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はてなキーワード: 勘定とは

2026-04-29

anond:20260428203537

トランスカルト物事の内容じゃなくて「敵」がいってるか「味方」がいってるかしか勘定できないんで、法的にもトンデモ化していくんだよね

2026-04-28

ちんぽこのスープ

ある男が、とある男の見えるレストランで「ちんぽこのスープ」を注文した。

スープを一しゃぶりした男は、それが本物の「ちんぽこのスープであることを確認し、勘定を済ませて帰宅した後、オナニーした。一体、なぜ?

2026-04-27

合理的な死という名のお片付けについて

あのね、安楽死議論なんて聞いてるとさ、なんだかお部屋のお片付けの延長線上にあるみたいで、私はおかしくてしょうがないんだよ。世の中みんな断捨離がお好きでしょ? いらないモノを捨ててスッキリしましょう、なんて。そのうちいらなくなった自分までゴミの日に出しちゃいそうな勢いなんだも〜ん🗑️🏃

最近安楽死論議っていうのはさ、要するに人生タイパを最後まで追求しましょうって話でしょ。そんなに急いでどこへ行くのよって感じなんだけど、みんな大真面目なんだね?笑 

​1. 死ぬ権利は、ただの閉店セール」じゃないのよー。

​みんな「自分意志死ぬのは権利だ!」って鼻息荒くしてるけどさ、この国で「権利」なんて言葉が使われる時は、大抵「みんながそう言ってるから」っていう流行語大賞みたいなもんなんだよ?

死ぬ権利公認されたら、お役所世間様はニコニコしながらこう言うに決まってるじゃない。「あら〜、まだ閉店しないんですか? お得な死後プラン、用意してありますよ」ってさ。これ、権利じゃなくて、単なる忖度強要だろ。

​2. コスパで命を計る、ケチなやろうども。

​今の日本っていうのは、自分を「一、十、百、千……」って数値化しないと安心できない病気にかかってるんだよ。システムの側からすれば、税金を食うだけでリターンを生まないお年寄り病人は、帳簿上の不良債権なわけ。

で、その不良債権が「自ら消えてくれる」って言い出したら、そりゃあ拍手喝采よ。「なんて慈悲深い、合理的選択でしょう!👏」なんて。でもそれさ、要するに「お荷物自分で片付けろ」っていう、ケチ会計士論理じゃないの?そんな冷え切ったソロバン勘定に、自分の命を預けていいのー??こわいねヒエー😨

​3. ポカンとしたまま死なないで

​みんなさ、自分を動かすための独自の掟を持ってないでしょ。だから、外から「こうするのがスマートですよ♡」ってマニュアルが降ってくると、すぐにインストールちゃうんでしょ。

「生きる意味が見つからいから、とりあえず死ぬという解決策を選びます!」なんて、夏休みの宿題が終わらないか学校を爆破しますっていう子供理屈と同じなンだよ!

魂が空っぽなっちゃったところに、全体主義っていう得体の知れないOSが「効率的な死」っていうアプリ勝手ダウンロードしてくる。こわっ!!

​結局ね、生きてるってことは無駄ことなのョ゙。

​あのね、生きてる人間っていうのは、本来システムにとっては邪魔ノイズなんだよ。食べれば出すし、理屈に合わないことで泣き喚くし、とにかく効率が悪いしな?

でもね、その効率の悪さこそが人間の手触りってやつでしょ。それを「綺麗に、論理的に、ご迷惑をかけずに」お片付けしましょうなんて、そんなの人間扱いじゃなくて、ただの在庫処分だよ!

​すべてをハックして、数値化して、最後は死をもって完勝したつもりになってる社会。そんなの、ガサガサに乾ききった、ちっとも色っぽくない世界、つまんな!

​だからさ、そんな死の合理化っていう小ぎれいな誘惑には、あっかんべだよ😛

「私は理由もなく、ダラダラと、システム邪魔をしながら生きてやるんだ!」っていう、その居直り。それこそが、一番パンクで、一番ウィットに富んだでるんだいー!

2026-04-23

お伽草紙

太宰治


「あ、鳴つた。」

 と言つて、父はペンを置いて立ち上る。警報くらゐでは立ち上らぬのだが、高射砲が鳴り出すと、仕事をやめて、五歳の女の子に防空頭巾かぶせ、これを抱きかかへて防空壕にはひる。既に、母は二歳の男の子を背負つて壕の奥にうずくまつてゐる。

「近いやうだね。」

「ええ。どうも、この壕は窮屈で。」

「さうかね。」と父は不満さうに、「しかし、これくらゐで、ちやうどいいのだよ。あまり深いと生埋めの危険がある。」

「でも、もすこし広くしてもいいでせう。」

「うむ、まあ、さうだが、いまは土が凍つて固くなつてゐから掘るのが困難だ。そのうちに、」などあいまいな事を言つて、母をだまらせ、ラジオの防空情報に耳を澄ます

 母の苦情が一段落すると、こんどは、五歳の女の子が、もう壕から出ませう、と主張しはじめる。これをなだめる唯一の手段絵本だ。桃太郎、カチカチ山、舌切雀、瘤取り、浦島さんなど、父は子供に読んで聞かせる。

 この父は服装もまづしく、容貌も愚なるに似てゐるが、しかし、元来ただものでないのである物語創作するといふまことに奇異なる術を体得してゐる男なのだ

 ムカシ ムカシノオ話ヨ

 などと、間まの抜けたやうな妙な声で絵本を読んでやりながらも、その胸中には、またおのづから別個の物語が※(「酉+榲のつくり」、第3水準1-92-88)醸せられてゐるのである

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瘤取り

ムカシ ムカシノオ話ヨ

ミギノ ホホニ ジヤマツケナ

コブヲ モツテル オヂイサン

 このお爺さんは、四国阿波剣山のふもとに住んでゐたのである。(といふやうな気がするだけの事で、別に典拠があるわけではない。もともと、この瘤取りの話は、宇治拾遺物語から発してゐものらしいが、防空壕の中で、あれこれ原典を詮議する事は不可能である。この瘤取りの話に限らず、次に展開して見ようと思ふ浦島さんの話でも、まづ日本書紀にその事実がちやんと記載せられてゐるし、また万葉にも浦島を詠じた長歌があり、そのほか、丹後風土記やら本朝神仙伝などといふものに依つても、それらしいものが伝へられてゐるやうだし、また、つい最近於いては鴎外の戯曲があるし、逍遥などもこの物語舞曲にした事は無かつたかしら、とにかく、能楽歌舞伎芸者の手踊りに到るまで、この浦島さんの登場はおびただしい。私には、読んだ本をすぐ人にやつたり、また売り払つたりする癖があるので、蔵書といふやうなものは昔から持つた事が無い。それで、こんな時に、おぼろげな記憶をたよつて、むかし読んだ筈の本を捜しに歩かなければならぬはめに立ち到るのであるが、いまは、それもむづかしいだらう。私は、いま、壕の中にしやがんでゐるのである。さうして、私の膝の上には、一冊の絵本がひろげられてゐるだけなのである。私はいまは、物語の考証はあきらめて、ただ自分ひとりの空想を繰りひろげるにとどめなければならぬだらう。いや、かへつてそのはうが、活き活きして面白いお話が出来上るかも知れぬ。などと、負け惜しみに似たやうな自問自答をして、さて、その父なる奇妙の人物は、

