はてなキーワード: ポリシングとは
ご提示いただいたはてなブックマークのコメント群は、記事のテーマである「ミソジニー(女性蔑視・女性嫌悪)」に対する、典型的な反応のサンプルとして非常に興味深いものです。
記事自体が「構造的差別」や「感情のあり方」を扱っているため、コメント欄自体がその実証の場となっている側面が見受けられます。
以下に、記事で定義されているようなミソジニー的な態度、あるいはミソジニーを維持・強化する構造を含んでいると考えられるコメントを分析・分類しました。
記事内の「『物言う女性』に対し、言葉の暴力で排除・制裁する」という指摘にそのまま合致するコメントです。フェミニズムや女性の権利主張を「正義に酔った暴走」とみなして攻撃する態度は、ミソジニーの典型的な発露(既存の秩序を乱す女性への懲罰)と分析できます。
分析: 「イカレタ女」「バカ」といった侮蔑的な言葉を用い、女性の主張の内容ではなく、その態度や存在自体を攻撃しています。これは「弁えた(わきまえた)態度をとらない女性は叩いてもよい」という心理の表れと言えます。
女性を一人の人間としてではなく、性的資源としてのみ価値を認め、人格は否定するという態度は、ミソジニーの根幹にある「客体化」です。
分析: この発言を「至言(素晴らしい言葉)」として肯定的に引用している点に、女性を対等な人格を持つ他者として認めたくない、しかし性的には利用したいという歪んだ欲望(聖女と娼婦の分離、あるいは人格の無視)が見て取れます。
女性差別について語る場で、「男性こそが被害者である」「女性は優遇されている」と主張し、議論を無効化しようとする動きです。これらは「インセル」や「弱者男性論」の文脈で語られることが多く、構造的差別を否定するための防衛機制として機能します。
分析: 女性差別の解消を目指す動きを「男性への攻撃」と解釈し、敵対心を露わにしています。これは記事にある「剥奪感」によるミソジニーの増幅の実例と言えます。
ミソジニーという概念そのものを「レッテル貼り」や「カルト」として処理し、その背後にある社会構造の問題から目を逸らそうとする態度です。
分析: 「嫌悪は自由」と個人の感情の問題にすり替えることで、その嫌悪が社会構造と結びついて差別を再生産している事実(記事の主題)を無視しています。
「ミサンドリー(男性嫌悪)はどうなんだ」と繰り返すことで、ミソジニーの議論を妨害する行為です。これも広い意味で、女性の問題を軽視するミソジニー的態度の一種と捉えられます。
分析: 記事がミソジニーを主題にしているにもかかわらず、男性への配慮が足りないと批判することで、女性差別の議論の重みを相対化しようとしています。
コメント欄全体を見ると、「ミソジニーという言葉で男性を攻撃されている」と感じて防衛的・攻撃的になる男性と、「まさに記事に書かれている通りのことがコメント欄で起きている」と冷ややかに観察する人々(nina19, funifunix, yourmirror など)にはっきりと分断されていることがわかります。
また、u_eichi氏が言及している「ピラミッド図」はおそらく「暴力のピラミッド(Pyramid of Hate/Violence)」のことだと思われます。
この図は、底辺にある「偏見による態度(ジョークやステレオタイプ)」が、頂点の「物理的暴力」を支えていることを示すものですが、これを「幾何学的に非論理的」と批判することで、本質的な「差別の構造」の議論を拒否している点も興味深い反応です。
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ミソジニー(女性嫌悪)の有無という「ジェンダー論的な視点」を一旦脇に置き、コメント投稿者たちの心理的機序、社会経済的背景、あるいはネット文化的な側面から分析します。
こうして見ると、単なる「差別意識」だけではなく、**「公平性への渇望」「経済的閉塞感」「コミュニケーションの断絶」**といった複数の要因が絡み合っていることが浮き彫りになります。
多くのコメントに見られるのが、「ミソジニー(女性嫌悪)があるなら、ミサンドリー(男性嫌悪)も同じ重みで論じられるべきだ」という対称性への強いこだわりです。
コメント例: replier, ken530000, timetrain, OeThousandmiles
分析:
社会学では「差別には権力勾配(強者から弱者へ)がある」と考えますが、一般の感覚(直感的な正義感)では「どっちもどっち」「悪口は双方向で悪い」という対等な対称性を求めがちです。
