船に噴射するこの兵器は、帝国の海戦における切り札となり、数々の勝利をもたらしたと伝えられます。しかし当時の技術水準で如何にこのような燃焼剤を製造できたのかは謎で、製法は厳重な軍事機密として一子相伝され、帝国の衰退とともに14世紀までに失われました。松脂・ナフサ(石油)、生石灰、硫黄、硝石などを混合したのではないかとも推測されていますが正確な配合は不明です。専門家は「水面でも燃焼を持続し消火困難な点で、現代のナパームに近い化合物だったのではないか」と推測しています。このようにギリシア火薬は史上初の化学兵器とも称され、その実態は今も歴史家や化学者を惹きつけています。
エジプト・ギザに聳えるクフ王の大ピラミッド(紀元前2500年頃)は、古代世界七不思議に数えられる史上最大級の石造建造物です。230万個以上、重さ数十~数百トンの巨石ブロックを極めて精密に切り出し、隙間なく積み上げた構造は、現代でも驚異とされます。ピラミッドの各面はほぼ正確に東西南北を向き、高さ146mもの建造物を当時の人力と簡易な道具のみで築いたその技術力には謎が残ります。どうやって巨石を運搬・加工し、精巧に積み上げたのか、統一的な説は無いものの、直線傾斜路や螺旋状の内部スロープを用いた説、てこの原理や水を使った浮力輸送説など様々な仮説が提唱されています。近年の研究や実験考古学により一部再現も試みられていますが、それでも「完全には解明されていない」のが実情です。大ピラミッドは古代人の英知と膨大な労働力が生んだ奇跡のモニュメントと言えるでしょう。
1796年、英国人医師エドワード・ジェンナーは、牛痘にかかった乳しぼり娘が天然痘に罹らないことに着目し、8歳の少年に牛痘膿を接種してから天然痘ウイルスを植え付ける実験を行いました。結果、少年は天然痘にかからず、世界で初めて予防接種(種痘)が成功しました。この功績により天然痘ワクチンが開発・普及し、人類はついに致死的感染症であった天然痘を制圧、1980年には地球上から根絶するに至ります。興味深いことに、後年の研究でジェンナーが用いた牛痘ウイルスは実は馬由来の近縁ウイルス(馬痘)だったことが判明しており、この成功は偶然の産物でもありました。当時はウイルスも免疫も未知の時代で、民間伝承と大胆な実践から生まれた種痘法は、医学史上もっとも奇跡的な発見の一つです。
1928年、英国の細菌学者アレクサンダー・フレミングは培養中のブドウ球菌の寒天培地に偶然生えた青カビに気付きました。奇妙なことに、カビの周囲だけ細菌の発育が阻止されており、このカビ(Penicillium属)が細菌の繁殖を抑える物質を産生していると推論しました。フレミングはこの物質を「ペニシリン」と名付け発表しますが、当初は抽出精製が困難で実用化には至りませんでした。その後、第二次大戦下の切迫した需要もあって、フローリーらのチームが生産性の高いカビ株を用い大量生産法を確立し、ペニシリンは遂に人類初の抗生物質として実用化されました。これは敗血症や肺炎など多くの死病を治療可能にし、無数の命を救った医学の革命です。「偶然から生まれた最も重要な発見」とも称される所以です。
古代中国・唐代において、不老不死の霊薬を求めていた道教の錬丹術士たちは、硝石・木炭・硫黄を調合中に思いがけず激しい燃焼・爆発を起こしました。これが世界初の火薬(黒色火薬)の発明とされています。錬丹術の文献『丹経』(孫思邈による7世紀頃の著作)には硫黄などを調合する記述があり、「手順を誤ると爆発する」と警告されています。この記述が火薬誕生につながったと推定されています。発明当初、中国では花火や兵器に火薬が用いられ、やがてモンゴルを経由してイスラム世界からヨーロッパへ伝播し、中世後期以降の戦争の様相を一変させました。火薬の登場は兵器の火器化を促し、城塞や甲冑の概念を刷新するほど後世に絶大な影響を与えました。錬金術の副産物とも言える偶然の発明が、人類の歴史を大きく動かした例です。
ギリシャのアンティキティラ島の沈没船から発見された「アンティキティラ島の機械」の主残存部品(国立考古学博物館所蔵)。複雑な歯車が幾重にも組み合わさっている。