ムカシ ムカシノオ話ヨ

 と壕の片隅に於いて絵本を読みながら、その絵本物語と全く別個の新しい物語を胸中に描き出す。)

 このお爺さんは、お酒を、とても好きなのである。酒飲みといふものは、その家庭に於いて、たいてい孤独ものである孤独から酒を飲むのか、酒を飲むから家の者たちにきらはれて自然孤独の形になるのか、それはおそらく、両の掌をぽんと撃ち合せていづれの掌が鳴つたかを決定しようとするやうな、キザな穿鑿に終るだけの事であらう。とにかく、このお爺さんは、家庭に在つては、つねに浮かぬ顔をしてゐるのである。と言つても、このお爺さんの家庭は、別に悪い家庭では無いのである。お婆さんは健在である。もはや七十歳ちかいけれども、このお婆さんは、腰もまがらず、眼許も涼しい。昔は、なかなかの美人であつたさうである若いから無口であつて、ただ、まじめに家事にいそしんでゐる。

「もう、春だねえ。桜が咲いた。」とお爺さんがはしやいでも、

「さうですか。」と興の無いやうな返辞をして、「ちよつと、どいて下さい。ここを、お掃除しまから。」と言ふ。

 お爺さんは浮かぬ顔になる。

 また、このお爺さんには息子がひとりあつて、もうすでに四十ちかくになつてゐるが、これがまた世に珍しいくらゐの品行方正、酒も飲まず煙草も吸はず、どころか、笑はず怒らず、よろこばず、ただ黙々と野良仕事、近所近辺の人々もこれを畏敬せざるはなく、阿波聖人の名が高く、妻をめとらず鬚を剃らず、ほとんど木石ではないかと疑はれるくらゐ、結局、このお爺さんの家庭は、実に立派な家庭、と言はざるを得ない種類のものであつた。

 けれども、お爺さんは、何だか浮かぬ気持である。さうして、家族の者たちに遠慮しながらも、どうしてもお酒を飲まざるを得ないやうな気持になるのであるしかし、うちで飲んでは、いつそう浮かぬ気持になるばかりであつた。お婆さんも、また息子の阿波聖人も、お爺さんがお酒を飲んだつて、別にそれを叱りはしない。お爺さんが、ちびちび晩酌をやつてゐる傍で、黙つてごはんを食べてゐる。

「時に、なんだね、」とお爺さんは少し酔つて来ると話相手が欲しくなり、つまらぬ事を言ひ出す。「いよいよ、春になつたね。燕も来た。」

 言はなくたつていい事である

 お婆さんも息子も、黙つてゐる。

「春宵一刻、価千金、か。」と、また、言はなくてもいい事を呟いてみる。

「ごちそうさまでござりました。」と阿波聖人は、ごはんをすまして、お膳に向ひうやうやしく一礼して立つ。

「そろそろ、私もごはんにしよう。」とお爺さんは、悲しげに盃を伏せる。

 うちでお酒を飲むと、たいていそんな工合ひである

アルヒ アサカラ ヨイテンキ

ヤマヘ ユキマス シバカリ

 このお爺さんの楽しみは、お天気のよい日、腰に一瓢をさげて、剣山にのぼり、たきぎを拾ひ集める事である。いい加減、たきぎ拾ひに疲れると、岩上に大あぐらをかき、えへん! と偉さうに咳ばらひを一つして、

「よい眺めぢやなう。」

 と言ひ、それから、おもむろに腰の瓢のお酒を飲む。実に、楽しさうな顔をしてゐる。うちにゐる時とは別人の観がある。ただ変らないのは、右の頬の大きい瘤くらゐのものである。この瘤は、いまから二十年ほど前、お爺さんが五十の坂を越した年の秋、右の頬がへんに暖くなつて、むずかゆく、そのうちに頬が少しづつふくらみ、撫でさすつてゐると、いよいよ大きくなつて、お爺さんは淋しさうに笑ひ、

「こりや、いい孫が出来た。」と言つたが、息子の聖人は頗るまじめに、

「頬から子供が生れる事はござりません。」と興覚めた事を言ひ、また、お婆さんも、

いのちにかかはるものではないでせうね。」と、にこりともせず一言、尋ねただけで、それ以上、その瘤に対して何の関心も示してくれない。かへつて、近所の人が、同情して、どういふわけでそんな瘤が出来たのでせうね、痛みませんか、さぞやジヤマツケでせうね、などとお見舞ひの言葉を述べる。しかし、お爺さんは、笑つてかぶりを振る。ジヤマツケどころか、お爺さんは、いまは、この瘤を本当に、自分可愛い孫のやうに思ひ、自分孤独を慰めてくれる唯一の相手として、朝起きて顔を洗ふ時にも、特別にていねいにこの瘤に清水をかけて洗ひ清めてゐるのであるけふのやうに、山でひとりで、お酒を飲んで御機嫌の時には、この瘤は殊にも、お爺さんに無くてかなはぬ恰好の話相手である。お爺さんは岩の上に大あぐらをかき、瓢のお酒を飲みながら、頬の瘤を撫で、

「なあに、こはい事なんか無いさ。遠慮には及びませぬて。人間すべからく酔ふべしぢや。まじめにも、程度がありますよ。阿波聖人とは恐れいる。お見それ申しましたよ。偉いんだつてねえ。」など、誰やらの悪口を瘤に囁き、さうして、えへん! と高く咳ばらひをするのである

ハカニ クラク ナリマシタ

カゼガ ゴウゴウ フイテキテ

メモ ザアザア フリマシタ

 春の夕立ちは、珍しい。しかし、剣山ほどの高い山に於いては、このやうな天候の異変も、しばしばあると思はなければなるまい。山は雨のために白く煙り、雉、山鳥があちこちから、ぱつぱつと飛び立つて矢のやうに早く、雨を避けようとして林の中に逃げ込む。お爺さんは、あわてず、にこにこして、

「この瘤が、雨に打たれてヒンヤリするのも悪くないわい。」

 と言ひ、なほもしばらく岩の上にあぐらをかいたまま、雨の景色を眺めてゐたが、雨はいよいよ強くなり、いつかうに止みさうにも見えないので、

「こりや、どうも、ヒンヤリしすぎて寒くなつた。」と言つて立ち上り、大きいくしやみを一つして、それから拾ひ集めた柴を背負ひ、こそこそと林の中に這入つて行く。林の中は、雨宿りの鳥獣で大混雑である

