はてなキーワード: 告白とは
前回の分析に加え、教育心理学の観点からもう一歩踏み込んでみたい。この一連のやり取りを、スティーブン・ハッサンが提唱したマインドコントロールの解釈モデルである'''BITEモデル'''に照らし合わせると、この人物の振る舞いは極めてカルト的だ。
ここで試みられたのは、対等な対話ではなく、相手の精神をハックし支配下に置くためのプロトコルである。
この人物は、相談者のこれまでの努力を「薄っぺらい」と全否定し、代わりに「北方謙三」や「ソープへ行け」といった独自の極端な比喩を「唯一の正解」として提示した。これは、既存の価値観を破壊し、内部の特殊な言語体系(ドグマ)をインストールさせる初期段階に等しい。
こうした「既存の知識は無価値である」と断じる手法は、沖縄の過激な活動家やSNS上の先鋭化したフェミニストにも共通している。「お前は構造を理解していない」「歴史を学べ」といった言葉で相手を「無知な加害者」に固定し、自分たちが独占する「正義」や「真実」に従うことだけを強要する。
「最後に異性に触れたのはいつか」といった問いは、相談に必要だからではない。性的・プライベートな領域に土足で踏み込み、羞恥心を煽ることで相手の心理的防壁を壊すためだ。
カルトが「罪の告白」をさせるように、羞恥心を共有させた瞬間に支配関係が成立する。相手が反発すると「覚悟がない」と断じるのは、罪悪感を刺激して自分の支配下に戻そうとするエモーショナル・ブラックメール(感情的なゆすり)である。これは、反対派を安易に「差別主義者」と呼んで道徳的優位に立とうとする運動体らの論法と地続きだ。
カルト的支配者は、自分が批判されると「これは大義に対する攻撃だ」「理解できない下等な者の嫉妬だ」とすり替える。この人物が「楽しくないことで自分の時間を奪われることに敏感になってほしい」と言い放ったのは、自らの暴力を棚上げし、自分を「無知な他者に時間を奪われた聖職者」へと聖域化する行為だ。
恐らく、本人には「加害している」という自覚は希薄なのだろう。むしろ自分は良かれと思って、相手のためにあえて厳しい「真実」を突きつけているとすら信じ込んでいる節がある。
しかし、無意識の善意ほどタチの悪いものはない。教育心理学の視点で見れば、どれほど言葉を飾ろうとも、その端々に現れているのは、相手を自分と同等の人格として尊重せず、自らの全能感や支配欲を満たすための「道具」として扱おうとする傲慢な精神構造そのものである。本人の意図がどうあれ、その言動の根底にある「他者への不遜さ」は、隠しようもなく露呈してしまっているのだ。
相談者が「ふざけんな」と怒ったのは、このBITEによる浸食を、自らの論理と自尊心で跳ね返したということだ。カルトや先鋭化した運動体は、こうした「強い個」を「教育不足」として切り捨てるが、異常なのは支配を試みた側である。
私たちが学ぶべきは、大義や芸術論を掲げて近づき、こちらの境界線を踏み荒らそうとする者に対して、明確な拒絶を示す勇気である。
○ご飯
朝:アーモンド。エナドリ。昼:焼きそば。目玉焼き。夜:たまごやき。沢庵納豆冷奴。キュウリ。トマト。ギョニソ。バナナ。ヨーグルト。間食:柿の種。あずきバー。
○調子
ゲーム三昧。
ミアレシティ散策を飛ばしてしまっているので、明日はそこから。
神石の進捗は、火水風が210、土光が220、闇が230。
それぞれ素体は一個ずつあって、配布のグローブもあって、金剛が14個あるので、リソースをブッ込めば終わるんだけど、流石に流石に。
・5段階評価:4
・あらすじ
天国のように幸せな世界、天象旅籠に迷い込んだ人狼の少年イツルギ。
そこで快活な青年タケツミ、細かい性格だが根は優しいおじさんの災藤たちと交流を重ねる。
生前の暮らしとは大きく異なる自由で豊かな生活を満喫するも、そこでの暮らしに意を唱え、元の世界に戻りたいと語るマレビトのアンサージュと出会い、一変追われる身となる。
