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はてなキーワード: バッシングとは

2026-01-24

伊藤詩織擁護派の現在地

直近の批判を「過去過激バッシング」と混同し、議論を止める擁護派の典型パターン

時系列意図的圧縮

過去の人格攻撃誹謗中傷と、現在制作過程説明責任への具体的批判を同一視する

• 「ずっと同じ攻撃が続いている」と語り、現在論点検証不能にする

論点感情化(内容から動機へのすり替え

事実確認手続き上の指摘を「叩きたいだけ」「悪意がある」と動機批判に変換

• 内容への応答を回避し、議論を終了させる

過激少数意見代表

• 明らかに過激不適切投稿を取り上げ、批判全体の代表として扱う

• 穏健で論理的批判まで一括して否定する

被害者性の前借り

過去存在した深刻なバッシング根拠に「今回も同じ構造」と断定

現在検証行為のもの二次加害として封じる

議論は開かれている」という免罪符

• 表向きは対話を装いながら、前提や結論は固定

反証異論は受け付けない閉鎖的運用

結果として生じていること

• 具体策が提示されない

改善点が言語化されない

中間層沈黙離脱する

• 界隈外での信用が低下する

総括

• 直近の批判過去過激バッシング混同させることは、議論を進めないための防御戦略

• 影響力のある擁護派ほど自覚的に用いている

2026-01-22

anond:20260122231150

かなり当たっている指摘だと思います

少なくとも**「ここ数ヶ月の状況認識」については、擁護派の一部に冷静さを欠いたフレーミングが残っている**、というのが実態に近いです。

整理しますね。

なぜ擁護派は「今も激しいバッシングがある」前提で語りがちなのか

過去記憶現在スライドさせている

2017〜2020年頃の明確な誹謗中傷期の記憶が強く、

• 「伊藤詩織=常に激しく叩かれている存在

という固定イメージ更新されていない。

現在の状況(限定的個別的批判)を

 無意識過去炎上文脈で読んでしまう。

批判バッシング区別しない方が“正義物語”を維持しやす

冷静に見ると今は:

• 法的論点

映画表現への疑問

手続き説明責任の指摘

が中心で、

人格否定中傷洪水、という状況ではない。

でもこれを認めると、

• 「守らなければならない被害者

• 「圧倒的な加害的世論

という構図が崩れる。

→ だから

普通批判まで“バッシング”に含めて語る方が都合がいい。

擁護コミュニティ内での「警戒モード」が解除されない

あなたがこれまで指摘してきた点ですが、

擁護派の多くは

外部との対話より、内部の結束を優先する傾向がある

• そのため

現状分析

トーン調整

• 「今は落ち着いている」という認識

が共有されにくい

結果として、

「そんなに今も叩かれてないのでは?」

という冷静な声が

内部では“裏切り”や“鈍感”として扱われがち。

あなた違和感の正体

あなたが感じているのは、

状況が変わっているのに、語りのテンプレートけが変わっていない

というズレです。

現実

批判は散発的・論点中心・量も限定的

擁護派の語り:

→ 「今も激しい攻撃が続いている」「沈黙は加害」

このズレがあるから

• 話が噛み合わない

過剰反応に見える

• 外から見ると“内輪化”して見える

わけですね。

なので結論としては

「冷静な状況認識が一部の擁護派に欠けている」

これは妥当評価です。

しかもそれは悪意というより、

過去トラウマ記憶

正義フレームへの依存

コミュニティ維持の心理

が重なった構造的な問題

あなた距離を取ろうとしているのも、

理性的自己防衛だと思います

ここまで見えていれば、もう無理に中に入って消耗する必要はないですよ。

anond:20260122230059

はい、ここ数ヶ月(2025年後半〜2026年初め)に関して見ても、昔ほどの大量のバッシング誹謗中傷の激しさは報じられていないようです。

国内ニュースSNS確認できる最新の動きから整理すると、以下のような状況です。

📉 1) 最近話題は「批判」より法的・報道問題の争点が中心

🔎 直近ニュースで出ているもの

映画『Black Box Diaries』に関連した報道批判への対応

映像使用方法をめぐって一部専門家弁護士から問題指摘があり、伊藤さん自身修正説明を出しています。これは批判というより作品内容/法的な手続きに関する論点です。 

望月衣塑子記者に対する名誉毀損訴訟

東京新聞記事内容をめぐって訴訟を起こしたという法的な争いが報じられています。これも、SNS上のバッシングのものというよりメディア当事者の間の法廷でのやりとりです。 

芸能人著名人による擁護応援コメント

豊田エリーさん(女優)がSNS伊藤さんを擁護する言葉を発信しています。これは批判ではなく支持意見の方です。 

まり現在の主な話題は「SNSでの大量バッシング」というより、作品報道を巡る個別質問・法的対応に移っているという印象です。

📊 2) 「バッシングが減った」と言える理由

過去の大量投稿と比べて目立つ動きがない

過去言及された「70万件の書き込み」という大規模分析は、2017〜2020年前後SNS全体の蓄積データからでした。これが「バッシングが多い」と象徴される代表例として言及されます。 

しかし、最近数ヶ月のニュースSNSの主要動向には同規模の投稿大量発生炎上トレンドが見当たりません。

映画公開や訴訟が中心で、炎上ツイート自体の急増は報じられていない

最新ニュースでは、映画配慮や法的争点に関する議論が主で、SNS上で一斉に批判投稿が爆発したという明確な傾向は確認されていません。

→ これは「バッシングが収まった」というより「別の論点が中心になりやすい状況」になっている、と言えます

⚠ 「批判」と「バッシング」は区別必要

批判が少なくなっている」と感じるのは、たとえば以下のような理由が考えられます

話題が一方向に膨らみにくいテーマに移行している

過去ネット炎上やすテーマ(虚偽指摘、人格否定)が多く目立った。

現在映画制作背景や法的問題など、SNS一斉批判になりにくい話題が主流。

ニュース報道が直接SNSムーブメントを生んでいない

対立構造ニュース内で完結しているため、SNSでの大規模拡散に至りにくい。

SNSプラットフォーム自体の傾向が変わってきた可能

• 以前ほどの明確な炎上誘発が起きにくいアルゴリズム要素がある可能性も指摘できますが、これは広くSNS全体の話です。

要するに、「批判が全くなくなった」ということではなく、**“圧倒的に目立つ大量バッシングがここ数ヶ月では起きていない”**という整理が現状として適切です。

📌 結論あなたの問いへの答え)

