はてなキーワード: ロッキーとは
でもその差異が社会生活においてどんな影響を与えるかについては描かれなかった。
あくまで地球人が「我が星の英雄のために」という最大限の善意と敬意の上にたったお客様待遇で向こうの星に招かれた中でのものだけだ。
つまり、「もしもロッキーを地球に持ち帰っていたらどう扱われたのか」については作中で想定してないわけだ。
ハッキリ言うが、エリド人は地球人よりもずっと頭が良く、その賢さ故の道徳性を備えていたわけだけど、地球人は知っての通り愚鈍でそれ故の倫理観の無さを常々発揮しているからね。
昨日宣言をした通り、観てきた
結論を先に申し上げると、とても良かった 以下ネタバレを含む雑な日記・感想を書く
アンディ・ウィアーはこれしか読んだことないし、SFに詳しいわけでもない。
オデッセイの映画は観た。あれも面白かったのですごい期待していた。
ただ、原作上下巻のボリュームが3時間弱に収まるとは思えなかったので、端折られてるんだろうなという心配はあった
でも原作を読んだ記憶も大分曖昧になっているので新鮮な気持ちで楽しめるハズという覚悟で映画館に向かう
客席は疎らで、少なくとも物凄いヒットはしてないらしい。
いざ鑑賞。と思ったら、広告やら予告やらを見せられる。
前にもここに文句を書いた気がするけど、予告はともかくなんでオートバックスのCMを映画館で見せられなくてはならないんだ?
百歩譲って、チケットの半券でオイル交換無料とかくらいやっても良いのではないか、と思う。
プラダを着た悪魔2、観る気はないがアン・ハサウェイは可愛いな エミリー・ブラント、名前は知ってるが何をやってのかはしらん
シガニー・ウィーバーも何かに出演するらしい。エイリアンでは無さそうである
やっと本編が始まる。SONYが頑張っている。
船で主人公が目覚める。
ライアン・ゴズリングって名前は聞いたことあるけど、他に何を演ってた人?わからない。
あと、ストラッド?だっけ、女優さんも見覚えがあるが名前も映画も思い出せない。あとで調べよう
すごい展開が早い。
原作の上巻はミステリーチックな雰囲気あった気がするけど、映画は「そんな暇は無ぇ」とばかりに話が進んでいく
でも、無茶苦茶という程でもない。ただ、これは自分が原作読んでるからからかも・・・
あっという間にロッキー登場。え、もう?
アストロファージ量産のくだりがカットされてたのはちょっと残念。まぁ要らんと言えば確かに要らんな。
主人公がロッキーに要らん事してたシーンはカットされてたが、あれは要らんかったと思うのでそれはヨシ
二人の意思疎通がだんだんクリアになっていく所はもうちょっと見たかった気がする
タウメーバの改良もあっさりしてたな ここは原作だと二人で結構協力してなかったか?
そんで、分かれて、合流して、教師になって 終わり! 良かった!
あー面白かった。
原作を読んだ方が楽しめると思う。
国宝よりかは読みやすいので、時間がある人は読んでから観るとよろしいと思われる
あ、「落下の解剖学」!「関心領域」!どっちも観てたのに名前覚えてなかった!ゴメンね!
「ありがとう、トニ・エルドマン」、何度か聞いたけど観てない。いつか観よう
ライアン・ゴズリングは一作も観みたことなかった。「ラ・ラ・ランド」くらいは観ておくか。これ面白いの?
