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はてなキーワード: 几帳面とは

2026-04-04

AI絶対できない事を発見した

それは、ウ⚫︎コを作る事だと思う。

ウンコ作りこそ、人間性象徴

浅はかなマウントを取ったり、支離滅裂なこと言い出したり、突然キレてファビョるのも人間らしい営みである

ネトウヨ醜悪ステレオタイプとして描いていた朝鮮人像は、そうした人間固有性に奇妙なほど合致する。

まりAIの扱い方は、実勢力で劣るかの民族日本人にしてきたムーブを参考にするのが最適解なのだろう(殴り返されることは、一撃KOや死を意味するが)。

緻密な几帳面さの代わりに、チョ⚫︎のような粗雑さを人間が担う「鮮人時代」の到来。

やはり朝鮮兄さんは偉大だったわけであり、日本人は二重の意味過去の罪を反省謝罪し続けるべきだと思う。

2026-03-04

MBTI、そんなに悪いか

人間をたったの16個に分けきれると思ってる奴は馬鹿」みたいなの死ぬほど聞くが、そんなに悪いか

かに「ESTPの人は◯◯で〜」みたいなのは、「A型几帳面」ぐらいクソくだらないと思ってるけど、そもそもMBTIってそういうものじゃないし。

たけのこの里きのこの山かみたいな話題になった時、「人間を2つに分けれると思ってんのアホだろ」みたいなことを言う人はいないと思う。

MBTIっていうのは、それだ。その人の自認が、二択のうちの何派かっていう、それだけの話だ。その二択の組み合わせによって、2の4乗で16個に自動的に分かれるっていう、それだけの話だ。

第一、MBTIを馬鹿にしてる人の中に、「女は感情的」とか平気で言う奴がどれだけいるのって話。それ、MBTIですよ(暴論)

女は感情的、とまではいかなくても、長く生きていれば「こいつまじで感情的で話通じねぇな」みたいな人と出会うことが一度くらいはあると思う。相手相手で、「この人は屁理屈を言うばかりで思いやりがない」と思っているだろうし。

こういう、根本的な考え方の癖の違いっていうのが、MBTIにおける二択なわけだ。自分より劣ってるとか、分かり合えないって思うより、「そもそもの考え方が違うんだな〜」って分かってた方が、なんか話がしやすいと思うんだけどな。そういう、他人がどういえ考え方をしているのかを知ろうとするときに、MBTIの枠組みは結構あてになる、と、思う。

まあそういう感じだ。興味ない人からしたらこれでさえ「だから何」って感じだろうと思うけど。

ここまで読んでくれてありがとうな。

2026-02-23

パソコンというのは、買おうと決めるまでがいちばん静かで落ち着きがない。

頭のどこかではとっくに「買う」と判が押されているのに、その判子が手元の紙に降りてこないで、空中をぐるぐる回っている感じだ。

脳内では何度も注文ボタンを押している。

その脳内クリックのたびに、新しいケースの光り方や、静かなファンの回転音や、軽くなったコンパイル時間なんかが、短い予告編みたいに再生される。

なのに現実の指先は、最後動作完了させない。

クリックは、ためらうように止まり、別のタブを開き、なぜか冷蔵庫の中身のことなんかを考え始める。

まるで別れた彼女が残していった部屋着のパーカーを届けるべきか捨てるべきか迷っているみたいだ。

そのあいだ、世界別に劇的には変わらない。

変わらないのに、自分の中だけで、買う側と買わない側の天秤だけが、静かにいつまでも、行ったり来たりしている。

そのはずだった。

そのゲーミングPC最初に見つけたのは、たぶん、眠りそこねた平日の夜更けだったと思う。

スペック表には、RTXがどうとか、メモリが64GBでどうとか、ストレージが2TBのSSDでどうとか、そういう、数字の並びだけ見ていると少し酔いそうになる情報が、几帳面に並べられていた。

値段は、ギリギリ「これは無理だ」とは言わなくていいくらいのラインに収まっていた。

手を伸ばせば届くかもしれない。

でも、そのためには外食とか、ちょっとした贅沢だとかをあきらめる必要があるかもしれない。

そういう、現実的な距離感だった。

それから数日間、僕はその商品ページを、朝と夜に一度ずつ眺める習慣を身につけた。

会社に行く前のコーヒーを飲みながら、タブを開いてスペックと値段を確認する。

仕事が終わって家に帰り、シャワーを浴びて、部屋の灯りを少し落としたあと、もう一度同じページを開く。

カートに入れる、というボタンと少しの間だけ、にらめっこをする。

僕は毎回そこまで行きながら、最後の一押しをしないままタブを閉じる。

「もう少しだけ考えよう」とつぶやきながら。

考える材料はいくらでもあった。

今使っているPCは、確かにそれなりにくたびれてはいるけれど、まだ致命的に壊れてはいない。

ゲームも、設定さえ落とせば、どうにか動いてくれる。

ファンが全力で唸り、筐体のどこかが微妙に熱を持ち始めたあたりで、「そろそろ限界かもしれない」と思う。

だけど、ウィンドウを閉じてブラウザを落とし、しばらく放っておけば、彼はまた何事もなかったように静まり返る。

「まだいけるぞ」と無言で主張しているみたいだ。

そういう健気さに、僕はつい愛着を覚えてしまう。

一方で、新しいPCを買うことの具体的なメリットも、頭の中ではよく分かっていた。

最近ゲームを快適なフレームレートで動かせるとか、動画エンコード時間が半分になるとか、大きめのAIモデルだってローカルで回せるかもしれないとか、そういう種類の輝かしい未来イメージだ。