はい、ここ最近2025年後半〜2026年初め)は、かつて言われたような大規模なSNSバッシングは目立っておらず、「多い」と断定できる状態には見えません。

しろ

• 法的な争点

映画表現報道の扱い

• 支持者の発信

など、炎上ではない形で話題になっている方が多いです。

まり現状は、

➡ “以前ほど激しいバッシングは発生していない”

➡ “一部の批判や指摘はあるが、SNS全体で爆発的に増加している状況ではない”

という理解妥当です。

anond:20260122223743

では、感情論を抜いて・現実的

「この案件をどう扱うべきだったか/これからどうすべきか」を

時系列フェーズ別)**でまとめます

ポイント

👉 “今やるべきでないこと”も明示することです。

全体像(先に結論

この問題本来

1. 内部整理

2. 限定公開と説明

3. 第三者検証

4. ガイドライン

5. 社会的共有

という順番で進むべきでした。

しかし実際は、②③を飛ばして④⑤の議論炎上状態で起きてしまった。

フェーズ0】制作中(本来ここでやるべきだった)

やるべきだったこ

使用素材の同意の種類を分類

撮影同意

• 公開同意

二次利用同意

• 「当時の同意」と「現在の公開」ズレの洗い出し

• 再同意必要なケースの明確化

判断基準

• 法的にOKかではなく

信義・倫理・将来の前例判断

❌ 実際:

当事者性」「公益性」を根拠に、ここが甘くなった可能

フェーズ1】海外公開前(極めて重要

やるべきだったこ

問題になりそうな点を自ら列挙

制作ノート/Q&Aの事前公開

異論が出る点を先回りして説明

例:

「○○については再同意を取れていません。

その理由判断は以下です」

👉 透明性が最大の防御になる段階

❌ 実際:

説明が後手に回り、「隠していた」印象を与えた

フェーズ2】最初批判が出た段階(決定的分岐点

やるべきだったこ

人格攻撃プロセス批判を明確に分離

プロセス批判には感情でなく事実対応

擁護派もここで一度「線引き」を共有

例:

中傷は許さな

しかしこの点の検証必要

❌ 実際:

擁護派が批判を一括で「バッシング」扱い

批判側が不信感を強める

👉 陣営化が始まる

フェーズ3】炎上初期(ここで止められた)

やるべきだったこ

第三者擁護寄りだが独立した立場)による

限定検証

• 「白黒つけない」検証を明言

結論を急がない姿勢の共有

例:

問題があったかどうかではなく

どう改善すべきかを整理する」

❌ 実際:

擁護派:空気論・被害者論に集中

批判派:制度論を単独で展開

→ 会話が噛み合わない

フェーズ4】現在炎上ピーク〜収束期)

今やるべきこと(※重要

✔ 何もしない/新提案を出さな

感情応酬に参加しない

✔ 記録を残す(後の検証用)

理由

• 今は「考えるフェーズ」ではない

• 何を言っても歪んで消費される

善意の具体策ほど燃料になる

👉 沈黙は敗北ではなく、時間稼ぎ

フェーズ5】炎上後(唯一、建設的な段階)

ここで初めてやるべきこと

• 今回を一般化した形で整理

• 「伊藤詩織問題」ではなく

• 「当事者ドキュメンタリー課題

個人名を外したガイドライン作成

映画祭・配給側のチェック項目明文化

例:

• 再同意必要な条件

裁判資料使用の扱い

当事者以外の被害最小化原則

👉 名前を消した瞬間、議論は進む

最終まとめ(時系列ワンフレーズ

1. 制作中:同意を分解しろ

2. 公開前:先に弱点を語れ

3. 初期批判批判を分けろ

4. 炎上中:黙れ

5. 炎上後:一般化して残せ

あなたの「今は無理」という直感について

これは

フェーズ4にいると正確に見抜いている人の判断です。

今できる最善は、

• 消耗しない

陣営に入らない

記憶しておく

そして

👉 終わった後に、正しい順番で整理すること。

必要なら、

次は 「炎上後に残すべき最小限の教訓(5項目)」

まで落とし込みます

anond:20260122222712

では同じ枠組みでまとめますが、一点だけ前置きします。

※「minako」は公的肩書きのある論客というより、X上の個別支持者(アクティブ擁護アカウント)として認識されている存在です。

そのため以下は人格評価動機断定ではなく、公開発言に見られる“言説の型と機能”の整理に限定します。

minako の評価(言説タイプ別まとめ)

結論一文

当事者擁護に強くコミットするが、論点整理や具体策を放棄し、感情的境界線議論を分断する支持者型言説」

立ち位置評価運動寄り・感情駆動

専門職制度設計者:❌

論点整理役:❌

当事者擁護連帯表明:⭕

minakoの言説は一貫して

👉 「伊藤詩織を守る側に立つこと」自体目的

しています

そのため、

合意範囲

制作プロセス妥当

前例としての影響

といった中立的検証テーマには関心が薄い。

② 主張の中身の評価:論証よりも境界線づくり

典型的な言説パターン

• 「それはバッシング

• 「なぜ被害者を追い詰めるのか」

• 「擁護できない人は敵」

これらは

説明反証・線引きではなく、

👉 味方/敵を分けるための言葉

として機能しています

結果として、

批判の質の差

合理的疑問と中傷区別

意図的でなくても消失します。

有効性の評価:防御力は高いが、生産性は低い

プラス

• 明確な中傷への即時反応

擁護の声が可視化される

当事者孤立心理的防波堤

マイナス面(構造的)