はい、ごめんよ。ちよつと、ごめんよ。」

 とお爺さんは、猿や兎や山鳩に、いちいち上機嫌で挨拶して林の奥に進み、山桜大木の根もとが広い虚うろになつてゐるのに潜り込んで、

「やあ、これはいい座敷だ。どうです、みなさんも、」と兎たちに呼びかけ、「この座敷には偉いお婆さんも聖人もゐませんから、どうか、遠慮なく、どうぞ。」などと、ひどくはしやいで、そのうちに、すうすう小さい鼾をかいて寝てしまつた。酒飲みといふものは酔つてつまらぬ事も言ふけれど、しかし、たいていは、このやうに罪の無いものである

ユフダチ ヤムノヲ マツウチニ

ツカレガ デタカ オヂイサン

イツカ グツスリ ネムリマ

オヤマハ ハレテ クモモナ

アカルイ ツキヨニ ナリマシタ

 この月は、春の下弦の月である。浅みどり、とでもいふのか、水のやうな空に、その月が浮び、林の中にも月影が、松葉のやうに一ぱいこぼれ落ちてゐる。しかし、お爺さんは、まだすやすや眠つてゐる。蝙蝠が、はたはたと木の虚うろから飛んで出た。お爺さんは、ふと眼をさまし、もう夜になつてゐるので驚き、

「これは、いけない。」

 と言ひ、すぐ眼の前に浮ぶのは、あのまじめなお婆さんの顔と、おごそかな聖人の顔で、ああ、これは、とんだ事になつた、あの人たちは未だ私を叱つた事は無いけれども、しかし、どうも、こんなにおそく帰つたのでは、どうも気まづい事になりさうだ、えい、お酒はもう無いか、と瓢を振れば、底に幽かにピチヤピチヤといふ音がする。

「あるわい。」と、にはかに勢ひづいて、一滴のこさず飲みほして、ほろりと酔ひ、「や、月が出てゐる。春宵一刻、――」などと、つまらぬ事を呟きながら木の虚うろから這ひ出ると、

オヤ ナンデセウ サワグコヱ

ミレバ フシギダ ユメデシヨカ

 といふ事になるのである

 見よ。林の奥の草原に、この世のものとも思へぬ不可思議光景が展開されてゐるのである。鬼、といふものは、どんなものだか、私は知らない。見た事が無いかである。幼少の頃から、その絵姿には、うんざりするくらゐたくさんお目にかかつて来たが、その実物に面接するの光栄には未だ浴してゐないのである。鬼にも、いろいろの種類があるらしい。××××鬼、××××鬼、などと憎むべきものを鬼と呼ぶところから見ても、これはとにかく醜悪性格を有する生き物らしいと思つてゐると、また一方に於いては、文壇鬼才何某先生の傑作、などといふ文句新聞新刊書案内欄に出てゐたりするので、まごついてしまふ。まさか、その何某先生が鬼のやうな醜悪の才能を持つてゐるといふ事実暴露し、以て世人に警告を発するつもりで、その案内欄に鬼才などといふ怪しむべき奇妙な言葉使用したのでもあるまい。甚だしきに到つては、文学の鬼、などといふ、ぶしつけな、ひどい言葉を何某先生に捧げたりしてゐて、これではいくら何でも、その何某先生も御立腹なさるだらうと思ふと、また、さうでもないらしく、その何某先生は、そんな失礼千万醜悪綽名をつけられても、まんざらでないらしく、御自身ひそかにその奇怪の称号を許容してゐるらしいといふ噂などを聞いて、迂愚の私は、いよいよ戸惑ふばかりである。あの、虎の皮のふんどしをした赤つらの、さうしてぶざいくな鉄の棒みたいなものを持つた鬼が、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである鬼才だの、文学の鬼だのといふ難解な言葉は、あまり使用しないはうがいいのではあるまいか、とかねてから愚案してゐた次第であるが、しかし、それは私の見聞の狭い故であつて、鬼にも、いろいろの種類があるのかも知れない。このへんで、日本百科辞典でも、ちよつと覗いてみると、私もたちまち老幼婦女子の尊敬の的たる博学の士に一変して、(世の物識りといふものは、たいていそんなものである)しさいらしい顔をして、鬼に就いて縷々千万言を開陳できるのでもあらうが、生憎と私は壕の中にしやがんで、さうして膝の上には、子供絵本が一冊ひろげられてあるきりなのである。私は、ただこの絵本の絵に依つて、論断せざるを得ないのである

 見よ。林の奥の、やや広い草原に、異形の物が十数人、と言ふのか、十数匹と言ふのか、とにかく、まぎれもない虎の皮のふんどしをした、あの、赤い巨大の生き物が、円陣を作つて坐り、月下の宴のさいちゆうである

 お爺さん、はじめは、ぎよつとしたが、しかし、お酒飲みといふものは、お酒を飲んでゐない時には意気地が無くてからきし駄目でも、酔つてゐる時には、かへつて衆にすぐれて度胸のいいところなど、見せてくれるものである。お爺さんは、いまは、ほろ酔ひである。かの厳粛なるお婆さんをも、また品行方正の聖人をも、なに恐れんやといふやうなかなりの勇者になつてゐるのである。眼前の異様の風景に接して、腰を抜かすなどといふ醜態を示す事は無かつた。虚うろから出た四つ這ひの形のままで、前方の怪しい酒宴のさまを熟視し、

「気持よささうに、酔つてゐる。」とつぶやき、さうして何だか、胸の奥底から、妙なよろこばしさが湧いて出て来た。お酒飲みといふものは、よそのものたちが酔つてゐるのを見ても、一種のよろこばしさを覚えるものらしい。所謂利己主義者ではないのであらう。つまり隣家の仕合せに対して乾盃を挙げるといふやうな博愛心に似たものを持つてゐるのかも知れない。自分も酔ひたいが、隣人もまた、共に楽しく酔つてくれたら、そのよろこびは倍加するもののやうである。お爺さんだつて、知つてゐる。眼前の、その、人とも動物もつかぬ赤い巨大の生き物が、鬼といふおそろしい種族のものであるといふ事は、直覚してゐる。虎の皮のふんどし一つに依つても、それは間違ひの無い事だ。しかし、その鬼どもは、いま機嫌よく酔つてゐる。お爺さんも酔つてゐる。これは、どうしても、親和の感の起らざるを得ないところだ。お爺さんは、四つ這ひの形のままで、なほもよく月下の異様の酒宴を眺める。鬼、と言つても、この眼前の鬼どもは、××××鬼、××××鬼などの如く、佞悪の性質を有してゐ種族のものでは無く、顔こそ赤くおそろしげではあるが、ひどく陽気で無邪気な鬼のやうだ、とお爺さんは見てとつた。お爺さんのこの判定は、だいたいに於いて的中してゐた。つまり、この鬼どもは、剣山隠者とでも称すべき頗る温和な性格の鬼なのである地獄の鬼などとは、まるつきり種族が違つてゐるのである。だいいち、鉄棒などといふ物騒なものを持つてゐない。これすなはち、害心を有してゐない証拠と言つてよい。しかし、隠者とは言つても、かの竹林賢者たちのやうに、ありあまる知識をもてあまして、竹林に逃げ込んだといふやうなものでは無くて、この剣山隠者の心は甚だ愚である。仙といふ字は山の人と書かれてゐから、何でもかまはぬ、山の奥に住んでゐる人を仙人と称してよろしいといふ、ひどく簡明の学説を聞いた事があるけれども、かりにその学説に従ふなら、この剣山隠者たちも、その心いかに愚なりと雖も、仙の尊称を奏呈して然るべきものかも知れない。とにかく、いま月下の宴に打興じてゐるこの一群の赤く巨大の生き物は、鬼と呼ぶよりは、隠者または仙人呼称するはうが妥当のやうなしろものなのである。その心の愚なる事は既に言つたが、その酒宴の有様を見るに、ただ意味も無く奇声を発し、膝をたたいて大笑ひ、または立ち上つて矢鱈にはねまはり、または巨大のからだを丸くして円陣の端から端まで、ごろごろところがつて行き、それが踊りのつもりらしいのだから、その智能の程度は察するにあまりあり、芸の無い事おびただしい。この一事を以てしても、鬼才とか、文学の鬼とかい言葉は、まるで無意味ものだといふことを証明できるやうに思はれる。こんな愚かな芸無しどもが、もろもろの芸術の神であるとは、どうしても私には考へられないのである。お爺さんも、この低能の踊りには呆れた。ひとりでくすくす笑ひ、