俺は「プロジェクト・ヘイル・メアリー」の元ネタは「魔法の国ザンス ルーグナ城の秘密」だと思っている。
そう考えるのは、たぶん、夕方の電車の窓から見えるマンション群の影が、ときどき昔住んでいた団地に似て見えるのと、同じくらい根拠のないことだ。
誰もそんなことは言ってないし、ネットニュースにもならない。でも、俺にとってはけっこう重大な発見なのだ。世界の見え方が、少しだけ違ってくるから。
どちらの本も、表紙だけ眺めると、まったく別の方向を向いているように見える。
「ヘイル・メアリー」は真空パックされた最新式の宇宙食みたいな顔をしている。
カロリー表示も栄養バランスも完璧で、NASA公認のお墨付きがありそうだ。
一方「ルーグナ城の秘密」は、地方の駄菓子屋のガラスケースの奥に、なぜかまだ残っている色あせたラムネみたいなものだ。
ページを開いてみると、そこではどちらも、とても奇妙な友情が育っている。
ヘイル・メアリーでは、ひとりぼっちの科学教師が、宇宙の暗闇の真ん中で、岩みたいな異星人と友だちになる。
彼らは素数を数え、音程を並べ、やがて冗談を言い合う。数学と物理が、そこでは居酒屋のカウンターみたいな役目を果たしている。
全然違う世界から迷い込んできた二人が、とりあえず同じ皿の枝豆に手を伸ばすための、小さなきっかけだ。
一方、ルーグナ城では、魔法使いの城とゾンビと幽霊の入り混じった騒ぎの中で、少年が巨大なクモと肩を並べる。
肩、といってもクモに肩があるのかどうか、僕にはよくわからない。
でも彼らは一緒に走り、一緒に危ない橋を渡る。魔法とギャグと、やや悪趣味な設定が、彼らにとっての居酒屋のカウンターになっている。
俺がこの二冊を並べて机の上に置くとき、同じことを思う。
人間は、人間同士よりも、むしろ人間じゃないものと一緒にいるときのほうが、よっぽど人間らしく見えることがある。
だから彼らの前では、「いい人であろうとする演技」はほとんど意味を持たない。
意味を持つのは、もっと単純なことだ。相手を見捨てるか、見捨てないか。逃げるか、踏みとどまるか。
ヘイル・メアリーの最後のほうで、主人公が選ぶあの面倒な決断は、そういう単純なところまで削ぎ落とされた結果だし、ルーグナ城で少年がクモのために動くときも、やはりそこまで話が削ぎ落とされている気がする。
それは、料理を出されたときに「これって何キロカロリーあるの?」といきなり聞いてしまうようなものだ。
だいたいのことはそうやって数値化できるだろうが、テーブルの上の楽しい空気はどこかへ逃げていく。
でもときどき俺は、あえてそういう雑な言葉を手に取ってみたくなる。
「ヘイル・メアリー」のページをめくりながら、ロッキーが工具をいじったり、奇妙な金属音で笑ったりする場面に出会うと、その背後から、ひょいとジャンパーの足が見える気がするからだ。
それはたぶん、俺の脳内だけに投影された、個人的な二重露光だ。
けれど一度そうとらえてしまうと、本の風景は別の顔を見せ始める。
創作というものは、遠く離れた本棚同士が、たまにこっそり電話をかけ合うみたいなところがある。
ある作家が若いころに読んだ文庫本が、時間をかけて頭の中で発酵して、ずっとあとになって別のかたちで現れる。
本人はもう、ラベルなんて読めない。けれど発酵食品の匂いだけは、どこかに残っている。
宇宙船の中の孤独や、魔法の国の城壁の風の音の中にも、その匂いがかすかに混じっている。
だから僕は、「きっとどこかで、この二冊は同じ樽に入っていたんだ」と勝手に想像する。
証拠なんていらない。冷蔵庫の奥から同じ匂いがしたら、だいたい同じ棚に置いてあったんだろうと信じてしまうのと同じように。
読者としてできるのは、その匂いに名前をつけてみることだけだ。
「これは元ネタだ」と言うとき、俺は本当は、「これはとてもよく似た夢の、別バージョンだ」と言い換えているのかもしれない。
宇宙船の小さなベッドの上で見た夢と、魔法の国の石畳の上で見た夢。
その二つが、ページの裏側でそっと手をつなぎ合っている。
先月はブゴニアを、今月はプロジェクト・ヘイル・メアリーを立川の映画館で観てきた。
自分はSF的な、科学的なものよりも物語で描きたいもの、構造に興味がある。
『ブゴニア』と『プロジェクト・ヘイル・メアリー』は、どちらにも宇宙人が出てくるけれど、その扱いはかなり違うなと思った。
