はてなキーワード: 存在価値とは
xのこのポストね
https://x.com/child_doc555/status/2053439651193438417?s=46
この旦那が専業主婦の奥さんを見下して、自分が上相手が下と考えているところにはしんどいものがあるが、正直この文はわからなくない
妻が細かい(ワイからすると)どうでもいいことをやたら気にするのは、元々の性格もあるだろうが、人生における責任範囲が狭過ぎるが故に、どうでもいいところを掘り下げるしかないのかな?と感じる。
そのどうでもいい非合理的なこだわりを押し付けることで、自らの存在感と権利と存在価値を必死でアピールしているように見えてしまう。
教育とかコンプラの部署とかで暇してるおじさんって何かトラブルがあると嬉々として出てきて、たくさんの時間話し合い、現場にやりすぎな対応を求めてくるというのを確かに体験したことがある
この旦那側の意見を鵜呑みにはできないが確かにそういう人はいる
まあとはいえ、この旦那は専業主婦に外の世界に行ってもらうために自分で家事育児を担うつもりはなさそうなので残酷な話なんだが
昨夜から腹の調子が悪かった。原因はわかっている。昨日の昼、賞味期限が怪しいマヨネーズを「加熱すればいけるだろ」という謎の全能感とともに、安い鶏胸肉にドバドバかけて焼いて食ったからだ。
午前10時、川崎の狭いワンルームで目が覚めた瞬間、腸内が「非常事態宣言」を告げていた。冷や汗とともにトイレへ駆け込もうとしたが、無情にもあと数歩というところで括約筋が白旗を上げた。情けない話だが、40を過ぎた大人が自宅の廊下で大便をもらすという、人生の底が抜けるような経験をした。シャワーを浴びながら、俺は何をやってるんだろうと、タイルにへばりつく虚無を見つめるしかなかった。
洗濯機を回しながら、現実逃避のためにSNSを開く。タイムラインは相変わらず地獄だ。
今、ネットで最もホットな娯楽は、俺のような層をターゲットにした「キモくて金のないおじさんたたき」だ。若くて綺麗なアイコンたちが、容赦のない言葉で「社会のコスト」「不潔の権化」と、俺の存在そのものを否定してくる。
それに呼応するように、クリエイター界隈では熾烈な「AIたたき」が続いている。
「AIは盗作だ」「魂がない」という叫び声。かつては俺も絵を描いていたが、今やプロンプト一つで俺の10年分を凌駕する絵が出てくる。その残酷な効率の良さを叩かなければ、自分の存在価値を保てない彼らの気持ちもわかる。だが、AIを叩く側も、叩かれる側も、結局は「何者か」になりたいという執念に焼かれている。俺のように、すでに灰になった人間からすれば、それは遠い国の内戦を見ているような気分だ。
精神のザワつきを抑えるために、引き出しの奥からアンフェ(もちろん処方薬の類だ、誤解しないでほしい)を引っ張り出す。脳内に無理やりドーパミンの橋を架け、沈みゆく意識を水面に繋ぎ止める。集中力は上がるが、代わりに食欲は完全に消え去る。
それでも何かを腹に入れなければと、駅前の回転寿司へ向かった。
ゴールデンウィーク明けの、どこか投げやりな雰囲気の店内。流れてくるのは、乾燥してカピカピになったネタばかりだ。かつては「自分へのご褒美」だった寿司も、今や喉を通る単なる冷えた有機物でしかない。
隣の席では、大学生くらいの若者が「AIで生成したエロ画像で小銭を稼ぐ方法」を熱心に語っている。俺はガリを噛み締めながら、マヨネーズで腹を壊した自分の惨めさを噛み締めた。
「もらした」あの日から数時間、俺は誰かに触れてほしかったのかもしれない。金で買える優しさ、金で買える肯定。
