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「オタク迫害史観」というどう考えても捏造されているオタクたちへの違和感
この note 記事に書かれていることは、筆者と同世代で生まれも育ちも東京23区の私が見てきた世界とほぼ完全に一致している。
ところが、ブコメを見る限り、この記事とは全く別の世界線を生きてきた人も多いようで、
その認識のズレはに共通のパターンがあるのように見えたので、ここにメモ的に記しておく。
まず、平仮名「おたく」という用語が侮蔑語として発明されたのは紛れもない事実である。
ただし、中森明夫が「おたく」を造語したのは1983年で、宮崎事件は1989~1990年だ。
つまり、ワイドナショーや週刊誌でロリコン・オタクの犯行として喧伝されるようになったのは1990年から。
「オタク迫害史観」を持ってる人が見逃しがちなのは、1983年から1990年までの7年間である。
大都市出身の私には、宮崎事件までの7年間の方が「おたく」にたいするバッシングはずっと苛烈だったという記憶がある。
むしろ、宮崎事件で「おたく」なるレッテルが田舎のお爺ちゃん・お祖母ちゃんにまで知られるようになって、
ネガティブなイメージが希釈され、「おたく」がカジュアル化した感触すらある。
例えば、ファッションオタクとか、健康オタクとか、「ポジティブなイメージのもの + オタク」というバリエーションが生まれたのは
宮崎事件以降だった筈だ。皆がオタクという用語を知らなければ、そういう言葉が成立しないのだから、間違いなくそうだ。
もしかすると、80年代はネットが普及してなかったので、大都市以外では宮崎事件まで「おたく」という用語と
そのコノテーションをちゃんと知っていたのは、一部の若者だけだったかもしれない。
それなら、宮崎事件をきっかけにオタクが迫害されるようになったという認識の人が多数いることの説明がつく。
この「1983年から7年間の空白」という時間的なズレが「大都市とそれ以外」という地理的なズレに起因している可能性。
それから、ポップカルチャー全体の社会的地位にたいする認識にも、この記事に肯定的な人と否定的な人でズレがあるようだ。
80年代~90年代は、ポップカルチャーが天下を取り、誰もがそれを認めざるを得なくなるまでの過渡期と言える。
(電車男の頃に「ついにオタク文化がメジャーの舞台に上がった!俺たちは認められた!」と一瞬だけ喜んだ人も多いのでは?)
20世紀末までは、「サブ(下部)カルチャー」と、アニメ・漫画・ゲームを含む「ポップカルチャー」には同じように扱われていた。
世間は、地位の低い「とるに足らないもの」をわざわざ細かく分類しない。
確かに、80年代の親・教師世代が「中学生になったらアニメは卒業だね」という価値観を持っていたのは事実だ。
(氷川竜介によると、1974年のヤマトまでは当の中学生がそういう認識だったらしい)
私を含む凡庸な中学生の多くがそういう世間の空気を漠然と内面化していのも事実だろう。決して納得はしてないけど。
一方で、2000年代以降にオタクから分離され、オタクの敵とされた「サブカル」というジャンルには、
ニューアカのような現代思想や、洋楽、ファッション、デザインなど、80年代当時から比較的に社会的地位が高いものも含まれていた。
おそらく、こういうイメージが2000年代初頭にオタクカルチャーが「美少女系を中心に再編されていく」過程で、
「サブカルはオタクとは違う」「サブカルはオタクを見下してきた」という歴史修正の種子となったのだろう。
2000年代にオタクを「自称」するようになり、オタクと言えば電車男やアキバ、美少女という世界観の人にとっては
もともとアニメの社会的地位が低いところに宮崎事件でイメージが更に悪化したのも、
サブカルに地位の高いジャンルが含まれていたのも「一部の事実」だから。