1901年、地中海の難破船から発見された錆び付いた青銅塊は、後に古代ギリシアのアナログ計算機であることが判明し、世界を驚かせました。紀元前後1~2世紀の製作と推定されるこの機械には、少なくとも37個の精巧な歯車が組み込まれており、太陽や月の運行、日食・月食の周期、オリンピア競技の開催周期までも再現・予測できる構造でした。解析によれば、ハンドルを回すことで内部の歯車列が天体の位置を演算し、文字盤に年月日や天文現象を表示したといいます。このような複雑な機械装置が再び歴史に現れるのは、それから実に千年以上後の中世後期であり、アンティキティラの機械は「古代のオーパーツ(時代錯誤的産物)」とも呼ばれます。当時知られていた天文学知識を凝縮し、高度な金属加工技術で実体化したこの機械の存在は、古代人の科学技術水準に対する見方を一変させました。現代の研究チームがX線断層撮影などで内部構造を解析し、復元モデルを制作していますが、それでもなお解明されていない点が残るほどです。アンティキティラ島の機械は、人類史上最も再現が難しい奇跡的発明として堂々の第1位にふさわしいでしょう。
ていうか絶対そう。
小学生ぐらいから爪をよく噛んでいた。父親もよく噛んでいたのでそれの影響かもしれないが、常に白い部分はなくボロボロガタガタ。体が柔らかいのを利用して足の爪まで噛んでた。
そうして引きちぎった爪を捨てる時もあったが半分くらいは食べてた。
食感は小魚の骨を噛み砕いてる感じ。味はない。地産地消のおやつなどたアホな事考えてた。
爪は治った。対象が指の周辺の皮膚になっただけだった。
指に逆剥けがあると気に食わない。何故か綺麗じゃないと認識して剥く。
そこで終わればいいのに今度は周辺とその剥いた所の段差が気になってまた剥く。そうして一帯を剥きまくってボッコボコの指を見て綺麗になったと思ってしまう。
触らずいた方がずっと綺麗なままだったなんて分かってる。頭では理解している。でも気になって仕方がない。
逆剥けがないときはシャーペン、カッター、ハサミを使ってまで切って剥いた。ちょっと乾燥して白くなってるのも許せなかった。
普段は表皮を刈り取ってるが、たまに力加減を間違えて真皮までいったり血まみれになったりする。
その度に痛みとまたやってしまったという気持ちで自己嫌悪に陥る。
親指周りの皮膚が一番ひどく、他4本の指はあまり剥かない。
左手の親指なんて第一関節から上は表皮ほぼないんじゃないだろうか。
ハンドクリームを塗ったりした。屁のつっぱりにもならない、治った側から剥いてくだけ。
絆創膏や包帯も試したが、余計人目につくのですぐやめた。
マニキュアもチャレンジした。マニキュアを綺麗に見せるため結構剥くのは我慢した。まぁこれも剥く対象がマニキュアになっただけだった。三日と経たず剥かれていく哀れなマニキュア達。
ジェルネイルなら取れないだろうとやってみたものの、20うん年皮膚を剥き続けてきた猛者達の前ではなす術なく剥がれていった。
今の所、仕事で使う全面保護タイプの指サックが一番良い。長時間つけてても違和感ない。問題はその指サックも対象になりつつあり破損していることだけだ。
常に真っ赤なので事情を知らない人からは「指どうしたの!?火傷した!?」と驚かれたりする。「そんな所です〜」と誤魔化すようにしてる。
自分は一生この癖と付き合ってこんな会話をこれからもするのだなぁとぼんやり考えた。
ある時、心の病気一覧みたいな本を見かけて立ち読みした。とある項目が目につく。読んでみた。
皮膚むしり症、これやん。
女性に多いらしい。そういえば今まで同じ症状の人を見たことがあったが全員女性だ。私ほど酷い人はいなかったが。
関連病気のような欄に異食症と書かれていた。読んでみた。これやん(2回目)。
皮膚むしり症と異食症の併発。
そう思った時少しだけ心が楽になった。ずっと治せない癖でコンプレックスだと思っていたが、私は病気だったのか。