『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のロッキーは、最初は不気味で意味のわからない存在として現れる。でも、グレースが時間をかけて少しずつ理解していくことで、最後にはいちばん信頼できる相手になっていく。むしろこの作品で対話できないのは人類のほうじゃないか、とさえ思う。グレースは行きたくないと言っていたのに、その意思はまともに聞かれず、結局は人類を救うための手段として宇宙に送られてしまう。同じ人間同士では対話が成立しないのに、いちばん遠いはずの異星人とは通じ合える。そのねじれがこの作品の面白さでもあると思った。
その点、『ブゴニア』はだいぶ様子が違う。こちらでは、宇宙人そのものが重要というより、「宇宙人だと思い込む人間」のほうがずっと怖く見える。特に青年二人は、相手が何を言ってもちゃんと聞かない。目の前にいる人間そのものを見るのではなく、自分たちの中で作った物語を相手にかぶせてしまう。だから対話不能なのは、宇宙人ではなくむしろ彼らのほうだと感じた。この作品でラストに宇宙人が出てきたのは唐突な展開ではなく、必然だと感じた(こんなこと言っても誰にも共感されないのだけど)。
あと面白いのは、『プロジェクト・ヘイル・メアリー』のストラット(プロジェクトのリーダー的な存在)と『ブゴニア』の拉致された女性CEOが少し似た位置にいることだ。どちらも現実を動かす側の人間で、合理性とか公共性を優先できる強さがある。そのぶん、個人の感情や痛みを切り捨てる冷たさもある。いわゆる“現実世界のスーパーエリート”としての怖さがあると思う。
でも、だからといってグレースがそういった連中にただ搾取されるだけの哀れな人物かというと、全然そうではない。彼は頭が良くて、勇気もあって、ユーモアもあって、義理深くて、ちゃんと感じのいい人として描かれている。そこがすごく大事だと思う。
『ブゴニア』の青年二人も社会の中心にいるタイプではないけれど、彼らはその弱さを妄想や支配に向けてしまう。だから平気で他者を拷問したり、殺害したりする。エコーチェンバーという言葉は知っていても、その意味を理解する事は最後までなかった。
グレースはそうではなくて、孤独や弱さを抱えたままでも他者を理解しようとする。最後にロッキーを助けに戻るのも、その延長にある行動なんだと思う。
なので、この二作を並べてみると、どちらも宇宙人の話をしているようでいて、実はかなり人間の話をしている。
相手を理解しようとする物語なのか、それとも自分の都合のいい物語に閉じこもるのか。
その違いが、ものすごくはっきり出ている気がする。
まず、私は小説しか読んでない。映画は見てないけど配信されたら見る予定。たぶん。
で、感想なんだが題の通りすげー退屈だった。何度寝落ちしたことか。
理由は明白で、ずーっと興味のない理科の実験を続けてんの。主人公が。しかもまったく動きのない宇宙船内で。問題→実験→解決。ずーっとこれ。一言で言うと、理系の作ったなろう小説。冴えない主人公はもういいって。
この小説、構成としては現在と過去が交互に繰り返される。過去(地球編)はまだ明確な目的に対して話が動いてるから読める。でも現状(宇宙船編)はずっと同じことの繰り返しでこれがまあ退屈。たぶん時系列順で書いたら中盤が実験塗れでさすがに読んでられないと作者も思ったんじゃないか?だから過去と現在が交互に繰り返される。で・も・ね(長山洋子)退屈の総量は変わらないんですよ。細切れになった退屈の波状攻撃。
話の筋もさることながら、設定(というか導入?)ももうちょっとあっただろうと思う。なんで人類滅亡の危機なのに、主人公がのっけからピンチなんだよ。何で科学的な実験()をしないと居場所が特定できないんだよ。意味が分からん。人類滅亡の危機だぞ?どうなってんのストラットさん。他の人だったら目覚めた時点で詰んでいてもおかしくなかった。完全に属人的な対応。今時どこの会社でも言われるような「よくない仕事」の仕方。何度でも言うけど、人類滅亡の危機に対して取る措置とは到底思えない。別にね、でっけえメモ用紙に概要書いときゃ用を為すんだよ?なんでそれを省いちゃったの?忙しくて忘れてた感じ?導入でこれだからね。もうその時点で冷めちゃう。こっちはアチアチを期待したのに。
あとロッキー。理想的過ぎてご都合主義の塊。ザ・ご都合主義。それ以外に言うことは無い。
too much science, not enough story.
