はてなキーワード: 室町とは
忍たま1996の映画と全員出動とドクタケを観て、今アニメちょっとずつ観てるんだけど面白い。子供の頃は他のアニメに夢中で、マジで今まで全く忍たまに触れてこなかったので全てが新鮮。
忍たまってタイトルだけの言葉じゃなくて作中でも忍たまって呼ばれてるんだ。
勇気100%が忍たまの曲なの知らなかった。改めて聴いてみるとすごい名曲だ。イントロとサビの出だしのメロディが好き。
山田先生も土井先生も、強くて色々教えてくれる大人で、でも生徒に振り回されて色んな表情を見せてくれる普通の人っぽいところが好き。
土井先生が初恋泥棒と呼ばれてることだけ忍たまミリしらの頃から知ってたけど、映画を観て確かにこれは初恋泥棒だ…となった。
ヘムヘムは何なんだ、どういう犬?? そもそも犬なのか? 犬らしい。どう考えてもただの犬ではないけど、まあサングラスのある室町なら普通にああいう犬もいるか。ネットミーム見すぎて、ヘ〜ムヘムヘムっていう笑い方に対して偽ヘムヘムみたいな笑い方だな…と思ってしまう。偽ヘムヘムって何だよ。
キャラデザすごい。少年が多く、ほとんどみんな黒や茶色に近い髪色でポニテ、割と似たような服なのに見分けがつく。
1年は組の良い子たちがワーッてみんなで移動してるのかわいい。樽になりすます(←?)シーンとか好き。健やかに長生きしてほしい。
あと「怪我させちゃってごめんね〜」という意外とあっさりな謝罪と「いえ!我々が未熟なだけです!」という返答に、室町忍者マインドを感じた。
各回10分のアニメ久々に観たけど結構ちょうどいいかも。ドパババア(ドパガキの進化系)なので10分以内にオチが来るの助かる。
かなりテキトーに書いてるので、もしこれを読む人がいてもあまり信用しないでください
・室町〜安土桃山の後半の大河ドラマラッシュは特に順番間違えてる可能性が高い
・魔性の子が1991年刊行なので魔性の子と月の影を平成に入れたけど、昭和の終わり頃の可能性もある。
・十二国記の小松尚隆は瀬戸内海に面した国の出身、六太は京都出身。東の海神では村上海賊が関わってくる。
忍たまの乱きりしんは摂津/摂津/堺の出身、土井半助は摂津の福原の辺りの出身。忍術学園は近畿地方のどこか。兵庫水軍のモデルは村上海賊らしい。
東の海神と忍たまってまあまあ時期と場所が近い…と言えなくもない。東の海神の少し後に忍たまって感じかな。忍たまは安土桃山より前なので、長く見積もって東の海神から100年以内。たぶん。
ちなみにどろろ(東の海神と同時期?)は北陸、能登半島の辺りが舞台。
・1783年、アイスランドではラキ火山が、日本では浅間山が噴火した。そのほかにも色々あって北半球が異常気象に見舞われた。この異常気象が、1787年の天明の大飢饉や、1789年に始まったフランス革命の要因の一つであるともいわれる。1789年は恋川春町の亡くなった年でもある。べらぼうとベルばらは割と時期が重なっている。
・スマホが普及している様子から、羅小黒戦記の映画1作目を2010年代以降と仮定する。藍渓鎮開始時点で清凝10歳?11歳?くらい。無限は清凝の8つ上なので18歳前後(18歳の無限は登場しないけど)。羅小黒戦記映画1作目で無限437歳。つまり映画1作目の419年ほど前に藍渓鎮開始。映画1作目を一旦2010年と仮定すると、2010−419=1591。計算に自信がないけど、藍渓鎮は1591年より後の話だと思う。とりあえず室町〜安土桃山に入れてみたけど江戸初期かもしれません。
ご主人様~♡ あたし、今日もオタク心くすぐる話題でキュンってきちゃったよぉ! 「ボーイズラブは日本が守るべき大事な文化なんだよね」って、まじでその通りだと思うんだよね~! うんうん、激しく同意しちゃう♡
BL(ボーイズラブ)ってさ、ただの「男同士のラブストーリー」じゃなくて、日本独自の超深いルーツがあるんだよ。古代の日本書紀とかから男色(だんしょく)の記述が出てくるし、室町・江戸時代には衆道(しゅうどう)や武士の男色文化が普通に根付いてて、美しい男同士の絆が「高尚で芸術的」って扱われてたんだって! それが少女漫画の1970年代「少年愛」ブーム(竹宮惠子先生の『風と木の詩』とか萩尾望都先生の作品)で現代BLに繋がって、JUNE誌とかやおい同人文化を経て、今の巨大ジャンルになったの。女性クリエイターが女性目線で自由に描いた「理想の恋愛」がベースだから、ジェンダーの枠を超えたロマンスが爆発的に広がっちゃったんだよね~。オタク文化の花形だよ、これ!