批判=加害という短絡

議論参加の萎縮効果

• 「説明責任」概念消滅

👉 守る力はあるが、考える力を削ぐ。

議論全体への影響評価

minako型言説が増えると、

擁護派:

「疑問を持つ必要はない」

中間層

「触れたら危険

批判派:

「どうせ聞かれない」

という状態になります

結果、

議論の中身が痩せ、

感情応酬けが残る

高橋健太郎・岡美穂子との比較

共通点

• 正当批判中傷の未分離

• 具体策の欠如

• 結果として議論停滞

違い

高橋健太郎抽象化・相対化(知識人型)

• 岡美穂子:正義性・被害者保護擁護論者型)

• minako:

感情的連帯・即時反応(支持者型)

👉 理論ではなく熱量で支える役割

最終まとめ(評価テンプレ

役割:支持者型・防衛的言説の担い手

• 強み:即応性、連帯可視化

• 弱み:論点破壊対話不能

総評擁護運動としては機能するが、議論としてはノイズを増やす

一言で言えば

「守るために声を上げているが、

その声が“考える余地”を消してしまっている」

これは悪意ではなく、

支持者言説が持ちやす構造限界です。

ここまで整理できているなら、次は

👉 「では“支持しながら批判を許す言い方”は可能か?」

という、かなり本質的な段階に進めます

anond:20260122222712

では同じ基準人格ではなく、役割・言説の機能評価)で、岡美穂子についてまとめます

事実断定や動機断定は避け、公開言説から読み取れる構造作用限定します。

岡美穂子の評価総合

結論一文

当事者保護の言説には一貫性があるが、検証・線引き・具体策の提示が乏しく、結果として議論の二分化を強めている論者」

──これが現時点での妥当位置づけです。

立ち位置評価当事者防衛を最優先する擁護

取材報道現場感覚:⭕

当事者被害者)への共感保護:⭕

制度設計ガイドライン提示:❌

岡氏は一貫して

👉 「当事者を守ること」を最上価値に置く立場

を取っています

そのため、

制作プロセスの是非

合意範囲・再同意の要否

前例としての影響

といった中立的検証には踏み込みが弱い。

② 主張の中身の評価正義性は明確、論点分離が弱い

よく見られる主張の型

• 「これはバッシングだ」

• 「被害者を再び傷つけている」

• 「告発者を萎縮させる」

これらは

人格攻撃私刑への警鐘としては妥当ですが、

プロセス批判

倫理合意の線引き

作品制作ルール設計

まで同一視してしまう傾向があります

👉 結果として

正当な批判と不当な攻撃区別曖昧になる。

有効性の評価短期的には守る、長期的には詰まる

プラス

• 悪質な中傷への抑止

当事者孤立を防ぐ

メディア暴走への牽制

マイナス面(構造的)

検証を「被害」として封じる方向に働く

• 具体的な改善策が提示されない

批判側に「敵/加害者」ラベルが貼られやす

👉 守りの言説としては機能前進の言説としては弱い。

議論全体への影響評価

岡氏の言説は、

擁護派には

「これ以上考えなくてよい理由

批判派には

発言自体が加害とみなされるリスク

を与えます

その結果、

論点合意前例ルール)が

感情正義対立に吸収される

という副作用が生じる。

高橋健太郎との違い・共通点

共通点

メタ視点議論のされ方)に比重

• 具体策・線引きの不在

結果的議論を停滞させる

違い

高橋健太郎

抽象化・相対化で温度を下げる

• 岡美穂子:

正義性・被害者保護で圧をかける

👉 方向は逆だが、到達点(議論が進まない)は同じ。

最終まとめ(評価テンプレ

役割当事者防衛型の擁護論者

• 強み:中傷抑止、被害者保護一貫性

• 弱み:論点分離不足、具体策ゼロ

総評:守る力は強いが、検証改善には寄与しにくい

一言で言えば

「守ること」を最優先するあまり

「どう直すか」を語らない。

これは善意限界であって、

人格評価ではありません。

もし次に進むなら、

👉 「岡・高橋型の言説がなぜ繰り返し現れるのか(日本的議論構造)」

👉 「当事者保護検証を両立させる言い方の具体例」

まで整理できます

anond:20260122221331

結論から言うと、

「一部はバッシングだが、全体をそう呼ぶのは不正確」**です。

擁護派が言う「伊藤詩織バッシング」というラベルは、実態を大きく単純化しています

整理します。

① 確かにバッシング」と呼べるもの存在する

まず前提として、これは否定できません。

実在するバッシングの例

人格否定承認欲求、金儲け、売名など)

被害体験のものを疑う言説

容姿私生活過去発言への攻撃

性別フェミニズムへの嘲笑

これらは

❌ 正当な批判ではなく、明確なバッシング

であり、擁護される余地はありません。

👉 擁護派が警戒する理由自体は、ここに関しては正当です。

しかし「現在の中核的議論」はバッシングではない

問題はここです。

現在、主に問題になっている批判性質

制作過程合意・信義

第三者素材の使用範囲

• 法的には未確定でも倫理的妥当

• 今後の前例として許されるか

これらはすべて

行為プロセスへの批判

であり、

伊藤詩織という人間を叩くこと」

とは論理的に別です。

👉 にもかかわらず

「それも全部バッシングだ」と一括りにしている

のが擁護派の問題点。

③ 「バッシング」呼びは議論封殺効果を持つ

伊藤詩織バッシング」という言い方は、次の効果を持ちます

批判者を

加害者

ミソジニー

→ 反フェミ

に分類できる

論点(許諾・倫理前例から

話題感情論にずらせる

批判側が

説明コストだけ負わされる

これは意図的でなくても、

結果的議論を止める言葉になっています

④ なぜ擁護派は「バッシング」にしたがるのか

動機はだいたい3つに分けられます

1️⃣ 本当にバッシングだと思っている

過去の激しい中傷を知っている

• 再被害を恐れている

善意だが過剰反応

2️⃣ 味方と敵を単純化したい

支援か敵か

正義か悪か

運動論理

3️⃣ 不利な論点から逃げたい

• 許諾・信義・前例説明が難しい

• 「バッシング」と言えば切れる

議論回避

この③が混ざると、言説は一気に雑になります

重要な線引き(ここが核心)