でも実際には、「ハイカルチャー」の権威がまだ辛うじて息をしていた時代(80~90年代)には、
アニメを含むポップカルチャーも「サブ(下層)カルチャー」の一部としてゴッチャにされていたし、
オタク内部では、ハードSF、ハイファンタジー、軍事などを愛好するオタクが美少女イラストを描いてるような連中をバカにしていた。
その見下されていた美少女系オタクが「自分たちこそオタクカルチャーの中心」みたいな顔をするようになっていくなかで、
昔から地位が高かったジャンルをまとめて「サブカル」という敵を設定するのは都合がよかっただろう。
「オタク故に迫害された」のなら、オタクコミュニティー内で見下されていたことは忘れてしまって(又はその時代を知らなくて)
サブカルという「外部」を設定した方が構図としてスッキリするから。
オバさんがアイドル追いかけんなよキモい、っての最近よく見かけて、それに対してオバ側からキモくないとか誰でもババアになるのにみたいな反論もよく見る。でも、実際に自分もミドサーすぎてアラフォー近寄ってきて思うけど、キモいかキモくないかでいうとキモいよやっぱり。自分でもいやこれは変じゃね?とは思うもん。
だって40間近のおっさんがきゅーすとに興奮して家庭そっちのけでライブ行ってたらかなりキモくないか?それが逆転しておばさんが旧ジャニーズとかM!LKとか追いかけるのだとキモくない、ってなる心理がいまいちよくわからない。身綺麗にしてたらいいとかじゃなくて、10歳も20歳も若い人間にのめりこむなんて、変なものは変だろうと思うんだけど。
その上で、自分もキモいだろうなとわかっててアイドルとか俳優追いかけつづけてるけど、その過程でオバさんってキモいと言われるのはもうしょうがないだろうなと思ってるよ。実際アイドルだって若い子の方がいいとは思うし、対面で露骨に態度が違うなんて仕方がないと思う。
そりゃアイドルだって人間だよ、好みの可愛い子が現れたら態度が変わるのは仕方ない。笑ってもくれないのはさすがに悲しいが、笑って歓迎してくれたら御の字だと思ってる。
なんか、自分が昔からずっとオタクしてるからなんだろうけど、まわりから変だと思われることを極端に嫌がる人すんごい増えたなと思う。普通にいつまでもアイドルとかにのめり込んでるなんて変だけど、変な自分を受け入れて生きていくしかないでしょ、と思ってるから、変じゃない、自分たちは間違ってないってことに躍起になってるオバさんたちに全く同調できないんだよね。
変だけど楽しくやっていこうとかではなくて、自分たちがいかに正しいか喧伝するのに躍起になってるというか。そんで界隈のルールにもなじまずおばさんたちのルールを持ち込んできて、オバほんまウザい、って言われるの仕方がないと思うんだけどな。キモいことを受け入れたくないんだろうか。
かつては40年間自動車という負債を持たなければ3396万円超も節約できるという試算があったが、ガソリン価格が今後も値上がり続ける状況だとさらにバカみたいな金額になってる。
利口なモンはさっさと自動車売却処分して自転車に乗り換えてるよ。
今まで通り歩道走れるし、ノーヘルOK、ハンドサインなんて警察官でさえ出してないしペナルティが与えられたケースもない。
テレビ局や新聞社、まとめサイト含めたネットメディア、ほら吹きインフルエンサーのバカみたいな繰り返しのデタラメ情報流布とは異なり、今まで通りに自転車が便利に使えてる。これが現実だ。
言うまでもなく交通刑務所懲役囚人のほぼ全員は自動車運転者、つまり車カスだ。
オランダ、フランス、イギリス等先進諸国の調査で自動車依存者は基本的に健康寿命が短く心身ともにボロボロとなる時期が早く、実際に短命、早死に。
いっぽうの自転車利用者はその真逆で、まず健康寿命自体が長く、実際に長寿の傾向にある事実が明らかになっている。