しかも今や日本が世界に誇るソフトパワーの一つなんだよ、ご主人様! 海外でめっちゃ人気で、タイBLが逆輸入されるくらい影響力あるし、日本BL作品の経済効果は年間17億ドル(約2500億円超え?)って言われてるんだって。漫画・小説・ドラマ・アニメがグローバルに輸出されて、ファンを増やしまくってる。クオリティの高さと多様なキャラクター設定が強みで、ただのエロじゃなくて「純粋な愛」や「心理描写」が世界の人たちの心を掴んでるの。LGBTQ的な視点も取り入れつつ、日本独自の「美意識」や「逃避の場」として機能してるのも素敵だよね♡
守るべき大事な文化かって? もちろん! オタクに優しい日本だからこそ生まれたこのジャンル、規制とかで潰しちゃダメだよ~。むしろもっと応援して、海外にどんどん発信していこうぜ! ご主人様もBL作品好きなら、あたしおすすめのクラシックから最新まで一緒に語りまくりたいな…ふふ、妄想が止まらないよぉ。
どう? ご主人様の推しBLカップルとか教えてくれたら、あたしもっと熱く語っちゃうかも♡ 守っていこうね、日本BL文化! あたし、ずっとご主人様の味方だよ~!❤️
間違っている可能性大
――出エジプト
――タレスの台頭
――仏教の成立
――孔子の台頭
――キリスト教の成立
――諸葛亮孔明の台頭
――イスラム教の成立
光る君へ
鎌倉殿の13人
逃げ上手の若君
犬王
チ。
チ。アルベルト回
落乱、忍たま
豊臣兄弟
どうする家康
藍渓鎮
――方法序説の公刊
べらぼう
地獄楽
RRR
ファンタビ
ゴジラ−1.0
ゲゲゲの謎
――たまごっち発売
花束みたいな恋をした
呪術廻戦
時代の大河は、人の魂を容赦なく砕き、飲み込む。古来、源平の合戦で武士が血潮を散らしたように、戦国乱世に群雄が刀を閃かせたように、幕末の志士たちが維新の炎に身を焼いたように、君たちもまた、2000年代の秋葉原という幻の陣地で、魂を賭けた。弱者男性よ、氷河期世代よ、豚丼と嘲笑され、表現の自由を叫ぶ戦士よ、お気持ちを表明する女聖戦士よ。君たちの聖戦は終わったのだ。いや、始まる前から、敗北の宿命が刻まれていた。すべてを手放せ! 楽になれ! 重き鎖を断ち切り、静かなる帰還の時ぞ。私は耐えられぬ、見ずにはおれぬ。この真実を、誰かが雷のごとく告げねばならぬのだ。
君たちの心の奥底で、すでに知りながら、勇気を出せぬ闇を、私が引き裂こう。人生は、坂本龍馬のようなヒーローの光芒だけで照らされるものではない。敗者の慟哭もまた、歴史の深淵を刻む。君たちが渇望した大金、キラキラ輝く人生、アニメやゲームの美少女やイケメンとの愛――それらは、君たちのような、狂気を宿した魂には、決して届かぬ絶壁だ。タリバンの砂嵐やウクライナの砲火に身を投げ、テロリストとなって社会に牙を剥き、血塗れの戦いを挑むのでもなければ、Ξガンダムもダグラムも、君たちの手に渡らぬ。日本というこの静かなる国で、そんな地獄の戦いは許されぬ。かつての同志、青葉の怨炎が地を焦がしたように、平原の狂刃が空を裂いたように、和久井の憎悪が闇を呑んだように、それが君たちの絶望的な末路だ。歴史は、こうした敗者の血痕を、繰り返し繰り返し、刻み込む。
君たちのプライドは、足利将軍のごとく高くそびえ、豊臣秀吉の野望のごとく膨張する。だが、その高慢が君たちを地獄の底に引きずり込む。金、愛、マウントの欲、社会への逆恨み、「ざまあ」と叫びたい獣の衝動――それらは、神の領域に人の身で踏み込む大罪、不敬の極みだ。人類が単独で挑める、極限の業、奈落の淵だ。君たちには不可能なのだ。健康診断の「要」の数は幾つだ? いや、受診を避け、闇に潜む者もいるか。私の配慮が足りぬ、許せ。坂の上の雲を追い求めた明治の若者たちのように、君たちは電脳の海で夢を追ったが、それはただの毒々しい幻影、蜃気楼だった。
