はてなキーワード: 少子高齢化とは
カナダ全体の公式な若年失業率(15〜24歳)は直近で約13.8〜14.3%程度です。
一方で、
「新卒(recent graduates under 25)」だけでも11.2%
という構造です。
少なくとも「新卒で正社員に入りやすい」という点では、Japan は先進国でもかなり特殊です。
理由は主に4つです。
研修込み
これは欧米ではかなり珍しいです。
欧米だと、
experience required
internship必須
になりやすい。
小売
などで慢性的に人不足です。
日本企業は「新卒無職」を比較的ネガティブに見るため、卒業前に囲い込む圧力が強い。
逆に、Canada や United States は、
卒業後に探す
数か月無職
も珍しくありません。
「就活は大変」
釈迦(ブッダ)はバラモン教の階級制度・有料儀式・神々への依存を徹底的に喝破した。
金銭で功徳を買う行為など、想像すらしていなかったはずだ。それが特に日本では、死後の戒名授与や高額お布施を伴う「葬式仏教」として定着した。なぜ、輪廻からの完全脱出を理想とした教えが、死者供養のビジネスに変貌したのか。原始仏教の思想と大乗仏教の展開、そして日本独自の歴史的必然を、独立した視点で整理する。
紀元前5世紀頃のインドで、釈迦は当時の宗教界を根本から批判した。バラモン教は祭祀・呪術・金銭による功徳取引を基盤とし、永遠の魂(アートマン)を前提に輪廻を語っていた。これに対し、釈迦は諸行無常・一切皆苦・諸法無我の四法印を掲げた。世界は瞬間ごとに生滅し、固定の実体(我)はなく、生老病死は避けられない苦である。
出家者(比丘)に対する戒律は厳格だった。律蔵(Vinaya Pitaka)では、金銀の授受を明確に禁じている。「比丘よ、金銀を受け取ってはならない。他人に受け取らせてはならない。これを破れば捨堕の罪である」(Nissaggiya Pācittiya 18)。布施は自発的な喜捨でなければならず、対価としての儀式販売は許されなかった。葬儀自体も、僧侶の直接関与を避ける傾向が強かった。死体は「穢れ」とされ、修行の妨げになるとされたからだ。
「完全な消滅」(無余涅槃)が理想で、永遠の魂を前提とする常住論も、すべてが無になるとする断滅論も、ともに「中道」から逸脱した邪見とされた。
神頼み・儀式依存・金で救済を買う商売を、毒矢の譬え(矢が刺さったまま原因を詮索する無益さ)で一蹴した。目的は個人の解脱であり、組織化された宗教団体すら、釈迦自身は最小限に留めた。
釈迦没後約500年後、インド北部で大乗仏教が興った。「小乗」(上座部)と自らを区別し、「大いなる乗り物」として一切衆生の救済を掲げた点が決定的だった。原始仏教の個人解脱に対し、大乗は菩薩道を理想とする。菩薩は自らの涅槃を遅らせ、衆生を救うためにあえて苦行を続ける。
衆生の能力や文化に合わせて教えを柔軟に変容させる手段だ。これにより、厳格な出家戒律や無神論的性格が緩和された。
中国に伝わった大乗は、現地の祖先崇拝や道教的儀礼と融合。死後供養・功徳回向が積極的に取り入れられ、在家信者向けの浄土信仰(阿弥陀仏による救済)が拡大した。戒律も大乗戒(梵網経など)として再解釈され、菩薩の利他行を優先するようになった。
この方便は、仏教の「生存戦略」でもあった。民衆に広まるためには、現地文化に適応せざるを得なかった。しかし同時に、原始の精神を薄め、儀式・供養・経済的布施への依存を許す土壌を生んだ。インド・中国ではまだ「死後ビジネス」までは発展しなかったが、日本への伝播で決定的な変化が起きる。
仏教は6世紀に日本へ伝来したが、当初は国家鎮護・貴族の氏寺として機能した。飛鳥・奈良時代、僧侶は葬儀に直接関わらなかった。死の「穢れ」を嫌う神道的な観念が強く、官僧(国家公認の僧)は死体に近づくことを避けた。