また、オランダ、デンマーク、ノルウェー等では自動車、特に自家用自動車=マイカーへの課税や規制を強化し、車道を自転車専用道ネットワークのいちぶに置き換えてでも自転車インフラを整備して自転車活用者を増やす政策で重大事故も公害も渋滞も激減に成功し、地域の良好化、活性化を実現、公共投資効率の良いコンパクトシテ化促進を為すこともできている。
つまり、自動車、特に自家用自動車を減らして自転車を増やすほどに地域、公共の利益になり、自転車活用は個人の大きな利益にもなるというわけだ。
こういった「そうだ!自動車を減らして自転車を増やそう!」という合理的な考えにたどり着ける情報の発信が、自動車企業と癒着しているテレビ局や新聞社、まとめサイト含めたネットメディア、インフルエンサーからは日本の場合、他国と比べて異様なぐらい少ないのが特徴的。
フランスでは自動車のCMに「自転車のほうがより地域と地球環境にとってやさしい乗り物です」というような旨のメッセージを明記するよう法令で定めているのとは対照的だ。
ノルウェーの首都オスロは自家用自動車、つまりマイカーへの締め付けを徹底強化し、自転車を徹底優遇する施策で重大事故も公害も渋滞も激減に成功し、地域良好化に成功しているが、これを日本の主要メディアはほとんど報じていない。
いかに日本のメディアが発信する情報が自動車カルトといえるぐらいにまで偏っていて「自転車は歩道絶対ダメ!」「ハンドサインしなきゃ罰金!」「ノーヘル罰金!」と誤認させるようなデタラメ情報を繰り返し発信してきたか、記録をたどってみるといい。
あまりに自動車カルト的で、不当に自転車離れを起こさせようとする異様さを示す歴史資料のひとつとして残せるぐらいの仕上がりになってる。
自転車活用推進という合理的な施策の有用性に気付きにくいか、他国の自転車政策と交通統計を知れば知るほど実感するものだ。
JAF調査で日本の自動車運転者の9割以上が交通犯罪常習犯だと明らかになった頃の報道も思い出す。
自動車が停止しない交通犯罪を糾弾するのではなく、なぜ停止しないかの考えに寄り添い(自転車に対しては容赦なく糾弾するのとは対照的だ)、あろうことか手を上げない歩行者への責任転嫁的な論調がやたらと目立ったのが日本のテレビ局や新聞社の姿勢であり、まさに自動車カルトそのものな姿だった。
日本のテレビ局は世界中にネットワークがあり、先進諸国では信号の無い横断歩道で自動車が停止する率はほぼ100パーセントだというのは情報として毎日見ていたのにも関わらず、それに言及しなかった。
外国と比べて、日本の自動車運転者らの身勝手さ、悪質さ、卑劣さ、自己中心ぶりがより際立つことを恐れて、その事実を日本国内で周知するのを避けた。人々がそれに気づくチャンスを奪ったのだ。
また、JA共済による自転車を不当にバッシングするデタラメ、捏造情報の発信も思い出す。
疋田智が自身のメルマガ記事『JA共済の“捏造広告”を許すなの510号』で指摘していたものだ。
JA共済は
「知ってるかな。自転車事故の2/3は、自転車側の違反なんです。」
だが統計をより詳しく分析してみると、自転車側が第一当事者の割合は15.4%で、それ以外の8割以上のケースでは自動車側のほうがより悪質な運転だったと認定されていた事実が浮き彫りになった。
(「交通統計平成23年版」(警察庁交通局)平成24年7月発行)。
その後もNHK等で、自動車側のほうがより悪質な運転だった認められるケースのほうが遥かに多い状況があるにも関わらずそれに言及せず、自転車側の違反だけを責め立てる悪質な印象操作的記事や報道が目立った点からして、日本メディアの自動車カルト偏重ぶりがより際立っていた。
テレビ局や新聞社は、子宮頸がんを予防するHPVワクチンへのネガティブキャンペーンで、いかに多くの人々を犠牲にしたか、まったく反省していない。
自動車を減らして自転車を増やす政策を進めるほどに重大事故も公害も渋滞も激減に成功し、多くの人が救われる事実が各国の実績が明らかになっているのに、それをろくに報道しない報道姿勢とも共通している。