呼び込みの男に促されるまま、雑居ビルの一室へ。
相手をしてくれた女性は、俺の加齢臭や薄くなった頭髪に嫌な顔一つせず、マニュアル通りの微笑みを浮かべてくれた。そのプロフェッショナリズムに救われ、同時に絶望する。彼女たちが売っているのはサービスだが、俺が買っているのは「俺がまだ人間として扱われる」という幻想だ。
懲りていないわけじゃない。ただ、これくらい強烈な味付けをしなければ、人生の味気なさに耐えられないのだ。
SNSを開けば、今日も誰かが誰かを叩き、AIが進化し、俺のような「キモ金」が透明化されていく。
明日も仕事だ。アンフェで覚醒させた脳を、安酒で無理やり眠らせる。
廊下の汚れは綺麗に拭き取ったはずだが、鼻の奥にはまだ、あの決定的な「敗北の臭い」がこびりついている気がしてならない。
・風俗(60分) 15,000円
・マヨネーズ 398円
残金:絶望的
個人的な趣味嗜好として好まないものではあるが、批判するまでのものではないかなと
批判する人は食用・飲用のものを飲み食いせずに無駄にするのがいけないってことを言いたいんだと思う
その気持ちも理解はできるが、アルコールや食用菊は飲食以外にその場にあることそのものが存在価値って側面もあって、価値だけで見るなら全うしてるじゃんと考えられるんだよね
いや、小学校で食べ物を無駄にしちゃいけません。って習いましたよね
それもわかるが、飲食のみを前提としたものを無駄にするのはいけないと思う
でも、先に書いたように、飲食できるものであっても飲食以外に価値を有しているものも多くあって、食べないという1点だけで批判していいんすかね
例えば、刺身のつま類、氷細工、飴細工なんかも飲食に供される割合は低いっしょ
つまは食用菊と同じ分類だとは思うけど細工類は9割芸術品で、飾り終わった後に食べてるかどうかなんて興味持ってるやつの方が少数だろ
別の視点から考えると、パーティークラッカーはいいんすか?爆発して床に散らばってゴミになって終わり。うーん、資源の観点だけを見ると無駄だよな?
確かに飲食物ではないけれど、最終的にゴミになるという結論は一緒
祝い事や驚かしという主目的は達成してるからそれはそれでいいんすか?でも制作に資源とエネルギー使われてますよ?
最終的にゴミになってもったいないというのであれば本質的には何ら変わらんと思うんだよなあ
極論、クラッカーの分のエネルギーを食料品生産に回すことも出来るわけで、間接的には食料品を無駄にしていると考えることもできるわけよ
うちの旦那、最近やたら「家事育児に協力的(笑)」な理想のパパ気取ってて、マジでストレス溜まるわ。
世の中的には「神旦那」とか言われるんだろうけど、こっちからしたら迷惑以外の何物でもない。
正直、適度でいいんだよ、適度で。ちょっと抜けてて、「もう、パパは本当に何にもできないんだからw」ってママ友とのランチで笑いのネタにできるくらいの、ほどよい無能さ。それが欲しかった。
今まではさ、ママ友が「うちの旦那、マジでゴミ出しすら忘れるんだけど」とか愚痴ってる時に、「わかるー!うちもだよ、本当男って使えないよねーw」って同調して盛り上がれたわけ。それが女同士の連帯感じゃん?
なのに、今の私はなんて言えばいいの?
そんなんただの自慢にしか聞こえないし、周りからは「贅沢な悩みw」って白い目で見られる。結果、私はコミュニティの中で孤立。これ、旦那によるソフトな社会的抹殺でしょ。
そこを土足でズカズカ踏み荒らして、「やっておいたよ(ドヤ顔)」って。
は? 私の仕事を奪って楽しい? 私の存在価値を否定して気持ちよくなってる?