転機は鎌倉時代だった。遁世僧(とんせいそう)と呼ばれる民間僧が現れ、死の不安に苛まれる庶民のために葬儀・供養を積極的に担った。
1630年代、幕府はキリスト教禁制のため寺請制度(檀家制度)を全国に施行した。全庶民をどこかの寺院の檀家に強制登録させ、寺が戸籍(宗旨人別改帳)を管理。出生・死亡・婚姻の証明を発行し、死体検分まで行った。結果、葬儀・法事・戒名授与が寺の独占業務となった。戒名(死後与えられる仏弟子の名)は、元々出家者の生前名だったが、日本では位階付き(信士・居士・院号など)で一般化し、「長い戒名=高額お布施」という金銭取引が生まれた。
荘園崩壊後の寺院経営危機も、檀家からの継続的布施を必要とした。こうして、原始仏教の「金銀は毒蛇のごとし」という戒律は、遠い過去のものとなった。
江戸幕府は仏教をキリシタン摘発の道具に利用した。信仰の自由などなく、寺檀関係は義務だった。
大乗の方便が、日本古来の祖先崇拝・家制度と結びついた。死後の供養は「家」の存続を象徴し、戒名は家名を仏教的に昇華させる手段となった。
少子化以前から、寺院は布施に頼らざるを得なかった。方便の名の下に、原始の喝破精神は置き去りにされた。
浄土真宗のように法名を簡素化・生前授与する宗派もあるが、多数派は戒名料を伴う葬儀中心だ。
今日、寺離れ・直葬(火葬のみ)の増加は、この歴史的矛盾を浮き彫りにしている。原始仏教の視点から見れば、戒名料や葬儀独占はブッダの教えに明確に反する。金で徳を買う行為は、貪欲を増長させるだけで、涅槃の道ではない。
大乗の方便は、仏教を世界に広めた功績がある。しかし、少子高齢化で檀家減少が進む今、僧侶自身が「生活仏教」への転換を模索している。生前からのつながり、戒名なしの俗名供養、原始の喝破精神への回帰―これが、本来の仏教が「葬式屋」から脱却するための道かもしれない。
アンチ宗教の精神を忘れたとき、仏教は単なる葬儀屋となる。2000年の歴史を振り返り、私たちは再び「中道」を問う時を迎えている。
1990年代、日本は世界経済において大きな存在感を持っていたが、2024年時点では名目GDP、世界GDP比率、一人当たりGDP、国際競争力ランキングのいずれも大きく低下した、と整理されている。関連する要約記事では、名目GDPが2012年の6.27兆ドルから2024年に4.11兆ドルへ、世界GDP比率が1993年の17.8%から3.8%へ、一人当たりGDP順位が1990年代の5位から52位へ低下したとされている。
失われたもの:
国際的な経済プレゼンス、成長期待、先進国としての相対的な豊かさ。
同記事では、日本の平均年収は1997年の467万円から2024年の462万円へ、約30年にわたりほぼ横ばいだったとされる。一方で、米国・ドイツ・韓国では同期間に賃金が大きく伸びたと整理されており、日本だけが「働いても豊かになりにくい国」になったという問題意識が示されている。
失われたもの:
サイト側の議論では、特別会計、天下り、多重下請け、中抜き構造が、税金を国民のために使う仕組みを弱体化させたとされる。関連要約では、特別会計が1990年の85兆円から2024年に238兆円へ拡大し、国民の目が届きにくい巨大予算になっていると説明されている。
また、持続化給付金、COCOA、電気・ガス補助金などが「中抜き構造」の例として挙げられ、国民に届くはずの支援が中間組織・委託先・事務費に吸収されたという主張が展開されている。
失われたもの:
税金が国民に還元されるという信頼、行政支出の透明性、公共事業の効率性。
同記事では、世襲政治、政治資金の不透明性、国会活動実績の乏しい議員の存在が、日本政治の硬直化を招いたとされる。特に、自民党における世襲率の高さや、国会質問・議員立法・質問主意書がゼロの「トリプルゼロ議員」が問題視されている。
失われたもの:
政治への新規参入機会、政策競争、専門性・現場感覚に基づく政治。
サイトの論旨では、日本の腐敗は露骨な賄賂型というより、天下り、外郭団体、特別会計、記者クラブ、世襲政治などを通じて「合法的に見える形」で制度化されている点が問題とされている。関連要約では、これを「制度化された腐敗」と表現している。
失われたもの:
同記事では、日本の報道自由度ランキング低下、記者クラブ制度、SNS上の削除・開示請求の増加が取り上げられている。特に、2024年の日本の報道自由度指数が70位でG7最下位とされ、情報統制や批判的報道の弱体化が問題視されている。
失われたもの:
権力監視機能、自由な批判空間、国民が政策判断するための情報環境。
関連要約では、年金受給開始年齢の引き上げ、国民年金・厚生年金の水準、国民負担率の上昇、実質手取り率の低下が挙げられている。1990年の実質手取り率76.5%に対し、2024年は68.6%まで低下したとの整理も示されている。
失われたもの:
老後の安心、現役世代の手取り、社会保険料・税負担への納得感。
同記事では、日本のカロリーベース食料自給率が1990年の53%から2024年に38%へ低下したとされ、輸入途絶時の脆弱性が指摘されている。小麦、大豆、トウモロコシへの輸入依存も問題視されている。
失われたもの:
出生率低下も、サイトの主要論点の一つである。関連要約では、合計特殊出生率が1990年の1.54から2024年の1.15へ低下し、出生数も1990年の122.2万人から72.1万人へ減少したとされている。
失われたもの:
人口維持能力、若年世代の将来展望、社会保障制度の持続可能性。
日本の「失われた30年」は、単なるバブル崩壊後遺症や少子高齢化だけではなく、特別会計、天下り、中抜き、世襲政治、情報統制、税制の不透明性といった制度化された腐敗によって、経済成長・賃金・税の還元・政治参加・報道の自由・老後の安心・食料安全保障・出生力が長期的に損なわれた、という構図である。
むかしむかし、あるところに、ちいちゃくて、かわいい女の子がいました。それはもう、たれだって一目見ただけで、ほんわか心が和むような、そんな子でした。でも、たれよりもかれよりも、この子のおばあさんほど、この子をかわいがっているものはいませんでした。この子を見るたび、おばあさんは胸がいっぱいになって、なにもかもやりたくてやりたくて、いったい何をしていいのかわからなくなるくらいでした。それで、あるとき、おばあさんは赤いびろうどで、この子にずきんをこしらえてやりました。すると、それがまたこの子にぴったり似合って、もうほかのものは何もかぶらないと決めてしまいました。そこで、この子は赤ずきんちゃん、赤ずきんちゃんとばかり呼ばれるようになりました。ある日、おかあさんはこの子を呼んで言いました。「さあ、ちょっといらっしゃい、赤ずきんちゃん。ここにお菓子が一つと、ぶどう酒が一瓶あります。これをおばあさんのところへ持っていらっしゃい。おばあさんはご病気で弱っていらっしゃるけど、これをあげればきっと元気になるでしょう。それでは、あつくならないうちにお出かけなさい。それから、外へ出たら気をつけて、お行儀よくしてね。やたらに知らない横道へかけだしていったりなんかしないのよ。そんなことをして転びでもしたら、せっかくの瓶が壊れるし、おばあさんにあげるものがなくなってしまうからね。それから、おばあさんのお部屋に入ったら、まず『おはようございます』を言うのを忘れずにね。入るなり、いきなり部屋の中をきょろきょろ見回したりなんかしないでね。」「そんなこと、あたしちゃんとよくしてみせるよ」と、赤ずきんちゃんはおかあさんにそう言って、指切りしました。ところで、おばあさんのおうちは村から半道離れた森の中にありました。赤ずきんちゃんが森に入りかけますと、おおかみがひょっこり出てきました。