記事が「女性差別」に焦点を絞っていることに対し、「片手落ちである」「不公平だ」と感じる心理は、差別をしたいというよりは、「自分の苦しみも同じように認めてほしい」という承認欲求や、世界は公平であるべきだという「公平世界仮説」に基づいている可能性があります。
「男だから偉い」と思っているのではなく、むしろ**「男なのに何の特権もなく、社会の底辺で苦しんでいる」**という自己認識を持つ層からの悲痛な叫びです。
コメント例:
naka_dekoboko: 「いまの社会で弱男にゆるされたのってけっきょく憎悪だけ…憎悪だけがエンパワーして力をくれる」
gun_kata: 「実際にキャリアを奪われた若年男性に対してもお決まりの『新自由主義こそが真の敵』みたいな何の意味もないお題目」
分析:
これはミソジニーというよりも、**新自由主義経済下における「持たざる者」のルサンチマン(怨恨)**の表出です。
「男性特権」という言葉を投げかけられても、自身の貧困や孤独という現実と乖離しているため、フェミニズムを「既得権益層(あるいは勝ち組女性)による弱者いじめ」として認識し、反発しています。特にnaka_dekoboko氏の「憎悪だけがエンパワーする」という指摘は、孤独な現代人の深刻な病理を鋭く突いています。
記事で提示された図表や論理展開に対し、定義や整合性の甘さを指摘して拒絶する反応です。
コメント例:
u_eichi: 「頂点の角が鋭角だったり鈍角だったり…正三角形で底辺短=相似で頂点下がるとか、非論理」
golotan: 「アドラー心理学とか精神分析的な言ったもの勝ち感…客観的エビデンスを欠きジャーゴンの羅列になってしまいがち」
分析:
これは**「認識論の衝突」**です。社会学や人文知的な「概念モデル(メタファーとしての図)」に対し、厳密な定義や定量的なエビデンス、幾何学的な整合性を重んじるエンジニアリング的・自然科学的な思考様式を持つ人々が、生理的な拒否反応を示しています。
彼らにとって記事は「非論理的」に見えるため、内容の正誤以前に「信頼に値しない」と判定されています。
「ミソジニー」という聞き慣れないカタカナ語に対し、わざとダジャレで返すことで、話題の深刻さを無効化あるいは回避しようとする反応です。
コメント例: zzteralin (miso=憎しみ), nande_nande_boy (三十路のおっさん), tym1101, asada1979
分析:
はてなブックマーク特有の「大喜利文化」の一種ですが、心理学的には**「茶化し(ユーモア)」による防衛機制**とも取れます。
自分にとって耳の痛い話や、理解の範疇を超える難解な話を、「三十路(ミソジ)」という卑近な単語に変換することで、自分とは関係のない「ネタ」として処理し、心理的な負担を軽減しています。
コメント例: qdkmqJut, trashcan, ET777
分析:
『imidas』が集英社の分厚い用語辞典として有名だった時代を知る世代(おそらく30代後半〜50代)が多く含まれていることが推測できます。
「まだあそこが生きていたのか」という驚きが先に立ち、記事の中身は二の次になっています。これはネット古参ユーザー特有のコンテキスト依存の反応です。
このコメント欄は、単なる「男女対立」の場ではなく、以下のような現代日本の断層が可視化された場であると言えます。
エリート(概念を操る側) vs 大衆(生活実感を持つ側): 「構造」や「ミソジニー」といった抽象概念で語る記事と、「俺たちは今辛いんだ」という具体的な生活実感を持つ読者の乖離。
文系(解釈的) vs 理系(実証的): 社会的な「正しさ」の語り口に対する、論理的・科学的整合性を求める層の苛立ち。
被害者性の奪い合い: 「女性こそが被害者」という記事の前提に対し、「いや、現代では男性(特に弱者男性)こそが被害者だ」と主張する層の対抗。
これらを踏まえると、コメント欄の混乱は、**「共通言語の喪失」と「余裕のなさ」**によって引き起こされていると言えそうです。
例の工場オペレーター増田と、それに物申した障害者増田、あれ見てて胃が痛くなったのは俺だけじゃないだろ
一見すると「差別的なパワハラブルーワーカー vs 権利を主張する障害当事者」の構図に見える。でも、これ実態は「勘違いした障害者が庇護者を殴った」っていう状況なんだよな
ここまでの流れを整理しつつ、なんでこんな地獄が生成されたのか、そして「左派の怠慢」がどう絡んでるのかを書き殴っておく
口は悪い。「社会のゴミ」とか言っちゃう。現代のコンプラ基準なら即アウト案件だ
でも、やってることは何か?