現在、いかにパリ、ロンドン、ニューヨーク、オスロ、アムステルダム等先進諸国の特に市街地が自動車、特に邪魔で迷惑で身勝手な自家用自動車を抑制し、自転車専用道ネットワーク整備を進めて自転車活用を推進、後押しし、いかに重大事故も公害も渋滞も激減に成功しているかも無視し、自動車企業との悪しき癒着により、報道しない自由を乱用している。
また、自動車依存者よりも自転車によく乗る人々のほうが健康寿命が長く、実際に長寿の傾向にある事実も報道しない。
そうした状況になるなか、結局のところは自家用自動車を売却処分して自転車に乗り換える利口な人だけが地域環境の良好化に貢献でき、得もできるという点で締めくくりたい。
自転車は自動車と違い、車体重量が軽量な為に道路を傷めず、重大事故を起こしにくく(自動車を減らして自転車を増やす政策で実際に各国は重大事故は例外なく激減している)、排気ガスや騒音といった公害で地域を劣悪化しないという点で、地域貢献になる。
自転車運動で肉体と精神の健康増進を進め、自動車を持たないぶん多額の節約ができ、より有意義なことに富を回せる。
交通刑務所懲役囚人のほぼ全員は自動車運転者であり、自動車の運転さえしなければ交通刑務所懲役囚人となるリスクは実質的に回避できるという点も大きい。
女は男をATM扱いする【寄生虫】であり、老けて化け物のような容姿になり年々傲慢になる【産廃】だから結婚などするべきではないと、
日本人男性に向けて2chやTwitterなどでプレゼンテーションしまくって、実際に結婚は年々減って、女性も婚活から降り、
「子供は要らない」と回答する女性の率がついに男性を抜き、日本人の子供はますます産まれなくなり、
どんな手段を使ったのか知らんがイスラム教徒や中国人が日本の保育園を埋め尽くしているわけだが、
こうした結婚叩きが2000年頃から2026年の今にかけて長いこと「反日」と言われず、むしろネトウヨ界隈ですら流行っていたのはなぜなんだろう?
二次元美少女キャラクターと現実の三次元の女を比較して、現実の女を「醜悪」「経年劣化」と叩き、
さらには「ガキはうるさくて邪魔だし金がかかる」と直接的に日本人の子供が減るよう推進していたのも何だったんだろう。
やまもといちろうのような既婚子持ち男性の愛国保守のことは意味不明とは思わないが、二次元上げ三次元下げの未婚の愛国保守というのは存在からして矛盾し破綻しているようにしか見えなかった。
女が結婚・出産を拒否し始めてから、急に結婚や挙児の拒否が反日行為とみなされるようになり叩かれ始めた。
結婚拒否は男が20年以上インターネット上でさかんに喧伝していた内容なのに、女が同じことをやると叩かれるという。
しかも結婚拒否女はリベラルが多いので、「愛国保守なのに結婚しておらず子供がいない。愛国保守なのに日本人の次世代労働者・納税者を育ててない。愛国保守なのに少しも日本国の未来に貢献しておらず美少女でシコってるだけの消費活動だけ」という完全に謎の存在と比べると、思想の矛盾や破綻はきたしていないという。
女は男をATM扱いする寄生虫であり、老けて化け物のような容姿になり、年々傲慢になる産廃だから結婚などするべきではないと、日本人男性に向けて2chやTwitterなどでプレゼンテーションしまくって、実際に結婚は年々減って、女性も婚活から降り、「子供は要らない」と回答する女性の率がついに男性を抜き、日本人の子供はますます産まれなくなり、どんな手段を使ったのか知らんがイスラム教徒や中国人が日本の保育園を埋め尽くしているわけだが、こうした結婚叩きが2000年頃から2026年の今にかけて長いこと「反日」と言われなかったのはなぜなんだろう? 二次元美少女キャラクターと現実の三次元の女を比較して、現実の女を「醜悪」「経年劣化」と叩き、さらには「ガキはうるさくて邪魔だし金がかかる」と直接的に少子化推進していたのも何だったんだろう。 女が結婚・出産を拒否し始めてから、急に結婚や挙児の拒否が反日行為とみなされるようになり叩かれ始めた。結婚拒否は男が20年以上インターネット上でさかんに喧伝していた内容なのに。