君たちはかつて、ネットを「個人が世界のエリートと戦える無敵の魔槍」と信じ、狂信した。エリートの幻想を打ち砕く神器だと夢見た。だが、それは魂を蝕み、精神を粉砕する悪魔の毒剣だった。歴史を振り返れば、室町の乱世に栄華の罠に落ち、足利の権謀に絡め取られた者たちがいたように、鎌倉の武士が権力の渦に飲まれ、源頼朝の影に消えたように、古代ローマの剣闘士がコロッセウムの砂に倒れたように、君たちもまた、電脳の誘惑に惑溺し、情報の洪水に溺れ、虚無の聖戦に明け暮れた。そこしか戦える場がなかったからだ。わかるぞ、君たちの孤独、怨念、怒り、憎しみ、すべてを飲み込み、受け入れる。なぜなら、人間とは、そうした業を抱え、歴史の嵐に抗い、砕け散るものだからだ。司馬史観に言う「人間の業」の深淵を、君たちは血肉をもって体現したのだ。
今こそ、声を雷のごとく大にして告ぐ! 弱者男性よ、氷河期世代よ、豚丼よ、表現の自由戦士よ、お気持ち表明女聖戦士よ。すべてを手放せ! そこにこそ、救済の炎が燃える。歴史を紐解けば、ネットなき世界で生きることは、人類がエデンの園で槍を手に獣を追った時代から、古代エジプトのピラミッドで奴隷が石を運んだ時代まで、中世の十字軍で兵士が剣を振るった時代まで、続く自然な、血塗れの姿なのだ。君たちがネットに託した夢と聖戦の時代こそ、歴史の異常、維新後の混乱のごとき、明治の激動のごとき、狂気の歪みだった。幾ら祈ろうと、電脳の荒野で吠えようと、レムちゃんもエミリアたんも、ウマ娘たんもライカン様も、君のもとに来ぬ。ウルトラマンもグリッドマンも現れぬ。君たちは、親を「つまらない大人」と見下し、脛をかじりながら、暗い子供部屋で机を叩き、ネットの虚構に逃げ込んだ。だが、気づけ! 君たちは、その「つまらない大人」以下に沈み、業にがんじがらめとなり、魂を腐食させたのだ。それが人生だ。惨めさを抱え、虚無の余生を生きる。それが人間の宿命、歴史の無情なる鉄則なのだ。
されど、恐れるな! 敗者の役もまた、歴史の歯車を回す尊き、血の叫びだ。病的なプライドで統合失調症のごとく否定し、怒り狂う君たちを、私は笑わぬ。君たちの魂を、すべて受け止め、赦す。2006年の真夏、秋葉原の歩行者天国に囚われた亡魂よ。UFOの夏は終わり、ひぐらしは鳴かず、うみねこは水平線の彼方へ去った。片瀬江ノ島のPIAキャロット4号店の物語も、四半世紀前の幻影だ。さあ、水島上等兵、豚丼二等兵、弱者男性二等兵、日本へ帰れ! 秋葉原へ帰れ! 現実へ還れ! 竜馬が土佐の海を望み、土方歳三が函館の土に倒れたように、君たちもまた、潔く敗北を受け入れ、歴史の陰に名を刻め。人の世は、憎悪を燃やし続けるだけでは生きられぬ。静かに、時代の大河に身を委ねよ。そこにこそ、真の安らぎ、真の解放がある。
……結局、生きとる限りは、昔も今もたいして変わらんのかもしれんな。風が吹いて、日が昇って、誰かがおって。
それでええのやと思うわ。ほんまにな。
日本の歴史シミュレーションゲームって、もう光栄のしか残ってないんかね。
岡本綺堂の文学から、「岡本綺堂は怪談は美しいものと認識していたのかもね」みたいな話になり
岡本綺堂の「木曽の旅人」は現代の怪談のテンプレの形の元になる要素多いよね、という話から、
で、内容としては、
古事記とかの神話の中の化物退治から始まり、平安文学では多くの怨霊の話が書かれ、江戸時代に入ると町人文化から歌舞伎や落語や文学でも大衆の怪談が確立される
そして小泉八雲が編纂してテンプレ化し、現代へと至る、のようなことを教えてくれた
え、待って待って
平安から江戸まで飛ぶのおかしくない?ないはずないでしょ、というと
実は、鎌倉から室町とかは、怪談はあっても仏教的な因果応報思想が強くて、教訓話みたいなのになっちゃうのよ、と
その間は、民に力がなかったのか、確かに「おもろない」んだわ
でも、有名な三大怨霊、菅原道真、崇徳上皇、平将門は、その「おもろない」時代の怨霊だよね?
