はてなキーワード: 出会とは
サイゼ云々ではなく、増田はいっぱい食べる自分を受け入れてほしいんだと思うけど
自分は140キロオーバーのパートナーと付き合っていて、結婚の約束もしているよ
美味しい物食べてにこにこしてるパートナーといれて大変楽しいよ
ちなみに自分の本当の好みは標準体型だよ
でもパートナーが魅力的だから、体型なんてどうでも良くなったよ
そういう人もいるから、増田の良さを認めてくれる人と出会えるといいね
生まれて初めて大真面目に言語を勉強してから人生が好転に向かっているんだけどよく考えたら当たり前だった。家に帰ってボーッと配信見てゲームする奴が幸せになるわけないし。真面目に勉強したら同じ真面目に勉強する人生送ってきた女性とも出会う確率は高くなるしオタクと遭遇する率も下がる。自然と二次元コンテンツに興味無くなるしゲームも勉強する時間無くなるからやらなくなったし、人と会話するほうが楽しくなる。
高学歴の奴がスペック高い女性と結婚して幸せになるのは当然の権利だよ。だって真面目に勉強してきた同士なんだもん。アニメ見てシコって寝てたオタクの学生時代と違い、家に帰ってその日の授業の復習して塾も通ってたんだから。極端に言えばオタクは「あなたも駄目人間なんですね!(あなたもアニメ・ゲームVtuber配信が好きなんですね!)」という人間としか出会わないから傷の舐めあいになっちゃうよね。でもこれが、例えば韓国人のオタクと会うとなると厳しい学歴社会で生き抜いて軍に入って息抜きに日本のコンテンツを楽しんで日本を好きになり日本語を学んだ韓国人と会うことになるから日本のオタクとはわけが違う。でも語学を勉強しないと出会えないし真面目に勉強したご褒美とも言えるしそもそも勉強楽しんだよね真剣に取り組めば。だから因果応報なんだとつくづく感じた。まぁ程よくオタクの人が溢れてる時代だから極端な話ではあるんだけどね。
なんか、その、アニメ漫画ゲームVtuber配信という日本のコンテンツは真面目に生きたくない駄目人間の逃げ道コンテンツでしかないんだなと実感した。
40歳になって、障害者として認められて、やっと周囲が協力的になってくれた気がします…😟
それまでが本当に酷かった
正直、ちょっと恨んでる…😟
精神疾患じゃなくて、例えば仮に心臓の疾患とか、身体の障害だったとしても、
病気判定される前は、周囲はみんな散々バカにしてくるわけですよ、
おまえ、体力ないなwとか、走るの遅いなwとか、身体を鍛えろ!とか…😟
だけど、病気判定された途端に、急に周囲が優しくなったり、
あと、ひきこもり支援とか、若者支援みたいな、変な人たちがやっと疎遠になった、
あの手の人たちも、相手が病人となると、そこそこ常識的な人たちは責任が持てないと思うみたいですよ…😟
万が一、訴えられたりしても困るし…
その手の人たちもそうだし、他の周囲の人たちも、親族もそうだし、精神論で怒鳴ってきたり、
職場で上司に怒鳴られたり、悪質な嫌がらせまでされたりしたけど、
病気判定されて、福祉サービスの世話になるようになったら、まあ、そこにも変な人、変な団体がなくはないけど、
やっと自分に協力的な人たちに出会えたりとか、そんな感じですよ…😟
なんだかんだ、人は一人では何もできない、一人のマンパワーなんてたかが知れてるわけで、
病人判定された途端に、市役所とか公共サービスも協力的になってくれる、
再就職とか、社会復帰に、やっと周りの人たちが協力してくれるようになったし、
親は、なんかまともな身体精神の子供を産んだはずだ、とか怒鳴ってきましたけど、
プレッシャーはあったけど仕事は好きだったし、やりがいもあった。
仕事一色の人生になるのは嫌で、週末も平日も飲み会や人との予定を入れまくってオールしたり、とにかくお酒を飲んで1人で回復する時間を取らなかった。
どんどん新たな出会いを見つけて人生を繋げていきたかった。でも虚無感は消えなくて、酒鬱はどんどん酷くなって、帰宅後は反動で朝方に泣く。
正直行きたくない誘いも沢山あったし、終電で帰りたいこともたくさんあった。
でも人の期待を裏切れなかった。
誰も期待なんかしてないのに。
ノリが良くて明るくて酒の強い自分を降りられなかった。
性格的に断ることの方が心理的コストが高くて、めんどくさいからとりあえず行く、を続けてた。
自分が行きたくないから、乗り気じゃないから断るっていうことは断る理由にはならないと思ってた。
当然ずっと体調も悪くて、風邪や感染症を繰り返していた。発熱しない月はなかった。
仕事はなるべく休みたくなかったし、でもプライベートも絶対削りたくなくて、最低限回復したらもう良しとして体のサインを無視して走り続けた。
私はまだまだ走り抜けたいのに、何で私の邪魔するんだと、いきなり弱くなった体が疎ましかった。
仕事が怖いとかつらいと思うことはほとんどなかった。自分はやろうと思えばできるし、難しい案件だってやれば終わる。何より仕事だし、昇格して給料も増えたし、やるしかないからやるだけだ。
飲み会も、最初は行きたくなくても行ったらその場はちゃんと楽しい。
そんな生活を半年以上続けてたら、ある朝突然動けなくなって出勤できなくなった。
人生終わりだと思った。
やっと苦しいと思わず働ける仕事を見つけたのに、こんなことで終わるのかって。
人に弱みを見せたことがなかったから、動悸と不安でパニックになってるのを、こんな状態であるということが会社に言えなかった。
最悪電車に飛び込めば全部終わらせられるしと、動悸が止まらない中で色々考えたけど、冷静に死にたくはないし、せっかく見つけた仕事も辞めたくないと思ってる自分がいた。
観念して、会社に連絡して、次の日心療内科に行ったらすぐに診断書が出た。
2週間くらい休んだら、またすぐ働けますって医者に言ったけど、とりあえず1ヶ月は休みなさいと言われて、悔しくて泣いた。
夢の中でも働いてた。足に全く力が入らなくて、全然立てなくて、立ち上がっても転び続けるのに、同僚はそんな私に普通に接して、私も床に座り込みながらいつも通り仕事の指示を出してる。
そんな夢を見続けて、起きたら泣いて、こんなはずじゃなかったと思ってまた寝る。
自分は怠けてると思って、会社の人に申し訳なくて、ご飯を食べることと、お風呂に入ることが最初の5日間はできなかった。
ご飯を美味しいと思うことも、お風呂に入って綺麗な状態になることも、裏切りだと思った。抑うつだとか適応障害なのだから、苦しんでいないといけないから、快適な状態になることは許されないと思っていた。
人混みも一時的に怖くなった。
駅で人がたくさんいると、一人一人に顔がついていることが怖い。予想外の大きい音が耳に入ってくると、不快で泣きそうになるからイヤホンも手放せなくなった。
前職や前々職では、とにかく心が辛くて会社に行きたくなかったけど体は元気だった。今回は心は辛くなかったのに体が私にストップをかけた。
診断書取って休職することが1番メンタル強いよって思ってた過去の自分。本当にそう思う。ちゃんと復職できるか不安だけど、復職だって淡々と、事務的に、やれば終わると思ってやるしかない。
生活は少しずつ戻ってきている。お酒に関してはしばらく距離を取ろう。お酒を介して出会った仲間も本当に自分の人生に必要なのか考えるべきだ。
素晴らしい人生だ。
「初めてあなたを見た時、左の頬に赤いニキビがあって、そのニキビがたまらなく愛おしかったから、忘れないように目に焼きつけた、そんな恋だよ。」
そう伝えると思う。
(増田にポエムを書くなと言われると思いますが、noteより匿名性の高いプラットフォームで思い付くのが増田しかなかったので、こちらに書きます。すみません...)
(追記:好きという漢字が女と子で成り立っているのがどうしても気に食わないのでひらがな表記にしています。またaikoになりたいので一人称があたしです。読みにくくてすみません……)
一昨日、すきな人に会うために髪を切った。
けーまるすぎる言葉しか話さない美容師に適当にかわいくてすごいなどと相槌を打ちつつ、鏡で散々自分の顔を見つめさせられた。ブスだなという感想しか思い浮かばなかった。
人って恋をしてもブスなんだな。
マップを見ながら歩いていたはずなのに目的地と真反対にある東京大神宮に着いて有り得なかった。
初詣でもないのに参拝するための長蛇の列ができており、適当に鳥居にお辞儀をして去った。
神はいないだろうけど、神を大切にしない人はなんか嫌だから、の、お辞儀。
道行く人の8割が、あたしのすきな人に会いに行く人たちで、それぞれがそれぞれのかわいいを纏って、大きすぎるトートバッグからカラフルなうちわの柄をはみ出させていた。
あたしたちってバカだね。
会場内では暑くて脱いでしまってゴミ袋にしまうのに、シワのない真新しいコートを羽織って、お気に入りのマフラーに寒さか照れかも分からない赤い顔を埋めてさ。
みんなかわいいなぁと思った。
それからこんなにかわいいこの人たち全員がライバルなんだって思った。
辛いなぁ。
5万5000人の中からすきな人はたった1人の運命の人を見つけて、そして恋をするんだって思ったら、絶対あたしの気持ちは叶わないんだって悲しくなった。
ファンクラブは累計90万人入っていて、40万人もツアーに動員するような人なのに、会場近くの人混みにいると私の目の前をライバルが何百何千何万人と通り過ぎていく。敵数がまざまざと可視化されて、息が苦しくなった。
恋を募らせて戦って、戦って、戦って、勝ち抜いた人だけが、恋を叶えられるかもしれないんだなぁ。
5万5000人というと、あの桶狭間の戦いの参加人数より多い数だ。
果たして桶狭間の戦いで殴り合ったとして、頂点に立てるだろうか?