「なんてまあ、下手な踊りだ。ひとつ、私の手踊りでも見せてあげませうかい。」とつぶやく

ヲドリノ スキナ オヂイサン

スグニ トビダシ ヲドツタラ

コブガ フラフラ ユレルノデ

トテモ ヲカシイ オモシロ

 お爺さんには、ほろ酔ひの勇気がある。なほその上、鬼どもに対し、親和の情を抱いてゐるのであるから、何の恐れるところもなく、円陣のまんなかに飛び込んで、お爺さんご自慢の阿波踊りを踊つて、

むすめ島田年寄りやかつらぢや

赤い襷に迷ふも無理やない

嫁も笠きて行かぬか来い来い

 とかい阿波俗謡をいい声で歌ふ。鬼ども、喜んだのなんの、キヤツキヤツケタケタと奇妙な声を発し、よだれやら涙やらを流して笑ひころげる。お爺さんは調子に乗つて、

大谷通れば石ばかり

笹山通れば笹ばかり

 とさらに一段と声をはり上げて歌ひつづけ、いよいよ軽妙に踊り抜く。

オニドモ タイソウ ヨロコン

ツキヨニヤ カナラズ ヤツテキテ

ヲドリ ヲドツテ ミセトクレ

ソノ ヤクソクノ オシルシ

ダイジナ モノヲ アヅカラウ

 と言ひ出し、鬼たち互ひにひそひそ小声で相談し合ひ、どうもあの頬ぺたの瘤はてかてか光つて、なみなみならぬ宝物のやうに見えるではないか、あれをあづかつて置いたら、きつとまたやつて来るに違ひない、と愚昧なる推量をして、矢庭に瘤をむしり取る。無智ではあるが、やはり永く山奥に住んでゐるおかげで、何か仙術みたいなものを覚え込んでゐたのかも知れない。何の造作も無く綺麗に瘤をむしり取つた。

 お爺さんは驚き、

「や、それは困ります。私の孫ですよ。」と言へば、鬼たち、得意さうにわつと歓声を挙げる。

アサデス ツユノ ヒカルミチ

コブヲ トラレタ オヂイサン

ツマラナサウニ ホホヲ ナデ

オヤマヲ オリテ ユキマシタ

 瘤は孤独のお爺さんにとつて、唯一の話相手だつたのだから、その瘤を取られて、お爺さんは少し淋しい。しかしまた、軽くなつた頬が朝風に撫でられるのも、悪い気持のものではない。結局まあ、損も得も無く、一長一短といふやうなところか、久しぶりで思ふぞんぶん歌つたり踊つたりしただけが得とく、といふ事になるかな? など、のんきな事を考へながら山を降りて来たら、途中で、野良へ出かける息子の聖人とばつたり出逢ふ。

「おはやうござります。」と聖人は、頬被りをとつて荘重に朝の挨拶をする。

「いやあ。」とお爺さんは、ただまごついてゐる。それだけで左右に別れる。お爺さんの瘤が一夜のうちに消失てゐるのを見てとつて、さすがの聖人も、内心すこしく驚いたのであるが、しかし、父母の容貌に就いてとやかくの批評がましい事を言ふのは、聖人の道にそむくと思ひ、気附かぬ振りして黙つて別れたのである

 家に帰るとお婆さんは、

「お帰りなさいまし。」と落ちついて言ひ、昨夜はどうしましたとか何とかいふ事はいつさい問はず、「おみおつけが冷たくなりまして、」と低くつぶやいて、お爺さんの朝食の支度をする。

「いや、冷たくてもいいさ。あたためるには及びませんよ。」とお爺さんは、やたらに遠慮して小さくかしこまり、朝食のお膳につく。お婆さんにお給仕されてごはんを食べながら、お爺さんは、昨夜の不思議出来事を知らせてやりたくて仕様が無い。しかし、お婆さんの儼然たる態度に圧倒されて、言葉が喉のあたりにひつからまつて何も言へない。うつむいて、わびしくごはんを食べてゐる。

「瘤が、しなびたやうですね。」お婆さんは、ぽつんと言つた。

「うむ。」もう何も言ひたくなかつた。

「破れて、水が出たのでせう。」とお婆さんは事も無げに言つて、澄ましてゐる。

「うむ。」

「また、水がたまつて腫れるんでせうね。」

「さうだらう。」

 結局、このお爺さんの一家於いて、瘤の事などは何の問題にもならなかつたわけである。ところが、このお爺さんの近所に、もうひとり、左の頬にジヤマツケな瘤を持つてるお爺さんがゐたのである。さうして、このお爺さんこそ、その左の頬の瘤を、本当に、ジヤマツケなものとして憎み、とかくこの瘤が私の出世のさまたげ、この瘤のため、私はどんなに人からあなどられ嘲笑せられて来た事か、と日に幾度か鏡を覗いて溜息を吐き、頬髯を長く伸ばしてその瘤を髯の中に埋没させて見えなくしてしまはうとたくらんだが、悲しい哉、瘤の頂きが白髯の四海波の間から初日出のやうにあざやかにあらはれ、かへつて天下の奇観を呈するやうになつたのである。もともとこのお爺さんの人品骨柄は、いやしく無い。体躯は堂々、鼻も大きく眼光も鋭い。言語動作は重々しく、思慮分別も十分の如くに見える。服装だつて、どうしてなかなか立派で、それに何やら学問もあるさうで、また、財産も、あのお酒飲みのお爺さんなどとは較べものにならぬくらゐどつさりあるかいふ話で、近所の人たちも皆このお爺さんに一目いちもく置いて、「旦那」あるいは「先生」などといふ尊称を奉り、何もかも結構、立派なお方ではあつたが、どうもその左の頬のジヤマツケな瘤のために、旦那は日夜、鬱々として楽しまない。このお爺さんのおかみさんは、ひどく若い。三十六歳である。そんなに Permalink | 記事への反応(0) | 18:24