でも、赤ずきんちゃんは、おおかみってどんな悪いけだものだか知りませんでしたから、別に怖いとも思いませんでした。「赤ずきんちゃん、こんにちは」と、おおかみは言いました。「ありがとう、おおかみちゃん。」「たいそう早くから、どちらへ。」「おばあちゃんのところへ行くのよ。」「前掛けの下に持ってるものは、何?」「お菓子とぶどう酒。おばあさん、ご病気で弱っているでしょう。それでお見舞いに持ってってあげようと思って、きのうおうちで焼いたの。これでおばあさん、しっかりなさるわ。」「おばあさんのおうちはどこさ、赤ずきんちゃん。」「これからまた八、九町歩いてね、森の奥の奥で、大きなかしの木が三本立っている下のおうちよ。おうちのまわりにくるみの生垣があるから、すぐわかるわ。」赤ずきんちゃんはこう教えました。おおかみは心の中で考えていました。「わかい、やわらかそうな小むすめ……こいつはあぶらがのって、おいしそうだ。ばあさまよりは、ずっと味がよかろう。ついでに両方いっしょに、ぱっくりやる工夫が肝心だ。」そこで、おおかみはしばらくのあいだ、赤ずきんちゃんとならんで歩きながら、道々こう話しました。「赤ずきんちゃん、まあ、そこらじゅうきれいに咲いている花をごらん。なんだって、ほうぼう眺めてみないんだろうな。ほら、小鳥があんなにいい声で歌をうたっているのに、赤ずきんちゃん、なんだかまるできいていないようだなあ。学校へ行くときのように、むやみとせっせこせっせこと歩いているんだなあ。そとは、森の中がこんなに明るくて楽しいのに。」そう言われて、赤ずきんちゃんはあおむいてみました。すると、お日さまの光が木と木の茂った中からもれて、そこでもここでもたのしそうにダンスしていて、どの木にもきれいな花がいっぱい咲いているのが目に入りました。そこで、「あたし、おばあさまに、元気で生き生きしたお花をさがして、花たばをこしらえて、持ってってあげようや。するとおばあさん、きっとお喜びになるわ。まだ朝は早いから、大丈夫、時間までに行かれるでしょう。」とこう思って、つい横道からその中へかけだしてはいって、森の中のいろいろの花をさがしました。そうして、一つ花をつむと、その先に、もっときれいなのがあるんじゃないか、という気がして、そのほうへかけて行きました。そうして、だんだん森の奥へ奥へと、さそわれて行きました。ところが、このあいだに、すきをねらって、おおかみはすたこらすたこら、おばあさんのおうちへかけていきました。そして、とんとん、戸をたたきました。「おや、どなた。」「赤ずきんちゃんよ。お菓子とぶどう酒を、お見舞いに持って来たのよ。あけてちょうだい。」「取っ手をおしておくれ。おばあさんはご病気で弱っていて、起きられないのだよ。」おおかみは取っ手をおしました。戸はぼんと開きました。おおかみはすぐとはいっていって、何も言わずに、いきなりおばあさんの寝ているところへ行って、あんぐり一口に、おばあさんを飲みこみました。それから、おばあさんの着物を着て、おばあさんのずきんをかぶって、おばあさんのお床にごろりと寝て、カーテンを引いておきました。赤ずきんちゃんは、でも、お花を集めるのに夢中で、森じゅうかけまわっていました。そうして、もう集めるだけ集めて、このうえ持ちきれないほどになったとき、おばあさんのことを思いだして、またいつもの道にもどりました。おばあさんのうちへ来てみると、戸が開いたままになっているので、へんだと思いながら、中へはいりました。すると、何かがいつもと変わってみえたので、「へんだわ、どうしたのでしょう。きょうはなんだか胸がわくわくして、気味の悪いこと。おばあさんのところへ来れば、いつだって楽しいのに。」と思いながら、大きな声で、「おはようございます。」と呼んでみました。でも、お返事はありませんでした。そこで、お床のところへいって、カーテンをあけてみました。