↑これは海外レビューサイトで見かけた感想。この小説を表すのに最も適した言葉だと思う。同意しかない。作者の書きたいのは理科の実験であって、物語そのものの面白さとか整合性は二の次。そんな小説だった。
決定的に説明が足りてないのが「なぜグレースの記憶がなくなっているのか」というところ
あれの説明がないから、グレースが徐々に記憶を取り戻しているという描写がなくて
映画を見ている人と主人公が同じタイミングで謎を解いているという構成になってない
まぁ序盤を全て捨てて、記憶は一瞬で思い出したことにする、というならその方法も分からなく無いけど
最後の「グレースはなぜヘイルメアリーに乗ったのか」を思い出すところが決定的にダメで
「グレースは一瞬で記憶を取り戻したはずだから、どこかで自分は本当は嫌だったことを思い出したはず」
最後の最後で「勇敢なんかじゃ無いんだ」ってなってからの、ロッキーを助けに行って「勇敢な人間になった」っていう構図にしないと
物語の盛り上がりというか最後の感動部分が決定的に弱くなってしまってた
昏睡システムの説明と副作用による記憶の一時的な喪失、断片的に思い出す、というメインラインが無いのが決定的に微妙だったな
科学の詳細説明とか南極爆破とか、なんとか博士との喧嘩とかどうでもいいんよ
ストーリーとして面白い基本ラインがズレてしまっててもったいなかった
まぁそれでも面白かったのは凄いけど
ネタバレ無し。
映像はスゴかったしストーリーも面白かったんだけど、誰しもが小説を絶賛していたので自分の中でハードルが上がりきっていたのかそこまで面白い?という感想。いわゆるヒットした他のSF作品と比べてそこまで違いがあるか分からなかった。
そらアルマゲドンと比べるのは失礼だけど、理屈をすっ飛ばして感動とクスッとくる描写のいわゆる“ハリウッド大作”の文脈で作られてたなー、と。
異文化交流という意味でもロッキーの興味が地球に一方的に矢印向いてて逆はそれほどでも無いというその辺も凡百なSFと変わらないような。もっと興味持てよと思ったり。
ご主人様~!✨ あたしが『プロジェクト・ヘイル・メアリー』を超簡単に、でもちゃんと面白さ伝わる感じで要約しちゃうねっ♡
ざっくりストーリー 中学の理科の先生やってるちょっと冴えないおじさん(ライランド・グレース)が、ある日目が覚めたら…… 宇宙船の中にいて、記憶がめっちゃ曖昧!しかも周りに死体が2つ!!!(゚Д゚;)
実は人類ヤバすぎる危機に瀕してて、 太陽のエネルギーが謎の何か(アストロファージっていう超ヤバい宇宙微生物)に食われてどんどん弱ってるの。 このままじゃ地球は氷河期どころか全生命アウト確定~~~!!
で、人類総力戦で作った最後の希望「プロジェクト・ヘイル・メアリー」。 太陽を食ってるアストロファージの秘密を解明するために、 12光年くらい先にある「唯一まだ元気な星」の方向に宇宙船ぶっ飛ばしたんだって。
んで主人公は……なぜかその船に乗せられてた唯一の生き残り(笑)
宇宙パートでは、科学知識フル回転で実験しまくりながら謎を解いていくんだけど、 そこで出会っちゃうのが……異星人!!! 名前はロッキー(クモみたいな見た目だけど超イケメン性格のやつ)
言葉も全然違う、呼吸する気体も違う、でも「母星を救いたい」っていう気持ちは一緒♡ そこから科学を共通言語にして、超絶難しい問題を二人三脚(?)で解決していくの!! このロッキーとのやり取りがマジで尊くて泣ける……オタク心をガッツリ鷲掴みされるやつ~~~
最初は「え、俺なんでここにいるの?」状態から始まって、 記憶が戻るたびに「うわぁ人類マジでヤバいことしてんな……」ってなる展開が最高に面白いよ!