深層学習が世にリリースされてから、私たちの対話は「それ、AIでしょ?」という言葉に支配されてしまいました。
現代社会で起きている、この「評価の歪み」のメカニズムを紐解きます。
なぜ、第三者(z)は制作者(x)に対して、評価者(y)の前で「AIを使っている」と喧伝するのでしょうか。
目的:yからxに対する評価を下げ、yからzに対する評価を相対的に上げること。
自らは汗をかかず、他者の労働を「自動生成されたもの」としてラベル貼りすることで、自分の立ち位置を低コストで守ろうとする。そんな**「不当な相対評価」**の武器として、AIという言葉が消費されているのです。
この構造が定着すると、以下のような悲劇的なサイクルが回り始めます。
x(制作者)の憤り**: 正当な試行錯誤や努力を否定され、労働を不当に評される。
z(攪乱者)の無労働勝利**: 他人の成果を否定し続けるだけで、自らの価値を相対的に維持・向上できる。
y(評価者)の盲目**: 結果(アウトプット)しか認知できないため、プロセスに宿る真価を見抜けず、声の大きい者の言説に流される。
結果、あらゆる認知が歪み、報酬の流動が実態に即していない状態となる。
この現状は、本来「価値を生み出した者」へ流れるべき正当な対価(称賛や報酬)が、「疑念を煽るのが上手い者」や「実態のないイメージ」に吸い取られていることを意味します。
技術が進化し、深層学習が日常に溶け込んだ結果、皮肉にも人間同士の「対話」は、相手を蹴落とすためのレッテル貼りに終始するようになりました。
深層学習が世にリリースされてから、私たちの対話は「それ、AIでしょ?」という言葉に支配されてしまいました。
現代社会で起きている、この「評価の歪み」のメカニズムを紐解きます。
なぜ、第三者(z)は制作者(x)に対して、評価者(y)の前で「AIを使っている」と喧伝するのでしょうか。
目的:yからxに対する評価を下げ、yからzに対する評価を相対的に上げること。
自らは汗をかかず、他者の労働を「自動生成されたもの」としてラベル貼りすることで、自分の立ち位置を低コストで守ろうとする。そんな**「不当な相対評価」**の武器として、AIという言葉が消費されているのです。
この構造が定着すると、以下のような悲劇的なサイクルが回り始めます。
x(制作者)の憤り**: 正当な試行錯誤や努力を否定され、労働を不当に評される。
z(攪乱者)の無労働勝利**: 他人の成果を否定し続けるだけで、自らの価値を相対的に維持・向上できる。
y(評価者)の盲目**: 結果(アウトプット)しか認知できないため、プロセスに宿る真価を見抜けず、声の大きい者の言説に流される。
結果、あらゆる認知が歪み、報酬の流動が実態に即していない状態となる。
この現状は、本来「価値を生み出した者」へ流れるべき正当な対価(称賛や報酬)が、「疑念を煽るのが上手い者」や「実態のないイメージ」に吸い取られていることを意味します。
技術が進化し、深層学習が日常に溶け込んだ結果、皮肉にも人間同士の「対話」は、相手を蹴落とすためのレッテル貼りに終始するようになりました。
AI導入の扇動家がよく言う「失敗したのはお前らの使い方が悪いせい」ってのも半分は言い逃れなんだよな。
もちろん使い方が悪いのもある。
けど、そもそもAIに会社のことを教える覚悟と準備が足らない場合が多すぎる。
経営のことをAIに聞きたいなら経営判断に必要な情報をAIに渡さなきゃならんが、そもそもそのデータがキチンとどこかにまとめてあるか?
データを端折りまくった報告用のパワポ食わせたってそこに書いてある以上の情報なんかAIは探してくれない。
業務の一部にAIを使いたいならその処理内容がキチンと資料に纏まってるか?