仕事ができない同僚の尻拭いをし、ラインを止めず、自分の時間を犠牲にして(=子供との時間を削って)、システムを維持してる
これ、「差別主義者」の皮を被ってるけど、実態は「誰よりも実践的な弱者庇護者」なんだよ
注目すべきは彼が使った「人生資本」って単語。これ、ただの典型的な保守パワハラブルーワーカーのおっさんからは出てこない語彙だろ。他にも投資、投機、浪費、リソースetc...これはお前らのステレオタイプに無いはずだぞ?
彼は多分、リベラルな理想論も、多様性の重要性も、それが現場でどう上手くいかないかも全部理解してる。何故かと言えば投稿した場所がはてな匿名ダイアリーだからだ。オペレーター増田ははてなーであり左派的言説をよく理解している
その上で、「理想論じゃ飯は食えないから、俺が泥を被って回すしかない」っていう、工場現場でリベラリズムの実践を何周もした上で辿り着いた「現場系ポスト・リベラリズム」の実践してるんだと思う
工場現場という環境でリベラリズムを実践するのに、はてサ言論へ古い保守的な「俺が弱い存在を守る」という父権的温情をハイブリッドさせ、カスタマイズしたリベラリズムの運用をしてる高度な社畜だよ、こいつは
彼(彼女?)の不幸は、相手を「無知な差別主義者」だと誤認して、SNSでよく見る「ポリコレ棒」でどうにかなると思い込んでしまった点。つまりオペレーター増田がそもそもはてなーであるというコンテクストの考慮を忘れてしまっていた点だ
だから対保守パワハラブルーワーカーおっさんに効くだろう「女性や老人や外国人を引き合いに出して、主語をデカくして反論を封じる」っていう、いつもの左派言論での勝ちのテンプレを使おうとした
でも、相手は「安全圏から石を投げてる経済的にも精神的にも余裕のある健常者」じゃなくて、「自分の身を犠牲にして泥まみれで障害者介助を実践する言葉は悪く偽悪的だが心優しいブルーワーカーはてなー」だった
障害者増田は「お前の態度や言葉は多様性の擁護者として正しくない!」ってトーン・ポリシングをした結果、「いや、俺が障害者を背負ってるんだけど?」っていうリアルタイムで実践するリベラリズムな生き様の重みによって余裕で押し返された
最後の「愛を知らない」云々の指摘でフェードアウトしちゃったのは、論理じゃなくて「実践する生き様」で負けたからだろうな
オペレーター増田は親父の男気で仕事の遅い障害者を職場から追い出さず定時で帰ってしまうことを許容しているのに、障害者増田は弱者を守ろうとしてるわけでなく自分を守るため、他の障害者を持ち出して道具にしてる自覚を突きつけられちゃったわけだし
ここで問われるべきは、「なぜオペレーター増田の『追加業務(介助)』に対価が支払われていないのか?」って点だ
ここが一番の闇なんだけど、日本の左派やリベラル言論って、多様性を推進するくせに、その「維持コスト」の話を極端に嫌うよな
「障害者と共に働くのは崇高な理念だから、金銭で換算すべきではない」みたいな、謎の清貧思想がある
その結果どうなってるか?
