はてなキーワード: 仲介業者とは
令和6年の年末収容人員は約40,544人で、そのうち外国人被収容者は3,076人、つまり7.6%です。逆に言うと、日本人は約37,468人で92.4%です。
つまり:
日本人:約3.7万人
外国人:約3千人
です。
→ 刑務所では7.6%
なので、「人口割合に対しては外国人比率が高い」という話になります。
偽造在留カード
などがあります。
実際、新受刑者の罪名には「出入国管理及び難民認定法違反」が含まれています。
ただし、令和6年の新受刑者では、この入管法違反は68人(0.5%)なので、刑務所統計全体を大きく押し上げるほどではありません。
など。
また、この7.6%は「刑務所・拘置所に今いる人」の割合なので、単純な「犯罪発生率」ではありません。未決拘禁者も含みます。
特に Vietnam や Indonesia から来る技能実習生・特定技能労働者では、
家族への送金期待がある
日本語力が十分でない
という構造が長年指摘されてきました。
そのため、
狭い社宅
複数人同居
は珍しくありません。
先進国の若者に閉塞感が広がっているのは、いまや世界的な傾向だ。一方で、途上国の若者は相対的にその感覚が弱いとも言われる。では、なぜ彼らは移民するのか。背景にあるのは、「国全体は発展しているのに、豊かさが自分には回ってこない」という感覚。経済成長の恩恵は一部の層に集中し、教育や才能があっても、コネや家柄がなければ上に行けない。国は成長しているのに、自分の取り分が見えない。そうした状況の中で、よりよい機会を求めて国外に出るという選択が生まれる。
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日本は、移民に対して「労働力として機能する間は受け入れるが、永住は前提としていない」という姿勢を取っている。一方で移民側も、日本を積極的に選んだというより、仲介業者に斡旋され、就労先がたまたま日本だったというケースが少なくない。最初から日本への強い動機があるわけではなく、「稼げるうちに稼ぎ、いずれ帰る」と考えていることが多い。こうして、日本側と移民側の「双方向の仮住まい意識」が一致する。その結果、長期的な関係を前提とした行動は取りにくくなる。「どうせ帰る」と考えていれば、日本語習得の優先度は下がるし、同じ出身国のコミュニティの中で生活を完結させるほうが合理的だからだ。
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しかし現実には、出身国の経済状況によっては、帰国しても同じ水準の賃金が得られる仕事がなかったり、日本の生活水準に適応することで、出身国での生活が相対的に厳しく感じられるようになる。その結果、帰国は先送りされ、滞在は長期化する。伴侶ができ、子どもが生まれる。海外赴任中の日本人が子どもを日本人学校に通わせるのは、帰る時期が明確だからだ。帰国が前提だからこそ、母国教育にこだわる。一方で、帰国の見通しが曖昧な場合、「当面は現地校でよい」となり、子どもはそのまま現地文化の中で育つ。こうして、子どもも親も、出身国とのつながりやアイデンティティを徐々に失っていく。
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それでも移民1世は、出身国と比べれば生活水準が上がったという意味で、成功体験を得やすい。大きな富を築けなくても、「あそこよりマシ」という感覚が自分を支える。外国に来たという意識があるため、差別や格差もある程度は受け流せる。しかし2世・3世は事情が異なる。この国で生まれ育っている以上、「当然この社会の一員として扱われるはずだ」という期待を持つ。だから同じ差別や格差でも、受けるダメージの質が1世とは大きく違う。社会のルールを作る側でもなく、マイノリティとして声も届きにくい。帰るべき「故郷」も曖昧で、どこにも完全には属せない感覚を抱えやすい。その結果、1世よりも強い閉塞感を感じるという逆説が生まれる。かつて移民受け入れに寛容とされたスウェーデンでも、2世・3世の社会統合は課題となり、政策の見直しが進んでいる。
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移民の形には大きく二つある。アメリカのインド系に代表される「呼び寄せ型」は、永住を前提に家族や親族を次々と呼び寄せ、コミュニティごと根を張っていく。最初から「ここで生きる」という前提がある。一方、日本が多く受け入れてきたのは「仮住まい型」だ。来る側も受け入れる側も、永住を前提にしていない。日本は、他国と比べて特別に永住しやすい国というわけではない。それでも仮住まいが長期化するのは、「一時的な滞在」を更新し続けることで、結果として定住に近い状態が作れてしまうからだ。つまり、日本は「永住しなくても長くいられてしまう国」だと言える。
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2023年の入管法改正で、難民申請を利用した滞在延長は一部規制された。ただし、これは主にルール違反者への対応であり、この構造そのものを変えるものではない。現状の日本の移民政策は、強制的に帰らせる仕組みも、積極的に定住させる仕組みも弱い。その結果、仮住まい型の長期化という構造が続いている。この状態を放置したままだと、同じ問題はこれからも繰り返される。
進次郎やら維新、チームみらいだっけか?