タケミツに手をかけられながら、イツルギは自分の望むものが何かを思案するのだった。
・印象に残ったセリフ
イツルギ「はい! 皆さんぼくを、正しく育つようにと教えてくださって!」
身体に着いた傷を明るくあっけらかんと語れてしまう一幕。生前の暮らしぶりの悲惨さがよくわかり辛い。
・印象に残ったキャラ
災藤。イツルギとタケツミのイチャイチャがベースながら、二人の関係値を見つめる第三者目線の彼がいるおかげで二人のラブラブっぷりがよく伝わった。
・感想
今までのお話とは色が違う新章開幕。とはいえ、明らかに過去に死んだキャラクタも登場しており、天象旅籠がなんなのかを端的に表しているのも良き。
無垢で元気なイツルギと、頼れる兄貴肌なタケツミとの交流にたっぷりと紙幅が割かれており、この二人の関係値がいいなあと素直に楽しめた。
それだけにこの関係値が一変する後編からはお辛い展開が続きラストもビターな雰囲気でしまる。
天象旅籠の正体、イツルギが求めるものの形など気になる展開も多く、先が気になるところさん。
・5段階評価:5
・あらすじ
天象旅籠で警察のような職務のクロウトとして働くしっかりもののミヅチ。
天象旅籠で暴虐無人に振る舞い神のように崇められ恐れられているスーロン。
ミヅチは、珍しい龍人種の同胞でありながら、豪快で怠惰で自分とは全く違うスーロンと出会い意気投合する。
しかし、スーロンとの関係性に気付き、アンサージュと共に天象旅籠の本性と向かい合う。
・印象に残ったセリフ
スーロン「今日は久々に外へ湯浴みに行く!」
お風呂に78日間入ってないことを示唆する名台詞。僕はお風呂に入らない女性が好き。
・印象に残ったキャラ
スーロン。怠惰でお風呂に入らない女性キャラが一番好きだから。
・感想
お風呂に入らない怠惰で大食いで大酒飲みで気分屋なスーロンがひたすらに可愛くて好きになれた。
特にお風呂に入らないのがいいね、怠惰さを示す有り様としてこれほどまでにしっくりくる設定はないよ、お風呂に入らない女性キャラ大好き。
スーロンと対をなすもう一人の主人公ミヅチも一所懸命で健気で良い子だった。
それだけにこんなに毎日お風呂に入って身綺麗にしている子が将来ああなるなんて、やっぱりお風呂に入らない女性キャラクタは最高なんだなって。
・5段階評価:2
・あらすじ
他のマレビト達も大切な記憶と、元の場所に戻りたい気持ちを抱えていることを知り、いっそうに頑張る。
死霊術師の父親に造られた存在であることを知りながらも、天象旅籠に安住することを望まないのだった。
・印象に残ったセリフ
名前の記憶がないマレビト「子供を愛していない親がいるもんか!」
・印象に残ったキャラ
アンサージュ。
・感想
イツルギ、ミヅチ、スーロンの三人ともが天象旅籠に肯定的な見方をしていたが、アンサージュはそうではなく否定的なマレビトたちのお話。
満ち満ちたご飯と、安住できる家と、たっぷりの温泉があってもなお癒されず、そこにとどまるのを良しとしない高潔な人々が気高かった。
アンサージュもそれに呼応するように立派な志を掲げるようになる、成長描写が見どころかしら。
ただ、個人的にはまだ天象旅籠が理想郷すぎるので判断は保留しながら読んでしまった。
・5段階評価:5
・あらすじ
イツルギはタケツミに切られ記憶を改竄されていたことに気付きながら、元の世界に戻る。
管理者の存在を知ったイツルギはタケツミの真意を確かめるべく天象旅籠に戻る。
・印象に残ったセリフ
愛の告白じゃん。イツルギ君は大人になってもタケツミが大好きじゃん。大好きだから殺すのか、寂しいお話だ。
・印象に残ったキャラ
ユアン。超久々登場の復讐鬼。その熱がイツルギにも伝播して、管理者討伐への仲間入りをしてくれるのは嬉しい展開だ。
・感想
めちゃくちゃ面白かった。タケツミとイツルギの優しい関係値の残酷な真実が明かされた上で、それでもその中で殺し合いの本音をぶつけるイツルギのもう子供じゃなさがてぇてぇ。