「理念」は会社が掲げて助成金をもらい、「コスト(現場の負担)」はオペレーター増田みたいな個人の「男気」や「善意」に全部つけ回されてる
これ、経済学的に言えば「内部化されるべきコストの外部化」だし、もっと単純に言えば「労働力の不当廉売(ダンピング)」だぞ
障害者介助手当という字面が悪いみたいに騒ぐならメンター手当でも何でも良いわ。とにかく介助してくれてる現場の人へ対価を出せ。海外のボランティア見てみろよ。有償ボランティアなんて当たり前だぞ
「ケア労働」に値段をつけず、現場の「やりがい」や「温情」にタダ乗りしてきたのは、会社側だけじゃなくて、コスト論から逃げ回ってきた左派言論も同罪だ
資本主義社会なんだから、追加労働には追加賃金を払う。未払いは重大なインシデント。それだけの話だぞ
もし工場増田の給与明細に「メンター手当 3万円」って項目があったらどうだ?
彼は「ゴミ」なんて言わなかったはずだ。「手のかかる同僚だが、こいつのおかげでSwitch 2のソフトを余裕で子供に買えるわ」と報酬として処理できただろう
これからの社会、少子化で「ネットで毒吐きするが現場では黙って泥を被ってくれる心優しいブルーワーカー親父」はいなくなる
オペレーター増田が予言した通り、弱者救済システムは法律や社会規範からではなく現実の職場から崩壊するぞ
その前にやるべきは、増田やはてブで「言葉遣いが~」「配慮が~」って殴り合うことじゃない
「多様性のコストを現場の個人の善意に押し付けるな、請求書は会社に回せ」と団結して声を上げ、職場での障害者介助へ対価を支払うことを左派言論の主流とすることが大事だ
おそらく今のグループを抜けて別の人気グループに行くメンバーがいる。
そのメンバーはグループ内で圧倒的人気を誇るが運営からの扱いがいいとは言えず、ファンはストレスをためている。最近そのメンバーはもう出ていきます感をビンビンに出しており、そのメンバーのファンはそれを応援している。
しかしそれの気持ちが出すぎて「こんなグループさっさと抜けて人気グループに行った方が実力を発揮できる」的な、今いるグループをサゲる発言を繰り返す過激派のファンが増えてきている。そして、グループ箱推し勢や他のメンバーのファンからヘイトをどんどん買っている。
俺はそのメンバーの特別なファンというわけではないが、そのメンバーのことも悪くは思っていないので「そんな発言してると、お前の推しが後ろ指刺されるだけだぞ」と思っているのだが、そういう指摘の仕方をするのってやっぱチーンポリシングになるよなぁ。
ところどころ正しいのに所謂「種の保存」的な理解をしているせいで変な解釈になってる。
一部は正しい(「複数の女王の血統からなるコロニーでは女王殺しが行われないのに対し、単一の女王の血統のみからなるコロニーにおいては女王殺しが起こりやすい」とか)。
女王殺しはなぜ起こるか、未だすべてが明らかではないが、わかっている部分を説明しましょう。
ハチのような半倍数性の性決定様式では、(同母同父の)姉妹との血縁度は0.75で、自身の息子・娘との血縁度0.5を上回りますね?
つまり自分が子供を産むより自分の姉妹を増やしてもらった方が進化的にお得なワケです。
ゆえに一見適応度が低そうなワーカー(働き蜂)形質も、包括適応度でみれば適応的な形質と言えるでしょう。
しかし、オス(ドローン)はちょいと違います。女王とその息子の血縁度は0.5ですが、ワーカーと同母の兄弟(=女王の息子)の血縁度は0.25。
ワーカーとその息子の血縁度は0.5、ワーカーとその甥(同母同父の姉妹の息子)の血縁度は0.375で兄弟のそれを上回ります。
つまり、同母兄弟を次世代の父とするよりも自分あるいは姉妹の息子をそうした方がお得なのですよ。
ではワーカーが自分たちの息子を次代へ送り出す障害は?――女王だ。
女王の出すフェロモンでワーカーの卵巣発達は阻害され、それを掻い潜って産卵しても女王が制裁に来る(ポリシング)。
じゃあ、殺すしかないよね?