育ちの悪いあたしはそれこそ暴力、もしくはラップバトルやポエムバトルであったら勝てるかもしれないが、実際のところどうだ。
顔のかわいさで勝ち上がり
育ちの良さで差を見せつけ
全世界から集まった5万5000人のすきな人のためなら指の先の先までかわいくするような恋に本気の人たち。
そんな人がライバルで、勝ち続けなければいけないのか。
あたしはあなたのことがこんなにすきなのに、初戦敗退するんだろうなあ。
毎日そう願って朝起きて、
すきな人の好みじゃなさそうな白いコートのファーのついた襟に顔を埋めて涙を隠し、強すぎる風でせっかく7000円も払った髪をぐしゃぐしゃにした。
その後同担のおともだち(こんなポエムを書いておいて同担拒否ではない)と合流してホテルのチェックインを済ませて、なんだかんだ同行者と落ち合って会場入りした。
今から失恋しまーすといった感覚で、でもすきな人の初めての単独ドーム公演に心を踊らせた。
実際自担と認めるのに3年かけたので、その半分の3年とカウントした方が誠実かもしれない。
どちらにせよ長い片想いで、ずっとずっとすきだった。
別にあたしは今から死ぬわけじゃないのに、これまでの思い出とか恋とか愛とかの走馬灯が駆け回って止まらなかった。
こんな公演前の苦しさはいつぶりかなと思いつつ、双眼鏡のピントをあわせた。
いよいよ開演し世界一愛おしいOP映像が始まった。(感想を書いたがあまりに長すぎるし本筋からズレすぎるので割愛。とにかく愛おしかった。)
そして人生で一番見た円盤のOP映像の、あの7色の煌めきが再びモニターを縦横無尽にきらきらと走っていた。
その7色の煌めきは天高く上がって、そして、すきな人たちの元へ辿り着いた。
そこには王者の身に付けるような赤い衣装を纏って、華奢なフレームの黄金の王冠を被ったすきな人がいた。
合同コンサートで京セラドームに立った時のあの事務所の赤色を体現した衣装が、更に強さを増して、覇者の極上の衣装になっていた。
敵わないなと思った。
言ってもヲタクなので様々な登場を予想していたし、京セラのオマージュの想像は幾度となく想像したが、その数万倍は強く強く光輝いていて、7人の輝きに圧倒された。
この赤衣装を考案して、この日この場所このOPで着ることを決めたのは勿論すきな人だ。
そのことを知っていたからこそ、あの赤衣装を身に纏うすきな人がさらにかっこよく見えた。
双眼鏡を覗くとスポットライトを反射する衣装のきらきらが強い光となって目に刺さる。何度も瞬きをしてはレンズから離すくらいだったのに、少しも痛くなかった。
あぁ、あたしの想像のはるか先にいる人だからすきになったんだ。あたしの陳腐でちっぽけな世界になんかいないから、こんなに恋をしているんだ。もう辞めたかった恋の恋した理由を、一生すれ違えない人から再認識させられてしまった。
そしてこのまま一生敵わない人に叶わない恋を募らせようと思った。
拝啓、すきな人。
運命の掛け違いですきな人がずっと岸和田にいて、あたしが今みたいに湘南にいたら、こんなに愛しい人の存在を知らないまま自殺をしていたよ。
あなたがアイドルを選択してくれたから、あたしは事故みたいに出逢って恋をしているよ。あなたならどんな職業でも太陽になれたのに、残酷な職業:アイドルに就いてくれてありがとう。
アイドルじゃなくてもきっとすきだよ。
アイドルだから叶わない運命になったのかもしれないけど、でもそんなこともないけど、それでもすきだよ。
拝啓、すきな人。
いつかアイドルよりたのしいことに出会ってもそのことに気付かないふりをして、あたしに見つからない場所へ隠してね。
拝啓、すきな人。
拝啓、すきな人。
すきな人。
すきな、人。
すき。
「初めてあなたを見た時、左の頬に赤いニキビがあって、そのニキビがたまらなく愛おしかったから、忘れないように目に焼きつけた、そんな恋だよ。」
そう伝えると思う。
(増田にポエムを書くなと言われると思いますが、noteより匿名性の高いプラットフォームで思い付くのが増田しかなかったので、こちらに書きます。すみません...)
(追記:好きという漢字が女と子で成り立っているのがどうしても気に食わないのでひらがな表記にしています。またaikoになりたいので一人称があたしです。読みにくくてすみません……)
一昨日、すきな人に会うために髪を切った。
けーまるすぎる言葉しか話さない美容師に適当にかわいくてすごいなどと相槌を打ちつつ、鏡で散々自分の顔を見つめさせられた。ブスだなという感想しか思い浮かばなかった。
人って恋をしてもブスなんだな。
マップを見ながら歩いていたはずなのに目的地と真反対にある東京大神宮に着いて有り得なかった。
初詣でもないのに参拝するための長蛇の列ができており、適当に鳥居にお辞儀をして去った。
神はいないだろうけど、神を大切にしない人はなんか嫌だから、の、お辞儀。
道行く人の8割が、あたしのすきな人に会いに行く人たちで、それぞれがそれぞれのかわいいを纏って、大きすぎるトートバッグからカラフルなうちわの柄をはみ出させていた。
あたしたちってバカだね。
会場内では暑くて脱いでしまってゴミ袋にしまうのに、シワのない真新しいコートを羽織って、お気に入りのマフラーに寒さか照れかも分からない赤い顔を埋めてさ。
みんなかわいいなぁと思った。
それからこんなにかわいいこの人たち全員がライバルなんだって思った。
辛いなぁ。
5万5000人の中からすきな人はたった1人の運命の人を見つけて、そして恋をするんだって思ったら、絶対あたしの気持ちは叶わないんだって悲しくなった。
ファンクラブは累計90万人入っていて、40万人もツアーに動員するような人なのに、会場近くの人混みにいると私の目の前をライバルが何百何千何万人と通り過ぎていく。敵数がまざまざと可視化されて、息が苦しくなった。
恋を募らせて戦って、戦って、戦って、勝ち抜いた人だけが、恋を叶えられるかもしれないんだなぁ。
5万5000人というと、あの桶狭間の戦いの参加人数より多い数だ。
果たして桶狭間の戦いで殴り合ったとして、頂点に立てるだろうか?
育ちの悪いあたしはそれこそ暴力、もしくはラップバトルやポエムバトルであったら勝てるかもしれないが、実際のところどうだ。
顔のかわいさで勝ち上がり
育ちの良さで差を見せつけ
全世界から集まった5万5000人のすきな人のためなら指の先の先までかわいくするような恋に本気の人たち。
そんな人がライバルで、勝ち続けなければいけないのか。
あたしはあなたのことがこんなにすきなのに、初戦敗退するんだろうなあ。
毎日そう願って朝起きて、
すきな人の好みじゃなさそうな白いコートのファーのついた襟に顔を埋めて涙を隠し、強すぎる風でせっかく7000円も払った髪をぐしゃぐしゃにした。
その後同担のおともだち(こんなポエムを書いておいて同担拒否ではない)と合流してホテルのチェックインを済ませて、なんだかんだ同行者と落ち合って会場入りした。
今から失恋しまーすといった感覚で、でもすきな人の初めての単独ドーム公演に心を踊らせた。
実際自担と認めるのに3年かけたので、その半分の3年とカウントした方が誠実かもしれない。
どちらにせよ長い片想いで、ずっとずっとすきだった。
別にあたしは今から死ぬわけじゃないのに、これまでの思い出とか恋とか愛とかの走馬灯が駆け回って止まらなかった。
こんな公演前の苦しさはいつぶりかなと思いつつ、双眼鏡のピントをあわせた。
いよいよ開演し世界一愛おしいOP映像が始まった。(感想を書いたがあまりに長すぎるし本筋からズレすぎるので割愛。とにかく愛おしかった。)
そして人生で一番見た円盤のOP映像の、あの7色の煌めきが再びモニターを縦横無尽にきらきらと走っていた。
その7色の煌めきは天高く上がって、そして、すきな人たちの元へ辿り着いた。
そこには王者の身に付けるような赤い衣装を纏って、華奢なフレームの黄金の王冠を被ったすきな人がいた。
合同コンサートで京セラドームに立った時のあの事務所の赤色を体現した衣装が、更に強さを増して、覇者の極上の衣装になっていた。
敵わないなと思った。
言ってもヲタクなので様々な登場を予想していたし、京セラのオマージュの想像は幾度となく想像したが、その数万倍は強く強く光輝いていて、7人の輝きに圧倒された。
この赤衣装を考案して、この日この場所このOPで着ることを決めたのは勿論すきな人だ。
そのことを知っていたからこそ、あの赤衣装を身に纏うすきな人がさらにかっこよく見えた。
双眼鏡を覗くとスポットライトを反射する衣装のきらきらが強い光となって目に刺さる。何度も瞬きをしてはレンズから離すくらいだったのに、少しも痛くなかった。
あぁ、あたしの想像のはるか先にいる人だからすきになったんだ。あたしの陳腐でちっぽけな世界になんかいないから、こんなに恋をしているんだ。もう辞めたかった恋の恋した理由を、一生すれ違えない人から再認識させられてしまった。
そしてこのまま一生敵わない人に叶わない恋を募らせようと思った。
拝啓、すきな人。
運命の掛け違いですきな人がずっと岸和田にいて、あたしが今みたいに湘南にいたら、こんなに愛しい人の存在を知らないまま自殺をしていたよ。
あなたがアイドルを選択してくれたから、あたしは事故みたいに出逢って恋をしているよ。あなたならどんな職業でも太陽になれたのに、残酷な職業:アイドルに就いてくれてありがとう。
アイドルじゃなくてもきっとすきだよ。
アイドルだから叶わない運命になったのかもしれないけど、でもそんなこともないけど、それでもすきだよ。
拝啓、すきな人。
いつかアイドルよりたのしいことに出会ってもそのことに気付かないふりをして、あたしに見つからない場所へ隠してね。
拝啓、すきな人。
拝啓、すきな人。
すきな人。
すきな、人。
すき。
増田は女、普通体型、顔は可愛いともブスとも言われたことがない、年収200万-400万だった!