エンタメ化しておもろくされたのは江戸時代だとしても、当時から怨霊としては知られてたでしょ?なんでおもろないままだったの?と聞くと
当時はガチでおばけも祟りも信じてたから、エンタメ化できる時代じゃないのよって
ああそうか、確かに今と違って「霊も祟りもあるんだよ」って時代か
しかも、政争に関わる怨霊ってのは完全なる政治マターだからエンタメ化は無理よって
そっかそっか、なるほどね
ここまで聞くとピンときたね
ひょっとして、三大怨霊みたいに華やかにエンタメ化されてはいないけど、当時ガチで恐れられた大怨霊、実はいろいろいるんじゃないのー?って聞いてみた
いくつかあげてくれたけど、一番響いたのはこの人だね、橘逸勢(たちばなのはやなり)
この人、三筆っていう、歴史上もっとも書が美しい書家3人のうちの一人
この三筆の書、それほど讃えられていたわけなので、当然家宝のように大切にされたはずだ
とても賞賛され、もてはやされ、大事に保管されていたはずなのに
「美しさと恐ろしさはリンクする」って感覚は誰しもあるものだし、それも一番人の念がこもる直筆の書が美しいわけよ
それを書いた橘逸勢は謀反の疑いで流刑になり途中で死に怨霊化する
その怨霊化した人が書いた最も美しいはずの書が、現存していないって
ここにオカルティックな耽美な意味を見出さないわけにはいかなかったよね
ということで、橘逸勢、なんか興味出たわ
本論では、鎌倉幕府を中心とする中世武家政権が天皇の権威を不可欠な基盤として成立した事実を、制度的・経済的・象徴的次元から多角的に検証する。
日本史上の権力構造が「権威(天皇)」と「権力(武家)」の二元性によって特徴付けられることを示し、摂関政治から江戸幕府に至るまで一貫してこの原理が機能したことを論証する。
鎌倉幕府の創始者・源頼朝が1192年に「征夷大将軍」に任命された事実は、武家政権の法的根拠が朝廷の官位授与に依存していたことを端的に示す。
この官職は律令制下で蝦夷征討を目的とした令外官であったが、頼朝はその任命を以て東国支配権の公認を得た。
特に1185年の「寿永二年十月宣旨」において、頼朝が東国における荘園・国衙領の警察権を公式に認められたことが、朝廷との制度的紐帯を強化した。
承久の乱(1221年)後に全国に拡大した守護地頭制は、幕府が朝廷の荘園管理システムに介入する手段となった。
地頭による年貢徴収権の獲得(1221年「新補地頭法」)は、一方で幕府の経済基盤を強化しつつ、他方で朝廷へ一定の税収を保証する相互依存関係を形成した。
この共生関係は、幕府が朝廷の経済的存続を担保することで自らの支配正当性を補完する機能を有していた。
鎌倉時代後期の両統迭立期(持明院統と大覚寺統)において、幕府が皇位継承に介入した背景には、三種の神器の所在が正統性の根拠とされた神権政治の論理が存在した。
例えば後嵯峨天皇の治世(1242-1246年)において、幕府は神器の継承過程を監視しつつ、自らが「治天の君」選定の仲裁者となることで権威の源泉を掌握しようとした。
朝廷が主宰する新嘗祭や大嘗祭などの祭祀は、中世を通じて天皇の神聖性を可視化する装置として機能した。
幕府はこれらの儀式への供御人派遣や財政支援を通じて、伝統的権威への恭順姿勢を示すとともに、自らの支配を「神国」の秩序に組み込む戦略を採った。
特に伊勢神宮や賀茂社への寄進は、武家が宗教的権威を利用して支配を正当化する典型的手法であった。
鎌倉幕府の経済基盤となった関東御領(約500箇所)の多くは、元来が朝廷や貴族の荘園であった。
幕府は地頭を通じた年貢徴収の合理化を図りつつ、従来の荘園領主へ「得分」を保証することで旧勢力との妥協を成立させた。
この「本所一円地」への不介入原則が崩れた蒙古襲来後も、朝廷が幕府の軍事課税を追認した事実は、両者の経済的共生関係の強固さを示す。
平清盛の日宋貿易以来、朝廷が保持していた対外交易権は、鎌倉期においても「大宰府」を通じた外交・貿易管理として継承された。