ようやく本気で剣を交わすも、記憶を改竄する能力を自分にも使ってしまっているためオリジンが語られないタケツミのある種滑稽な終わりが寂しくもある。
主人公勢は概ねハッピーエンドを迎えられたものの、災藤のアフターが描かれていないのが気になる。(ビヨンドとエヴォルブであそこが舞台になってるから何かあるのかしら)
これからフィジカルなAI、つまり二足歩行人型ロボットも安価になり、
彼らが物理のラブレターを持って下駄箱に入れたり、それを受け取ったり、代わりに告白しに行ったり、
女の子に呼び出されて校舎裏に行ったらヤンキーが待ち伏せの美人局だったり、
よくよく考えなくても、あれ、汚いよなあ…😟
私がここに来てひとりぼっちだったとき、あなたが最初に話しかけてくれたから、みたいに言われた…😟
でも、意中の女性は彼女ではなくて、別の女性で、そいつは早稲田のイケメンと一緒にどっかいっちゃった…😟
早稲田のイケメンは新聞記者志望だった気がするけど、どうしてるんだろうか…😟
今読んでるラノベに出てくる関西弁男子があまりにもエセ関西なのがどうしても気になるので吐き出しておく。
別に方言警察をやりたいわけではないし、作品全体の批判のつもりでもないが、エセ関西を許す許さないとなると話は別である。
主=主人公
関=関西弁キャラ
①
主「え?どうしよう」
関「いや、どうするもこうするもねぇやろ…」
ねぇやろって何?
「どうするもこうするも」と「ねぇ」が両方とも妙に標準語というか東の響きなので、そこに「やろ」だけ乗っけられても全然関西弁として読めない。
②
関「知らねぇわ気持ち悪いぶっ殺すぞ」
「知らねぇわ」と「ぶっ殺すぞ」のおさまりがわるい。
「気持ち悪い」も悪くはないんだけど、全体のリズムがどうにも関西のそれじゃない。
知らんわキッショ、とかでよかったのでは。
③
関「ちなみに隣のブサイクは○○や。遠慮せずにブサイクって呼んでええで」
これもおさまりがわるい。
④
関「もし女の状態で告白が成功したらどうするんや? 男だってこと隠しながら付き合うわけにもいかんやろ」
「どうするんや?」が絶対ないとまでは言わないけど、なんか違う。
どうするんや △
どうするん? 👌
どうすんの? 👌
どうすんねん 👌
って感じ。
そもそも関西弁が変というより、台詞全体がちょっと書き言葉っぽい。
はーい愚痴終わり。
いや別に添削したいわけじゃないんだよ。ないんだけど~、、こういうのって一回引っかかるとダメね。
はいおしまい。残りは気にせず読みまーす。エセ関西弁に屈しないぞー。
「メスだったらどうすんねん!」
というエセのパンチが飛んで来たけど気にしない気にしない。
https://anond.hatelabo.jp/20260421150739#
財力?高校にいたとき同級生からisoもらったりしてるからそれやってるだけよ。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260421150920#
https://anond.hatelabo.jp/20260421151006#
https://anond.hatelabo.jp/20260429173136#
うるせえ割れ厨
犯罪行為をやめろ
https://anond.hatelabo.jp/20260429173258#
割れ厨なんていくらでもいるのになんで増田って変なほうに偏ってるのかね。
その点ではあまりにクリーンすぎる。その倫理観は少しは捨てていいからモラルにステ振りすべきだろう。
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260429173513#
なにいってんだ犯罪者
違法行為をやめろって言ってるだけ
https://anond.hatelabo.jp/20260429173543#
dorawiiより
https://anond.hatelabo.jp/20260429173805#
どういう倫理観してるんだ?