皮膚むしり症自体はそこまで認知度も高くなく、有効な治療法データもないらしい。病因も不明。
そこまで調べて尻込みしている。治したい気持ちはあるけど、まず精神科も予約しないといけないのが嫌だな〜と思ってしまう。
ネットで皮膚むしり症の記事を書いている精神科に行けばいいのだろうか。
何も分からん。
指が傷だらけの状態なのでそこからウイルス感染もするそうだ。今までの人生で特になった経験はないが。敗血症にもなるらしい。怖すぎる。
やっぱり治すべきではある。
脳外科医の竹田君らしき人がいるけど、ツイートを読んだ限りだと、そこまでおかしな対応はしてないんだよな…
https://posfie.com/@nyotusuzu/p/7iu0E3b
@Takedakun_model
この話も悪意をもって改変されていますね。
この方は、三叉神経痛に対して薬物療法での対応が困難で、手術加療を検討されていると近医より紹介されてきた患者さんです。(自主的に来られた方だったかも。)
結局、手術をすることになったんですが、若年で小脳の萎縮がなく、術野の展開に困難が予想される症例でした。
開頭(頭蓋骨を開ける)、硬膜切開、脳ベラの挿入までは私がやりましたが、予想通り術操作を行うスペースが非常に狭く、私の身の丈に合わない難症例でした。上司にそのあとの顕微鏡下の内部操作をお願いしました。
結果、痛みはとれましたが、顔面の感覚鈍麻、難聴が術後に出現しました。
これを赤穂民報は、私が「起こした」医療事故として大々的に報道しています。
2025-01-25 11:45:49
@Takedakun_model
カテーテル穿孔と言っていますが。。。専門的な話になるのはご容赦ください。わからなければコメントから質問お願いします。
これは確か90代の高齢女性で右M1閉塞(右中大脳動脈近位部)の閉塞で血栓回収を行った患者さんのことだと思います。
高齢でしたがもともとのADLは悪くなく発症から間もなかったため血栓回収を行いました。この日は予定手術とクモ膜下出血とこの症例がかぶってしまい、確か一人でやらざるを得なかった症例だったと思います。
問題なくカテーテルも病変まで到達し、1Pass(一回、ステントリトリーバーを展開し回収を試みるだけ)で血栓回収でき問題なく再開通しました。術後のCTでも問題なく、HCUに収容。少し左手も動き始めたんだったと思います。
ところが翌日のCTで右シルビウス裂に血種ができており、確かに前日よりも意識が悪いようでした。
さらに悪いことにその翌日か翌々日、尿が出なくなり造影剤腎症を併発しました。一時期透析(CHDF)も考慮するほどでしたが1週間ほどで尿量もまずまず増えてきました。
長期臥床が続いてしまい、廃用が進んで所謂「ジリ貧」の状態が続きました。
1か月ほどのちに、高血糖高浸透圧性昏睡、あるいはは敗血症で亡くなられました。
悔しい症例でした。せっかくよくなると思ったのに。。。
出血の原因ですが、カテーテル穿孔はあり得ません。術中のワイヤー、カテーテルの挙動はおかしくなかったし、もしそうなら術直後のCTでひどいことになっているはずです。
専門的な話ですが、私が渉猟した範囲で、黎明期の5RCTでは、無症候性も含めた出血性合併症は30-50%、症候性 5-10%程度だったと思います。症候性頭蓋内出血の頻度が多いように思いましたが、やらなかった場合、死亡または重篤な後遺症となるのでやったほうがましって話じゃなかったですか。
そもそも閉塞部位遠位のロードマップが確認できない状態で穿孔ってわかるんでしょうか。あくまでわかるのは造影剤の漏出しか認知できないじゃないですかね。上記5RCTで穿孔が極端に低い(1%以下)または記載なしなのはそういう理由じゃないかと思っています。
https://natrom.hatenablog.com/entry/2025/01/22/110000
まぁがんリスク検査に意味なんてほとんどないという話言い分はわかる。
【闘病】もっと危機感を抱いていれば… 「腟がん」の手術後に「敗血症」を発症して