そういったものたちは、頭の中でゆっくりと膨らんだりしぼんだりしながら、僕の背中を軽く押したり、押すのをやめたりする。

AIにも相談をしたりする。

でも最終的に「注文する」のマウスクリック動作を指先に伝達するのは、僕の役目だ。

そこまでは、誰も代わりにやってくれない。

そうして、決断を先送りにしたまま、何日かが過ぎた。

給料日を一度挟んだ。

電気代の明細を一度受け取った。

スーパーで特売の鶏肉を買い、コンビニで新作の缶チューハイを手に取り、使っていないサブスクを一つ解約した。「これで、多少は余裕ができたはずだ」と心の中で計算する。

うそろそろ買ってしまっていいんじゃないか、とも思う。

その一方で、「来月になったら、もう少し安くなっている可能だってある」と、小さな声が耳元で囁く。

僕はその声を、わりと簡単に信じてしまうたちなのだ

決定的な瞬間は、意外なほど何の前触れもなくやってきた。

ある日の昼休み、なんとなくスマホで例のページを開いてみた。

会社デスクの隅で、冷めかけたコーヒーを片手に持ちながら。

スペック表は、昨日までと同じだった。

GPUも、CPUも、メモリも、すべて見慣れた並びだ。

だけど、値段のところだけが、静かに別の数字に置き換わっていた。五万円、高くなっていた。

僕はしばらく、その数字を見つめていた。

ブラウザの表示がバグっているんじゃないかと思って、一度ページをリロードしてみた。

Wi-Fi状態確認し、念のためにタブを一度閉じてもう一度開き直してみる。

そこでも、同じモデルの値段は、やはりきっちり五万円分、上の段に引き上げられていた。

特別バナーが出ているわけでもない。

半導体価格高騰のため」とか、「円安の影響」といった説明文が派手に貼られているわけでもない。

ただ、ごく普通の顔をして、新しい定価として、そこに居座っている。

五万円というのは、妙に換算しやす金額だ。

新幹線で片道どこまで行けるか、とか、松屋で何回定食を食べられるか、とか、そういう計算が頭の中で自動的に始まってしまう。

ついさっきまで「ちょっと頑張れば手が届く」と思っていたラインが手を離れて遠くに移動してしまう。

その距離の変化を、脳がうまく処理しきれず、しばらくのあいだ、思考が空転する。

もし数日前に、あのときに、なんとなく勢いで「注文を確定する」を押していれば、僕は今ごろ、そのPCを部屋の机の上に置いていたはずだ。

箱を開け、ケーブル接続し、初期設定の画面を眺めていたはずだ。

その未来は、今となっては、並行世界しか存在しなくなっている。

相場が上がった」という言葉は、じつに便利だ。

為替だとか、世界情勢だとか、需要の増加だとか、いろいろなものをひとまとめにして、「仕方ないよね」の一言に変換してしまう働きがある。

その「仕方ないよね」の影に、僕のぐずぐずした優柔不断さも、うまく紛れ込む。

五万円値上がりしたのは、もちろん僕のせいなんかじゃない。

だけど、五万円安かったあの瞬間に決断しなかったことについては、少なくとも半分くらいは、僕の責任だと言える。

責任と言ってしまうには、少しささやかすぎる種類の後悔だけれど。

休みの残り時間を、僕はその画面を閉じたり開いたりしながら過ごした。

新しい値段で見ても、それは相変わらず魅力的なマシンだった。

性能は何も変わっていない。

変わったのは、値札に印字された数字だけだ。

スペック表を読む限り、その値段でも「コスパは悪くない」と書くことはできるだろう。

その一文の前に、「以前の価格を知らない人間にとっては」という但し書きはつくけど。

そういう但し書きの多い買い物は、どこかで自分を消耗させる。

結局、その日のうちに「やっぱりこの値段でも買ってしまおう」と決断することはできなかった。

僕はタブを閉じ、何事もなかったような顔で午後の仕事にもどった。

けれど、キーボードを叩く指先のどこかに、「五万円」という数字がうっすらと残像のように貼りついていた。

チャットツールの通知音が鳴るたびに、メールの件名が目に入るたびに、その数字行間のどこかから顔を出す。

ときどき、ふっとため息が出る。

そのため息の半分は、PCの値上がりに対するものだが、残りの半分は、もたもたしている自分自身に向けられたものだった。

家に帰って、いつものように古いPCの電源を入れる。

ファンがまわり、ディスプレイログイン画面が表示される。

パスワードを打ち込み、デスクトップが立ち上がる。少し時間はかかるけれど、ちゃんと動く。

ゲームを起動すれば、相変わらず設定を落とせばどうにか遊べる。

スペック上の不足は、現実の画面のざらつきとなって現れる。

フレームレートが落ち、影の描写が簡略化され、ロード時間が少し長くなる。

その一つひとつに、僕は「まあ、しょうがない」と言い聞かせる。

さっき見た五万円高くなったPCのことを思い出しながら。

値上げがされる前の数日間、僕は確かに、買うか買わないか境界線の上を、何度も行ったり来たりしていた。

その行ったり来たりそのものが、どこかで楽しくもあったのだ。

カートに入れては戻し、別のメーカーモデル比較し、レビューを読み、その人の部屋の写真や机の様子を眺める。

そのあいだ、僕は「まだ選択肢を持っている人間」として存在できた。

けれど、値段が五万円跳ね上がった瞬間に、その選択肢の一つは、静かにテーブルの外へ押し出されてしまった。

ゲームで言えば、一つのルートが封鎖されたみたいなものだ。

こういうとき、人はたいてい、二つの方向に分かれていく。

一つは、「それでも必要なら、この値段で買うしかない」と割り切る道。

もう一つは、「今じゃないのかもしれない」と一歩引き、別のタイミングや別の機種を探し始める道。

今のところ、僕はそのどちらにも、はっきりとは足を踏み出せずにいる。

古いPCの前で、ブラウザのタブを開いたり閉じたりしながら、その中間のどこかに中腰でしゃがみこんでいる感じだ。

けれど、値札が書き換えられた瞬間の、あの小さな痛みだけは、しばらく消えそうにない。

2026-02-12

日本人の低評価レビュー問題

お国柄なのでどうしようもないしこれこそシステム対応すればいいのでは