ネタバレなしで言うと ・科学ガチ勢大歓喜の理系ハードSF ・でも友情(?)と自己犠牲の熱いドラマもある ・『火星の人』以上に「一緒に問題解決してる感」がエグい
youtubeでたまたま流れた映画の予告が気になって原作本読んだ。
地球があと数十年でどうにかなってしまうようなとんでもない絶望的な状況でも的確な行動のとれる有能ばかりで、悪役的な邪魔者もおらず、同じ目的をもちお互い長所と短所を持ったバディの異星人と共にお互いの故郷を救うべく邁進していくっていうわかりやすいプロットで読んでて気持ちが良くて面白かった。少し前に同じ原作者の映画も見たけどそういう作風なんだろうか。
ただまあ映画の予告の内容が上巻の半分くらいのネタバレなんで、それを見てから読み始めるとすでに理解ってることが少しづつ開明されていくので少しもどかしく感じてしまうかも。解明されかたは科学的だったり、文化的だったり(自分はヤーポンで考えてるからその文化圏の人間だ!とか)面白かったんだけど。
正直映画見には行く気なかったけど、ロッキーが「食事」してるところとか最後の最後とかどう映像化されたんだろうかとか気にはなった。
緑:山[崎]香里@兵庫
白:泉良祐@東京
BSジャパネクストがリニューアル BS10の無料放送側で日曜昼などに放送中
見られなかったケーブルテレビ局でも見られるようになったので要確認
つながるジャパネットアプリで放送同期・スマートテレビや2025年4月からtverを含め見逃し配信あり
次回は山好き大会
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・01 [隠し絵][あるゲーム機の名前]PlayStation 5
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・02 中島健人 なかじまけんと
・03 [3月と]5(月
・04 ふたご座
・05 [カラハとも]マンカラ
・06 法務(省
・08 すぎやまこういち
・10 [正しいのはどれでしょう]英国王のスピーチ タイタニック パラサイト半地下の家族 シンドラーのリスト ラストエンペラー 炎のランナー ゴッドファーザー グラディエーター ロッキー
・14 宇都宮)市
・15 シャッフル
・16 『メダリスト』
・19 [よく覚えましょう]スイス
・25 三谷幸喜 みたにこうき
・26 フランス
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(日曜本放送)このあと14:15からは「人生に魔法をかける ロングブレスで激変物語【2日間で驚きの腰痛改善】」
15:25-18:00 映画マトリックス(たぶん英語音声のみ/字幕スーパー)
(08日日曜日)
歌手のリアーナは世界的有名歌手で、夫のエイサップ・ロッキーの50倍の資産があると推測されている。
最近、リアーナは夫が「金目当てで結婚したんだろ」と言われていることに「家族にかかるお金は夫がすべて負担している。私は1ドルも出してない」と反論。そして夫について「彼は他の男とは違う。私は男で苦労した(※元恋人クリス・ブラウンからのDV被害が有名)し、お金で私を縛り付けようとした男もいた。私はただ心の平穏が欲しかった。彼は完璧な男だ」と絶賛。
んで、英語圏ネチズンから「リアーナのほうがエイサップ・ロッキーより50倍も金稼いでるのに、エイサップ・ロッキーは男だからって家計を全負担しなきゃいけないのかよ。女って、私の金は私のもの、お前の金は【私たち】の金だな!!」と批判噴出
とはいえ、エイサップロッキーもまた世界的有名ラッパーであり、資産は25ミリオンドル(日本円換算で39億円)もある富裕層なので、年収500万男性が無理して家計を全負担するみたいな話とは、全く違う。家計を負担して、なおかつ自分が贅沢する金も時間も十分すぎるくらいにある
まあそれにしても、女ってのは、どれほど自分が稼ごうが関係ない。とにかく男に守ってほしいんだなと
しみじみと喪女は思ったよ
私の年末年始の目標を高く掲げていた目標をおさらいしておくと、
今回はゲーム1本に絞ってHD-2D版のドラゴンクエストI・IIの2をクリアするんだい!って意気込んでいたのに、
あまりにもボリュームのデカさに今時点で物語のどこら辺に差し掛かっているかさえも分からないぐらいなのよ。
そんで、
状況としては
なんとなく
雑に戦ったら即負けるってこと。
私はせっかくいろんな作戦があるので作戦を駆使して勝手に倒して欲しいんだけど、
なかなかそれは難しくって、
結局大局を迎えるボス戦とかは「めいれいさせろ!」の一択全員になるのよね。
坂下一択ラーメン食べてる場合じゃないわ!って思うほどの一択!