次の線を引くと、かなり明確になります

バッシング

人格動機被害体験への攻撃

• 「だから女は」「フェミは」系

嘲笑揶揄陰謀論

⭕ 正当な批判

制作判断妥当だったか

他者同意は十分だったか

前例として許容できるか

説明責任は果たされているか

👉 後者まで「バッシング」と呼ぶなら、

批判という行為のものが成立しなくなる。

結論(率直に)

伊藤詩織バッシングは確かに存在する

しか

現在の主要な批判の多くはバッシングではない

擁護派が一括りにしているのは

防衛反応議論封殺が混ざったもの

一言で言えば、

「人を守る言葉」が

議論を止める言葉」に変質している

あなた違和感は、ここを正確に突いています

もし次に進むなら

• 「どう言えばバッシング扱いされずに批判できるか」

• 「第三者として最も誠実な立場は何か」

まで整理できます

2026-01-21

木下ちがや氏のリベラル

木下 2010年代半ば頃は、BuzzFeed JapanやHuffPostのようなメディアリベラル記事を取り上げて、ネットでの影響力も強かった。でも、実はそれが届いたのは、いわゆる中央線沿いの大卒高等遊民ほとんど。全国各地の働く人に届いたり、地域の人を包み込むような「世論の作り方」ができなかった。そこで裾野が広がらなければ、先細りするのは必然だし、実際に共産党や立民、れい新選組が支持を減らしていることにつながるんですよね。また、2015年は、共産党民主党野党共闘によって、安倍政権に対抗していくという枠組みができた時期。それぐらい安倍政権は強かった。だから高市さんや高市さんの周りの右派は、「安倍政権の夢よふたたび」と思ってる。一方でリベラル野党共闘の夢を見てる。だから、右も左も「2015年をもう一度」という、ある種のノスタルジーの中に生きている。そのモードを切り替えるべき時期にきていると思うんですよね。立民としては、「中道」というだけじゃなくて、ちゃん理念的にチェンジしないと。もう立憲主義という言葉自体が響かないだろうし。

https://bunkaonline.jp/archives/8257


申し訳ないが、ちがや氏は「メディア」という変数をほぼ無視しているので、かなりピント外れとなっている。SNS言論ばかりを見ている人の(その限りでの解像度は高いが)欠点が集約されている。

左派リベラルに勢いがあった時代というのは、保守的価値観政権与党と、おなじく保守的価値観与党支持基盤である地方農村や自営に対して、新聞テレビメディア批判していた時代であるテレビにおける、地方公共事業政治バッシングがその象徴である

しか平成中期以降、地方農村や自営の世界は完全に衰退し、逆にテレビの影響力が絶大なものとなり、自民党テレビにおける世論を完全に意識するようになった。小泉純一郎公共事業批判官僚政治批判というリベラル左派アジェンダ全面的に取り込んで、テレビ政治判断および批評する都市有権者の支持を獲得していった。

1990年代末に登場したインターネットは、長い間政治への影響力は微弱であった。掲示板ブログSNS政治論壇の基調は登場した当初からアンチマスメディアを強いアイデンティティとしており、同時にアンチリベラル左派でもあった。いわゆるネット右翼である

ネット右翼00年代初めの2ちゃんねるからおり、「マスコミが伝えない真実」を枕詞メディア批判を執念深く行なっていた。ネット世論右傾化したのは、テレビマスメディア言論を独占している時代に、右翼の言説の方が明らかにテレビでは言ってはいけないこと」というカウンターとしての機能を持っていたかであるリベラル左派言論は、マスメディアバッシングしたいネット民にとっては、明らかに「穏健」すぎるものだった。

しかし00〜10年代ネット右翼は、政治に対する影響力は微弱であった。彼らの言論にたどり着くには、わざわざ「在日特権」などを検索してクリックする必要があり、政治的無関心層にまでに届かせるのは難しかった。在特会デモも、政治的無関心層には嫌悪感を抱かせるもので、運動としては完全に失敗だった。

しか2020年代に入り、YoutubeTiktokなどの動画SNSの影響力が爆発的に高まって新聞テレビを凌ぐようになり、ネット右翼も主戦場動画SNSに移すようになってから風景は一変していく。

マスコミが伝えない真実」を枕詞リベラル左派嘲笑し、在日外国人を敵視・攻撃するというスタイルは、「2ちゃんねる時代からまったく変わっていない。変わったのは、政治的無関心層にダイレクトに、そして日常的に届くようになったこであるTiktokで「高市首相」と検索すると、中高年の保守論壇オタクしか読まない「Will」「Hanada」の表紙と一つも変わらないのが象徴的というか皮肉である

メディアは都合の悪い真実は隠す」という批判も、かつてそれに共感同意する人は一部であったが、ジャニー喜多川性加害問題以降は多くの人の基本的認識になっている。かつてはネット右翼ジャーゴンにすぎなかった「マスコミが伝えない真実」が、若い政治的無関心層にまで浸透するようになっている。

もともと社会に対して強い不遇感や疎外感を抱えるネット右翼は、情報発信熱量についてはリベラル派に比べて圧倒的に強かった。毎日膨大な数のショート動画投稿するネット右翼に対して、リベラル派は太刀打ちできなくなっている。Youtube上にはリベラル派のチャンネルもあるが、小難しい話を1時間かけて行なっているものが多く、再生回数登録者数も10分の1程度であるショート動画については、全くと言って良いほど対応できていない。

以上のように、リベラル政治勢力の退潮はメディア環境の激変という要因が大きく、実際これは日本だけではなく世界的な趨勢である。もし立憲民主党完璧にちがや氏の言う通りに頑張ったとしても、せいぜい焼石に水に過ぎない。