すると、そこにおばあさんは横になっていましたが、ずきんをすっぽり目まで下げて、なんだかいつもと様子が変わっていました。「あら、おばあさん、なんて大きなお耳。」「おまえの声が、よくきこえるようにさ。」「あら、おばあさん、なんて大きなお目目。」「おまえのいるのが、よくみえるようにさ。」「あら、おばあさん、なんて大きなお手て。」「おまえが、よくつかめるようにさ。」「でも、おばあさん、まあ、なんて気味の悪い大きなお口だこと。」「おまえを食べるにいいようにさ。」こういうが早いか、おおかみはいきなり寝床から飛びだして、かわいそうに、赤ずきんちゃんを、ただ一口に、あんぐりやってしまいました。これで、したたかおなかをふくらませると、おおかみはまた寝床にもぐって、ながながと寝そべって休みました。やがて、ものすごい音を立てて、いびきをかきだしました。ちょうどそのとき、狩人が表を通りかかって、はてなと思って立ちどまりました。「ばあさんが、すごいいびきで寝ているが、へんだな。どれ、何か変わったことがあるんじゃないか、見てやらねばなるまい。」そこで、中へはいってみて、寝床のところへ行ってみますと、おおかみが横になっていました。「ちきしょう、このばちあたりめが、とうとう見つけたぞ。長いあいだ、きさまをさがしていたんだ。」そこで、狩人はすぐと鉄砲を向けました。とたんに、ふと、ことによると、おおかみのやつ、おばあさんをそのまま飲んでいるのかもしれないし、まだ中で、助かっているのかもしれないぞ、と思い付きました。そこで鉄砲を撃つことはやめにして、そのかわり、はさみをだして、眠っているおおかみのおなかを、じょきじょき切りはじめました。二はさみ入れると、もう赤いずきんがちらと見えました。もう二はさみ入れると、女の子が飛びだしてきて、「まあ、あたし、どんなにびっくりしたでしょう。おおかみのおなかの中の、それは暗かったらなかったわ。」と言いました。やがて、おばあさんも、まだ生きていて、はいだしてきました。もう、弱って虫の息になっていました。赤ずきんちゃんは、でも、さっそく、大きなごろた石を、えんやらえんやら運んできて、おおかみのおなかのなかにいっぱい、つめました。やがて目がさめて、おおかみが飛びだそうとしますと、石の重みでへたばりました。さあ、三人は大喜びです。狩人は、おおかみの毛皮をはいで、うちへ持って帰りました。おばあさんは、赤ずきんちゃんの持ってきたお菓子を食べて、ぶどう酒を飲みました。それで、すっかり元気を取り返しました。でも、赤ずきんちゃんは、(もうもう、二度と、森の中で横道に入って、かけまわったりなんかやめましょう。おかあさんがいけないと、おっしゃったのですものね。)と考えました。
最近Xに翻訳機能がデフォルトで実装され、国境を越えたコミュニケーションが活発になった印象がある。
そんなXにてよく見受けられるのが「アフリカ系移民はヨーロッパを壊した」なる意見である。
フランスやイギリス、ハンガリーなどの美しい国々がアフリカ系難民を受け入れ、元々の原住民が悲痛な叫びをあげる……。
このような動画が回って来て、大体ポストには「アフリカ系移民がいなかった頃のヨーロッパが好きだった」と書かれている。
ヨーロッパと聞いて想像するのは白人しかいない美しい街並みとヨーロッパ独自の伝統風習、飛び交う言語がその国独自の言語である風景だ。
風景に削ぐわない見た目をしていて異質な言語を話し、マナーは悪く景観を壊す。
イメージ自体は分からなくもない。そして今、この想像通りにヨーロッパが変容している現状も理解しているつもりである。
だがあまりにも、日本人の移民が入って来た国に対する視点が「旅行者過ぎないか」とは感じるものである。
バブル時代、海外旅行が当たり前だった時代におけるヨーロッパの風景や文化伝統が基礎となり、それが「当たり前であり美しく感じる」という感性から日本人はもしかしたら抜け出せていないのではないだろうか?