https://anond.hatelabo.jp/20260429183147#
dorawiiより
元産経新聞記者で医療ジャーナリストの那須優子氏は、2026年4月27日、X(旧Twitter)で以下の投稿を行いました。
と付け加えました。
• 日本基督教団を「部落解放同盟」と同定し、「プロテスタントを名乗った左翼活動家の隠れ蓑」と表現。
• 自身が30年前に産経新聞で担当した同志社特集を通じて、教団と北朝鮮の関係を「裏の顔」として認識していたと主張。
• 教団が北朝鮮拉致問題に十分向き合わなかったことを「読者と拉致被害者家族への裏切り」と批判。
• 横田早紀江さん(拉致被害者・横田めぐみさんの母)が福音派の信徒として祈りを捧げていた点に触れ、「あまりに残酷すぎて」と強い感情を込めて記述。
那須氏の発言は、同志社国際高校の辺野古沖事故を背景に、宗教団体としての日本基督教団と政治・社会運動の関与を強く問題視したものです。表現は断定的ですが、教団の部落解放同盟との長年の協力関係や象徴天皇制反対声明、北朝鮮関連の交流実績などは公式資料や過去報道で確認できる事実に基づいています。
那須優子氏の2026年4月27日投稿を中心に、主張の事実関係を検証します。公的資料・公式サイト・報道に基づきます。
• 日本基督教団は1975年に部落解放同盟(大阪府連・東京都連など)から「確認と糾弾」を受け、部落差別問題特別委員会を設置。1981年に部落解放センターを大阪に設立。
• 以後、部落解放同盟と共同で「部落解放全国会議」を開催(教団が主催・共催)、フィールドワーク、講演、狭山事件支援などを実施。
• 「同和問題にとりくむ宗教教団連帯会議(同宗連)」で議長教団を務めた時期もあり、公式連携は継続中。
• 教団公式サイトや部落解放センター資料で確認可能。ただし、教団全体が一枚岩ではなく、社会派活動の一環です。
• 教団は2019年の天皇代替わり時に大嘗祭への国関与を強く反対する声明を発表(政教分離・天皇神格化批判)。
• 戦後「戦争責任告白」(1967年)以降、社会派神学の影響が強く、天皇制・靖国問題で批判的立場を維持。
• 那須氏の過去投稿で「産経新聞夕刊特集時代に同志社特集を手伝った」と繰り返し記述。同志社(ミッション系)と教団の関係を取材した可能性は高い。
• 詳細な記事確認は限定的ですが、彼女の記者歴(産経→医療ジャーナリスト)と一致します。
• 日本基督教団は日本キリスト教協議会(NCC)に加盟。NCCが北朝鮮の朝鮮基督教連盟と交流し、訪朝・「制裁非礼」謝罪文を送った事例あり。
• 拉致問題への言及が薄いとの批判は、保守系メディアなどで長年指摘されています。
• 横田早紀江さんは日本同盟基督教団(福音派)の信徒(1984年受洗)。日本基督教団社会派とは異なる教派。
教団の北朝鮮寄り交流が拉致被害者家族の祈りと対立する構図は事実として存在します。
那須氏の発言の事実の骨子は概ね正しいです。教団と部落解放同盟の公式協力関係、天皇制批判、北朝鮮交流、拉致問題対応の温度差などは確認できます。
ただし、「=」や「隠れ蓑」などの表現は強い価値判断・一般化を含み、教団内の多様性(社会派 vs 教会派)を考慮していない点は考慮が必要です。
日本基督教団(UCCJ)では、牧師の生活基盤は各教会の信徒献金(けんきん)を主財源とする謝儀(しゃぎ)で成り立っています。以下に資金の流れを具体的に説明します。
◦ 教会員の月定献金、特別献金(例:デナリオン献金、救援募金、社会委員会献金など)が教会の経常収入となります。23
◦ 教会予算の大部分(小規模教会では8割超)が牧師関連支出に充てられます。