新人教育を終えた社会人向けの資料では不十分で、職場体験に来た高校生に教えるレベルの資料が必要だ。
そしてほとんどの場合はAIの出力を人間がチェックする工程がまだ必要だ。
会社独自の専門用語、部署名やその略称、従業員評価制度、そういった「インターネットに転がってない情報」はAIに教えなきゃならない。
そういうところをよく考えずにチョロっとAI試してみよう、なんて上手くいくわけない。
ミスが許されないところにAIを使いたいなら人間がサポートしなきゃならん。
ミスの可能性は人間にもAIにもあるが、人間と違って現状のAIは経験を積めない。
いつまで経ってもコツを掴むことはないし、モデルがバージョンアップすると挙動が変わる。
扇動家はAIをドライバーのように使えると喧伝するが、実際は工作機械みたいなモンなんだよな。
現状でAIを活用したいなら、教えることが少なくて済む作業を少しずつ任せていくか、教える情報をまとめる仕組みを大金かけて整備してからAI導入するか、どっちかになる。
前者は初期コストは低いけど成果が映えないから次に繋がりにくいし、後者はその覚悟を持ってる企業なんかそんなにない。
難しいよなぁ。
選挙結果が出たから話すけど、今回選挙に立候補してた米山隆一が街頭演説で路肩に溜まった雪を道路に撒く除雪パフォーマンスをして「道路に雪を撒くのは道交法違反」と大炎上したのは、若干可哀想だと思っていて
というのも、現実問題新潟4区に住んでる人間は少なくとも自分の土地で対処できない雪は道路に撒いて消雪パイプ(車道から転々と地下水がジョウロのように出ていて雪を融かす仕組み)になんとかしてもらわないと生活が成り立たない、それを少なくとも消雪パイプ社会の長岡の街中の人間はそれなりに程度の際はあったり車を運転しながら「道路にモサモサ撒くなや」「撒くならもっと上手く撒けや」などと悪態をつきながらもなんとなく飲み込んで、お互い様だと目を瞑りながら生活してる、節がある
ただでさえインターネットレスバおじさんと化してしまった米山は立民系代議士の中でも非常に敵が多いのに、そんな形で選挙区外の人間の目に止まって炎上してしまった上に、その炎上に感化されたのか選挙期間中に新潟県警までもが「道路に雪を撒くのは違反です」などとSNSに投稿したのも拍車をかけた
特に長岡は消雪パイプありきの道路網が故に道路に流雪溝がない場合が多く、消雪パイプに融かしてもらわないとどうしようもないので各家庭はある程度雪を道路に撒くしかないし、この感覚は実際にその場で暮らしていないとわからない、撒くなと言われてはいわかりましたと言っていたら生活できないのだ、そしておそらくこれは今までいくら道交法的にはよろしくなくても市民生活的には暗黙の了解のような状態だったのだが、今回このタイミングで新潟県警がSNSでこの件に触れ、まさかの炎上の援護射撃を行なってしまった、フレンドリー・ファイアの気がしてならない(米山ではなくて市民生活への)
燃やしてるアンチ米山のSNSの皆様はほれみたことか!と鬼の首を取ったように喧伝してたけど、実は選挙権を持ってる地元の人間は「道路に雪出せなかったら生活できねえ」「じゃあ全ての道路に消パイじゃなくて24時間水が流れてる流雪溝を作れ」「市民生活の現状を見ろお前も雪国の人間だろ」「いや新潟県警のSNS担当なんてどうせ大して雪も降らない除雪も下手くそなぬるま湯新潟市民なんだから雪国の現状なんて知ったこっちゃなんだろクソが」みたいな気持ちだったりして、まあとにかく雪が多すぎて荒んでいる、今年は
結局クマを駆除した秋田県に「クマが可哀想!」ってよその全く関係ない人から苦情が入るのと同じで、実際にその場で暮らす人間の立場にならないと判断できないことってたくさんあるよね、という話