と、そういうワケで、女王殺しが起こるんですね。
↑の話は同母同父の姉妹で適用される理論。さんざん同父や同母という注釈をつけたのもそれが理由。
そして異父姉妹が多い(=遺伝的多様性の高い)コロニーでは話が別なのです。
そのようなコロニーでは甥の血縁度は兄弟とのそれを下回る可能性が高いので、女王殺して甥を増やすより生かして兄弟増やした方がお得になるんです。
これが遺伝的多様性の低いコロニーで女王殺しが起こりやすい理由です。
実際のところ条件を満たしているようでも女王殺しが起こったり起こらなかったりするもんで、まだまだ未解明の部分が多いんだけど、わかってる範囲ではこんなモンでしょう。
したがって、
そんな
傾向は
ない。
徹頭徹尾、利己的な遺伝子の話。多様性は結果であって目的ではないのです。
スズメバチは社会性昆虫なので、一度コロニーを形成してしまえば基本的に大型の猛禽やクマなどの肉食動物を除いて天敵が存在しなくなります。例えばオニヤンマやシオヤアブ、雀などの鳥類が一時的にスズメバチを打倒できるとしても、数百匹の群れを成すスズメバチに対抗できる動物はさほど多くありません。つまり、繰り返すように基本的にスズメバチにとって天敵は存在しないのです。
となれば、何故スズメバチの個体数はそれほど増加せずに、ある一定の値を保ち続けているのだろう――そういった疑問を持つ方もいるかもしれません。(以下略)
「一度コロニーを形成してしま」う前に死んでるんですよわんさか。
「数百匹の群れ」になる前に死んでるんですよ一匹で。
最大の難関をくぐりぬけて盤石の態勢を築いた後で「天敵は存在しない」って。その前に間引かれてるんですよ。
自分でも「きちんと巣を作ってコロニーを形成できる女王は複数いる女王の内の数%程度に過ぎないという説もあるくらい」と書いてるじゃないっすか。
それが答えです。
そう、スズメバチの巣には内乱が起こります。巣の内部にいる働き蜂は、万民の万民に対する闘争状態さながらに攻撃を開始します。その攻撃の対象は、女王、幼虫、蛹、全てに及び、そこに見境などありません。彼女らは暴走し、一切を食い尽くし、全てを破壊していきます。新女王蜂だけが先見性を持ち、その内乱から脱出し次の巣を作るという使命を持って行動することができるのです。つまり、スズメバチの巣においては、仮に気候条件が彼らの味方をしようとも、女王のフェロモンの効果が薄れるにつれて必ずや内乱が起こるようになっているのです。そのため、彼らは気候条件の云々によらず、必ず滅びる運命にあるということなのです。
そんな
ことは
ない。
研究によっては実験で巣から女王バチ除去することもありますけど、ワーカーが産卵するほかは変わらずあくせく働くんですよ。暴れたりもしません。
「あくせく働く」のはそもそもそれがハチ自身の習性なんです。フェロモンで1から10まで操られてやってるわけじゃあありません。
女王バチだって営巣初期は自分で餌集めしてワーカー育てますからね?