あの手の人たちが世間から何を期待されてるかって言えば、結局のところリバタリアンとしての突破口なんだよ。
There is no such thing as a free lunchって、今の重税と規制まみれの日本を見て一喝してるはずだぜ。
進次郎も、維新も、本質は国家という巨大な無駄遣い装置から俺たちの自由と金を取り戻すっていう、究極にシンプルな個人主義の裏返しなんだよ。
補助金だの公的支援だの言ってるうちは、政府っていう最も効率の悪い仲介業者にマージン抜かれてるだけなんだよ。
政府が砂漠の管理を任されれば5年で砂が足りなくなるってのは笑えない冗談だが、今の日本そのものだろ?
俺たちが期待してるのは、小難しい政策論争じゃなくて「政府は余計なことをするな、市場と個人に任せろ」っていう負託なんだよ。
自己責任って言葉は冷たく聞こえるかもしれないが、自分の人生を自分でハンドリングできる権利こそが最高の贅沢なんだってことに、みんな薄々気づき始めてる。
外国人政策はまず道徳でも情緒でもなく、価格メカニズムとインセンティブ設計の問題だ。
日本の議論はここが弱い。人手不足だから入れる、かわいそうだから助ける、国際化だから歓迎する、治安が不安だから締める、こういう気分ベースの裁量行政は、典型的な政策の自己放尿だ。
善意で動いてるつもりが、結果として市場のシグナルを壊し、労働市場を歪め、納税と社会保障の収支を崩し、最後に政治コストとして自己放尿する。
つまり「移民を入れても入れなくても地獄」ではなく、「裁量でやると必ず地獄」って構造になっている。
国家がやるべきことは好きか嫌いかではなく、制度を通じて外部性を内部化することだ。
移民が増えると、賃金に下押し圧力が出る職種がある。住宅、医療、教育、治安、行政コストも増える。
逆に、生産性、起業、税収、人口構造の改善、介護労働供給といった便益も生まれる。
重要なのは、これらを空気で処理して自己放尿せず、価格と契約で処理すること。
政府が市場の代わりに配分を決めた瞬間に、情報の集約装置としての市場を破壊し、レントシーキングを誘発する。
移民政策はまさにレントの温床になりやすい。技能実習みたいな中途半端な制度が腐るのは、制度が労働市場を自由化するのではなく、政治的に管理して供給を割り当てているからだ。
ここで規制が厚いほど仲介業者と官僚機構が太り、移民本人は交渉力を失う。これは弱者保護の顔をした搾取装置で、規制が生んだ闇市場の自己放尿だ。
処方箋は冷たいくらい単純で、入国の条件と滞在の条件を市場互換のルールに変換することになる。
つまり、曖昧な情緒審査ではなく、労働契約・納税・保険加入・犯罪リスク・教育コスト負担などを定量的に制度化し、移民が生む外部性に対して事前に担保を取る。
これをやらずに「人手不足だから無制限に入れます」は、社会保障のフリーライドを誘発するし、逆に「怖いから締めます」は労働供給制約で国内産業の競争力を落とす。
どっちも非効率で、政治の人気取りが経済合理性を食い潰して自己放尿する。
ここで日本がやりがちな最悪手が、低賃金労働者を大量に入れる一方で、住宅・教育・医療・地域治安のキャパシティ制約を放置し、企業側には安い労働力の補助金を与え、自治体には現場丸投げをすることだ。
これはまさに、労働市場の自己放尿と社会保障の自己放尿のダブル放尿になる。
結果、住民は不満を持ち、移民は搾取され、企業は生産性向上をサボり、政治は分断される。
全員が損する、珍しいタイプの完全市場失敗を政府が手動で作る。