◦ 「謝儀」は給与相当で、税務上は宗教活動対価として非課税扱いになるケースが多いです。
◦ 教団・教区の互助制度(謝儀支援)もあり、財政難の教会の牧師謝儀を教区が一部補助します。
◦ 教団関連研究所(例:沖縄キリスト教平和総合研究所)や社会委員会の嘱託研究員・コーディネーター報酬。
◦ 牧師活動費、交通費、研究費なども教会会計から支出可能です。
佐敷教会牧師としての謝儀+沖縄キリスト教平和総合研究所コーディネーター(2010〜2021年)としての嘱託報酬。
2014年に抗議船「不屈」購入のため、全国の教会・信徒に募金を呼びかけ(目標200万円達成)。研究所名義で募金活動を行い、船を購入・運用。
船長業務、平和学習プログラム(同志社国際高校など)の案内、抗議行動。これらを「祈りと行動の一致」「社会正義の実践」「伝道活動」として位置づけ、牧師職務の範囲内としていました。
献金 → 教会・研究所会計 → 牧師謝儀+活動費 → 抗議船運用・平和学習提供、という循環が成立していました。
専従牧師として生活が保障されつつ、活動時間を政治・社会運動に充てやすい。
教団の「戦争責任告白」(1967年)以降、社会派牧師を中心に「解放の神学」「現場での証し」が強調され、抗議活動が「伝道の延長」と解釈されます。
教団の社会委員会・平和研究所、関係学校(同志社など)、外部団体との連携で持続可能な活動基盤が形成されます。
この資金構造は信徒献金 → 教会・教団機関 → 牧師謝儀・活動費という資金循環により、宗教活動の名目で政治的・抗議活動を職業的に継続できる環境を生んでいます。
特に沖縄の反基地運動や平和学習分野で顕著に見られ、2026年の辺野古沖事故でその実態が注目されました。教団全体が一枚岩ではなく、多様な教会が存在することは事実ですが、社会派牧師の活動形態は教育基本法第14条(政治的中立性)との緊張を生む要因となっています。信徒献金(宗教法人としての税制優遇を受けやすい資金)が、結果的に特定政治運動を支える構造になっているとの指摘もあります。
(出典:日本基督教団公式資料、産経ニュース、クリスチャントゥデイ、沖縄キリスト教学院大学声明など、2026年4月時点の報道に基づく)
見た目が可愛いとか、話し方が独特とか、そういうありがちな入口だったと思う。たまたまその子の幼馴染と同じサークルで仲良くなって、流れでその子とも話すようになった。
ただ、今思うと、俺は恋をしていたというより、未知の生態を観察していたのかもしれない。
最初に「ん?」と思ったのは、授業のあとに一緒に帰ることになった時だった。
その子が急に、
と言って、校内にあるよく分からないオブジェの近くの茂みに入っていった。
大学の構内には、誰が何のために置いたのか分からないオブジェがある。新入生の俺にはそれだけでも意味不明だったのに、その子は迷いなく茂みに突っ込み、数秒後、リュックを持って出てきた。
当然聞いた。
「なんでそんなところにリュックあるの?」
すると彼女は、何を当たり前のことを聞いているんだ、みたいな顔で言った。
「重し。誰も盗らないじゃん!」
重し。リュックを。茂みに。
この時点で俺は、何か大事な警告を見逃していた気がする。
別の日、一緒に学食へ行く流れになった。
また例のオブジェの前を通った。すると彼女は、何の説明もなく茂みに入り、今度はオブジェを登り始めた。
俺はただ見ていた。
止めるとか、声をかけるとか、そういうまともな反応ができなかった。人間、本当に意味が分からないものを見ると一旦フリーズする。
チョコレートだった。
「え、これ何?」
「隠しておいたの! お腹空いてるでしょ!」
しかも自分用じゃなくて人に渡す前提なのも怖い。いや、優しいのかもしれない。怖い優しさだった。