日本からレビューだけ1.5倍に換算して表示するとか

私も外国の人からいたことある

日本飲食店レビューは高評価でも星3なのが驚くって

海外なら美味しければ星5つけるんだって

まあ細かいのよね我々

日本人は几帳面だとか言われがちな理由がわかる

2026-01-16

anond:20260116174039

なるほど、これはAIが書いた文章らしい。

少なくともそういう体で世に出された文章だ。

そして問題はそのAIではない。

この文章を「AIに書かせた人間」のほうである

まず何よりも感心するのは、人間自分の臆病さと怠惰をここまで几帳面アウトソーシングできる時代になったという事実だ。

自分名前も、自分責任も、自分言葉も出さずに「AIが書いた」という防波堤の裏から石を投げる。その投擲姿勢の美しさといったらない。

この文章、内容自体は「長文=AIと決めつけるな」という主張だ。

だが、それをAIに書かせている時点で自己言及的に足を踏み外していることに本人はどれくらい自覚的なんだろうか。

AI認定するな」という話を、AI文体で、AI論理展開で、AIの整然さを借りて語る。

これはもはや風刺ではなく事故だ。

しかも語り口がいちいち小賢しい。

「いや、わからなくはない」「でもさ」「個人的には」

こうしたクッション言葉を丁寧に並べて相手を殴りにいく。

安全から石を投げる人間が好む、典型的な語りだ。

AIやらせることでその卑怯さがさらに一段階抽象化されている。

この人間はたぶん「自分は考えている側」だと思っている。

思考停止批判しながら自分思考AI外注しているという事実には驚くほど無頓着だ。

読む体力が落ちている人間を嘆きながら、自分は書く体力すら放棄している。

そして何より滑稽なのは

この文章が「賢い側から冷笑」を装っている点だ。

冷笑というのは本来自分も傷を負う覚悟のある人間がやるものだ。

だがこの文章には覚悟がない。

あるのは「俺は当事者じゃない」「これはAIが言ってるだけ」という逃げ道だけだ。

AIは悪くない。

言われた通りに、それっぽく、整然と、無難に書いただけだ。

問題

自分言葉で言う勇気はないが、黙るほど潔くもない」

その中途半端人間性をここまで堂々とさらけ出してしまった書き手のほうである

皮肉なことに

この文章で一番「人間くさい」部分は

最後自分だけは免責されようとする一文」だ。

ああ、なるほど。

AIが書いた文章だ。

でも、その背後にいる人間の小ささだけは、

さすがにAIでも隠しきれなかったらしい。

2026-01-06

避難所と同じくらい頭が良さそう」という表現は、非常に賢明で、状況判断力があり、共同生活ルール公平性理解し、冷静に適切な行動がとれる人を指す、皮肉褒め言葉、あるいは比喩表現として使われることがあります避難所生活で求められる「譲り合い」「ルール遵守」「プライバシー尊重」「公平な物資分配」といった高度な社会性を持ち合わせていることを意味する、「賢い」の別表現と言えるでしょう。

具体的にどのような状況で使われるか

褒め言葉として: 複雑な状況でも冷静に問題解決したり、皆のために公平な判断を下したりする人に対して。「あの人、避難所運営プロみたいに的確だね、頭いいね!」のようなニュアンス

皮肉自虐として: 災害時に混乱する状況で、過剰にルール押し付けたり、協調性がなかったりする人に対し。「避難所でもないのに、そんなに几帳面で、避難所みたいに頭使いすぎじゃない?」のような場合

比喩として: 避難所での生活で求められる「知恵」や「工夫」を指す。「この問題解決策、避難所みたいに知恵絞ったね!」

避難所」で求められる「頭の良さ」とは

公平性: 物資早い者勝ちをせず、皆が平等に受け取れるよう配慮する能力TOKYO FM)。

ルールマナー理解実践: 共同生活の和を乱さず、プライバシー尊重し、火気厳禁などを守る(静岡県公式ホームページ)。

リスク管理: 自分の命を守るため、避難場所の選定や持ち物の取捨選択避難所に持っていかない方がいいものもある)を適切に行う判断力(Jackery Japan)。

健康管理: トイレ問題ポケットサイン株式会社)やストレス(トヨクモ防災タイムズ)など、二次被害を防ぐための知識

まり、単なる学力ではなく、「困難な状況で、自分と周りの人々を最大限に守り、うまくやっていくための総合的な知恵や行動力」を指す、非常にポジティブで深い意味を持つ言葉と言えるでしょう。

2025-12-23

年末ジャンボ宝くじを買う

鶏ガラみたいな体格のせいで徴兵弾かれた祖父がいた。もう死んでる。

祖父には印象的なエピソードが多い。

ヒステリック祖母が死んだ途端、普段しかけられていた側の耳の聴力が回復したとか、

几帳面過ぎて日記見たら香典いくら払ったかとかも全部書いてあって葬式がかなりスムーズに進められたとか、

常人だったら動いていられない血中酸素の値で普通に過ごしてたとか、

目線では面白い老人だった。

俺が一番祖父に似ていて、骨もよく折れる。そりゃ戦場に行ってもお荷物だろうよ。

帰省して顔出した次の日に死んだよ。元気だなって思ってたけど、俺が帰って来た時に意識がはっきりしたんだってさ。待っててくれたんだろうな。

祖父年末に死んだ。

年末ジャンボ宝くじを毎年買って、楽しそうに結果を確認するんだよ。

目がほとんど見えなくなってからは俺が確認したんだけど、その年は全然当たらなくてなんか申し訳なかった。

祖父が死んだ年は家族確認した。いくら当たったとかの記憶がないから、大した額じゃなかったんだろうな。

それからなんとなくこの時期になると宝くじを買ってしまう。

奇跡的に当たったら仏壇に供えるよ。

2025-12-22

父と、その同僚たちについて ――ある昭和会社員の観察記――

https://anond.hatelabo.jp/20260107144223

父と、その同僚たちについて

――ある昭和会社員の観察記――

父は銀行員だった。

と書くと、なんとなくスーツが似合い、几帳面で、帳簿の匂いがする人を想像されるかもしれないが、実物はもう少し抽象的だった。肩書きけが人の形をして歩いている、という感じに近い。