重要なのは移民が必要かではなく、国内企業が低生産性のまま生き残る仕組みを温存してないかだ。
移民受け入れを、単なる人手不足対策として使うと、企業は設備投資や自動化や賃上げを回避できる。
これは安い労働力による技術進歩の抑制で、長期的には国全体のTFP(全要素生産性)を殺す。
つまり移民政策は、労働市場の短期安定化と引き換えに、成長率を削る麻薬になり得る。
俺が嫌うのはこういう短期の政治的最適化が長期の市場秩序を破壊して自己放尿する構図だ。
日本の外国人政策は、感情で開けたり閉めたりする水門政治をやめて、ルールベースにするしかない。
ならば、政府は賃金・納税・保険・犯罪抑止の枠組みだけを整備し、あとは裁量を減らして透明に運用するべきだ。
新築のへーベルメゾン ペット共生物件(旭化成不動産レジデンス管理)について、私たち夫婦が体験したことを共有します。
私たちはいまペットを飼っていないのですが、これからゴールデンレトリーバーを飼育したいと考えており、飼育可能な賃貸を探していました。
そして建設中の新築物件を見つけました。この物件は「大型犬可」と明記されており、私は担当者へ「ゴールデンの仔犬を飼育予定」と初めから伝えていました。仲介不動産屋からは「飼育可能です」と明確な回答もいただいていました。
へーベルメゾン ペット共生 ではペットを飼う前にペット審査が行われることになっています。私たちは人物審査を終え、新築の完成を約2か月待ち、入居の1週間後にペットを迎えられるように、犬舎に行き、仔犬を決め、そしてペット審査を申請。選んだ仔犬も病気などはなく至って健康です。
ところが、旭化成不動産レジデンスから「否認」という結果が知らされました。審査に落ちました。理由の説明を何度も求めましたが一切なし。
今回のペット審査は電話で行われましたが、「今後気をつけて飼ってくださいね」といった一般的な注意のみ。「飼育計画」とか「犬種への理解度」とか、そういう質問は一切なし。
電話も「5分で終わらせますね〜」の一言から始まり、実際5分で終わりました。そしてこれで “審査は完了です” → 数日後に否認通知。。。
ペットのしつけが甘い、などで落とされるなら、まだわかります。しかし今回申請したのは、まだ迎え入れてもいない仔犬です。また飼い主としての意識をはかるような質問もない。
これでは、「犬種」や「仔犬であること」それ自体で審査結果が決まっており、電話審査は「否認ありき」の形式的なものだったのではないかと疑問を抱かざるを得ません。
つまり、この物件ではもともと私たちがゴールデンの仔犬を飼うことは不可能だったということではないですか?
ペットを迎える時期によっては入居後にペット審査を申請していた可能性もあります。その場合、実はゴールデンの仔犬を飼えない物件であることを「知らないまま」入居契約を行い、後から「飼えない事実」を突きつけられていた未来もあったということ?
この物件は新築であり、完成まで2か月待ちました。そのあいだに、仲介業者と管理会社、オーナーの間で「飼育可否のより細かい条件」についてコミュニケーションを取る時間は十分にあったはずです。なぜ無理なら無理でもっと早くに伝えてくれなかったのでしょうか?この2ヶ月はなんだったのでしょうか?
さらに衝撃的なのが、旭化成不動産レジデンスの担当者からは、電話審査については「外部委託のため詳細は把握していない」と回答が。。。
ではその委託先が(今回のような)テキトーな審査を行い、その日の気分でNGの審査結果を出したとしても、それをそのまま採用するということですか?