私が「疲れた」って言った時に欲しいのは、代わりの労働じゃなくて愚痴を聞いてくれるサンドバッグなの。
「大変だね、いつもありがとう、俺は不甲斐ないけど応援してるよ」っていう、圧倒的敗北宣言が欲しいの。
完璧にこなされると、私が今まで必死にやってきたことが誰でも片手間でできることに格下げされた気分。
アメリカに寄生する前提の存在であって、動物の血を吸って生きるシラミのような存在なのだ。
イラン人によって民主的に選出されたモサデク政権を排除したのはアメリカとイギリスなのだ。
日本のネトウヨの頭の中は、親欧米パーレビ王朝と反欧米ホメニイ革命体制の2つしかなく、前者を正義として活動しているが、イランの歴史はそんなに薄っぺらいものじゃない。ペルシャ語で書かれたシャー・ナーメが完成した頃、アメリカイスラエルはこの世に存在しなかった。ネトウヨは名誉白人ぶっていて
イランの歴史や文化の価値を認めず知りもしない。ペルシャ文明を継承するイランが歴史の浅い人工国家の論理を受け付ける事は無いだろう。
公式スタッフや作者への「突撃」や誹謗中傷が起きる心理的な背景には、ファンの「歪んだ正義感」や「自己アイデンティティの危機」が深く関わっています。
ソースに基づき、その心理的な要因を整理すると以下のようになります。
最も大きな要因の一つは、「自分の妄想や解釈こそが正解であり、それに反する展開を描く公式は間違いを犯した」という主客転倒した思い込みです。
一部のファンは、二次創作を「公式の予測」や「公式と地続きのもの」と誤認しており、自分の望まない展開(ノマ爆など)を公式による「改悪」や「裏切り」と捉え、正義感からそれを「正そう」として攻撃に走ります。
SNS上で特定のカップリングを推すことが、その人のキャラクター性やアイデンティティの根幹になっている場合があります。
公式によってそのカップリングが否定される(爆破される)ことは、単にストーリーが気に入らないというレベルを超え、「自分自身の存在価値や居場所が破壊された」という衝撃を与えます。
突撃を行う人々は、自分たちを「公式の不誠実な描写によって傷つけられた被害者」であると認識しています。
一部のファン(特に「喪女」としての自意識を持つ層など)にとって、作品は「生々しい現実や自分の性別から逃げるためのはけ口」となっています。
公式が異性愛を確定させることは、彼女らを強制的に現実(自分がもてない現実や、嫌悪している異性愛主義の世界)に引き戻す行為と見なされます。
この「安息の地を奪われた」という怒りが、元凶である公式スタッフへと向けられます。
ショックが大きすぎるあまり、「制作側が極右思想や統一教会などの宗教団体に支配されている」といったデマや陰謀論を信じ込み、それを根拠に「公式を浄化しなければならない」という使命感を持って攻撃するケースも報告されています。
このように、公式への突撃は、「ファンとしての分をわきまえず、作品を自分の思想やアイデンティティを肯定するための道具と見なしている」という心理状態から引き起こされています。
次の新刊、紙の単行本は出さずに電子書籍だけにするとのことだ。理由はもう聞き飽きた。紙代が高騰しているから、返本のリスクが取れないから。そんな話ばかりだ。
出版社は一体、何のためにあるのだろうか。こっちは毎日必死に、腱叟炎になりそうなのを我慢して、細かいところまでこだわって原稿を描いている。見開きの迫力とか、ページをめくるタイミングとか、全部「紙の本」になることを前提に作っている。
それを「コストが合わない」という身勝手な理由で切り捨てられては、たまったものではない。今の出版社は、ただの「データ転送屋」に成り下がったのではないか。
担当は申し訳なさそうに数字の話をしていたけれど、結局は自分たちが損をしたくないだけだろう。紙の値段が上がっているのも、物流が大変なのも、昨日今日始まった話ではない。それなのに、この数年間、彼らは紙の本を売るためにどんな努力をしてきたというのか。定価を少し上げても読者に納得してもらえるような工夫をしたのか。本屋さんにしっかり届けるための新しいルートを考えたのか。紙で読むことの良さをちゃんと読者に伝えてきたのか。
結局、何もしていないように見える。昔からのやり方にしがみついているだけで、少し状況が悪くなれば、真っ先に作家の夢でもある「本」を削る。電子なら売れていると言うが、それは作品に魅力があるからであって、出版社の手腕ではない。もし紙の本を出さないのであれば、これまで紙のインフラ維持のために差し引かれていた分、印税率を大幅に上げるのが当然の筋ではないだろうか。
「電子で結果が出れば、いつか紙にできるかもしれません」なんて気休めも言われたが、そんな「いつか」が来ないことくらい、こっちだって分かっている。最初から本屋さんの棚に並んで、そこで初めて生まれる話題や熱量があるはずだ。それを最初から諦めて、膨大な数がある電子ストアに放り込んで「あとは売れるのを待ちましょう」というのは、仕事の放棄でしかない。