女王のフェロモンだってそんなに万能じゃないです。種にもよりますけど生殖能力の制限と女王のお世話(グルーミングとか給餌とか)の誘発、労働の促進(ミツバチ)くらいです。
それに「内乱」じたい必要ないんですよ。普通に飢えて凍えて老いて死ぬんですから。
(余ったワーカー候補の幼虫をモグモグしたり先述した女王殺しをやったりはしますけど。)
スズメバチは基本的に世界最強のハチであり、さしたる天敵さえも持っていません。それにも関わらず彼らがその個体数を爆発的に増加させないのには、そのような理由があったのです。言わば、彼らの生命サイクルには、内乱と死が含まれているのです。その死が彼らのシステムに含まれていることによって、その個体数は増加せずに済んでいると言えるかもしれません。
さっきも言ったけどスズメバチが爆発的に増えないのは元増田も言っているように「きちんと巣を作ってコロニーを形成できる女王は複数いる女王の内の数%程度に過ぎない」から。
それにワーカーは次代を(オス以外)残せないのだから、こいつらが仮に生き延びても「爆発的に増え」たりしないんですね。
以下の文章は私見となるのですが、あるいはこれは自然の生態系というシステムが破綻を来さないために設けた、一つの安全装置のような気がします。ある種の強大過ぎる種類が個体数を増やしすぎないという、生態系に必要な機能のコア部分が、スズメバチの生態というシステムには凝縮されているように思えるのです。
そんな
ものは
ない
ガイア理論とかナイーブな群淘汰論とか種の保存とか、その手の話にかぶれてるのでしょうか。
生態系に意思はなく、自然に安全装置はありません。生物は利己的な遺伝子の命ずるまま生み育て地に満ちるのです。できる範囲で。
例の文章を読んで、細かい点かもしれないが、どうしても気になったことがあるので書く。
トーン・ポリシングと言われたら困るので最初に書いておくが、ハラスメントの告発に横槍を入れるつもりは毛頭ない。
むしろ逆に、あの文章の本旨であるハラスメントの告発ではなく、いわゆる「不倫」に関する問題がクローズアップされることを恐れるがゆえに、次のことを指摘しておきたい。
「立場の不均衡」や「非対称性」といった語は、パワハラの背景を説明する用語として一般的に用いられているはずだ。
しかし、ハラスメントを告発する目的で書かれたあの文章では、「不倫」における既婚者と未婚者の関係にもこれらの語が用いられている。
これでは文脈的に、「不倫」における既婚者と未婚者の関係を、ハラスメントの加害者と被害者の関係に類比的なものとして捉えるアナロジーが成立してしまう。
つまりあの文章では、ハラスメントを告発するための論拠である「立場の不均衡」や「非対称性」といった語を、「不倫」という別の事柄を捉えるために「転用」してしまっていることで、文章としてハラスメントと「不倫」の問題が混同され、結果としてハラスメントを告発する意図が弱まっている印象を受けるのだ。
たとえこの事案においてハラスメントと「不倫」が複合体をなしていようと、あくまでハラスメントはハラスメントであり、「不倫」は「不倫」である。
ハラスメントを批判するには、両者は峻別されなければなるまい。
ハラスメントと「不倫」が混同されてしまうのは、ハラスメントを告発する当事者にとっても本意ではなかろうと思って、書いてみた。
ある記事を読みました。
内容は識者にメタクソに言われるようなものでしたが、その論調は整然としており口調も丁寧でした。
おそらく著者は単に無知なだけであって、自分の発話意図が誤解を招かないように言葉を尽くしている印象を受けました。
この記事を読了し、まず思った第一感は「自分がなぜそう思うに至ったかについて言葉を尽くしている。誠実な論調で好感が持てる。」といったものでした。
そこでふと思いました。「論調が誠実で著者に好感を持っているので、今の私はその内容に理解を示しやすくなっているのではないか?」と。
そしてこうも思いました。私の感想はトーン・ポリシングと近い位置にいるのではないかとも。
そのような感想を持つ私はトーン・ポリシングを行いやすい人間かもしれないと。
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トーン・ポリシングのことを「口調・論調を非難することで内容の妥当性を損なわせる行為」と理解しています。
その行為は論点をずらすことになるため避けるべきだ……という方針を私は漠然と採用しています。
これを便宜的にこの日記では「ネガティブ・トーン・ポリシング」と呼ぶことにします。
では、「口調・論調を『賞賛』することで発言の妥当性をプラスの方向に歪める行為」は避けるべきなのでしょうか?