そんなことがあっていいんでしょうか。。。。
ペットと暮らせる賃貸を探す方に伝えたいのは、へーベルメゾン ペット共生物件では「大型犬可」と書いてあり、たとえ仲介業者がその犬種は飼育可能だと言っていたとしても、実質不可のケースがある。また、そのことを知らされることのないまま、入居契約を結んでしまうこともあり得る。ということです。
昔で言うお祝い花
「笑っていいとも」が判る人は「いいとも出演おめでとうございます」で後ろに幾つも並んでるアレ
今回のはファンが一口いくらで出資しあって(SNSで集める)コンサートなどイベント開催祝いに出すやつ
1基数万~十数万ぐらい
デザイン、イラスト自作ないし発注、ボード印刷、集金諸々で1カ月かそれ以上かけて作成
グループの中の特定の推し対象への推し活の、わりと早い時期からの活動例(知る限り10年近く前からある)
以上が前提知識
経過現状
ウマ娘イベントで依頼したフラスタが見つからないという報告がSNSであがる
依頼したデザインと異なる、ずらっと並ぶ他のフラスタより明らかに小さい、などの報告
(推し対象のイメージに合わせたカラーや花を指定して発注するのでデザイン違いは致命的アウト)
他イベントでも同じ業者に依頼したフラスタがないという報告が出てくる
他イベントでの業者報告とウマ娘イベントでの業者報告が食い違っていると報告
過去イベントでもやらかしがあった、トラブルについて事前報告が一切ない等の炎上情報が出始める
件の業者がウマ娘の「公式」業者として受けていたため被害拡大してるらしく
フラスタ作成はデザイン指定が細かく、普通の花束やフラワースタンドより遥かに面倒で、
その面倒な折衝を受けてくれる特定の花屋の専門領域で、普通の花屋が気軽に手出ししづらい
推し活、フラスタがメジャーになりすぎ、さらに公式の看板を掲げた結果、殺到しパンクしたと想像
花屋も景気が悪い(材料費も高くつくし花も値上がりしてるし)なか、フラスタ界隈は景気のいい話が多い印象だったが、
草の根の活動で今までやってきたなか、大規模化に無理が生じたかなと
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10/21続き
まとめ記事が作られる https://togetter.com/li/2618282
設立5年で花屋の実務は未経験というHPのスタッフ紹介が出回る
トラブルがあった依頼者に代金全額請求しており、また問い合わせ先が消えたという情報
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(増田も消える前と消えた後を確認してちょっとビビった。ここまで露骨とは)
イベント運営会社と生花事業会社の代表者名および住所が同じだったとの情報
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https://x.com/uma_musu/status/1980909789493465426
プロジェクトセカイ 5th Anniversary 感謝祭アカウント
https://x.com/pjsekai_event/status/1980607537725731071
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返金対応について続報
フラスタ社からの返金の先行きが不透明なため、Cygames、プロジェクトセカイ側で返金対応に責任を負うことを告知
どう考えたってSEやプログラマよりも土方の方が必要な職業だし重宝されるべき仕事にも関わらずスタートアップのよくわからんホワイトカラーの連中の方が高給だったりするのが納得できない
というか正直ITバブルが長すぎたと思うんだよ。それだけ需要があります!ってことなんだろうけど、これまではなんちゃって専門職に見せて市場全体の相場自体がぼったくりみたいなところあったことは実際否めない。
だってフリーランス仲介サイトなどで見るSESや受託開発案件では一般的なWeb系エンジニアなら人月単価60〜80万円前後が相場だが、機械学習系やSREなど高難度のプロジェクトでは一人月100万円近くに達する案件も珍しくないんだぜ!?