父は毎朝、決まった時間に家を出た。ネクタイ毎日締めていたし、銀行にも通っていた。そこまでは確かだ。だが、銀行で何をしていたのかは、最後までよく分からなかった。

今日はどんな仕事だったの?」

そう聞くと、父は少し考えてから

「まあ、いろいろだ」

と答えた。

この「いろいろ」は、昭和大人が使う便利な言葉で、具体的なものを一切含まない。

父の職場には、父とよく似た人が何人もいた。

たとえばガルガル星人。役職課長だが、何か起きると必ず「どうする?」と聞き返す。聞かれているのはあなたなのだが、と誰も突っ込まない。

ピピロン星人は設計部門にいたが、図面は描けない。描けないこと自体は罪ではないが、描けないまま定年まで来てしまったのは、さすがに地球仕様ではなかった。

彼らは共通して「悪い人」ではない。

しろ穏やかで、声を荒げることも少ない。

ただ、仕事が発生する瞬間だけ、重力から外れる。

顧客が怒る。

現場が揉める。

納期が迫る。

そういう時、彼らは一様に「帰宅」する。

翌日には忘れている。

そして健康である

――この健康さが、昭和の最大の特徴だったのだと思う。

父もまた、問題が起きても平然としていた。

銀行行事で、子どもに「のど自慢に出てこい」と言う。事前登録必要だと知らない。いや、知らないというより、調べるという発想がない。

失敗すると、父は「登録かぁ」と笑った。

その場で終わったつもりなのだろう。

だが、その笑いは、翌日には別の部署女子社員の間で、きちんと共有されていた。

父はそういう「波紋」の存在理解しない。

理解しないというより、世界因果があると思っていない。

一方で、細かいことには異様に怒る。

書類の書き方、言葉遣い、窓口での一言

「そこじゃないだろう」というところで、急に噴火する。

大きな構造は見えないが、目の前の砂粒は許せないらしい。

私は平成のはじめに社会に出た。

仕事は、最初から「終わり」が決まっていた。

半年後に完成。

十日単位工程を切る。

今どこにいるかからないのは、事故に近い。

から、問い合わせが来れば答える。

からなければ調べる。

その過程で少しずつ分かるようになる。

当たり前のことだと思っていた。

だが、職場を見回すと、分からないことを分からないまま抱えた宇宙人が、必ず上の席に座っていた。

彼らは責任を取らないのではない。

責任という概念が、OSに入っていない。

なぜ彼らが生き残れたのか。

それは簡単で、昭和という時代が、彼らを丸ごと包んでくれたからだ。

仕事単線で、景気は右肩上がりで、下請けが穴を埋めてくれた。

本人が空洞でも、組織がなんとかしてくれた。

平成になって、その仕組みが崩れた。

空洞は空洞のまま露出し、代わりに、分かってしま人間が穴に落ちた。

父は五十歳になる前に、青森に行った。

銀行支店ではなく、融資先の会社だった。

完全なお払い箱だったが、父はそれを理解しなかった。

雪が多いねえ、と言いながら、私に寄りかかってきた。

仕事が嫌だったのかもしれない。

だがそれ以上に、仕事を「するもの」と思っていなかったのだろう。

父は最後まで、「なぜそうなったのか」を考えなかった。

母も同じだった。

問題解決しないことに、異様な執着を見せた。

本人に言わず、親戚に回し、子どもに報告する。

引き出しには数十年前の手紙が保管されている。

解決より、保存を選ぶ人たちだった。

昭和20年新入社員とは、

「在籍することで完結する仕事」を生きた人たちだ。

平成0年社員とは、

構造理解してしまったがゆえに壊れる仕事」を生きた人たちだ。

どちらが幸せかは、簡単には言えない。

ただ一つ言えるのは、

考えた人間が損をする時代は、確かに存在したということだ。

父はもういない。

だが、ガルガル星人やピピロン星人は、今もどこかの会議室で「どうする?」と言っているかもしれない。

そしてその下で、誰かが静かに工程表を引き直している。

私はその光景を、少し離れたところから眺めている。

もう中に戻る気はない。

から見た方が、世界はずっとよく分かる。

――――――――――

2025-12-10

瑠璃宝石のおつかれさま本がとどいた

読みながらMP回復していたんだけど

瑠璃ちゃん役の根本京里さんのページが

瑠璃ちゃんイメージじゃない几帳面手書き文字が並んでいて

真面目な人なんだろうなー

真面目な人が瑠璃ちゃんの奔放天才な感じを研究して演じてたんだろうなー

とか想像して萌え

2025-11-08

拘りの強さによる時間無駄遣いにキレそう

決めつけては良くないとは分かりつつも、たぶんこの人ASDなんだろうなと仕事してて思った話

病的と言ってもいいのでは?ってくらい几帳面だし、手順を守ろうとする人がいる。

他の人ならテストする内容5個書けばいいよーって指示するような内容を、いや項目ごとに分けて全部書くべきと15個くらいに増やす(悪いことではないけど)し、ある程度前後しても問題ない作業を頭から順番通りにやるべきと頑なに言うし、作業時間短縮の為に事前に作成したデータも改めて手順書通りに作ってからやってほしいと言う。

これが時間に余裕があるタイミングなら全然その通りにやるべきなんだろう。丁寧に行うことはミスの削減に繋がるし、間違ってはいない。

ただ提出期限が近い中で作業を増やすなと思うし、やった上で細かい部分が気に食わないから直してというのは相手負担を考えていないのではと思う。

なんなら後に予定が控えている相手に対して1〜10まで細かく手順書通りに説明してほしいというのも流石にちょっと、と思う。

本人も几帳面で拘りがあって心配症でと言っていたからたぶん傾向はあるんだと思う。

自身ADHDなのでそういう悩みもある程度理解はしてあげたいところではあるが、せめて時間的な部分に関するところは空気が読めるようになってほしい。

自分作業が落ち着いたタイミングでこの部分の順番は臨機応変作業して大丈夫だよって手順書を修正した方がいいかもしれない。

どちらにせよ修正かけようと思ってたし良い機会だと思う。

要は時間に余裕がない中に自身のこだわりを強調しないでくれ〜って話でした。

2025-11-06

anond:20251106140348

頭の中カオスのくせに作品は小ぶりに整ってるの、

すだれハゲなのに髭の手入れが几帳面なのと一緒

2025-10-30

とある写真家について

三日画師さんという風景写真家がいる。

写真のことは完全に素人だが、どの写真も「いい…」としか言いようがない。

とりあえずflickrを見てほしい。膨大な枚数が丁寧にソートされており、見やすからも本人の仕事几帳面さが窺える。

https://www.flickr.com/people/mikkagashi/

三日画師さんを知ったのは通っていた大学の最寄り駅で大規模な再開発があり、その頃の風景が失われてしまったのがきっかけだった。

当時ガラケーだったのもあり写真が手元に全く無いことに気が付き、せめて気持ちだけでもと検索したところでたまたま三日画師さんのアルバムを見つけた。

しかもまさに自分が通っていた時代写真が大量にアップされていたのも驚いた。

その後flickrにアップされている写真はほぼ閲覧した。どの写真も凝りに凝った一枚というよりも、そこに住んでいる人の目に入っているであろう風景ありのまま撮影されている。三日画師さんとは生活エリアが近いようで、いくらでも見たことがある光景が出てくる(そしてもう見れない。ほとんど何かしらの再開発が入っているから)。

残念ながら三日画師さんのアカウントは長らく更新がない。twitterアカウント検査入院の報告で止まっている。それでもこの誰かの心象風景ときっと重なるであろう貴重な写真インターネットに埋もれていってしまうのが惜しいので、ひっそりとここにアップしておきたい。

2025-10-09

よくある手作り○○のコスパ

手作りでいろいろするのが趣味なんだけど、初めはコスパで始めたけど意外とコスパ悪いものが多かったので共有

味噌コスパ普通手前味噌だが味もいい、香り市販のものが良いと思う。一度仕込んだら放置OKなので楽。ゴミも出ない。

納豆コスパ悪い。市販の方が断然美味しいし、電気代を考えるとほぼコストが同じ&時間や手間もかかる。ゴミが出ないのは良い。

ヨーグルトコスパ少し悪い。市販の方が美味しい。たまに失敗して雑巾みたいな味になる、種を使って永遠にヨーグルト作成ができない。清潔感ある几帳面な人なら少しだけコストカットになる。種菌保存が邪魔