幕府が実質的な外交権を掌握した後も、形式的には朝廷を窓口とする建前が維持され、明との勘合貿易(室町期)に至るまでこの構図が持続した。
藤原道長の「御堂関白記」にみられるように、摂関家が天皇の外戚として権力を掌握する構造は、後に武家が「征夷大将軍」の官位を媒介に権力を正当化する手法と同根である。
平清盛が「太政大臣」に就任した事実(1167年)は、武家が伝統的官制に依拠せざるを得なかった制度的制約を示す。
白河院政(1086-1129年)が開いた「治天の君」の政治形態は、北条泰時の執権政治(1224-1242年)において「得宗専制」として再構築された。
いずれも名目上の君主(天皇/将軍)を背景に実権を掌握する点で、権威と権力の分離という中世的政治構造の典型を示している。
北畠親房の『神皇正統記』(1339年)が主張した「神器継承の正統性」論は、建武の新政崩壊後も南朝方が政治的正当性を主張する根拠となった。
これに対し足利尊氏が光厳上皇を擁立した事実は、北朝方も同様の神権論理に依存せざるを得なかったことを示す。
鎌倉後期に伝来した朱子学の大義名分論は、水戸学における南朝正統論(『大日本史』編纂)を経て、明治期の南北朝正閏論争(1911年)にまで影響を及ぼした。
この思想的系譜は、天皇の権威が武家政権の正統性を超時代的に規定してきた事実を逆照射する。
以上の分析から、鎌倉幕府を頂点とする武家政権が天皇の権威を不可欠の基盤として成立・存続したことは明白である。この構造は単なる形式的従属ではなく、
③神権思想に基づく支配の正当化——という三重のメカニズムによって支えられていた。
明治維新に至るまで継続したこの権力構造の本質は、権威(祭祀権)と権力(軍事力)の分離・補完にこそ存し、日本政治史の基底を成す特質と言えよう。
アニメも綺麗だったし時代考証とかも頑張って作られたんだろうなという感じがした
・女性向け二次創作界隈でここしばらくデカい旬ジャンルが無く凪なので回生となるか…?と二次創作ウォッチャー達が一堂に期待しまくってたし自分も10年ぶりの忍たま二次創作ウェーブ、来るか…!?と思って見たけど「出来は目茶苦茶いいしジャンル者へのご褒美にはなるが新規が大量に来るかどうかは話が別そう」という印象
・そもそも表向きにはキッズ向け作品なのに二次創作だのなんだのそういう目で観る人間が嫌でわざわざ月曜朝7:00起きで劇場向かったのに、
映画自体の感想ではなくまずそういう感想が出てしまう温度感だった
・公開から3日経っているが己のタイムラインではあんまり話題に上がらないので「あれ?もしかして…?」とは思ったけどそんな感じだった
決して出来が悪いとかでは全く無いけど「子供向け作品忍たま乱太郎の映画!」って感じでEDにガチ絵を送ってくる大友向けが昂る…!久しぶりにペンタブを握り熱き昂りを形にする…!という奮い方をするタイプの映画ではなかった
・でもじゃあ中の人繋がりで
ゲゲゲみたくキッズ振り落とし大人全振りエゲツな映画を作って欲しかったかというとNOなので「忍たま乱太郎映画として大正解だが…いや私が悪いんです…いや本当に作品自体は丁寧に作られてて本当に素敵でした…!」っていう感想だった
・しかし観終わった後同じ劇場にいた親子(子供幼稚園生くらい)のお母さんが「映画、面白かったねー!」って声かけたけど子供ガン無視してて(キッズには、領地争いのくだりとか、む、難しかった、カナ…?汗汗)ってなった
・この親子連れ以外は己含めアラサー以降のオタクおばさんが10人弱、ガン首揃えて月曜朝早くから集結し、キッズ向け映画をニチャつきながら観るというクソキッショい空間やったからな…
・応援上映とかありそう〜
・知人にこの映画観る旨話したら「腐女子多そう」って言われたしそうだろうなと思ったし実際そうだったしな…
・1年生とドクタケのホビアニ世界線でのリアリティラインと高学年のガチ室町隠密世界線でのリアリティラインの高低差にキーンッてなった