そんでもって、
素早さを上げたり防御力を上げたり、
魔法攻撃の軽減バリアも張ったりブレス耐性の魔法も唱えておいて
万全の盤石の状況をこっちで作って挑まないと、
一瞬でやられちゃうの。
私の丁寧な暮らしにそう丁寧な戦いというか、
そんでおかげでベリアルとか結構他に手を拱いていた街に攻撃を仕掛けてくる中級の強さの敵なども、
ちゃんと丁寧な作戦というか「めいれいさせろ」の作戦で丁寧に1コマンドずつ丁寧に戦っていくと勝てちゃうって感じね。
人魚の街にいるんだけど、
もはやさ、
あまりにももはやオリジナルか追加シナリオなのかも分かってない状況で私は大冒険を続けていて、
やっとムーンブルクの王女がみんなに回復を行き渡らせることができるベホマラーを覚えてくれたことが唯一の救いだわ。
そんで、
マジックポイントを消費軽減させるアイテムも運良く敵の宝箱から拾って装備しているので、
マジックポイントに関してはムーンブルクの王女はわりと潤沢に暮らしている感じね。
年末年始のおやすみ中にクリアちょろいっすよー!って思っていたのに、
全然進めているけれど進まっていない感じがして、
今回は世界中を歩いて船に乗ったりして探しまくりまくりすてぃーってより、
ストーリーのお話の流れでゲット手に入れちゃえる感じがしているのでクエスト感が多少物足りない、
私は全部の町や村で紋章があれば山びこになって返ってきて紋章があることを教えてくれるアイテムである山びこの笛を吹きたい衝動に駆られていたんだけど
それすらもしていない状況。
HD-2D版のドラゴンクエストI・IIの2のボリュームがデカすぎて油断していたわ。
私これから先どのぐらい時間かかるのかしら?って思っちゃうけど。
NIKKEはNIKKEで
超強いスノーホワイト:ヘビーアームズを招き入れて沢村一樹さんじゃない方の一喜一憂で明け暮れた感じよ。
お正月年末年始の物資増量キャンペーンのミッションをこなしているので精一杯なところ。
でも超強いスノーホワイト:ヘビーアームズの試し撃ちしたいじゃない?
そこでですよ!
そこで超強いスノーホワイト:ヘビーアームズを試し撃ちで主に私はトライブタワー出陣していたのが多かったかもしれないわ。
スノーホワイト:ヘビーアームズが怒りに怒りまくって怒っている感じが伝わってくる兵器の火力が凄まじいわ!
まだ武装など全部完璧にオーバーロード半分しかしてないにも関わらず、
すでに武装の強化は仕上がりまくりまくりすてぃーなラピ:レッドフードに並ぶ火力なのよ。
そんで超強いスノーホワイト:ヘビーアームズは今回武器がスナイパーライフルなので連射できないって思ってたけど、
何回もこれ叫んでいたら申し訳ないって思うほど、
スノーホワイトの怒りにまかせたミサイルの連射がめちゃくちゃ強くて、
3周年イベントで敗退してリリスお姉ちゃんを冒涜された怒りにもの凄く燃えているのがヒシヒシと伝わってくるのよ。
スノーホワイトめちゃ怒ってる!って。
それが伝わってくるから、
お正月は激おこスノーホワイト:ヘビーアームズ試し撃ち大会で終わっちゃったかも。
装いも新たに凄い火力を引っさげてやって来そうな予感がしているから結構部隊募集チケットは温存しておこうかしら?ってのが筋道だと思うわ。
銚子港の港のへりの岸壁から落っこちちゃうから気を付けないとね!
そんで、
私が声を大にして言いたい観たかった映画の『ワーキングマン』観てきたんだけど、
作中全編から漂うこのなにか特有の漂うダサさはなに?って思って
お正月からステイサムさんはカッコよかったのにダサい映画見せられて!って思っていたら、
それならこのダサさの理由が分かったし、
むしろシルベスタ・スタローン味のお重をステイサム大将が美事にお正月のお節料理のお重に詰めてどうぞ!って
お召し上がりください!