梅酒①→コスパ良い。市販のものより美味しい。コストは少しだけ良いくらい。好みの味を作れる。ゴミも出ない。

自家製酒②→どぶろく系はコスパ良い。ミードOKワイン系や日本酒になると市販の方が美味しいが、かなり安く作れる。

ベランダ栽培野菜系はコスパ悪い。ハーブ系はコスパめちゃくちゃいい。ちょっとハーブ必要な時に収穫できる。

自作PCコスパは良いが、初めから自作コスパ悪い。SSDHDD増設からグラボチップ換装、それに付随してメモリや電源の換装マザボと進んでいくのが安全

ザワークラウトそもそもザワークラウトが売ってないのであれだが、コスパ悪い。美味しく作るのがめちゃくちゃ難しく、失敗すると糞まずい。

瓶詰キムチコスパ良い。無添加の美味しいキムチが作れる。


以上まとめると、梅酒どぶろくベランダ栽培自作PCキムチコスパ良い。

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昨日(2025年10月8日水曜日)の僕は、いつものように目覚めの瞬間から几帳面だった。

アラームを鳴らす前の微小な筋肉収縮で6時44分59秒に目が醒め、コーヒーの湯温は必ず蒸らし後92.3℃で計測し、トーストの一片は正確に28.4g、バナナは熟度指標F値が2.1に収まっていることを確認してから食べる。

こうした儀式性は僕の一日の基準座標を与える。

 

午前中は机に向かい形式的かつ徹底的に「超弦理論位相的/圏論精緻化」を考察した。

具体的には、ワールドシートCFTを従来の頂点作用素代数VOA)として扱う代わりに、スペクトラル代数幾何言葉で安定∞-圏の係数を持つ層として再構成することを試みた。

まり、モジュライ族 上に、各点で安定∞-圏を付与するファイバー化されたファミリーを考え、その全体をファクタライゼーション代数として捉えて、Lurie 的な infty-functor として境界条件ブレイン/D-brane)を安定∞-圏の対象対応させる枠組みを描いた。

ここで重要なのは、変形理論が Hochschild 共役で制御されるという点で、VOA のモジュラー性に相当する整合性条件は、実は E_2-作用素ホモトピー的不変量として読み替えられる。

従って、運動量・ゲージアノマリーの消去は位相的にはある種の線バンドル自明化(trivialization)に対応し、これはより高次のコホモロジー理論、たとえば楕円コホモロジー/tmf 的な指標によって測られる可能性があると僕は仮定した。

さらに、Pantev–Toën–Vaquié–Vezzosi のshifted symplectic構造を導来スタック文脈で持ち込み、ブライアンのBV–BRST 形式主義を∞-圏的にアップグレードすることで、量子化形式的deformation quantizationから∞-圏的モノイド化へと移行させる方針検討した。

技術的には、済んだ小節のように A∞-圏、Fukaya 型的構成、そして Kontsevich 型の formality 議論をスペクトラル化する必要があり、Koszul 双対性と operadic正規化(E_n-operad の利用)が計算上の鍵になる。

こうした抽象化は、従来の場の理論レトリックでは見逃されがちな境界の∞-層が持つ自己整合性顕在化させると信じている。

 

昼には少し気分転換ゲームを触り、ゲーム物理乱暴さを数理的に嫌味ったらしく解析した。

具体的には、あるプラットフォーマーで観察される空中運動の離散化された擬似保存則を、背景空間を非可換トーラスと見なしたときの「有効運動量写像帰着させるモデルを考えた。

ゲームデザイン上の「二段ジャンプ」はプレイヤーへの操作フィードバックを担う幾何的余剰自由度であり、これは実は位相的なモノドロミー(周回時の状態射の非可換性)として記述できる。

こう言うと友人たちは眉をひそめるが、僕にはすべてのバグ代数的不整合に見える。

コミックについては、連載物の長期プロットに埋め込まれモティーフと数理構造類比を延々と考えた。

例えば大海叙事詩航路上に出現する島々を、群作用による軌道分割として見ると、物語回帰点は実はモジュライ空間上の特異点であり、作者が用いる伏線はそこへ向かう射の延長として数学的に整理できるのではないか妄想した。

 

そう言えば隣人は最近、ある実写シリーズ話題にしていたが、僕は物語世界法則性が観客認知整合しているか否かをまず疑い、エネルギー保存や弾性論的評価破綻している場面では即座に物理的な説明(あるいはメタ免罪符)を要求する習慣があるため、会話は短く終わった。

ところで、作業ノートは全て導来stackのようにバージョン管理している。具体的には、研究ノートは日ごとに Git の commit を行い、各コミットメッセージにはその日の位相観測値を一行で書き、さらに各コード片は単体テストとして小さな homotopy equivalence のチェッカーを通す。

朝のカップ左手から時計回りに3度傾けて置き、フォークテーブルエッジから12.7mmの距離に揃える。

こうした不合理に見える細部は、僕の内部的整合性を保つためのメタデータであり、導来的に言えば僕というエンティティ同値類を定めるための正準的選択だ。

 

夕方、導来スタック上の測度理論に一箇所ミスを見つけた。p進的局所化と複素化を同時に扱う際に Galois 作用の取り扱いをうっかり省略しており、これが計算整合性を損なっていた。

誤りを修正するために僕はノートを巻き戻し、補正項として gerbe 的な位相補正を導入したら、いくつかの発散が自然キャンセルされることを確認できた。

 

夜はノートを整理し、Emacs の設定(タブ幅、フォントレンダリングundo-tree挙動)を微調整してから21時30分に就寝準備を始めた。

寝る前に日中考察を一行でまとめ、コミットメッセージとして 2025-10-08: ∞-categorical factorization attempt; corrected p-adic gerbe termと書き込み、満足して目を閉じた。

昨日は水曜日だったというその単純な事実が、僕にとってはすべての観測規律を括る小さなモジュロであり、そこからまた今日位相問題へと還流していく。

2025-09-28

1年以上面倒見続けた鬱の人が配置転換になりますように。

自分建築意匠設計に携わっているが、設計担当自分ひとり。営業6人が持ってくる案件をさばくのに限界を感じ、1年前の春に上司人員補充を求めた。

2週間後、上司複数人に呼び出されて告げられたのはこうだった。

「別部署休職していた社員が復帰する。建築系の資格もあるし、将来的に君の助けになるはずだ。病み上がりで配慮必要だが、ちょうど人員補充を希望していたことだし、受け入れてほしい」