快活なイケメン!趣味はジャズバーでの即興ピアノ演奏!すげえ!
なんだか格上すぎて「会いましょう」と言われたのを増田から断っちまった!もったいねえな!
趣味は自己研鑽、ということで公務員をやる傍ら資格勉強の予備校にも通っていた可愛い系だ!
増田の趣味を開示したら、流石自己研鑽の鬼、さっそく入門キットを買ってきてチャレンジしてくれたぞ!
なんだかその熱意に応えられる気がしなくて「会いましょう」と言われたのを増田から断っちまった!もったいねえ!
趣味は漫画と映画、特に車で行く距離の映画館に通うのが好きなイカつい系イケメン!
ルックバックで泣き、ダイアンのゴイゴイスーで笑う情緒豊かな奴だった!
2回会ったが向こうから連絡が来なくて脈ナシだったぜ!でもいい奴だった!
専攻は「虫の飛行を技術で再現すること」で、増田がカワセミやクマバチは何故飛べるか分かっていないって話ですか?と聞いたらそこから色々教えてくれたインテリだ!
ちなみに上の問いの答えは「空気にも粘性があり、虫や鳥くらいの大きさであればその粘性が水くらいの強さになるから飛べる」ってことらしい!うろ覚えですまん!
初対面のカフェで割り勘だったから脈ナシだなって思い、案の定脈ナシだったが話が面白かったのでノーカンだ!
個人同士の問題ではなく、日本社会の構造が黒人に不利に働きやすいという意味。
結果
映画の「強くて怖い役」
圧倒的に不足している像
👉 人間としての幅が見えにくい
周囲に説明しなくていい
目立たない
波風を立てない
視線を浴びる
「悪気はない」で終わる
指摘すると空気が悪くなる
無言の距離
5. 黒人に不利でも「詰み」ではない
周囲の目を気にしない人
問題点
母数が少ない
「選ばれない」
「追う側になりやすい」
これは
日本との決定的な違い
黒人が珍しくない
まとめ
高1で出会って13年。同じ部活で当時から4人でよく集まってた俺たちももう28になる。
しっかりアラサーだ。
だから頼む。
お前ただ一人が「金がない」を理由に新年会の店のグレードを落とさせないでくれ。
二次会でサイゼに行きたがらないでくれ。新時代や、メダカを本気で提案しないでくれ。
別に俺たち、毎週のようにいい飯を食ってるわけじゃないだろ。
せいぜい2か月に1回、3か月に1回の集まりだ。
そのくらいの頻度で、1万円にも満たない額の、そこそこうまい肉をみんなで食おうって話をしてるだけだ。
なんでそこに金が出せない。今回もいくつかグレードを落とした上で、
お前にばれないように俺が多めに出してたのもきっと気づいてないんだろうな。
二十歳で、まずお前が一番乗りで出て、俺たちが後から続いた。
それなのに、なんでお前だけあの頃から変わらないままなんだ。
社会人何年目だ。
お前、誰よりも残業してるっていうよな。
それでなんで金がないんだ。
高級フレンチに行こうなんて言ってない。
ただ、数カ月に一回、ちょっとだけいい店でおいしいご飯を食べて、おいしいお酒を飲もうってだけだ。
それすら「付き合えない」って言われると、さすがに思うんだよ。
俺たちって、その程度の仲なのか?
本当に金がないのか。
それとも、「俺たちに使う」金や時間がないだけなのか。
俺は人の誘いを「金がない」っていう理由で断ることが、この世で一番ダサくて、失礼だと思ってる。
なんで13年間も付き合ってるんだろうな。俺たちも、お前も。
お前がいつまでも新卒と変わらない給料で、トップバリューの安くてデカいウイスキーと、ガソリンみたいな味の缶ビールを毎日1.5リットル飲みながら、lolでキレ散らかしてる間に、
俺たちも、お前の周りの人間も、少しずつ先に進んだんだよ。
てか金の使い方間違いすぎちゃいねえか。
デカい夢を叶えたわけでもないし、すごいスピードで成長したわけでもない。
ただ、年相応に一歩ずつ進んでるだけだ。
お前が8年前で止まってるだけで。
俺たちの関係も、安酒煽りながらlolやるのと同じで、惰性なのか。
お前、「金がない」の次に、最近は
って言うようになったよな。
でも誰かがおごる時や、安い店の時は、割と遅くまで残るよな。
でも正直、お前も原因の一端を担ってるんじゃないのか。
年に1回の誕生日プレゼントもろくに用意できず、いい店にも連れて行ってないらしいな。
転職もしない。
昇給も狙わない。
スキルも磨かない。
有り金は全部しょーもない安酒に突っ込む。
そんな生活を3年も間近で見せられて、
お前も原因の一つになってしまってるんじゃないのか。
何回も言うけど、俺たちもう28だぞ。
1個下の彼女も、貴重な20代半ばや後半を、そんな惰性で消費されたら、そりゃ壊れる。
別れを切り出されないだけ、まだありがたいと思えよ。
いや、もしかしたら、別れを切り出す気力すら残ってないのかもしれないけど。
そろそろ、しまむらで買ったみたいな色のパーカーだけ着るのやめたらどうだ。
って真顔で言うの、もうやめたらどうだ。
支払いの時に初めて、「ちょっと奢ってくんねww」って冗談の振りして人の財布に手をかけるのやめたらどうだ。
PayPayで送る時に初めて、「500円だっけ?」ってふざけてみるのやめたらどうだ。
冗談の振りを装いながら、半ば本気なのが透けて見えてるし、全員気づいてんだよ。
プライドなさそうな振りして、きちんと頭を下げたくないっていうプライドだけはいっちょ前にあるのやめたらどうだ。
長い付き合いのやつに、真面目に頭を下げるのが恥ずかしいか?今のお前の方がよっぽど恥ずかしいよ。
頼むから、誰かの足を引っ張るのをやめてくれ。
服も、誕プレも、飯も。
お前と同じステージに俺たちを引きずり下ろして、
劣等感があるなら、せめて動いてくれ。
そこの自認はあるくせに、なんでお前は何年も何も変わらないんだ。
高1で出会って13年。同じ部活で当時から4人でよく集まってた俺たちももう28になる。
しっかりアラサーだ。
だから頼む。
お前ただ一人が「金がない」を理由に新年会の店のグレードを落とさせないでくれ。
二次会でサイゼに行きたがらないでくれ。新時代や、メダカを本気で提案しないでくれ。
別に俺たち、毎週のようにいい飯を食ってるわけじゃないだろ。
せいぜい2か月に1回、3か月に1回の集まりだ。
そのくらいの頻度で、1万円にも満たない額の、そこそこうまい肉をみんなで食おうって話をしてるだけだ。
なんでそこに金が出せない。今回もいくつかグレードを落とした上で、
お前にばれないように俺が多めに出してたのもきっと気づいてないんだろうな。
二十歳で、まずお前が一番乗りで出て、俺たちが後から続いた。
それなのに、なんでお前だけあの頃から変わらないままなんだ。
社会人何年目だ。
お前、誰よりも残業してるっていうよな。
それでなんで金がないんだ。
高級フレンチに行こうなんて言ってない。
ただ、数カ月に一回、ちょっとだけいい店でおいしいご飯を食べて、おいしいお酒を飲もうってだけだ。
それすら「付き合えない」って言われると、さすがに思うんだよ。
俺たちって、その程度の仲なのか?