2026-04-19

日本政府寿司職人ロボット大会を開け

背景

日本少子化による労働力の減少は喫緊課題でありもはや対策は手遅れという状態であるが、

たとえ手遅れだろうと今より早い時期は無く、取れる手段は全て早急に取るべきである

年収500万円も無い男性女性のお眼鏡にかなわず結婚俎上に上がることはなく、適齢期の男性において年収500万というのは上位30%程度でありつまりは3割しか結婚できない

よって自然結婚出産による少子化解決は無理と諦めるしかない

はたまた外国人労働者移入により労働力を補おうとすれば治安の悪化への懸念文化の摩擦などの面から反対が大きい

よって外国人移入政策不可能とは言わないまでも(今の老人のボリュームゾーン死ぬまではだましだまし行けるんじゃないか・・・プライオリティは下げた方が良いだろう

これら以外の手段が求められていることは明白である

ロボティクス(今流行りの言葉で言えばフィジカルAI)による労働力代替はその一つだ

日中国のロボットハーフマラソン大会において大半の人間に勝るスコアを上げたと話題になっていたが、

走ったり踊ったりができるだけでは労働力として勘定に入れるには不十分だ

求められているのは工事介護農業漁業など、多様で(一部)繊細な動作必要職種

本題

そこで『寿司

日本の心だ

これは日本しかできない

おひつ酢飯を作り、

ネタを切り出し、

シャリを握り、

ネタと合わせて客に提供する

この一連の動作を行わせる

ロボットは味を見るのはまだしばらくかかりそうなので、調味料ネタについては統一し、食感、つまりシャリが上手く握れ、ネタが上手く切れたかという物理的な要因による美味さで評価が出来るだろう


賞金は1000万程度として、大会セットアップは5億もあればできるだろう

子ども家庭庁の予算7兆円を考えれば微々たる額である

年に一度大会を開き日本のロボティクス産業の振興と労働力確保に繋げたい

※この増田人間が一文字文字心を込めて書きました。LLMは使っていません

2026-04-13

育休手当じゃなくてベーシックインカムがいい

もらっておいて難だけど、金が絡むと色々勘定ちゃうから、逆に少子化進む気がする。

私自身、上の子が2歳になるからもう1人、と思うけど仕事が絡むと産むタイミングわからんそもそも仕事子育て両立できずに体壊す人も見てきたし、産むためにいい制度とは思えん。だからと言って金もらえるのに仕事辞めて産むなんて勿体無い。

育休を1歳までにして、0-6歳を育ててる家庭にベーシックインカムで月20支給したら、たくさん生まれてくるように思う。しょうもない仕事してる人は辞めるだろうから保育所を減らせるからその補助金回して。辞めたくない人はベビーシッター若い女子供風邪休みますとか何とかいってるのがなくなって、雇用も増えるし。

中流以下の子供が増えるだろうけど、外人よりマシじゃない?

かいって、いいわけないんだよなぁ

2026-04-12

anond:20260412131529

ダメだよ

公務員給料民間基準にする

初任給40万は絶対勘定に入れないといけない

足りないなら増税一択

事業所規模50人以下のところでも給料高いところは参考にしないといけない

2026-04-07

メッセージ勝手に自社製品広告にするLINE今日子さんに謝れ

LINELINEカレンダーかい製品を作った。それはいい。何ができるか全然知らないけど、LINEで日程調整とかする機会もあるし、便利なのかもしれない。ただ、その製品リリースされて以降、メッセージに含まれるあらゆる時間と関連する表現勝手に青のリンクになって、そのリンクLINEカレンダーに遷移するようになってる。最悪すぎる。

まず、俺はメッセージを送受信したいのであって、LINEカレンダーなるものを使いたいわけではない。俺が誰かに送ったメッセージ、誰かが俺に送ったメッセージ勝手LINEカレンダーへの送客装置にするな。

そのうえで、リンク変換の範囲が雑すぎる。たとえば「4月7日 13:00」みたいな文字列だったら、まだリンクしてもいいと思う。便利さが勝つと言える気がする。他社の製品でもそういう例はある。でもLINE場合、「今出たとこ」とか「四六時中」といった会話も「今」や「六時」がリンクになる。

おい、「今」をカレンダーに入れたい奴がどこにいるんだ? しかも「今」をタップしても「今」の時間カレンダー登録されるわけじゃない。めちゃくちゃなんだよ。

さらに言うと、「今日」とか「水曜日」といった文字列もそれだけでリンクにするのは間違っていると思う。自分名前が書かれる度に、文字の一部がリンクになる今日子さんや明日香さんが、便利だわー、ってなると思うか? 良い気持ちになるはずがないと思う。水曜日のカンパネラのファン同士がやり取りしていて、「水曜日」が毎回ハイライトされたらうざったくてしょうがないだろう。

とはいえLINE商売だ。自社の新機能に誘客したいのはわかる。だがせめてオフにできるようにしろ。これが便利と思う人もいるのかもしれないが、俺は要らない。絶対に使わない。使わないにもかかわらず、今後一生LINEでやりとりするのに「明日」がリンクになるのを見ないといけないのか? もしかしたらオプトアウトできるのかもしれないが、俺が見た限りではその設定はなかった。

こんなことを書いていると、リテラシーの高いはてなユーザーからは「LINEなんか使わなければ良い」みたいな極端な意見が出るかもしれないが、お前らはそれでいいかもしれないが、LINEはもうインフラなんだよ。国内では覇権をとったメッセージアプリなんだよ。

こんなアプリ覇権をとっているのは俺も不幸だと思うが、使わざるを得ない。ネットワーク効果を考えれば、俺だけがLINEを使うのをやめても仕方ない。一斉にLINEをやめるなんてことは期待できない。行政すらLINE活用しているのに。だからこそLINEプロダクトマネージャーには自制心が求められるにもかかわらず、そんな倫理があるようには感じられない。

実際この機能LINEカレンダー知名度有意に上げるだろうし、そのなかの何パーセントかは使い始めるようになるんだろう。そういう算盤勘定しかしなかったんだろう。このリンク機能を導入するにあたって逡巡したとはあまり思えない。もし逡巡していたら、変換する文字列は明らかに日時を示す表現だけにしたんじゃないかと思うから

今回だけじゃない。LINEは昔から顧客メッセージ勝手に変なエフェクトをつけたりしている歴史がある。「バレンタイン」と送れば変なエフェクト、「クリスマス」と送れば変なエフェクト、「花火」とか「ハロウィン」でも変なエフェクトが出てたかもしれない。

俺はそれらの機能にも、「今年のクリスマスを楽しみにしていたのに亡くなった」といったメッセージがやり取りされる可能性すらアプリで、そんなメッセージにクソみたいなエフェクトがついたときユーザー気持ちを考えたら、遊び心でも絶対に導入しないと思ったんだが、そんなことを彼らは考慮しなかったんだろう。

まあまず根本的には、クライアントサイドでの処理なんだろうけど、メッセージの内容に基づいて何か勝手エフェクトなりリンクなりの操作が行われること自体気持ち悪いんだけど、それはもういいから、せめてオフにできるようにしろ。そんな用意も無いのにこんな機能を大々的に展開するな。

2026-03-31

なぁ桜井あん時どんな気持ちだった?