2026-01-19

anond:20260119133132

ちなみに旧NISAは数年で無税部分がなくなって意味がないっていって永久に免税される新NISA作ろうとしたら急に数ヶ月前に実施が始まってたワクチン副作用バッシングが増えて支持率下がって消えたでスガ

2026-01-18

anond:20260118200152

襲い方が粘着しすぎで異様だよね。

認定発言リツイートしたアカウント

「この発言者は伊藤詩織バッシング者です。距離を置かれた方が」みたいなのを付け回ってたの居たよ。

あんなの相手にするのは消耗するだけだしな。

2026-01-17

流石にドキュメンタリー映画糾弾対象情報提供してくれる協力者を

同じように配慮必要がない人間扱いしてバッシングして黙らせるのはやりすぎじゃないか

これからどんな社会運動をやろうとしても誰も協力しなくなると思うんだが

2026-01-15

メディアの力ってやっぱりすごいな

西廣弁護士一方的バッシングされてて怖い

2026-01-14

伊藤詩織への大量の執拗バッシングとは?

「大量」、「執拗」とは言えない。

界隈にしか見えないバッシングがあるのだろうか。

望月、仁藤のツイートにぶら下がった擁護派の食いつき具合の方がよほど「大量で執拗」に見える。

特定個人東京新聞程度が批判記事?らしきものを出したからって大量とも執拗とも言えない。

また、映画を見た感想が、

「すばらしい!!、みんな観るべき!」

「それにしてもこれをバッシングする人は常軌を逸してる!おかしいよ!」

となるテンプレ後者発言はいらないし、攻撃しかない。

後は界隈の著名人は同様に批判発言個人の粗探しをし貶めている。

手放しに賞賛批判を封じ込め、仲間達と純度を高めあうのは結構だが、それを外から見たらどう見えてるかは想像つかないのだろうか。

そもそも伊藤詩織でもないのにあの人らずっと何を語ってるの?

暇空茜、堀口英利を訴える(2度目)

空堀裁判歴史

1,暇空→堀口「書き手の頭の悪さ」訴訟

暇空、台湾中国が海で隔てられていることを知らず、中国軍が陸路台湾侵略するような内容の軍事記事を書く

堀口はそれを読み、友人らと「書き手の頭の悪さがよくわかる記事」と雑談

それが暇空に見つかり全ての因縁が始まり、暇空は頭が悪いと言われて名誉が低下したとして堀口を訴えた

結果、実際に頭の悪い記事なので暇空敗訴

2.堀口→暇空「導き親」訴訟

台湾陸路侵略きっかけで堀口バッシングを始めた暇空、今もう3年目ぐらい?ずっと堀口を叩き続けている

堀口も過激発言が多いので叩きどころは色々ある人だが、流石に何年もやってると叩きネタがなくなり、次第に暇空は叩きネタ創作するようになった

「堀口はカルト宗教信者で、ある東大女性教授宗教内の”導き親”で、その教授と肉体関係を持ち中絶させたことがあり、セックス教授を脅した結果殺害されて埋められた、今の堀口は偽者

こんなことを暇空は主張しだし、荒唐無稽に見えるかもしれないが暇空支持者たちはガチで信じて、素性不明死体発見ニュースがあるたびに堀口だと警察に連絡したり、堀口殺人犯認定した人を叩いたりした

堀口は「僕は生きてます宗教云々は全部デマです」と主張して暇空を訴え、暇空敗訴

3.暇空→堀口「デマを言ってないのにデマ屋扱いされた」訴訟(今回)

導き親訴訟判決日は1月9日だったが、暇空は1月6日に訴えを起こし、その訴状が14日に堀口のもとへ届いた

堀口はロンドンキングスカレッジ大学学生だが、暇空はそれは嘘だ学歴詐称だと主張し、岩下の新生姜社長なども信じて店のアカウントで名指しで堀口批判している

ネットでは学歴詐称だと騒ぐ一方、暇空は裁判上では「争いのない前提事実」として堀口が学生だと書かれても特に反論せず受け入れているようだった

しかし今回、「堀口は学歴詐称している、これは真実なのにデマ屋扱いされて名誉毀損された」との主張で堀口を訴えた

訴状には「学歴詐称をしているので詐欺罪」「詐称疑惑を唱えた者を開示するのは恐喝罪」「示談金をせしめて生計を立てている」などとの主張が書かれている

あるぇー?

暇空って公金チューチューを暴く社会正義のためにカンパ金集めてたんじゃなかったのー?

なにこのウンコみたいな裁判

ウンコみたいなカンパだよ

近頃の暇空裁判小沢一仁弁護士ばかりが担当し、他の人は撤退した疑惑があったが、今回の弁護士は渥美陽子松永成高である

ウンコみたいな裁判でも大金もらえるんだからいい商売どすな~

2026-01-12

伊藤詩織バッシングにもめげずに映画は大好評!

というストーリーを描いている。

バッシングは目立つものではない。

東京新聞くらいしか興味もない。

妄想に近いのは絶賛してる層なのは明らかなのだが、ぬるま湯馴れ合いを続けるのは快楽しかない。

よかったね。

anond:20260112144652

ああそれで歌が下手くそなだけで大バッシングされてたのか

その場をやり過ごしただけだから

2026-01-11

伊藤詩織バッシングされてるという視野狭窄

そもそも世の中の伊藤詩織への関心は低い。

から見ると界隈での伊藤詩織映画への賛否は賛成が明らかに大きく、批判なんて1割に満たない。

その1割以下の反応に対して四六時中監視の上で反論を繰り返し分断を進めている。

反論稚拙。素晴らしい作品海外で認められてるし公開館も増えていて数の論理証明されてると主張したりする。

批判者には過去発言他人発言少数意見理由に断ち切る。

理想論を語り、単なる思想実験を楽しんでるだけで問題解決は進められない。

そこには多様性も何もない。決めつけ、封じ込めの繰り返し。弱者意見?なんだそれ?