本当に金がないのか。
それとも、「俺たちに使う」金や時間がないだけなのか。
俺は人の誘いを「金がない」っていう理由で断ることが、この世で一番ダサくて、失礼だと思ってる。
なんで13年間も付き合ってるんだろうな。俺たちも、お前も。
お前がいつまでも新卒と変わらない給料で、トップバリューの安くてデカいウイスキーと、ガソリンみたいな味の缶ビールを毎日1.5リットル飲みながら、lolでキレ散らかしてる間に、
俺たちも、お前の周りの人間も、少しずつ先に進んだんだよ。
てか金の使い方間違いすぎちゃいねえか。
デカい夢を叶えたわけでもないし、すごいスピードで成長したわけでもない。
ただ、年相応に一歩ずつ進んでるだけだ。
お前が8年前で止まってるだけで。
俺たちの関係も、安酒煽りながらlolやるのと同じで、惰性なのか。
お前、「金がない」の次に、最近は
って言うようになったよな。
でも誰かがおごる時や、安い店の時は、割と遅くまで残るよな。
でも正直、お前も原因の一端を担ってるんじゃないのか。
年に1回の誕生日プレゼントもろくに用意できず、いい店にも連れて行ってないらしいな。
転職もしない。
昇給も狙わない。
スキルも磨かない。
有り金は全部しょーもない安酒に突っ込む。
そんな生活を3年も間近で見せられて、
お前も原因の一つになってしまってるんじゃないのか。
何回も言うけど、俺たちもう28だぞ。
1個下の彼女も、貴重な20代半ばや後半を、そんな惰性で消費されたら、そりゃ壊れる。
別れを切り出されないだけ、まだありがたいと思えよ。
いや、もしかしたら、別れを切り出す気力すら残ってないのかもしれないけど。
そろそろ、しまむらで買ったみたいな色のパーカーだけ着るのやめたらどうだ。
って真顔で言うの、もうやめたらどうだ。
支払いの時に初めて、「ちょっと奢ってくんねww」って冗談の振りして人の財布に手をかけるのやめたらどうだ。
PayPayで送る時に初めて、「500円だっけ?」ってふざけてみるのやめたらどうだ。
冗談の振りを装いながら、半ば本気なのが透けて見えてるし、全員気づいてんだよ。
プライドなさそうな振りして、きちんと頭を下げたくないっていうプライドだけはいっちょ前にあるのやめたらどうだ。
長い付き合いのやつに、真面目に頭を下げるのが恥ずかしいか?今のお前の方がよっぽど恥ずかしいよ。
頼むから、誰かの足を引っ張るのをやめてくれ。
服も、誕プレも、飯も。
お前と同じステージに俺たちを引きずり下ろして、
劣等感があるなら、せめて動いてくれ。
そこの自認はあるくせに、なんでお前は何年も何も変わらないんだ。
高1で出会って13年。同じ部活で当時から4人でよく集まってた俺たちももう28になる。
しっかりアラサーだ。
だから頼む。
お前ただ一人が「金がない」を理由に新年会の店のグレードを落とさせないでくれ。
二次会でサイゼに行きたがらないでくれ。新時代や、メダカを本気で提案しないでくれ。
別に俺たち、毎週のようにいい飯を食ってるわけじゃないだろ。
せいぜい2か月に1回、3か月に1回の集まりだ。
そのくらいの頻度で、1万円にも満たない額の、そこそこうまい肉をみんなで食おうって話をしてるだけだ。
なんでそこに金が出せない。今回もいくつかグレードを落とした上で、
お前にばれないように俺が多めに出してたのもきっと気づいてないんだろうな。
二十歳で、まずお前が一番乗りで出て、俺たちが後から続いた。
それなのに、なんでお前だけあの頃から変わらないままなんだ。
社会人何年目だ。
お前、誰よりも残業してるっていうよな。
それでなんで金がないんだ。
高級フレンチに行こうなんて言ってない。
ただ、数カ月に一回、ちょっとだけいい店でおいしいご飯を食べて、おいしいお酒を飲もうってだけだ。
それすら「付き合えない」って言われると、さすがに思うんだよ。
俺たちって、その程度の仲なのか?
本当に金がないのか。
それとも、「俺たちに使う」金や時間がないだけなのか。
俺は人の誘いを「金がない」っていう理由で断ることが、この世で一番ダサくて、失礼だと思ってる。
なんで13年間も付き合ってるんだろうな。俺たちも、お前も。
お前がいつまでも新卒と変わらない給料で、トップバリューの安くてデカいウイスキーと、ガソリンみたいな味の缶ビールを毎日1.5リットル飲みながら、lolでキレ散らかしてる間に、
俺たちも、お前の周りの人間も、少しずつ先に進んだんだよ。
てか金の使い方間違いすぎちゃいねえか。
デカい夢を叶えたわけでもないし、すごいスピードで成長したわけでもない。
ただ、年相応に一歩ずつ進んでるだけだ。
お前が8年前で止まってるだけで。
俺たちの関係も、安酒煽りながらlolやるのと同じで、惰性なのか。
お前、「金がない」の次に、最近は
って言うようになったよな。
でも誰かがおごる時や、安い店の時は、割と遅くまで残るよな。
でも正直、お前も原因の一端を担ってるんじゃないのか。
年に1回の誕生日プレゼントもろくに用意できず、いい店にも連れて行ってないらしいな。
転職もしない。
昇給も狙わない。
スキルも磨かない。
有り金は全部しょーもない安酒に突っ込む。
そんな生活を3年も間近で見せられて、
お前も原因の一つになってしまってるんじゃないのか。
何回も言うけど、俺たちもう28だぞ。
1個下の彼女も、貴重な20代半ばや後半を、そんな惰性で消費されたら、そりゃ壊れる。
別れを切り出されないだけ、まだありがたいと思えよ。
いや、もしかしたら、別れを切り出す気力すら残ってないのかもしれないけど。
そろそろ、しまむらで買ったみたいな色のパーカーだけ着るのやめたらどうだ。
って真顔で言うの、もうやめたらどうだ。
支払いの時に初めて、「ちょっと奢ってくんねww」って冗談の振りして人の財布に手をかけるのやめたらどうだ。
PayPayで送る時に初めて、「500円だっけ?」ってふざけてみるのやめたらどうだ。
冗談の振りを装いながら、半ば本気なのが透けて見えてるし、全員気づいてんだよ。
プライドなさそうな振りして、きちんと頭を下げたくないっていうプライドだけはいっちょ前にあるのやめたらどうだ。
長い付き合いのやつに、真面目に頭を下げるのが恥ずかしいか?今のお前の方がよっぽど恥ずかしいよ。
頼むから、誰かの足を引っ張るのをやめてくれ。
服も、誕プレも、飯も。
お前と同じステージに俺たちを引きずり下ろして、
劣等感があるなら、せめて動いてくれ。
そこの自認はあるくせに、なんでお前は何年も何も変わらないんだ。
20年前ころにネットに出会って質問したらネット上の誰かが答えてくれるのに急激な情報量に驚いて
10年くらい前の鼻歌検索みたいな曖昧な質問法でもコンピュータが回答する先進ぶりに驚いて
今がAI
すごすぎてすごい
Appleのパソコンに出会ったのは、大学生の時だった。Macintosh IIfxという当時としてはかなり高価なマシンが研究室に鎮座してて、MS-DOSとUNIXしか使ったことのない俺はその一貫した操作性に衝撃を受けた。で、98ノートしか持ってなかった俺は、アルバイトをしまくってMacを買った。最初に買ったのはCollarClassicって一体型のマシンで、その後もずっとずっとMacだった。Windows95が出た時も「こんなのMacOSのパクリだよ」とディスりまくっていた。周囲のいろんな人にMacを勧めまくった。今思うと痛い人間である。
それが変わったのはWindows2000が出たくらい。職場で導入したPCに入ってたそれは、触っててびっくりするほど優秀なOSで、当時肥大化して不安定の極みだったMacOSとは雲泥の差だった。周りの人はみんな薄くて軽いWindowsマシンを持ってて、俺の持っているのは厚くて重くてやぼったいPowerBookだった。しばらくしてMacにもOSXが出てくるのだが、出た当初は実に使えないOSだった。
当時俺はMacのソフトを開発する会社にいた。MacOSからOSXに、そしてプロセッサがIBMのPowerPCからIntelのx86に代わる激動期だった。APIもCarbonからCocoaに。でも資料は少なくAppleからの情報開示は限定的で本当にどうしていいのかわからなかった。技術的な質問をしても返事なんて帰ってこない。その点、隣の島のWindowsソフトを開発する部署を見ると様子が全く違うのだった。資料は豊富で、OSの後方互換性は極限まで配慮され、Microsoftのサポートは手厚く、技術コミュニティも活発だった。プロセッサが変わるときにAppleのカンファレンスにも出向いたが、肝心なことは何一つ教えてくれなかった。
弊社は小さい会社だったが、日本でMacを使う際にそれなりに存在感のあるソフト群を提供していて、日本のMac文化を支えてきたつもりだった。でも、なんかもうAppleがだんだん嫌になってきていたのだな。会社がMacのソフト開発から撤退するタイミングで、俺のパソコンもWindowsになった。UIデザインは好みじゃなかったが、それさえ目をつぶれば案の定こちらのほうが数倍使いやすく、あっという間になれた。マグネシウム合金を使った軽くてかっこいいDynabookやVAIOを買った。その後ThinkPadに落ち着いたけど。