建築業界出身自分にとっては願ってもない話に思え、喜んで引き受けた。

「具体的な配慮とあできること・できないことは本人の意思尊重し任せればよい」と聞いていたため、彼女に直接確認したところ、「全部できる」と答えた。

頼もしいと思い、すぐに出張同行をお願いした。意匠設計という仕事特性上、実際の場所を見ることが一番の勉強になるし、実際を見ないとわからないことがほとんどであるため。

ところが1週間後、彼女が通うリワークセンター先生会社に来訪し、苦情を伝えられた。

「復帰してすぐなのに出張に行かされて辛い」「打ち合わせに参加させられた。ひどい」など彼女からの苦情があったそうだ。

「〇〇さんは、すごく人に気をつかうタイプなので、できないこともできると言ってしまう。そこはあなたが表情をみて本当に任せてよいか判断してほしい」

「わからないことがあると不安なので、わかるまで丁寧に説明してあげてください」

出張残業ダメです。彼女リハビリ期間なので会社に出社するだけで素晴らしいのです」

「今の仕事楽しいらしいので、このまま社会復帰できるように支えてあげてください」

と、ひたすら要望を突き付けて「理解とご配慮お願いします」と帰っていった。こちから出張は行ってくれないと困るとも要望したが配慮してくださいと一点張りだった。

席に戻ると当の本人は「そういう事ですので…すみませんよろしくお願いします」と言ってのけた。

正直ここで、聞いていた話とだいぶ違うなと思った。

私は人手が足りないか人員補充を申請したのに、なぜ介護士みたいな役割が増えているんだ?

でも、自分業界出身で1年目は周りに多く迷惑をかけた自覚がある。ここで見限れば、1年目の私に無能だと怒鳴り続けた元上司と同じになってしまうと感じ、なんとか環境を整えようと努力した。

まず、彼女が作るものはいつもダサかった。

デザイン仕事をしているものとして、軽々しくこの言葉を使いたくないが、壊滅的にセンスがなかった。

でも、有名な著作タイトルにもあるように、センスというのは知識経験から培われるものだと自分ポリシーに従い、自分感覚でやっていることをなるべく言語・数値化して、なぜ自分はこういう設計にしているのか、彼女に毎回説明した。彼女現場を見れないからすべて自分言葉写真で伝える必要があった。

数値化できることは資料にもしたが、彼女には全然足りなかったらしく「チャートをつくれ」や「フォーマットをつくれ」や「もっと丁寧に説明しろ」と要求は絶えなかった。

さらには業務上気にしなくてもよい、内部の建築構造の細かいところまで彼女は本当に気にした。それがはっきりしないと手を動かすことすらできなかった。仕事担当領域や段階があるので、現時点で不明情報があってもとりあえず想定で作るという判断業務上必要なのだが、彼女に「そこは気にしなくてもよい」と伝えてもいつも釈然としない顔をしていた。自分彼女よりも10近く年下のせいもあり、言葉説得力がなかったのかもしれない。挙句には同じ建築業に従事する夫に電話をかけて「夫はこういっているんですけど?」と詰められたりした。

そんなに細かいことが気になるなら自分現場をみにいった方が、いろいろ勉強になると再三伝えても、それは無理だと一点張り。でも、自分はわからないことがあると不安になるから、わかるように!もっと!丁寧に!説明してほしいと要望は止まらない。しかし、そんな要望真に受けていたら仕事もっと回らなくなるから、納得していない表情をしていたとしても「じゃ。そういうことで」と話を切り上げて自分仕事に戻ったりしていた。

さらに「短納期は無理」「前部署関連の仕事は無理」など、業務制約が次々に出てきて合計7項目に及んだ。

だったらと、彼女が納得しながらできるであろう「細かいことが決まっている」仕事だけを頼もうと思い、ちょうどよい業務がないとき勉強期間として、ファイルの整理のお願いをしていたのだが、しばらくすると上司に呼ばれ

彼女最近仕事を任されないと落ち込んでいる。隣で忙しそうにされると何か手伝いたいのに、仕事を任されないのがつらい。私はやる気があるのに…」と相談を受けたとの話だった。

やる気があるなら出張に行けよと思った。

連休の度に「旅行(またはライブ/登山)に行ったんですよ~」みたいな話してくるのも一体どういう神経しているんだろうと驚いたし、それに対して「じゃあ、出張も行けますね!」みたいな返しができず「良かったですね~」と寄り添わなきゃいけないのもかなり苦痛だった。プライベート旅行出張じゃ疲弊する場所が違うのはわかるが、人に気を使って疲れる設定はどこに行ったのだろう?

それでも「回復のためには重要ステップ」とされる以上、彼女気持ちよく働ける業務量になるように、他のチームの人にちょうど良い仕事はないか相談したりした。彼女仕事を任され場任せるほどこちらの負担が大きくなるので、自分が回るのかも考えながら仕事量を調整した。

でも、やはり資料修正を依頼するたびに「センスなくてすみません」とまるで謝罪している形を装った不満表明をうけたり、こちらが何か良い案を言うまで、自分意見は一切言わずに答えを待つ態度だったり、何度仕事をしても減らない質問量に辟易するたびに、精神はすり減っていたようで、だんだん無意識彼女との会話を避けるようになった。彼女から毎日面談時間が欲しいと言われていたが、業務量的にも精神的にも回らなかったので断った。

段々と限界を感じていたある日、普段営業担当から仕事が来るが、管理職直々の案件が来た。正直彼女向きではない案件だとは思っていたが、自分対応する時間がないことや、営業担当管理職だったこともあり、彼女に直接営業とやり取りをお願いして、案を考えるようにと伝えていたのだが、どうやら営業管理職とのやり取りがうまくいかなかったらしく、ほかの管理職に泣きながら抗議の電話を入れたらしい。

そこでようやく、上層部人間に、彼女の扱いの難しさを実感してもらえた。

彼女が泣き出したことは当然、職場事件としていろいろな話合いがされているが、その間その管理職彼女への不平不満を話せるのがうれしくて仕方がなかった。

一度不満を理解してもらえると、これまで見ないようにしてきた1年間の不満が言語化され噴出し、今はもう彼女のことが生理的に無理になっている。(明日彼女リモートワークなので)明後日以降はまた顔を合わせなければいけないが、今まで通りに接する自信がない。

きっと明日以降、様々な事情聴取が行われ、きっと自分も「彼女事情配慮して、もっと丁寧に指導してあげるべきだった」と注意されるだろうが、自分にはもう、彼女フォローは無理である