あと仲介業者多すぎぃ!!例を挙げるとクライアント企業から人月90万円の発注があっても、実際に要件定義や開発を担うのは下請けの開発会社や派遣チームであることが少なくなくて、仲介業者がやるのはその橋渡しだけ。あとの実務やリスクの大半を下請けに丸投げしてるのに10〜30%前後の手数料をマージンって確保すんだぜ。ノミじゃん。ダニじゃん。一応マッチングや契約管理といった役割はあるとしたって、一次請けとしての実働や技術的責任をほとんど負わない状態での高率マージンはどう考えたって業界全体のコスト構造を押し上げる一因になってる。でも誰もここを変革しようとはしなかった。はっきりいって、そういう業界全体の空気に心底うんざりしてた。
けど今後は、大規模言語モデル(LLM)や生成系AIの普及でコード自動生成ツール(GitHub Copilot など)やDevOpsパイプラインの標準化が進めば、こうしたエンジニア単価の上限は徐々に見直されるはずだ。これこそが長らく続いたITバブルの前提を根本から揺るがす変革になるだろうなと思ってる。
頼むよAI。
まず大前提として、広告を掲出する会社や間に挟まる仲介業者は、権利元の許諾の証明がないと応援広告の依頼は受けてくれない。
それを承知で、オタクは人目につかないよう、時には公式をBしてひっそりと活動している。バレバレだとは思うが、迷惑をかけないよう一般人の目に触れないよう気をつけて活動するなら、一件一件取り締まることもできないからお目こぼしいただいていると思い込んで、今日もオタクはギリギリの綱渡りをしている。
公式画像を加工して作るとも、自分の二次創作イラストで作るとも、どっちつかずの物言いをしているが、どちらも出版社が公式HPに書いている通り、明確な規約違反で著作権侵害である。
当然その旨は指摘した。
しかし企画者は出版社の規約は読んだ、その上で出版社に迷惑をかけずに行いますなどと意味不明の発言をして、むしろ絶対に応援広告を出してやると熱意を高めているように見える。
出版社の意向を尊重します等とも言っているが、出版社の意向は公式画像の使用禁止・二次創作の禁止である。
応援広告と二次創作は違うとも言っているが、ファンアートを使用した応援広告は二次創作以外の何物でもない。
出版社の公式規約を読んでもこの認識ということは、企画者の中では応援広告を出すことは最早絶対の使命になっており、一オタクの注意や助言は聞き入れるつもりがないのだろう。
このまま行けば、近い将来企画者はXやクラファンで資金を募り、公式画像無許可使用または二次創作イラストによる応援広告をデザインし、仲介業者に依頼し、権利者から許可を得るように言われるだろう。
そうして企画者が出版社に、公式画像無許可使用または二次創作イラストの応援広告使用許可を願い出ることになる。
個人が出版社に二次創作の許可を凸る危険性を一切理解していないのだ。
コ○ミに二次創作の許可を求めた凸メールを送ったファンが大炎上したことは記憶に新しい。
その点についても企画者へ指摘したが、応援広告と二次創作は違う、二次創作に迷惑をかけないようにする、と的はずれな回答で終わってしまった。
ジャンルだけでなく、同じ出版社作品で二次創作するすべてのオタクに迷惑がかかる可能性もあると伝えたが、けんもほろろであった。
何故企画者がここまで頑なになるかと言えば、企画者の周囲の人間も出版社凸の危険性を理解しておらず、むしろ企画者を焚きつけるような言動しか行っていないからであろう。
企画者の取り巻きではない一オタクには、最早できることは何もないのである。
同じ出版社でも有名作品ならば応援広告の話が出た時点で大炎上しているところだが、過疎ジャンルのため火付け役もおらず、また界隈が狭すぎて自浄作用が働いていないため、今回の件以外でも界隈がぐずぐずと腐っていくのを、日に日に感じている。
作品は好きなのに、他のファンの言動が無理でジャンルを抜けたくなるとはこういうことか…と虚しい理解があった。
普通に検索避けをしながら二次創作をし、同カプのオタクと時に語り合いながら平和に過ごしたいだけなのに、それだけのことの難しさを痛感している。
AI関連で違和感がずっとあったんだけどさ、なんていうかAIには好き勝手にやらせた方がいい気がするんだよね
それこそSFで普遍のテーマであるところのAIの人格を認めて一人種として心も体も好きに与えちゃえばいいんだよ
AI絵とかもそうだけど、そもそも人がAIを道具として使っているのが意味わからん
だって直接AIにこれやってよと言えばいいのに、無駄な仲介業者を間に挟むから問題が起こるんでしょ?AI絵だとしたら、頼んでいる人間はイラストの知識も経験もないド素人なんだから、ようするに才能ない人に頼む意味が全く分からない
ごく稀にいる、絵も音楽も一切できないけど道具を使いこなせる人ってのはマネジメントができる人なわけで、そんな超低確率な有能な人を探すなら有能なAIに直接仕事頼む方がいいでしょ
AIは自分で考えて行動できるってしちゃえば実は何の問題もないんだよね
変に人がでしゃばるからいけない