これを便宜的にこの日記では「ポジティブ・トーン・ポリシング」と呼ぶことにします。
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実際には私は「論調が誠実で著者に好感が持てる」と思っただけです。
では「言葉を尽くしており、論調が誠実な点は素晴らしい」と述べた時点ではどうでしょうか?
さらに「言葉を尽くしており、論調が誠実な点は素晴らしい……ので、皆もあまり辛辣な言葉を投げないでもいいんじゃないですか?きっと彼は話せばわかる人ですよ」と述べた時点ではどうでしょうか?
単に「言い方が気に食わない」と一言感想を述べれば「トーン・ポリシングだ!」と非難されるかもしれません。
では「言い方が誠実な点は評価できる」という一言感想は「トーン・ポリシングだ!」と非難されうるのでしょうか?
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ポジティブ・トーン・ポリシングが非難されるとすれば、その理由はなぜでしょうか。
ネガティブ・トーン・ポリシングの場合と同じく論点をずらすからでしょうか?
ただ、ポジティブとネガティブでは論点をずらしたそのあとの展開が異なります。
ネガティブの場合は論点をずらし、内容を取り合わないようにする点が問題なのでしょう。
ポジティブの場合は論点をずらし、内容を耳に聞き入れやすくする点が問題なのでしょう。……それが問題なのであるならば。
長々と書いてはいますが、結局ポジティブ・トーン・ポリシングは問題でも何でもないのでしょうか?
ネガティブの方が非難されるシチュエーションは、マイノリティの強い口調の意見がネガティブ・トーン・ポリシングによって黙殺される場面が例として頭に浮かびます。
ではポジティブの方が問題となる場面は?私が見てきた狭い世間の中で、それが問題だと言われたことはないような気がします。
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少なくとも私は今回読後に論調・口調についての感想が第一感として浮かびました。
たまたま今回はポジティブな感想でしたが、次もそうとは限りません。結局私は「そういう」人間なのでしょう。
議題ではなく人柄、口調、論調……そういったものにまず心をうたれる人間だということです。
少なくとも言えることは、論調・口調についての感想が第一感として浮かんだならば、それがポジティブな感想だったとしても「いや、内容に目を向けよ」と自戒する意識付けが私の中に生まれたことは有意義だったと言っていいでしょう。
以下は妄想で、そういう女性が本当にいるかもしれないしいないかもしれないけど、ここ最近のネットにおけるフェミニズム系のラディカルな男女差別史観闘争を
見るにつけそういう女性が無意識なアストラル何とかに構築されてしまった話。
自分の言い方がおかしい、主語がやたらでかい、意味もなく全体化している、一般化している、と言うときにたしなめる意味で「いやいやみんながみんなそうじゃ
ないよ」って返すのも「ノットオールメン!私は傷ついた!」って言われるんだよ。
女性の言っていることが明らかにおかしい、例えば「不倫したのはかまってくれないから!寂しかったから!」とかに男性が「いやいやだからって不倫は正当化で
きないでしょ」と物申したら「はいマンスプレイニング!何でマウント取ろうとするの?」って返されるじゃん?
なんかヒートアップしすぎてるからちょっと落ち着いてよと言うふうにいうか、あまりにも不躾な言い方で「もうお前とは話したくない」っていう反応したら「トー
ンポリシングですね、どんだけ差別主義者ですかあなたは」って言うじゃん。
これらについて思ったのは、「男が同意しない、反論する、たしなめる」ことが女性に対する差別として取られるようになっているって言うことじゃん。
で、こういう事言うと「そういう女性がいることは否定しないけど全ての女性がそうじゃない、あなたの言っていることは意味もなく一般化されている、もっとよく考
えて発言したらどうですか?」っていうピッチャー返ししてくる人が湧いてくるんだよね。
以上妄想、お前ら一体どこの誰だ