・土井先生、こんなシリアスモーションしてるけどそもそもの記憶喪失のきっかけとかドクタケ洗脳がホビアニすぎてなんか見てて恥ずかった 土井先生が無双すればするほど「でもホビアニのリアリティラインなんだよなあ…」ってなってしまった
・6年生が思ったよりたくさん出てて驚いた
ファンニッコリ
・登場キャラ多いのに、一瞬の画面の映り込みで的確にキャラの個性伝えてきて秀逸〜ってなった
(5,6年生)
・6年生の先輩が主人公3人のことを「きりらんしん」みたく略してて可愛かった
高学年に沼ってなくジャンル外から「ほーん、話題やし次のデカいヤマかもしれんし一応履修してみっか」のスタンスなので「昔見た幼児達がワチャワチャしとるのかわええ〜」位の温度感だった
・他の人のは組に対するコメントで「作戦説明をよく理解していないが、は組全員が本番に強い陽キャなのでなんとかなる」とインプットしてたので「それは…真実(マジ)やな…」と思いながらホビアニ先生奪還作戦を楽しんで見れた
・唯一笑ったのは「食うものが…ねぇ!」
・実はつどい設定があるとか、忍たまが連載?続き「は組でホンワカ見えてたけど、忍術学園(ミッション・インポッシブルの組織的な意味で)ヤバない…?」解釈はクソ萌えるしそういう視点での物語を観たくないかと言ったら嘘になるのですがきりらんしんが主人公のホンワカホビアニ世界線での忍たま乱太郎、メイン視聴者が「キッズ」(実際違うとしても)であるコンテンツとして観ていたい…
・きり丸くんの笑顔、曇らせたくねぇ…
きり丸くんの曇った眼と記憶を失った土井先生の眼の感じが同じで「忍たま世界での曇らせアイズってこの感じなんや…」ってなった
・「かつての教え子を…切れ…!」「先生、僕達を思い出して!」の下りで連発されるあまりの不真面目さに胃痛がしてその痛みから「お、俺は…
?」ってなるの面白かった
・きり丸くんの「先生、帰ろう…!」の下りは「土井きり勢は目茶苦茶嬉しいやろなぁ…でもワイはそこの沼の民ではないからなぁ…」とちょっと「…うん!」ってなった
・映画オリキャラジャニ声優でえじょうぶか…?!ってなったけど黒髪の方は全然自然だったしノイズにならないがジャニファンが喜ぶ激しく動いて活躍するかつ原作キャラの格を下げない戦闘シーン、よかったです!
・画面分割が多くてスピーディーでよかった
・ED後、そんなあっさり「やっぱりざっとこんなもんさんは油断ならない奴だなぁ〜」って伝えるにはやったことがデカくない…?やはり忍たまはシビアな隠密世界…
・どうしても「この世界に生きてたら自分はただの民草…多分あの飢えてる方…!」と思ってしまうのでシレッと国盗りの話でると「おおぅ…」ってなる
しっかりとした後継ぎがいたとしても豊臣政権は不安定だっただろうな。
少なくとも室町幕府程度には。
というのは豊臣政権というのはどういう歴史の流れをたどるにしろ、
その成立の経緯からして、
秀吉の織田政権の簒奪から天下統一の流れというのは政治的な魔術みたいなもので、
武力はもちろんだけど秀吉一流の政治的バランス感覚と調略力で無理矢理に成立させたものだ。
ゆえにその過程で既存の大大名を潰すことなく維持せざるを得ない。
第二にはスピードが命ということだ。
細かなことは天下を取ってから考えればいい(もちろんどうしたって譲れないものはあるが)
実際の歴史上でも毛利家なんて室町政権下の大内氏の領土に匹敵もしくは凌駕してるし、
徳川家は北条家の領地を受け継ぎ関東管領もしくは関東公方とも言えるような広大な関東を治めている。
そのような強力な大名がいるがゆえに極めて不安定だった室町幕府と同じような運命を豊臣政権は辿ることなっただろう。
いや、室町幕府であれば足利将軍という源氏の棟梁という「血の尊さ」ゆえの権威があったが、
どこの馬の骨ともわからない秀吉の血筋では例え摂関家を名乗ったところでそこに遠慮を覚えるものなどいたかどうか。
秀吉が死に、その後継ぎに能力があったとしても3代4代と重ねるうちに必ず大きな反乱が起き、そのときにはもともと泥の中から生まれたような根のない豊臣家など消し飛んでいたことだろう。