https://news.yahoo.co.jp/articles/aa144f2863e578d02945d6efc5b8ce6287936034?page=1
でもまぁこの人に関して言えば、子宮頸がん検査をしていてもわからなかったっていうことなので、むしろがんリスク検査のほうが早めに見つかった可能性は高いんじゃないかなぁ?など。
また、今友人が逆流性食道炎が原因の食道がん?胃がん?で治療中で、ステージ3で見つかり、手術後に転移が見つかり、みたいな状態なんだけど、
もちろん、毎年健康診断を受けて、逆流性食道がんも10年くらい把握していて、でも具体的に対処してこなかったからということのようではあるのだけど、
こういう人もリスク検査受けていたほうが早期発見・早期治療につながった可能性あるよね?と思うんですよ。
よくわかんないんだよな。
先生の記事の書き方だと、まるで一般の人にはがんリスク検査なんてまるで意味ないですよというように感じるわけですが、
もちろん、記事の最後のほうにも、有病割合であったり、母集団に寄ってどうのっていう話はあるんだけど、
総論としては無価値で医者の金儲けの手段に過ぎないから受診する人は馬鹿で、みなさん賢くなろう的なお話に受け取るわけでございますよ。
でもですね、逆流性食道がんが胃がんの原因になる可能性がとかも、ワイ的には今回始めて知ったわけですよ。
眉唾的な話もあるじゃないですか。あっつあつの味噌汁をよく飲む人は食道がんになりやすいとか。
当たり前のところで言えば、喫煙者だから肺がん胃がんになりやすいとかさ。
一人の一般人として言えば、僕はあっつあつの味噌汁をしたべろを半分やけどしながら飲むのがとても好きだし、ヤニカスだし、親父もがんだし、まぁ潜在的にはがんになる可能性が高い方の人間だと思う。
年齢的にも徐々にがんになる人が出始める頃合いだ。
なんなら、先生の記事を読んで、受けるやつはバカなのか、統計マジック使った金儲けかと思ったわけだ。
でもまぁ、友人のがんの報告だったりを聞くと、ちょまてよ?などとも思うわけだ。
でも、受診するやつは馬鹿なんだよなぁ、、、などと思うわけだ。
まぁ、僕がどうするかは別として。
気付いたときに手遅れになるのがいいのか、誤診もあるけどある程度リスクを把握できるほうがいいのかは、最終的には各自の人生であり価値観だと思いますが。
なんかすごく気になったのでちょっと吐き出しです。
こういう粘液が出ている所にはデリケートゾーン用のソープを使うのはかなり有効なので覚えておいてほしい。
また、原則的に入浴介護は危険だし体力が必要だし、プライバシーの問題もあって難しいことが多いので、プロに任せた方が良いと言う事はまず述べておく。
特におむつやパッドを使う用になった要介護者の場合、どうしても股間が蒸れてしまったり、不潔になってしまう事がある。
これをそのまま放置しておくと、カンジダなどの病気になってしまったり、最悪の場合尿道炎などにかかって入院、さらに体中に影響が出て敗血症等と言う事もありうる。
そこで、きちんと清潔にする必要があるのだが、全身洗い用のボディソープでゴシゴシなんてすると、要介護者は皮膚が弱くなっているのですぐに悪くなる。
また、本人も当然ながら羞恥心などもあるので、さっと済ませたい。
そういうときに有効なのが、薬用の抗菌泡石けんである。デリケートゾーン用としても抗菌成分を含むちゃんとしたメーカのものを選ぶのが良い。俺の所ではほぼほぼ持田ヘルスケアのコラージュフルフルシリーズを使っている。
また、同様のシリーズに撥水クリームというのがあって、これもデリケートゾーンの保護に有効である。これを塗っておくと皮膚に汚れがつきずらく、弱い皮膚を保護してくれる。
岡崎律子を知ってる人は多くないとは思うけど毎年この時期になると思い出してしまう。
そのうちどこかの記事にまとめるかもしれないけどそうなっても許して欲しい。
2004年3月17日に彼女がリーダーをしていたメロキュアのベストアルバム『目処ディアスハードキュア』が発売された。