その後、ソフトバンクからiPhoneが出た。速攻で買った。当時俺はウィルコムのW-ZERO3のヘヴィユーザーで、自分でアプリも作ったりして体の一部と言っていいくらいに使いこなしていたけど、iPhoneを使ってこれからは絶対にAppleの時代が来るなと思った。そして新しいiPhoneが出るたびに買った。Androidなんて見向きもしなかったし、会社でAndroidタブレットを使った業務システムを作ったときは、使いにくくてキレそうになった。Appleウォッチももちろん買った。
Appleが再び好きになって、久しぶりにMacBookも買った。でもThinkPadに慣れ切っていた俺の指にはMacの薄いキーボードは全然なじめなかった。結局なぜかあれほど使っていたMacには戻らないで、早々にThinkpadに戻った。WindowsのWSL環境が充実するにつれて、職場のエンジニアもWindowsにスイッチする人が増えてきた。それでもiPhoneはずっと手放さなかった。
そんな時に、会社の部下がMotorolaの折り畳みスマホを持ってきていた。スマホが折りたためるとこんなに便利でかっこいいのかよ…。気がづいたら帰り道のヨドバシで同じものを買っていた。折りたためるのにiPhoneよりずっと安かった。そして使ってみた。なんだ、全然使いやすいじゃん。というか、使えば使うほどこれいいじゃんと思えてくる。折りたためるというメリット以外にも、Androidは面白そうだと思った。
そうなると、みんなが絶賛するPixelも欲しくなってくる。で、メインスマホのiPhone16proをPixel9にMNPしてしまった。結論から言うと、自分にはiPhoneよりPixelのほうが合ってた。だいたい、iPhoneでもGoogleのアプリばっかり使っていたのであって、合わないはずはなかったんだ。スマートウォッチはMiBandにした。軽くて小さくて電池はやたら持つ。Appleウォッチとは比べ物にならないくらいの安物だが、使ってみると別にこれでいいじゃんとしか思えなかった。
というわけで、再びAppleにさよならすることになった。どうでもいい個人的な話だけど、一応書いておきます。でもまた、なんかの形でAppleのデバイスを使えたらいいな。
最近、少子化の話があちこちで出てるけど、政府とかがいくら補助金出したり、保育園増やしたりしても、根本的な解決にならないと思う。
だって、女性が子供を産むかどうかって、結局のところ「お国のため」みたいな大義名分じゃなくて、純粋に「この人の子を産みたい」って気持ちが大事だよね。
夫が魅力的で、毎日一緒にいてワクワクするような人なら、自然と子供が欲しくなるし、ジャンジャン産みたくなるはず。
学校教育とか、職場環境とか、全部が「仕事ができる人」を作ることに偏ってる。
例えば、ユーモアがあって、優しくて、家事も積極的にやってくれる男性が増えたらどうなる? きっと、結婚率も出生率も上がるんじゃないかな。
義務教育で「コミュニケーションスキル」や「感情知能」の授業を増やして、男の子たちが自然と魅力的に育つようにする。
デート術とかじゃなくて、相手を尊重する心構えとか、面白い話の仕方とか。
企業も、残業ばっかりじゃなく、ワークライフバランスを本気で推進して、男性が家庭で活躍できるようにする。
体力的にも精神的にも魅力的な男性が増えれば、女性は「この人と家族を作りたい」って思うようになる。
もちろん女性側も魅力的に育つべきだけど、今回のテーマは男性側に焦点を当てる
だって生物学的に見て女性の選択権が強いんだから、そこを狙うのが効率的だと思う。
政府が本気で「魅力的な男性量産プロジェクト」みたいなのを立ち上げるべき。
【追記】
出生率が上がるのに必要なのは「全員が超イケメン・超高収入」になることじゃなくて、「この人と子供を産みたい」と思える男性が大多数になること。
日本や韓国みたいに「魅力的な男性は上位10%だけ」みたいな極端な分布だと、女性の多くが「この人と子供産みたい」と思える相手に出会えず、晩婚・非婚・無子化が進む。
「上位はごく一部のまま」って言う人は、結局「俺は平均以下だからどうせ無理」って諦めモードで、現状維持を正当化してるだけに見える。
・女性の年収を下げて男性に頼らざるを得なくしたらまた子供が増えるのでは?
婚姻率が下がってる主な理由は、経済的に自立できる女性が増えたのに、男性側がパートナーとして魅力的になっていないこと。
自立できるのに、結婚のメリットを感じられない相手しかいないから結婚を先送り・諦めている。
男性の魅力が上がらない限り、女性は「仕方なく結婚」しても、子供は産みたくない(産んでも後悔する)状態になる結果、晩婚・非婚は減っても、無子化・少子化は加速する可能性が高い。
・一夫多妻制の導入
一人の男性に何人も女性が集中するより、魅力的な男性がもっと増えた方が効率的。
一夫多妻だと、上位の超魅力的な男性だけが子供を量産して、下位の男性は完全に取り残される。
一人の男性が多数の妻と子供をちゃんと育てるなんて現実的に不可能。
経済的・時間的・精神的負担が爆増して、結局ほとんどの子供が十分なケアを受けられず、子供の貧困・ネグレクトが激増する。
女性にハードルを下げろと言うのは、結局男性が努力しなくていい言い訳にしかならない。
①「まあこの人ならいいか」レベルの結婚が増える → 後悔・離婚・無子化のリスクが爆増
②女性が「仕方なく」産む子供が増える → 子供の幸福度が下がり、将来的な社会問題になる
③男性が「どうせハードル低いから努力しなくていい」と思考停止 → 魅力の平均値がさらに下がる悪循環
まるで今の日本ですね!
ポケカ、遊戯王、MtG、と言ったトレーディングカードゲーム
正直、あんなのただの紙だ
カードがないとデッキができないとか言うかもしれないが、ぶっちゃけ大会に出ないならネットに転がってる画像を印刷してスリーブに入れればお遊びとしては全然成立する
なのに、バカ高い金を払って、大会に出るわけでもないのに本物のカードを集めて、眺めてキャッキャする
例えばクレジットカード
カードそのものではなくステータスやポイント還元に興味があるだけって人もいると思うし、そういう人が大多数だと思う
ただ、そんな人でも郵送された封筒を開き、クレカをペリペリ剥がすとき謎の高揚感を覚えることはないだろうか?券面にカッコよさを感じることはないだろうか?
個人的に三井住友Oliveゴールドカードのマットな黒に金の三角が右端に少し付いているあのデザイン、かなり好きだ
個人的には派手なカードは嫌いだが、メタルカードのラグジュアリーカードやアメックスの一部カードにワクワクする人もいるだろう
(逆に楽天カードとかむしろテンション下がる券面のカードもたくさんあるが)
だが、ここまでスマホが普及した今、別に物理カードなんていらないはず
なんならメタルカードなんて使えなかったりするし何のためにあるのかよくわからない
なのにメタルカードを選んでしまう、そんな魔力がクレカには潜んでいる
弊社の名刺はただのゴミカスだが、デザインや紙に拘った素敵な名刺は確かに存在する
ペーパーレスの世の中ではいろんなものがデータ化され、紙は悪という扱いさえ受けることがある
実際、申込書が紙だとゲンナリする
そんな世の中ならトレカだってクレカだってペーパーレスになってもいいはず
なのに、デザインや質感にこだわったカードが次々と出てきて、それにときめきを覚える人は多い
希少性があるから?コレクターズアイテムだから?そうかもしれない
ただ、最近のトレカは希少性だけで値はついていない気がするし、クレカもOliveやJCBなら誰でも作れる
A4だと何とも思わないただの紙が、なぜあのサイズになると色気を持ち始めるのか
人生を楽しむには絶対に性格が良い方がいいと思うのだが、成人して十余年、私の性格はすっかり悪くなってしまった。
私は小さい頃から勉強がよくできて、日本で一番と言われる大学に入った。日本の教育システムは偏差値でランク付けされる傾向が強いため、受験競争を勝ち抜いた私には「自分は頭がよい」というアイデンティティが自然と形成された。
社会に出るまでは、そのことで悩むことはなかった。同級生も自分と同じくらいか、それ以上に勉強ができる人ばかりだったからだ。しかし社会人になると、それまで出会わなかったような人と仕事をする機会が増えた。私が一流企業ではなく、微妙な会社にしか入れなかったというのが直接の原因ではあるが。
「自分は頭が良い」と思うことは「他人の頭が悪い」と思うことの裏返しであり、その時点で性格が悪い。周囲からは常に過小評価されるように感じてしまうし、認識の浅さにイラッとしてしまう。ソフトウェアエンジニアなら、営業畑の人間から「SQLでサクッとやっちゃって」みたいなことを言われ、侮蔑にも似た感情を抱いたことが一度はあるのではないか。
自分の話していることの前提が理解されないことも多い。「本当に頭が良い人は説明もうまい」なんて言うが、あんなの嘘っぱちだ。どうしたって説明できないことは存在する。プログラミングのプの字も知らない人間に、素人がAIで作ったソースコードの問題をどうやって伝えるのか。本当に「頭が良い」ことと、頭の悪い人から見て頭がよく見えることは別物だ。このことが一定真実であるからこそ、始末に負えない。