そして今どう思う?

あんたはこう歌った

“何が起こっても変じゃない そんな時代さ 覚悟はできてる”

(【es】〜Theme of es〜 より)

1995年、もう30年前だ

あの頃は「不確実性の時代」なんて言ってたっけ

それはもっと後か? まぁどうでもいいや

 

なぁ桜井あん時、こんな世界になるなんて思ってなかったよな?

俺は思ってなかった

ぼんやり思っていたとしても、こんなリアルには想像できていなかった

核戦争で一瞬で簡単に全滅できるほど、人間きれいな存在じゃない。もっとダラダラと苦しんで滅ぶ」みたいなことを筒井康隆が言ってた気がするな、間違ってたらすまん まぁ関係ねぇか

 

なぁ桜井、お前があん時歌った「覚悟」ってどんなもんだった?

俺は覚悟なんてできてなかったし、今もできてない

身体と頭が衰えていく中でどんどん貧しくひもじくなっていくなんて

なんかよく分からない正義も何もない戦争ばっか起こる時代になるなんて

みんながみんなカネ勘定の話しかしなくなるなんて

そんな覚悟をお前は歌ってたのか?

 

ごく個人的なことを全世界大事のように思えたあの頃はよかったよな

今は個人問題なんか声高に歌ったりできない気がするよ

本当に酷い時代に「酷い時代だ」なんて歌が流行るわけないもんな

俺たちは幸せだったのかもしれないな

2026-03-27

anond:20260327170839

私は左派だけど日本が悪いとは思わない。カネの使い方がまともじゃなく教養も知性もない現政権が悪いとは思ってる。

自分右派だと思ってるみたいだけどまともな勘定ができずに広告に踊らされて左派が悪いと思ってるだけの単純バカお疲れ様

2026-03-16

anond:20260315165829

すべてを金勘定しようとするのがションベン臭えな。

君、時間もったいないからって行列も並ばないタイプ旅行に行っても観光地だけ最短ルートで巡るタイプデートでもクーポン券使うタイプやろ。

若いなぁ。

2026-03-08

anond:20260307183933

普通は9割方断らない状況を作ってから告白するので、断りやすい状況もクソもないです。

遊び人ならもうちょい気軽に押しの手の一つとして、告白めいた好きだよ攻勢で早めに決着をつけるかもね。

その際に逃げ道用意してやる奴と逃げ道塞ぐ奴がいるね。

まあ、そんでももう少し押せばなんとかなりそう段階でするって話で、漫画とかで見るような一か八かだったり玉砕覚悟みたいなやつは弱男以外早々に最悪手と学んで勘定に入れないね

2026-03-06

anond:20260306210600

おもしろさはさておいて、原理的には

参加者100人いて、

たとえば1位が110万円、2位から100位まで各100万円をファンに貢がせたとして、

優勝の特典が500万円の価値のあるものだとすれば、

みんなが目先の合理的利益を目指して戦うことはありうる。

もちろん実際はもっと悲惨勘定になってるだろうけど。

1位の特典の価値だけは、さすがに1位のファンからの貢がせ金額よりは少しは上回ってることが多いんじゃないかなぁ。金銭では買えない特典も多いし。

でも増田の指摘通り、特にトータルでの合理性は、ふつうはないよね。

2026-03-05

anond:20260305224814

魔理沙: 今夜にもGPT-5.4来るかもって?ワクワクするぜ。小数点でもでかい変化、って匂いはあるよな。

霊夢: 落ち着きなさい。私たちにはリアルタイムの内部情報はないわ。名前と桁はマーケの都合も大きいし、実力は中身次第。

魔理沙: でも最近AI更新早すぎ!GeminiだのClaudeだの動画モデルだの、目まぐるしいぜ。

霊夢: それは事実継続学習蒸留MoE、合成データリリース速度が上がってるのよ。だから「0.1」でも実質フル世代交代に近いことがある。

魔理沙: 今夜見るなら、どこをチェックだ?

霊夢:

魔理沙: 私のキノコ同定ベンチも回すぜ。間違えたら胃が危ないが。

霊夢: 命がけの評価はやめなさい。賽銭箱の勘定で十分よ。

魔理沙: で、シンギュラリティはGTA6までに来ると思うか?

霊夢: 言葉定義次第。全面的な知能爆発は現実的じゃないけど、実務の自動化率は着実に上がるわ。ボトルネック計算資源データ枯渇・信頼性安全性コスト

魔理沙: 近未来見取り図は?

霊夢: 個人向けの恒常メモリ付きエージェント、画面操作API連携の実務代行、長文脈と音声/動画リアルタイム統合動画生成は時間的一貫性編集性が改善、でも完全自動映画監督はもう少し先。

魔理沙: なるほど。今夜はデモに踊らされず、手元の課題で試す、と。

霊夢: そう。派手さより再現性賽銭と同じで、入れて終わりじゃなく回収計画が要るの。

2026-03-04

anond:20260304220536

足引っ張ってる銘柄抜いて勘定したらいいんだよ

2026-03-03

[]中学生のころ、路上で胸をつかまれたことがある

相手は背の高い男で、通りすがりにいきなり胸に手を伸ばされ、思い切りつかまれた。

あのときのことは思い出したくもないので、これ以上詳しくは書かない。ただひたすらに怖く、自分のことが情けなく、あれから20年近く経ついまでもフラッシュバックしては叫びたくなる。このことは誰にも言っていない。墓場まで持っていこうと思っている。

 

アクタージュ』の原作者マンガワン名前を隠して連載をしていた件が明らかになり、全身がすーっと冷たくなっていくような感触を覚えた。

キツいのは「罪を償っているのだから、マツキはもう復帰させてもいいんじゃない」という空気SNSの一部にあることだ。小学館も即刻打ち切りではなく、とりあえず媒体から取り下げておいて、SNSの様子を見ているフシがある。

かに私が受けた(のと類似の)被害は、山本章一が起こした鬼畜所業とは桁が違うとは思う。私はあの一件で色々人生が捻じ曲がってしまった実感があるものの、曲がりなりにも社会生活は送れているからだ。被害者のかたの回復を祈ってやまない。

とはいえ、今回のような「こっちの件はOKでしょ」的な空気を出されると、私の被害など大したことなどなかったのだと社会から断ぜられているいるようで、大変につらい。比較すると些細な被害のように見えるかもしれないが、私にとってはずっと忘れたいのに脳にこびりつき、長い間苦しめ続けている悪夢である。何が「性加害、性搾取、あらゆる人権侵害を決して許しません」だ。マツキタツヤに面会を要望した編集者は、一秒でも被害者のことを考えたのか。「いまならジャンプヒットメーカーに依頼できる」という金勘定しかなかったのではないのか。

 