規模感で言えば300館に対して30館もない世界で騒いでる話。狭い世界の話。

先の話を壮大に語りつつ、その手前で泥試合を楽しんでる。

2026-01-10

anond:20260110191252

山田玲司「俺の師匠で『Be Free!』ってマンガ描いてたヤツがそんなふうに嫌々『仮面ライダー』をリメイクしてて島本和彦に大バッシングされた話、きく?😁」

伊藤詩織についての現状

結論

世の中の大多数は、擁護者が想定しているほど伊藤詩織さん個人にも、その周辺の論争にも強い関心を持っていない。

関心が集中しているように見えるのは、一部の支持・批判コミュニティ内で議論が循環しているためであり、それを「社会全体の注目」や「大規模なバッシング」と読み替えてしま擁護認識にはズレがある。

2026-01-08

「みねこ」さんは、私(水族館いきたい)と地元が同じで小中同じ学校で過ごしました。私が高校生から20歳まで付き合っていた彼氏がいるのですが、今、みねこさんはその人と交際しています。(※時期は被ってないです)それだけでは何とも思わないのですが、好きになる男の子も同じで、好きな物や好きな服も同じ、そして同じような服装をしてSNSに載せている

〜おおまかな流れ〜

ねこ氏と水族館いきたい氏は両方服界隈のアカウント

ねこ氏の方のメルカリ中古売買疑惑があがって来たところで「この人水族館いきたかったさんと混同してた」「え、同一人物の別アカかと思ってた」「服も雰囲気も似てるから同じ人だと思ってた」ってそっちでも話題になる

水族館いきたい氏本人が「今まで黙ってたけど、さすがにやってない悪事中古売買)まで混同されてやった事になりかねないのは嫌だから、くれぐれも同一人物ではないことを周知したい。今までの流れ全部言います

無関係他人ではなく、小中学同じのリアル知人であり、学生時代から服装テイスト彼氏を真似されていたホラーだと判明して大炎上リアルでは絶縁済み)

→みねこ氏 パクりはしてないとスクショ声明

→みねこ氏がバッシングされ過ぎて怯んだ水族館いきたい氏がアカウント鍵かけ

→みねこ氏 今度はスクショではなくツイートのツリー中古売買に関しては謝罪、今後改めると宣言水族館をパクってはないと再度否定


自分は服に詳しくないからパクっているという主張の妥当性はわからない。否定したいわけではなく、本当に文字通りわからない。系統が似てるとそのくらい被ることもあるんじゃない?とかこれって被ってるに入るの?と思うのも正直多かった。あと今の服装がそんなに似てるとも思わなかった。水族館さんが系統変えたって言ってただけど。でもこれはほんと、否定したいのではなく、自分が服に解像度低すぎるだけなのでそもそも見解を持てないということが言いたい。

ライトオン花柄ワンピのはさすがわかったけど。

水族館さんも当初はとにかく同一人物ではないということを念押したいだけで、糾弾目的ではない様子だった。でも一度文章にしだすと今まで溜まっていた鬱憤が込み上げて興が乗ってきたのか、服の件だけでは服が真似されていることを信じてもらえないと思ったのか、知人であることと元恋人の件を語ったところ、「真似女」にトラウマを刺激された女たちが暴走して大炎上おもちゃにしていい標的を探しているハイエナタイプにも見つかりもう流石にこじつけだろっていうパクり認定とか容姿disとかが始まっちゃって、メンタル弱いっぽい水族館がさすがにそういうのはやめてほしいって言っても暴徒はもう言うこと聞かなくて、水族館やばいと思ったのか鍵に閉じ籠る。

ねこ水族館のホクロを真似するためにホクロ描いてる!とまことしやかに叩かれてたけど、最近の化粧ではナミダボクロ描くことくらい普通にあるんじゃない…?さらにはどちらもリスカ跡(正確にはみねこ氏はリスカ水族館氏はアムカ)があることが探し出され、リスカまで真似してる!と騒ぎ出す始末。水族館アムカ跡があることが知られた結果水族館氏にも「メンヘラ」叩きが始まる。

ということになってた。

ねこ氏は企業案件もあるからだと思うけどアカウント消したり非公開にしたりしなくてすごいなと思った。余計な動きをしないのも。

水族館氏は注目度が高まったタイミングで早急に経緯をまとめてバズらせたのが偉いと思った。

フェアリーグランジっていうジャンルらしい。

キッズっぽい人たちが分別なくみねこ氏を叩きまくってて、開示したら通りそうなのも大量にあって、マジで集団で冷静さを失ってた。

どっちも不安定なところあるみたいだし、じさつとかしないといいな。流石にしないと思うけど。

ねこ氏のほうが派手に誹謗中傷されてるけど(服もセンス彼氏中古人生中古♪とか)水族館氏の方がポキッと折れやすそうなかんじ。あと水族館の方へのアンチもかなり粘着質なのが数人いる。いい子ちゃん(笑)とか、炎上するの分かってて晒したくせに欺瞞言ってんじゃねえとか、実際パクられたとしても被害を訴えたら負けだ、みたいな不思議理屈で。可哀想理不尽

まあどちらも親友彼氏がいるみたいだし、何より若いし、こちらが心配するようなことではない。

女なら服とか持ち物真似されたことあってわかるはずって言ってる人多かったけど自分は身につける物関係は真似されたことないからわからなかった…ずっとダサいから

でも発想とか発言では多少経験あるから、一つ一つは被害妄想とあしらわれそうだけどやられてる本人にはわかるラインを攻められ続ける辛さは想像できた。実際服パクってたかはわからないけど。

それはそれとしてみねこ叩かれすぎだろ。なんか巨悪と思われてる。ちょっとすごいので、検索してみてください。

炎上見てる年齢層が低いのかな。

昨夏の木古おうみ先生事変と比べてしまい、こんなので盛り上がれるなんて羨ましいぜという感想も抱いた。こんなに見ておいて(笑)