他人を「頭が悪い」と思ってしまう背景には、知能を数直線上に捉え、優劣をジャッジする価値観が埋め込まれている。現代において、頭が良いことは武器になる。そのことが分かってなければ、知識労働者として頑張ろうなどとは思わないだろう。多くの人は自分の知的能力を中の上だと認識している、という話もあるが。
とにかく私は性格が悪い。頭の良し悪しが全てじゃないことは重々承知しているつもりだが、どうしても同僚のトンチンカンなコメントに苛立ってしまう。自分で物事を進めた方が早いと感じてしまう。そんな自分が嫌になるが、変えられない。そうやって私は、社会から精神的に孤立していく。本当に馬鹿なのは自分自身なのだろうなという虚しさを感じながら。
基本的に#真相をお話しますと同じ結論、原作を読めばいいです。30点。
医学生の友人が海外で自殺、医学生の下にその遺骨が届く。骨壺には謎のクリスタルオブジェが入っており医学生は友人の死の不信からオブジェの調査を始め、その過程で謎の天才外科医ブラックジャックと出会う。で、まぁいろいろあってブラックジャックは獅子面病という顔が変形してしまう病気にかかった妻の夫から手術の依頼を受けるが、妻は人生を儚んでルスカ・ロマ所属の暗殺医キリコに安楽死を依頼していた。ブラックジャックは彼女を救えるのか。そして医学生の友人の死の真相とは。
みたいな話だった気がする。知らんけど。
Netflixの映画ジャンルに来てたので映画として見たんだけど、なんか途中のシーン転換で左下に「ブラックジャック」って出ててこれドラマやないかーいってなったので、出てくる奴らがもうみんなコスプレすぎるし演技がやりに行きすぎててうんざりするというようなところには目を瞑る。
ただそれはそれとして一本の作品としての志が低すぎる。
原作のブラックジャックは、もろちん人間ドラマとしての強い側面を持っていることは俺も否定しないが、医療系漫画としての強度に決して手を抜いていない部分が大きな魅力であるはずだがこのドラマ映画版ではまともに手術シーンをほとんど映さない。
最も長尺でやった鉄骨に挟まれたガッキを救うために両腕を切断しくっつけるシークエンスも何をやっているかを一切画で見せない。ドラマだから……じゃ説明がつかない。医龍だってドクターXだってブラックペアンだってちゃんとやってた。これはドラマでもできることのはずだ。でもやってない。
もっとどうでもいいグダグダしたドラマパートを切って医療シーンを入れるべきだったと思う。
じゃあ人間ドラマでオミットした医療作品としての部分を補えているかというとそうは思えない。
本作は「金持ちのドラ息子のために善良な市民の内臓全部入れ替える(と見せかけて、善良な市民の顔をドラ息子とすり替える)話」「鉄骨に挟まったガキの両腕を切断してくっつける話」「獅子面病の患者を助ける話」「内臓にピンクダイヤを埋め込む話」「キリコが毒殺しようとするも救う話」の5つを採用してるけど
鉄骨の話とピンクダイヤの話は1本の作品として見た時にぶっちゃけまったくいらない。ハンバーグに入ってるパン粉くらいの必要度。ほないるかぁ。いらない。
かろうじて呼応しているはずなのは「ドラ息子の顔をすり替える話」「獅子面病の話」でこれはどちらも「顔が変わってもそれは同じ人なのだろうか」という面白いテーマとして語る価値があると思うのだが、そこに関してはほとんど触れられない。めっちゃ不満。医学生の友人は顔が変わったけど生きてて、獅子面病も治ってよかった~!おわり。
敢えて褒めるべきところを探すとしたら原作では悪徳警官が獅子面病になった息子を無理やり助けさせる話だったのが、今作では「妻の顔が好きすぎて拝み倒して結婚した冴えない男が妻の顔が変形するという境遇になって愛とは何なのかに向き合う」という形に改編したこと。そしていつも通りBJに大金吹っ掛けられるんだけど妻の顔が変わったことで愛がすでに薄れ始めていてハイとは言えない。そうこうしているうちにキリコの暗殺計画は進行して……というサスペンスとしての面白みはあるかな。
そして今作でいろいろ改変がされてるんだけどほぼ全部うまく行ってない。
骨壺に入っていたオブジェはBJが手術に失敗した人の身体の一部を埋め込んで戒めとしていたという謎設定が生えてくるんだけど、まぁそれ自体はBJそんな奴か?という部分はありつつ是非が分かれていい部分かもしれんけど、なんで「死んだドラ息子の身体の一部で作ったオブジェ」を顔を挿げ替えた善人の関係者の骨壺に入れたん?意味わからんやろ。
渡すとしたらドラ息子の父親のほうやろ。「フフ、そういえばこんなものをもらったのですが私には必要のないものでしてね。手術成功の記念にもらってやってください(まぁその中身、お前の息子の遺体の一部なんやけどな)」だったらまだ理解できるけど、医学生はなんの知り合いでもないドラ息子の身体の一部なんかもろてどうすりゃええねん。
そして無理やりくっつけられたキリコパート。増田で一時期話題になった「キリコ性転換問題」ってこれのことだったんかと懐かしみつつ、キリコが女になったことで何か妙にウェットになってるの解釈違いやわぁと思いつつそんなことは些細なことで。
原作ではキリコの安楽死実行寸前にBJが駆けつけて患者を奪い治療を行うという展開だったと思うのだが、今作ではキリコが渡した安楽死キット(ナニソレ)を獅子面病の妻が使用してほぼ死んでしまう。そして妻の死に面した夫は「顔じゃなくて妻を愛していた」ことに気づいてBJに金はないけど俺の身体を使って(ホモ奴隷になるってこと?)くれ!と言い、BJはいつものドヤ顔で「それが聞きたかった!」と服を脱ぎだすんだけど(存在しない記憶)。
いや、薬剤注射で死にかかってる人間を助けるのって天才"外科医"のBJの仕事じゃなくね?内科医の仕事じゃね?いや、知らんけど。原作では元々BJが手術で救えるはずだった人を手術で救う話だったからいいんだけど、安楽死注射打って死にかけてる人をBJが救うのちょっと難しくね?これって気にしすぎ?
まぁ結局死ぬんだからなんでもいいじゃんって言われたらそれはそう。
でもあの最後に死ぬ展開も原作では、手術しないと死ぬ(しても死ぬかも)→安楽死させてあげよう→いや俺が救う→救えた!→でも別の事故(事件)で死ぬ→死なせとけばよかったのにVSそれでも俺は救う!の対立と諸行無常があったけど、今作では顔が奇形でもう死にたい→殺してあげる→自分で死ぬわ→グエー死んだンゴ→命も救って顔も戻す!→ありがとう→帰り道に事故で死にましたになっててシンプル脚本書いたやつ性格悪いなってなっちゃってる気がする。
別に実写化、フォーマットの変更にあわせて内容を変えたりオリジナル要素を入れるなとは言わないんだけどなんでそこの検証をおざなりにしてしまうんだろう。一本の作品としていいものを作ろうって気持ちがすごい薄く感じる。これが映画として撮られてたらさらに10点引いてもいい。
人生で誰に出会うか、また、子どものうちに「揉まれて」来たか、は後天的な人格障害の「発症」に関わる。
自律的な人格形成のクリティカルな時期に、「監視」資本主義者によって「常に他人の鏡を覗き込み、行動を操作されるような環境」に作り替えられ、その確立に失敗した人が、ネットで傷を舐め合うようになる。
現代の心理学において、若者が自己を確立する「成人形成期」は、他者との融合から脱却し自らの人生を執筆する「セルフ・オーサーシップ」を確立する重要な段階とされています。かつては鏡としての他者に依存していた自己が、葛藤や内省を経て、他者と繋がりつつも独立した「関係性的自律」へと進化することが成人への鍵となります。しかし、現代の「監視資本主義者」とデジタル社会の台頭は、若者の私的空間を利益のために操作し、この健全な発達プロセスを阻害する脅威となっています。若者は、SNSを通じた社会的比較や監視の圧力に晒されながら、真の自律性を手に入れるための過酷な交渉を強いられているのです。個人の内面的な成長が、いかに現代のデジタル環境によって複雑化し、変容させられているかを浮き彫りにしています。
18歳から20代後半にかけての「成人形成期」と呼ばれる時期は、単に大人になるのを待つ時間ではなく、自分の心の形を自分自身で作り上げる、非常に重要で困難なプロセスです。この時期の心の成長と、現代ならではの落とし穴について、3つの比喩を使って解説します。
成人形成期の初期、若者にはまだ「確かな自分の感覚」が備わっていません。この段階を例えるなら、「社会という鏡に映る姿に合わせて自分を変えるカメレオン」です。
この時期の若者にとって、「私」とは「他の人が自分をどう思うか」そのものです。そのため、他者は対等な人間というより、自分が演じる姿を映し出し、自分の存在を確認するための「鏡」や「観衆」となります。
若者がソーシャルメディアを手放せないのは、そこが自分を映し出す唯一の鏡だからです。鏡がなくなれば、自分が何者か分からなくなり、「消えてしまう(死)」のと同じ恐怖を感じます。そのため、たとえ傷つくような視線であっても、彼らは必死にその鏡にしがみつこうとするのです。
この時期の最大の課題は、他人の書いた台本通りに演じる役者を卒業し、自分自身の人生の「著者(オーサー)」に進化することです。
以前は他者の視線と自分がベッタリとくっついた、いわば「融合」した状態でした。しかし、成長するにつれて、自立しながらも他者と親密につながることができる「関係性的自律」の状態を目指すようになります。