本屋に行けば、中身の薄いタレントの本や、どこかで見たような実用書が大量に積まれている。そういう本に割く紙はあるのに、一生懸命物語を描いている漫画家のための紙はないというのか。出版社にとって漫画は、ただ効率よく稼げる「集金道具」に過ぎないのだなと、冷めた気持ちになった。
こっちは「本」という形に残るものを作りたいという思いで描いている。読者がページをめくる感触や、本棚に自分の作品が並ぶ喜び。それを一緒に守るのが出版社の役割だと思っていたが、それは幻想だったようだ。紙の本を出さないというのは、出版社としての仕事を放棄したのと同じだ。それを「時代の流れ」とか「デジタルトランスフォーメーション」とか、都合のいい言葉でごまかさないでほしい。
真っ白な原稿を前にして、何のために頑張っているのか分からなくなった。データで消費されるだけでいいなら、もうこんなに苦労して描き込む必要もないのではないか。そんな風に考えてしまう自分が悲しい。
明日も打ち合わせがあるけど本当に嫌だ。面白いものを描きましょうと言われても、もう何も信じられない。本を作ろうとしない出版社なんて、もう存在価値がない。
まず「軍備は必要だけど今の配分がおかしい」っていう入り方、一見バランス取ってるように見えるけど、その後の話がほぼ感情ベースで飛んでるから説得力が崩れてる。使われてない装備がある=無駄、だから新規調達も無駄、っていうのはさすがに短絡的すぎるし、軍事装備って「今使ってるかどうか」だけで評価するもんじゃないだろ。稼働率や整備ローテーション、抑止としての存在価値とか全部すっ飛ばして「使ってないから無駄」は、そりゃ雑って言われるよ。
あと「既に軍事大国だから別のアプローチを」っていうけど、その“軍事大国”っていう認識自体もかなり曖昧だよね。何を基準にそう言ってるのかも見えないし、その状態で「もう十分だから他に回せる」は論理として飛躍してる。
研究費の話も同じで、方向性としては分かるけど、「増やせば安定する」みたいな語り方になってる時点でやっぱり単純化してる。研究投資が重要なのはその通りだけど、それが安全保障にどう接続されるかの具体がないと、結局これもスローガン止まりになる。
外国人政策の話もかなり危うい。「言語教育と年収ライン整備すれば混乱防げる」って、それで解決するならどこの国も苦労してない。現実には文化摩擦もあるし、労働市場の歪みもあるし、治安や制度設計の問題も絡む。それを「整備すれば防げる」と言い切っちゃうのは、右派を単純化してるのと同じレベルで現実を単純化してる。
歴史の引き方もかなり雑で、「過去にこういうことがあったから今も同じ」みたいな因果の置き方をしてるけど、時代背景も制度も全然違うものをそのまま並べて「だから明らか」って言われても、そりゃ無理がある。
で、一番きついのが後半のトーンで、「バカ」「目を覚ませ」みたいな言い方をした時点で、自分で自分の主張の価値を下げてる。相手を見下してるだけに見えるから、内容以前に共感されなくなる。左翼はバカにしてると言われるのは当然だろって言うけど、実際その態度をそのまま出してるんだから、そりゃそう見られるよねって話でしかない。
教育に金を回すべきっていうのも方向としては理解できるけど、それと軍事費を対立項にして「こっち削ってあっちに回せば解決」みたいな語り方をしてる時点で、やっぱり構造を単純化しすぎてる。国家予算ってそんな一直線で動くもんじゃないし、優先順位の問題を単純な善悪に落とし込んでるだけに見える。
結局これも最初の増田と同じで、「現実はこう動いてる」という複雑さを削ぎ落として、自分の納得できるストーリーに寄せてるだけなんだよね。その状態で「現政権はおかしい」「右翼は目を覚ませ」ってやっても、そりゃ外から見たら“自分に都合のいい現実認識で怒ってる人”にしか見えない。
で、こういう認識のまま語られる言説が、いわゆるブクマカ的なノリとして消費されてるんだと思うけど、正直あの空間の感覚のままだと広い層の支持はまず取れない。実際、そういうズレた前提をベースにした主張が政治レベルに出てきたときにどうなるかは、もう選挙結果がそのまま答え出してるよね、という話だと思う。
採用担当をしているけれど、AIの存在がでかすぎて仕事がなくなる気がしてきた。
みんなわかってると思うけど、スカウトの文面なんてほぼAIに作らせてるし、求人だってAIが作ってる。
もうスカウト作るのがラクすぎてめちゃくちゃみんな送ってるよね。
そんでスカウトメールが飽和して逆に読まれなくなってるのウケるよね。
担当として面接はするけどその質問もAIに考えてもらったやつだし。
個人情報の取り扱いがあるから、もちろん全部AIに読み込ませることは不可能。
でもおおよそのことはAIがやってくれるようになった。
ってかそもそも人事採用はオペレーション的な業務がめちゃくちゃ多かったので、それが削れてくるのは良いことだけど、
もう一週回って手書きの手紙を書いて会社に送るとか、スタートアップとかがよくやってたミートアップみたいなそういうアナログなものに回帰してくんのかな。