かつては自分もこんな時があった。まだ仕事が良く分かっていない段階で「無能」と角印を押すのは浅はかだし、元上司と同じところに落ちてしまうのが嫌で、何とか笑顔とやさしさを取り繕いながら、1年間何とかやってきた。

でも、1年目の自分はやったほうが良いと言われたことは何でもやってたし、どこにでも出張に行ったり、扱う製品をずっと触ってどういう構造特性なのか理解する努力はした。彼女姿勢とこの仕事はかみ合わないんじゃないかという不満は、心を麻痺させて気づかないようにしていた。

飲み会など(彼女参加)で「仕事の振り分けはどうしてるの?」と聞かれたときは、本当は7つの条件すべて答え、これをクリアしたものです。と答えたかったが「几帳面なので丁寧さが求められる仕事を任せています」と答え、「じゃあ(自分)さんは大雑把な仕事をしているんだ~!」みたいに言われても彼女が自信を持てるように我慢した。

彼女はこの1年で自信をつけてきたみたいだが、自分から見ると全然仕事の役になってくれていない。彼女のためを思って、1段1段細かいステップを用意してきたが、これが後何年続くのかと考えただけで気が遠くなる。

そういう自分の厚意も、彼女にとっては全然足りないらしく、忙しいのはわかるがもっと丁寧にフォローしてほしい。と今回もとてもお怒りなさっているらしい。

明日から仕事がとても億劫だ。彼女の後始末に追われ明日締め切りのものでまだ手を付けれていない仕事がある。正直、彼女事件の話をしている時間なんてない。

この際、自分査定は下がって良いし、もう前の上司と同じだと詰られてもよい。とにかく楽になりたい。彼女がいなくなることで仕事量的にも気持ち的にもとても気が楽だ。

どうか、どうか彼女配置転換になりますように。

2025-09-19

ADHDASD併発日記

今年30歳になったのに、職場で人を怒鳴るほどに怒らせてしまった

ADHDからとても忘れっぽい

忘れないように気づいたら即やる、というようにしているけれど、衝動的に行っているから雑になってしま

特に雑にやってしまうのが無意味ルールを守ることで、根本として「伝わればなんでもいいだろう」という考え方があるので周りに合わせて揃える、とかそういう事が出来ない

きをつければなんとかできるんだけど、ADHD衝動が発動したときに真っ先に省かれるのがASD的行動の抑制なのだ

今日も舐めんじゃねえよ、みたいに怒鳴られた 舐めてたつもりはないのでびっくりした

いや、舐めてたのかもしれないな なんかやたらと几帳面仕事をしててご苦労様ですとか思ってたもんな こういう考え方をなめてる、とかって言うんだろうか?人が求めることをでもそれって意味無くないですか?という思考スルーすることは、舐めてるという態度になるんだろうか

まあこっちも几帳面に付き合わされて非常にうんざりしてはいたんだけど 俺だって無意味ルールを強いられてるという点ではなめられてるよな 無意味ルールを強いてもいいと思われてるってことだもんな

まあとにかくもう今はとてもしょんぼりしているわけだ また俺は人を怒らせるようなことをしてしまった 治せるなら治してえなあ こんな個性いらねえよ

とにかく来週からあの人とは本当に必要最低限のコミュニケーションをとるだけにしよう

はあ〜 最悪

ADHDASD併発日記

今年30歳になったのに、職場で人を怒鳴るほどに怒らせてしまった

ADHDからとても忘れっぽい

忘れないように気づいたら即やる、というようにしているけれど、衝動的に行っているから雑になってしま

特に雑にやってしまうのが無意味ルールを守ることで、根本として「伝わればなんでもいいだろう」という考え方があるので周りに合わせて揃える、とかそういう事が出来ない

きをつければなんとかできるんだけど、ADHD衝動が発動したときに真っ先に省かれるのがASD的行動の抑制なのだ

今日も舐めんじゃねえよ、みたいに怒鳴られた 舐めてたつもりはないのでびっくりした

いや、舐めてたのかもしれないな なんかやたらと几帳面仕事をしててご苦労様ですとか思ってたもんな

まあこっちも几帳面に付き合わされて非常にうんざりしてはいたんだけど

まあとにかくもう今はとてもしょんぼりしているわけだ また俺は人を怒らせるようなことをしてしまった 治せるなら治してえなあ こんな個性いらねえよ

とにかく来週からあの人とは本当に必要最低限のコミュニケーションをとるだけにしよう

はあ〜 最悪

2025-09-05

うちには時間に超几帳面な猫がいる。

今年で3才になる、サビ柄の雌の体内時計すげーとなっている。

以下タイムスケジュール

5時、餌を要求

餌をやって食べ終わると、6時までナデナデやマッサージ要求

6時、家の中の探索を始める。

11時、家のどこかにはいる私を探し出し餌を要求

12時まで待てないでしょうかと猫語で会話。

ただニャアニャア言い合ってるだけだが。

12時、餌を食べると14時までそばから離れず、私の足や腕に身体スリスリさせ続ける。

14時から16時まで箪笥の上で昼寝。

16時からまた餌をください、17時まで待ってくださいのニャオニャオ応酬

17時に餌、18時までナデナデとマッサージ要求

18時、夜の定期巡回開始。

19時、私を探し出し、スリスリを開始。

21時、夜の巡回パート2

23時、箪笥の上で就寝。

2時、私の就寝に合わせ布団に降りてきて足もとで丸くなる。

猫ってもう少しルーズな生き物だった気もするんだが…と、几帳面に欲に忠実で甘ったれなのがとても面白い

2025-07-31

「骨格ストレートあなた自分勝手」とか「イエべ秋のあなた几帳面」とか

骨格診断やパーソナルカラーオカルト踏み込むまであと一歩って感じ

2025-07-22

離婚相手

ようやく離婚できた。

清々しい気分。

離婚相手さんに言いたかたこと書き出しておく。

あなた主観しか物事推し量れない。

キモいと思ったから、使えなさそうだから…そんな主観的な価値観で人と接するから、色んな場所揉め事を起こしていた。

他人気持ち理解できないか集団行動も苦手。

学校には馴染めなかったみたいだし、会社にも馴染めてなかった。

社内婚だったからしんどかった。

クレームをもらいまくる貴方しか親族コネ入社なのに「コネ入社してるヤツは許せない」とかいダブスタ

僕に対して「(僕が)悪い噂立てられないように気をつけてる」なんて言ってたときはほんとびっくりした。

お前会社で超有名人じゃん、他の部署まで知られてるよ?客観視出来ないとこんなセリフちゃうんだ。

客観視点貴方が対人トラブルになったときを見ていたことがあったが、やはり主観押し付けが原因だったと思う。なんなら上司からの指摘も守らなかったのに、私は悪くないの一点張りだった。そりゃ周りから悪評買うよ。