自分の内側に真実や道徳の感覚が育ってくると、若者は「私はこう思う」「私はこう信じる」と、自分の言葉(一人称)で語り始めます。これは、自分の人生の所有権を自分に取り戻す作業です。
この成長は、単に楽しく進むものではありません。失敗、対立、不調和といった「厳しい交渉」や「内省」という嵐を通り抜けることで、初めて自分の内側に確固たる土台が築かれます。
しかし現代では、若者がこの「著者」になろうとする舞台が、「監視資本主義」という巨大な力に支配されているという深刻な問題があります。
若者が自分を探そうとするデジタルの空間は、実は企業の利益のために設計された「私有地」です。そこは、若者が自由に成長するための広場ではなく、監視資本家が利益を最大化するために、若者の行動をこっそり調整(チューニング)する実験場のようになっています。
ソーシャルメディアは、社会的比較や同調圧力といった手法を巧妙に使い、若者が自律的な選択をするチャンスを奪い、特定の行動へと追い込んでいきます。
成人形成期とは、「他人の鏡に映るカメレオン」を卒業し、「自分の人生を綴る著者」になるための闘いの時期です。本来なら、対立や失敗を通じて自分を作り上げるはずのこのプロセスが、現代では監視資本主義者によって「常に他人の鏡を覗き込み、行動を操作されるような環境」に作り替えられている点に、現代の若者が直面している困難さがあります。
私自身がモラハラなので、もし今モラハラなパートナーや家族、上司に苦しんでいる人のために書いていこうと思う。
(断っておくと、私はもう既に自覚しているので改善の努力はしているしパートナーは作っても結婚はしないと決めています)
まず、私の話からする。
私はモラハラの特徴としてよく挙げられる、相手をコントロールしようとする・気分で態度が急変・外面が良いなどの特徴は全て持っている人間である。
これは元恋人、友人、家族、深く関わった人間ほぼ全てに言われていることでそれ自体は私も自覚している。
外面はいいので塾講師のバイトや大学では絶対に口には出さなかったが、当時の恋人や友人、家族にはライン超えの発言を繰り返し、相手が自分の支配下にいなければ気が済まなかった。
例えば、当時の恋人は家庭環境に恵まれておらず、父親が出て行ったため母子家庭で育っていたのだが、向こうが私を苛立たせるような発言をした時には「そんなことばっかり言ってるからお父さん出て行っちゃったんじゃない?笑」と返して深い傷をつけた。
こんなエピソードには事欠かない。よく刺されずに今日まで生きて来れたと思う。
当時の私の思考回路を振り返ってみると、とにかく相手が自分の思い通りに動かなければ気が済まず、なんとか相手を屈服させたかった。
しかし、腕力が強い男でもないし暴力に訴えるのは「完全な屈服」には繋がらないと思っていたので、とにかく相手の自己肯定感や幸せをめちゃくちゃに壊し、自分の思う通りにだけ動くようにしたいと思っていた。
自分以外に相手に頼る人間がいることが許せないので、思い返せば当時の恋人は家庭環境に恵まれていない且つ友人がいない(もしくは少ない)人ばかり選んで付き合っていたような気がする。
なぜなら、私含めほとんどの場合モラハラはプライドが高く、「自分が相手を支配するために必死になっている」ことを認めなくないため、屈服させると言っても簡単に屈服するような人間をターゲットにしたいからだ。
なので頼れる親や友達がいない人間が格好のカモになるわけである。
私の場合、弟と妹、恋人、見下せる友人、この3種が特に当時の自分の「相手を支配下に置きたい欲」の標的になっていたと思う。
なぜこういう思考になったのかは人によって違うと思うが、私は両親が言うには幼い頃から良い子だったらしい。
今から考えたら、完璧な第一子であり続けようとするプレッシャー、そして張り続けた見栄によるストレスを幼い弟妹にぶつけ続け、そして弟妹が自分に屈服するのを見た時にゾクゾクと快感が走ったのが始まりだったように思う。
モラハラは外面が良いという話にも繋がっているのだが、ほとんどの場合は“見栄”で外面を作っている。
本当に仕事ができて完璧な人間なら見栄を張る必要などないから当たり前だが、モラハラになるような人物は醜い凡人なのに完璧な外面を取り繕うとするのでそこに「ひずみ」が生まれるわけである。
それを全て自分よりも弱いものにぶつけることによって、「自分は大丈夫」「少なくともコイツよりは強くて優れている」と思い込みたいのだ。
なので外面は良ければ良いほどモラハラでぶつけられるひずみの反動は大きくなると思ってもらって差し支えない。
もっと深層心理を言えば、完璧で相手よりも圧倒的な人間であり続けないと不安なのだ。
100点を取らないと殺される、突き放される、と怯えている子供だと思ってもらって良い。モラハラは小心者なので。
ただ、100点であるフリがうまく行っている時はいい。しかし成長途中に“本物”の100点満点なんかを見てしまうとそこで何かがプッツン来れる。
そして自分よりも明らかに点数の低そうな者に目をつけ、お前は0点だが俺は100点なのだ、エライのだ、と自分に言い聞かせるわけである。
1番頭に来るのは0点だったはずの格下が実は自分よりも点数が高かった時だ。
モラハラ夫が妻の才能を潰すために周りとの関係を切らせ、家に閉じ込めるのはそういう思考だと思ってほしい。
ではモラハラは治るのか?というと残念ながら難しい。
暴力に訴えるタイプなら逆にまだ救いようがあるが、完全に言葉やマインドコントロールに走るタイプのモラハラはもう既に“自分は満点で圧倒的な存在であるはずだ”という意識が出来上がっている上に、暴力に走らないくらいには理性とプライドが高くなっているからだ。
私の場合、留学先で100点満点どころか1000点満点の世界中から集まってきた本当の天才たちにプライドを粉々に叩き潰され、且つその怒りと焦りを発散するための自分より弱い格下がおらず、どうしようもないまま数年過ごしたのがよく効いた。
私は無意識下でバイト先も塾講師や家庭教師を選び、恋人にする相手も自分より弱そうな者ばかり狙ってきたので、先生と呼ばれ格上扱いされることに慣れきっており、そのちっぽけなメッキの鎧は本物の天才の純金の剣には敵わず粉々に砕け散ったのである。
これが日本にいる時だったらなんとか見栄を張り続けて、周囲には悟られないようにしてプライドを持ち直しただろうが、残念ながらアメリカの名門大学は非情なまでに実力主義で、丸裸の状態で日本に帰国することになった。
そしてまっさらな状態でかつての自分の言動や行動を見直し、「なぜ私はあの程度の才能でいばり散らかして、周りを屈服させる存在だと自分を思い込んでいたんだろう」と急に恥ずかしくなり、今に至る。
帰国してからは塾のバイトと同時並行で皿洗いのバイトなどを初めてやり、意識的に自分を格上扱いする快適な場所(コンフォートゾーン)の外側に置いてみた。
数年かかったが弟妹には謝罪してなんとか和解し、それから付き合う恋人も「自分より格下か?」「弱味はあるか?どこを攻撃すればいいか?」ではなく逆に自分よりもはるかに格上の相手を選ぶようにした。(そうすると自分が何も言えなくなるため)
そして素晴らしい恋人と出会って今は日々そういう言い方は良くないよ、と宥められながら少しずつ意識を改革している。
もし今モラハラに悩んでいる人たちは彼らを積極的にコンフォートゾーンから追いやってほしい。
会社で上司としてぺこぺこされることに慣れきっていたモラハラ男が、退職してからは家庭に居場所がなく人が変わったようになった、という話を聞いたことがあるが、それも会社というコンフォートゾーンを追い出されたモラハラの良い例である。
それが恋人であればおだてて海外や転職に持ち込ませるのもいいし、家族ならそのモラハラ人間が格上判定している人に突き放してもらうのも良く効く。
私は今は留学の経験から落ち着いているが、ライフステージが変わり、自分のメンタルに余裕がなくなった時自分の中にまた相手を屈服させ、安心したいという欲望が出てくる可能性を常に秘めているので、この先結婚もしないし子供も持たない予定である。
世の中で苦しむ人が少しでも減るように。
一番の「負われてみた」を、ずっと「追われてみた」と思っていた。だから私の中では、赤トンボの群の中で、子どもが赤トンボと追いつ追われつのかけっこをしている風景を浮かべていたのである。次に三番の「十五で姐やは嫁に行き」の部分である。その子どもの「お姉さんが15歳でお嫁に行った」と考えていたのである。昔は15歳でも結婚したのだなと勝手に解釈していた。
本当の意味はどうなのか。まず「負われてみた」は「背負われてみた」なのだ。「負う」は「背負う」という意味なのである。そして「姐や」は「姉」ではなく、「子守娘」のことなのだというのである。三木自身が『赤とんぼの思ひ出(日本童謡全集S12)』に「・・・姐やとあるのは子守娘のことである。私の子守娘が、私を背に負ふて広場で遊んでいた。その時、私が背の上で見たのが赤とんぼである・・・」と書いている。実際、三木に姉はいない。さらに、子守娘は15歳で嫁に行ったのではなく、三木が15歳になった時に嫁に行ったということなのである。自分の誤解のすごさに素直に驚いてしまう。