彼女の作る楽曲、歌声は俺の荒みきった心にスーッと染み渡る即効性があった。
本当に生活や世の中への不安を共感してもらえたような気持ちになれた。
CDが発売されてかしばらくしてストアイベントをやるとの告知が出た。
たしか突然だったと思うけど当時飛ぶ鳥を落とす勢いで調子にのっていた俺は
「こういうのは発売前に告知しろ!コロムビアは常識が無いのか!?」
「もうアルバム買っちゃったしどうすればいんだ!」
などと思ったのかもしれない。
渋谷のHMVでのイベントはアニソンには似つかわしくない場所だよなと感じたのは覚えている。
そもそも当時44歳の彼女は表に出てくることはほとんど無いのだ。
俺は勇気を振り絞ってヤングの街渋谷の領域に行く決心を固めた。
今にして思えばこれは虫の知らせだったのかもしれない。
イベント当日の2004年4月6日渋谷に場違いな俺、いや、俺達は100人くらいだったと思う。
HMVのCD売り場にちょこっと作られたイベントスペースに集合させられた。
表現は悪いかもしれないが、ソーセージの試食や半額弁当に群がるハイエナの如き様相だった。
ハイエナ共を囲った鎖の外には望月久代も来ているのも確認できた。
明らかに業界人じゃないし通りすがりの一般人でもない普通の人が何人か認められた。
この時受けた感銘は一生忘れることはない、し、この気持に異論を唱える人は誰ひとりいないと思う。
彼女は『ふたりのせかい』では振り付けまで披露してノリノリだった(この振り付けはこの楽曲を耳にするとついやってしまうくらいお気に入り)。
MCでは(別に嫌というわけじゃなかったけど)はしゃぐ彼女と、イメージとの違いに若干の違和感はありました。
相方の日向めぐみも「リーダーはしゃぎすぎだからもっとおさえて!」と訝しげにしていた。
握手会でも彼女は丁寧にコミュニケーションをとっており、日向の流れ作業とは本当に対象的だった。
ものすごい牛歩だったけど、そろそろそのくらいで!とか声を荒げるスタッフはいなかったのも印象的だったな、やるじゃんコロムビア。
そしてそれは突然訪れた。
イベントから1ヶ月後の2004年5月12日に彼女の訃報が読売新聞に掲載された。
俺達は知るすべは無かったかが2004年6月6日の読売新聞の追悼渉によると1年ほどの闘病生活だったそうだ。
2003年の5月に胃ガンと診断され翌月から入院、病室にキーボードを持ち込みでクリエイティブ作業を継続。
(ちなみにこの記事に掲載された彼女の写真は2004年の3月に撮影されたものであった…)。
日向めぐみ、望月久代の「なんて目をするんだ…」という様相は俺達に向けられた侮蔑の眼差しではなかった。
場違いな普通の人たちはケアマネさんかもしかしたら医療関係者だったのかもしれない。
このような状況下で『メロディアス・ハードキュア』は造られ俺達に届けられたのだ。
突然のイベント告知は彼女の体調次第、おそらくは彼女がわがままを押し通したのだろう。
正確なところを知るすべは無い…しかし俺は感じ取ることは出来たのだ…
ヤツら本気だしたら爪で一生のこる傷つけてくるし、雑菌まみれ爪なので敗血症でしぬぞ?
大坂大学理系学部自然生物研究科の山下さんによりますと2月7日深夜2時に関西圏に生息するスズメの最後の一羽が息を引きとりました。鳩に餌をやっていた老人の興味が猫に移った結果十分な餌が与えられなくなり年々減少は確認されていました。大半のスズメは関東に生息地を移しましたが、捻くれた一羽の雀が木の実などを食べて生活していたところ、猫に捕まえられて息絶えました。これで関西圏に生息する雀の数は現在0匹となりました。
山下さんは「空飛ぶ鼠という蔑視をつけられたのが響きました。猫に噛まれたら敗血症で死にますが、スズメに噛まれたところで血一つ出ません。こんなにかわいいのになぜ?」と涙をこぼしました。ネズミをモデルにしたキャラクターであるポケットモンスターのピカチュウさんに話を伺ったところ「最近ネズミ人気が落ちている。ハムスターもミッキーマウスも世間から忘れられている。ネズミで生きてんの俺だけやん」とのことです。