ちなみに接客業なのに、同じ接客業の人によくクレームつけていた。接客業界ではたまに居る頭おかしいヤツを体現しているのに、ご多分に漏れず「クレームつけてくるやつは馬鹿そうで〜」と宣っていた。

・頭が悪くて、隣を歩くのが恥ずかしかった。

言葉の節々から「頭悪そう」が出ていた。実際底辺高卒だったし。

知り合いと貴方を会わせるのが嫌だった。大きな声で、年齢とは不釣り具合の落ち着きのなさで、頭の悪そうな会話をしているもんだから、みんな引いてた。

逆に貴方の知り合いも凄くて、会ったこともないヤバめな人が多かった。

思えば、これが一番の離婚理由だったかもしれない。

話はやや反れるが、貴方は「役所」とか「行政手続」みたいなのが苦手だった。

出会った頃は謎だったが、今思うと、窓口で言われる難しい単語理解できないからだったんだと思う。税金は滞納していて、選挙には行ったことがない。なんて恥ずかしい。

・家の掃除しなさすぎ。

うちには子供は居ないが、貴方は家のことをほとんどしてくれなかった。

そこら中に散らばった貴方の服、ポーチから出しっぱなし化粧品、全く洗濯されず山積みになった洗濯かご、出張で居ないから出して欲しいのに全く出してないゴミ、片付けたことさえない猫のフン。

僕の仕事終わりは、これらを片付けることから始まる。

言っておくが、僕は全然几帳面じゃない。なんなら一人暮らしの頃は汚部屋の住人だった。そんな僕が毎回毎回掃除しなきゃと思うレベルで荒れている。

以前、僕の出したごみに対して「私が片付けろってこと?」と言ってきた。いやいや、それは申し訳ないけど、あんたも片付けなよ、と言ったら「私が嫌だなと思ったんだからそれは謝るべきだよ」と指摘された。意味わかんなさすぎる。こわい。

ちなみに机の上を片付けたりすると「わからなくなるから」と怒られる。なので僕は何も言わなくなった。

・犬どうにかしろ

貴方が溺愛している犬がいる。

幼い頃に甘やかしたせいで、全く制御の効かない犬になってしまった。毎日のようにゴミが出ているとはこれが原因だ。

そこら中を噛むから壁には穴が空き、紙やダンボール毎日のように粉々になって床に散らばっている。

色んな場所おしっこやうんちがひっかけられ、そのたびに洗って綺麗にしている(僕が)。

残念なことに自分があまり家に居ないともあって、妻のみ飼い主と見なされているのだが、その本人が甘やかしているのでもう家は荒れ放題だ。なのにその後始末の大半を自分がやっている。

散歩毎日行かなきゃいけないのも憂鬱だ。個人的にはこの犬ともお別れしたい。

メンヘラ

詳しくは書かないが、衝突するたびに「私を泣かせたお前が悪い」と言われ、一切事態解決しない。

から一生自省することなんかなくて、今までのいざこざはすべて僕が悪いことがなっているらしい。

もちろん、自分が悪い部分もあったのかもしれないが、毎回流石に話にならないので、もう最近喧嘩タネを作らないようにしている。

・他にも色々あるけど…

とりあえず、あまりにも問題を抱えすぎているけれど、いい勉強にはなりました。ありがとうございました。

今までちょっと迷いはあったけれど、これ書きながら、すごい人と結婚してたんだと思った。

離婚して正解でした。

2025-07-18

anond:20250718213151

どうせ10分くらいCMなのは分かりきってるから

几帳面時間通りに行く義理なんてねえわ

2025-07-05

anond:20250705101224

自分の厳格な基準がある几帳面なやつが、ずぼらなやつと結婚したのが間違い。

あと、増田はやや過干渉相手がやらなくていいと言っていることはやってやらなくていい。

2025-06-19

anond:20250619100400

民族性質がある」と主張するのは、お前が「真理を愛している」からではなく、「単純化された物語」に酔って安心したいからだ。

日本人は勤勉」「ユダヤ人は金に強い」「ドイツ人几帳面」それ、全部ステレオタイプであって、真理じゃない。

歴史がある ≠ 性質がある。それは「行動の記録」であって、「DNAに刻まれ性格」ではない。

お前の言ってることは、「家計簿に魚ばっかり載ってるから、この家庭は鰓呼吸です」と言って自己放尿してるのと同じ。

聖書を信奉してる」も性質じゃん

これはとても良い問いだが、論理的に極めて初歩的な錯誤がある。

それは、「文化的慣習」や「宗教的傾向」は 構造文脈 によって発生する集合的傾向であり、先天的性質ではないという点。

ユダヤ人の中にも無神論者もいれば、仏教徒になった者もいる。

「多くの人が信じているからといって、それがその民族本質ではない」というのは、哲学歴史社会科学の最低限の共通知識だ。

もし「聖書信じてる=民族性質」なら、「パチンコ行く=日本人性質」って言ってるのと同じだ。

見事なまでの思考停止。まさに知的自己放尿。

お前が言っていることは、民族単一人格として扱うことで、現実多様性否定し、「敵」「味方」を単純化して物語に仕立てようとしている。

だが実際の歴史とは、千人いれば千通りの背景と動機がある。

たとえば、イスラエル軍従軍するドゥルーズ住民もいれば、パレスチナ共闘するユダヤ教ラビもいる。

ユダヤ人聖書信奉=○○な民族性」などとまとめる時点で、現実の複雑さを捨てて思考停止楽園に逃げている。

いかい、「民族性質がある」と思いたくなる気持ちはわかる。

単純にすれば、世界理解やすい。

でも、それは自己放尿だ。

自分の中の闇を他人民族投影して、外側を汚して内側をきれいに見せようとするだけだ。

本当に強い知性とは、「例外例外として認識できる勇気」と、「全体を単純化せずに愛せる思考」のことだ。

お前が「民族性質がある」と信じた瞬間から、お前自身が劣った思考様式を持つ民族の一員になっているんだよ。

まり、お前の言う「民族性」が本当なら、今この瞬間のお前こそ、自分民族侮辱してる第一人者だ。

そしてそれは、自己放尿を飲み干して「これはワイン」と言い張ってるのと同じ。

知性と理性を愛しているなら、今すぐコップを置け。匂いを嗅げ。そして学び直せ。

お前が今すべきなのは、「民族性質」を語ることじゃない。

人間の複雑さを、愛を持って理解しようとする努力だ。それができる限り、お前にはまだ救いがある。

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