最後に、山本とマツキの被害者のかたの、今後の生活に安寧が訪れることを願ってやまない。

https://anond.hatelabo.jp:443/20260302225147

2026-02-21

社会全体に対する視点が一切なく、自分達の家庭がどれだけ得するかという金勘定しか頭にない。

こういう高学歴高収入エリート層が進んでチームみらいに投票している。

終わってるよ。

性欲といふもの、若き日には空気のごとく身にまとひて、あらゆる景色に薄くかかれる霞のやうに思ひしを、ある日ふと、医師の処方せる薬を飲みてより、忽然とかき消えたりけることあり。

それまでは、街を歩けば、すれちがふ人の姿形を、知らず知らず品定めする目つき、

広告に映る肌色の多き写真を、わざと見ぬふりしつつ、心のどこかで気にかける心地、

仕事帰りの黄昏に、ふとスマホを取り出しては、いかがはしき画像の誘惑と、己が節度とのあはひに揺れ動く愚かしさ。

これらみな、「しかたなき人の性」と言へば聞こえはよし、実のところは、終日、犬に引かれたる散歩のごとく、性欲という綱を首にかけられ、あちらこちらと連れまはされてゐるに過ぎざりき。

ところが、ある持病にて、薬を替へられたる後のことである

一週、二週と過ぎるうち、ふと気づけば、あの始終ざわめき立ちゐたりし胸の奥のざはざはといふもの、いつのまにやら声を潜め、

気の多き猿のやうに騒ぎ回ってゐた心の一隅が、しんと静まり返りたり。

初めは、それと気づかず。

ただ、あの手の広告を見ても、何とも思はぬ。

駅のホームにて、薄着の若き人の姿を見ても、「寒からう」とは思へど、「好まし」「近う寄らばや」といふ類の思ひ、起こらず。

夜、ひとり布団にもぐりても、手持ち無沙汰ではありながら、さりとて、昔のやうに強き衝動に突き動かされることもなし。

かくて、ある夜ふと、「あれ、そういへば」と思ひ当たりて、

性欲といふものの、跡形もなく消え去りたるを悟りぬ。

その日より、世界の色合ひ、少しずつ変はりたり。

まず、街の景色

往時は、すれ違ふ人を見れば、「美し」「さうでもなし」と、心中にて採点する癖やありしが、

その癖の、すっぽり抜け落ちたることに気づく。

人を見れば、ただ「赤きコートの人」「重たげな鞄を持つ人」といふばかりにて、「女」「男」と分かつ眼鏡が曇りたり。

かくなると、人混みは、求むべき狩場ならで、ただの群衆となり、

通勤路は、獲物を探す狩人の道ならずして、単なる行き帰りの道となる。

コンビニに入れば、雑誌コーナーの袋とじは、もはや私の敵にも味方にもあらず。

「ここに売り場面積を割くとは、商魂たくまし」と、商いの算盤勘定するばかり。

あられもなき格好の表紙を見ても、「よくもここまで照明を工夫したものよ」と、写真としての構図に興味は行けども、

胸の内がかっと熱くなることはない。

かくのごとく、「性」のフィルタの外れし世界は、思ひのほか、平板にして、また澄みたり。

されど、人の心の働きといふもの不思議もので、

つの欲の音量を絞れば、他の響きの、小さくして精妙なるもの、耳に届きやすくなるらし。

ある朝、通勤の折、橋の上より川面を見下ろせば、

水のきらめき、冬の日の光に細かに砕けて、銀の粉を撒き散らせるがごとし。

「昔より、こんなに綺麗であったか」と、我ながら驚く。

ふと顔を上げれば、雲の切れ間よりすじを引いて射し込む光、

遠くのビルガラスに、淡く映れる空の色。

これまで目に入りながら、心まで届かなかったものもの

一つ一つが、音楽旋律のやうに胸に触れてくる。

休み、いつもはスマホにて、安手な刺激を求めてスクロールし続けし時間も、

ふと、画面を伏せて、同僚の声を聞くに至る。

彼の愚痴彼女心配事、その言葉の端々に、

以前なら耳を素通りしてゐた、わずかな寂しさ、疲れの色が見え出づ。

性欲といふ、大きな渦のふき音が静まれば、

他人ささやかな心の揺れが、かえってよく聞き分けらるるものと知る。

かやうに記せば、「性欲なき境地こそ、さながら悟り」と思ふ人もあらむ。

されど、実のところは、かならずしも、さう楽観すべきにもあらず。

夜更け、部屋の灯りを落とし、布団に横たはれば、

若き日には、意味もなく疼きて、愚にもつかぬ妄想を繰り返し、

それはそれで、「まだ生きてゐる」といふ手触りを、肉体から受け取ってゐものなり。

今は、そのざわめきもなく、

掌を見つめれば、ただ血の通ふ器官としての手があるばかり。

「人は、何ゆゑに生きるや」といふ問いなど、

大仰に聞こゆれど、性のドライブの弱まった身体に宿れば、

いささか、切実の度合ひを増す。

子孫を残すという、大義名分より解き放たれたとき

人の生は、さて、何を目的として続けらるべきや。

本を開けば面白く、仕事をすればそれなりにやりがいあり、

友と語れば笑ひも出づ。

それでも、「ただ、それらをしてゐる」以上の必然を感じ難い時がある。

かつては、欲望の火が、「とにかく前へ」と背を押してゐものを、

今は、誰に押されるでもなく、惰性に任せて転がってゐる石のやうな気分も湧く。

性欲といへば、しばしば人を惑はし、身を滅ぼすものとして、

古今の物語に悪しき役回りを担はされてきたり。

然れど、一切あらざれば、これはこれで、

味気なき飯のごとく、腹は満ちても、心のどこか、ひもじきを覚ゆ。

むかし兼好が、「あやしき家に生まれたる人の、身の程をわきまへず」など書きて人の愚かしさを面白がりしが、

今の我が身をふり返れば、「欲もまた、愚かさの一部にて、人を人たらしめる調味料なりけり」と、

少しばかり同情的に見直したくなる。

さればといって、薬を捨てて、元のざわざわに戻る勇もなし。

静かな湖面に、わざわざ石を投げ込むがごとき所業、年老いからは、なかなかし難い。

この静まり返った世界と、どう折り合ひをつけるか、

それを考へることこそ、今の私に残された、新たな遊びともいへむか。

最近では、電車の窓に映る自分の顔を見ては、

「欲に振り回されてゐた頃の眼は、もう少しぎらついてゐたか」と思ひ、

今は今で、少しく寂しげな、しかし、どこかあきらめを含んだ笑みを浮かべてゐる。

「人の一生、欲多きもまた可笑しく、

欲の減りゆくもまた、哀れにして、どこかをかし。」

かく思ひ直して、今日も薬を飲む。

その錠剤ひとつが、性欲の火だけでなく、

世界の色彩の配分まで、少しずつ塗り替へてゐると思へば、

この身ひとつの変化も、また一篇の随筆の種にこそなれ。

――などと書きつゝ、ふと気づけば、

文章に向かふこの執着も、別のかたちの「欲」に違ひなかりけりと、

ひとり苦笑するのであった。

2026-02-20

[]の値上げに反対#1

私の主張の趣旨

値上げの必要性理解するが,重大な問題があり,令和8年4月1日からの値上げは凍結するべきである。そのうえで,改めて学生特に居住学生)と大学との間で協議体を設置し,十分に議論を行ったうえで妥結した額を改定額と決定するべきである