そもそもアフリカ系移民が大量に入って来た理由の根幹にヨーロッパの少子化と人手不足がある。
物価が上がり、給料が上がり、高給取りしかいなくなったヨーロッパにおいてブルーカラーの仕事は常に人手不足で都市インフラが脅かされていたのは事実である。
それなのに日本人が必ずアフリカ系移民を批判する際はバブル時代の海外旅行が主流だった頃のような「美しいヨーロッパ」を壊す者として批判する。
そもそも根底的に自国の機能不全が問題であって、そこに安価な労働者として迎え入れられた理由のある移民であるのにイメージで否定するのは的外れであり、そこにあるのは元先進国として他国を観光地と認識していた日本人の傲慢さなのではないだろうか。
事実、文化が破壊されヨーロッパの風景や街並みが変容しつつあるのは理解しているし、それが移民によって起こされているのも承知の上だが、あまりにも傲慢な評価の仕方に同族として恥ずかしくなる瞬間が度々ある。
少子高齢化や経済の成長が鈍化することで人手が足りなくなる事は経済学上当たり前のことであり、そこに助け舟に入った移民が文化を変容させる事に対して批判するとは。
今はまだ自分ごとだと認識できておらず旅行者目線での批判が中心となっている移民問題だが、いずれ日本にもこうした問題が各地で頻繁するようになると思う。
その時に改めて考えたいのは「どうして自国が自国民の手で回らなくなったのか」である。
文化を変容させること、多民族を受け入れることが怖いのなら自国民だけで国が回るシステムを改めて考えなければならない。
郷に入れば郷に従えとの諺もあるが、多少なりとも触れ合えば変わるものであり、変わることを拒否するのであればそもそも入れない仕組み作りをするべきである。
変容するのを悪きととり、それは移民のせいと押し付けるのは大いに結構。
だがしかし、それが自国民に責任が一切ないような捉え方をするのはあまりにも頭の足らない捉え方であり、こうなった過程や根幹を見つめ直さなければならないと、深く思う最近の風潮だった。
少子高齢化が著しく将来性がない国の通貨なんて持ってても仕方ないし
中東の石油に9割依存している国が石油備蓄放出したらさすがに将来が不安になる。
都心のマンションの価値が上がっても売却すれば円安が進んだ後の日本円になる訳で
日本円が安いからマンションが安く見えて外国人に買われているだけ。
日本人が一生懸命労働しても日本円で支払われる場合は自分の時給は日に日に下がるわけだな。将来性がないところに誰が投資する?