さすがにおかしいと思って、幼馴染の友人に聞いた。
友人は「ああ」と、だいぶ慣れた顔で言った。
昔からそんな感じだったらしい。遅刻しないように制服を着たまま寝て、そのまま登校したこともあるらしい。合理的ではある。合理的ではあるが、人間の生活として何かを失っている。
中学までは、見た目の可愛さもあって「天然」で済んでいたらしい。
でも高校からは周囲の見方が変わって、笑えないあだ名で呼ばれるようになった、と聞いた。
変わっていることと、雑に扱っていいことは違う。俺も内心では「やばい」と思っていたけど、本人のいないところでそれを属性みたいに呼ぶのは、また別の気持ち悪さがあった。
その後、後期に入って同じ授業が減った。
大学というのは不思議で、春に毎日のように顔を合わせていた人とも、履修が少し変わるだけで簡単に会わなくなる。サークルや学部の人間関係も固定化されていき、俺と彼女は自然と疎遠になった。
付き合ってもいない。
何か劇的な事件があったわけでもない。
ただ、大学のオブジェを見るたびに、そこにリュックやチョコレートを隠す女がいたことを思い出す。
もうすぐGWだ。
新入生っぽい集団を見かけると、あの春のことを思い出す。
俺はあの子のことが好きだったのか、怖かったのか、面白がっていたのか、今でもよく分からない。
ただひとつ言えるのは、大学に入って最初に好きになった女は、リュックを茂みに隠し、チョコレートをオブジェに備蓄するタイプだった。
そして俺は、そういう人間のことを、たぶん今でも少し好きだ。
年齢=彼女いない歴の27歳。いい加減に彼女ほしいなって思ってマッチングアプリや街コンで積極的に彼女作ろうとしている(つもり)。割合は低いけど、それでも何人かと実際に会うことができた。
全く気が合わないような人はほとんどいなくて、どの人ともそれなりに楽しく話ができた。
でも、大きな疑問を感じる。
「この人と付き合いたい」「この人のことが好きだ」という感情にならない。2回、3回会っただけではわからないことばかりだし、こういうものなのか?と思う。
でもさ、みんな好きでもないのに付き合おう、ってなるのか??付き合ってから、本当に好きになるか、この先何年も一緒にいようと思えるかどうか、確かめていくものなのか?
それとも、ちゃんと好きだと思う人が見つかるまで告白しなくていいのか?このまま彼女がいない時間を待つ方がいいのか??
誰か教えてくれ
そこでかなりよくしてくれてる33歳の女性の先輩と付き合ってます。
きっかけは当時仕事できない僕にかなり目をかけてくれてプライベートでも面倒見てくれたことでかなり踏み込んだ話もできるようになったことです。
そこで恋愛の話になって交際経験がなかったと言うと「なら私で練習してみない?彼女作れるようにそれまで色々教えてあげる」となったことでからだの相性が最高らしくて10ヶ月近く付きあってもらってます。
一昨日突然妊娠したから責任とってほしいと言われ戸惑ってます。避妊はずっとしてたはずなんですが僕のことを本気で好きになってからはゴムに穴を空けてたらしく怖いです。号泣ながらの告白でした。 別れるならなにする変わらないよとまで言い出してます。
サバサバしてた女性なのに真逆の感じになって困惑してます。 ですがモヤモヤも全部無視して生でやりまくりました。もう妊娠したなら生でやっちゃえって。
一日たったらケロっとしてやっぱり私から離れられないね、私たち遺伝子レベルでこうなる運命だったんだよ。絶対幸せになろうね!って感じで上機嫌です。
親に相談すると全部自己責任なんだから孫を見たいし責任とってやれ、と言われもうそうするしかないと思ってます。 だがしかし顔も体もタイプですが年齢が気になります。