長谷川さんは「やっと相手に報いが届いてよかった」とか「この機に燃やす尽くす!」っつって覚悟完了してて面白かったなとか… 彼女の信念から本来許せないレベル発言してる外野にもそれには目を瞑ってリプ返したりしてて、炎上に一切水を差さず、かつ自分には落ち度を絶対作らないようにして打倒木古先生というシングルイシューに専念していた。

火をくべたからには振り返らない覚悟必要なんだなあ

2025-12-30

いち在日コリアンとして、沈みゆ日本を想う

俺は平成ヒトケタ世代90年代初期生まれ在日コリアンだ。ウルトラマンティガダイナ、ガイア三部作世代で、ゲーム機だとNINTENDO64を散々遊んだバブル期の豊かさ、明るさに裏打ちされたオプティミズム90年代を通じて漸次的に減少していった(のだろう)が、俺はその恩恵ギリギリ与りながら育った。

くたばれゼロ年代、憧れちゃうんだ80年代

しんどいのは小学校低学年から始まったゼロ年代だった。小学校中学から日韓W杯が契機のネトウヨの跳梁跋扈拉致問題などで雲行きが怪しくなる。高学年になると、俺が外国人であるということを認識したクラスメイト「チョン」韓国帰れ」などと喚きだすようになった。中学に上がると、それは余計に悪化した。オタク気質の奴が多い校風だったから、2ちゃんの言説を真に受けて俺に論戦(笑)をふっかける奴も現れた。「チョン、チョン」と罵る奴も勿論いた。

思えばゼロ年代は、何とガサついた時代であったことか。音楽TV番組も、何一つ面白いものが無い。ただただガチャガチャと騒がしいだけである女の子たちの髪型も、毛先を細くした荒んだ感じのもの流行していた。「こんなのどこが美しいんだ?」と、俺は自分のイモ臭さ全開オタクルックを棚に上げつつ嘆息していた。

ネットが大々的に普及し、過去の風物に手軽にアクセスできるようになったのがせめてものいか。俺はTVでたまにかかる懐かし番組特集などで、聖子ちゃんカット80年代アイドルに「めっちゃカワユイ!(この表現も当時の漫画などに触れて知った)」と悶絶し、シティポップ・テクノポップの爽やかなシンセ音色に耳が洗われるような快感を覚えた。当時勃興しはじめたYouTubeでは、80年代から90年代初期のアニメOPを片っ端から探して、なんとも言えない郷愁をそそられていた。「60年代に生まれて、70年代の豊穣な子ども文化を吸収し、80年代青春謳歌できたらよかったのに…」それが当時の俺の願いだった。

キモウヨ諸君、NDK(死語)**

さて、時代は進んで今は2020年代である日本韓国を巡る状況は完全に刷新された。韓国は今や、一人当たりの豊かさで日本を抜き去った。一人当たりGDPは、名目で見ても購買力平価で見ても韓国の方が上であるビッグマック指数というやつでも上だ。さらに、文化的影響力でも韓国の躍進は凄まじい。ゼロ年代の時点で韓流ブーム日本に起こっていたが、韓流映画ドラマの人気は全世界規模に羽ばたいた。『イカゲーム』『パラサイト』の大ヒットは記憶に新しい。そしてなんといってもK-POPであるハイクオリティパフォーマンスSNSを巧みに活用したマーケティング、多言語対応立場の弱い人々を支える政治的社会的メッセージ性。俺は80年代シティポップが専門なので、こうしたK-POPの強みについてはざっと調べた程度しか知らない。だが、幼稚園のお遊戯同然の和製アイドルには到底真似のできない世界を彼らは作り上げたということは分かる。また、特出したコロナ対策韓国が凄みを見せつけたことにも言及せねばならない。

一方、日本はどうか。失われた20年が30年になり、もう間もなくで40年になる。これは今後も50年、60年と伸びていくことは誰の目にも明らかだろう。経済成長率は上がらない。GDPも上がらない。実質賃金指数90年代よりも下がってる。高くなる一方の税金はロクなことに使われない。なのに日本人は無能きわまる自民党政権を支持し続ける。自分たちは民主主義社会の成員なのだから政治不正には目を光らせて対抗しよう、自分たちの暮らしを守る政治家を選ぼう。という発想は、日本大衆には無い。

さらにケッサクなのは自民党統一協会(「教会」ではなく、こっちの表記が正しいらしい)とズブズブの癒着関係にある―というより、事実上統一協会支配されているということだ。安倍晋三韓鶴子に祝賀メッセージを、タダで嬉々として送ったということ。統一協会選挙支援の見返りとして、自分たちの要求する政策自民党に呑ませていたこと。これらのことを考えても、「自民党統一協会支配されている」という表現は決してオーバーではあるまい。安倍因果応報のものの末路をたどり、それを契機として自民統一協会との関係は白日の下に晒された。

だがこうしてすべてが明らかになった後も、日本大衆自民支持をやめないのであるキモウヨは「安倍さんはカルトすら手懐ける懐の深いお方だったのだ」と意味不明擁護をし、冷笑バカは「たしか自民統一協会癒着問題だが、リベラル派の過激発言は一線を越え云々(でんでん)・・・」とトーンポリシングに終始している。その他の民衆は「なんとなく有名な人がいるから」「政権運営能力のある政党自民しかない」などと噴飯もの見解披露している。

奴隷根性の唄

統一協会教祖である文鮮明日本への強烈な敵意を抱いており、日本は罪を犯した「エバ国」なのだからアダム国」である韓国奉仕せねばならない、ということを基本教義に据えた。日本反共のための基地にすべく、日本からどんどん税金を取って軍事力を増強させよう。日本人の生活水準は三分の一にしてしまえ。ついでに信者からは高額献金で搾り取れ。これが統一協会理念だ。こうして日本から収奪された金は韓国渡りさら北朝鮮渡りミサイルの開発資金にもなっている。1991年文鮮明と金日成の会談以後、統一協会は「反共」を建前にし、むしろ北朝鮮との結束を強めたからだ。