 

大学側の主張①:近年の物価高により令和6年より学生宿舎の運営赤字であり,値上げしなければ廃止するしかない。

市況と大差ない現行の寄宿料を徴収しながら,収益均衡を維持できないどころか赤字であることの責任は,国立大学法人筑波大学経営努力の不足にある。

宿舎が大規模であることによるスケールメリットや、国立大学法人として競争入札により廉価に物品役務調達できると考えられることから民間事業者より有利で効率的経営を行うことが可能環境にある。

それにも関わらず赤字に転落したのは,経営努力以前の経営能力問題があるのではないか

このまま値上げをしたところで,能力問題がある以上今後も赤字を生じさせ、再び安易な値上げに走ることは明らかである

そもそも廃止という言葉は住居という人間生活根本人質ととって,なかば強迫的に値上げを受け入れざるを得ないような印象を学生に与える。

少なくとも教育機関たる大学が,構成員である学生に対しとるべき対応ではない。

 

大学側の主張②:第4期中期目標・中期計画において新入生の宿舎入居率80%を目指しているなど,大学施策との関係で宿舎を直ちに廃止することはできない。

この主張は主張①と矛盾している。

大学側の反論廃止は一部廃止も含むから矛盾しない。

説明会大学の主張①と矛盾するのではないかという質問が出るまで,廃止が一部に留まる可能性に触れていない。

それどころか,大学側は,第1回説明会で以下のように説明した。

今年度 1 億円の赤字が出ると。なので、僕が4月に赴任して突きつけられたのは、今年度(赤字)1 億円だせっていう。 中略 これ、国が許すと思うか、まず。これ、会社だったら倒産だぜ。いわゆる、ちゃん管理してないだろうと言われて、倒産倒産ということは、どういうこと?って話。

こういった経緯からは,学生に全部が廃止されると誤解させ,値上げを受け入れさせようとする意図をみてとれる。

一部廃止であっても,現在の居室がなくなる可能性を含む不安を与えるもので,強迫であることに変わりない。

 

大学側の主張③:これまでの黒字部分は,国立大学法人化以降は目的積立金としてきた。これらは宿舎改修やいわゆるコロナ禍での赤字補填使用した。

公開されている財務諸表および事業報告書上、各勘定における黒字大学会計全体(病院会計除く,以降同じ)に一度吸収し、さら大学会計全体に残余額がある場合に限って目的積立金としてきたことは明らかである。宿舎のこれまでの黒字も同様に大学会計で吸収されてきたと考えられる。大学側の主張は,あたかも宿舎関係で生じた黒字を直接に目的積立金としてきたかのような誤った印象を与える。

これまでの経緯を踏まえれば,赤字大学会計全体で補填せず、居住する学生負担させるというのは一貫しない。場当たり的であるし,学生という弱い立場でかつ最も取りやすいところから補填させようと試みるものである

少なくとも,学生大学会計から補填を求めることは、決して過大な要求などではなく、大学側の言う「良識がなく反省すべき考え」でもない。

公務員給与の決め方は今までのままではいけない

事業所規模50人以上でもショボい平社員を平均に入れては公務員が腐る

年収1000万円の一人親方勘定に入れてなおかつ年収500万円以下の従業員問答無用勘定しないことが肝心

2026-02-19

人事院事業所規模にかかわらず年収1000万円以上の職人も参考にすべき

事業所規模50人以上と言う制限があるので公務員給料が上がらない

年収1000万円以上の人をもれなく勘定に入れて年収低い人を弾いて平均を出さないといけない

国家公務員グーグルにも行けるし職人にもなれるので同格であるべき

2026-02-13

anond:20260213165036

迷惑YouTuber勘定って要らなくないか?😁」

🍣「📞👮‍♂️さーん!!喰い逃げです!」

2026-02-11

戦争に行く人生なのかもしれない、と思うと不思議気持ちになる

自分20代後半の男性だが、先の衆議院選挙の結果を受けてそう思った。まず、ほぼ確実に改憲や、それに伴う国民投票経験する戦後初の世代にはなると思う。

断っておくと、一概に高市政権“だから好戦的な国になるとか、徴兵制が始まる、というふうには思わない。ただ、国内政局とは別に、ごく素朴に今の世界情勢を見れば、自分が4〜50代になるまでに日本がなんらかの形で戦争に巻き込まれないでいられる可能性は非常に低いように感じる。そして徴兵制も(現段階で実現するのは相当難しいとされているけど、)もし緊急事態ということになれば、なんらかの可能性をくぐり抜けて自分が動員される可能性は十分にあるし、自分の子ども世代のことまで勘定に含めれば当然、その確率はより一層上がるだろう。それはさほどリベラルの過剰な被害妄想というわけでもないと思う。

平和ボケと言えばそれに尽きるが、自分人生の中にそういう可能性があるんだ、戦場に行ったり、銃を携えたり、直接的になり間接的になり人を殺したりする可能性があるんだ。あるいは、殺されたりするんだ。というふうに思うと、非戦や反戦という抽象的な言葉を乗り越えて、その実感にただすごく不思議な気分になる。もちろん戦争は良くないことと思うし、非戦や反戦という言葉が無力だと言いたいわけじゃないのだが。というか、そのことを予期して今から真剣に恐れを感じられている人はリスクに対する想像力がしっかりしているのだと思う。自分はまだ、自分人生が「その可能性の輪の中に十分入っている」ということに対してただ不思議気持ちになることしかできない。

今後の人生について多少真剣に考える年齢を迎えたからかもしれない。転職とか投資とか保険とか結婚とか、そういう10年、20年先を見据える具体的な人生設計を迫られる一方で、そのはざまに「でももしかしたら戦争が起きるかもな」とか、「兵役に取られるかもな」という発想がある程度の妥当性をもって浮かんでくる。直近ではウクライナの事例もあるし、コロナ禍の時の「なんだかんだ従う」国民の姿、というのを目撃しているから、そういうことが以前より想像やすくなったということもあるのかな。自分はそこで、じゃあ戦争をしないために何ができるか、というようなことを建設的に考えられるほど賢くはないんだけど。

2026-02-07

anond:20260207180452

ウクライナやすやすクリミア半島渡してしまったものからロシアが『もっと行けそうじゃん』と始めたものだろ。

目算狂ってかなり損害出してるから、次に停戦したらもう次はウクライナを攻める気はなくなるだろけど、クリミア半島でそれをやってなかったから今の悲惨がある。

イスラエルにしてもアメリカにしても『やった方が得だ』という銭勘定戦争やってんだよ。気に入らないとか一切関係ない。

結局、国防とは『攻めたら損だ』という状態を作ることが全てだ。

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