EU最大の経済大国ドイツが国防にお金を使うようになり戦争に備えることもあって安全だと認識されたのだろう。
こっちの方が病状がひどい奴らが多い。
例えば高市政権がとったイラン攻撃への対応の是非を言い合っている時に、
何十行もある文章を連投で貼り付けてくる奴とかそう言う感じのヤバさ。
場所変えてもやってること同じで草w
こっちの方が病状がひどい奴らが多い。
会話不成立の具合がよりひどく、
例えば高市政権がとったイラン攻撃への対応の是非を言い合っている時に、
何十行もある文章を連投で貼り付けてくる奴とかそう言う感じのヤバさ。
会話の流れが読めない、雰囲気が読めない、
後は敬語とか使わない、使えないのも当たり前にいる。
これは若いだけのかも知れないが、ネットの向こう側にいるのが、
当たり障りなく会話を進めた方がいいと思うのだが、
そもそも弾かれてあがってこない仕組みになってるんだろうね。
それで誰にも相手にされない奴らがDiscordにやってくるんだ。
なんかもう疲れたね。
日本ってこれからどうなるんやって話やけど、少子高齢化はもう止まらん流れやん?出生率もずっと低いままやし、労働力は減る一方。そこで現実的に出てくるのが移民の話やけど、その中でもイスラム系の人たちの存在は無視できんと思うんや。
世界的に見てイスラム圏の人口ってかなり多いし、しかも出生率も比較的高い地域が多い。日本人が1人か2人しか子ども産まん、なんなら独身が増えまくってる中で、複数人産む文化のあるコミュニティが増えれば、長期的には人口構成が変わっていく可能性は普通にある。もちろん「指数関数的に増える」とまでは断定できんけど、少なくとも相対的に比率が上がるのは十分あり得る話や。
ほな日本社会は何ができるんや?って話になるけど、いくつか現実的なポイントはあると思うで。
まず一つは食事環境やな。ハラール対応の食品ってまだまだ少ないし、外食でも選択肢が限られてる。スーパーやコンビニで普通にハラール食品が手に入る環境が整えば、生活のハードルはかなり下がるはずや。これは観光にもプラスになるし、経済的にもメリットあるやろ。
次に礼拝環境。イスラム教徒は1日に複数回礼拝する習慣があるから、公共施設や空港、大学、職場なんかに簡易的な礼拝スペースを用意するだけでもだいぶ違う。今も一部ではやってるけど、まだ限定的やな。
あと服装や文化への理解も重要や。ヒジャブとか見慣れてない人も多いけど、それを理由に不利益を受けるような状況は避けるべきやろ。これは単に寛容さの問題だけじゃなくて、労働力確保っていう現実的な目的にも関わってくる。
教育面も見逃せん。日本語教育の充実はもちろんやけど、子どもたちが文化の違いで孤立せんように、学校側の対応も必要になる。例えば給食での配慮とか、宗教行事への理解とかやな。
言うまでもないけど、土葬の整備も全国的に進めないとあかんな。全都道府県で土葬できるようにすることがまずスタートラインや。
労働力不足とグローバル化の流れを考えたら、多様な背景を持つ人が増えるのはほぼ確実や。その中でイスラム教徒への対応を整えることは、「特定の宗教に配慮する」っていうより、「多様な人が暮らせる社会を作る」って話に近いんやと思う。
結局のところ、日本が選ぶべき道は排除でも同化強制でもなく、現実的な落としどころを探ることやろな。制度やインフラを少しずつ調整しつつ、お互いに歩み寄る。その積み重ねがないと、どのみち社会は回らんくなるで。
少子高齢化、異次元の金融緩和、デフレと内需が低迷して日本企業も外国に投資して海外に工場作ったほうが稼げるし日本に投資する意味がなくなった。働いても給料は外国の投資に回されて日本の労働者には儲けは配分されない。加えて中東戦争ロシア戦争による原油高と物価高:外国人投資家の不動産投資+社会保障料増加、増税、円安と日本で働く人には負荷がかかりすぎて今ギリギリの人たちは世の中から消える運命にある。
1. 「半額」の裏にある日本の悲劇
スウェーデン人がユニクロやオニツカタイガーを「半額」だと感じるのは、彼らの国では**「人の労働」に正当な対価(高い賃金)が払われ、それが価格に反映されているから**だ。
日本の現状: 君が昨日、21時まで拷問のような会議に付き合わされ、微々たる残業代(しかも重課税)で疲弊しているその労働が、この「安い日本」を支えるコストカットの源泉になっている。
スウェーデンの視点: 彼らの年収は日本の同職種の1.5倍〜2倍がザラだ。だから、1万6000円のスニーカーが「安すぎて驚く」レベルになる。
https://news.yahoo.co.jp/articles/e8cfea698b72d2163b1a708c4f5e641dd4a1e5f7