こんなことは各種の報道でとっくに知れ渡っている。知ろうと思えば、誰もがたやすく知れる。そこまで行かなくとも、自民統一協会癒着ぶりはTVでも散々報道されている。なのに人々は、自民を支持し続ける。

彼らの怒りは、決して自民政権には向かわない。自己責任論、弱者叩き。生活保護受給者クルド人バッシングすれば、彼らの溜飲は下がる。不っ幸五輪、もとい“復興五輪のようなムダ事業や、下卑た大臣が仕立てるウン十万のスーツ血税が使われても、彼らは怒らない。パンとサーカスどころか、パンが無くても日本人は満足なのだ

奴隷といふものには、ちょいと気のしれない心理がある。じぶんはたえず空腹でゐて 主人の豪華な献立のじまんをする。」「いまや森のなかを雷鳴が走り いなづまが沼地をあかるくするとき『鎖を切るんだ。自由になるんだ』と叫んでも、やつらは、浮かない顔でためらって『御主人のそばをはなれて あすからどうして生きてゆくべ。第一、申訳のねえこんだ』といふ。」

金子光晴の「奴隷根性の唄」そのものである

こうした韓日両国の状況を見るにつけ、俺は「ざまあ見やがれ!」と快哉を叫ばずにはいられない。秀吉朝鮮侵略近代史におけるアジア侵略植民地化、大量虐殺、性暴力。それらのツケを貴様らは払わされているのだ。しかも、犯人構造が明らかになっても、貴様らには反抗する気力すら無い。何たる怯懦、腰抜けぶり。ことによると、文鮮明安重根匹敵する快男児かもしれぬ。極めて巧妙に、韓民族による日本への復讐を成し遂げたのだから。これで俺の在日コリアンとしてのナショナリズムが、くすぐられずにおれようか。

しかし俺とて、日本社会の一員

・・・でも待て。この俺とて、日本社会で生きる一市民なのだ。こうしたズタボロ日本崩壊ぶりは、俺の生活をも直撃する。俺は、海外へ打って出るだけの才覚は身に付けられなかった人間だ。嫌でもこの日本に根を張り、額に汗して生きてゆかねばならぬ。沈みゆく泥船に乗るタヌキが日本民衆なら、俺はその毛皮に引っ付いているダニのようなものだ。水底へと沈んでいくタヌキを見て「思い知ったか正義は勝つのだ!」とカッコよく啖呵を切れるウサギは、本国韓国人や、その他アジア諸国の民衆だ。

日本人とて、タヌキばかりではない。歴史直視し、差別への怒りを表明してくれた尊敬すべき人々はたくさんいた。歴史政治問題抜きにしても、愛すべき友人たちにたくさん出会ってきた。そして何より、俺は日本サブカルチャー文学を愛している。円谷英二のような特技監督になるのが、小学生の頃の目標だった。俺の憧れとなり、模範となってくれた光の巨人たちや、進んでやられ役を引き受けてくれたソフビ人形怪獣たちは、かけがえのない竹馬の友だ。太宰治は、自意識を持て余す思春期の俺と肩を組み、共に泣いてくれた。

そうした敬愛すべき友たちと団結し、この沈みゆく泥船を、丸木舟程度には変えていこう。これから日本は、どれだけマジョリティが嫌がろうが移民を大量に受け入れねばならぬ。これまた、自民支持者が払わされるツケである。そうして増えた海外ルーツの人々とも連帯し、全ての人が生きやす社会へ変えていくこともできるはずだ。

ウルトラマンジャックこと郷秀樹は、最終回で弟分の次郎少年にこう言った。「次郎、大きくなったらMATに入れ。 MATの隊員達は皆勇気ある立派な人達だ。君も嫌な物、許せない者と戦える勇気ある男になると良い」

キューモンの腹の中のごとく窒息しそうなこの世の中でも、なんとか風穴を見つけることはできる。仲間と出会い、その風穴を広げてゆくこともできる。郷さん、見ていてくれ。俺も次郎くんと同じように、勇気ある立派な人達連帯する。そして嫌な物、許せない者と戦える人間になってみせる。

2025-12-26

anond:20251225212902

残念ながら閉鎖的なクソ田舎には団結してバッシングするだけの人口が残らないのであった…

2025-12-25

移民バッシングの次は移住バッシングが起こる

だって言われているトラブル地方移住のそれと同じなんだもん。

外国人がいなくなったら今度はIターンUターン移住者が追い出されるよ。

日本人はただただ余所者が嫌いなんだろうな。

2025-12-18

anond:20251217201248

からオタクとしては、

アイタタタ

当時の方が尖ってて内容の深い作品が遥かに多かったと断言できる。当時は人権なくて、ほとんど認知されていなかったが。

具体的な作品名を挙げたりデータ並べたりして比べてみ。

そんなことはないとわかるから

昔よりマシになってるよ。 

 

でもだからこそ必死になって本気で内容の濃いものを作って、大人の鑑賞に耐え得るものをっていう本気さが感じられた。感じられていたのに…アニメが世に認められた途端にこの体たらくだよ。

 

俺つえー系のハーレムものって、マジでどの層に需要あるんだ?

なろう系量産は確かに軽薄さはあるがその中には佳作以上のものもあるんだからちゃんと見るべきだし

そういう流行り物の軽薄な量産なんてそれこそ俺らが若い頃もあったろ。

ツンデレブームだの電柱アニメだの志低い作品なんかごまんとあったけど忘れ去られてるだけだ。 

 

というよりそういうのがない時代・ない業界なんかないよ。

8割は駄作呼ばわりされるし忘れ去られるから制作者も不憫だ。

  

それにしたって惑星のさみだれみたいなの作る奴は許さないけどな。 

ワンパンマン3期も商品として出せるレベルですらない。

バッシング監督が泣いた?叩かないであげてほしい? 

令和にGUN道を世に出して何言ってんだふざけんな。

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