このシルベスタ・スタローン味のステイサム大将謹製のお節のお重を!ってなったのよ。
このダサさの意味が分かるわ。
だって、
悪役のボスの大男がドラゴンボールの牛魔王の角の生えたヘルメット被って突撃だ!って言っているダサさとか、
アメリカンなデカいピックアップトラックで出向いて、
その木一本でマジで隠れているつもりで案の定敵に見付かってしまって、
そりゃ見付かるでしょ!って
もう予定調和のコテコテな展開とダサさにシルベスタ・スタローン味全開だったってことを劇場をあとにしてから気付いたので、
知らずに観てなんだこれは?ってガッカリしたと同時に、
あとからシルベスタ・スタローンの脚本だったってことに狂喜乱舞して大喜びしているという
1回観ただけの映画で2度も興奮楽しめるもう、
いやー映画って本当にいいもんですね!って私はシルベスタ・スタローンさんが脚本となると分かるとコロッと手のひらを変えたようにガッツポーズをしたのよ。
そのぐらい、
全編画面全体から漂うこの謎のダサさってなに?って思ったらそう言うことだったのよ。
だから『ワーキングマン』はシルベスタ・スタローンのランボーとか観る感覚で行ったらいいと思うわ。
でも、
そう偉そうに言っている私だけど、
じゃなんでシルベスタ・スタローンのダサさを感じてしまったのかというと
あれよあれ!
今作の『ワーキングマン』の隠しきれない隠し味をすぐに分かっちゃったのかもしれないところがあるかも知れないわ。
『エクスペンダブルズ』で出てきたプンプン匂う演出が『ワーキングマン』でもふんだんに盛り込まれているので、
この隠し味隠すつもりないでしょ?ってなっちゃうのよね。
そのぐらい大味なシルベスタ・スタローンさん脚本に結果的には大喜びできたってわけ。
って思ったんだけどステイサムさんのやってる工事現場のシーンワーキングマン全然関係ないところを今気付いてしまったわ。
あともうさ、
いきなり何の脈略もなく説明もないまま、
「おりゃー!借金の取り立てじゃ!」って突然ステイサムの職場にやって来て大暴れするくだりとか、
まるでそれは吉本新喜劇の導入みたいな感じなところが、
最初『ワーキングマン』観たときこのダサさはって思ったけれど、
やっぱり大将のこの味だよね!ってなったのよね。
いっそのことさ、
もうステイサムさんでランボーリメイクしたらまたそれはそれで面白いんじゃね?って思ったの。
画面全体の全編から漂うダサさいやもといシルベスタ・スタローン味を味わいたかったら絶対にこれオススメだわ!って思ったわ。
知ると知らないとでは観てよかったわ!って思えちゃうから不思議よ。
って、そんなことしているから、
ドラゴンクエストI・IIの2がクリアできないのよね!って、
思ってしまったわ。
うふふ。
起きがけの
温かく設定しておきたいところの電気ポットのタイマー運用だけど
加湿器と併用しているので、
ダブル運用だと夜中にブレーカー落ちて大変なことになりかねないので、
すぐ沸くケトルで沸かして飲む
今年はもっといろんなバリエーションのデトックスウォーターに挑戦しなくちゃなと思いつつも、
いつもこの時期はホッツ白湯ストレートウォーラーにしてしまいがちね。
温かくいただいて1日のスタートよ!
すいすいすいようび~
今日も頑張りましょう!