三木の両親は、三木が7歳の時に離婚をしている。母親がだらしない生活を送っていた父親を嫌って家を出ていったのだ。三木は祖父の家に引き取られるが、そこで出会ったのが、お手伝いとして雇われていた三木の子守娘となった「姐や」なのである。この「姐や」は母親のいない三木をかわいがってくれたということだ。
「赤蜻蛉」は、三木が自身のさびしい幼少時代の思い出を歌ったものなのである。
それにしても・・・私の誤解は、事実を知れば知るほど滑稽に思えてくる。きっと他にも誤解している歌があるに違いない。そっと調べてみようと思う。
昨日、TLに流れてきた「日本人男性の生涯経験人数は平均2.6人」という数字。 これを見て「男も意外と潔癖なんだな」なんて呑気に構えている同世代の女性(いたら羨ましいけど)に、首都圏で婚活サバイバルを生き抜くミドサーの私から、身も蓋もない現実を突きつけておきたい。
統計学的に見れば、この「2.6人」なんて数字は、実態を何一つ映していない。 今の日本の恋愛市場は、以下の3つの階層にぶった切られている。
経験人数0人。いわゆる「弱者男性」と自称・他称される層。 生涯未経験率が上がっているのは事実だろうし、彼らは私たちの視界にすら入ってこない。彼らはこの「2.6人」という平均値を、下から強力に引っ張る重りだ。
経験人数1〜3人。 「初めて付き合った相手と結婚した」か「数人と深く付き合ってきた」層。今の日本を支えるボリュームゾーン。 でも、悲しいかな。この層の男たちは早々に売れ残りの市場(婚活市場)から姿を消す。私たちがマッチングアプリで出会うのは、この層の「残りカス」か、次の「怪物」だけだ。
経験人数10人、20人、あるいはそれ以上。 この層が、平均2.6人という数字を無理やり押し上げている。 彼らはマッチングアプリという名の狩り場で、私たちミドサーの「焦り」を餌に、数取りゲームを楽しんでいる。彼らにとって、女は「人生を共にするパートナー」ではなく、自分のスコアを伸ばすための「記号」でしかない。
計算してみればわかる。
つまり「0人じゃない側の男」に絞って平均を出せば、だいたい3.6人くらいになる計算だけど、そんな数字に何の意味がある? 実態は、「8割の男が1〜2人を大事にし、残りの2割が数十人を食い散らかしている」という、極端な一極集中だ。
ここが一番絶望的なポイント。 私たち首都圏の独身女性が、なけなしの時間を削ってアプリで出会う男は、高確率でこの「上位15%の捕食層」だ。 だって、誠実な60%はとっくに成婚退会しているし、0人の25%はマッチングすらしないから。
結果として、私たちは「2.6人」という平均値の裏側で、一部の男たちの「経験人数稼ぎ」のためのリソースとして消費され続ける。 彼らが「俺、経験人数は平均以上だよ(笑)」と余裕を見せる裏には、私たちのような「結婚という出口を見失った女たち」の死屍累々が積み上がっている。
男同士で「経験人数が〜」なんていう不毛な数取りゲームをしている間に、恋愛市場は修復不可能なほど歪んでしまった。 平均2.6人なんていう綺麗な数字で、この「搾取と絶望の三極化」を隠蔽しないでほしい。
2.6人。 その数字の内実にあるのは、一部の強者による独占と、多数の弱者の疎外。 そして、その間で「スコア」として処理される、私たちの虚しさだけだ。
これは私自身が、また私以外の業界から転職されてきた方々を見てきて、これではないかな?と思うことがあります。
それはプログラマー以外の仕事は、常に本番環境である、ということです。
たとえば営業であれば、取引先との打ち合わせも見積もりも、ひとつひとつが「本番」です。やり直しはききませんし、次の瞬間には社外の人の評価や信頼がかかっています。接客や教育、医療、建築…どの仕事もそうです。人や社会に直接つながっている以上、テスト環境など存在しません。常に結果が「本物」として記録されていくのです。
その点、プログラマーの世界は少し違います。そこには「テスト環境」があり、「デプロイ」という明確な境界があります。エラーが出ても、まずはコードの中で直せばいい。実験と修正を繰り返しながら、本番に近づけていける。失敗から学ぶ仕組みが、仕事の構造として組み込まれているのです。
もちろん、だからといってプログラマーが気楽だという話ではありません。むしろ「テストできる」ことが前提だからこそ、完璧なシミュレーションを作り上げる責任が生まれます。本番環境を一歩でも誤れば、大きなシステム障害につながることもある。
けれど、「試すことが許されている」という点で、プログラマーの仕事は他の仕事とは質的に異なる、と私は感じます。多くの職業では「やってみること」そのものがリスクになるのに、プログラマーだけは「やってみること」が日常の一部として制度化されているのです。
たとえるなら、プログラマーの仕事は「楽屋のある職業」なのだと思います。
多くの仕事は、目を開けた瞬間からステージの上に立たされるようなものです。接客業ならお客さんの前に立った時点で本番が始まっていますし、教師なら教室に入った瞬間に舞台袖はありません。間違えば生徒が戸惑い、客が離れ、取引が破談する——それらはリハーサルのない一回きりの公演です。
一方で、プログラマーは楽屋での準備が長く、ステージに出る時間は驚くほど短い。コードを書く、テストする、修正する。その多くは「誰にも見られない暗闇の中」で進んでいきます。そして、いざデプロイという名の本番を迎えるときには、すでに何十回ものリハーサルを終えているわけです。
そう考えると、プログラマーの面白さは「安心して失敗できる時間」が保証されていることかもしれません。社会の多くの仕事が「失敗しないための緊張」で成り立っているのに対し、プログラマーは「失敗を前提とした反復」で完成に近づいていく。
この違いは、単に働き方の差ではなく、「世界との関わり方の構造の違い」にまで広がっているように思うのです。
その境界線こそが、プログラマーとそれ以外の仕事を分ける根本なのかもしれません。
プログラマーの失敗は、基本的にログに残ります。誰が、いつ、どんなエラーを出したのかが正確に記録されます。でもそのログは、「修正可能な痕跡」であり、「過去をなかったことにできる記憶」です。失敗は恥ではなく、改善のためのデータとして保存される。むしろ失敗を残さない方が恐ろしい——なぜなら、それは検証も再現もできないバグだから。
一方、他の多くの仕事での失敗は、ログではなく「印象」として残ります。顧客の言葉、上司の記憶、誰かの評価。修正パッチは配信できませんし、「新しいバージョンをリリースしました」と言っても、その印象が上書きされるとは限りません。世界が自動でキャッシュをクリアしてくれることはないのです。
だからこそ、非プログラマーの人々は無意識のうちに「失敗を避ける設計」で働くようになります。完璧に準備してから発言する、波風を立てないように動く、見せ方に細心の注意を払う。彼らの本番環境には“try-catch”構文が存在しないのです。
一方で、プログラマーは「例外処理」を書くことを前提に思考する。すべての失敗を想定し、起こり得るエラーを受け止める枠組みを最初から組み込む。そこには、世界を「壊れ得るもの」として見る柔軟さと、「壊れても直せる」という信念がある。
その考え方の違いが、やがて人の思考様式や言葉の慎重さ、さらには生き方そのものにまで影響していくのではないか——そんな気がしています。
覚えておいてください。これから踏み出す世界には、「実行ボタンを押す前にコンパイルしてくれる親切な仕組み」はありません。人の言葉も、会話も、メールも、一度送ったら基本的に戻ってきません。Undoはありませんし、Gitもありません。世界は常にmasterブランチで動いています。
ですから、まずはその“冗長な曖昧さ”を恐れないでください。コードの世界ではif文で整理できたことが、現実の人間社会ではあいまいなまま動いています。それを「エラー」だと考えないでください。人間は仕様書なしで動いているシステムです。バグだらけで当たり前なのです。
現実の世界では、修正にも時間がかかりますし、再デプロイにも人の気持ちというプロセスが関わってきます。あなたが「パッチを当てました」と言っても、相手の心がそれをすぐに適用してくれるとは限りません。
ですから、焦らずに。ログを読むより、人の表情や沈黙を読む方が大切になります。
そして何より大事なのは、「テスト環境がない」という世界でどう生きるかを考えることです。
あなたの言葉は、すべて本番環境に直接デプロイされます。その恐ろしさの裏側には、同時に大きな自由もあります。本番だからこそ、本気が伝わります。人間関係も仕事も、常にリアルタイムで最適化されていくのです。
プログラマーらしい慎重さと、非プログラマー的な即興性。その両方を持てる人は、なかなか多くありません。もしあなたがその橋渡し役になれたなら、どんな職場でもきっと大きな価値を発揮できるはずです。
世界はtry-catchのないシステムです。しかし、恐れることはありません。catchできない例外に出会ったときこそ、人は成長します。これからのあなたのフィールドには、テスト環境の代わりに「出会い」と「経験」が用意されています。それもまた、悪くない環境だと思います。