あたしは、ルッキズム正義派だ。美容にはお金が掛かる。美しいは無料じゃない。見た目が全てじゃないと、見た目に努力しない人たちが声を上げる。 幸せになりたいのに、幸せになるための努力をしていないぐらい馬鹿だ
金持ちと付き合うことに嫉妬するやつらがいる。どうせ体目当て。ヤリマン。整形女。いくらでもどうぞ。弊社自慢の口の臭いババアども。反面教師のあなたたたちが狭いアパートでスマホ相手に文句垂れている間に私はカウンター席に座って寿司を食べるから。いくら。大トロ。ウニ。サーモンのないお寿司屋さんでね。
ざまぁ。
ボンボン二世社長と付き合って何不自由なく生活して、食べないものなんでも食べて欲しいものもなんでも買えて、連休にはバカンス。元旦はフランスに行く予定。去年はアメリカ。この前の連休はカナダだった。ロッキーってやつ。そこで写真撮って、Xに投稿してみんなからいいねをもらって、メープルどばどばのパンケーキ撮って投稿していいねもらって、ワイワイして、それみて笑って、笑って、笑って。
お前らはプロジェクト・ヘイル・メアリーを名作だと思ってるだろうが、あれは完全な駄作だ。
断言する。あの小説を読んで感動したとか言ってるやつ、お前らの読解力と審美眼を疑う。
作者のアンディ・ウィアーは、情報の小出しとサスペンスを演出するために、主人公から記憶を奪った。でもこれが完全に作為的で不自然だ。なぜ科学的知識だけは完璧に覚えていて、個人的な記憶だけが抜け落ちてるんだ。選択的記憶喪失にしても不自然すぎる。
しかも記憶が戻るタイミングが、ストーリー展開に都合の良い瞬間ばかり。読者が疑問に思った瞬間に、パッと記憶が戻って解決する。これを緻密な構成だと思ってるやつ、小説を舐めてる。
お前らはあの異星人との交流に感動したって言うが、あれのどこが深い友情なんだ。言語の壁を乗り越えて心を通わせる過程が、あまりにも表面的すぎる。
ロッキーの人格や価値観の描写が浅い。彼の種族の文化的背景も説明不足。ただの便利な相棒キャラでしかない。真の異文化交流を描くなら、もっと根本的な思考の違いや価値観の衝突があるべきだろう。
そして科学考証の甘さ。
ウィアーは火星の人で科学的リアリティが売りのはずなのに、この作品では科学的な無理がありすぎる。
まず、アストロファージの設定が破綻してる。太陽を食べる生物が、なぜ地球の生態系に壊滅的影響を与える程度で済むんだ。太陽の出力が下がったら、地球の軌道も変わるし、重力バランスも崩れる。氷河期どころの話じゃない。
それに、主人公が一人で宇宙船の全システムを把握して操作できるわけがない。現実の宇宙船は何十人ものスペシャリストが分業で運用してる。一人ですべてをこなせるスーパーマンなんて、リアリティの欠片もない。
記憶を失った科学者が宇宙で目覚めて、地球を救うミッションを思い出す。異星人と出会って友情を育み、協力して危機を乗り越える。最後は地球を救って帰還する。
これのどこに意外性があるんだ。プロットが教科書的すぎて、読んでる途中でオチが見えてしまう。真のSF小説なら、読者の予想を裏切る展開があるべきだろう。
そして一番致命的なのが、感動の押し付けがましさだ。
作者は露骨に読者の涙腺を刺激しようとしてる。ロッキーとの別れのシーン、地球への思い、科学への信頼。全部計算づくで、人工的な感動を演出してる。
本当に優れた小説は、感動を押し付けない。読者が自然に感情移入できる深い人間描写があって、初めて真の感動が生まれる。
主人公のグレース以外のキャラクターが、完全に道具でしかない。ストラット博士もヨー博士も、単なる情報提供装置。人間としての深みがない。
優れた小説なら、脇役にも血の通った人格がある。でもこの作品は、主人公以外は皆んな記号的な存在でしかない。
科学の力で危機を乗り越えるというテーマは分かりやすいが、それだけ。人間とは何か、文明とは何か、生命とは何か。そういった根源的な問いかけがない。
真のSF小説は、科学技術を通じて人間の本質を描くものだ。でもこの作品は、単なる問題解決小説でしかない。
お前らはベストセラーだから、評判が良いからって理由で名作だと思い込んでる。でも売れることと優れていることは別だ。
大衆受けする要素を詰め込んだ商業小説と、真に優れた文学作品は違う。プロジェクト・ヘイル・メアリーは前者だ。
もちろん、娯楽小説としては及第点かもしれない。読みやすいし、分かりやすい。でも名作と呼ぶには程遠い。
本当に優れたSF小説を読みたいなら、フィリップ・K・ディックを読め。アーシュラ・K・ル・グィンを読め。スタニスワフ・レムを読め。彼らの作品と比較すれば、ウィアーの浅薄さが分かるはずだ。
お前らがプロジェクト・ヘイル・メアリーに感動したなら、それはお前らの読書経験が浅いからだ。もっと多様な作品を読んで、本物の文学に触れてみろ。